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異世界料理道  作者: EDA
第八十章 天星の集い
1380/1700

幕間 ~狭間の日~

2023.8/7 更新分 1/1

・今回は全8話の予定です。

 貴き身分の客人がたが集結した晩餐会の翌日――茶の月の9日である。

 俺たちが宿場町で屋台の商売に励んでいると、新たな客人たちがやってきた。丸々とした立派な鼻が特徴的な南の民と、その相棒である陽気な大男――コルネリアの行商人、デルスとワッズである。


「ああ、どうも。今回は、ちょっとゆっくりめのご到着でしたね。南の王都の使節団は、一昨日に到着しましたよ」


「ふん。そんな騒ぎは、宿でさんざん聞かされたわ。宿の主人やお前さんがたは、さっそく城下町に呼びつけられたそうだな」


 デルスはすました顔で、肉厚の肩をひょいっとすくめた。


「俺たちは、お偉方の一団よりも早く参じろと命じられた覚えもない。もし同じ時期にジェノスを訪れるならまた祝宴にでも招いてやろうという、ありがた迷惑なお言葉を授かっただけのことだ」


「あははあ。あの王子様は、あちこちに人間をばらまいて聞き耳を立てさせてるんだろお? 迂闊なことをしゃべくってると、お縄になっちまうかもしれねえぞお?」


 ワッズが間延びした声でそのように言いたてると、デルスは大きな鼻を「ふん」と鳴らした。


「俺にもしものことがあったら、ミソの通商もおしまいだ。あの食い意地の張った王子殿下なら、ミソのために多少の無礼は容赦するだろうよ」


「まったく、しょうがねえなあ。とにかく、アスタたちの料理をいただこうぜえ。そのために、朝から腹を空かせておいたんだからよお」


「それより先に、情報収集だ」


 と、デルスはにわかに真剣な目つきになった。


「おい。お前さんはお披露目会とやらの後も居残って、晩餐会にまで招かれたというのだろう? 南のお偉方とゲルドの連中は、本当にうまくやっているのか?」


「ええ。その晩餐会にも、ゲルドの方々はお招きされていましたよ。やっぱりちょっと緊張する場面はありましたけど、諍いが起きることはないかと思います」


「そうか。まあ、ジェノスで諍いを起こしたら、せっかくの交易も台無しになるわけだからな」


 そのように語りながら、デルスは大きな鼻を撫でさすった。


「わざわざ同じ時期に寄り集まるから、そんな面倒が生じるのだ。どちらの側も、酔狂と言うしかないな」


「そうですね。でも、苦労が大きければ大きいほど、楽しさや達成感も増すと思いますよ」


「ふふん。お前さんも、酔狂者のひとりだな。まあ、せいぜいミソの素晴らしさを売り込んでくれることを期待しているぞ」


 そんな軽妙な言葉を残して、料理を手にしたデルスとワッズは青空食堂に立ち去っていった。

 すると、同じ屋台で働いていたヴィンの女衆がおずおずと語りかけてくる。


「ようやくコルネリアという地の方々もいらっしゃいましたね。これで最後に残されたのは……《守護人》の方々ですか」


 彼女の言う通り、この段に至ってもカミュア=ヨシュやレイトやザッシュマはジェノスに戻ってきていなかった。


「うん。ティカトラスたちが来訪する時期にあわせて、ジェノスに戻ってくるっていう話だったんだけどね。何か事情があって、遅れちゃったのかな」


「いったい、どうされたのでしょうね。あのカミュア=ヨシュという御方は、ずいぶん飄々としたお人柄のようですが……それでも、約定を破るような御方ではないのでしょう?」


「うん、もちろん。でもそれは約定っていうよりも、あちらの善意で申し出てくれたことだからね。もしカミュアたちが最後まで間に合わなかったとしても、こちらが文句をつける立場ではないと思うよ」


 そんな風に答えてから、俺は小首を傾げることになった。


「でも、どうして君がカミュアたちの去就を気にかけているのかな? ここ最近で、ずいぶん交流が深まったとか?」


「あ、いえ。わたしはほとんど口をきいたこともないような間柄なのですけれど……ラヴィッツの家長が、気にかけておられるようですので……」


 ヴィンの家は、ラヴィッツの眷族なのである。デイ=ラヴィッツのひょっとこめいた面相を思い出しながら、俺は「なるほど」とうなずいた。


「やっぱりデイ=ラヴィッツも、今回の騒ぎを気にかけてるってことか。まあ、森辺の民なら誰だってそうだろうけど……デイ=ラヴィッツは、森辺の行く末を案じる思いがひときわ強いもんね」


