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異世界料理道  作者: EDA
第八十一章 壮途の宴
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ファの家の晩餐①~下準備~

2023.8/30 更新分 1/1

 デルシェア姫たちをルウの集落にお招きした勉強会から、2日後――茶の月の19日である。

『麗風の会』の前日となるその日、ファの家はゲルドの貴き客人がたをお迎えすることになった。


 ゲルドの客人はアルヴァッハとナナクエム、プラティカとピリヴィシュロの4名のみであるが、さらに見届け人としてポルアースとフェルメスとジェムドも同行する。以前にルウの本家に招待した折と、同じ顔ぶれだ。やはりゲルドの貴人を森辺にお迎えするには、ジェノスと王都の見届け人が必須となるのだった。


 そしてさらに今回は、ルウ家からも4名の客人を迎えることに相成った。ジバ婆さん、ルド=ルウ、リミ=ルウ、コタ=ルウという顔ぶれである。最初にピリヴィシュロと晩餐を囲みたいと主張したのはコタ=ルウであり、残る3名がそれに便乗した格好であった。


 そうなると、かまど番が俺とプラティカとリミ=ルウの3名のみというのは、いささか心細い。そこで俺は、アイ=ファの幼馴染たるサリス・ラン=フォウに協力をお願いすることにした。


「わ、わたしが晩餐のお手伝いをするのですか? こういう際には、いつもユン=スドラやトゥール=ディンが招かれているのでは……?」


「そうですね。でも俺は前々から、アイム=フォウとコタ=ルウを引きあわせたいなと考えていたのですよ」


 その両名は、俺が森辺でもっとも懇意にさせていただいている幼子たちなのである。さらに今回はピリヴィシュロまで参ずるので、とことん幼子にこだわってみてはどうかと考えた次第であった。


「これで相手がティカトラスであったなら、私もサリス・ラン=フォウらに同席を望むことはなかっただろうがな。ゲルドの貴人らは礼節をわきまえているので、何も臆する必要はないぞ」


 アイ=ファがそのように言いたてると、サリス・ラン=フォウは珍しくもじもじとした。


「で、でも、ジェノスや王都の貴族というのも同席するのでしょう? わたしとしては、むしろそちらの方々に気兼ねしてしまうのだけれど……」


「ポルアースはアルヴァッハたち以上に信用の置ける人間であるし、フェルメスは……まあいくぶん厄介な面を持っていないことはないが、晩餐の場を乱すことはなかろう」


「ど、どうしてアイ=ファまで、わたしを引っ張り出そうとするのかしら?」


「私は、ただ……古きからの友であるサリス・ラン=フォウと、同じ苦労と喜びを分かち合いたいと願っているだけだ」


 と、アイ=ファはちょっぴりだけ唇をとがらせてしまった。

 アイ=ファにとってもっとも大切な友人というのは、サリス・ラン=フォウとジバ婆さんとリミ=ルウの3名であるのだ。アイ=ファはひそかにその3名が一堂に会することを願っていたのだろうと思われた。


 そんなアイ=ファの思いが伝わってか、サリス・ラン=フォウも最後には了承してくれた。そしてそちらの付添人には、義理の父たるバードゥ=フォウが選ばれることになった。


「まあ、ポルアースやフェルメスであれば会合の際に幾度となく顔をあわせている間柄となるが……ゲルドの貴人まで加わるとなると、これは大役だな」


 そのように語りながら、バードゥ=フォウは落ち着いた面持ちであった。

 アルヴァッハが森辺を訪れたことは数えるぐらいしかないものの、その評判は昔日から森辺の隅々にまで行き渡っているのだ。そもそも狩人の一族であるゲルドの民というのは、森辺の民に馴染みやすい人柄であったのだった。


(それに、以前はプラティカもあちこちの集落にお邪魔してたからな。それでいっそう、イメージアップに繋がったんだろう)


