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異世界料理道  作者: EDA
第八十一章 壮途の宴
1397/1695

門出の日②~宴の始まり~

2023.9/19 更新分 1/1

・本日は書籍版第31巻の発売日となります。ご興味をお持ちの御方はよろしくお願いいたします。

 そうして刻々と時間は流れすぎ――太陽が西の果てに没すると、広場の中央に儀式の火が灯された。


 青紫色の宵闇が四散して、その場に押し寄せた人々の姿をオレンジ色に照らし出す。ルウの血族が160名ていどで、客人の数はきっかり60名、総勢で220名オーバーという人数だ。これでは確かに、外来の客人を招待する余地もなかった。


 森辺の民だけでこれほどの人数が集められるというのは、きっと史上初のことであろう。広場には、俺がかつて味わったこともないほどの熱気がたちこめて、否応なく心臓を揺さぶってきた。


 なおかつこれは、日中に行われた力比べの余韻も存分に含まれているに違いない。

 そしてまずは、そちらの力比べで勇者と勇士の称号を授かった人々を祝福する儀式が執り行われた。


「力比べを勝ち抜いた5名の勇者たちを、祝福する! 名を呼ばれた狩人は、儀式の火の前に進み出て祝福を受けるがいい!」


 そのように宣言したのは、アマ・ミン=ルティムの父親たるミンの家長だ。このたびも、彼より格上にあたる家長たちは勇者と勇士に選ばれたため、彼が儀式の進行役に選ばれたのだった。


「的当ての勇者! ルウ分家の家長、シン=ルウ!」


 その名が呼ばれるなり、広場にいっそうの熱気が吹き荒れた。

 シン=ルウこそ、この後に行われる儀式の言わば主役であるのだ。シン=ルウがその座に相応しい力を持っていることが証明されて、人々にさらなる感慨をもたらすのだろうと思われた。


 そんなシン=ルウが儀式の火の前に進み出て膝を折ると、宴衣装を纏ったレイナ=ルウが草冠の祝福を捧げた。草冠のプレゼンターは、同じ氏族の未婚の女衆が受け持つ習わしであったのだ。


「荷運びの勇者! ルティムの先代家長、ダン=ルティム!」


 ダン=ルティムは、満面の笑みでのしのしと進み出る。そのつるつるの頭に草冠をかぶせたのは、仏頂面のツヴァイ=ルティムであった。


「木登りの勇者! ルウ分家の家長、ダルム=ルウ!」


 ダルム=ルウは、堂々たる足取りで進み出る。草冠を捧げたのはララ=ルウで、心から嬉しそうな笑顔であった。


(普通だったら、ララ=ルウがシン=ルウの担当になりそうなものだけど……何かきっと、事情があるんだろうな)


 俺はそのように考えたが、べつだん不安な心地にはならなかった。それぐらい、シン=ルウもララ=ルウも澄みわたった面持ちであったのだ。


「棒引きの勇者! ルウの家長、ドンダ=ルウ!」


 ドンダ=ルウが進み出ると、リミ=ルウが輝くような笑顔で草冠を授ける。こちらもまた、きわめて微笑ましい構図であった。


「闘技の勇者! ルティムの家長、ガズラン=ルティム!」


 その名が呼ばれると、得も言われぬ感動が俺の胸に押し寄せた。

 ついにガズラン=ルティムが、闘技の勇者となったのだ。もちろんその結果は事前に伝え聞いていたものの、それで俺の感動が薄れる理由はなかった。


「しかし私は父にもドンダ=ルウにも勝利していませんし、ジザ=ルウはそれまでの力比べですっかり力を失っていました。本当にくじの結果で勇者になったようなものですので、恐れ多いぐらいです」


 力比べを終えた後、わざわざかまど小屋まで顔を出してくれたガズラン=ルティムは、そんな風に語っていた。ダン=ルティムやドンダ=ルウやジザ=ルウが決勝戦まで上がる前に力尽きてしまうという、そんな大波乱の中でガズラン=ルティムが優勝を収める結果に相成ったのだった。


 それらの3名も、もちろん最後の8名までは勝ち抜いていた。そして、勇者を決めるためのトーナメントの一回戦目でドンダ=ルウとダン=ルティム、ジザ=ルウとルド=ルウが対戦することになり――その2試合が、尋常でない大激戦になってしまったのだという話であった。

