新たな食材のお披露目会③~ゲルドの恵み~
2023.7/20 更新分 1/1
「デルシェア姫、お疲れ様でした! それでは次に、プラティカ殿からゲルドの食材についてご説明を願いましょう!」
ポルアースの言葉に従って、プラティカが「はい」と進み出た。金褐色の髪をきちんと束ねて、藍色の調理着を纏った、凛々しき姿だ。その紫色の瞳は、狩人そのものの鋭さをたたえていた。
「ゲルドの食材、8種です。ドゥラの食材、3種です。マヒュドラの食材、2種です。順番、説明します」
その言葉に、また新たなざわめきが厨に広がっていく。たったいま8種もの食材のお披露目がされたところであったのに、まだそれだけの食材が控えていたのだ。その扱いをすべて学ばなくてはならない身としては、嬉しい悲鳴のひとつもあげたくなるところであった。
「ゲルドの食材、野菜、香草、酒類、2種ずつ、調味料、果実、1種ずつです。まず、野菜、説明します」
プラティカのしなやかな指先が、別なる作業台の最初の織布を取り払う。そちらの木箱に詰め込まれていたのは、どちらも棒状の茎根である。片方は直径1センチていどで節くれだっており、色はグリーン。もう片方は直径4センチていどでちらほらと根毛が生えており、色は淡い褐色であった。
「こちら、ドミュグド、こちら、ニレです。ともに、熱、通す、必要です。また、ニレのみ、表皮、剥がす必要、生じます」
プラティカは太いほうの野菜をつかみ取ると、調理刀で縦に筋を入れ、そこから表皮を引き剥がした。その下に隠されていたのは、ほとんど真っ白のなめらかな本体だ。
「煮物、焼き物、汁物、いずれも、適しています。味、強くないため、使いやすい、思われます」
そちらでも、事前に炙り焼きにされたものが準備されていた。
ほっそりとしていて鮮やかなグリーンであるドミュグドはいくぶん筋張っているが、それがほどよい食感を生み出している。味はいくぶん青臭いだけで、クセは強くないようだ。あえて言うならば、アスパラガスに近い味わいであった。
いっぽうニレは、炙り焼きにしてもシャキシャキとした食感で、清涼な風味がありつつ、ややほろ苦い。なかなかたとえようのない味わいであるが――俺が知る中では、生鮮のウドに近いようであった。
「どちらも、山の滋養、詰まっています。また、ニレ、消化、いいため、幼子、老人、病人、食する機会、多いです」
どこか先刻の凝り豆と煮たような紹介文である。プラティカも、デルシェア姫とはそれなりに和やかな関係性を保っているはずであるが――こういう場では、多少ながら対抗心というものが生じるのかもしれなかった。
「次、香草、2種です。こちら、ギラ=イラ、こちら、ノノです」
ギラ=イラとは、朱色をしたひし形の葉である。
いっぽうノノは、ミニチュアのサツモイモのようにころんとした形状だ。ただし、色合いは優しい乳白色であった。
「ギラ=イラ、辛み、強烈です。取り扱い、注意、必要です。こちら、1枚、そのまま食せば、胃の腑、焼けただれる、恐れ、生じます」
その物騒な言葉の内容に、料理人たちはいっせいにどよめく。その代表として発言するのは、やはりティマロの役割であった。
「シムには強い辛みを持つ香草が多々存在するようですが、それほどの強烈さを持つ香草は初めてでありましょうな。まあ、ごく少量で強い辛みを得られるというのでしたら、使い勝手は悪くないのやもしれませんが……」
「はい。ギラ=イラ、イラの王、呼ばれています。辛み、のみならず、風味、豊かです。こちら、使いこなす、一流の料理人、証です」
そうして俺たちの手もとには、パウダー状に挽かれたギラ=イラがほんの数粒という単位で届けられた。
誰もが及び腰で、指先ですくった粒を口に運ぶ。それだけの少量であれば、飛び上がることにはならなかったが――しかし、リミ=ルウは「わゃー」と言葉にならない悲鳴をあげていた。
「すごいね、これ! こんなちょっぴりでも、舌がびりびりするー!」
「は、はい。まるで、火の粉を口にしたかのようです」
繊細な舌を持つトゥール=ディンも、そのひとなめで涙目になってしまっている。