 かくして、晩餐の参席者は決定し――その当日がやってきた。

 屋台の商売は営業日の5日目で、休業日の前日となる。そして、営業後の勉強会はルウ家で行う日取りであった。


 客人がたがやってくるのは夕刻なので、まずは尋常にルウの集落を目指す。それに同行するのは、営業中に合流したプラティカのみであった。


「プラティカがおひとりで森辺にやってくるのは、ずいぶん珍しいように思いますね」


 荷車の運転をしながら俺がそのように呼びかけると、プラティカは沈着なる声で「はい」と告げてきた。


「客人、増えると、負担、増すため、ニコラ、辞退しました。本日、屋敷にて、新たな食材、研究、励むそうです」


「そうですか。まあ2日前にも、ファの家にお招きしたばかりですしね」


 師匠のヤンと研究に励むのであれば、ニコラも奮起していることだろう。そちらでもどのような料理が考案されるか、楽しみなところであった。


「でも、プラティカも明日の『麗風の会』で、菓子をお出しするんでしょう? その下準備なんかは、大丈夫だったんですか?」


「はい。ジェノス、歴戦の料理人、助力、願えたので。こちら、参ずる前、作業、終えること、できました」


「そうですか。トゥール=ディンは、これから血族総出で下準備に取り組むようですよ」


 いっぽう俺はトゥール=ディンの調理助手という役目に収まったため、本日も問題なく客人がたをもてなせるわけであった。


(森辺のかまど番の代表として『麗風の会』の厨を預かるなんて、本当に大変なことだけど……まあ、トゥール=ディンだったら心配いらないよな。明日は俺も、全力でサポートしてあげよう)


 俺たちは本日もこれからルウ家で勉強会であるが、トゥール=ディンは家に戻って明日の下準備に取り組むのだ。

 しかしまた、トゥール=ディンはすでに宿場町の屋台で出す新しい菓子についても目処が立っていたので、勉強会を1日ぐらい欠席しても痛いことはないのだろう。かえすがえすも、心強い限りである。


(トゥール=ディンは屋台の商売や森辺の晩餐ばかりじゃなく、オディフィアに美味しい菓子をお届けしたいっていう第3の目的も持ってるからな。きっとそれが、レイナ=ルウに負けないぐらいの原動力になっているんだろう)


 そんなトゥール=ディンも、この茶の月でついに13歳となった。茶の月には生誕の日を迎える人間が多く、彼女の父親であるゼイ=ディンや、ドンダ=ルウ、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、コタ=ルウ、ヴィナ・ルウ=リリンなどもこの月に齢を重ねたはずであった。


(トゥール=ディンは、今年でついに俺と出会った頃のララ=ルウに追いついたわけだ。そう考えると、ララ=ルウはずいぶん大人びていたように思うけど……それは、見た目の印象も大きいのかな)


 ララ=ルウは出会った頃からすらりと背が高くて、4歳年長であるレイナ=ルウよりもわずかながらに長身であったのだ。そして、レイナ=ルウはその頃から背丈の成長が止まったようであるので、現時点においては10センチぐらいの身長差が生じていたのだった。


 ただしララ=ルウも、内面は年齢相応に幼げであった。出会った当時は12歳で、それからすぐに生誕の日を迎えたのだから、俺の感覚では中学一年生の年代となる。もちろん森辺の民というのは幼い頃から家の仕事を手伝っているため、俺の故郷の人々よりはずいぶんしっかりしていたものの――それでもララ=ルウは、なかなか子供じみた短慮さを有していたのだ。それに比べれば、今のトゥール=ディンのほうが大人びているという言い方もできるはずであった。


 しかしまあ、成長の具合など人それぞれである。現在のララ=ルウは短慮さもなりをひそめてびっくりするぐらい立派な人間に成長しているのだから、そちらに着目するべきなのであろうと思われた。


(それに……俺やアイ=ファなんて、もうすぐ20歳になっちゃうんだからな)


 アイ=ファの生誕の日までは残りひと月足らず、俺だって3ヶ月ていどだ。自分がこの地で3年も過ごし、間もなく20歳になろうなどというのは、なかなか信じ難い話であった。


(……つまり、玲奈なんかは成人式を迎えてるわけだ)