 そこで勝利したのはダン=ルティムとジザ=ルウであったが、両名ともにその一戦で力尽きてしまった。それで、ダン=ルティムはラウ=レイに勝利したディグド=ルウに敗れ、ジザ=ルウはギラン=リリンに勝利したガズラン=ルティムに敗れ、そして最後はガズラン=ルティムがディグド=ルウを打ち倒したという顛末であった。


 しかし何にせよ、勝利したのはガズラン=ルティムであったのだ。

 話によると、ガズラン=ルティムは棒引きの勝負で同じような憂き目にあっていたらしい。トーナメントの一回戦目でダン=ルティムと対戦し、そこでからくも勝利をあげるも、ミダ=ルウに呆気なく敗れてしまったそうであるのだ。つまりルウの血族にはそれだけ力のある狩人が結集しているのだから、誰が優勝しようとも母なる森の思し召しであるはずであった。


「以上の5名が、本日の力比べの勇者となる! 続いて、10名の勇士を祝福する!」


 と、ミンの家長がさらなる声を張り上げた。


「的当ての勇士! ルウの末弟、ルド=ルウ! ルウ分家の家長、ジーダ!」


「荷運びの勇士! レイの家長、ラウ=レイ! マァムの長兄、ジィ=マァム!」


「木登りの勇士! ルティムの家長、ガズラン=ルティム! ルウ分家の家長、シン=ルウ!」


 日中にも語った通り、それらの3種目は前回とまったく同じか、あるいは勇者と勇士を入れ替えた格好となる。勇者の身でありながら勇士の首飾りまで授かったシン=ルウとガズラン=ルティムは、本当に大したものであった。それに、2回連続で同じ種目の勇者になったのは、ダン=ルティムただひとりである。


「棒引きの勇士! ルウの長兄、ジザ=ルウ! ルウの末弟、ルド=ルウ!」


 棒引きの力比べは、そのような結果に終わった。準決勝戦ではドンダ=ルウがジザ=ルウに勝利して、ルド=ルウがミダ=ルウに勝利したのだという。そして、勇士を決める3位決定戦で、ジザ=ルウがミダ=ルウに勝利したわけであった。


(でも、ルウの本家で勇者と勇士を独占ってのは、すごい話だよな。棒引きだって闘技と同じぐらい狩人としての総合力が問われるっていうんだから、なおさらにさ)


 そして、前回は闘技の決勝戦でジザ=ルウに敗れたドンダ=ルウも、ここで雪辱を晴らしたわけである。

 そのいっぽうで、ガズラン=ルティムはダン=ルティムを打ち倒しているのだから――やはりこの4名は総合力で抜きんでており、そこにルド=ルウが追いすがっている格好なのだろうと思われた。


「闘技の勇士! ルティムの先代家長、ダン=ルティム! ルウ分家の家長、ディグド=ルウ!」


 草冠をかぶったダン=ルティムにも、草を編んだ首飾りが捧げられる。こちらの三位決定戦ではどちらもへろへろの状態であったダン=ルティムとジザ=ルウで執り行われて、前者が辛勝をもぎ取ったのだという話であった。


 草冠と首飾りを授かった11名の狩人が、儀式の火の前にずらりと立ち並ぶ。

 その両方を授かったのはガズラン=ルティムとダン=ルティムとシン=ルウ、ふたつの首飾りを授かったのはルド=ルウだ。


(前回は……たしか、棒引きの勇者がギラン=リリンで、勇士の片方がミダ=ルウだったっけ)


 しかしそちらの両名も、ベスト8まではしっかり勝ち抜いている。なおかつギラン=リリンなどは、闘技のほうでも同様であるのだ。決して彼らの力が減退したわけではなく、すべては運命の妙――母なる森の思し召しであるのだろう。何にせよ、ルウの血族にとりわけ強靭な狩人が居揃っているという事実に変わりはないはずであった。


