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異世界料理道  作者: EDA
第八十一章 壮途の宴
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門出の日③~森辺の祝宴~

2023.9/20 更新分 1/1

 俺とアイ=ファは人波をかきわけて、広大なる広場を横断した。

 その最果てに、俺が担当した簡易かまどが待ちかまえている。そこで働くのは、マルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアの仲良しコンビであった。


「アスタにアイ=ファ、お疲れ様です! こちらは、なんの問題も生じていませんよ!」


「うん。いつもいつもありがとう。けっきょく儀式は祝宴の後になっちゃったから、いっそう申し訳ないね」


「と、と、とんでもありません。ア、アスタはいつも大変な仕事を担ってくださっているのですから、こんな日ぐらいは心を安らがせてください」


 マルフィラ=ナハムもレイ=マトゥアも、普段以上に朗らかな笑顔である。そして両名とも宴衣装の姿であるために、輝かしさもひとしおであった。

 そうして俺たちが語らっていると、手近な敷物に座していたミダ=ルウがのそのそと立ち上がって近づいてくる。その頬も、普段以上にぷるぷると震えていた。


「アスタにアイ=ファ、一緒の祝宴で嬉しいんだよ……? それに、アスタの料理はすごく美味しかったんだよ……?」


「ありがとう。ミダ=ルウも、すごく楽しそうだね」


「うん……ミダも、新しい氏族で頑張るんだよ……?」


 ミダ=ルウはシン=ルウ家の家人であるため、ともに新しい氏族に移ることになるのだ。人生で2度も氏が変わるというのは、森辺においてそうそうありふれた話ではないはずであった。


(でもミダ=ルウはシン=ルウの家族みんなと仲がいいから、ルウの集落を離れる寂しさもこらえられるんだろうな)


 俺がそんな風に考えていると、いくつもの人影が同じ敷物からちょこちょこと追いかけてきた。普段からミダ=ルウと仲良くしている幼子たちである。


「ミダ=ルウ、どこかに行っちゃうの?」

「きょうはぼくたちといっしょにいてくれるんでしょ?」


 5歳や6歳の幼子たちが、ミダ=ルウの巨体に取りすがる。ミダ=ルウは、ちょっと困っているような様子で小さな目をまばたかせた。


「ミダは、どこにも行かないんだよ……? アスタとアイ=ファに挨拶してるだけなんだよ……?」


 幼子たちは、いくぶん心配そうに俺とアイ=ファのほうを見やってくる。

 あまり幼子の相手が得意でないアイ=ファに背中を小突かれたので、俺がそちらに笑いかけることにした。


「ミダ=ルウをどこかに連れていったりはしないよ。最後まで、祝宴を楽しもうね」


 幼子たちは元気に「うん!」と返事をしたりはにかむように微笑んだりしながら、ミダ=ルウの腕や装束をくいくい引っ張った。ミダ=ルウは最後にまた頬を震わせてから、幼子たちとともに敷物に引っ込んでいく。そのさまを見送りながら、マルフィラ=ナハムがほうっと息をついた。


「あ、あ、あの幼子たちは、ミダ=ルウが余所の集落に移ってしまうことを、とても残念がっているようです。そ、それだけミダ=ルウのことを慕っているのでしょうね」


「うん。ミダ=ルウがルウに引き取られてから最初に仲良くなったのが、ああいう幼い子供たちだったからね。ミダ=ルウも子供みたいに素直で優しいから、おたがいひかれあうものがあったんじゃないかな」


「は、は、はい。そ、それはわかるような気がします」


 そう言って、マルフィラ=ナハムはふにゃんと微笑んだ。

 そして、そんなマルフィラ=ナハムを見守りながら、レイ=マトゥアはにこにこと笑っている。マルフィラ=ナハムはけっこうな昔から、ミダ=ルウと親交を深めていたのだった。


「それでは、料理はどうしましょう? アスタがご自分で手掛けた料理ですけれど、お召し上がりになりますか?」


「うん。よろしくお願いするよ」


 そのためにこそ、俺たちは人波をかきわけてきたのである。そして、真っ先にこちらのかまどを選んだのは、アイ=ファの心情を思いやってのことであった。レイ=マトゥアたちが担当していたのは、ギバ・タンのハンバーグカレーであったのだ。


