再会の晩餐会①~下準備~
2023.7/21 更新分 1/1
そうして新たな食材のお披露目会を終えた森辺の一行は、晩餐会の会場である紅鳥宮へと移動することになった。
時刻は、下りの一の刻の半ていどである。懐かしい面々と交流したり、新たな食材について細かい説明を受けたりしている間に、それだけの刻限になってしまったのだ。本日の晩餐会もなかなかの人数であったため、このかまど番の人数でもあまりゆっくりはしていられなかった。
「何せ今回は、かまど番も全員参席するように申しつけられてるからね。まあ、みんなとしても異存はないんだろうけどさ」
「もちろんです。貴族の方々と同席するのはいささか気が張ってしまいますが、アスタの準備する料理を余すところなく味わえるのですからね」
ユン=スドラは、笑顔でそのように言っていた。
森辺のかまど番が晩餐会や祝宴に参席せず、別室で食事をとるときは、手間のかからない料理だけを多めに作って食することになるのだ。前回のゲルドの面々をお迎えした晩餐会でも、そのような措置が取られていた。
「でも、前回と今回の差って、何なんだろうね? やっぱりそれは、ダカルマスとアルヴァッハの気性の違いが原因なのかな?」
そのような疑念を呈したのは、ララ=ルウである。5日と空けずに晩餐会が開かれたため、そういった相違が気にかかる様子であった。
「確かにまあ、森辺のかまど番に対する熱意っていうものは、ダカルマス殿下のほうがやや高めなのかな? 名指しで招かれたのは、試食会に参加した8名なわけだしね」
「そうだよね。でも逆に言うと、森辺の民に対する興味が強いのはアルヴァッハたちのほうじゃない? あっちは腕のいいかまど番ばかりじゃなく、森辺の民そのものに興味が強いみたいだからさ」
「ああ、確かに。それならこれは、熱情の度合いじゃなくつつましさの度合いが反映されてるのかな。ジェノスの貴族たちも、森辺の民の招待客は少人数のほうがかまど番の労力が減るっていう助言をしてくれそうだからね」
「ふんふん。アルヴァッハたちはそういう助言を聞き入れるけど、ダカルマスの場合はかまど番を招待したいっていう思いが抑えられないわけか。あたしとしても、それが一番しっくりくるかなー」
すると、笑顔でアイ=ファの腕を抱きすくめていたリミ=ルウがくりんと姉のほうを振り返った。
「理由なんて、なんでもいーよ! リミはアイ=ファと一緒にいられるだけで、嬉しいなー!」
「はいはい。せいぜい近くの席に座れるように、祈っておきな」
ララ=ルウは苦笑しながら腕をのばして、妹の頭をつんとつついた。
確かにまあ、この場でそのような話に頓着しているのはララ=ルウぐらいであるのだろう。外交役として余念のないララ=ルウに、俺は感心するばかりであった。
「ララ=ルウは、ロブロスとの再会を楽しみにしてたもんね。そっちも席が近いといいね」
「うん。でも、どうせ5日後には試食会だからね。その後もひと月以上は居残ろうってんだから、何も焦る必要はないさ」
ダカルマス殿下は、雨季の食材を味わうのだと公言していた。となると、雨季に入ってから半月ばかりはジェノスに居残る必要が生じるのだ。それはすなわち、昨年のアルヴァッハたちが辿ったスケジュールでもあった。
「今日は茶の月の8日であるのだから、雨季までまだひと月ばかりはあろう。そこからさらに半月と考えると……先は長いな」
と、アイ=ファはひとり嘆息をこぼす。リミ=ルウは「あはは!」と笑いながら、その腕をいっそうきつく抱きすくめた。
「ティカトラスたちも居残るんだったら、アイ=ファたちは大変だねー! でも、一緒にがんばろーね!」
「うむ。苦労を分かち合える友と同胞の存在は、何より得難く思うぞ」
アイ=ファが優しい眼差しになって赤茶けた髪を撫でると、リミ=ルウは「えへへ」と嬉しそうに笑った。
そんなこんなで、トトス車は紅鳥宮に到着する。貴賓館で身を清めていたためか浴堂は免除となり、厨に直行だ。
「それじゃあユン=スドラ、そっちの取り仕切り役をお願いするね」