しかし、トゥール=ディンと同じぐらい鋭敏な味覚を持つと思われるマルフィラ=ナハムは、瞳を輝かせていた。
「で、で、でも、チットや普通のイラとは、まったく異なる風味であるようですね。これをほんの少し加えるだけで、これまで手掛けてきた香草の料理がさま変わりしそうです」
「マルフィラ=ナハム殿の仰る通りです。こちらの香草の調合だけで、莫大な日数が必要になることでしょう」
ヴァルカスがぼんやりとした声で追従すると、マルフィラ=ナハムは恐縮しきった様子で頭を下げた。
が、他なる料理人たちの数多くは、不明瞭な面持ちである。ほんのひとなめの味見では何も確たることは言えないし、それ以前に強烈な辛みだけが印象に残されてしまうのだろう。かくいう俺も、そちらと似たり寄ったりの心境であった。
(ただ何となく、後味に旨みを感じるんだよな。これを使えば、ものすごく上等な激辛料理を作れるかもしれないけど……森辺では、あんまり歓迎されなそうだな)
そして何より、我が最愛なる家長殿は強い辛みを忌み嫌っているのだ。もちろん俺はギラ=イラに関しても抜かりなく研究する所存であるが、ファの家の食卓では出番も限られそうなところであった。
「では、次、ノノです」
プラティカの指示で、新たな小皿が届けられる。そちらもパウダー状であったが、ひとつまみほどの分量であった。
そちらは実に、清涼なる風味である。刺激的な辛さも感じるが、トウガラシ系のそれではない。どちらかというと、ジンジャー系――いや、むしろミョウガに似ているかもしれなかった。
「あの、こちらのノノは水で戻して使うことも可能でしょうか?」
俺がそのように質問すると、プラティカはすぐさま「はい」と応じてきた。
「長期保存、必要から、干し固めていますが、ゲルドにおいて、ノノ、生鮮のまま、扱われる、機会、多いです。水、ひたせば、生鮮、近い状態、戻る、思われます」
「そうですか。ありがとうございます」
ミョウガに似た味わいであるならば、パウダー状ではなく食感なども活かしたいところである。それほど出番は多くないかもしれないが、ノノならではの美味しさを目指したいものであった。
「次、果実、マホタリです。熟成、仕組み、エラン、似ています。遠方の地、新鮮な状態、楽しめる、希少、果実です」
プラティカがクロッシュを取り去ると、器に2種のマホタリというものが準備されていた。直径2センチていどのまん丸な果実で、片方は鮮やかな朱色、もう片方はくすんだ緑色だ。
「こちら、緑色、未熟です。この色から、熟するまで、ひと月、かかります。熟すると、このように、朱色、変化します」
俺たちのもとには、もちろん成熟したものだけが届けられた。
とてもさわやかな、甘酸っぱい果実だ。外見も味わいも、サクランボによく似ているようであった。
「こちらも、素晴らしい味わいですね。さきほどのエランほど、強い甘みはないようですが……その分、風味が豊かであるようです」
トゥール=ディンが喜びの面持ちで発言すると、プラティカのほうは鋭い面持ちで「はい」と首肯した。
「菓子、仕上げるならば、風味、重要です。甘さ、砂糖や蜜、加えられるのですから」
「はい。エランもマホタリも、それぞれ素晴らしい味わいだと思います」
トゥール=ディンの無垢なる笑顔に、プラティカはすぐさま対抗意識を引っ込めて一礼した。その気丈さも素直さも、どちらもプラティカの美点であろう。デルシェア姫やダカルマス殿下は、最初から対抗意識とも無縁な様子で未知なる果実に舌鼓を打っていた。
「では、最後、酒類、および、調味料です。マホタリ酒、シャスカ酒、およびシャスカ酢です」
「ほう。シャスカも酒や酢に仕上げることがかなうのですか。それは、期待をかきたてられますな」
酒類に関しては、ティマロの反応が早い。彼はジェノスの料理人の中で、酒類を料理に活用することに積極的なひとりであったのだ。
マホタリ酒というのは、やはり甘酸っぱい。ただ、ママリアの果実酒ほどの酸味ではないようだ。俺はひとなめしたのみであるが、とてもまろやかで甘みが前面に出ていた。
そして、シャスカ酒というのは――とても香りがふくよかであった。そもそもシャスカというのは白米に似た食材であるので、こちらも日本酒のような風味であったのだ。
