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異世界料理道  作者: EDA
第八十一章 壮途の宴
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ルウ家の勉強会②~試食~

2023.8/29 更新分 1/1

 勉強会を開始して、およそ一刻――かまどの間には、4種の新しい献立が並べられることになった。

 ルウ家が担当したのは、ギバ肉とドエマを使った豆乳鍋と、ギラ=イラを使った香味焼き。小さき氏族が担当したのは、豆乳と魚卵のパスタと、貝醤を使った炒め物だ。


「まずは、汁物料理から試食してみようか」


 俺がそのように告げると、リミ=ルウが元気いっぱいに「はーい!」と応じてくれた。そちらは、リミ=ルウとマイムが中心になって作りあげてくれたのである。


 ドエマとは、牡蠣に似た貝類である。そちらを使った豆乳鍋は、試食の祝宴でも大好評であった。とにかくドエマというのは良質の出汁が取れるので、トビウオに似たアネイラの出汁と合わせるだけで申し分のない汁物料理ができあがるのである。さらには豆乳との相性も抜群であったので、それだけの人気を博することがかなったのだ。


 今回は、そこにギバのモモ肉を加えている。

 ギバ肉と豆乳の相性もドエマに負けていないことはすでに立証されていたが、果たしてギバ肉とドエマの相性は如何なるものか――俺も豚肉と貝類を同じ料理で扱った経験はなかったので、すべてが新たな挑戦であった。


「でも、西の王都から届けられる貝の乾物でしたら、ギバとマロールの鍋で使っていますからね! ギバの肉は、魚介の食材とも相性は悪くないように思います!」


 マイムもにこにこと笑いながら、料理の取り分けを手伝った。

 ルウ家においてはマイムとレイナ=ルウの二本柱で、アマエビに似たマロールとギバ肉の合わせ技に取り組んでいたのだ。そうしてそれぞれ素晴らしい料理を編み出して、いまや屋台や森辺の祝宴でも定番の献立に成り上がっていたのだった。


「はい、どーぞ!」と、リミ=ルウは5名の客人たちにも小皿を届ける。

 デルシェア姫はもちろん大喜びであったが、武官のロデだけは難しい面持ちだ。


「……小官は職務のさなかでありますため、食事はご遠慮したいのですが……」


「これだって、大事なお役目だよー! 試食のお役目も果たせない人間は、この神聖な場所に踏み込んじゃいけないの!」


 デルシェア姫はたちまち眉を吊り上げたが、その目は笑っていた。


「命令なんてしたくないから、ロデは自分の意思でお役目を果たしてよね! それでも嫌だって言うんなら、表のフォルタ様にお役目を交代してもらおうかなー!」


「……戦士長殿にお手間をかけさせるのは、どうかご容赦いただきたく存じます」


「それじゃあ、しっかりお役目を果たしてねー!」


 ロデは懸命に溜息をこらえている様子で、手もとの小皿に目を落とした。

 それを横目に、デルシェア姫は自分の小皿を口に運ぶ。俺たちも、それぞれ試食のお役目を果たすことにした。


 然して、その味わいは――なかなかの仕上がりである。

 リミ=ルウは「おいしー!」と快哉の叫びをあげてから、小首を傾げた。10歳を迎えてからのばし始めた赤茶色の髪が、ほわほわと揺れる。


「おいしー、けど……ちょっと、すっきりしてないかも?」


「そうですね。いくぶん、味が濁っているように感じられます。ギバ肉の力強い出汁が、他の出汁とぶつかってしまっているようですね」


 森辺においても屈指の味覚を有するマイムは、そのように評した。


「でも、ギバとドエマの相性は悪くないように思います。おたがいに風味が強いため、アネイラの繊細な風味がむしろ雑味に感じられてしまうような……これはむしろ、西の王都の燻製魚や海草の出汁のほうが調和するのではないでしょうか?」