 祝宴であるのでパテは小ぶりだが、それでも食感を高めるためにギバ・タンを使用している。そして主食はシャスカであるため、カレーは日本式の仕上がりだ。あまり小細工は弄さずに、具材もアリアとチャッチとネェノン、マ・プラとブナシメジモドキに抑えていた。


 厳粛なる面持ちで木皿を受け取ったアイ=ファは、青い瞳に喜びの思いをきらめかせつつ、木匙を口に運ぶ。俺にとっては、そんなアイ=ファの姿こそが最大の調味料であった。


 簡易かまどにはひっきりなしに人がやってくるので、俺とアイ=ファはゆっくりとハンバーグカレーを味わえるように横合いのスペースに引っ込む。すると、笑顔で仕事に取り組みながら、レイ=マトゥアがまた声を投げかけてきた。


「なんだか今日は、ひときわ気持ちが浮き立ってしまいますよね! 儀式に対する期待というだけでなく、森辺の民だけの祝宴というのが新鮮に感じられてしまいます!」


「やっぱり、そう思うよね。森辺の外から客人を呼ばない祝宴なんて、いつ以来なのか思い出せないぐらいだよ」


「はい! もちろん町の方々を招いた祝宴も楽しくてならないのですけれど……きっと、こういう祝宴も大事なのだと思います!」


 レイ=マトゥアが元気いっぱいに言いたてると、マルフィラ=ナハムも「そ、そ、そうですね」と同意した。


「そ、そ、それでもこんな風に、すべての氏族が同じ場所に集まるというのは、決して普通の話ではないのでしょうけれど……そ、それでもやっぱり、同胞ならではの安心感というものが生まれるのだと思います」


「うん。それを大事にしてこその、外の人たちとの交流なんだろうしね」


 森辺の民とて西方神の子であるのだから、西の民はのきなみ同胞ということになる。それは大前提として、故郷たる森辺内の親交は決して二の次にできないはずであった。

 まずは家族を大切にして、血族を大切にして、森辺のすべての同胞を大切にする。その上で、同じ西方神の子たる西の民を大切にして、同じ四大神の子たる異国の人々をも大切にするべきであるのだ。俺は、そのように信じていた。


 あらためて広場を見回すと、相変わらず凄まじいばかりの熱気が渦巻いている。

 城下町ではこれよりも規模の大きな祝宴を経験していたが、熱気のほどは比較にもならない。まるで集落そのものが燃えあがり、暗い夜空に真っ赤な炎を噴き上げているかのようであるのだ。決して大げさな表現ではなく、俺は火山の噴火口を連想してしまっていた。


 そしてその場を行き交っているのは、いずれも褐色の肌をした森辺の民たちだ。勇壮な男衆に、それと連れ添う女衆、きらびやかな宴衣装を纏った若い女衆に、はしゃいだ声をあげる幼子たち、若い家人に手を取られた少数の老人たち――その全員が緑と赤を基調にした渦巻き模様の装束を纏っているのも、この光景を幻想的なものに見せている大きな一因であった。


 そうして俺が空になった木皿を携えたまま、得も言われぬ感慨を噛みしめていると――この場でただひとり森辺の装束を纏っていない人物が近づいてきた。ジョウ=ランとシュミラル=リリンを引き連れた、ユーミである。


「あ、アスタとアイ=ファは、ここにいたんだね」


 ユーミは珍しく、いくぶん曖昧な微笑みを見せた。ジョウ=ランは心から楽しそうな笑顔、シュミラル=リリンはいつも通りの優しげな笑顔だ。シュミラル=リリンと早々に巡りあえた嬉しさで、俺もついつい口もとをほころばせてしまった。