ジャガルのニャッタの蒸留酒というのも清酒に近い風味であるので、俺は数々の料理で活用させていただいている。こちらのシャスカ酒も、それに負けないぐらい活躍してくれそうな予感がした。
さらにシャスカ酢というものも、米酢に似た風味と味わいである。バルサミコやワインビネガーに似たママリア酢に比べると、角のないまろやかな口あたりで、後味もきわめてすっきりしている。そして穀物酢ならではの旨みも感じられて、もともと酢の扱いに手馴れている城下町の料理人たちも至極満足げな面持ちであった。
「ゲルドの食材、以上です。ドゥラの食材、魚介、および、調味液ですので、まず。マヒュドラの食材、紹介します。こちら、野菜、果実、1種ずつです」
野菜のほうは茎根の下部がこんもりとふくれあがった青菜であり、果実のほうは淡い黄色の干し柿めいた形状をしている。もとの大きさは、人間の拳ぐらいありそうだ。
「野菜、バンベです。果実、イーナです。どちらも、滋養、豊かです」
バンベは、蒸し焼きの品が届けられる。こちらも保存のために干した状態で持ち込まれているはずであるが、水で戻すと好ましい食感が復活していた。ボリュームのある茎根の部分は、チンゲンサイさながらだ。
そしてイーナは、乾物のまま届けられる。果実は水で戻すと、甘みが溶け出てしまうのだ。菓子の材料として扱うならば、これをこのまま煮込めばいいわけである。
然して、その味わいは――とても清涼な甘さが特徴的だ。さきほどのエランほど強烈な甘さではないが、そのぶん後味がすっきりしている。なおかつ酸味も感じないので、俺が知る果実の中では西洋ナシに似ていた。
「これはどちらも使い勝手がよろしそうですな。それでいて、これまで扱ってきた食材とは異なる食感や味わいもそなわっておりますし……いやはや、素晴らしい食材ばかりで目移りしてしまいます」
ティマロは如才なく、そのように評していた。プラティカは一介の料理番に過ぎないが、その背後にはアルヴァッハたちが目を光らせているのだ。デルシェア姫に対するのと同様に、最大限の敬意を払っているのだろうと思われた。
「では、ドゥラの食材です。魚介、2種、調味液、1種です。ただし、調味液もまた、魚介、原料です」
長きにわたった新しい食材のお披露目も、これでついにラストスパートである。
プラティカが最初に紹介したのは、貝類の乾物であった。
「こちら、ドエマです。上質、出汁、取れます。また、水、戻せば、味わい、極上です」
すみやかに、水で戻したドエマも披露される。ちょうどひと口で食せそうなサイズで、白い身がてらてらと照り輝いている。ジェノスではあまり見かけない食材であるが、それでも西の王都からホタテガイに似た貝類の乾物は届けられているので、その姿に驚く人間はいなかった。
そちらの身が四等分にされたものが、俺たちのもとに届けられる。
然して、その味わいは――見た目通りに、ぷりぷりとしていて弾力が豊かである。もとが乾物であったとは思えないぐらい、瑞々しい食感と味わいだ。海の香りも溶けきってはおらず、生牡蠣を思わせる味わいであった。
「これは、素晴らしい。煮物や汁物のみならず、焼き物の具材としても不足はないでしょう」
魚介の食材に関しては、ヴァルカスの反応が早い。城下町の料理人も魚介の食材を積極的に使うようになったはずであるが、やはり一日の長があるのであろうし、それに何よりヴァルカスはヴァルカスであるのだった。
「続いて、フォランタ、魚卵です」
プラティカが最後の織布を取り除くと、また驚嘆の声がわきあがった。
「こちらも、魚卵なのですか? 先刻のジョラの魚卵とは、また趣が異なるようですな」
ティマロの言葉に、ダイアが「ええ……」と声をあげる。その細められた目には、どこか幼子のような輝きが灯されていた。
「これは、美しい外見でございますねぇ。まるで、宝石のようです」
ボウルのような器に、朱色の輝きが詰め込まれている。ジョラの魚卵はたらこさながらであったが、こちらはイクラさながらであったのだ。
その味わいも、いささか塩気が強いものの、イクラと大きく掛け離れてはいない。魚介の風味が豊かであり、ぷちぷちとした食感がとても心地好かった。
