再会の晩餐会②~心尽くし~
2023.7/22 更新分 1/1
「あらためまして、おひさしぶりですな、アスタ殿! それに、他なる方々も! どなたも息災なようで、心より嬉しく思っておりますぞ!」
ダカルマス殿下は満面の笑みで、そのように言葉を重ねた。
本日は、10名掛けのテーブルが4つも準備されている。そして、その片面に貴き身分の方々が着席し、森辺の民が横一列で相対する格好であった。
俺とアイ=ファが向かい合うのは南の王都の一団で、ダカルマス殿下、デルシェア姫、使節団団長ロブロス、戦士長フォルタ、書記官で、きっちり5名だ。俺とアイ=ファの左右に並んだのは、トゥール=ディンとゼイ=ディン、そしてララ=ルウという顔ぶれであった。
向かって右側のテーブルには、マルスタイン、メルフリード、エウリフィア、オディフィアというジェノス侯爵家の面々とアラウトが並んでいる。それと相対するのは、ゲオル=ザザ、スフィラ=ザザ、ユン=スドラ、という顔ぶれだ。そして、森辺の側の空いた席には、ポルアースの上官たる外務官の男性もちょこんと控えていた。
向かって左側のテーブルには、アルヴァッハ、ナナクエム、プラティカ、ピリヴィシュロというゲルドの面々に、フェルメスが加えられている。それに対するは、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、レイナ=ルウ、リミ=ルウ、マイムというルウの血族であった。
さらにその向こう側では、ティカトラス、ヴィケッツォ、デギオン、ポルアース、オーグという面々に、ダリ=サウティ、サウティ分家の末妹、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアという顔ぶれが割り振られている。貴族の側も森辺の側も、なかなか取り留めのない組み合わせであった。
「本日はあくまでアスタ殿とトゥール=ディン殿の手腕を楽しむ晩餐会ということで、このような席順にさせていただきました! 食後の歓談の時間には、他の方々とも存分に交流を深めさせていただきたく思っておりますぞ!」
ダカルマス殿下は、そのように語っていた。
まあそもそも、ジャガルの王族が森辺の民を気にかける理由はないのだ。このような晩餐会に大人数の森辺の民が招待されるだけで、普通はなかなかありえない話なのであろうと思われた。
さらに言うならば、この場にゲルドの面々を同席させるいわれもないはずだ。しかも、ティカトラスたちを端の席に追いやってまで隣のテーブルに座らせるというのは、ずいぶん意想外の試みであった。
(新しい食材にまつわるお披露目会や試食会だったら今後の交易にも関わってくるから、アルヴァッハたちを招待せざるを得ないだろうけど……今日はどういう思惑があって、アルヴァッハたちを招待したんだろう?)
俺はそのような疑念を抱いたが、まあ正面きって問い質すのははばかられることだ。それに、アルヴァッハたちが同席してくれるというのは俺にとっても嬉しい話なのだから、文句をつけるいわれもなかった。
「そうそう! ジェノスが邪神教団にまつわる災厄の痛手から完全に脱したというお話は、すでにジェノス侯から聞き及んでおりますぞ! ダレイムの畑も復興して、すべての食材を過不足なく扱えるようになったそうで! まったくもって、何よりでありましたな!」
ダカルマス殿下がそのように言いたてると、マルスタインが隣のテーブルから如才なく応じてきた。
「我々が邪神教団の脅威を退けることがかなったのも、ダカルマス殿下のご裁量があってのことです。そのご恩を忘れたことは、片時もありません」
「いえいえ! わたしなどは、ひとりで眉を吊り上げていたに過ぎませんからな! すべてはジェノスの方々の勇気ある行いゆえでありましょう!」
ダカルマス殿下はそのように語っているが、ジェノスの軍勢がジャガルの領内に存在する邪神教団の本拠に攻め入ることがかなったのは、ダカルマス殿下が王家の権限で許可を出してくれたおかげであるのだ。それを考えれば、ダカルマス殿下はジェノスにとって大恩人であるわけであった。
しかし、ダカルマス殿下に恩を着せようという気配は微塵も感じられない。きっとダカルマス殿下は、何より畑の復興を喜んでいるのだろう。その豊かな髪と髭に覆われた厳つい顔には、子供のように純真な笑みだけがたたえられていた。