「うん、そうかもー! あと、ちょっぴり味が物足りないと思うんだけど……お塩をもっと入れたら、しょっぱくなっちゃうかなー?」


「そうですね。むしろ、隠し味としてタウ油やミソを使ってみるべきかもしれません。カロンの乳も、タウ油やミソと相性は悪くないですしね」


 やはり手掛けた張本人たちは、もっとも熱が入るようである。そしてどちらも幼いながら森辺の誇る精鋭のかまど番であるため、その言葉の内容には俺も心から賛同することができた。


「これは研究のし甲斐がある出来栄えだね。具材なんかもあれこれ加えながら研究するといいように思うよ」


「そうですね。他の具材も加えたら、また印象が変わってきそうです」


 とりあえず、森辺の陣営はそれで落ち着いた。

 次に気になるのは、客人がたの感想である。まずは、デルシェア姫が力強く応じてくれた。


「わたしもすっごく期待をかきたてられる味わいだと思うよー! ドエマとギバと豆乳の相性はばっちりみたいだから、きっと素晴らしい料理ができあがるんじゃないかなー!」


「わたし、意見、同一です。故郷にて、ドエマとギャマ、両立、目指さなかったこと、口惜しい、思います」


「ぼ、僕も感服させられるばかりです。で、でもきっと、みなさんだったらもっと凄い料理に仕上げられるのでしょうね」


 プラティカとカルスも、それぞれそのように評してくれた。

 すると視線は、ニコラに集中する。自分の意見を主張することが苦手なニコラは仏頂面でもじもじしてから、ようやく口を開いた。


「……わたしも、まだまだ改善の余地はあるのだろうと思います。ですが、それで理想の味を体現できたあかつきには、城下町でも評判を呼ぶのではないかと……そんな風にも思いました」


「それは、城下町の作法に近いものを感じるという意味でしょうか?」


 レイナ=ルウが鋭く問いかけると、ニコラは不承不承といった様子で「ええ」と応じた。


「もちろん森辺のみなさんが手掛ける料理は、いずれも城下町で人気を博していますが……その中でも、こちらの料理は城下町の気風に沿っているように感じられます。獣肉と魚介を同時に扱うという作法が、そういった思いを生み出すのかもしれません」


「ああ……かつてヴァルカスは、カロンとキミュスと川魚を同じ料理で使っていましたね。それに通ずるものがある、というわけですか」


 レイナ=ルウのボルテージが、ぐんぐん上昇していく。

 それを笑顔で見守りつつ、デルシェア姫はかたわらのロデに呼びかけた。


「ロデは、どんな感じかな? 言葉を飾らず、率直にね!」


「……小官はギバ肉もドエマも食べ慣れておりませんので、きわめて奇異なる味わいだとしか思えません。ただ……現時点でも、不平を申し述べるほど不出来ではないかと思われます」


「うんうん! これでも十分に立派な仕上がりだよねー! でも、森辺の方々ぐらい理想が高いと、これじゃあ満足できないってわけさ!」


 きっとご自身も同じ心情であろうに、デルシェア姫はそのように語っていた。

 ともあれ、大きな手応えをつかめたことは確かである。あとは、さらなる調和を目指すばかりであった。


「それじゃあ次は、レイナ=ルウたちの香味焼きを……あ、いや、それは最後にしておこうか」


「はい。ギラ=イラの分量はなるべく控えましたが、それでも少なからず舌は疲れるかと思われます」


「それじゃあ豆乳料理の連続を避けて、炒め物をいただこうか」


 そちらを担当してくれたのは、トゥール=ディンとマルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアだ。味の基本はオイスターソースのごとき貝醤で、さらにタウ油と砂糖とシャスカ酒、ゴマ油のごときホボイ油、すりおろしのミャームーおよびケルの根も加えている。具材は、ギバのロース、チンゲンサイのごときバンベ、オクラのごときノ・カザック、ウドのごときニレ、アスパラガスのごときドミュグド、マツタケのごときアラルの茸と、とにかく新しい食材との相性を確かめるのが主眼であった。