「お味のほうは、魚介そのものでございますねぇ。これが甘い果実であったなら、さぞかし素晴らしい菓子に仕上げられたのでしょうけれど……でも、これはこれで色々と心を揺さぶられてしまいます」
ダイアは、そのように語っていた。彼女は料理の見栄えにこだわる気質であるのだ。その芸術家的な感性がどのような形で刺激されたのかは、なかなか推し量ることもできなかった。
「では、最後、調味液です。ドエマ、原料とする、貝醤です」
プラティカは作業台に置かれていた土瓶を持ち上げて、小皿にしずくを垂らしていく。その色合いは、闇のような漆黒であった。
かつては魚醤という食材も届けられていたので、誰もがためらいなく味見をしていく。ほんのひとしずくで十分なほど、それは濃厚な味わいであった。
魚醤よりもさらにどろりとしていて、牡蠣に似たドエマの風味が凝縮されている。さらにそれが発酵して、独特の風味を生み出しており――やはり貝から作られた調味液ということで、オイスターソースに似た味わいであった。
「13種の食材、説明、以上です。……アスタ、如何ですか?」
と、プラティカが真っ向から視線をぶつけてくる。
俺は笑顔で、「はい」と応じてみせた。
「いずれも素晴らしい食材だったと思います。ギラ=イラなんかは取り扱いが難しそうですが、それ以外の食材はすぐに活用できるかもしれませんね」
「……その言葉、心強いです。美味なる料理、仕上げられること、願っています」
すると、ダカルマス殿下が「まさしく!」と声を張り上げた。これまで黙っていた分を取り返そうとしているかのような勢いだ。
「かつての試食会において優勝を果たしたアスタ殿とトゥール=ディン殿には、並み居る料理人の方々の規範になっていただきたく思います! つきましては、これらの新たな食材を使った試食会の開催を近日中にお願いできますでしょうかな?」
「近日中というと……どれぐらいの準備期間をいただけるのでしょう?」
「前回も、準備期間は5日間でありましたな! そのわずかな時間でどれだけの料理や菓子を仕上げることがかなうのか、アスタ殿とトゥール=ディン殿に手腕をふるっていただきたく思います!」
この強引さこそが、ティカトラスにも通じるダカルマス殿下の気質であろう。美味なる料理にまつわる案件であれば、ダカルマス殿下の強引さはティカトラスにも引けを取らないのだ。これが、アルヴァッハとの大きな相違であるわけであった。
(アルヴァッハも美味なる料理に対する熱情は負けてないけど、こういう無茶な要求は絶対にしてこないもんな)
しかしまた、これぐらいの強引さは覚悟の上である。ダカルマス殿下はその強引さでもって数々の試食会を開催し、結果的にジェノスを活性化させたのだった。
「承知しました。さすがにすべての食材を使いこなすことは不可能だと思いますが……自分なりに、力を尽くしてみようと思います」
俺がそのように答えると、周囲からどよめきが巻き起こった。まあ普通であれば、たった5日間で目新しい食材をそうまで使いこなせるはずもないのだ。それこそが、故郷で似たような食材を扱った経験のある俺のアドバンテージであった。
「素晴らしい! では、トゥール=ディン殿は如何でありましょう?」
「は、はい。ですがわたしは、準備が間に合うかどうか、お約束できません。もしも準備が間に合わなかった場合は……どうしましょう?」
「その場合は、この数ヶ月の間で考案された菓子の中から、よりすぐりの品を選んでいただきたく思います! きっとトゥール=ディン殿は、この期間で数々の素晴らしい菓子を作りあげておられるのでしょうからな!」
「そ、それでしたら……わたしも、力を尽くしてみようかと思います」
トゥール=ディンは、ほっとした様子で息をつく。そもそも彼女は、わずか5日間で試食会に臨むという体験もしたことがないのだ。そういう相手に対してきちんと救済措置まで準備しているのが、ダカルマス殿下の美点であった。
(前回、こういう試練を与えられたのは、俺とヴァルカスとダイアと……あとは、ボズルか。今回は、俺とトゥール=ディンだけなのかな?)