「ではさっそく、アスタ殿の手腕を味わわさせていただきましょう! アスタ殿、よろしいでしょうかな?」
「承知しました。それじゃあ、よろしくお願いします」
俺のそばに控えていた小姓が恭しく一礼して、他の小姓らに合図を送る。そうして手押しのワゴンによって、数々の料理が運ばれてきた。
「すべての料理をいっぺんに出すと冷めてしまうかと思い、3種ずつに分けることにしました。6種の料理に、2種の菓子という内容ですね。お楽しみいただけたら幸いです」
菓子を含めて6種のフルコースというのはあくまでジェノスの作法であったため、俺はそちらの定型にこだわらない献立を準備している。ダカルマス殿下は期待にあふれかえった面持ちで「左様でありますか!」と声を張り上げた。
「いかなる料理が披露されるのか、楽しみでなりませんな! おお、さっそく芳しい香りが漂ってまいりましたぞ!」
「はい。前半は、タウ油やミソを基調にした献立になります」
本日の主賓はあくまでジャガルの方々なので、まずはそちらから攻めることにしたのだ。なおかつ、念入りに紹介したいメライアの食材も、そういった調味料と相性がよろしいのだった。
そんなわけで、最初に供するのはネルッサの肉巻き、ドーラの炒め物、アールのリゾットというラインナップになる。いずれもメライアの食材を手に入れた当初に開発した献立で、それをさらにブラッシュアップした内容であった。
レンコンに似たネルッサは細切りにして、ギバのバラ肉で巻いている。その内側には大葉に似たミャンと薄切りにしたギャマの乾酪も仕込まれており、味付けはタウ油ベースのタレだ。
カブに似たドーラの炒め物は、ドーラだけ生鮮のまま扱うバージョンを採用した。ギバのロースとアリアやマ・プラといった具材はミソダレで焼きあげ、最後に薄切りの生鮮ドーラを和えた品である。さらにはフェルメスのために、そちらはギバ肉ではなくツナフレークに似たジョラの油煮漬けを使用したものも準備した。
栗に似たアールのリゾットは、アマエビに似たマロールとシイタケモドキが具材であるので、最初からフェルメスも食せる内容となる。最初のふた品がそれなりにどっしりしているので、こちらは多少ながら優しい味わいを目指していた。
「食事の量は人それぞれでしょうから、おかわりもたっぷり準備しています。後半の3種も味わっていただいたのちに、それぞれの加減で追加をお願いします」
「おお! さすがアスタ殿は、ぬかりがないですな! それでは、さっそくいただきますぞ!」
ダカルマス殿下は嬉々として、食器を取り上げた。可愛らしい準礼装の姿をしたデルシェア姫も無邪気な笑顔、ロブロスとフォルタは厳粛な面持ち、そして書記官はひかえめな笑顔であった。
ダカルマス殿下が最初に選んだのは、ネルッサの肉巻きだ。
それなりのサイズである肉巻きをひと口で頬張ったダカルマス殿下は、まず大きく目を見開いてから、それを糸のように細めた。
大きな口で念入りに咀嚼して、吞みくだす。しかるのちに、ダカルマス殿下は「素晴らしい!」と声を張り上げた。
「メライアの食材は南の王都にもわずかながらに届けられておりましたが、我が屋敷の料理長たちもこうまで見事には扱いきれておりません! ギバの胸肉も、乾酪も、香草も、すべての具材がおたがいの味わいを引き立て合っているかのようですな! それに何より、ネルッサの食感と調味液の味わいが素晴らしい! 焼き加減も、完璧です! これは……美味ですぞ!」
最後の最後でその言葉を聞けて、俺はほっとした。どのような料理に対しても文句はつけないダカルマス殿下であるが、「美味」という言葉は本当に気に入った料理にしか使用しないようであるのだ。
いっぽうデルシェア姫も、光り輝くような笑顔になっている。こういう場では髪をほどいて姫君らしい様相になるので、可愛らしさも倍増だ。そのエメラルドグリーンの瞳が、真っ向から俺を見つめてきた。
「送別の祝宴においても、これらと同じ料理が供されておりましたよね! でも、あのときよりもさらに素晴らしい味わいです! アスタ様の料理を口にするのはひさびさですので、そのぶん舌が喜んでいるという面もあるのでしょうけれど……きっと、それだけが原因ではないですよね?」