「は、はい。きっと、大きな苦労を担わされるファの家を案ずる気持ちも強いのではないかと思います」


「あはは。それは、ありがたい限りだね。集落に戻ったら、デイ=ラヴィッツにお礼を言っておいておくれよ」


「あ、いえ。余人からそのような言葉を告げられたら、きっとラヴィッツの家長は機嫌を損ねてしまいますので」


 ヴィンの女衆は、つつましいながらも屈託のない微笑をこぼした。

 彼女はひときわつつましい気性をしていたが、それでも屋台の商売に参加してからずいぶんな歳月が流れているのだ。こうしてきちんと自分の気持ちや家の意向を伝えてくれるのは、ありがたい限りであった。


(でも確かに、カミュアは到着が遅いよな。また何か、おかしな騒ぎに巻き込まれてないといいんだけど)


 そんな思いを心の片隅に浮かべながら、俺はその日の仕事を果たすことになった。

 やがて商売を終えたならば、森辺に帰還だ。今日から5日間は、試食の祝宴に向けてひたすら研究の日々であった。


 ファの家のかまど小屋には、よりすぐりのかまど番を招集している。近在からは、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、フェイ・ベイム=ナハム、ラッツの女衆。ルウの血族からは、レイナ=ルウ、リミ=ルウ、マイム。そして初日の本日は、別動隊であるトゥール=ディンとスフィラ=ザザにもご足労をいただいた。


「今日の屋台の仕事中に、ジェノス城から使者の御方が来てくれました。そちらのお話によると、試食の祝宴は200名ていどの規模にしたいそうです」


 本日屋台の当番でなかった面々は初耳となるので、ざわめきをあげる。その中から発言したのは、ラッツの女衆であった。


「新たな食材を使った料理も、それだけの分量を準備しなくてはならないということですね。わずか5日間で、わたしたちがそれだけの仕事を果たすことがかなうのでしょうか?」


「はい。むしろ、こちらの作業に無理が出ないように、俺が献立の内容を吟味するつもりです」


 そんな風に答えながら、俺はその場の全員に笑顔を届けてみせた。


「基本的には、これまでに作りあげてきた料理に応用する形で新しい食材を取り入れようと考えていますので、心配はご無用です。最初の4日間で献立を決定したら、最後の1日は作業工程の再確認についやすつもりですので、そのように心得てください」


「はい。アスタはすでに、献立の目処が立っているのですよね?」


 熱情の塊と化したレイナ=ルウが、ぐっと身を乗り出してくる。

 そちらに向かって、俺は「うん」とうなずいた。


「ただ、思い通りにいくかどうかは、これからの研究しだいだからね。しばらくは試作と試食の連続になると思うから、レイナ=ルウも忌憚のない意見をよろしくお願いするよ」


「はい。いったいどのような料理に仕上がるのか、わたしも楽しみでなりません」


 めらめらと闘志を燃やすレイナ=ルウにもういっぺん笑いかけてから、俺はトゥール=ディンのほうを振り返った。


「トゥール=ディンには、今日1日で俺の知っていることを全部伝えるつもりだからね。それが菓子作りの参考になるかどうか、じっくり考えてみておくれよ」


「は、はい。アスタこそ、もっとも大変な役目を背負わされてしまっているのに……お手間を取らせてしまって、申し訳ありません」


「そんなの気にする必要はないよ。祝宴に招かれる人たちに喜んでもらえるように、おたがい頑張ろう」


 トゥール=ディンは幼い顔に決意と覚悟をたたえつつ、それでも「はい」と微笑んでくれた。

 その頼もしい笑顔を見届けてから、俺はフェイ・ベイム=ナハムを振り返る。


「今回の仕事を手伝ってもらう方々は、そのまま夜の祝宴にも招かれることになります。ですから、婚儀を挙げたばかりのフェイ・ベイム=ナハムにお願いするのは心苦しい面もあるのですが……どうか今回は、力添えをお願いできますか?」


「アスタにそうまで言っていただけて、誇らしく思わないかまど番は存在しないことでしょう。お気遣いはありがたく思いますが、どうぞお気になさらないでください」


 髪を短く切りそろえて、胸もとから足もとまでを隠す一枚布の装束を纏ったフェイ・ベイム=ナハムは、これまでと変わらない厳格な面持ちでそのように答えた。

 だけどやっぱりその眼差しには、これまでと異なるやわらかな光も宿されているように感じられる。シーラ=ルウやヴィナ・ルウ=リリンがそうであったように、やっぱりフェイ・ベイム=ナハムも婚儀を挙げることで何らかの変化を遂げていたのだった。