 そんな風に考えると、胸の奥底がじくじくと痛む。故郷の記憶が薄らいできている俺にとっても、家族と幼馴染の面影だけはくっきり心に刻みつけられているのだった。


 しかしもう、俺はおかしな白日夢に見舞われたりはしない。試食の祝宴の当日には不可解な感覚に見舞われて周囲の人々に心配をかけてしまったが、俺はフェルメスのおかげで余計な懸念を払拭することができていた。


 たとえ不可解な点があろうとも、俺は俺である。どうして俺はこのような運命に見舞われたのか、『星無き民』とは何なのか、悪夢の中で俺を苛むあの人物は何者であるのか――それらがたとえ永久に解けない謎であったとしても、俺がこの地で森辺の民として生きていくことに何ら変わりはないのだった。


                 ◇


「それじゃあ各自、よろしくお願いします」


 ルウ家における勉強会を終えたのち、下りの五の刻となったならばファの家に帰参して、俺は3名のかまど番と晩餐の準備に取りかかることになった。

 ルド=ルウも早めに狩人の仕事を切り上げて、俺たちの働きを見物している。壁際で敷物に座しているのは、ジバ婆さんとコタ=ルウとアイム=フォウだ。さっそく顔を突き合わせることになった幼子たちは、それぞれはにかみながらおたがいの姿をちらちらと盗み見していた。


「そんなに気になるなら、なんかしゃべりゃいーだろ? ちびっこ同士で、遠慮する必要なんてねーんだしさ」


「幼い子供には幼い子供なりの遠慮ってもんが生まれちまうもんなんだよ……それにしても、あんたもずいぶん大きくなったもんだねぇ……」


 ジバ婆さんが皺くちゃの笑顔を届けると、アイム=フォウはいっそうどぎまぎしながらうつむいてしまった。コタ=ルウを除く面々は、これまでにも何らかの機会でアイム=フォウと顔をあわせているのである。


「たしかあんたは、コタと同じ年だったよねぇ……もう生誕の日は迎えたのかい……?」


「ううん。まだ」


「それじゃあ、まだ三つなんだねぇ……ここは、四つになったコタのほうからしゃべってあげたらどうだい……?」


 コタ=ルウもまたいくぶん気恥ずかしそうにしながら、それでも「うん」とうなずいた。アイム=フォウよりはコタ=ルウのほうが大らかな一面を持っているし、身体も大きく育っているのだ。


「アイム=フォウ、ファのいえとなかよし?」


「うん……かあ、アイ=ファ、なかよし。アイムも、アイ=ファとアスタ、すき」


「コタも、だいすきだよ。アスタはやさしいし、アイ=ファはかっこいいよね」


 そんな言葉を聞かされると、俺のほうこそ気恥ずかしくなってしまう。

 そしてコタ=ルウは追撃でもかけるように、俺にまであどけない笑顔を届けてきた。


「だから、ファのいえにこられて、すごくうれしい。アスタ、ありがとう」


「俺もコタ=ルウをお招きできて、すごく嬉しいよ。アイム=フォウとも、仲良くしてあげてね」


 コタ=ルウは「うん」とうなずいて、アイム=フォウのほうに向きなおる。

 すると、具材を刻んでいたサリス・ラン=フォウも壁際の面々に微笑みかけた。


「コタ=ルウはアイムと同い年なのに、とてもしっかりしているのですね。アイムと仲良くしていただけたら、わたしも嬉しく思います」


「うん。コタ、アイム=フォウもすきだよ」


 コタ=ルウが無邪気に笑うと、アイム=フォウはまたうつむいてしまう。しかしどうやら、その小さな顔にも嬉しそうな笑みがたたえられているようであった。


「やっぱりこういうちびっこは、しゃべるより遊んだほうが仲良くなれるんじゃねーの? まだ日が暮れるまで一刻ぐらいはあるんだから、外で遊んでりゃいーじゃん」


「そうかもしれないねぇ……よかったら、ルドが面倒を見てくれるかい……?」


「あー。かまど小屋から離れなけりゃ、あとでジザ兄にうるさく言われることもねーだろ」


 ルド=ルウは2名の幼子を引き連れて、かまどの間を出た。

 すると、外に出るなりコタ=ルウとアイム=フォウがはしゃいだ声をあげる。留守番役のサリス・ラン=フォウがこちらに移動したため、子犬たちがくつろぐ木箱も出入り口のすぐそばまで運ばれているのだ。そして、そちらを守っていたラムとジルベが嬉しそうに尻尾を振っている姿が開け放しの戸板から垣間見えた。