「うん。アラルの茸は、いい感じだね」


「ノ、ノ、ノ・カザックの粘ついた食感は、ちょっと調和しないようです」


「バンベは、申し分ないですね! ニレも、面白いと思います!」


「ニレは熱を加えてもやわらかくならないので、生鮮のドーラを加えたような印象ですね。とても好ましいように思います」


「ドミュグドは……決して悪くはないのですけれど、それほど重要でない気がします。食材費のことを考えると、外すべきかもしれませんね」


「あとやっぱり、アリアがないと落ち着かないかなー。アスタが前に使ってたマ・プラも欲しいかも」


「ドミュグドとノ・カザックを外してアリアとマ・プラを加えるのなら、アスタが試食の祝宴で供した献立とほとんど変わりませんね。今回は調味液の調整で、いっそう好ましい味わいになったようですが……やっぱりあの時点で、料理のおおもとは完成していたように思います」


「それじゃー、ネルッサとかチャムチャムとかはー? ニレとおんなじような感じになっちゃうかなー?」


「いや。しっかり熱を通してやわらかく仕上げれば、ニレとは差別化できるんじゃないかな。それも試してみるべきだったね」


 こちらの料理は微調整だけで、問題なく屋台で出せる仕上がりであるようであった。あとはきっちり食材費を計算するのみである。

 客人たちに意見を聞いてみても、絶賛の連続だ。こちらの料理では、デルシェア姫から「美味しい!」というお言葉をいただくことができた。


「それじゃあ次は、パスタだね。これもそんなに奇抜な仕上がりではないと思うんだけど、どうだろう?」


 俺とユン=スドラが手掛けたパスタは豆乳ベースで、たらこのごときジョラの魚卵をあしらっている。他なる具材は、ギバのバラ肉、タマネギのごときアリア、アスパラガスのごときドミュグド、マツタケのごときアラルだ。極上のマツタケを思わせるアラルも他の茸と同程度の価格であるため、惜しみなく使用できるのがありがたい限りであった。


「こちらは、ドミュグドも調和しているようですね。この食感が、とても心地好いです」


「うん! リミもだいすきー! あと、ギバのお肉と魚卵っていうのも合うんだねー!」


「ジョラの魚卵は細かいので、調味料のように扱えるのですね。わたしも、好ましく思います」


「わ、わ、わたしも好ましく思います。い、以前から出しているくりーむぱすたと近い仕上がりであるようですが……ぎょ、魚卵のおかげでまた異なる印象が生まれるようですね」


「わたしはくりーむぱすたのナナールが好きなので、こちらでも欲しいかなと思いました。ドミュグドとは味も食感も異なりますし、いっそう豪華な感じになるのではないでしょうか?」


「くりーむぱすたには乾酪も合いますけれど、こちらでは邪魔になってしまいそうですね。これで十分に美味しいと思います」


 すると、デルシェア姫も前のめりに加わってきた。


「わたしも、美味しいと思うよ! 新しい食材もふんだんに使ってるし、それでいてくりーむぱすたと似たところがあるから、お客さんも受け入れやすいだろうしね!」


「あ、デルシェア姫もクリームパスタをご存じでしたっけ?」


「うん! 屋台の料理は、しょっちゅう届けてもらってたからねー!」


 そう言って、デルシェア姫はいっそう朗らかに笑った。


「だからわたしも屋台の献立に関しては、それなり以上にわきまえてるつもりだよー! これは今までに出してきたぱすたまったく負けてない上に、魚卵と豆乳のおかげで目新しさも十分なんじゃないかなー! もちろん具材の幅を広げたら、さらに上等の仕上がりを目指せるんだろうけどねー!」