かまど番の総勢は11名という半端な人数であったが、作業効率を上げるために今回も2班に分かれる手はずになっている。その片方の取り仕切り役をお願いしたユン=スドラは「はい」と応じてから、少しだけもじもじとした。
「でも……本当にわたしが取り仕切り役でいいのでしょうか? レイナ=ルウを差し置いてそのような役目を担うのは、差し出がましいように思えてならないのですが……」
「いえ。このたびお声をかけられたのはアスタとトゥール=ディンなのですから、ここは普段からアスタの仕事を手伝っているユン=スドラに取り仕切っていただくのが相応であるかと思います」
きりりと引き締まった面持ちで、レイナ=ルウはそのように言った。
「また、ルウ家はルウ家で独自に仕事を依頼される機会も増えましたため、こういう際には他の氏族に大きな役目をおまかせするべきでしょう。ファとルウばかりが出張ってはいけないというのが、古きよりの習わしであるのですから」
「……そうですね。承知しました。わたしはアスタのもう1本の手として恥じることのないように、力を尽くそうかと思います」
と、ユン=スドラは持ち前の朗らかさを取り戻して、にこりと笑った。
そうしてユン=スドラを含む5名が、別なる厨に移動していく。そちらは、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、ララ=ルウ、マイムという顔ぶれであった。
俺のほうはレイナ=ルウ、リミ=ルウ、トゥール=ディン、スフィラ=ザザ、サウティ分家の末妹という顔ぶれで、今回も料理と菓子を同時に仕上げる。トゥール=ディンに班長をお願いしなかったのは、菓子作りの取り仕切り役に注力してもらいたいという思いからであった。
「それじゃあ、さっそく取りかかろうか。前回より時間にゆとりがある分、人手は少ないわけだからね」
今回はかまど番もそのまま招待客に転じるため、人手を増やせば増やすほど作業量が増えるという仕組みになっている。それで人手と作業量のバランスを計った結果、この人数に落ち着いたわけであった。
ただし今回は森辺の側の参席者が増加した代わりに、貴族の側の参席者が削られている。さきほどのお披露目会に参じていた面々に、エウリフィアとオディフィアが加えられるのみであるのだ。伯爵家から参ずるのは、ポルアースただひとりというわけであった。
「きっと5日後に試食会が控えているから、今回は人数を絞ることになったんだろうね。もともと伯爵家の方々は、昨日の歓迎の祝宴でも顔をあわせてるんだろうしさ」
「なるほど。このたびは、外来の客人と森辺の民が重視されている、ということですね。それもまた、ダカルマスらしい取り計らいであるように思います」
そのように答えてくれたのは、スフィラ=ザザである。ララ=ルウが別行動となると、その次にこういった話に熱心なのは彼女であった。
「ただそうなると、5日後の試食会というのはずいぶんな規模になりそうです。そこで新たな食材を使った料理を準備するというのは、なかなか難儀なのではないでしょうか?」
「そうですね。むしろ、手伝いの女衆に大きな負担をかけてしまう恐れがあるので、そちらを気をつけようかと思います」
「さすがにアスタは、余裕がうかがえますね。……トゥール=ディンは、どうか無理をなさらないように。無茶な要求をしているのはあちらの側なのですから、準備が間に合わずとも恥じる必要はありません」
スフィラ=ザザが真剣な面持ちでそのように言いたてると、トゥール=ディンはそれをなだめるように「はい」と微笑んだ。
「準備が間に合わなければ新しい食材を使う必要はないというお話でしたので、わたしも憂いなく力を尽くすことができます。それに何より、新しい食材を扱えるのが楽しみでなりません」
「そうですか」と、スフィラ=ザザもやわらかい眼差しとなった。彼女はけっきょく銀の月いっぱいまでディンの家に滞在していたので、これまで以上に親睦が深まったようである。