最後の問いかけは、ロブロスたちに向けられたものである。ロブロスは厳粛なる面持ちのまま、「左様ですな」と首肯した。
「あの日にいただいた料理の記憶は、吾輩の心にも鮮明に刻みつけられております。こちらはそれよりも、さらに鮮烈な味わいでありましょう」
「やっぱり、そうですよね! でも、具材はまったく変わっていないようですし、調味液にも大きな変化は感じないのですが……それでどうして、このように味が向上しているのでしょう?」
「調味液は、多少ながら配合に手を加えています。隠し味に魚醤やミャンツを加えてみたのですよね」
「魚醤とミャンツ! 言われてみれば、この鮮烈さは香草のもたらすものであるのでしょう! 正解を明かされるまで気づくことのできなかった自分の迂闊さが、呪わしいです!」
そんな風に語ってから、デルシェア姫はいっそう瞳を輝かせた。
「やっぱりアスタ様は、わずか2ヶ月半ていどでこうまではっきりと料理の質を向上させることができるのですね! 心から、感服いたします! こちらの料理は、とても美味です!」
「ありがとうございます」と、俺も心からの笑顔を返すことができた。
顔色ひとつ変えないアルヴァッハたちの反応も、俺はとても好ましく思っている。だけどやっぱり、こうまで明け透けに好意的な感情をぶつけられるというのは、嬉しいものだ。ゲルドの面々と南の王家の面々は、まったく逆方向から俺に喜びの思いをもたらしてくれるようであった。
そんなアルヴァッハたちは、隣のテーブルで黙々と食事を進めている。少しでも変化がうかがえるのは、瞳を輝かせるピリヴィシュロのみだ。左の側にはピリヴィシュロ、右の側にはオディフィアで、俺はここでも左右から心を和まされるような気分であった。
「ううむ! こちらのドーラの料理も、素晴らしい! 基本の味付けを濃厚に仕上げることで、ドーラの瑞々しさを際立たせているのですな! もともと素晴らしい料理が、ドーラによっていっそうの高みに引き上げられております! まったくもって、美味ですぞ!」
「本当ですわね! それに、こちらのジョラを使っている料理は、調味液の配合でしっかり味が整えられています! うかうかしていると見逃してしまいそうな変化ですが、これもまた見事な手腕です!」
フェルメスのために準備したジョラの炒め物も、味見ていどに配膳していたのだ。そちらを食したフェルメスも、隣のテーブルから優美な微笑を届けてきた。
「本当に、素晴らしい味わいです。いつもアスタたちには余計な手間をかけさせてしまい、申し訳なく思っているのですが……これほどの喜びを授かってしまうと、気遣いは無用という言葉も引っ込んでしまいます」
「あはは。自分はフェルメスにも料理を楽しんでいただきたいと願っていますので、どうぞお気になさらないでください」
「ありがとうございます」と、フェルメスは可憐な乙女のように微笑む。
ティカトラスとは席が離れているため、本日も心を安らがせている様子だ。ゲルドの面々をはさんだ向こう側からはティカトラスの笑い声も聞こえてきていたが、それもこの際は好ましいBGMであった。
「……こちらのアールの料理も、何やら以前より美味しく感じられるようです。わたしなどには、どのような変化であるのか見当もつかないのですが……ともあれ、素晴らしい出来栄えです」
と、こちらのテーブルの末席である書記官も、こっそりそんな言葉を届けてきた。彼やフォルタは王族のみならず、ロブロスの前でもあまり感情がこぼれないように心がけているのだ。しかしその柔和な微笑も、俺の喜びをかきたててくれた。
「ありがとうございます。そちらはすりおろしたホボイを加えたぐらいなのですが、それに合わせて煮汁の材料の分量を見直しています。悪い変化になっていなければ、幸いです」
「悪い変化だなんて、とんでもない!」と、デルシェア姫がすぐさま割り込んでくる。
「こちらに加えらえた香ばしさの正体は、ホボイであったのですね! それがいっそう、煮汁の味わいに深みを与えているのだと思います! こちらの煮汁の材料は、塩とピコの葉とキミュスの骨ガラの出汁、茸の戻し汁と乳脂と白いママリアの果実酒でしたよね?」
「はい、それで合っています。よくすべてを覚えておいででしたね」
