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異世界料理道  作者: EDA
第八十一章 壮途の宴
1389/1695

ルウ家の勉強会①~集合~

2023.8/28 更新分 1/1

・今回は全7話の予定です。

 城下町で行われた試食の祝宴の、3日後――茶の月の17日である。

 その日から、ついに南の王都およびゲルドからもたらされた新たな食材が一般販売されることになった。


 ゲルドの使節団の到着からは半月、南の王都の使節団の到着からは10日が経過している。しかしそれでもこれまでと比べれば、実に速やかな展開であったことだろう。どちらの使節団も新たな食材を持ち込むのはこれが2回目であったため、至極迅速に販売価格を定めることがかなったのである。


 新たな食材は他の外来の食材と同じように、広場の野菜市で販売される。

 ファの家には人手がなかったため、フォウの人々に買いつけをお願いすることになったわけであるが――こちらが屋台の下ごしらえをしている間に帰還したフォウの面々は、いずれも驚嘆の面持ちであった。


「広場は、ものすごい賑わいでしたよ! それでも、新たな食材を買いつけようとする人間はごく一部であったようですけれど……とにかく大勢の人々が見物に出向いていたようです!」


「なるほど。まあ、新しい食材の使い道をわきまえている人間は、ごく限られているからね」


 宿場町でそのすべを知っているのは、宿屋の関係者のみとなる。そちらではデルシェア姫とプラティカに指南された城下町の料理人の手によって、新たな食材の勉強会が開かれていたのだ。

 最初のお披露目会に招聘されたのはかつて試食会に選抜された8つの宿屋の関係者のみであったので、これでようやく全員がスタート地点に立ったことになる。そうして宿屋の食堂や屋台で美味なる料理が供されたならば、少しずつ一般家庭にも普及していくはずであった。


 もう少し時間を重ねたならば、市井でも新たな食材の扱い方が公開されるのかもしれない。しかしそもそもこれまでの外来の食材だって、飛蝗の騒ぎでダレイムの恵みが欠乏するまでは一般家庭にまで扱い方を説明されることはなかったのだ。南の王都やゲルドというのはきわめて遠方の地であるため、運べる物資にも限りがあり、さしあたっては料理人や宿屋の関係者や森辺の民を対象にするだけで商品が売れ残ることはありえないのだった。


 よって、一般家庭の領民や行商人などの滞在客が新たな食材を味わえる場は、ごく限られている。城下町であれば貴族の屋敷や料理店にも流通するのであろうが、宿場町においては宿屋の食堂と屋台のみであるのだ。だから、本日広場の野菜市で新たな食材を買いつけたのは、宿屋の関係者と森辺の民に限られるはずであった。


「それできっと宿屋の関係者でない人たちは、それらの食材でどんな料理が作られるのかと、期待をふくらませているのでしょうね! みんな、子供のように瞳を輝かせていましたよ!」


「それに、アスタたちの屋台ではいつから新しい食材が使われるのかと、わたしたちもあちこちから声をかけられることになってしまいました。わたしたちにお答えできる問いかけではなかったので、少し心苦しかったです」


「そっか。朝から大変な仕事を頼んじゃって、申し訳なかったね。できるだけ早く期待に応えられるように頑張るよ」


 そのために、本日はルウ家で勉強会を行う予定になっている。屋台の料理に新たな食材をどのように組み込むか、それを論じるのだ。レイナ=ルウなどは、昨日の段階から熱情の塊になってしまっていた。

 そしてそこには、スペシャルゲストも招待する予定でいる。デルシェア姫、プラティカ、ニコラ、カルスの4名である。デルシェア姫は、ついに数ヶ月ぶりに森辺の地を踏むことが許されたのだった。