「そういえば、フォウの集落に滞在しているサウティの血族も、そろそろ顔ぶれを入れ替える時期となります。ザザの血族の方々も、ご同様なのでしょうか?」
サウティの末妹が下準備をしながら会話に加わると、スフィラ=ザザは「ええ」と応じた。
「最初に滞在を始めたわたしたちはトゥランの商売の下ごしらえを手伝う関係から、けっきょく20日ばかりもお世話になることになってしまいましたが……次の組からは予定通り、半月ごとの交代となるでしょう。試食会というものが茶の月の14日に開かれるのでしたら、それを目処にして顔ぶれを入れ替えることになるのでしょうね」
「きっとこちらでも、そのように取り決められるかと思います! 次はわたしにも出番が回ってくるはずなので、とても楽しみです!」
若年で明朗な気性をしたサウティの末妹は、心から嬉しそうな顔をしている。そしてその明るく澄んだ瞳が、俺のほうに向けられてきた。
「たとえ顔ぶれが変わっても、アスタの手伝いに不足のないように励みますので、どうぞよろしくお願いいたします!」
「うん、こちらこそ。今度はどんな顔ぶれが集まるのか、楽しみにしてるよ」
サウティの血族はフォウの集落に、ザザの血族はディンやリッドの集落に滞在しながら、屋台の商売や下ごしらえの作業を手伝ってくれている。その行いも間もなくひと月が経過するため、人員をローテーションする時期が迫っているのだった。
トゥランにおける商売が開始されたため、それらの人員もきわめて重要な戦力だ。貴き身分の客人がたをもてなす裏で、森辺の民はそういった仕事や新たな交流の試みもぬかりなく継続しているのである。
なおかつ、ルウの血族は雨季がやってくる前に、収穫祭を執り行う予定であるのだと聞いている。そしてそれは、ついにルウから新たな氏族が誕生する節目の日でもあった。シン=ルウの家とふたつの家が新たな場所に集落を開いて、『シンの家』として独立するのだ。これはルウ家のみならず、森辺にとっても一大事であるはずであった。
(その話が決定されたのって、たしか前回ダカルマス殿下が帰国してすぐのことだったよな。ってことは、もう7ヶ月ぐらいは経ってるのか)
家を分けるのが収穫祭の日と定められたのは、休息の期間に新たな集落を開く作業に従事するためである。そうして森辺においては猟犬や新たなギバ狩りの作法によってどんどん収穫祭の開催が間遠になっていたため、これほどの期間が空けられたわけであった。
(でも、きっとシン=ルウとララ=ルウもじっくり心の準備をできただろうな。俺もめいっぱい、お祝いしてあげよう)
そうしてさまざまな出来事に思いを馳せながら、俺は仕事を進めていった。
そこに、来客の旨が伝えられる。それは事前から厨の見学を申請していた、プラティカとニコラであった。
「ああ、どうも。おふたりは、ゆっくりの到着でしたね」
「はい。デルシェアから、新たな食材について、質問、多々、されていました」
そのように語るプラティカもニコラも、調理着の姿のままである。かくいう俺たちも着替えの時間を惜しんで、同じ調理着のまま仕事に励んでいた。
「デルシェア、やはり、厨の見学、辞退するそうです。アスタの料理、ひさびさなので、感動、薄めたくない、語っていました」
「そうですか。ひさびさと言っても、せいぜいふた月半なんですけどね。でもまあ、そんな風に言ってもらえるのは光栄です」
「はい。ふた月半、成長、十分な時間です。デルシェア、期待、報われるでしょう。さらに、ひさびさとなる、ダカルマス、言うまでもありません」
そんな風に言ってから、プラティカは燃えるような眼差しを俺に突きつけてきた。
「また、アルヴァッハ様、同様です。アルヴァッハ様、アスタの成長、深い感銘、受けていました。やはり、アスタ、私にとって、憧憬、最大です」
「であれば、そのように物騒な眼差しでアスタを見るな」
と、アイ=ファが遠慮なく頭を小突くと、プラティカは今にも口をとがらせそうな面持ちでそちらを振り返った。