「やっぱり、かわいいね。みんな、ちっちゃい」


「うん。でも、まえはもっとちっちゃかったよ」


「おめーらだって、十分にちっちぇーだろ。ま、子犬ほどじゃねーけどよ」


 そのやりとりに、俺はつい笑ってしまった。


「なんか、ルド=ルウも同じ年頃の友達みたいに思えちゃうね」


「あはは。ルドよりコタのほうがしっかりしてるしねー!」


「おめーら、聞こえてんぞー。あとでまとめて引っぱたいてやるからなー」


 そうしてその後も、和やかに時間が過ぎていった。

 幼子たちは外に出てしまったが、時おり戸板からその無邪気な姿を確認することができる。ジルベがふたりの幼子を背中に乗せて練り歩くさまなどは、微笑ましさの極致であった。


「アイム=フォウも元気に育っているようだねぇ……たとえ血の縁がなくっても、幼子の元気な姿を見ていると……なんだか泣きたいぐらい嬉しくなっちまうよ……」


「はい。幼子こそが、わたしたちの宝ですからね」


 サリス・ラン=フォウは穏やかに微笑みながら、ジバ婆さんのほうを振り返った。


「それもこれも、先人たちが今日までの道を切り開いてくれたおかげです。もっとも苦しい時代を生き抜いて、わたしたちに生きるべき道を指し示してくださった最長老には、深く感謝しています」


「あたしなんて、何もわからないまま闇雲にあがいていただけさ……そのせいで、今の若い人間にたいそうな苦労をかけちまったしねぇ……」


 そんな風に言ってから、ジバ婆さんは澄みわたった微笑みをたたえた。


「それに……けっきょくどんな時代にも、同じように苦労があるわけだからねぇ……あんたたちも頑張って、可愛い幼子たちのために道を切り開いておくれよ……」


「はい。わたしには、家を守ることしかできませんが……アスタやリミ=ルウのように外で頑張ってくださる方々のためにも、懸命に自分の仕事を果たしたく思います」


「あはは! リミは楽しく過ごしてるだけだけどねー! 明日のお茶会も楽しみだなー!」


 そのようにして、室内のほうも和やかに交流が紡がれていった。


「おーい。アイ=ファが戻ってきたぜー」


 ルド=ルウがそのように告げてきたのは、彼らが表に出てから四半刻ほどが過ぎたのちのことである。戸板からは巨大なギバを担いだアイ=ファと2頭の猟犬、それにきゃあきゃあと騒ぐ幼子たちの姿がちらちらと見え隠れした。


「こりゃまたでっけーギバだなー。あっちの木陰に生皮が2枚も干されてるけど、今日だけで3頭も狩ったのかー?」


「うむ。ギバの数は、減る気配もないのでな」


「それにしたって、ひとりで3頭ってのは普通じゃねーよなー。アイ=ファにも、また稽古をつけてもらいてーもんだぜ」


 そんなやりとりを経てから、アイ=ファはひょこりとかまどの間を覗き込んできた。

 3名の旧友と俺とプラティカが、同時にそれぞれ挨拶の声をあげる。その瞬間、アイ=ファの青い瞳に幸せそうな光がくるめいたのを俺は見逃さなかった。


(こんな顔ぶれに出迎えられたら、そりゃあアイ=ファも嬉しいだろうな)