 しかしまずは、屋台の商売である。

 下ごしらえを終えた俺たちが宿場町まで出向いてみると、フォウの女衆らの味わった苦労や喜びがそのまま降りかかってきた。


「もちろんアスタたちも、新しい食材ってやつをどっさり買い込んだんだろう? いつになったら、そいつを屋台で売り出すんだい?」


 オープン直後の賑わいが一段落すると、そんな言葉が矢継ぎ早に届けられてきたのだ。


「城下町では、もう新しい食材を使った料理をお披露目してるってんだろう? 頼むから、出し惜しみしないで俺たちにも食べさせておくれよ!」


「それともそいつは、ずいぶん値が張るのかい? そうでないと、ありがたいんだが……」


「いやいや! 俺も広場に出向いてみたけど、そうそう値の張る食材なんてのは見かけやしなかったよ! そりゃあ安いことはねえけど、これまでに流れてきた品と大差のない値だったよな!」


 と、お客たちは大賑わいである。

 そのお相手をするのはなかなかの苦労であったが、しかしまた、それだけの期待をかけられるのは光栄なばかりだ。俺としても、その期待を裏切らないようにと奮起するばかりであった。


「まったく、誰も彼もが浮かれちまってるね。そんなに急かさなくったって、アスタたちはすぐに立派な料理を準備してくれるだろうにさ」


 そのように声をあげたのは、ダレイムの野菜売りたるドーラの親父さんだ。愛娘のターラとともに屋台を訪れた親父さんは、いつも通りの朗らかさで笑っていた。


「まあ俺だって、存分に期待をかけちまってるけどね。だけど畑の野菜だって、きちんと時期を見ないと収穫はできないんだ。アスタたちも、焦らずしっかり仕事に取り組んでおくれよ」


「ありがとうございます。親父さんも、どうか楽しみにしていてくださいね」


 そうして仲良し親子が青空食堂に立ち去っていくと、今度は仲良しコンビが現れた。ミソの行商人、デルスとワッズである。


「よう、お疲れさん。町の連中は、すっかりお前さんがたに期待をかけているようだな」


「その期待が裏切られることはねえだろうさあ。城下町で出された料理も、大層な出来栄えだったからなあ」


 ワッズは陽気に笑いながら、間延びした声でそのように言いたてる。ほとんど口をきく機会はなかったが、彼らも試食の祝宴に招待されていたのだ。


「デルスとワッズも、祝宴の料理にはご満足いただけましたか? よければ、ご感想をいただきたいのですが」


「あん? どうして3日も経ってから、そんなことを聞きほじろうというのだ?」


「今日からいよいよ、屋台で出す料理の試作に取りかかることになったのですよ。それに備えて、なるべくたくさんのご意見を聞いておきたいのですよね」


 俺がそのように言いつのると、デルスは人の悪い顔で笑った。


「とりあえず、あの汁物料理なんかはひときわ上等な仕上がりだったな。あれなら屋台でも大層な人気を呼ぶだろうさ。それに、甘酸っぱいシャスカ料理なんかは誰も彼もが目を剥くことだろう」


「豆乳の汁物料理と巻き寿司ですか。どちらも、ギバ肉を使っていない献立ですね」


「ああ。ギバ肉を売りたいと考えているお前さんがたにしてみれば、まったく不本意な結果だろうな」


 デルスがにやにやと笑いながら肩をすくめる、心優しきワッズが苦笑を浮かべた。


「まったく、デルスは底意地が悪いよなあ。アスタには世話になってるんだから、こんなときぐらい力になってやればいいだろお?」


「いえいえ。それでも、貴重なご意見です。それらの料理にギバ肉を使えるかどうかは、こちらの工夫次第ですからね」


「そうかあ。さすがアスタは、頼もしいなあ。あと俺は、ちっとばかり辛みのきいた焼き物の料理も美味いと思ったよお」


「そうですか。それと一緒に出されていた『麻婆凝り豆』のほうは如何でしたか?」


「ああ、あのもっと辛いやつのほうかあ。もちろんあれも美味かったけど……凝り豆ってやつが入ってるだけで、それほど目新しくはなかったかもなあ」


 豆腐に似た凝り豆というのは他に似たもののない食材であるが、それ自体に強い味があるわけではないため、主役として押し出すのはインパクトが弱い、ということであろうか。また、こちらの屋台では『麻婆チャン』もたびたび売りに出しているため、いっそう目新しさに欠けるのかもしれなかった。