「もちろんです! それだけ、素晴らしい味わいであるのですから! わたしも故郷に戻ってからは、キミュスの骨ガラの扱いについてさんざん見直すことになってしまいましたわ!」
デルシェア姫とダカルマス殿下の発散する喜びの圧力で、俺は椅子ごとずり下がりそうな心地であった。こちらの父娘はたいそうな生命力を備えておられるので、それを真正面から叩きつけられるというのはなかなかの大ごとであるのだ。
その圧力を受け止めるのに少しくたびれたら、左右のテーブルに目をやって心を和ませる。可愛らしいオディフィアやピリヴィシュロばかりでなく、黙然と旺盛なる食欲を発揮するアルヴァッハやナナクエム、真剣そのものの面持ちで目を光らせるプラティカ、和やかに語らうマルスタインやエウリフィアの姿なども、俺にとっては一服の清涼剤であった。
それらのテーブルでは、なかなか会話も弾んでいるようである。アルヴァッハが黙りこくっているとナナクエムが能動的に口を開くし、そちらにはルウ家の面々がそろっているため、硬軟おりまぜた対応が可能なようであった。
いっぽうジェノス侯爵家のほうは、ゲオル=ザザが中心になって場を繋いでくれている。ユン=スドラはいくぶん恐縮している様子であったが、料理の解説などを求められた際には物怖じすることなく応じているようだ。そんな中、こちらのトゥール=ディンとあちらのオディフィアは無言のままにちらちらと視線を送り合っていた。
(ダリ=サウティたちは、大丈夫かな。まあ、ティカトラスもそんなおかしな発言をするばかりじゃないから、心配はいらないと思うけど……)
俺がそんな風に考えていると、こちらのテーブルでも初めて俺以外の森辺の民が発言した。
「それにしても、ロブロスたちはジェノスから戻るなり復活祭で、それを終えるなりまたジェノスにいらしたのでしょう? 身体のほうは、お疲れではないですか?」
発言者は、ララ=ルウである。
ロブロスはあらたまった面持ちで、「ふむ」とララ=ルウを見返した。
「そちらはついに、言葉をあらためることに決めたのであろうかな?」
「実は、まだ決めかねています。あまりに不似合いなようでしたら、考えなおすつもりですけれど……実際に及んでみないと、それを見定めることもできませんからね」
ララ=ルウは前々から、貴族に対する態度に関して思案していたのだ。
そうして言葉づかいをあらためるだけで、ララ=ルウはいっそう大人びて見えてしまう。15歳とは思えないような風格まで感じられるほどであった。
「なるほど。吾輩は、わざわざ言葉をあらためる必要はないという考えであったが……存外に、不似合いなことはないように見受けられる」
「ふふ。存外に、ですか」
「いや、失礼。……先刻の問いかけについては、心配ご無用と答えさせていただこう。吾輩は使節団の団長であるため、故郷を離れている時間のほうが長いのが、常である」
「それは大変な生活ですね。自分には、とうてい真似できません」
「真似をする必要はなかろう。すべての人間が故郷を離れては、生活が立ち行かない。大半の人間が故郷を守り、一部の人間が外界にて交流に励む。それこそが、正しき王国のありようである」
ロブロスの言葉を噛みしめるように、ララ=ルウは「なるほど」とうなずいた。
そんなララ=ルウの姿を、トゥール=ディンがぽうっとした目つきで見守っている。トゥール=ディンこそ、誰が相手でも丁寧な物腰を崩さない少女であるが――このように堂々とした態度には、憧憬に似た思いを抱くものであるのかもしれない。なおかつ、トゥール=ディンは幼げで、ララ=ルウは大人びているが、年齢の差はたった3歳であるのだった。
「本来であれば、このように急いでジェノスを往復していただく理由はなかったのですが! 一刻も早くジェノスに新たな食材をお届けしたかったため、ロブロス殿にはいらぬ負担をかけてしまいました!」
と、しっかり聞き耳を立てていたダカルマス殿下が、笑顔で割り込んだ。
「ロブロス殿には申し訳ない限りです! しかし! きっとアスタ殿を筆頭とするジェノスの方々は、そんな苦労を帳消しにする喜びを授けてくださることでしょう! わたしなどはこのひとときで、すべて報われたような心地でありますからな!」