俺がそのように考えていると、ダカルマス殿下がきらきらと輝く瞳で料理人の一団を見回した。
「城下町や宿場町の方々は、目新しい食材を扱うのにいささか時間が必要であるというお話でありましたからな! しかしそちらの方々にも、いずれ手腕をふるっていただきたく思います! わたしは雨季の食材というものを味わうまでジェノスに滞在させていただく予定ですので、それまでにお声をかけさせていただきたく思いますぞ!」
多くの料理人たちは安堵の念をにじませつつ、一礼した。とりわけボズルなどは、ほっとしているようだ。彼はジャガルの出身ということで、ひときわダカルマス殿下に目をかけられているのだった。
「ただそうすると、料理を仕上げるのはアスタ殿おひとりということになってしまいます! さすがにアスタ殿でも、5日間という期間では品数も限られましょう! そこでご提案なのですが、このたびの試食会は祝宴の形式をとらせていただけませんでしょうかな?」
「祝宴の形式? 限られた品数で、どのように祝宴の形式をとるのでしょう?」
「新たな食材を使った料理に関しては可能な範囲でご準備いただき、足りない分は通常の宴料理を仕上げていただきたいのです! ジェノスで一番の料理人という称号を授かったアスタ殿が新たな料理をお披露目するのでしたら、祝宴の場こそが相応しいでしょうからな!」
実に罪のない笑顔で、ダカルマス殿下はそのように言いたてた。
「わたしにそのような妙案を授けてくださったのは、ダーム公爵家のティカトラス殿であられるのです! わたし自身もアスタ殿に祝宴の厨を預けたいという思いと新たな食材を使いこなしていただきたいという思いにはさまれておりましたため、迷うことなく賛同することに相成りました!」
遠い場所から、にんまりと笑ったティカトラスが恭しげな一礼を見せる。
今日はずいぶん大人しいと思っていたが、ティカトラスはすでに彼らしさを爆発させた後であったのだ。思わぬ場面でダカルマス殿下とティカトラスの相乗効果というものを味わわされて、俺としては苦笑をこらえるばかりであった。
(だけどまあ、それも想定内だったしな)
そうして俺は、自らもダカルマス殿下に一礼することになった。
「承知しました。最悪、新たな食材を使った料理はひと品でもいいわけですよね? それでしたら、お引き受けできるかと思います。……もちろん、族長の許しは必要になってしまいますけれども」
「ありがとうございます! アスタ殿であればそのように仰ってくれると、信じておりましたぞ!」
ダカルマス殿下は子供のようにはしゃぎながら、料理人の一団をぐるりと見回した。
「現在こちらに集っていただいた方々はすべて試食の祝宴に招待させていただきますので、そのおつもりで! ではここからは、質疑応答の時間といたしましょう! 本日お披露目された食材について、デルシェアやプラティカ殿と存分にお語らいください! ジェノス侯、我々はいったん下がらせていただきましょうかな!」
「承知いたしました。では、こちらに」
けっきょくダカルマス殿下の他にはほとんど発言の機会もなく、貴き身分の方々は退場することになってしまった。
まあきっと、こちらの邪魔にならないように小声で語り合っていたのだろう。あのティカトラスまでそのように振る舞っていたのは感心な話であるが、当人はなんの不満もない様子でずっとにこにこと笑っていた。
そうして貴き身分の人々は、列をなして厨を出ていく。しかしデルシェア姫が残されるため、兵士たちの半数は居残りだ。そうしてお偉方の目がなくなると、料理人たちは我先にとデルシェア姫やプラティカのもとに寄り集まった。
ちょっと出遅れてしまった俺は、その場に留まって騒ぎの場を見守らせていただく。すると、ヴァルカス率いる《銀星堂》の面々がこちらに近づいてきた。
「アスタ殿、お疲れ様でした。……そちらはまた厄介な役目を担わされてしまいましたね」
「ええまあ、そうですね。なんとか可能な範囲で頑張ってみます」
