試食の祝宴④~さらなる料理~
2023.8/11 更新分 1/1
俺たちは、大名行列さながらの様相で次なる卓を目指すことになった。
そちらでは、見慣れた面々が輪を作っている。それらの人々がこちらの接近に気づいて場所を空けようとすると、ダカルマス殿下がすかさず声を張り上げた。
「みなさん、どうぞそのままで! みなさんのご感想もお聞かせ願いたく思いますぞ!」
その場に集っていたのは、ユン=スドラとフォウの長兄、フェイ・ベイム=ナハムとモラ=ナハム、ユーミとジョウ=ラン、レビとテリア=マス、そしてティマロと調理助手という顔ぶれであった。なかなかに、バラエティにとんだラインナップである。
「やあやあ、モラ=ナハム殿。息災なようで、何よりだ。……ダカルマス殿下、こちらのモラ=ナハム殿は銀の月の闘技会にて第6位の座を勝ち取っておられるのです」
ポルアースがそのように紹介すると、ダカルマス殿下は「ほうほう!」と瞳を輝かせた。
「モラ=ナハム殿は、かつて礼賛の祝宴にも参席してくださいましたな! 闘技会におけるご活躍は、わたしも耳にしておりましたぞ! あらためて、その武勇に相応しい立派なお姿でありますな!」
モアイ像のような面相をしたモラ=ナハムは、うっそりと一礼する。
すると、メリムがフェイ・ベイム=ナハムに微笑みかけた。
「そちらのご伴侶も、祝賀会以来ですわね。おふたりが婚儀を挙げたというお話は、わたくしも聞き及んでおりました。遅くなってしまいましたが、どうかおふたりに祝福を捧げさせてください」
「……温かいお言葉に、感謝いたします」
フェイ・ベイム=ナハムもまた、一礼する。森辺の女衆としては厳つい容姿であるし、その四角い顔にも表情らしい表情は浮かべられていなかったが、セルヴァ伝統の宴衣装と相まって、優美かつ風格のある立ち居振る舞いだ。同じような宴衣装であるモラ=ナハムも神話の闘神を思わせる迫力であるため、他なる森辺の男女ともまた一風異なる空気が形成されていた。
「そちらは《セルヴァの矛槍亭》のティマロ殿に、《キミュスの尻尾亭》と《西風亭》の方々であられますな! どうぞみなさんも、率直なご感想をお聞かせください!」
そんな風に言ってから、ダカルマス殿下はユーミとジョウ=ランのもとに視線を固定させた。
「ところで……おふたりも、ついに婚儀を挙げられたのでしょうかな?」
「え? いや、えーと……そんな話まで、王子様たちに伝わっているの? ……でしょうか?」
丁寧な言葉づかいを苦手とするユーミがつっかえつっかえ反問すると、ダカルマス殿下は実に屈託のない笑みを浮かべた。
「わたしも、風聞を耳にしたまでであります! ですが、森辺の殿方と宿場町のご婦人が結ばれるというのは、ジェノスにとっての新たな一歩でありましょう! 心から、おふたりの幸せな行く末を祈っておりますぞ!」
「ありがとうございます。でも俺たちは婚儀の約定を交わしただけで、儀式は雨季の後に執り行う予定です」
物怖じを知らないジョウ=ランが笑顔で答えると、ダカルマス殿下は「左様ですか!」といっそう朗らかに笑った。
「雨季の後では祝福の品を贈ることもかないませんが、それはデルシェアに任せることにいたしましょう! それでは、料理をいただきましょうかな!」
料理のそばにスタンバイしていた小姓たちが、速やかに配膳を開始する。その間に、俺は説明の役目を果たさなければならなかった。
「こちらは、揚げ物の料理ですね。やっぱり簡素な仕上がりですけれど、お気に召したら幸いです」
「ふむふむ! アスタ殿は、揚げ物料理の巧みさでも名を馳せておられますからな! これは楽しみなところであります!」
こちらに準備されていたのは、ちょっとひさびさとなる天ぷらであった。
新たな食材の中から使用したのは、クルマエビのごとき甲冑マロール、オクラのごときノ・カザック、アスパラガスのごときドミュグド、ウドのごときニレ、そしてミョウガのごときノノだ。