「やあ、ユーミ。そっちは、シュミラル=リリンと一緒だったんだね」


「う、うん。やっぱり、情けないやつだと思う?」


「情けない? どうしてだい?」


「それはまあ……あたしはちょっと、シュミラル=リリンに頼っちゃってる部分があるから……」


 言葉の意味がわからずに、俺は小首を傾げることになった。

 すると、もじもじするユーミに代わって、シュミラル=リリンが説明をしてくれる。


「この場、森辺の生まれでない人間、ごくわずかです。ユーミ、同じ立場の人間、心、支えにしている、意味ではないでしょうか?」


「ああ、なるほど……そりゃあ今のユーミが心細く感じるのは当然さ。そんなことで情けないなんて思ったりはしないよ」


「ほ、本当に?」


「うん。俺もさっきから、森辺の民だけで行われる祝宴の特別さってやつを噛みしめっぱなしだったからさ」


 俺がそのように答えると、ユーミはほっとしたように息をついた。

 すると、ジョウ=ランがそちらに温かい眼差しを向けつつ発言する。


「ユーミがそのように余人の目を気にするのは、自身を情けないと恥じているゆえでしょう。決してそんなことはありませんので、どうか胸を張ってください」


「そ、それでもそんな、大きな顔をするつもりにはなれないよ。現にあたしは、シュミラル=リリンを頼っちゃってるわけだし……」


「弱っているときに同胞を頼るのは、何も恥ずべき話ではありません。ユーミもいずれ同胞になる身としてこの祝宴に招かれたのですから、誰を頼っても咎められる理由はありません」


 のほほんとした雰囲気はそのままに、やっぱりジョウ=ランは以前よりも入り組んだことを考えるようになったようであった。それだけ彼も、ユーミのことを思いやっているのだ。俺としては、心強いばかりであった。


「それなら俺も、ユーミの支えになれるのかな? よかったら、一緒に広場を巡ろうよ。きっとしばらくしたら、ユーミも気持ちが落ち着くだろうからさ」


「うん、ありがとう。……情けないよね、ほんとに」


「そんなことないってば。そうやって堂々と歩いているだけで、俺は立派なものだと思うよ」


 この場において森辺の生まれでない人間は、7名しかいない。俺とユーミとシュミラルに、ジーダを家長とするルウ分家の4名だ。そしてその中でいまだ森辺の家人ではなく、渦巻き模様の装束を纏っていないのは、ユーミただひとりなのである。


 言うまでもなく、ユーミはきわめて気丈な性格をしている。そんなユーミでも心が揺らいでしまうぐらい、この場にたちこめた熱気が尋常でないということであるのだろう。もっと気弱な人間であれば、広場の片隅で小さくなっていてもおかしくないのかもしれなかった。


(まあ、そんな気弱な人間だったら、森辺に嫁入りしたいなんて考えることもないだろうけどさ)


 俺がそのように考えていると、ユーミはしみじみと息をついた。


「なんか、いろいろ考えさせられちゃうよね。……やっぱりアスタは、すごいと思うよ」


「すごいって、何が?」


「だってアスタは、一番乗りで森辺に乗り込んだわけじゃん? あの傀儡の劇でも見せ場だった家長会議だとか、トゥラン伯爵家の騒ぎだとか……あの頃は、森辺の生まれじゃなかったのはアスタひとりだったんでしょ? それでもあんな堂々として、町で商売まで始めちゃったりして……いったいどれだけ豪胆なのかって、呆れちゃうぐらいだよ」


「あはは。俺が向こう見ずだったのは、確かなんだろうけどさ。それより何より、身近な人たちが支えてくれたおかげだよ」


 そんな風に答えながら、俺はアイ=ファのほうを振り返る。

 すると、同時に手を出していたアイ=ファに額を小突かれてしまった。


「あいててて。……それにほら、俺は寄る辺ない身だったからさ。帰る家がありながら森辺の人間になりたいって考えたユーミやシュミラル=リリンとは、また立場が違ってくるんじゃないかな。俺としては、ユーミたちのほうがいっそう勇敢だと思えるよ」