「ありがとうございます。あれこれ模索して、みなさんのご期待に応えられるように頑張りますね」


「ああ。楽しみにしてるぜえ」


 デルスとワッズも料理を手に、青空食堂へと立ち去っていく。

 すると、隣の屋台で商売に励んでいたレビが嘆息をこぼした。


「他の宿屋も、新しい食材をどう使うかでわきたってるんだよな。だけどこっちは、頑固な親父が歯止めをかけてきやがるからよ」


「ふん。食堂の料理だったら、いくらでも使い道はあるだろうよ。でも、そんなぽんぽんらーめんの中身を変えちまったら、ごひいきにしてるお客らが離れることだってありえるだろうさ」


 にこにこと柔和に微笑みつつ、息子のレビには容赦のないラーズである。俺はそちらの架け橋になるべく、声をあげた。


「確かに、味を守るというのは大事なことですよね。うちやルウ家は4つずつ屋台を出してるんで、あれこれ試しやすいですけど……それでもやっぱり目新しさにばっかり頼るのは、危ないことだと思いますよ」


「なんだよ。アスタは、親父に味方するのかよ」


 と、レビは口をとがらせてしまう。婚儀をあげてめきめき頼もしくなっているレビであるが、やはり父親の前では子供の面が出てしまいがちであるのだ。


「俺は誰の味方もしていないさ。それに、ラーズにだって考えがあるんじゃないのかな?」


「考えって、なんだよ。らーめんの味を守りたいってんなら、新しい食材なんて使いようがないだろ」


「それは、ラーズ本人に聞いてみるべきじゃないかな?」


「いえいえ。どうぞアスタの口から聞かせてやってくだせえ。このボンクラは、あっしの言うことなんざ素直に聞きやしねえんでね」


 ラーズのやわらかい笑顔にうながされて、俺は言葉を重ねることにした。


「そっちのラーメンは今だって、マロマロのチット漬けを使った肉ダレの添え物を出してるだろう? そういう後掛けの細工だったら、ラーメンの中身を変えずに新しい食材を使えるんじゃないかな?」


「え? 親父はそんなことを目論んでやがるのかよ?」


 レビがびっくりまなこを突きつけると、ラーズは「ふふん」と鼻で笑った。


「あの貝醤ってやつを使ったら、またちっとばっかり趣の違う肉ダレに仕上げられるかもな。それに、魚卵とかいうやつだって、あれこれ考えれば使い道はありそうだ」


「なんだよ! だったら、先に言えよ! らーめんでは絶対に新しい食材を使わねえって口ぶりだったじゃねえか!」


「どうしてお前さんが、こんな老いぼれの言いなりにならなきゃいけねえんだよ? まったく、頼りねえ若旦那だな」


 ラーズは小気味好さそうに笑い、レビは顔を真っ赤にして怒っている。

 なんだか――かつての自分と父親を見ているかのようで、俺は思わず目頭が熱くなってしまった。


(ラーズなんて、親父とは比べものにならないぐらい穏やかな人なのにな。どうしてこう、子供がからむと似通ってきちゃうんだろう)


 ともあれ、《キミュスの尻尾亭》でも新たな食材は存分に活用されそうなところであった。

 きっと他なる宿屋でも、たくさんの人々が新たな食材の扱い方に頭を悩ませていることだろう。目新しさにばかり注力するのは危険な行いであるものの、かといって古いものばかりに執着していては商機を逃す恐れがあるのだ。新たな食材を積極的に使いながら、これまでの品も決して二の次にしないというのが理想的な在りようなのだろうと思われた。