「物騒、違います。気概、表れです。アスタ、敵意、ありません」
「そのようなことはわかった上で、注意しているのだ。そのように気迫をこぼしていたら、狩人の仕事もままなるまい?」
「アスタ、狩るつもり、ありません。よって、気迫、殺す理由、ありません」
「意固地なやつだな」と、アイ=ファは苦笑する。しかしその眼差しがとても優しかったため、プラティカは感じやすい頬に血の気をのぼらせた。
「……それと、新たな取り決め、されました。5日後、試食会、私とデルシェア、ひと品ずつ、料理、供します。新たな食材、使った料理、手本です」
「ああ、なるほど。以前もデルシェア姫は、試食会で料理を供していましたもんね。それは料理人の方々も喜ぶことでしょう」
「……その場、アスタと、料理の出来、比較されます。私、すべての力、尽くすつもりです」
「ええ。おたがい、頑張りましょう」
作業の手を進めつつ、俺はプラティカに笑顔を送ってみせる。
すると今度は、ニコラが発言した。
「ですがこれは、どなたにとっても大きな試練でありましょう。アスタ様は短い期間で新たな食材を使いこなさなければならないわけですし……逆にプラティカ様やデルシェア姫は、わずかな猶予しか与えられていないアスタ様と腕を比べられることになるのです。ダカルマス殿下というのは、きわめて大らかなお人柄であられるように見受けられますが……その実、きわめて非情にも感じられてしまいます」
「そうですね。でもダカルマス殿下は、もともと料理に絶対の優劣はないという姿勢であるはずです。その上で、切磋琢磨してより高みを目指してほしいという思いであるのでしょう」
俺は、そのように答えてみせた。
「かくいう俺も、他の方々と優劣を競いたいという思いを持ち合わせていません。みんなで一緒に美味しい食事をこしらえて、その場にいる人たちに喜んでほしいという一心ですね」
「……アスタ様はまだお若いのに、ずいぶん達観しておられるのですね」
「いやあ。本性はけっこうな負けず嫌いなんで、内心では奮起したり悔しがったりもしていますよ。ただ……料理の出来で、人と争いたくないというだけです」
俺が言葉を重ねると、ニコラではなくレイナ=ルウがもじもじとした。
俺はそちらにも笑顔を送ってみせる。
「レイナ=ルウも、俺に劣らず負けず嫌いだよね。でもまあレイナ=ルウは、その性格がいい結果をもたらしているように思うよ」
「は、はい。そうだといいのですけれど……」
と、レイナ=ルウは恥ずかしそうに頬を染めてしまう。
そういうやわらかい一面も持っているからこそ、俺もレイナ=ルウの熱情を心配せずにいられるのだ。対抗心の旺盛さといえば、ロイやシリィ=ロウやティマロなどもなかなかのものであるが――それと同じぐらい熱くなりがちなレイナ=ルウであっても、やっぱり根っこは純真なる森辺の民であるのだった。
(対抗心だって、大きな糧だ。名誉欲やら何やらで目を曇らせない限りは、道を踏み外すことにもならないさ)
そんな思いを噛みしめながら、俺は本日も晩餐会に参ずる人々に喜んでもらえるように、仕事を進めていくことになった。
◇
それから三刻半ほどが経過して――下りの五の刻の半である。
すべての料理を作りあげた俺たちは、本日もお召し替えの間に案内されることになった。
前回の晩餐会と異なり、今回のお召し替えは想定済みである。身なりに重きを置かないゲルドの面々と異なり、王家の方々と席をともにする際は必ずお召し替えを申しつけられていたのだ。それはダカルマス殿下やデルシェア姫の意向というよりも、王家の方々に対する最低限の礼儀なのだろうと思われた。
そこで俺たちに用意されていたのは、かつてデルシェア姫がひそかにあつらえてくれた、ジャガルの準礼装となる。晩餐会では宴衣装ではなく、あまり華美すぎない準礼装を纏うのが作法であるのだ。今回は、派手好きなティカトラスの意向も及ばなかったようであった。