祝宴の規模が規模であったため、甲冑マロールは半分に切り分けてから揚げている。あと、ドミュグドはギバのバラ肉で巻いており、ノノは水で戻したものをそのまま使っていた。
「あ、そちらのドミュグドにはギバ肉を使っているので、フェルメスには取り分けないようにお願いします」
俺が慌てて声をあげると、小姓のひとりが恭しく一礼した。そしてフェルメスは、アルヴァッハのかたわらから恋する乙女のごとき眼差しを向けてくる。
「お気遣い、感謝します。うっかり口にしていたら、とんでもない粗相をお見せしてしまうところでした」
「いえいえ。ぱっと見では区別がつけにくいので、この後もご注意くださいね」
そんな言葉を返してから、俺は解説を再開した。
「普段は専用の調味液を準備するのですが、祝宴の場では手間になるかと思い、塩で召し上がっていただくことにしました。いっそう簡素な出来栄えになってしまいましたが、食材の素晴らしさを伝えるには相応しいかなと考えた次第です」
「ほうほう! しかし先刻の汁物料理も、塩だけで素晴らしい味わいでありましたからな! まったく期待は損なわれませんぞ!」
ダカルマス殿下のそんな言葉に、デルシェア姫の「ひゃー!」という悲鳴が重ねられた。
「し、失礼いたしました! そ、想像していなかった辛みが爆発したもので!」
「ああ、申し訳ありません。きっと、ノノですね。やっぱりジャガルの御方には、刺激が強すぎたでしょうか?」
「いえ! 驚きはしましたけれど、決して不快ではありません! それに、香草を丸ごと具材にするだなんて、なかなかわたしたちには思いつかない発想ですね!」
俺の故郷では、ミョウガや紅ショウガを天ぷらの具材にする作法も存在したのだ。俺自身、それほど口にする機会は多くなかったが、こちらのノノの天ぷらは申し分ない出来栄えだと自負していた。
他なる4種も、同様である。ウドに似たニレはどれほど熱しても生鮮のような瑞々しさを失わない奇妙な特性を有していたが、それはそれで愉快な味わいだ。オクラに似たノ・カザックは罪のない味わいであるし、甲冑マロールやドミュグドのバラ肉巻きも自信をもってお出しできる仕上がりであった。
「これは確かに、素材の味わいが十全に活かされているようですな! それに、衣の具合も絶妙であります! だからこそ、塩のみでも物足りなく思うことがないのでしょう!」
そのように評してから、ダカルマス殿下は料理人の面々を見回した。
「新たな食材の魅力を伝える料理として、こちらは過不足のない出来栄えであるかと思われます! みなさんは、どのようなご感想でありましょうかな?」
「はい。いずれの食材も、素晴らしい味わいでありました。煮物や焼き物や汁物の料理ですと、どうしても味付けが必要になりますし、味付けをしない料理では宴料理として成立いたしません。衣の食感と塩の味だけで宴料理としての体裁を守りつつ、食材の素晴らしさを前面に押し出すという意味においては、きわめて優れた仕上がりでありましょう」
ティマロはそんな回りくどい言葉で、俺の料理を評してくれた。
いっぽうレビはユーミに負けないぐらい居心地の悪そうな面持ちで、「えーと」と言葉を選んでいる。
「どの料理も、美味かったです。甲冑マロールってやつが、格別でしたね」
「わたしは、ニレやノノという食材を好ましく思いました。もちろん、甲冑マロールやギバ肉を使った料理があってこそなのでしょうけれど……5種の料理を順番に食することで、とても満足できました」
テリア=マスもめいっぱい緊張しつつ、それでも懸命に感想を述べてくれる。
しかるのちに、ダカルマス殿下から視線を向けられたユーミもしかたなさそうに口を開いた。