「アスタ殿は、目新しい食材の扱いに長けておられますからね。わたしは難を逃れることができて、安堵しています」
ヴァルカスは相変わらず茫洋とした面持ちであったが、きっと混じり気のない本心であるのだろう。味の調合に緻密な計算を必要とするヴァルカスは、新たな食材を使いこなすのにひときわ長きの時間を必要とするのだ。そうして以前の試食会では研究段階の料理を供することになり、ひどく不本意そうな様子であったのだった。
「それにしても、たった5日で新しい食材を使いこなすだけじゃなく、同じ日に祝宴の準備まで任されるとはね。あんな安請け合いしちまって、勝算はあるのかよ?」
ロイがそのように問いかけてきたので、俺は「そうですね」と笑顔を返してみせた。
「幸い今回も、俺の知っているものと似た食材が多かったので、何とか形にはできると思います。祝宴に関しても、手伝いをお願いする人たちの腕がめきめき上達しているので……これが1年前とかだったら、俺ももう少し頭を抱えていたかもしれませんね」
「ああ、そうかい。心配のし甲斐のない野郎だな。……なんだよ、別に喧嘩を売ってるわけじゃねえぞ?」
「承知している」というアイ=ファの声がすぐかたわらから聞こえてきて、俺は思わず首をすくめることになった。いつの間にやら、アイ=ファが斜め後方に控えていたのだ。
「ロイはむしろ、アスタの身を案じてくれたのであろう。その心づかいには、感謝している」
「ま、俺が案じるまでもなかったって話だけどな。どれだけ立派な料理が準備されるか、せいぜい楽しみにさせてもらうよ」
そのとき、「あーっ!」という大きな声とともにユーミも駆け寄ってきた。そしてそのしなやかな腕が、シリィ=ロウの肩を抱く。
「おしゃべりするんなら、あたしも仲間に入れてよー! さっきまでは貴族連中がいたから、なかなかくつろげなかったもんねー!」
「く、厨はくつろぐ場所ではありません。それに、会話をするのに肩を抱く必要はないでしょう?」
「固いことは言いっこなしだよ! せっかくひさびさに会えたんだからさー!」
ユーミは陽気に笑いながら、シリィ=ロウのこめかみに頬ずりをした。シリィ=ロウは真っ赤になって身を引こうとしたが、腕力ではあらがうすべもないのだろう。身長差は5センチていどであるが、城下町の人々というのは腕力が不足気味であるのだ。
「あっちは他の連中が押しかけちゃって、しばらくは近づけそうにないしねー! それにしても、いきなり20個以上も目新しい食材が増えるなんて、勘弁してほしいもんだよ!」
「うん。さすがにこの品数は、予想以上だったね。扱いやすそうな野菜を優先するか、それともお客の気を引けそうな個性的な品を優先するか、照準を絞ったほうがいいかもしれないね」
「そーそー! アスタにそういう意見を聞いておきたかったんだよー! ……あ、だけど、アスタたちもこれから忙しいんだっけ? あんまりのんびりしてられないのかな?」
「うん。でも、俺もできるだけ情報を持ち帰りたいからね。時間ぎりぎりまで粘るつもりだよ」
俺たちがそのように語らっていると、ボズルがきょとんと太い首を傾げた。
「アスタ殿は、この後にご用事でも? 夜間は働いておられないのでしょう?」
「あ、はい。実は、晩餐会の準備を依頼されているんです。森辺の民は、これから紅鳥宮に移動となりますね」
「なんと! 試食会を申しつけられた上に、そのようなお役目まで担わされているのですか! では、試食会の準備期間も、本当に明日からの5日間しか存在しないのですな!」
「ええまあ、そういうことになりますね。なんとかやりくりするしかありません」
俺がそのように答えると、ボズルではなくアイ=ファが溜息をついた。
「けっきょくティカトラスのおかげで、苦労が増してしまったな。お前もあまり、無理をするのではないぞ?」
「うん。俺はいつも通り、頑張るだけさ」
アイ=ファは優しい眼差しで、こっそり俺の足を蹴ってきた。
そんな中、貴賓館の厨にはいつまでも料理人たちの熱気が渦巻いていたのだった。




