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異世界料理道  作者: EDA
第八十章 天星の集い
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新たな食材のお披露目会①~集結~

2023.7/18 更新分 1/1

 ゲルドの貴人をルウ家に迎えてから、2日後――茶の月の8日である。

 ついにその日、南の王都の使節団がジェノスにやってきた。


 このたびも3ケタに及ぶ兵士たちに守られての、堂々たる進軍だ。時刻はちょうど中天あたりで、もともとたくさんの人で賑わっている宿場町の主街道を何十台ものトトス車が通りすぎていくというのは、壮観というしかなかった。


 ただしその日は、それで終了である。ひと月ばかりもかけてジェノスにやってきた使節団の一行は城下町で長旅の疲れを癒やし、歓迎の祝宴でもてなされるのだ。俺たち森辺の民に出番が回ってくるのは、その翌日からであった。


 ということで、その翌日である茶の月の9日――屋台の休業日であった俺たちは、新たな食材のお披露目会に参加するために朝から城下町に向かうことに相成った。


「では、行ってくる。毎度のことで申し訳ない限りだが、どうか子犬たちをよろしく願いたい」


 アイ=ファがそのように告げたのは、本日も留守番役を担ってくれるサリス・ラン=フォウである。その足もとでは、愛息のアイム=フォウもはにかむように笑っていた。


「わたしたちはファの家で過ごせることを嬉しく思っているのだから、何も気にしないでいいのよ。それよりアイ=ファたちは、くれぐれも気をつけてね」


「うむ。危険なことはないはずだが、決して油断はしないと約束する。……アイム=フォウも、よろしく頼むぞ」


 アイ=ファに頭を撫でられると、アイム=フォウは恥ずかしそうに微笑みながら「うん」とうなずいた。

 もしもこのさきゲルドの面々をファの家に招待する機会が生じれば、アイム=フォウもピリヴィシュロと交流を結べるのだろうか。そんな風に想像すると、俺は胸が温かくなってやまなかった。


 そうして別れの挨拶が済んだならば、いざ城下町に出発だ。本日もこの場に集合したのは、トゥール=ディン、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアという、精鋭のかまど番たちとなる。さらに夜には晩餐会も企画されているため、ゲオル=ザザ、スフィラ=ザザ、ゼイ=ディンの3名も同行することになっていた。


 ギルルとファファの荷車で、まずはルウの集落を目指す。その道行きで、レイ=マトゥアはきらきらと瞳を輝かせていた。


「ついに、新たな食材がお披露目されるのですね! ゲルドとジャガルの食材がいっぺんにお披露目されるなんて、胸が弾んでなりません!」


「うん。これまでも、新しい食材にガッカリすることはなかったもんね。まあ、ペルスラの油漬けや青乾酪みたいに、ちょっと使いどころの難しい食材もなくはなかったけどさ」


「それでも、まったく使えないわけではありませんしね! うちの家長などは、けっこうペルスラのぱすたやぴざが口に合うみたいですよ!」


 レイ=マトゥアはいつも以上に元気な様子であるが、ユン=スドラやマルフィラ=ナハムも期待に瞳を輝かせていることに違いはない。森辺のかまど番の中で新たな食材に期待をかけていない人間というのは、そうそう存在しないはずであった。


「わ、わ、わたしはやっぱりゲルドの食材が気になってしまいます。あ、あちらには、ちょっと風変わりな食材が多いですものね」


「うん。やっぱり気候の違いっていうものが影響してるのかな。海辺の領地であるドゥラからも、新しい食材を仕入れたっていう話だったしね」


「ぎょ、ぎょ、魚介の食材が増えたら、フェルメスが喜ぶのでしょうね。わ、わたしも楽しみです」


 そんな具合に、行き道でも大いに話が弾むことになった。

 そうしてルウの集落に到着したならば、俺たち以上の気合をみなぎらせたレイナ=ルウが待ちかまえている。そちらでも、リミ=ルウ、ララ=ルウ、マイム、サウティ分家の末妹、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、ダリ=サウティという心強いメンバーが集結していた。


 このたびダカルマス殿下じきじきにご指名をいただいたのは、かつて試食会で料理を披露することになった8名のかまど番となる。あとはジェノスの貴族とこちらの判断でララ=ルウ、スフィラ=ザザ、サウティ分家の末妹が加えられ、晩餐会の招待客と護衛役を兼ねて6名の狩人が同行するわけであった。