 そうして終業時間たる下りの二の刻が近づくと、城下町の方角から立派なトトス車と騎兵の一団がやってきた。

 往来の人々は、うろんげに道を空けている。そちらのトトス車にはジャガルの王国旗が掲げられており、騎兵の過半数は南の民の兵士であったのだ。彼らは姫君の安全を守るために、身をひそめるのではなく威光を前面に押し出す策を選んだわけであった。


 騎兵の数は、40名ぐらいに達していることだろう。しかも、その先頭を進んでいるのは戦士長のフォルタである。彼は先祖返りの大柄な体格であったため、その威圧的な姿もひとしおであった。


 1台のトトス車とそれを取り囲む騎兵の一団は、屋台の鼻先を粛々と通りすぎていく。彼らとは、森辺に通じる小道の手前で合流する手はずになっていた。

 それで彼らが通過していくと、ワンテンポ遅れて小ぶりの荷車がやってくる。その手綱を引くのは、プラティカである。


「アスタ、お疲れ様です。こちら、商売の終わり、待たせていただく、よろしいですか?」


「ええ、もちろん。やっぱり南の方々とは別行動なのですね」


「はい。警戒の視線、煩わしいので」


 プラティカはデルシェア姫とそれなりに交流を深めているはずであるが、さすがに周囲の兵士たちは敵対国たるシムの人間に警戒を解けないのだ。それでも同じ日に森辺を訪れることは認められたのだから、俺としてはそちらを喜びたかった。


 そんなわけで、プラティカは空いているスペースに荷車をとめて、こちらの商売の終わりを待つ。荷台から姿を現したのは、いまや立派な相棒として定着したニコラだ。バナームの料理人カルスは、デルシェア姫とご一緒しているとのことであった。


 きっと城下町では、今日も身分のある方々が交易に関して論じ合っているのだろう。あのティカトラスでさえ、試食の祝宴からずっと城下町に詰めているのだ。

 俺たちは、その交易がさらなる発展を遂げることを願って、美味なる料理の開発にいそしむばかりである。買い手がつかなければ交易も尻すぼみになってしまうのだから、市井を駆けずり回る俺たちだってそれなり以上のお役に立てているはずであった。


 身分のある方々にもそうでない者たちにも、それぞれの役割というものが存在する。

 俺はこの地に住まうことで、そんな当たり前の話を再認識することになったわけであった。


                  ◇


 そうして終業の時間を迎えた俺たちは、客人たちとともに森辺を目指すことに相成った。

 勉強会の会場たるルウの集落に到着すると、まずは兵士が集落の外周に配置される。しかるのちに、トトス車からデルシェア姫とカルスが姿を現した。


「みんな、今日はお招きありがとー! 絶対に迷惑をかけたりしないから、どうぞよろしくね!」


 デルシェア姫は、初手から輝くような笑顔であった。

 活動的な男性用の装束で、長い髪はお団子にまとめられている。そのちまちました身体にも、森辺の民とはまた趣の異なる生命力が存分にあふれかえっていた。


 いっぽうカルスは、そのかたわらでおどおどと目を泳がせている。こちらもこざっぱりとした身なりをした、小柄で丸っこい体格の若者だ。ここ最近で、すっかりデルシェア姫とのコンビ活動が根付いた感があった。


 そんな両名の背後には、戦士長フォルタと2名の兵士、さらにジェノスの近衛兵団と思しき武官のお仕着せを纏った青年が控えている。本日はメルフリードやポルアースといった立場のある人間がお目付け役として同行することもなく、こちらの青年とフォルタに警護の全責任が負わされているのだ。言うまでもなく、フォルタもその青年も満身に気合と緊迫感をみなぎらせていた。