 3名の旧友は言うまでもないし、プラティカだって妹のように気をかけている相手であるのだ。かえすがえすも、本日はアイ=ファにとって理想的な顔ぶれが集結していた。


「お、今度は貴族の連中だなー」


 さらに四半刻ほどが経過すると、ルド=ルウがそのように告げてくる。そして、幼子たちがこちらに戻されることになった。


「今日は兵士連中も居揃ってるから、こっちで大人しくしとけ。ジバ婆、よろしく頼むぜー」


「承知したよ……あんたたち、楽しかったかい……?」


 コタ=ルウは屈託なく「うん」とうなずき、アイム=フォウは無言のまま口もとをほころばせる。何とはなしに、先刻までよりも距離が縮まったように感じられた。

 しばらくすると、屋外が騒然とする。護衛役の兵士たちが、敷地内に配置されているのだ。そののちに、アルヴァッハがぬっと巨体を現した。


「ただいま、到着した。面倒、かけること、恐縮である」


「いえいえ、とんでもない。ようやくみなさんをファの家にお招きできて、光栄です」


「アスタ、寛大な言葉、感謝する。……最長老ジバ=ルウ、息災なようで、何よりである」


「ああ、そちらこそねぇ……せっかくの晩餐にお邪魔しちまって、申し訳なく思っているよ……」


「否。最長老ジバ=ルウ、同席、喜ばしいばかりである」


 そのように語りながら、アルヴァッハは底光りする碧眼で幼子たちの姿を見据えた。


「我々、母屋、待たせてもらうが……幼子、ピリヴィシュロ、同席、如何であろうか?」


「ああ……そうさせてもらったら、ありがたいねぇ……それじゃああたしも、そっちに移らせていただこうか……」


「じゃ、俺もそっちにくっついてねーとなー」


 と、アルヴァッハの脇からルド=ルウが顔を覗かせた。


「兵士連中が悪さをすることはねーと思うけど、リミもひとりで外に出るんじゃねーぞ? プラティカ、こっちはよろしくなー。ジルベも、こっちにいてもらうからよー」


「はい。承知しました」


 ということで、かまど番の4名を除く顔ぶれは母屋に移動していった。

 そちらの気配が完全に消えてから、サリス・ラン=フォウはしみじみと息をつく。


「やはりゲルドの貴人というのは、独特の迫力をお持ちですね。ただ……それは、森辺の立場ある方々に通ずる気配であるようです」


「きっとそれが、狩人の一族ならではの気配なのでしょうね。俺は、好ましく思っています」


「ええ、わたしもです。プラティカだって、こんなにも好ましいですしね」


 サリス・ラン=フォウが微笑みかけると、プラティカは感じやすい頬を染めながら「恐縮です」と応じた。サリス・ラン=フォウとプラティカの交流というのはあまり目にする機会もなかったが――何せプラティカは、アイ=ファと似たところのある少女であるのだ。であれば、サリス・ラン=フォウも大いに好感をかきたてられるはずであった。


「リミもゲルドの人たちは好きだよー! 他の貴族の人たちも嫌いじゃないけど、一番しゃべりやすいよねー!」


「光栄です。……ですが、南の方々、森辺の民、気風、合致するのでは?」


「んー。ジャガルの人たちも、好きだけど! おーぞくの人たちは、しつれーのないようにするのが大変だから!」


 そこのあたりは、ジザ=ルウの教育もあるのだろう。リミ=ルウが思いのままに振る舞っていれば、誰に対しても遠慮は生じないように思われた。


「これで明日は、お茶会というものも開かれるのですよね? アスタたちは、本当に大変ですね」


「いえいえ。お茶会では俺もおまけですので、本当に大変なのはトゥール=ディンです」


「それに、プラティカもねー! 明日はプラティカも、おかしを出すんでしょ?」


「はい。私、デルシェア、ひと品ずつ、受け持ちます」


「また新しい食材を使ってくれるんでしょー? どんなおかしか、楽しみだなー!」


 斯様にして、かまど番だけになっても賑やかさと和やかさに変わるところはなかった。

 子犬の木箱も母屋に運ばれたようで、ひとりぼっちになったジルベは入り口からじっと俺たちの様子をうかがっている。時おりそちらに笑いかけながら、俺たちは調理に勤しんだ。