「私、二人の言葉、それぞれ、理解できる、思います。おそらく、勇敢の質、違っているのでしょう」


 そう言って、シュミラル=リリンは優しい笑顔をユーミに向けた。


「そして、私、立場、近いのは、ユーミです。ユーミの選択、および決断、嬉しい、思っています。ユーミ、ラン、嫁入りする日、心待ち、しています」


「うん。シュミラル=リリンも、ありがとう。アスタとシュミラル=リリンは、あたしにとって本当に見習うべきお手本だからさ」


 そのように答えながら、ユーミはやっと彼女らしい朗らかな笑みをたたえた。


「なんか、安心したらおなかが空いてきちゃったよ。ここの宴料理もいただいておこっか」


「どうぞ。こちらは、はんばーぐかれーです」


 こちらの会話が聞こえていたのかどうか、レイ=マトゥアはにこにこと笑いながら木皿にシャスカを盛りつける。それで俺とアイ=ファは、しばしユーミたちがハンバーグカレーを食するさまを見守ることになった。


「うーん! やっぱりかれーとシャスカの相性は最高だねー! こればっかりは、屋台でも味わえないからなー!」


「うん。森辺の晩餐では、そう珍しくない献立だと思うんだけどね。ひと品ぐらいは、馴染みの深い料理を出そうと思ってさ」


「ってことは、他のは目新しい料理なんだね! そっちも楽しみだー!」


 そうして多少ばかり胃袋が満たされると、ユーミはますます元気になっていった。

 そうすると、もとは誰よりも快活なユーミである。本日もしっかり宴衣装を纏っているし、森辺の民とは質の異なる美しさと生命力が輝かんばかりであった。


「あ、アスタにアイ=ファ。どうもお疲れ様です。ユーミたちもご一緒だったのですね」


 数メートルほど移動して次なる簡易かまどを目指すと、そこで働いているのはユン=スドラとクルア=スンだ。その姿に、ユーミは「わーっ」と目を剥いた。


「宴衣装を着たふたりが並ぶと、なかなかの迫力だねー! 今日もあちこちから嫁取りを願われちゃうんじゃない?」


「そ、そんなことはないかと思います」と、ユン=スドラは頬を赤らめてしまう。顔立ちは幼げであるユン=スドラだが、女性らしい魅力にはまったく不足していないのだ。そしてクルア=スンというのは妖艶さと静謐さをひそめた大輪のつぼみを思わせる少女であるため、宴衣装を纏うといっそう魅惑的な存在に成り果ててしまうのだった。


 そんなふたりが配っているのは、新たな食材をふんだんに使った宴料理だ。オイスターソースのごとき貝醤をベースにした炒め物で、具材のほうも可能な限り新たな食材を投入していた。


「うわー! こいつも美味しいね! こんなのもう、いつでも屋台で売りに出せるじゃん!」


「うん。でも、他の献立が完成するのを待ってる間に、色々と手を加えちゃってさ。そうするとまた、理想が高くなっちゃうんだよね」


 ここ最近では砂糖やタウ油ばかりでなく、魚醤やシャスカ酢やマロマロのチット漬けなども加えてしまい、ベストの配合を模索しているさなかとなる。貝醤というのはきわめて使い勝手のいい調味料であるため、多少は趣向を凝らさないと独自性を打ち出しにくいという面も気にかかってきた次第であった。


「他の宿の連中なんかは、もう新しい食材をガンガン使ってるみたいだよー? ただ、そういう連中は使い勝手のいい野菜だとか貝醬だとかをそのまま使ってるだけだからね! 拍子抜けしたお客なんかは、いっそうアスタたちの料理に期待しちゃってるんじゃないかなー!」


「そっか。それならこっちも、いっそう気合が入っちゃうね」


「うんうん! うちなんかは親父がケチくさいから、なかなか目新しい食材を使えなくってさ! あたしもお客と一緒になって、アスタたちの料理を楽しみにしてるよー!」


 そんな風に言ってから、ユーミはいくぶん慌てた様子でシュミラル=リリンのほうを振り返った。


「なんかさっきから、あたしばっかり喋っちゃってるね! シュミラル=リリンは、アスタたちと会うのもひさしぶりなんでしょ? 遠慮しないで、ばんばん喋りなよー!」


「お気遣い、ありがとうございます。……ジョウ=ラン、心、ひかれる、理解できます」


「はい。ユーミはとても、優しいんです」


「やめてよー!」と、ユーミはジョウ=ランを引っぱたくふりをした。


「あんたたち、のほほんとしながら恥ずかしい言葉を口にするところだけ、ちょっと似てるよねー! いいから、アスタたちとおしゃべりしなってば!」


「はい」と、シュミラル=リリンは俺のほうに向きなおってくる。その顔にたたえられているのは、優しげな微笑だ。それで俺も思わず微笑み返してしまうと、ユーミは深々と息をついた。