「あたしもやっぱり、甲冑マロールとかギバ肉のやつが美味しかった。……です。でも、ニレやノ・カザックってやつも、悪くなかった。……です。きっと色んな料理に使えるだろうなって思った。……です」
「俺もすべて美味だと思いました。ただやっぱり、こういう料理はそばと一緒に食したかったですね」
ジョウ=ランはひとり緊張と無縁の様子で、そのように言いたてる。すると、ダカルマス殿下は「ふむふむ!」と大きくうなずいた。
「そばというのは、黒いフワノで作られる料理でありましたな! アスタ殿! やはりそばという料理は、祝宴で供するのが難しいのでありましょうかな?」
「はい。温かいそばというのは出来立てでないと、著しく味が落ちてしまうのですよね。冷たいそばなら、お出しできないこともありませんでしたけれど……祝宴で食していただくには手間がかかるかと思い、取りやめることにしました」
「なるほどなるほど! では、晩餐会などで食せる機会を心待ちにさせていただきますぞ!」
笑顔で語るダカルマス殿下のかたわらで、デルシェア姫もにこにこと笑っている。しかし最後まで、両名の口から「美味」という言葉が飛び出すことはなかった。おそらくは、心の底からは満足していない、ということであるのだ。
しかしまた、こちらはあくまで食材の素晴らしさを伝えるための献立であったので、俺としても不満はない。そばの添え物や天つゆでいただく天ぷらは、またの機会を待っていただくしかなかった。
「では、次の卓に参りましょう! みなさんは、またのちほど!」
ダカルマス殿下の言葉に従って、俺たちは次なる卓に進路を取る。ユン=スドラたちは俺の調理助手であったので、感想を求められることもなかったのだろう。灰色の宴衣装を纏ったユン=スドラにこっそり笑顔を届けてから、俺はダカルマス殿下を追いかけることにした。
次なる卓にも、見知った人々が集っている。リミ=ルウとルド=ルウ、レイの女衆とシュミラル=リリン、ナウディスとその伴侶、ヤンにニコラという顔ぶれだ。ニコラは本日、ヤンの弟子として参席者に数えられていたのだった。
「おお、ナウディス殿! ようやくご挨拶ができますな!」
やはりダカルマス殿下はナウディスにも目をかけているらしく、満面の笑みである。ナウディスもユーミたちほどあたふたすることはなく、伴侶ともども笑顔で一礼していた。
そしてアルヴァッハたちは、シュミラル=リリンに注目している。それに応じて、シュミラル=リリンは笑顔を返した。
「おひさしぶりです。料理、如何ですか?」
「うむ。いずれも、満足である。そちら、如何であろうか?」
「はい。こちらの卓、ひときわ素晴らしいです。ゲルドの方々、ご満足、いただけるでしょう」
そちらの卓には、これまでよりも刺激の強い料理が並べられていたのだ。満面の笑みでアイ=ファにすりよるリミ=ルウの姿に心を和まされつつ、俺は解説を開始した。
「こちらは、焼き物料理と――以前にもお出しした、麻婆料理ですね。ちょっと辛みは強いかもしれませんが、お気に召したら幸いです」
たしかダカルマス殿下にも、早い段階で『麻婆チャン』をお出ししたはずだ。あの頃にもゲルドの食材を使うべしと申し渡されたため、豆板醤に似たマロマロのチット漬けと魚醤を主体にした料理を供したわけである。
今回はもちろん、ズッキーニに似たチャンではなく凝り豆を使っている。豆腐そのものの味わいである凝り豆を手にして、真っ先に思いついたのはやっぱり麻婆豆腐であったのだった。
いっぽう焼き物料理は中華炒めをイメージして、オイスターソースに似た貝醬を味の主体にしている。ギバのロースとチンゲンサイに似たバンベ、あとは彩りとしてパプリカに似たマ・プラ、タマネギに似たアリア、ニンジンに似たネェノン、モヤシに似たオンダなどを具材にしている。さらにこちらでも調理酒としてシャスカ酒を使い、味付けには醤油に似たタウ油、ニンニクに似たミャームー、ショウガに似たケルの根も加えていた。