「では、勇者と勇士を祝福する儀は、ここまでとする! ……ドンダ=ルウよ」


「うむ」とドンダ=ルウが進み出た。

 黒褐色のたてがみめいた頭に草冠をかぶせられた、誰より勇壮な姿だ。その青く燃える瞳が、広場にたたずむ俺たちの姿をゆっくりと見回してきた。


「本日は、森辺に残存するすべての氏族から2名ずつの客人を招くことになった! すべては、ルウから新たな子たる氏族が生まれるさまを見届けてもらうためとなる!」


 ふつふつとした熱気を保ったまま、広場は静まりかえる。

 そんな中、ドンダ=ルウは重々しい声音で言いつのった。


「しかし、ルウにおいても新たな氏を与える儀というものは、このモルガの森に移り住んで以来、初めての行いとなる! そしてまた、収穫祭にその儀を重ねるというのも異例の話であるため、いったいどのように取り扱うべきか、我々も大いに思い悩んだが……協議の末、そちらの儀は祝宴の終わりに行うこととした!」


 広場には、いくぶん戸惑い気味のざわめきがあがりかける。

 しかしそれも、すぐさま静寂の向こう側に追いやられた。


「よって、まずは祝宴を楽しんでもらいたい! 女衆よ、果実酒の準備を!」


 ルウの血族には通達済みであったようで、すみやかに果実酒の土瓶が回されていく。俺やアイ=ファは幼子たちと同じように、形式としてそれを受け取った。


「今日もまた、決して諍いを起こすことなく、この日の喜びを分かち合ってもらいたい! 母なる森と父なる西方神、すべての同胞に祝福を!」


「祝福を!」の声が合唱されて、その場にたちこめていた戸惑いの気配もすぐさま熱気の奔流に呑み込まれることに相成った。

 220名にも及ぶ森辺の民が織り成す、生命力のうねりである。広場の外周にもかがり火が灯されると、そちらの熱気も一緒になって渦を巻くかのようであった。


 森辺の祝宴はちょっとひさびさであるし、これほどの人数に及ぶのは初めてのことだ。俺は何だか目の眩むような心地で、その場の熱気に身をひたすことになった。


「……それにしても、氏を与える儀が最後に回されてしまうとはな。いったいどのような了見で、そのような話に落ち着いたのであろうか?」


 と、いくぶん不平がましい声が聞こえてきたのでそちらを振り返ると、ベイムの家長が平家蟹めいた顔をしかめながら土瓶の果実酒をあおっていた。それに答えたのは、長身痩躯のバードゥ=フォウである。


「それはやはり、収穫祭と狩人の力比べを重んじた結果であろうよ。ここで新たな氏を与える儀に及んだならば、力比べの勇者や勇士も脇に追いやられてしまおうからな」


 儀式の火の前には丸太の低い壇が設えられて、5名の勇者はそこに座している。6名の勇士たちは、そこからほど近い敷物の上だ。そちらには、最長老たるジバ婆さんやミーア・レイ母さんも控えていた。

 そちらに目をやってから、ベイムの家長は「ふん」と鼻を鳴らす。


「ならば最初から、収穫祭とは別の日にすればよかろうに。そもそも収穫祭とて重要な儀式であるのだから、同じ日に行おうというのが無茶であるのだ」


「だからそれは、休息の期間に新たな集落を開く都合であると申し渡されていたではないか。……ベイムの家長は、何をそのように気を立てているのだ?」


「気など立てておらん。しかし我々は、新たな氏族が生まれるさまを見届けるために参じたのだから……それを果たすまでは、落ち着かんというだけのことだ」


 バードゥ=フォウは「そうか」と応じながら、ベイムの家長のかたわらにたたずむ女衆へと目をやった。一枚布の装束を纏った、年配の女衆――ベイムの家長の伴侶である。


「そちらの伴侶は……たしか、別なる眷族の生まれであったな」


「はい。わたしが若年の頃に滅びた氏族の生まれとなります」


 フェイ・ベイム=ナハムの母親にあたるその女衆は、穏やかに微笑みながらそのように答えた。

 彼女の父親は、かつて大罪人として処刑された人物となる。そちらの氏族の女衆が町の無法者に害されて、それに怒った家長が衛兵をなぎ倒して復讐を果たし――そうして、処刑されてしまったのだ。家長を失ったそちらの氏族は、それで氏を捨てて親筋たるベイムの家人になったのだった。


「俺も若き時分には、力を失った眷族をフォウに迎えるさまを見届けている。この場に集まった人間の大半は、同様であろう。俺たちは、ずっと氏族の滅びばかりを目にしてきたのだ」