「でも、これまでのことを考えると、意外に少人数でしたね。わたしはてっきり大きな祝宴が開かれて、また何十名という森辺の民が招かれるのかと想像していました」


 あらためて荷車が動き始めると、ユン=スドラがそのように言いたてた。


「今日の主眼は、あくまで新たな食材のお披露目のほうみたいだからね。まあ、ダカルマス殿下らしいと言えば、ダカルマス殿下らしいんじゃないのかな」


 この朝方から昼下がりまでは新たな食材のお披露目会で、俺たちはそのまま晩餐会の調理に突入する手はずになっているのだ。そのスケジュールでは、やはり大きな祝宴を開くことは難しいだろう。公式の歓迎会は昨日の内に済ませているので、とにかく本日は森辺の料理をじっくり味わいたいという趣向であるようであった。


 それにやっぱりダカルマス殿下としては、新たな食材のお披露目会こそが重要であるのだろう。その意気込みの表れとして、本日は森辺のかまど番や城下町の料理人ばかりでなく、宿場町の宿屋の関係者も招集されていた。きっと数々の試食会で、そちらの面々もダカルマス殿下のお眼鏡にかなったのだ。招待されたのは、試食会に選出された8つの宿屋の関係者たちであった。


 宿場町に到着したならば、そちらの一部の面々と合流する。宿場町から城門までは徒歩でも大した距離ではないが、こちらの荷車に空きがある分は同乗していただくことになったのだ。《キミュスの尻尾亭》のレビ、《南の大樹亭》のナウディス、《玄翁亭》のネイル、《西風亭》のユーミ――そして、朝から宿場町に下りていたジョウ=ランも、ここで合流することになった。


「じゃ、行ってくるよ。悪いけど、あとのことはよろしくねー」


 ちょうど開店の準備をしていたユーミが、ジョウ=ランとともに屋台の裏から姿を現す。彼女が声をかけているのはいつも屋台を手伝っているビアと、ランの末妹であった。森辺の屋台の休業日は屋台村の稼ぎどきということで、ユーミがぬける分はランの末妹を雇うことになったのだ。いっぽうナウディスは自分の手で料理を仕上げるというポリシーであったため、本日の商売はすっぱりあきらめたとのことであった。


「さー、いよいよ新しい食材のお披露目かー! なんだか、わくわくしちゃうねー!」


 荷台に乗り込んできたユーミは、こちらと同じように期待の表情である。


「でも今日は、ゲルドの貴人とかいうやつも同席するんでしょ? あたしがいつもの調子で騒いでたら、まずい感じになっちゃうのかなぁ?」


「そんなことはないと思うよ。立場は貴人でも、森辺の狩人と似た部分のあるお人たちだからね。ドンダ=ルウとかと同じように接しておけば、まず間違いはないんじゃないかな」


「あはは。つまり、ドンダ=ルウぐらいおっかなそうってことだね! それで心の準備ができたよ!」


 ユーミは臆するところなく、強い意欲をみなぎらせる。ジョウ=ランはとても嬉しそうな面持ちで、そんなユーミの姿を見守っていた。


 やがて城門に到着したならば、送迎のトトス車に乗り換えだ。ずいぶんな大人数であったので、3台のトトス車のお世話になることになった。

 本日の会場は、ちょっと懐かしい貴賓館である。やはり城下町でももっとも厨の規模が大きいのは、こちらの貴賓館であるのだろう。ジェノス城や小宮には複数の厨が設置されているが、こちらには数十名の人間を楽々と収容できる巨大厨房が存在するのだった。