「私、意見、同一です」と賛同を示してから、プラティカはさらに言いつのった。


「ただ、くりーむぱすた、べーこん、使われており、今回、使われていません。その意図、那辺でしょうか?」


「あー、わたしもそれは気になったかも! べーこんの風味は魚卵に合わないのかな?」


「いえ。そんなことはないかと思うのですが、ベーコンというのは普通のギバ肉より食材費がかさむので、かなり分量を絞ることになってしまうのですよね。宿場町では肉類の分量が少ないと貧乏たらしいという気風が存在するので、今回は他の具材を増やした分、ベーコンの使用を控えた次第です」


 俺がそのように答えると、デルシェア姫とプラティカはそれぞれ首肯した。


「なるほどー! それは城下町やわたしの故郷との、大きな相違だね! わたしの故郷でこれだけ魚卵をたっぷり使ってたら、肉なんて不要だって思われそうなぐらいだもん! わたしはむしろ、風変わりで面白いと思うけどさ!」


「私、意見、同一です。ギバ肉、使い方、強引である印象、ありますが……それがまた、力強い印象、生み出している、思います」


「ええ。それはさきほどの汁物料理と同じように、城下町の気風に沿う結果を生むかもしれませんね」


 と、最後にはニコラも論議に加わってくれた。

 それで俺がカルスのほうに目をやると、そちらはいつも以上に目を泳がせている。


「ぼ、僕もみなさんのご意見に異論はないのですが……も、もしもギバ肉を使わなければ、もっと繊細な調和を得られるように思いますので……そ、そちらの仕上がりも捨てがたく感じてしまうかもしれません」


「そうですか。俺の故郷でも、こういう料理では他の肉類を使わないほうが主流であったかと思います」


 しかし俺は、あくまで屋台と晩餐に相応しい料理を目指しているのだ。であれば、いささか強引でもギバ肉を組み込みたいところであった。


(むしろ晩餐ではギバ肉を使ってない献立がまぎれこんでても許されるぐらいだけど、屋台の商売はギバ肉の美味しさを伝えることが目的なわけだからな)


 俺は自らの理念を心中で再確認しつつ、今後の方針を定めた。


「みなさんのご意見をうかがっていると、ギバ肉の存在が少々浮いてしまっているようですね。そこでもっと工夫を凝らせるかどうか、あれこれ模索してみようかと思います。貴重なご意見、ありがとうございました」


「えー? 風変わりだって言葉を気にしちゃった? プラティカ様の言う通り、それが力強いっていう印象を生んでる面もあると思うよー?」


「ええ。ですからその力強さを損なわないまま、さらなる調和を目指したいところですね。もともとこちらの料理では、酢漬けや蜜漬けや砂糖漬けの肉でも試してみようかなと思案していたのですよ」


 俺がそのように答えると、デルシェア姫は何だかむずかる幼子のように「んー!」と身を揺すった。


「やっぱりアスタ様って、隙がないなー! なんだか手の平で転がされてるような心地だよー!」


「そんなことは、決してありませんよ。俺はみなさんがどれだけ優れた料理人であるかをわきまえていますからね。そんなみなさんにご意見をいただくことができて、本当にありがたく思っています」