「それにわたしはトゥランにおける仕事についても、なんら責任のある仕事を任されることがありませんでしたので……それをありがたく思うのと同時に、どこか口惜しいものも感じていました。このたびの仕事で、そんな無念の思いも解消されるかと思います」


「ありがとうございます。フェイ・ベイム=ナハムに力添えをいただけたら、心強い限りです」


 俺はフェイ・ベイム=ナハムにも笑顔を届けてから、あらためてその場に集った精鋭たちを見回した。


「ダカルマス殿下は試食会で優勝した人間として、ジェノスの料理人に規範を示してほしいと仰っていました。もちろん俺も、ジェノスのために力を尽くしたいという思いはありますが……それはあくまで、結果論だと思っています。まずは、祝宴に集まる人たちと喜びを分かち合えるように、みなさんのお力をお借りしたいと考えています」


「……それは言わば、森辺に美味なる料理を広めたのと同じようなものなのでしょうね」


 厳粛なる面持ちで、スフィラ=ザザはそう言った。


「美味なる料理を口にすれば生きる喜びが増して、いっそうの力をふるえるようになる。アスタはそのような言葉とともに、美味なる料理を森辺に広めたわけですが……それもきっと、結果論というものに含まれるのでしょう」


「はい。結果論というか、自己正当化であるのかもしれませんね。俺が一番重んじているのは、目の前の相手を喜ばせたいという思いです。そこに尽力することに、大義名分が必要であったのですよ」


「ええ。それはまぎれもなく、大義であるのでしょう。人を喜ばせたいという思いに大義を重ねられるなら、それほど得難い話はないかと思われます」


 そう言って、スフィラ=ザザは穏やかに目を細めた。


「このたびも、祝宴に集まった人々を喜ばせることが、ジェノスの明るい行く末に繋がっているということですね。であれば、血族の祝宴と同じように、ただ力を尽くしたく思います」


「ありがとうございます。森辺の祝宴と同じように力を尽くしてもらえたら、それが一番です。みなさんも、どうぞよろしくお願いします」


 数多くのかまど番たちが、笑顔で「はい!」と答えてくれた。

 物怖じする気配は、皆無である。彼女たちの半数はこれから初めて新しい食材を目にするので、そちらへの期待感も上乗せされているのだろう。彼女たちは、誰もが純真で、かまど仕事に大きな熱意を持ってくれているのだ。彼女たちがこれだけ心強いからこそ、俺もダカルマス殿下の無茶な要請をお断りせずに済んだのだった。


「でも……城下町の商売については、いったん先延ばしにするしかないのでしょうね」


 と、レイナ=ルウがいくぶん口惜しそうにそんなつぶやきをもらした。


「わたしたちは祝宴のあとも、しばらくは新たな食材の研究に取り組まなければなりませんし……城下町で屋台を出すならば、新たな食材を使うべきなのでしょうしね」


「うん。宿場町の屋台でも、それは同様だろうしね。うかうかしてると、他の屋台に先を越されちゃうだろうからさ」


「試食の祝宴には、宿場町の方々も招かれるのですものね。きっとナウディスなどは、新たな食材でさぞかし素晴らしい料理を作りあげることでしょう」


 ナウディスは、かつての試食会で俺とヴァルカスに次ぐ第3位の成績であったのだ。レイナ=ルウの気迫の炎が、いっそう激しく燃えさかったようであった。


「わたしもまずは、宿場町の屋台に注力しようかと思います。そしてその前に、まずは試食の祝宴ですね」


「うん。それじゃあみんなに食材の説明をしながら、同時進行で詩作品の調理も進めていこうか。時間は、限られてるからね」


 そうして俺たちは、大いなる熱意をもってその日の仕事に取り組むことに相成ったのだった。


                  ◇


「……それでできあがったのが、こちらの料理というわけですね」


 時は過ぎて、晩餐の刻限である。

 その日の晩餐は、サリス・ラン=フォウとアイム=フォウ、サリス・ラン=フォウの伴侶とバードゥ=フォウ、それにユン=スドラとライエルファム=スドラの6名をお招きすることになった。もともと日中に留守番を頼んでいる関係から、サリス・ラン=フォウたちを晩餐に招待する機会が増えていたのだ。それでさらに本日はユン=スドラにも手を借りて、日中に考案した料理の試食をお願いしたわけであった。