 そうして貴賓館に到着したならば、まずは浴堂である。

 こちらの浴堂も巨大であるが、男女別に分かれていないので、順番に身を清めることになる。まずは少人数の男性陣が用事を済ませて、回廊で待機することに相成った。


「わたしもゲルドの貴人という方々に拝謁するのは初めてのことなのですが……南の王家の方々と悶着が起きる恐れはないのでしょうかな?」


 そのような疑問を呈したのは、ナウディスである。彼は西方神の子であるが、南の民を母とする身であったのだ。


「その恐れがないからこそ、同じ日に食材のお披露目がされることになったんです。南の王家の方々はもちろん、ゲルドの方々も信頼のおけるお人柄ですからね」


「なるほどなるほど。まあ、あのゲルドのプラティカというお人も、試食会には招待されておりましたしな」


 ナウディスは持ち前の朗らかさを発揮して、にこりと笑う。そのかたわらで、レビは気合の入った面持ちであった。


「何にせよ、町で売られる前から新しい食材を拝見できるってのは、役得だよな。それに見合う成果を持ち帰らないと、宿のみんなにあわせる顔がねえや」


「気張ってるねー、若旦那! 愛しい愛しい伴侶のために、せいぜい頑張りな!」


 と、いち早く浴堂から戻ってきたユーミが、笑顔でレビの背中を引っぱたく。「やめろよ、馬鹿」と応じつつ、レビはいくぶん顔を赤らめていた。


「お前だって、もうすぐ婚儀を挙げる身だろ。……それにしても、お前は相変わらずそういう格好がちっとも似合ってねえな」


「ふーんだ! そんなの、おたがいさまでしょー? せっかくの勇姿をテリア=マスに見てもらうことができなくて、残念だったね!」


 南の王家にまつわる調理の場では、誰もが城下町の調理着を纏うことになるのだ。真っ白で、俺の故郷の調理着ともそう掛け離れたところのない衣装である。レビは悪態をついていたが、長い髪をアップにまとめて男性用の調理着を纏ったユーミは、なかなか颯爽とした姿であった。ただやっぱり、胸もとはずいぶん窮屈そうだ。


「わーっ! トゥール=ディンたちは、相変わらず可愛いね! なんだったら、あたしもそっちの格好がよかったなー!」


 ユーミにはやしたてられて、トゥール=ディンも顔を赤くする。調理着のサイズが合わない彼女とマイムとリミ=ルウだけは、侍女のお仕着せの姿であるのだ。

 しかし、トゥール=ディンやマイムもそう遠くない日にこちらの調理着が準備されることになるのだろう。彼女たちも、今年で13歳になろうとしているのだ。どちらも平均よりは小柄であるようであったが、それでもすくすくと成長しているのだった。


「それに、アイ=ファたちも格好いいよねー! みんな、騎士様みたいじゃん!」


 ユーミの言う通り、アイ=ファたちは武官のお仕着せである白装束だ。これもまた、王家の方々を迎える場では定番の姿であった。


 そうしてすべての女衆が着替え終わるのを待って、俺たちは厨へと進軍した。

 森辺の民も宿場町の民も城下町の装束であるのだから、なかなかの壮観だ。そして厨のほうでは、さらなる壮観が待ち受けていたのだった。


「おお! 森辺の方々のご到着でありますな! 皆々様、どうもひさかたぶりであります!」


 と、壮観の一部分であった人物が、馬鹿でかい声を張り上げる。

 俺たちにとっては7ヶ月ぶりの再会となる、ジャガルの第六王子ダカルマス殿下であった。


 いかにも南の民らしい小柄でがっしりとした身体に、褐色のもしゃもしゃとした髪と髭、遠目にもエメラルドグリーンの瞳がきらきらと輝き、満身から旺盛な生命力が発散されている。額にはめた環には黄金色の石がきらめき、大きな前掛けのような飾り衣装には金色の糸でジャガルの紋章が刺繍されており――何もかもが、以前に見た通りの姿であった。


 そんなダカルマス殿下の左右には、使節団団長のロブロス、兵士長のフォルタ、それに書記官の男性が立ち並んでいる。厳格そのものの面持ちであるロブロスも、北の民のように大柄であるフォルタも、柔和な面立ちをした書記官も、みんな変わりはない様子である。彼らとは、およそ2ヶ月半ぶりの再会であった。


 さらに、その左右にはジェノスやアルグラッドやゲルドの貴き面々が立ち並んでおり、白装束の料理人たちがそれと向かい合っている。そして、料理人の一団の中から、小さな人影がぴょこんと飛び出した。


「森辺のみなさん! 宿場町のみなさん! おひさしぶりです! 今日からまた、よろしくお願いいたします!」


 それはダカルマス殿下の息女たる、デルシェア姫に他ならなかった。

 そちらは150センチ足らずのちまちました体格であるが、生命力のほどは父親に負けていない。長い髪はお団子にまとめて、父親と同じ色合いの瞳を星のようにきらめかせている。調理着などを纏っていると男の子のように見えてしまうが、その小さな顔は俺の記憶にある通りに可愛らしく、魅力的な笑みをたたえていた。