「もったいなきお言葉でございます」と、ロブロスはダカルマス殿下に向かって一礼する。フォルタや書記官は、内心を隠したつつましい表情だ。
「ではそろそろ、次の料理をお持ちしましょうか。そちらも気に入っていただけたら幸いです」
俺の合図で、小姓たちが一斉に動き始める。とたんに、ダカルマス殿下は瞳を輝かせた。
「最初の3品は、メライアの食材を軸にしておられましたな! 残る3品は、どういった趣向であるのでしょう?」
「はい。とりあえずは、南の王都とゲルドと、それにバルドという地の食材を意識して、献立を決めました」
「ほうほう! バルドとは、西の王国の中央部に位置する、内海で有名な地でありましたな!」
「はい。交易が拡大されるなら、こちらもよりさまざまな食材の素晴らしさをお伝えするべきかと考えた次第です」
そんな説明をしている間に、新たな料理が配膳されていく。
俺はそれらを口にする前に、ざっくり説明をしておくことにした。
「まず汁物料理は、バルドのアネイラという燻製魚で出汁を取り、マロマロのチット漬けや魚醤を主体にした調味液で味を作っています。具材は、ユラル・パ、ファーナ、ドルー、ティンファ、レミロム、ジャガルの茸となりますね。それに、ジョラとギバ肉を加えたものをそれぞれ準備しています」
ツナフレークに似たジョラの油煮漬けはつなぎにポイタンを混ぜ込み、小さく平たい形に成形したものの表面を軽く焼いて、スープに投じている。いっぽうギバ肉は、しっかり脂もひっついたモモ肉だ。これはむしろ、森辺の同胞のためにギバ肉のバージョンも準備した格好であった。
「肉料理はタウ油を主体にした調味液に、シィマのすりおろしとボナとミャンツを添えています。後掛けにしましたので、お好みの分量をどうぞ」
肉料理は、ゲルドの面々を歓待した晩餐会でもお披露目した、ギバ・タンのハンバーグである。これはべつだんアイ=ファに忖度したわけではなく、おろしそワサビをイメージしたトッピングにもっとも相応しいだろうという思いに従ってのことだ。添え物の野菜は、素揚げにしたチャッチとネェノンとレミロムであった。
「野菜料理は、以前にもお出ししたジョラとマ・ティノの料理に改良を加えたものとなります」
レタスのごときマ・ティノを主体にした生野菜サラダに、ツナマヨをイメージしたジョラのマヨネーズ和えを添えている。マヨネーズにピーナッツオイルに似たラマンパの油を使うとなかなか風変わりな仕上がりになったので、それを採用した次第であった。ラマンパの油の甘い風味が、なかなか生野菜にマッチするようなのである。
「あ、あと、汁物料理の添え物として、焼いたフワノも準備しました。こちらはバナームの黒いフワノを使っていて、細かく砕いたアールを練り込んでいます」
黒いフワノは食感も軽やかであるので、リゾットを食した後の添え物には相応しいことだろう。それに俺としては、メライアばかりでなくバナームの食材も交易でより活用されることを願う身であった。
「うむ! 素晴らしい! こちらの汁物料理には、鮮烈さと繊細さが同じだけ感じられますな!」
ダカルマス殿下は、まずそのように言いたてた。
「鮮烈な味わいであるのは、マロマロのチット漬けや魚醤の恩恵でありましょう! ですが、これだけ鮮烈な味わいでありながら、飲み口も後味もどこか清涼に感じられるのです! 深みはあるのに咽喉ごしはやわらかく、魚介の旨みがじんわりとしみわたっていくかのようです! これはきっと、出汁からもたらされる恩恵なのでしょうな!」
「はい。森辺においては魚介の乾物の研究が進められていて、最近では色々な組み合わせを試しているのですが……乾物を一種に絞ることで、素材そのものの風味を際立てることができるかと思われます」
アネイラの乾物というのは、あごというトビウオの乾物と似た風味を有している。しかし、西の王都から届けられる貝類などの出汁と合わせると、そちらの風味に負けてしまいがちであったため、今回はあえてアネイラの美点を活かそうと思いたったのだった。
「こちらの肉料理も素晴らしいですけれど、わたしはレミロムの味わいに驚かされてしまいました! こちらのレミロムには、どのような細工がされているのでしょう?」
デルシェア姫は、そのように声を張り上げた。
レミロムもまたバルドの食材であり、ブロッコリーに似た野菜である。