 そうして、半刻ほどの時間が過ぎ――とっぷりと日が暮れたところで、晩餐は完成した。

 俺たちは4人がかりで、完成した料理を母屋に運び込む。その際に、かがり火を焚いた兵士たちの姿があちこちにうかがえた。やはり、30名ぐらいの人数であるようだ。デルシェア姫が来訪した折よりは少人数であったものの、物々しさに変わるところはない。しかしこれも、ポルアースたちが森辺でくつろぐために必要な措置であった。


「みなさん、どうもお待たせしました」


 俺が先陣を切って母屋に踏み込むと、本日の参席者たちが一斉に振り返ってきた。アイ=ファとジバ婆さんとバードゥ=フォウが5名の客人と向かい合っており、ルド=ルウは少し離れた場所で幼子たちの面倒を見ている。ファの家がこれだけの客人を迎えるのは、ちょっとひさびさのことであった。


「バードゥ=フォウもいらしていたんですね。どうもお疲れ様です」


「うむ。今日は世話になる」


 バードゥ=フォウは昨日と同じく、落ち着いた面持ちだ。そしてポルアースが気さくに「やあやあ」と笑いかけてきた。


「すっかり挨拶が遅れてしまったね。今日はよろしくお願いするよ、アスタ殿」


「はい。お口に合えば、幸いです」


 俺たちが広間の中央に大皿を並べると、客人たちはあらためて車座を作った。家の主人たるアイ=ファが上座で、右手側がポルアース、フェルメス、ジェムド、ナナクエム、アルヴァッハ、左手側がリミ=ルウ、ジバ婆さん、ルド=ルウ、サリス・ラン=フォウ、上座の正面がアイム=フォウ、コタ=ルウ、ピリヴィシュロという並びだ。森辺の晩餐として珍しく思えるのは、コタ=ルウがひとり血族から離れている点であった。


「コタはそいつらと一緒に食いてーんだってよ。そんなに世話をかけることはねーと思うけど、あんたに頼めるかい?」


 ルド=ルウの呼びかけに、サリス・ラン=フォウはゆったりと微笑みながら「はい」と応じる。サリス・ラン=フォウは左手側の末席で、幼子の列と隣り合っているのだ。また、アルヴァッハとピリヴィシュロも同じ位置関係にあった。


(こういうときは、アルヴァッハたちが上座に近い位置になるもんだろうから……やっぱりピリヴィシュロのために、席を移したんだろうな)


 まあどのような席であっても、言葉を交わすのに不都合はない。俺は幼き客人たちの意向が重んじられていることを喜ばしく思いながら、アイ=ファの隣に腰を下ろした。


「まず、多忙な折、来訪、許し、もらえたこと、あらためて、感謝の言葉、伝えたい」


 アルヴァッハが重々しい声音でそのように宣言すると、ナナクエムとピリヴィシュロも指先を奇妙な形に組み合わせて一礼した。


「明日、城下町の茶会、『麗風の会』であるから、なおさらである。しかし、アスタの料理、食したい気持ち、抑えること、かなわず……無理な申し出、試みた、次第である」


「ええ。お茶会では、菓子しか口にできませんからね。それに、明日の俺やリミ=ルウはあくまでトゥール=ディンの手伝いに過ぎませんので、どうぞお気になさらないでください」


「恐縮である」と、アルヴァッハはまた深く一礼する。

 そのかたわらで、ピリヴィシュロはきらきらと黒い瞳を輝かせながら、うずうずと身を揺すっていた。きっと無表情を保つのに精一杯であるのだろう。

 さらにその隣では、コタ=ルウとアイム=フォウがそれに負けないぐらい嬉しそうな様子で笑顔を見交わしている。この半刻ほどで、また親睦が深まったようだ。


 ピリヴィシュロは6歳なのでややお兄さんとなるが、他の幼子たちに比べても愛くるしさに変わるところはない。

 そうして俺はめいっぱい微笑ましい心地で、その日の晩餐を開始することに相成ったのだった。

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