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異世界料理道  作者: EDA
第八十章 天星の集い
1373/1695

序 ~ルウ家の晩餐~

2023.7/17 更新分 1/1

・今回は全7話の予定です。

 ゲルドの貴人を歓待する城下町の晩餐会から、2日後――茶の月の5日である。

 その日、俺たちはゲルドの貴人らをあらためて森辺の集落に招待することになった。


 会場はルウの本家で、招待したのはアルヴァッハとナナクエム、ピリヴィシュロとプラティカ、それにポルアースとフェルメスとジェムドの7名となる。やはりジェノスにとって大事な貴賓たるアルヴァッハたちを正式に招待するには、見届け人としてポルアースたちにも同行していただく必要が生じたのだった。


 そうして貴族を招待するからには、護衛役の部隊もセットとなる。30名ばかりの兵士たちが、家屋の周囲を警護するのだ。森辺の集落に無法者が押し寄せてくることは考えにくかったが、やはり万が一の事態には備えなければならなかった。


 ちなみに城下町での晩餐会からそう日を置かずにアルヴァッハたちを招待したのには、理由が存在する。

 晩餐会の翌日、ついに南の王都の使節団から使者が遣わされて、到着の日取りを告げてきたのである。


 到着の予定日は、茶の月の7日。使節団の団長はロブロスで、ダカルマス殿下やデルシェア姫も予定通り同行している。そして、約束通り新たな食材もどっさり持参しているとのことであった。


 ジャガルの王族をお迎えするとなると、ジェノス城も大わらわとなる。よって、その前にアルヴァッハたちを森辺の晩餐に招待しておこうという話に落ち着いたのだ。それで、ファとルウの家がいっぺんに歓待しようという話になり、俺とアイ=ファもそちらに招かれることになったわけであった。


「城下町の晩餐会、余韻、冷めやらぬ内、新たな面倒、かけること、恐縮である」


 夕暮れ時にルウの集落にやってきたアルヴァッハは開口一番、そのように語っていた。やっぱり彼らはダカルマス殿下やティカトラスに比べると、まだしもつつましい人柄であったのだ。


 ただまあ感心なことに、本日ばかりはティカトラスも同席を願ったりはしなかった。アルヴァッハがルウ家を訪れるなら、自分たちはサウティの家にお邪魔したいと願い出てきたのだ。ゲルドの面々とじっくり交流を深めたいと願っていた俺たちにとって、それは何よりの話であった。


「ただティカトラスは、こちらに遠慮しているわけではないのだろうと思うぞ。あちらはあちらで森辺の集落を訪れるならば、他の貴族や護衛役の兵士など邪魔にしかならないという考えなのであろうよ」


 アイ=ファはそのように評していたが、まあこれこそ結果オーライというものであろう。ティカトラスたちのお世話はダリ=サウティにおまかせして、俺たちはめいっぱいアルヴァッハたちを歓待する心づもりであった。


 そんなわけで、その日の晩餐である。

 ルウ本家の家人は、12名。家長のドンダ=ルウ、伴侶のミーア・レイ母さん、最長老ジバ婆さん、家長の母たるティト・ミン婆さん、長兄ジザ=ルウ、末弟ルド=ルウ、次姉レイナ=ルウ、三姉ララ=ルウ、末妹リミ=ルウ、長兄の伴侶サティ・レイ=ルウ、その子たるコタ=ルウとルディ=ルウ――長姉のヴィナ・ルウ=リリンと次兄のダルム=ルウが家を出て以来、これがルウ本家のフルメンバーだ。


 そこに城下町からの客人が7名と、ファの家の俺とアイ=ファ――そして嬉しいことに、本日はシュミラル=リリンも招待されていた。アルヴァッハたちはリリンとルウの婚儀に立ちあっていたため、近況を伝えるべく招集されたのだった。


「そちら、赤子、授かった、聞き及んでいる。心より、祝福、捧げたい、思っている」


「ありがとうございます。いずれ、リリンの家、招待、願えれば、幸いです」


 アルヴァッハとシュミラル=リリンがそんな言葉を交わしているだけで、俺は何だか胸が詰まってしまった。

 大勢の客人を迎えたルウ本家の人々は、厳格なる気性をしたドンダ=ルウとジザ=ルウを除けば、みんな和やかな面持ちだ。そして本日は特別に、コタ=ルウとピリヴィシュロが幼子同士で隣の席に配置されているのが微笑ましかった。