「これは確かに、目新しい味わいだ。それに、きわめて美味であるように思うぞ」


 バードゥ=フォウが感心しきった面持ちでそのように告げると、彼の子でもあるサリス・ラン=フォウの伴侶が「そうですね」と笑顔で同意した。


「これを森辺の祝宴で出されても、文句をつける人間はいないでしょう。たった1日でこのような料理を仕上げるなんて、アスタはさすがですね」


「いえいえ。研究を手伝ってくれた方々のおかげです。それに今日の晩餐でお出ししたのは、森辺の民でも抵抗なく口にできそうな献立ばかりですしね」


「では、我々が忌避しそうな料理も存在するのだろうか?」


「うーん。基本的には、身分を問わずに美味しいと思ってもらえるような料理を目指していますけれど……たとえば、ギバ肉を使わない料理なんかだと、忌避される可能性も出てきてしまうのでしょうしね」


「そうだろうか? フォウの家でも最近はマロールやジョラなる食材が使われることが多いし、それを忌避する人間もおらんぞ。そういった食材には、ギバ肉にはない滋養が存在するという話であったし……確かにこちらも、これまで以上の力を授かったような心地であるしな」


「ええ。それに何より、美味ですからね」と、サリス・ラン=フォウの伴侶も笑顔で言葉を添えた。


「もはや俺たちが望まないのは、キミュスやカロンといったギバならぬ獣の肉ぐらいであるのでしょう。そちらにも、ギバとは異なる滋養が存在するのかもしれませんが……でもやっぱり、なるべくならばギバの肉で腹を満たしたいと思います」


「うむ。さすがに銅貨を出してまで、ギバならぬ獣の肉を買おうとは思えんな」


 そんなやりとりも、ごく穏やかな調子で交わされている。

 そしてバードゥ=フォウは、とても優しげな面持ちでアイム=フォウの頭を撫でた。


「幼き頃から美味なる料理を食しているお前は、きっと我々よりも強き狩人に育つことだろう。しっかり食べて、立派な狩人を目指すのだぞ」


 汁物料理をすすっていたアイム=フォウは、はにかみながら「うん」とうなずく。ルウ家とはまた趣の異なる、アットホームな様相だ。それを見守るアイ=ファも、とても穏やかな眼差しであった。


「アイ=ファは、どうだろう? 気になることがあったら、遠慮なく聞かせておくれよ」


「私が遠慮などをする理由はなかろう。……本日は、あのギラ=イラなる香草も使われていないようだしな」


「あはは。やっぱりギラ=イラは、ちょっと手ごわそうだからさ。今回は、見送ることにしたんだよ。でもいつか、ギラ=イラだって使いこなしてみせるさ」


「……べつだん、すべての食材を余すところなく使う必要はなかろう」


 極度な辛みを忌避するアイ=ファは、つんとそっぽを向いてしまう。

 すると、静かに食事を進めていたライエルファム=スドラが発言した。


「それにしても、200名もの人間を集めるというのは大層な話だな。森辺の民も、その人数に含まれているのであろうか?」


「あ、はい。あちらでは160名ていどに収める予定なので、森辺のかまど番と付き添いの狩人は20名ずつで如何かという話でしたね。それよりも人手が必要な場合は、その分も宴料理を追加で準備するべし、という話であるようです」


「ではまた、城下町に向かう森辺の民のすべてが祝宴にまで招かれるわけか。そちらも、大変な苦労だな」


 ライエルファム=スドラが肩をすくめると、バードゥ=フォウが笑いを含んだ視線を向けた。


「ライエルファム=スドラは、いまだに城下町の祝宴に参じたことがなかったのだったな。これを機に、顔を出してみてはどうだ?」


「何を言っている。バードゥ=フォウこそ、そのような役目を担ったことはなかろう? 親筋の家長を差し置いて、俺が出しゃばる理由はあるまい」


「しかしライエルファム=スドラは、血族きっての知恵者であるからな。ライエルファム=スドラが参ずればアスタの助けにもなろうし、貴族の面々ともいっそう交流が深まるのではなかろうか?」


「それこそ、大それた話だ。族長たちとて祝宴には長兄を出向かせているのだから、俺のような年寄りの出る幕はなかろう。アイ=ファやガズラン=ルティムさえいれば、アスタが困ることもあるまい」


 すると、そっぽを向いていたアイ=ファが厳粛なる面持ちで会話に加わった。


「バードゥ=フォウの言う通り、ライエルファム=スドラが参じてくれれば心強い限りだ。しかしまた、ライエルファム=スドラはドンダ=ルウやグラフ=ザザと同様に、森辺の民の根の部分を支えてくれている。この上、枝葉の役割まで担わせるというのは心苦しいところだ」