「何を無言で微笑み合ってるのさ? つきあいたての恋人同士じゃないんだからさ!」


「こやつらは前々から、そうやってヴィナ・ルウ=リリンの心を乱していたな」


 アイ=ファは苦笑を浮かべつつ、また俺の頭を小突いてくる。それはヴィナ・ルウ=リリンたちが婚儀を挙げる前の、遥かなる昔日の思い出であった。

 どうも俺はシュミラル=リリンと相対すると、微笑ましい気持ちが先に立ってしまうのである。彼は年長の友人で、とても頼もしい反面、ゆったりとしたマイペースな挙動がちょっぴり可愛らしくて――何か、独特の魅力があるのだ。


「ここ最近はバタバタしていたもので、リリンの家にもお邪魔できませんでしたもんね。エヴァ=リリンはお変わりありませんか?」


「はい。健やか、育っています。荷車、負担、大きい、思い、今日、徒歩で抱き、連れてきました」


「ええ。まだ生後3ヶ月ていどですもんね。あとでゆっくり寝顔を拝見させていただきます」


 しかしエヴァ=リリンがその3ヶ月ていどですくすく育っていることは、俺も自分の目で確認していた。貴き身分の客人がたが続々と来訪するまでは、休業日のたびにちょくちょくリリンの家にお邪魔していたのだ。


「そういえば、シュミラル=リリンはシン=ルウと交流は深まっていたんですか? もちろん血族として交流は深めていたんでしょうけれど、あんまりおふたりが話している場面は見かけたことがないように思うのですよね」


「はい。ダルム=ルウ、ヴィナ・ルウ、弟ですので。シン=ルウ、私にとって、伴侶の弟の、伴侶の弟、あたります。遠縁ですが、血の縁、存在します」


 そのように答えてから、シュミラル=リリンはいっそう優しげに目を細めた。


「そして、私、そちら、血の縁、関わりなく、シン=ルウ、着目していました」


「え? どうしてです?」


「シン=ルウ、アスタ、大切な友人、聞いていたためです。シン=ルウ、予想、違わない、立派な人間でした」


 俺が思わず言葉を失うと、ユーミは「もー」と呆れたような声をあげた。


「なんかあんたたちって、やっぱり奇妙な関係だねー! アイ=ファも妬けちゃったりしないのー?」


「家人が友愛を育むことに文句をつける家長などなかろう」


 アイ=ファはすました面持ちで、そんな風に答えていた。

 もちろんアイ=ファは、俺がどれだけ友愛を育んでも文句をつけたりはしない。唯一の例外は、フェルメスとなる。彼は友愛とは異なる執着心を抱いているし、ついでに言うと可憐な貴婦人のごとき容姿をしているためか、アイ=ファを複雑な心境にさせてしまうようであるのだ。


(でも、ヴィナ・ルウ=リリンなんかはいつも妬ましげに俺たちのことを見てたもんな。それぐらい、親密な間柄に見えちゃうってことか)


 そんな思いに胸を温かくしながら、俺はシュミラル=リリンに笑顔を返してみせた。


「それじゃあシュミラル=リリンも、シン=ルウと仲良くされていたんですね。それなら今日も、感慨深くてならないでしょう?」


「はい。心より、喜ばしい、思っています。同時に、シン=ルウ、重責、担わされること、若干、懸念、抱いていますが……シン=ルウであれば、乗り越えられる、信じています」


「ええ。シン=ルウなら、きっと大丈夫です。シュミラル=リリンと同じように、どんな困難でも乗り越えてくれると思います」


 俺がそのように答えると、シュミラル=リリンは不思議そうに小首を傾げた。


「私、比較、なりますか?」


「ええ。べつだんおふたりは、似たような境遇なわけではありませんけど……シュミラル=リリンこそ、さまざまな変転を乗り越えているでしょう? それでもシュミラル=リリンは初めてお会いした頃からまったく印象が変わっていないので、すごいと思います」