 コタ=ルウはこの茶の月で4歳となり、ピリヴィシュロは数ヶ月後に7歳となる。ゲルドの民であるピリヴィシュロは年齢の割に背が高いように思えたが、コタ=ルウはコタ=ルウで限りなくあどけないのと同時にどこか大人びた一面も持つ幼子である。そんなふたりが並んで座しているのは、何だかとても可愛らしかった。


「ルウに貴族たる客人を迎えるのは、ずいぶんひさびさのこととなる。おたがいに礼節をわきまえて、交流を深めてもらいたい」


 ドンダ=ルウのそんな宣言とともに、晩餐は開始された。

 本日の主菜は、ギバ・カレーと海鮮カレーの二本立てだ。さらに副菜には、マロール・チリや温野菜のサラダなども準備されている。普段よりもギバ肉を使用していない献立が多いのは、もちろんフェルメスに対する配慮であった。さらには森辺の家人が不満に思わないように、ギバのスペアリブもどっさり準備されていた。


 まずはゲルドの面々も、黙々と食事の手を進める。すると、元気な末弟ルド=ルウが景気のいい声をあげた。


「ついにジャガルの連中も到着するんだなー。しかも、次の日にはさっそくアスタたちが城下町に呼びつけられるってんだろ?」


「うん。あちらで持ち込む新しい食材の検分と、時間さえ許せば晩餐会の厨も預けたいっていう話だったね。その日はちょうど屋台の休業日だったんで、どっちの申し出もお引き受けすることになったわけだよ」


「まったく、せわしねー話だよなー。くたびれ果ててるのは、ひと月も車で揺られてた自分たちのほうだろうによー」


「うん。それよりも、美味なる料理に対する熱情のほうが上回るんだろうね」


「そういう部分は、ゲルドの人らと同様ってことか」


 ルド=ルウの言葉に「恐縮である」と目礼したのは、ナナクエムであった。彼らはジェノスに到着するなり森辺に押しかけて、その翌日には晩餐会の厨を預けたいと申し出てきたのだ。それらもすべて、美味なる料理に対する熱情が一番の理由であるはずであった。


「で? ゲルドから持ち込んだ新しい食材ってのも、いっぺんに披露しようって話なんだよなー?」


「うむ。ただし、南の王都の使節団、意向次第である。あちら、拒めば、別の日、変更となる」


「別に嫌がったりはしねーんじゃねーの? あんたたちも、知らねー仲ではねーんだしよ」


 南の王都の使節団が最初にジェノスを訪れた折には、ゲルドの貴人も晩餐会などで同席することになったのだ。そこで声をあげたのは、外交官のフェルメスであった。


「シムとジャガルの貴き方々が祝宴や晩餐会をともにするというのは、ジェノスならではの光景であるのでしょう。もちろん余所の領地においても、町なかでシムとジャガルの人間が出くわす機会は多いのでしょうが……貴き身分ともなれば、稀であるはずです」


「うむ。そもそも、シムの貴人、西の地、訪れる機会、少ないのでは?」


 アルヴァッハが食事に夢中であるため、ナナクエムがそのように応じる。フェルメスは優美なる微笑とともに「ええ」と答えた。


「僕の知る限り、シムの貴人が西の地を訪れる機会は滅多にないでしょう。ラオリムであろうとジギであろうと、西の地まではひと月以上の道のりでありましょうし――海辺の領地たるドゥラなどは、それ以上なのでしょうからね」


「うむ。ゲルド、同様であるが、長旅、大きな意義、存在した。これほど、大きな交易、想定外である」


「ええ。これも交易の都たるジェノスならではの結果でありましょう。アルグラッドにおわす王陛下も、深く感銘を受けておられるはずです」


 本日はティカトラスも同席していないためか、フェルメスも心からくつろいでいる様子だ。そしてポルアースも、にこにこと朗らかに笑っていた。


「シムとジャガルの貴き方々をいちどきにお迎えするというのは、僕たちにとっても一大事です。それぞれの使節団の方々のお人柄をわきまえていなければ、頭を抱えていたやもしれません」