「これはこれは、おひさしぶりですねぇ。ルウの家にようこそ、お客人がた」


 それを迎え撃つルウ家の側の責任者は、もちろんミーア・レイ母さんだ。普段よりはいくぶんかしこまりつつ、その笑顔の大らかさに変わるところはなかった。


「あなたはたしか、族長ドンダ=ルウ様のご伴侶だよね! 元気そうでよかったよー!」


「そちらも、元気そうですねぇ。まあ、こっちはジザやレイナたちからあれこれ聞いていたけどさ」


「うん! 他にもマイム様だとかリミ=ルウ様だとかララ=ルウ様だとか、ルウ家の人たちにはお世話になりっぱなしだよー! ルウ家の人たちは、みんな優しいし楽しいよねー!」


 デルシェア姫やダカルマス殿下が森辺の祝宴に招待されたのは、昨年の緑の月あたりであろう。であればすでに、8ヶ月ぐらいは過ぎているのだ。待ちに待った森辺の集落ということで、デルシェア姫は期待ではちきれんばかりになっていた。


「でね! 森辺の人たちはきっと遠慮するだろうと思うけど、お礼の品を持参したんだよねー! ここは父様のお顔を立てて、受け取ってもらえるかなー?」


 デルシェア姫の言葉に従って、兵士の1名がトトス車から巨大な酒樽を担ぎだした。その大層な贈り物に、ミーア・レイ母さんは「おやおや」と笑う。


「祝宴やら晩餐やらにお招きするときは、そういうもんをいただくのも慣れっこになってきたけどさ。今日は日が暮れる前に帰っちまうんでしょう? それじゃあちょっとばっかり、大仰すぎるんじゃないですかねえ」


「でも、こんな風に大勢で押しかけるだけで、十分に迷惑でしょ? こっちとしても、手ぶらってわけにはいかなくなっちゃうんだよねー!」


 そう言って、デルシェア姫はいっそう朗らかに笑った。


「それにわたしは、今後もたびたび森辺にお邪魔させてもらいたいって考えてるからさ! その分のお礼も含めてってことで、どうか受け取ってよ!」


「そうかい。それじゃあ、伴侶が戻ってきたら相談させていただくからね。それまで、お預かりさせていただきますよ。……バルシャ、お願いできるかい?」


 こちらも男性用の装束を纏ったバルシャが、「あいよ」と笑顔で進み出る。彼女もまた、単身で酒樽を運べるぐらいの膂力を有していた。


「それじゃあ、厨にご案内しますよ。今日の取り仕切り役はアスタとレイナだけど、あたしも脇から見守らせていただくからね」


「うん! どうぞよろしくー!」


 ということで、俺たちは本家の厨に向かうことになった。

 ルウ家の側で勉強会に参加するのは本家の3姉妹とマイムおよびミケル、小さき氏族からは俺とユン=スドラとトゥール=ディン、マルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアという顔ぶれだ。4名もの客人を迎えるならば、これぐらいの人数が適切であろうと思われた。


 そうしてかまど小屋に到着したならば、兵士の1名だけがお仲間に刀を預けて入室してくる。いつもデルシェア姫のおそばに控えている若き武官、ロデだ。戦士長フォルタはジェノス側の責任者とともにかまど小屋の入り口あたりに陣取って、内にも外にも目を光らせる構えであった。


 きわめて仰々しい様相であるが、王家の姫君を迎えるには致し方のない措置であるのだろう。俺たちとしては、平常通り仕事に励むしかなかった。


「それでは今日は、新しい食材を屋台の商売でどのように活用するかを論じ合いたいと思います」


 きりりと引き締まった面持ちをしたレイナ=ルウが、そのように宣言した。


「新たな食材について詳細をわきまえているデルシェアとプラティカにも、どうかお知恵を拝借したく思います。そして、試食の機会が生じたならば、ニコラとカルスにもご意見をいただきたく願います」


「うんうん! みんながどんな料理を作りあげるか、めいっぱい楽しみにしてるよー!」


 デルシェア姫に遠慮してか、他なる客人たちはずっと静かだ。そしてプラティカは護衛役のロデに心労をかけないように、デルシェア姫とは反対側の壁際に陣取った。2名と3名に分かれた客人たちが、左右から俺たちの様子を見守る格好である。