「ま、真正面からそんな風に言われるのは、ちょっと照れ臭いんだけど!」


 と、デルシェア姫は白いお顔を一瞬で真っ赤にしてしまった。

 彼女こそいつでも真正面から率直な言葉をぶつけてくるのに、不思議なものである。だけどやっぱりそういう部分は、ディアルに似ているのかもしれなかった。


「それでは最後に、ギラ=イラを使った香味焼きの味見をお願いいたします」


 こちらの論議が一段落したと見て、レイナ=ルウがそのように切り出してきた。

 こちらはレイナ=ルウとララ=ルウとミケルで仕上げた献立だ。外見はこれまでの香味焼きと何ら変わらなかったが、ただ嗅覚から感じられる刺激がいっそう力強くなっていた。


「西や南の方々でも支障なく口にできるように、ギラ=イラの量は控えたつもりです。でも、なるべく少量ずつお食べください」


「うんうん! 試食の祝宴で出されたプラティカ様の料理は、物凄かったもんねー! 父様なんて、頭から水をかぶったようなお姿になっちゃってたもん!」


 まだいくぶん赤みの残っている頬を撫でさすりながら、デルシェア姫は笑顔でそのように言いたてた。


「だけどあれは、美味しかったよねー! 父様も悲鳴をあげながら、3杯も食べてたもん!」


「はい。わたしもプラティカの料理には、心から感服させられました。こちらの料理はまだまだプラティカの域には達していないかと思われますが……最初の試作品としてどれだけの調和を成し得ているか、ご意見をいただきたく思います」


 気合のみなぎった面持ちで、レイナ=ルウはそのように語った。

 然して、そちらの料理の出来栄えは――確かに、辛かった。プラティカの料理ほどではないにせよ、それ相応のギラ=イラが使われていたのだ。


 ギラ=イラはトウガラシ系の香草であるが、おそらく何らかの旨み成分がぎゅうぎゅうに詰め込まれているのである。それが他の香草料理と異なる芳香と風味を生み出し、人を魅了してやまないのだ。レイナ=ルウたちの仕上げた香味焼きにも、確かにこれまで以上の中毒性が感じられた。


「うーん! おいしーけど、やっぱりリミには辛すぎるかなー! お皿に1杯食べるのは、ちょっと大変かもー!」


「わ、わたしも辛みに弱いので、同じように思います。味そのものは、以前よりも向上しているかと思うのですが……」


 リミ=ルウは元気いっぱいに、トゥール=ディンは申し訳なさそうに、そのような感想を告げてくる。

 そして、それよりも鋭敏な舌を持つマイムは、「うーん」と難しい顔をしていた。


「本当にこちらのギラ=イラというのは、素晴らしい食材ですよね。たくさん使えば使うほど、料理の味を高めてくれるように思うのですが……でも、それと引き換えに、これだけの辛さになってしまうわけですか」


「そ、そ、そうですね。わ、わたしはこちらの料理を素晴らしい出来栄えだと思いますけれど……や、屋台や晩餐で出したならば、舌が痛くて食べきれないと文句をつける方々が出てくるかもしれません」


 マルフィラ=ナハムがそのように言い添えると、レイナ=ルウは口惜しそうに唇を噛んだ。


「やっぱり、これでも辛すぎますか……それでは、屋台ではとうてい出せませんね。晩餐であれば少量に留めることもかないますが、屋台ではそういうわけにもいきませんので」


「ああ。銅貨をいただく以上は、誰でも問題なく食せるように仕上げる他ない。それが料理人の責任というものだ」


 かつて城下町で料理人として生きていたミケルは、厳しい面持ちでそのように言いたてた。


「これが食堂などであれば、事前に客から好みを聞くこともできるがな。屋台の商売では、そのような手間をかけることも難しいだろう」


「へえ! それじゃあこういう香草の料理などは、お客の好みによって辛さを調節するということですか?」


 レイ=マトゥアが興味津々の様子で問いかけると、ミケルは「そうだな」としかつめらしくうなずいた。


「余所の店がどうかは知らんが、俺の店ではそのように取り計らっていた。辛さの加減を3段階ていどに取り決めて、その中から客に選ばせるのだ」


「なるほどー! でも、屋台でひと品ずつ作りあげていたら、時間がかかってしかたないですもんね! だから、食堂でしか使えない手法であるわけですか!」


 レイ=マトゥアは感心しきった様子でうなずいてから、小首を傾げた。


「でも、それなら……ギラ=イラを後掛けの調味料として扱えばいいのではないでしょうか? それなら、調理の手間は変わらないでしょう?」


「いえ。ギラ=イラの分量を変えるのでしたら、他の香草もそれに合わせて分量を調節する必要が生じるのです。ひと品ごとにギラ=イラの分量を変えていたら、最善の調和を目指すことはできません」