「うむ! 辛い! 辛いが、やっぱり美味ですな!」
『麻婆凝り豆』をかきこんだダカルマス殿下は、満面の笑みで大量の汗をふきだしている。ダカルマス殿下は、チットやココリといった香草に激しく汗腺を刺激されてしまうようであるのだ。
「確かに、美味である。……こちら、ギラ=イラ、調和するのでは?」
アルヴァッハがそのように問うてきたので、俺はおわびの気持ちを込めて「はい」と一礼した。
「自分もちょっと試してみたのですけれども、ギラ=イラは麻婆料理ときわめて相性がいいようでした。ただ……西や南の方々が問題なく食せる辛みに仕上げることが難しかったのです。今回はあまり時間もありませんでしたので、やむなく断念することになりました」
「なるほど。……いずれ、食せる機会、心待ち、している」
「はい。ゲルドの方々でしたら、きっと問題なく食せるかと思いますので」
そのように答えてから、俺はずっと無言のピリヴィシュロに視線を転じた。
「ちなみにピリヴィシュロも、ギラ=イラの料理を問題なく口にできるのでしょうか?」
「はい。ギラ=イラ、とても、このんでいます」
「すごいですね。では、いずれアルヴァッハたちとご一緒に召しあがってください」
ピリヴィシュロは手にしていた皿で口もとを隠しながら、「はい」とうなずいた。その愛くるしい姿に心を和ませていると、再びダカルマス殿下の「おお!」という声が響きわたる。
「こちらの焼き物料理も、素晴らしい出来栄えでありますな! 辛みはさほどでもありませんが、実に異国的な味わいです! これこそが、貝醬なる調味料の恩恵であるのでしょう!」
「本当に、素晴らしい出来栄えですね! それにこちらは、タウ油も使われているはずですよ! 魚醤と同じように、貝醬もタウ油と相性がいいようであるのです!」
デルシェア姫も、とびっきりの笑顔で言葉を重ねる。
「それにやっぱりシャスカ酒というものが、料理の質を底上げしているのでしょう! アスタ様は前々からニャッタの蒸留酒を焼き物や煮物の料理で使っておられましたけれど、すっかりその座を奪われてしまったようです!」
「あ、いえ、今回はなるべく新しい食材を使うべきかと考えたので――」
「何も文句をつけているわけではありませんので、心配はご無用ですわ! ニャッタにはニャッタならではの魅力があるはずですもの! まあ、そちらの魅力をわたしに気づかせてくださったのも、アスタ様なのですけれどね!」
そのように語るデルシェア姫は無邪気そのものの笑顔であったので、俺はほっと安堵の息をついた。
「確かにデルシェア姫の仰る通り、ニャッタの蒸留酒とシャスカ酒は風味が似ているようなのですよね。ニャッタというのも、穀物なのでしょうか?」
「左様ですな! ただし、食材として扱うには質が悪く、ジャガルにおいてもカロンの飼料にしかなりません! しかし、酒の原料としてはきわめて上質であることが判明し、蒸留酒や発泡酒が作られることになったのです!」
すると、アルヴァッハが底光りする目をダカルマス殿下に向けた。
「ニャッタの酒、マヒュドラの麦酒、味わい、似ている、考えていた。ニャッタ、麦、亜種であろうか?」
「むぎというのは、知らぬ言葉でありますな! おそらくは、マヒュドラ独自の食材であるのでしょう! そのむぎというのは、穀物として扱われているのでしょうか?」
「マヒュドラ、北西の地において、穀物として、扱われている、聞き及ぶ。しかし、ゲルド、届けられる、麦酒のみである」
「なるほど! またひとつ、食材の知識が増えましたぞ! 遥かなるマヒュドラの逸話など、ジャガルでは耳にする機会もありませんからな!」
そうしてダカルマス殿下とアルヴァッハが忌憚なく言葉を交わす姿に、ナウディスとその伴侶はいくぶん目を丸くしていた。やはり、敵対国である南と東の立場ある方々がそのように振る舞うのは、意想外であるのだろう。しかしそれは、誰にとっても喜ばしい驚きであるはずであった。