「ふむ。アイ=ファは城下町における交流を、枝葉の役割と見なしているのだな」


 バードゥ=フォウが興味深げに問いかけると、アイ=ファは同じ面持ちのまま「うむ」と首肯した。


「それはべつだん、どちらが立派という話ではない。枝葉が陽光を浴び、根が地中の滋養を吸うことで、樹木は生きているのであろうからな。どちらをおろそかにしても、我々は立ち行かないはずだ。そしてライエルファム=スドラはとりわけ立派な根の1本であるのだから、これ以上の心労を負わせるのは忍びなく思う」


「アイ=ファにそうまで言ってもらえるのは、光栄な限りだな」


 ライエルファム=スドラがくしゃっと微笑むと、アイ=ファも優しい眼差しで「うむ」とうなずいた。


「私などは、枝葉の役目も人並みにはこなせていない。根と枝葉の役割をともに果たしているダリ=サウティやガズラン=ルティムなどは、本当に大したものだと思うぞ」


「アイ=ファとて、城下町では大層な役目を果たしているようではないか。年若き貴婦人とかいうやつは、みんなアイ=ファに夢中なのであろう?」


 ライエルファム=スドラの冗談めかした言葉に、アイ=ファはじっとりとした目をユン=スドラに向ける。気の毒なユン=スドラは、トゥール=ディンのように小さくなってしまった。


「わ、わたしはその……城下町の様相を余すところなく家人に伝えなくてはなりませんので……」


「それにユンは、アイ=ファがその器量に相応しい扱いを受けていることを誇らしく思っているようなのだ。決してアイ=ファを揶揄する気持ちではないので、容赦を願いたく思うぞ」


 心優しきライエルファム=スドラのフォローに、アイ=ファはまた「ふん」とそっぽを向いてしまう。そのさまに、サリス・ラン=フォウがくすくすと笑った。


「わたしもそういった話を耳にするたびに、誇らしい気持ちでいっぱいよ。かなうことなら、アイ=ファが城下町でどれだけ立派な姿をしているか見届けたいところだわ」


「……では、サリス・ラン=フォウも城下町に参じてみてはどうだ?」


「だってわたしには、アイムがいるもの。よければいつか、城下町の宴衣装というものを森辺に持ち帰ってくれないものかしら?」


「あのように滑稽な姿を、森辺でさらしたいと思うわけがなかろう。……ユン=スドラも、異存はあるまいな?」


「は、はい! あれは確かに立派な宴衣装ですけれど、森辺には不似合いだと思われます!」


 ユン=スドラはぴょこんと背筋をのばして、そのように応じた。

 ライエルファム=スドラは好々爺のごとき面持ちで、「そうか」と笑う。


「アスタの作りあげる宴料理は森辺でも城下町でも大きな違いはないという話だが、宴衣装はそうもいかないようだな。俺もユンの立派な姿を目にできないことだけは、残念に思っているぞ」


「わ、わたしなんて、それこそ滑稽です。アイ=ファぐらい立派な女衆でなければ、あのようなものは着こなせないのです」


「そんなことはないと思うけどなぁ」と俺がつい本音をこぼすと、ユン=スドラに赤い顔でにらまれてしまった。


「ともあれ、このたびはひさびさの大役だな。つい先月にも、闘技会の祝賀会という場で宴料理の準備を申しつけられていたが……あれは、ルウの次姉が取り仕切っていたのだしな」


 バードゥ=フォウが話題の軌道修正をしてくれたので、俺はユン=スドラにおわびの笑顔を送ってから「そうですね」と応じてみせた。


「トトスの早駆け大会でもそれは同様でしたし、『麗風の会』というお茶会ではトゥール=ディンが主役でしたからね。俺が城下町の祝宴で仕事を取り仕切るのは、それこそ貴き身分の客人がたを見送る送別の祝宴以来だと思います」


「そう考えると、やはりジェノスの貴族たちはアスタに無用の苦労をかけないように慮ってくれているのだな。ただ、余所の客人が絡んでくると、そうもいかなくなるというわけか」


「ええ。何せ、南の王家にゲルドの貴人に、西の王都とバナームの貴族ですからね。今さらながら、ものすごい顔ぶれだと思います」


「そんな身分の者たちに腕を見込まれるというのは、大した話だ。俺も根として支えたく思うので、どうかアスタも無理のない範囲で力を尽くしてもらいたい」


「はい。おまかせください」


 俺が笑顔で答えると、バードゥ=フォウも力強く笑ってくれた。

 そうして俺はさまざまな人々からエールをいただいて、ひさびさの大仕事に立ち向かうことに相成ったのだった。

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