ただし、森辺の民にしてみれば、十分に豪奢な衣装である。全体的に西洋風の作りで、胸もとにまで及ぶ襟の装飾に豪奢さが集中している。袖や裾には瀟洒な刺繍が施されているばかりであるが、襟には金色の糸でこれでもかとばかりに盛大な刺繍が施されているのだ。胴衣を留める金色のボタンも、実に見事な細工であった。
本日この場に招集されたジザ=ルウ、ルド=ルウ、ダリ=サウティ、ゲオル=ザザ、ゼイ=ディンにも、同じ準礼装が準備されている。それが似合わない人間は、この場に存在しなかった。
「こんなもん、ほんとに俺の分まで準備されてたんだなー。まったく、用意のいいこったぜ」
ルド=ルウのそんな言葉に、俺は「え?」と目を丸くすることになった。
「ルド=ルウがこれを着るのは、初めてなんだっけ? これはずいぶん昔に、デルシェア姫が準備してくれたもののはずだけど……」
「あー。こいつは晩餐会とかいうやつでしか着ないんだろ? 俺が呼ばれるのは、いつも晩餐会じゃなく祝宴だったからなー」
「そっか。晩餐会は祝宴より規模が小さいから、ルド=ルウが招かれる機会もなかったんだね。数ヶ月越しで、やっと出番が巡ってきたわけだ」
デルシェア姫がこちらの準礼装を持ち出したのはダカルマス殿下が帰国した後なので、おそらく昨年の白の月あたりであろう。であればすでに、半年ぐらいは経過しているはずだ。
「んー。だから、ちっとばかり窮屈に感じられるのかなー。数ヶ月もありゃあ、俺もちっとは背がのびてるはずだもんなー」
ルド=ルウが妙に嬉しげであったため、俺は「あはは」と笑うことになった。
「何年たってもルド=ルウとの身長差は変わらないように感じるから、きっとおたがい同じ割合で背がのびたんだろうね。ルド=ルウと初めて出会った頃、来年には追い抜かれるじゃないかって考えたことを思い出したよ」
「ちぇーっ。アスタは狩人でもないくせに、背がのびるのがはえーよなー。それだけいいもんを食ってきたってことなんじゃねーか?」
「どうだろうね。でも、ルド=ルウのほうが2歳も若いんだから、最終的には追い抜かれる気がするよ。俺のほうはいいかげん、縦の成長も止まったみたいだしさ」
何せ俺は、間もなく20歳になってしまうのだ。17歳からの3年間で6、7センチは背がのびたようであるので、これ以上を望むのは強欲というものであった。
(それでルド=ルウも、この茶の月で18歳か。おたがい、大きくなったもんだなぁ)
そんな感慨にひたりながら、俺は控えの間に移動することになった。
しばらくして、女衆もやってくる。そちらもおおよそはジャガルの準礼装であったが、スフィラ=ザザとサウティの末妹だけはジェノスの準礼装であった。
「わたしたちにはそちらの衣装の準備がなかったため、取り急ぎこれらの衣装を準備してくださったそうです。まあ、あちらの意向で着替えているだけなのですから、何がどうでもかまわないのですけれど」
スフィラ=ザザが、そのように説明してくれた。ジェノスの準礼装というのはワンピースタイプの様式で、襟や袖にこまかい刺繍があって、派手すぎないフリルがあちこちに加えられている。森辺の女衆が試食会に招かれた際に纏っていたのと同タイプであった。
そちらに比べると、やはりデルシェア姫が準備した準礼装のほうがゴージャスな印象である。俺はアイ=ファの美しさによって、それを再確認させられることになった。
こちらも基本の形はワンピースであるが、上半身はフィットしていて、スカートはふわりとふくらんでいる。そして、胸もとから両肩まで襟ぐりが大きく開かれて、首からそこまでが半透明のヴェールで覆われているのが最大の特徴であった。
南の女性がこちらを纏うと、ヴェールのきらめきで白い肌があるていど隠蔽されるようであるのだが。しかし森辺の女衆はくっきりとした褐色の肌をしているため、むしろ肌の露出が強調されるように感じられてしまうのだった。
よって、アイ=ファの肩や胸もとも、素肌と変わらない印象で光り輝いている。それがさらに金褐色の髪や首飾りで彩られて、宴衣装にも負けない豪奢さであるのだ。俺としては、感嘆の吐息をこらえるのがやっとであった。