「ではまず、アスタに基本的な方針をおうかがいしたいのですが……如何なものでしょう?」


「うん。まずは、どういう形で新しい食材を取り入れるかだよね。野菜類なんかはどれも使いやすいから、汁物料理や焼き物料理の具材として加えることも難しくないように思えるけど……その反面、目新しさは乏しくなっちゃうだろうね」


「はい。どうも宿場町の方々は、これまで以上に期待をかけておられるようですので……目新しさが乏しいと、失望されてしまう恐れが生じるのでしょうね」


「うん。前回の食材も素晴らしい内容だったから、それで余計に期待がふくらんじゃうのかな」


 俺がそのように語ると、デルシェア姫が嬉しそうににこーっと笑った。

 そちらに笑顔を返してから、俺はさらに言いつのる。


「だからまあ、可能な限り目新しさを求めるとなると……やっぱり重要なのは調味料の貝醤、乾物のドエマ、2種の魚卵、2種の香草あたりかな。それを軸に献立を考案して、野菜類もなるべく具材として扱えるように考えてみようか」


「はい。ですが、豆乳や凝り豆はそこに含まれないのでしょうか? あれらもジェノスの民にとっては、十分目新しいように思うのですが」


「うーん。豆乳は確かに目新しいけど、カロンの乳とそこまで大きく掛け離れてるわけじゃないからね。使いやすい代わりに目新しさは乏しいっていうほうに含まれるんじゃないかな。凝り豆なんかは、使い方しだいだろうけど……でもトゥール=ディンは、『凝り豆プリン』を新商品の第一候補として考えてるんだよね?」


「は、はい。あれは他の菓子と比べても、そうまで手間がかかるわけではありませんし……食材費に関しても、それほど無理はないようなのですよね」


 トゥール=ディンが恐縮しきった様子で答えると、レイナ=ルウは凛々しき面持ちで「なるほど」と首肯した。


「あの菓子は、素晴らしい出来栄えでしたので……わたしたちが凝り豆を扱っても、菓子の目新しさに負けてしまいそうですね」


「そ、そんなことはないかと思うのですが……」


「うん。でもまあやっぱり、凝り豆も野菜と同じような扱いかな。『麻婆凝り豆』や『カザックと凝り豆のチャンプルー』なんかは俺としても自慢のひと品だから、時期を見て出そうと考えているよ」


 俺はトゥール=ディンに笑いかけてから、あらためてレイナ=ルウに向きなおった。


「それでね、俺は祝宴の場や今日の営業中なんかにも、色々と話を聞きほじってみたんだけど……試食の祝宴で特に好評だったのは、『ドエマの豆乳鍋』と貝醤の炒め物だったみたいなんだ」


「え? わたしとしては、まきずしがもっとも評判になっていたように思うのですが」


「うん。でもあれは、食べ慣れるまで評価が難しいっていう意見が大半だったんじゃないかな。それ以前に、シャスカを主体にした料理は食材費がかさんじゃうからね。あれは、城下町で屋台を出す日まで温存しておこうと思うんだ」


「なるほど。いずれは、城下町でも屋台を出すわけですからね」


 と、レイナ=ルウはまた情熱の炎を燃やしてしまう。

 それが脇道にそれてしまわないように、俺は言葉を重ねた。


「それで、豆乳鍋の研究を進めようかと思うんだけどさ。いちおう汁物料理はルウ家の受け持ちだろう? もし上手い具合に味がまとまったら、ルウ家の屋台で扱ってもらえるかな?」


「ええ。それはまったくかまいませんけれど……やっぱりファの家でも汁物料理を扱うというのは、望ましくないのでしょうか?」


「うん。《キミュスの尻尾亭》のラーメンも汁物料理っていう扱いだから、これ以上はむやみに増やさないほうがいいんじゃないかな。ただ……目新しい献立はあるていどの日数をかけて、お客の評判を確認したいところだよね。それで他の汁物料理をお休みしちゃうと、がっかりするお客も出てきちゃうかな?」