「ちなみに! ナウディス殿やヤン殿はどういったご感想でありましょうかな?」
いきなり水を向けられて、さしものナウディスも「そ、そうですな」と口ごもる。
「も、もちろんどちらも素晴らしい出来栄えであるかと思われます。また、わたしの宿には南のお客様が多数いらっしゃいますが……これをシム料理として忌避することはありませんでしょう」
「ふむふむ! もとよりそちらでは、アスタ殿の考案したかれーという料理も好評であるというお話でありましたな?」
「はいはい。森辺の方々が率先して、シムの食材の素晴らしさを広めてくださったおかげでありましょう。わたし自身、南の民を母とする身でありますため、ジャガルの食材を使った料理をこよなく好んでおりますが……やはり、シムの食材を忌避しようという気持ちにはなれません」
「ごもっともでありますな! 南の王都においても、ゲルドの食材は大変な人気を博しておりますぞ!」
ダカルマス殿下は盛大に笑ってから、ヤンのほうに視線を切り替える。
ヤンは恭しげに一礼してから、ダカルマス殿下の期待に応えた。
「アスタ殿はこれまでの料理の応用として、数々の食材を使いこなしてくださいました。これは城下町や宿場町で腕を振るう料理人としても、実に心強い結果でありましょう。我々も、まずはこういった形で新たな食材を使いこなし……しかるのちに、アスタ殿に負けない独自性というものを目指したく思います」
「それはあの、独自性に満ちあふれた料理を食した上でのご感想なのですね?」
デルシェア姫が笑顔で問いかけると、ヤンは「左様です」とやわらかく微笑んだ。
「あちらの料理には、きわめて驚かされました。まさか、シャスカにあのような細工を施すとは――」
ヤンがそこまで言いかけると、ダカルマス殿下が「おお!」とわめきながら自分の両耳をふさいだ。
「ヤン殿! どうかそこまでに! アスタ殿が独自性にあふれた料理をご準備されたというお話はうかがっているのですが、その内容まではまだ聞いておらぬのです!」
「それは失礼いたしました」と、ヤンは慇懃に頭を下げる。
ダカルマス殿下は小柄で肉厚の身体をうずうずと揺らしながら、アルヴァッハの巨体を見上げた。
「アルヴァッハ殿にもこれらの料理のご感想をうかがいたかったのですが、それはまたのちほどということで! まずは、ひと通りの料理を味見させていただきましょう!」
「うむ。異存、あらぬ」
アルヴァッハもまた、プラティカから何らかの話を伝え聞いていたのだろう。ダカルマス殿下のように感情を爆発させることはなかったが、その碧眼はめらめらと燃えていた。
というわけで、また慌ただしく移動である。名残惜しそうな顔をするリミ=ルウの頭にぽんと手を置いてから、アイ=ファもすぐに俺を追いかけてきた。
「独自性にあふれたシャスカ料理というものについては、僕もカルスから聞き及んでいました。ヤン殿も、たいそう感服されたご様子ですね」
と、道中でアラウトが囁きかけてくる。ダカルマス殿下を気づかってずっと静かにしている彼も、期待に瞳を輝かせていた。
「実はここ数日の商談で、バナームやメライアの食材も想定以上に買いつけていただける算段が立ったのです。おかげで僕たちも、このたび新たに届けられた食材の数多くを手にできるというわけです」
「それは、喜ばしい話ですね。カルスがどのような料理を作りあげるのか、とても楽しみです」
「はい。そしてそれは、アスタ殿が事あるごとにバナームやメライアの食材を取り立ててくださったおかげでありましょう。兄上の代理人として、アスタ殿に心より感謝の言葉を伝えさせていただきたく思います」
純真なるアラウトに真っ向から気持ちをぶつけられて、俺のほうこそありがたい限りであった。