「それでは、会場にご案内いたします」
と、案内役を担ってくれたのは、当然のようにシェイラである。ポルアースが関わるイベントであれば、いつも彼女が宴衣装の着付けから案内役まで担ってくれるのだ。本日も、その瞳はうっとりとアイ=ファを見つめていた。
俺たちは、プラティカを含めた18名で晩餐会の会場へと導かれる。プラティカもまた招待客のひとりであったが、ニコラは調理中の試食で用事を済ませてお屋敷に戻っていったのだ。これからヤンたちと新たな食材の研究に取りかかる彼女は、最後まで気迫をあらわにしていた。
それにこの場には、ジョウ=ランもいない。ちょっと異例の扱いであるが、本日の彼はユーミの付き添いとして参じたため、新たな食材のお披露目会を終えると同時に、宿場町の面々と一緒に帰っていったのだ。
きっとユーミやレビたちも、それぞれの居場所で食材の研究に取り組んでいることだろう。今日のお披露目会に参加したメンバーには、多少ながら試供品というものが分配されたのだ。なおかつ、5日後に試食会を控えた俺とトゥール=ディンには、この帰りがけに21種の食材がどっさり準備される手はずになっていた。
(試食会で優勝した俺とトゥール=ディンは、ジェノスのすべての料理人の規範になるべし、か……確かに普通に考えたら、それはとてつもない重圧だよな)
しかし俺は、それを負担とは考えていなかった。何せ俺は似たような食材を取り扱った経験を有しているため、その内容を惜しみなく披露することこそが正しい道であるように思えてならないのだ。故郷で授かった知識を自分だけの財産として名声を得ようというのは、きわめて卑怯な行いであるように思えた。
(で、そんな風に動く俺の姿が、フェルメスの知的好奇心を刺激するってわけか。鋼の文化をもたらした聖アレシュと俺の行動を重ねるっていうのは、ずいぶん強引なように思えるけどなぁ)
俺がそんな風に考えていると、しずしずと回廊を歩いていたアイ=ファがいきなり顔を寄せてきた。
「お前は何をそのように、物思いに沈んでいるのだ? 何か気にかかることがあるのならば、包み隠さずに打ち明けるがいい」
「え? 別にそんな深刻に考え込んでいたつもりはないよ」
「しかしお前は、ずいぶん真剣な目つきであったし……その奥には、わずかながらに不安そうな陰りも漂っているように感じられたぞ」
そのように語るアイ=ファの瞳にも、ひどく真剣な輝きと心配そうな輝きが混在していた。
俺は何だか胸の詰まるような思いで、「ごめんごめん」と笑ってみせる。
「本当にそんな、大した話じゃないんだよ。でも、話せば長くなるから、それは家に戻ってから聞いてくれ」
「……承知した」と応じながら、アイ=ファはわずかに身じろぎした。なんとなく、俺の身に触れようとしたのを寸前でこらえたような仕草である。俺たちは、森辺の一団の先頭を歩いていたのだった。
そんなこんなで、晩餐会の会場に到着する。
俺の記憶に間違いがなければ、5日前にアルヴァッハたちを歓待したのと同じ広間だ。ただしもちろん本日は、立派なテーブルと椅子が設置されていた。
「おお、いらっしゃいましたな! さあさあどうぞ、お席のほうに! いやいや、この瞬間を心待ちにしておりましたぞ!」
数時間ぶりの再会となるダカルマス殿下が、元気いっぱいの声をぶつけてくる。貴き身分の方々は、すでに全員が着席していた。
「この瞬間の喜びを余すところなく味わうために、昼の軽食は別の方々に準備していただいたのです! ひさびさに食するアスタ殿の料理が簡単な軽食では、わずかながらにでも感動が損なわれてしまいますからな!」
ダカルマス殿下は、無邪気そのものの笑顔である。まがりなりにも王族であられる御方にこうまで言っていただけるのは、光栄な限りであろう。そして、そのような身分を抜きにしても、これほどの期待をかけられるというのは料理人として嬉しい限りであった。
そうして俺たちは小姓の案内で着席し、あらためて再会の喜びを嚙みしめることに相成ったのだった。