 森辺に婿入りを願ったシュミラル=リリンは、氏なき家人としてリリンの家に迎えられて、森辺の民として生きることになった。一介の行商人であった彼が、ギバ狩りの狩人として生きることになったのだ。それは、もともと狩人であったジーダや、狩人の仕事を免除されている俺やミケルには想像もつかない苦難であるはずであった。


 それでもシュミラル=リリンは、そんな苦難を乗り越えてみせた。さらに、リリンの氏を与えられて、ヴィナ・ルウ=リリンと婚儀を挙げて、狩人と行商人の生活を両立させて、ついには我が子まで授かって――それでも何ら変わることなく、強く正しく生きている。普通であれば伴侶を娶ったり子を授かったりするだけで大ごとであるのに、それと同時進行で変転に満ちた人生を力強く歩んでいるのだ。シュミラル=リリンはいつでも穏やかであるが、そんな苦労をこれっぽっちもにじませないというのが彼の強靭さの証であった。


 そして、俺がこのたびシュミラル=リリンのことを引き合いに出したのは、彼にリリンの氏が与えられた儀式の日を思い出したがゆえであった。

 あの日のシュミラル=リリンは、やはりいつもと変わらない穏やかなたたずまいで、粛々と儀式に取り組んでいた。シン=ルウであれば、あの日のシュミラル=リリンと同じように運命の変転を乗り越えるだろう、と――俺は、そんな感慨にとらわれていたのだった。


「変転、言うならば、アスタ、もっとも、まさっています。……おそらく、誰しも、余人の苦労、過酷、思えるのでしょう」


 そう言って、シュミラル=リリンはにこりと微笑んだ。


「よって、シン=ルウ、同じ心境でしょう。新たな氏族、家長として、生きる、大変な苦労、思えますが……立派、乗り越える、信じています」


「はい。俺もシン=ルウを信じています。ご家族はもちろん、ディグド=ルウみたいに頼もしい家人もいますしね」


 そのとき、新たな人影がこちらに近づいてきた。

 宴衣装を纏った、若い女衆の一団――トゥール=ディンとスフィラ=ザザ、モルン・ルティム=ドムとリッドの女衆というザザの血族である。


「ああ、アスタたちもこちらでしたか。血族たちの祝福が終わりましたので、血族ならぬ人間の順番となりましたよ」


 毅然とした面持ちで、スフィラ=ザザがそのように告げてきた。


「わたしたちは祝福を捧げてきましたので、しばし仕事を代わりましょう。ユン=スドラたちも、勇者たちのもとにどうぞ」


「わざわざありがとうございます。こちらは食材が調味液に漬けられていますので、このまま鉄板で焼いていただけますか?」


「なるほど。それでも目新しい食材をふんだんに使っているようですし、焼き加減には細心の注意が必要なのでしょうね。申し訳ありませんが、こちらはトゥール=ディンたちにおまかせできますか? わたしとモルン・ルティム=ドムは、はんばーぐかれーのほうを受け持とうかと思います」


 てきぱきと指示を下して、スフィラ=ザザはモルン・ルティム=ドムともども立ち去っていった。

 可愛らしい宴衣装のトゥール=ディンは、俺に向かっておずおずと微笑みかけてくる。


「もうひとつのかまどにも、別の女衆が参じています。アスタたちも、祝福をどうぞ」


「うん、ありがとう。それじゃあ、よろしくね」


 そんな風に答えてから、俺はシュミラル=リリンを振り返った。


「血族の祝福は終わっちゃったそうですよ。シュミラル=リリンは、大丈夫ですか?」


「はい。祝福、すでに、捧げています。その後、ユーミ、捕獲されました」


「捕獲ってなんだよー! もうちょっと言い方があるでしょー?」


「申し訳ありません。西の言葉、難しいです」


 それはおそらく、シュミラル=リリンなりの軽口であった。ユーミは「もー!」と声をあげながら、顔は笑っている。このしばらくで、ずいぶん気持ちもほぐれてきたようだ。

 そうして俺たちはシン=ルウを含む勇者や勇士に祝福を捧げるために、広場の中央を目指すことになったのだった。

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