いっぽうカルスは試食の楽しさに昂揚しているのか、こちらのやりとりに気づいた様子もなくせかせかと歩を進めている。それもまた、微笑ましい姿であった。
そうして次なる卓に到着すると、これまで以上に数多くの人々が寄り集まっている。それらの人々が慌てて場所を空けようとすると、ダカルマス殿下はまた声を張り上げた。
「後から割り込んでしまって、申し訳ございません! みなさんにも、のちのちご感想をうかがいたく思いますぞ!」
ジェノスの貴族、城下町の料理人、宿場町の宿屋の関係者、そして森辺の民と、さまざまな身分の人間が結集している。その何割かは別の卓に散っていき、残りの何割かは遠巻きに俺たちを取り囲んだ。
そんな中、ダカルマス殿下はいそいそと卓に身を寄せる。
そちらでは最後の2種の料理が並べられており、その片方はゴーヤのごときカザックと凝り豆を使った、いわゆるチャンプルーであった。
「ふむふむ! こちらの料理も、興味深い! ですが……独自性にあふれた料理というのは、そちらでありますな?」
ダカルマス殿下のきらきらと輝く目が、卓の反対側へと転じられる。
そこに、最後の料理がどっさりと積まれていた。
「はい。こちらは、俺の故郷で巻き寿司と呼ばれていた料理です」
それが今回、新たな試みとして発案した料理であった。
米酢に似たシャスカ酢と、イクラに似たフォランタの魚卵、たらこに似たジョラの魚卵を使った、巻き寿司である。
この地に海苔の代用品はなかったため、シャスカと具材を巻いているのは薄く焼きあげたキミュスの卵となる。つまりは、かつてアルヴァッハたちにも試食してもらったおにぎりの応用だ。ただ今回はシャスカにシャスカ酢と砂糖と塩をまぶして酢飯に仕上げているのが大きな相違であった。
生鮮の川魚は祝宴で扱えるほどの量がなかったため、具材としたのは2種の魚卵とキュウリのごときペレのみで、あとは大葉に似たミャンツの細切りとワサビに似たボナもあらかじめ内側に仕込んでいる。さらに、後掛けで必要にならないように、フォランタの魚卵をタウ油にひたしてから使用していた。
「これは……外見からして、美しき仕上がりでありますな」
ダカルマス殿下はうっとりとした面持ちで、そのようにつぶやいた。
中巻きサイズに仕上げた巻き寿司は、3センチていどの厚みで切り分けている。その断面から、魚卵の輝きがこぼれているのだ。そして、ペレとミャンツの緑色もアクセントになっていた。
「これはまるで、トゥール=ディン様の作るろーるけーきのような仕上がりですよね! わたしは厨の見学をしているさなかから、期待で胸がはちきれんばかりでした!」
デルシェア姫は父君より盛大に身を揺すりながら、そのように言いたてた。
「それに、ただシャスカと具材を卵でくるんだ料理ではありませんのよ! もう口をつぐんでいることさえ難しいので、どうか一刻も早くいただきましょう!」
「うむ! それでは、いただきますぞ!」
焼き卵でくるんでいるために、食器は不要である。王家の父娘は素手で巻き寿司をつかみとるや、それぞれ口に放り込んだ。
酢シャスカの細工を知らなかったらしいダカルマス殿下は、目を白黒とさせる。そのかたわらで、デルシェア姫は陶然とした笑顔であった。
「なるほど……こちらの料理は、このような味わいでしたのね……」
「シャスカが、甘酸っぱい……アスタ殿は、シャスカに酢や砂糖をまぶしたというわけですか……」
そんな父娘の姿を横目に、アルヴァッハも異様に細長くて節くれだった指先で巻き寿司をつまみあげる。そうしてそれを口に投じると、青い目がくわっと見開かれた。
「アルヴァッハ殿……アルヴァッハ殿は、どのようなご感想になるのでしょう?」
どこか夢から覚めたような面持ちで、ダカルマス殿下はアルヴァッハを振り返った。
「もとよりわたしは、まだまだシャスカ料理に食べ慣れておりません。幼き頃よりシャスカを口にされてきたアルヴァッハ殿にとって、こちらの料理はどのような評価になるのでしょうか?」