「うむ。我々もまた、ジャガルの王族、対面、いささかならず、緊迫していたが……プラティカ、言葉により、多少ながら、緩和された」


 ナナクエムがそのように言いたてると、プラティカは凛々しい面持ちで一礼する。その姿を見やりながら、ポルアースは「そうでしょうとも」といっそうにこやかに笑った。


「何せダカルマス殿下は、試食会の場にプラティカ殿を筆頭とする東の方々を招待しておられましたからね。デルシェア姫に至っては、プラティカ殿とともに厨の見学をされるほどに打ち解けておられましたし」


「うむ。しかし、油断、禁物であろう」


「はい。お付きの武官の方々などは、かなり気を張っておられるご様子でありましたからね。それでも使節団の責任者の方々に最大限の信頼を置くことがかなうというのは、僕たちにとって何より得難い話であります」


 すると、無言で聞き耳をたてていたララ=ルウが発言した。


「そういえば、ゲルドの他の人らは、やっぱり城下町の外で過ごしてるんだね。今回も、屋台の常連客になってくれてるよ」


「うむ。使節団、兵士、編成されているため、斯様、取り計らっている」


「うん。あのお人らも、城下町より道端で過ごすほうが性に合ってるんだろうね。そういう部分も、森辺の狩人に似てるんだろうと思うよ」


 ゲルドの貴人を除く使節団の面々は、いつもジェノスからほど近い場所で野営しているのだ。そして日中には、こちらの屋台で昼食を求めてくれるのだった。


「で、そうやってお城や宿屋の世話になることもないから、ゲルドのお人らは使者を出して到着の日を告げる習わしもないのかな?」


「うむ。兵士、単身でも、戦力、重要であるため、使者、遣わすこと、控えている。……もしや、礼節、欠いているであろうか?」


 ナナクエムに鋭い目を向けられて、ポルアースは「いえいえ」と破顔した。


「それで到着の日に豪勢な祝宴でも要求されたならば、僕たちも少なからず辟易してしまうところでありましょうが、ゲルドの方々はそのような無作法とも無縁でありますからね」


「左様であるか。我々、異国との交易、経験、少ないため、礼節、欠いていたならば、即時、伝えてもらいたい、願っている」


「承知いたしました。現時点では何ら問題ありませんので、どうぞお気になさらないでください」


 アルヴァッハが口を開かないためか、いくぶん固い方向に話題が流れがちなようである。

 そちらのお邪魔にならないように気をつけながら、俺はこっそりピリヴィシュロに呼びかけてみた。


「ピリヴィシュロ、今日の料理のお味はいかがでしょうか?」


「びみです。きわめて、びみです」


 アルヴァッハの甥御さんであるピリヴィシュロは、今日も黒い瞳をきらきらと輝かせていた。無表情であるため、どこかオディフィアを思わせる愛くるしさである。そしてその姿に、コタ=ルウも嬉しそうに微笑んだ。


「ばんさん、おいしいね。ピリヴィシュロ、どのりょうりがすき?」


「わたし、カレー、このんでいます。ギバにく、さかな、どちらも、びみです」


「そっか。コタはちいさいから、からくないかれーだけど……ピリヴィシュロは、からいかれー?」


「ふめいです。あじ、ことなるですか?」


「はい。森辺の幼子に普通のカレーは刺激が強すぎるので、香草を控えめにしたものを準備しています。サティ・レイ=ルウも赤子に乳をやる都合から、コタ=ルウと同じものをお出ししていますね。本当にごくわずかな香草しか使っていないので、どちらかというとクリームシチューに近い仕上がりかもしれません」


「クリームシチュー、きわめて、びみでした。カレー、おなじぐらい、このましいです」


 城下町の外で過ごす使節団のメンバーによって、ピリヴィシュロたちにも屋台の料理が届けられているのだ。それでピリヴィシュロが通常のギバ・カレーでも問題ないことはリサーチ済みであった。


「コタはとっても楽しそうだねぇ……そんなにピリヴィシュロと会いたかったのかい……?」


 ジバ婆さんがこちらの会話に加わると、コタ=ルウは屈託なく「うん」とうなずいた。


「ピリヴィシュロだけじゃなく、アスタとアイ=ファもきてくれたから、もっとうれしい」


「そうだねぇ……婆も、とっても嬉しいよ……」


 俺とアイ=ファはつい4日前、ゲルドの使節団がジェノスに到着した日にも、ルウ家の晩餐に招かれている。しかしそれで喜びの思いが減じることはない。リミ=ルウもさきほどからご機嫌の様子で、アイ=ファに語りかけていた。