「それは、難しいところですね……リミは、どう思う?」


 ルウ家は数日置きに汁物料理の献立を変更しており、その内のクリームシチューはリミ=ルウが取り仕切り役を担当しているのだ。ようやく発言の機会を与えられたリミ=ルウは、デルシェア姫に負けないぐらいの笑顔で答えた。


「汁物料理は他の料理より、いろんな種類のを売ってるよねー! そしたら、半分こにすればいいんじゃないかなー!」


「半分こ? ぎばばーがーと香味焼きみたいに、前半と後半で献立を変えるっていうこと?」


「うん! そのほうが、毎日いろんな料理を食べられるしねー!」


「そっか……」と、レイナ=ルウは真剣そのものの面持ちで思案した。


「今の時点でも、汁物料理は5種類もあるもんね。新しい献立を増やしたら、それが6種類になっちゃうから……そろそろそういうやり方に変えるべきなのかも……」


「うんうん。最初の内は新しい献立を毎日出すとして、世間が落ち着いたら6種類の献立を2種類ずつ出していけばいいんじゃないかな」


「そうですね」と、レイナ=ルウは力強くうなずいた。


「では、その方向で考えてみようかと思います。アスタは、豆乳鍋をどのように仕上げようというおつもりなのでしょうか?」


「それはまだ考案中だけど、まずはギバとドエマの相性を確かめてみないとね」


 そのように答えつつ、俺は壁際のプラティカを振り返った。


「プラティカ。ゲルドでは、ドエマと他の肉類を同じ汁物料理で使ったりしているのでしょうか?」


「いえ。ドエマ、使うならば、魚介の食材、統一します。ドエマ、ギバ肉、調和するのか……興味深い、思います」


 と、プラティカが狩人のごとき眼光を披露すると、過敏なロデがぴくりと反応した。しかし、デルシェア姫はおひさまのごとき笑顔である。


「ジャガルの豆乳にシムのドエマを使ったあの鍋に、今度はギバ肉を入れちゃうのー? そんなの、味の想像がつかないよ! わたしも、楽しみだなー!」


「はい。大失敗する危険もありますけど、試してみないことには何とも言えませんからね」


 プラティカやデルシェア姫ばかりでなく、森辺のかまど番たちもいっそうの熱意をあらわにしている。屋台の商売で扱う料理というのはおおよそ森辺の晩餐にも転用できるので、彼女たちは商売人と森辺の家人というふたつの立場から熱意を育むことが可能であるのだった。


「それ以外に俺が最初の候補として考えているのは、パスタと炒め物かな。レイナ=ルウのほうは、どうだろう?」


「はい。わたしはやっぱり、香味焼きにギラ=イラを加えたいと考えています」


「それじゃあ、合計で4種だね。まずはその4種の試作品を作りあげてみようか」


 そうして俺たちは、いよいよ調理に取りかかり――ルウ本家のかまど小屋には、かまど番の熱情と本物の熱気が入り混じって渦を巻くことに相成ったのだった。

去る2023年8月19日をもちまして、本作は執筆9周年を迎えることに相成りました。

その記念として、毎年恒例の人気投票とアンケートを実施させていただきたく思います。

募集要項は活動報告にて告知させていただきましたので、そちらをご参照くださいませ。


なお、こちらの企画は毎年恒例のものとして実施させていただいておりましたが、来年の第10回をもって終了させていただこうかと思います。

今回を含めてラスト2回の企画となりますので、最後までお楽しみいただけたら幸いでございます。

それでは皆様のご参加をお待ちしております。


*9/4追記

9/3の23:59をもちまして、アンケートの投票受付は終了いたしました。

ご参加くださった皆様、ありがとうございます。結果発表まで少々お待ちください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ラーズとレビの今の関係は良いな。 親子だけど競い合うライバルみたい。
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