 レイナ=ルウは無念の面持ちで、そのように答えた。

 それで俺が、思わず「あっ」と声をあげてしまうと――レイ=マトゥアもまた、同時に同じ声をあげていた。


「あ、すみません。アスタのほうから、お先にどうぞ」


「いや、先に喋っていたのはレイ=マトゥアだから、お譲りするよ。俺もみんなの意見を聞いておきたいからね」


「そうですか? そんな大した思いつきではないのですけれど……」


 いくぶんもじもじしながら、それでもレイ=マトゥアは言葉を重ねた。


「あの、レイナ=ルウ。ギラ=イラと一緒に他の香草も分量を変えないといけないのでしたら……そちらもまとめて調合しておけばいいのではないでしょうか?」


「まとめて調合を? それはつまり――」


「はい。以前にアスタが手掛けたしちみチットのように他の香草も調合しておけば、あとは後掛けでその量を変えればいいのではないかと……」


 レイナ=ルウが眉を吊り上げて黙り込んでしまうと、レイ=マトゥアはたちまち慌てた顔をした。


「や、やっぱりそんな簡単な話ではないですよね。どうか、聞き流してください」


「いえ……こちらで使っている香草は、具材とともに焼きあげることで味を作っている面もありますので、すべてを後掛けの調味料として扱うことは難しいのですが……それをも計算に入れた上で、後掛けの調味料を調合することができれば……ギラ=イラの分量を自由にできるかも……」


「それはまた、恐ろしく手間のかかるやり口だな。理想の調合を完成させる前に、舌が焼けただれてしまうかもしれんぞ」


 ミケルがぶっきらぼうに応じると、レイ=マトゥアはいっそう慌ててしまった。


「や、やっぱりわたしの言葉など聞き流してください! アスタでしたら、きっともっといい方法を――」


「いや。俺もレイ=マトゥアと同じことを考えてたんだよね」


 なおかつ俺は、その困難さも十分にわきまえていた。しかしそれでもレイナ=ルウであれば、舌が異常をきたす前に成し遂げてくれるのではないかと――そんな期待をかけていたのである。