「さあさあ、こちらにどうぞ! 間もなく他の方々もいらっしゃるはずですので!」


 デルシェア姫にうながされて、俺たちも料理人の一団に合流する。護衛役のアイ=ファたちは、壁際に整列だ。そちらには、西と南の兵士たちがずらりと立ち並んでいた。


 こちらの厨は学校の教室をふたつぶちぬきにしたぐらいの広さであるが、それでもあまりゆとりがないぐらいの大人数である。貴族だけで20名近く、料理人は30名以上という人数であるのだ。ただ、ジャガルの王家の父娘の他に、口を開こうとする人間はなかった。


「おひさしぶりですね、アスタ様! お元気なようで、何よりです!」


 と、デルシェア姫が跳ねるような足取りで接近してくる。本当に、野ウサギを思わせる躍動感である。

 そうして俺を見つめる瞳には、屈託のない喜びの光が灯されている。俺はかつて、彼女に恋心を打ち明けられた身であったが――そんな話には頓着しないように! と、力強く念押しされたような心地であった。


「おひさしぶりです、デルシェア姫。無事に再会することができて、心から嬉しく思います」


 俺がそのように答えると、デルシェア姫は「わたしもです!」といっそうにこやかに笑った。


「またジェノスがおかしな災厄に見舞われたりしないで、何よりでした! 復活祭は、心安らかに過ごせましたか?」


「はい。例年以上に、賑やかな復活祭でした。南の王都では、如何でしたか?」


「それはもう! 毎日のように、わたしが宴料理を披露することになりました! 故郷のみんなに喜んでもらえたのは、アスタ様を筆頭とするジェノスの方々のおかげです!」


 そうしてデルシェア姫は最後にとびっきりの笑顔を披露してから、他の面々に視線を移した。


「トゥール=ディン様も、おひさしぶりです! レイナ=ルウ様も、マルフィラ=ナハム様も! ナウディス様も、レビ様も! ああもう懐かしいお顔ばかりで、ご挨拶の言葉が間に合いませんわ!」


 トゥール=ディンたちも、笑顔で挨拶を返していく。俺が知る限り、デルシェア姫を好ましく思っていない人間は森辺にも宿場町にも存在しないはずであった。

 そうして再会の喜びにひたりながら、俺は貴族の面々の様子をうかがってみる。

 ジェノスの側から馳せ参じたのは、マルスタイン、メルフリード、ポルアース、外務官の4名だ。さらに、バナーム侯爵家のアラウト、王都の外交官フェルメスとオーグ、王都の貴族ティカトラス、デギオン、ヴィケッツォ――そして、ゲルドの貴人アルヴァッハ、ナナクエム、ピリヴィシュロという顔ぶれであった。


 フェルメスの影たるジェムドやアラウトの従者たるサイはアイ=ファたちと同じように警護の役目を担っており、プラティカやカルスは調理着の姿で料理人の集団に入り混じっている。そちらもジェノス城の料理長ダイア、《セルヴァの矛槍亭》のティマロ、ダレイム伯爵家の料理長ヤン、弟子のニコラなど、実に錚々たる顔ぶれだ。《ラムリアのとぐろ亭》のジーゼや《ランドルの長耳亭》の小柄なご主人、《タントの恵み亭》や《アロウのつぼみ亭》のかまど番など、宿場町から招待された面々ものきなみ顔をそろえていた。


(……とりあえず、アルヴァッハたちも問題ないみたいだな)


 アルヴァッハとナナクエムは、いつも通りの石像めいたたたずまいである。南の王都の一行との間にはマルスタインたちが立ち並んでおり、物理的な意味でも緩衝の役割を果たしていた。