 そんな中、ドンダ=ルウやジザ=ルウが静かであるのは、いつものことであるが――今日はレイナ=ルウまでもが押し黙り、熱情の宿された眼差しでアルヴァッハの様子をうかがっている。レイナ=ルウにしてみれば、アルヴァッハの評価が気にかかってならないのだろう。俺も存分に腕をふるわせていただいたものの、あくまで本日の取り仕切り役はレイナ=ルウであったのだった。


「ところで、アスタ、およびアイ=ファ。王都の貴族ティカトラス、関係、平穏であろうか?」


 と、ポルアースやララ=ルウと語らっていたナナクエムが、ふいにそんな質問を飛ばしてきた。


「ええまあ、決して不穏な関係ではないつもりですが……何かご心配をおかけしてしまいましたか?」


「うむ。先日、晩餐会、多少ながら、気を張っている、感じられた。アイ=ファ、まだしも、アスタ、珍しい、思ったので、いささか、気になっていた」


「そうでしたか。でも俺もティカトラスのことは嫌っていませんし、根本の部分では信用しているつもりです。ただ、あのお人はいきなり突拍子もない申し出をしてくることが多いもので……それに対しては、いくぶん気を張っているかもしれません」


「それはおそらく、森辺の民の過半数が同じような心情であろうと思う」


 ずっと無言であったジザ=ルウが、ついに声をあげた。


「俺もまた、アスタとそれほど掛け離れた心情ではない。もう少しでも身をつつしんでもらえれば、こちらの心持ちもずいぶん違ってくるのだが……貴族に対してそのように考えることこそ、不遜なのであろうな」


「いやいや。それは僕たちにしても同じようなものでありますからね。それでも森辺の方々は短慮を起こすことなく最大限に便宜をはかってくれているのだから、もう感謝するばかりでありますよ」


 そのように言ってから、ポルアースはちらりとフェルメスのほうを見た。


「と……僕のこんな言い草も、やはり不遜でありましょうか?」


「いえ。僕はジェノスの動向を正しく把握するのが役目となりますが、晩餐における会話の内容を報告書にしたためるようなことはありません。どうぞ気兼ねなくお語らいください」


「そうですか。もちろん僕も、ティカトラス殿を誹謗するつもりはないのですが……やはりあの闊達に過ぎる振る舞いには、時おり頭を抱えてしまいますからね。今日も同席したいと申し出てくるのではないかと、ひそかに心配しておりました」


 冗談めかした口調で言いながら、眉の下がり具合に本音がこぼれているポルアースであった。


「ですが、ゲルドの方々はティカトラス殿に悩まされているご様子もないので、その点は安堵しておりましたよ」


「うむ。ティカトラス、通商の手管、見事である。我々、見習いたい、考えている。ただ……奔放さ、幼子のごときである。よって、森辺の民、関係、平穏か、気にかかっていたのである」


「……そのように申すナナクエムは、ティカトラスにいっさい懸念を覚えていないようだな」


 と、ついにはドンダ=ルウまでもが会話に加わった。

 ナナクエムは厳粛なる眼差しで、「うむ」と応じる。


「ただし、おたがい、客人の立場、あるためであろう。ティカトラス、ゲルド、客人として、迎えたならば……我々、ジェノスの貴族、および森辺の民、似た心情、抱える、必定である」


「うんうん。あたしも城下町なんかだと、ティカトラスの言動はあんまり気にならないんだよね。あそこは、貴族の居場所だからさ。ただ、それと同じ調子で森辺にまでやってこられると、やっぱり少しだけ気を張っちゃうかな」