「……きっとヴァルカスは、そういう手間を惜しまずに試行錯誤を重ねることで、あれだけの料理を作りあげているのではないでしょうか?」


 レイナ=ルウは覚悟の座った面持ちで、そのように言い放った。


「であれば、わたしも挑んでみたく思います。理想の料理を作りあげる手段が見えているのなら、それを打ち捨てようという気持ちにはなれません」


「やれやれ。その修練だけで、ずいぶんな量の香草を使うことになりそうだね。家長に叱られないていどにしておくれよ?」


 そんな風に応じながら、ミーア・レイ母さんは大らかに笑っていた。

 レイナ=ルウは同じ面持ちのまま、「うん」とうなずく。そして4名の客人たちは、ただ黙ってレイナ=ルウの覚悟を見守っていたのだった。


               ◇


 それからさらに、一刻ていどの時間が過ぎて――勉強会が終わりを迎えると同時に、デルシェア姫と兵士の一団は城下町に帰還することに相成った。

 カルスもそれに追従するが、プラティカとニコラはファの家の晩餐に迎える手はずになっている。それを羨ましそうにしながら、デルシェア姫は朗らかな笑顔であった。


「できることなら、わたしも森辺で夜を明かしてみたいけどさ! 何十人もの兵士を道連れにするのは申し訳ないから、大人しく帰ることにするよ!」


 じわじわと夕闇の降りてきた集落の広場にて、トトス車のステップに足をかけながら、デルシェア姫はそのように告げてきた。


「それに、たった二刻かそこらの時間でも、得るものは大きかったからね! やっぱり森辺の人たちっていうのは、みんなすごい料理人なんだね!」


 そのように語りながら、デルシェア姫はエメラルドグリーンにきらめく瞳でその場に居合わせたかまど番たちの姿を見回した。


「わたしもみんなに負けないように、頑張るよ! またすぐお邪魔させてもらうことになるだろうから、そのときはよろしくね! アスタ様も、お元気で!」


「はい。そちらも道中、お気をつけて」


「ありがとー!」と最後にひときわ元気な声を張り上げてから、デルシェア姫はようやく座席に乗り込んだ。カルスもぺこぺこと頭を下げながらそれに続くと、出入り口の扉が閉められて、トトスに鞭が当てられる。巨大なトトス車と40名からの騎兵たちは、来たときと同じように粛然と立ち去っていった。


「やれやれ。本当に騒がしい娘っ子だけど……やっぱり、根っこはいい人間なんだろうね」


 ミーア・レイ母さんは自分の肩をもみほぐしながら、楽しそうに笑っていた。


「ティカトラスっていう貴族に比べれば、こっちの苦労も少ないんだろうしね。アスタたちも、せいぜい頑張っておくれよ」


「はい。森辺にお迎えする分には、こっちの苦労なんて微々たるものです。城下町に呼びつけられるのも、そんなにしょちゅうでなければありがたいぐらいですしね」


「次の休みには、また盛大な茶会とかいうやつが開かれるそうだね。あと、アルヴァッハたちも森辺に来たがってるんだって?」


「はい。なんだかんだで、前回のお招きからもう10日以上は過ぎてますからね。今度はファの家にお招きするつもりです」


「そうしたら、うちのコタもよろしくお願いできるかい? どうもあのピリヴィシュロって子供に会いたくて、うずうずしちまってるみたいだからさ」


「あはは。コタ=ルウまでファの家にお招きできるなら、俺も嬉しいです」


 ティカトラスがジェノスにやってきてから間もなくひと月、ゲルドの使節団は半月、南の王都の使節団は10日――あれこれ騒がしい日が続いたものの、俺の心情は和やかだ。どれだけ大きなイベントも、過ぎ去ってしまえばすべて楽しい思い出であった。


 アルヴァッハやダカルマス殿下は雨季の食材も味わうつもりであるので、滞在期間はまだ丸々ひと月以上は残されているのだろう。しかしそれでも、俺が疲弊を覚えることはなかった。


 なおかつ、ルウの血族は着々と収穫祭が近づいており――それと同時に、シン=ルウたちは新たな集落を切り開くことになる。ありがたいことに、俺とアイ=ファもそちらの収穫祭に招かれることが決まっていた。


 そして、雨季がやってきたならば――アリシュナが星読みの術で予言した『大きな混乱』の到来だ。アリシュナいわく、『藍の鷹』なる謎の存在がジェノスにやってきて、大きな混乱をもたらすとされているのである。しかもそれは、『赤の猫』たるアイ=ファか、あるいは『大いなる深淵』たる俺の存在を求めてのことであるという話であったのだった。


 しかしそれでも、俺たちの心に影が落ちることはない。

 アリシュナの予言については森辺においても周知されたが、大半の人々は知らん顔であった。正体の知れない混乱が近づいているなどと言われても、森辺の民が心を乱すいわれはなかったのだった。


(大地震が起きようと、飛蝗の襲撃に見舞われようと、俺たちは全力で対処するしかないんだからな)


 そんな思いを噛みしめながら、俺はプラティカやニコラとともにファの家に帰ることにした。

 今日の成果をアイ=ファにも食べてもらったら、いったいどのような感想をもらえるか――そんな風に考えると、俺の胸はいつも通りに弾んでやまなかったのだった。

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[一言] 「だからわたしも屋台の献立に関しては、それなり以上にわきまえてるつもりだよー! これは今までに出してきたぱすたまったく負けてない上に これは今までに出してきたぱすたにまったく負けてない上に…
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