アルヴァッハは、すぐさま東の言葉で長広舌を披露した。
その間に、他の面々も巻き寿司を口にする。ポルアースやメリムはびっくりまなこを見合わせ、プラティカは狩人の眼光になり、ピリヴィシュロは黒い瞳を輝かせる。アラウトは真剣な面持ち、サイは驚愕の表情、カルスは普段以上にせわしなく目を泳がせ――やはり反応は、人それぞれであった。
「……まず、ゲルドにおいてもシャスカに酢をまぶす作法は存在する。ただしそれは、細長く仕上げたシャスカに酢を主体にした調味液をまぶすという作法である」
やがてフェルメスが、アルヴァッハの言葉を通訳してくれた。
「よって、粒のまま仕上げられたシャスカでは、自ずと味わいが異なってくる。それに……こちらで使用されているのはシャスカ酢と砂糖と塩のみであるようなので、調味液と呼ぶべきかどうかは判断に困るところである。ただ、それゆえに、シャスカ酢の酸味がこれ以上もなく強調されている。もしも砂糖を加えていなければ、その酸味を不快に思っていたぐらいであろう。つまり……砂糖の甘さによって、シャスカとシャスカ酢がまたとない調和を果たしているのである。なおかつそれが具材との調和をも果たしているというのが驚嘆の極みである。と、いうよりも……具材なくして、この調和はありえないのであろう。具材が存在しなければ、こちらはただの甘酸っぱいシャスカであり、決して美味とは言い難い味わいなのではないかと推察される」
そこでひと息ついてから、フェルメスはさらに言いつのった。
「シャスカ酢は砂糖によってシャスカとの調和を果たし、甘酸っぱいシャスカは具材によって調和が為されている。すべてが危うい均衡であり、危ういゆえにこれは絶妙な調和である。そしてさらに、タウ油とミャンツが危うい均衡を支えるべく大きな役割を果たしている。それだけの細やかな細工のもとに、2種の魚卵の味わいが十全に活かされているのである。そこにペレにて清涼さまで加えているのは、驚嘆の極みである。アスタの料理にはいつも驚かされてやまないが、こちらの料理にはひときわ大きな驚きを覚えてやまない。アスタの手腕に、感服するばかりである」
「つまり……美味である、ということでありましょうかな?」
ダカルマス殿下の問いかけに、アルヴァッハ本人がうっそりとうなずいた。
「まぎれもなく、美味である。ダカルマス、感想、異なろうか?」
「さきほども申し上げました通り、わたしはまだまだシャスカというものを食べ慣れておりません。それで判断に迷ってしまったのでしょうが……シャスカを食べ慣れているアルヴァッハ殿にとっても、こちらは危うい均衡のもとに成立している味わいなのですな。それでわたしも、ようやく心を固めることがかないましたぞ」
そう言って、ダカルマス殿下は普段あまり見せない柔和な笑顔を俺に向けてきた。
「こちらの料理は、美味であります。……ただし、こちらの料理に食べ慣れるまで、心の置き場所は定まらないようです。願わくは、また次の機会にもこちらの料理を準備していただきたく思いますぞ」
「承知しました。自分ももっと質を上げられるように励みたく思います」
どうも、酢飯のイメージでこしらえた酢シャスカが、ダカルマス殿下を大きく惑わせてしまったようである。
きっとそれは、余所の地で育まれた料理に対する違和感であるのだろう。俺の故郷でだって、米食の文化がない土地にいきなり巻き寿司など持ち込んだら、意見は大きく分かれるはずであった。
(カレーなんかも、考案した当時はみんなを驚かせちゃったもんな)
俺自身、城下町の料理はまだまだ食べ慣れていない。しかし時を重ねるごとに、美点や魅力を理解できてきたように思えるのだ。この巻き寿司の魅力も、時間をかけてじっくり理解していただきたいところであった。