 そこで、新たな面々の到着が告げられる。

 兵士の開いた扉から登場したのは、ヴァルカス率いる《銀星堂》の一行であった。


「おお、ヴァルカス殿! ひさかたぶりでありますな! ご到着をお待ちしておりましたぞ!」


「はい。恐縮です」とぼんやり答えながら、ヴァルカスはこちらに前進してくる。そして真っ直ぐ、俺のほうに向かってきた。


「アスタ殿も、おひさしぶりです。ついに、この日を迎えましたね」


「はい。やっぱりヴァルカスも心待ちにしていたのですね」


「もちろんです。どのような食材がお披露目されるのかと、胸が躍ってなりません」


 そんな風に言いながら、その顔は眠たげな無表情であるヴァルカスだ。実のところ、ヴァルカスやタートゥマイと再会するのも2ヶ月以上ぶりであった。


「貴き方々のほうも、取り立てて不穏な様子はないみたいだな。今日はいつも以上に気を抜けないぜ」


 と、ロイはそのように囁きかけてくる。彼とボズルは年明けの祝宴に招待していたのでひと月ぶり、さらにシリィ=ロウはその後の闘技会の祝賀会でもご一緒したので半月ていどぶりとなる。何にせよ、誰も変わりはないようであった。


 その後、少しの間を置いて、サトゥラス伯爵家の料理長も到着する。

 そこでポルアースが、「さて!」と声をあげた。


「これで予定していた顔ぶれが、全員そろったようですな! 約束の刻限にはまだ多少の時間がありますが、新たな食材のお披露目会を開始することにいたしましょう!」


 やはり本日も、進行役はポルアースであるようだ。

 料理人たちは、無言で一礼するばかりである。これだけの貴き方々を眼前に迎えていれば、おおよその人間は気を張っているはずであった。


「事前に告知しました通り、本日は南の王都ならびにゲルドの使節団の方々からもたらされた目新しい食材のお披露目会を開催いたします! 食材の素晴らしさに疑うところはありませんので、すべてはそれらを取り扱う我々の手腕しだいでありましょう! これらの食材をジェノスで活用できるかどうかで今後の交易の規模が変わってきますので、名だたる料理人の方々にはどうか奮起していただきたい!」


 ポルアースの面持ちもにこやかであったが、その声の張り上げ具合に気合のほどが表れていた。


「では、食材のお披露目会に先立ちまして、まずはジャガルの第六王子たるダカルマス殿下にご挨拶のお言葉をいただきます! ダカルマス殿下、よろしくお願いいたします!」


「承知いたしました! とはいえ、わたしなどがつらつらと言葉を重ねても、詮無きことでありましょう! ジェノスの料理人の方々の手腕は存分にわきまえておりますため、我々の持ち込んだ新たな食材が美味なる料理に仕上げられる日を、心待ちにしております!」


 ポルアースを上回る声量でそのように語ってから、ダカルマス殿下はアルヴァッハたちのほうに手を差し伸べた。


「そして、もう一点! きっとジェノスの方々には、我々とゲルドの方々の間で悶着が起きたりはしないかと不安に思う向きもありましょう! しかし! 我々が西の地において諍いを起こすことは決してありませんので、どうか心を安らがせていただきたく思います! そうですな、アルヴァッハ殿、ナナクエム殿?」


「うむ。我々、心情、ダカルマス王子、同一である。諍い、起こさないこと、約束する。この約束、絶対である」


 きっと昨日の内に、顔あわせは済んでいるのだろう。ダカルマス殿下にもゲルドの両名にも、不穏な気配はいっさい感じられない。ただ、戦士長のフォルタや壁際に並んだ南の兵士たちが、普段以上に鋭い面持ちをしているばかりであった。


「では、余計な挨拶はここまでということで! ポルアース殿、よろしくお願いいたしますぞ!」


「承知いたしました! では、デルシェア姫とプラティカ殿は、こちらに!」


 純白と藍色の調理着を纏った少女たちが、それぞれの気性に見合った表情と足取りで進み出た。


「本日は、それぞれの食材の扱い方をわきまえておられるデルシェア姫とプラティカ殿に指南していただきます! お二方、どうかよろしくお願いいたします!」


「はい! どうぞおまかせください! わたしの故郷の食材でどれほど素晴らしい料理を仕上げていただけるか、わたしも期待しています!」


「私、心情、同一です」


 南の民と東の民を象徴するような、ふたりの姿である。さらにその背後には3ヶ国の名だたる面々が立ち並んでおり、見ようによっては何かの歴史の一場面を描き表した絵巻物のような風情であった。


 これこそがフェルメスの言う、ジェノスでしか見られない光景であるのだろう。

 俺としては、自分もジェノスの民であるということが誇らしい限りであった。

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