 そのように語ってから、ララ=ルウはアイ=ファのほうを振り返った。


「でもまあ、アイ=ファやヤミル=レイは城下町でも気が休まらないだろうね。明らかに、ふたりに対してはティカトラスの勢いが違ってるからさ」


「うむ。しかしこちらも、心を律して正しき絆を求めるしかあるまい。相手は、王都の貴族であるのだからな」


 凛々しい面持ちで返事をしつつ、アイ=ファは小さく息をつく。ことティカトラスに関しては、アイ=ファが一番の気苦労を背負っているはずであった。


「でも本当に、このたびは大変な騒ぎですね。西の王都の方々に、ゲルドの方々に、南の王都の方々に……あと、まったく気苦労はないのでしょうけれど、バナームの方々まで同時にお迎えしているのですから」


 ルディ=ルウの眠る草籠を揺らしながら、サティ・レイ=ルウがそのようにつぶやいた。


「わたしなどは家にこもりきりですので、何の苦労を負うこともありませんけれど……だからこそ、苦労を負ってくれている方々には心から感謝しています。そういった尽力こそが、子供たちに明るい行く末をもたらしてくれるのでしょうからね」


「うむ。我々、苦労、かけないよう、厳しく、自分、律する、所存である」


「あら、ゲルドの方々に苦労をかけられているという気持ちはありませんでした。お気を悪くさせてしまったなら、お詫びを申しあげます」


 サティ・レイ=ルウが柔和に微笑みかけると、ナナクエムは珍しくも口もとをぴくりと動かした。おそらくは、微笑の誘発をこらえたのだ。それでも彼はいくぶん気恥ずかしそうに目を伏せつつ、シュミラル=リリンのほうを振り返った。


「ともあれ、赤子の面倒、何より、重要、使命である。シュミラル=リリン、同様である」


「はい。ですが、家、女衆、守ってくれています。私、必要であれば、力、尽くす所存です」


 そのように語りつつ、シュミラル=リリンは俺のほうを振り返ってくる。まるで視線のバトンリレーだ。


「でも、アスタ、疲労、見えませんので、私、安心しています」


「ええ。今のところ、大きな面倒は持ち上がっていませんからね。この時期に貴き方々が大集合するのは事前に想定できていたので、それも大きいんだと思います」


 決して強がりではなく、俺はそのように答えることができた。

 すると、ティト・ミン婆さんがゆったりと微笑みかけてくる。


「アスタもすっかり、いっぱしの男衆だねぇ。まあ、間もなく20歳なら、それが当然の話なんだろうけど……出会った頃の若衆っぷりが、懐かしくてならないよ」


「あはは。その節は、お世話になりました」


 最近はすっかり若い女衆がかまど仕事を受け持つようになっていたので、ティト・ミン婆さんとはこうして言葉を交わす機会も減っていたのだが――しかし、俺が初めてジバ婆さんのためにハンバーグをこしらえたとき、ティト・ミン婆さんはそれを手伝ってくれたひとりであったのだ。俺はティト・ミン婆さんの語る言葉からも、森辺の民の何たるかを学んだつもりであった。


「アスタ、出会うたび、成長、遂げている。それもまた、当然、話なのであろうが……しかし、成長、度合い、感服、値する」


 そのように言ってから、ナナクエムはふっと目を細めた。


「まあ……この1年、苦難、思えば、それもまた、必然である。苦難、大きければ、乗り越えた後、成長、大きい、必然である」


「はい。他の人たちに支えられて、何とか無事に過ごすことができました。今後も苦労を惜しまず、頑張っていくつもりです」


 俺はその場に居合わせたすべての人々に向けて、そのように宣言してみせた。

 ナナクエムは、「うむ」とうなずき――そして、いまだひと言も語ろうとしない朋友のほうに目をやった。


「アルヴァッハ、何故に、無言であるか? 美味なる料理、口、しながら、無言、つらぬく、不穏である」


「うむ。語らい、邪魔しない、配慮である」


 青い瞳を爛々と輝かせながら、アルヴァッハは重々しい口調でそう言った。


「しかし、限界、近かった。喜び、驚嘆、感服の思い、胸中、渦巻き、暴発、寸前である。我、寸評、許されるであろうか?」


「許されない、答えたならば、如何なる振る舞い、見せるのか、不明である」


 ナナクエムが深々と溜息をつくと同時に、アルヴァッハは詠唱のごとき東の言葉で長々と語り始める。

 そうしてゲルドの貴人たちを迎えた夜は、しんしんと更けていき――その2日後に、俺たちは南の王都の使節団を迎えることに相成ったのだった。


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