「ええ……そんな話と無縁であったのは、きっとルウやザザぐらいなのでしょうね」


「うむ。それでもドンダ=ルウたちは、我々の抱えている痛みをきちんとわきまえているのだろう。だからこそ、こうしてこの夜に我々を招いたのだ」


「はい。たとえ血族でなかろうとも、新たな氏族の生まれるさまを見届けることがかなうだなんて……わたしは、想像もしていませんでした」


 その女衆はゆったりと微笑みながら、伴侶たる家長を振り返った。


「ですから、その刻限を心安らかに待ちましょう。このようにめでたい日に気を立てるだなんて、そんな惜しい話はないはずです」


「だから俺は、べつだん気を立てているわけではない」


 ベイムの家長は、ぷいっとそっぽを向いてしまう。

 きっとフェイ・ベイム=ナハムの強情な部分は父親似で、優しい部分は母親似であるのだろう。そしてまた、ベイムの家長にも優しい内面が、その伴侶にも強靭な内面が、それぞれ存在するのだろうと思われた。


「では、俺たちも祝宴を楽しませてもらうことにするか。アイ=ファとアスタも、またのちほどな」


 バードゥ=フォウは穏やかな笑みを残して、人波の向こうに消えていく。それを追いかけるのは、いつも商売の下ごしらえで重責を担ってくれるバードゥ=フォウの伴侶だ。今日ばかりは、客人の中にも年配の女衆が少なくなかった。


(氏族によって、そのあたりの判断はくっきり分かれるみたいだな)


 普段であっても、こういう祝宴には立場ある人間か若い人間のどちらかが選出される。ただし、男衆はおおよそ本家の家長か長兄であるのに対して、女衆はそのほとんどが屋台の商売に関わる若い女衆であった。

 それはやっぱり、他なる氏族や外来の客人と絆を深めるのは若い人間に相応しいという判断であるのだろう。大きな変革を迎えた森辺の行く末を切り開くのは、やはり若い人間の役割であるのだ。


 しかし今日の目的は、余所の人々と絆を深めることではなく、あくまで新たな氏族の誕生を見届けることである。それで、若い人間ばかりでなく、家長の伴侶などといった年配の女衆も選出されているわけであった。


 ざっと見た限り、ガズやアウロやダイなども、年配の家長夫妻でやってきているようである。デイ=ラヴィッツとリリ=ラヴィッツなどは、言わずもがなだ。こういった祝宴では、宴衣装を纏っていない女衆というのも逆に目立つものであった。


 そのいっぽうで、俺の仕事の手伝いやルウとの関係性などを考慮して、ユン=スドラやトゥール=ディン、レイ=マトゥアやマルフィラ=ナハム、それにクルア=スンやリッドの女衆といった若いメンバーも参席を許されている。ただしそちらもパートナーとなるのはおおよそ年配の家長であり、若い長兄を連れているのはレイ=マトゥアのみであった。


 さらに、家長そのものが若いという氏族も存在する。俺にとって馴染みが深いのは、ラッツとヴェラとダナだ。ヴェラの家長だけは同じように若い伴侶を連れていたが、ラッツの家長は屋台の当番である女衆、ダナの家長はディンの家に滞在して屋台を手伝っていたことのある若い女衆を連れていた。


 あとは――ダリ=サウティも、本日は分家の末妹ではなく伴侶のミル・フェイ=サウティをパートナーとしていた。

 ザザの家は相変わらずゲオル=ザザとスフィラ=ザザの姉弟であり、ドムの家もディック=ドムとレム=ドム――それに対して、ジーンは年配の家長と伴侶らしき女衆が参じている。おそらくは、血族の中で若い組と年配の組を割り振っているものと思われた。


(それで、ランの家は若い組を受け持ったってことか。でもきっと、分家の人間なんて他にはなかなかいないだろうから……やっぱりユーミは恐縮しちゃうだろうな)