「そちらのレミロムは、レテンの油で素揚げにしたものに、塩をふったのみとなります」
「えっ! それだけで、レミロムがこれほど立派に仕上げられるのですか?」
「はい。レミロムもさまざまな料理で活用されていますが、普段はあまり気をひかれることもありませんよね。素揚げにすると食感も変化して、また異なる美味しさを楽しめるかと思います」
ギバのラードやゴマ油に似たホボイ油で仕上げると、レミロムの素揚げもまた格別な味わいとなる。しかし、さっぱり仕立てのおろしそハンバーグに調和するのはレテンの油であったし、レテンの油であればジャガルにも流通しているという思惑もあった。故郷で再現できるほうが、南の王都の方々もより強い興味を抱くだろうという計算である。
「黒いフワノというのは、やはり食感が素晴らしいですね。アールのほのかな甘みが、不思議と汁物料理の辛みにも合うようです」
ひかえめな笑顔で、書記官はそのように告げてくる。彼らもこれまで黒フワノを食する機会には事欠かなかったであろうが、こういうシンプルな仕上がりは初めてであるのかもしれなかった。
「黒いフワノはそばや饅頭の皮として活用されることが多いですが、普通に焼きあげたほうが白いフワノとの差を感じやすいのでしょうね。白いフワノと黒いフワノは、それぞれ取り替えのきかない魅力を持っているものと思われます」
「……其方はバナーム侯爵家からのご依頼で、こういった料理を準備したのであろうかな?」
ロブロスが、わずかに押しひそめた声でそのように問うてくる。それだけ声をひそめれば、隣のテーブルのアラウトには聞こえないはずであった。
「いえ。ここ最近は、そういうご依頼も受けてはおりません。でも、自分にとってもバナームの方々は大切な存在ですので、そちらでも交易が広がればありがたいなという思いはあります」
「なるほど。ジェノスとバナームは、悪縁を乗り越えて確かな絆を結んだのであろうからな」
傀儡の劇を何度か目にしているロブロスは、しかつめらしく首肯した。スン家の大罪人に害されたかつての使節団の団長こそが、アラウトやウェルハイドの父親なのである。
「わたしたちは、ウェルハイド様の婚儀にも招待されておりますものね! わたしも故郷で黒いフワノをぞんぶんに取り扱えるようになることを切に願っていますわ!」
「うむ! これだけ素晴らしい食材であれば、売れ残ることもなかろうしな!」
王家の父娘がそのように騒ぐと、さすがに隣のテーブルまで伝わったらしい。真剣な面持ちをしたアラウトが遠い席から一礼してきたので、俺は笑顔を返すことにした。
「それにしても、どれもこれも素晴らしい出来栄えでありますな! この数ヶ月で生じた心の穴が、見る見る間に満たされていく心地です! 本日の料理はいずれも美味ですぞ、アスタ殿!」
「ありがとうございます。よろしければ、追加の分もお楽しみください」
「ああ! 先の3種も追加をお頼みできるのでしたな! これほど見事な料理尽くしですと、どれから追加するべきか頭を抱えてしまいますぞ!」
「わたしもです! でもきっと、すべての料理を追加することになってしまうのでしょうね!」
ダカルマス殿下とデルシェア姫は、幼子のようにはしゃいでいる。
これだから、それなり以上に無茶な要求をされても、俺はなかなか彼らを憎めないのである。ダカルマス殿下とデルシェア姫はジャガルの王族に相応しく、南の民の美点を凝り固めたかのようなお人柄であったのだった。
そこで俺は、ふっと左手側のテーブルに視線を飛ばしてみる。
そちらでは、アルヴァッハとプラティカが小声で何か語らっていた。会話の内容までは聞こえてこないが、どうやら母国語であるようだ。アルヴァッハの隣にはフェルメスも控えているが、なかなか俺に料理の感想を伝えるタイミングが巡ってこないため、おたがいの熱情をぶつけあっているのかもしれなかった。
俺がしばらくそのさまを見守っていると、アルヴァッハの隣でせわしなく匙を動かしていたピリヴィシュロと視線がぶつかる。幼きピリヴィシュロは慌てて背筋をのばすと、口もとを隠しながら一礼してきた。
やっぱり東の方々も、南の方々に負けない勢いで俺の心を満たしてくれるようだ。
そんな風に考えながら、俺はピリヴィシュロに笑顔を返すことにした。