 そんな風に思案しながら、俺はふっとアイ=ファのほうを振り返った。

 本日は余興の力比べに備えて、アイ=ファも普段通りの装束である。そしてその青い瞳は、真っ直ぐに俺を見つめていた。


「ど、どうしたんだ? 俺の顔に、何かついてるかな?」


「いや。お前が妙に感慨深げであったので、邪魔をせずに見守っていただけのことだ。……どれだけ空腹であろうとも、それが家長の務めであろうからな」


 そう言って、アイ=ファはやわらかく目を細めた。

 その魅力的な表情に胸をどきつかせつつ、俺はつい笑ってしまう。


「だったら遠慮なく声をかけてくれればいいのに。……アイ=ファはそんなに感傷的な気分じゃないみたいだな」


「うむ。もちろんこの日のめでたさはわきまえているし、シン=ルウが新たな氏族の家長に選ばれたことには感じ入っている。しかし……私はバードゥ=フォウたちのように、眷族の滅びを見届ける機会もなかったのでな」


 ファの家は眷族どころではなく、自身が滅びの危機にあったのだ。より悲惨な状況であったがために、眷族を失う悲しみを知らずに済んだというのは――なんとも錯綜した話であった。


「アイ=ファが生まれた頃には、もうご両親しか残されてなかったんだっけ。言うまでもないけど、そんな大変な話はないよな」


「うむ。私が生まれる直前までは、まだ数名の家人がいたようであるのだがな。……しかしそれは、お前も同じことであろう?」


「俺の故郷は森辺よりもご近所づきあいってものが豊富だったから、そんなに不便なことはなかったんだよ」


 とはいえ、俺の実家もそこまでご近所づきあいに積極的であったわけではない。あくまで、血の縁を重んじる森辺と比べてのことである。俺にとって重要であったのは、やっぱり両親と玲奈の一家ぐらいであったのだった。


(玲奈の家とは、そこまでご近所だったわけでもないもんな。たしか、おたがいの母親が産婦人科で知り合って仲良くなったんだっけ)


 そうして玲奈の母親は産後からバリバリ働くような仕事人間であり、うちの母親は店の切り盛りを親父に一任していたため、幼い玲奈を我が家で預かる機会が多かった。それで家族ぐるみのつきあいというものが生まれたのである。


(べつだん、血の縁があったわけじゃないけど……俺の家と玲奈の家だって、ルウとルティムぐらい仲がよかったはずだもんな)


 しかしまた、俺の母親は何年も前に亡くなり、俺もこうして帰らぬ人となってしまった。

 ひき逃げにあって重傷を負ってしまった親父は、もう退院しているのか――そして今でも、玲奈の一家とつきあいがあるのか。そんな想像をしただけで、温かい思いに満ちていた俺の胸に鋭い刺すような痛みが生じた。


「……そのように苦しみをこらえてまで、故郷の話をせずともよいのだぞ」


 低く押しひそめたアイ=ファの声が、俺の耳から胸の内側にしみいってくる。

 それが消えない傷口をそっとくるんでくるのを感じながら、俺は「いいんだよ」と笑ってみせた。


「アイ=ファには、どんな気持ちも隠す気はないからさ。アイ=ファがおかしな気をつかわずに故郷の話を持ち出してくれることも、俺は心から嬉しく思ってるよ」


 アイ=ファはいっそう優しげに目を細めながら、俺の髪をくしゃっとかき回してきた。


「では、腹を満たすとするか。お前たちの準備した宴料理は、いずこであるのだ?」


「ここからだと、ちょっと遠くなっちゃうな。今日は人出がすごいし、手近なかまどから攻めていったらどうだろう?」


「…………」


「あ、はい。承知しました。不肖わたくしめがご案内いたします」


 アイ=ファは苦笑して、俺の頭を小突いてきた。

 アイ=ファはいかなる場においても、まずは俺の手掛けた料理から晩餐を始めたいと願っているのだ。それを失念していたら、もっと盛大におしおきをされていたはずであった。


(まあ、俺がそんな嬉しい話を忘れるわけがないけどさ)


 消えない傷口の痛みとアイ=ファからもたらされた幸福な思いを等分に噛みしめながら、俺は熱気に満ちみちた広場を横断することにした。

 その道中で、ふっと広場の中央に目をやってみると――勇者の壇に座したシン=ルウは、とても静かな面持ちで血族からお祝いの言葉をあびていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アスタの親父さんも、問題積載したままなんだよな。 自身に負わされた怪我の状態と土地の問題、アスタの生死が地球ではどうなってるか。 どう描かれるのか。
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