城下町の晩餐会③~さらなる心尽くし~
2023.7/1 更新分 1/1 ・7/2 誤字を修正
しばらくすると、すべての皿が空になった。
ギバ・タンとネルッサのハンバーグなどはかなりの量を準備していたのに、けっきょくアイ=ファとアルヴァッハの活躍によってすべて胃の中に収められてしまったのだ。アルヴァッハのみならず、アイ=ファもすこぶる満足そうな眼差しをしていていたので、俺としても幸福な心地であった。
「では次は、レイナ=ルウの取り仕切りで仕上げられた料理だな。こちらも楽しみなことだ」
本日はマルスタインも口数が少なめであったが、こういう進行の場では抜かりなく発言する。きっとマルスタインはなるべく出しゃばらないように心がけながら、個性的な客人たちの言動を見守っているのだろうと思われた。
それに、アイ=ファやヴィケッツォやデギオンはもともと寡黙であるし、食事の場ではアルヴァッハがはりきるためか、ナナクエムも遠慮がちである。それでプラティカはひとり気を張ってしまっているし、アラウトやカルスやピリヴィシュロはひかえめな態度であるので、これだけの大人数でありながら、アルヴァッハやフェルメスやティカトラスの言葉ばかりが響きわたっているように感じられた。
(まあ、食事の場ではアルヴァッハも料理に夢中だもんな。しばらくは、思うさま料理を楽しんでいただこう)
そんな中、今度はレイナ=ルウの料理が運ばれてきた。
こちらの献立は、全4種だ。別なる敷物では、レイナ=ルウが熱情を燃えたぎらせているはずであった。
「料理の解説は、どうしましょう? 俺とレイナ=ルウが席を交換しましょうか?」
「……アスタ、説明、困難であろうか?」
「いえ。いずれも見知った料理ですので、最低限の説明はできるかと思いますが……でもきっと、レイナ=ルウは自分の耳でアルヴァッハの感想を聞きたいと願っているでしょうね」
アルヴァッハは底光りする目で、レイナ=ルウが座する敷物のほうを見た。そちらに陣取っているのはリーハイムやポルアースといった伯爵家の面々だ。
「……サトゥラス伯爵家、第一子息リーハイム、いずれ、婚儀の宴料理、レイナ=ルウ、依頼する、聞き及んでいる。であれば、この場、料理の説明、願うのでは?」
「ああ、それはそうかもしれませんね」
「そちら、邪魔する、心苦しい。この場、アスタ、説明、一任し、レイナ=ルウ、のちほど、直接、語りたい、願う」
「一介のかまど番たるレイナ=ルウ殿に、ゲルドの貴人たるアルヴァッハ殿はそうまで心を砕いてくださるのですね」
アラウトが感服しきった様子で声をあげると、アルヴァッハは岩の彫像のごとき顔で振り返った。
「アスタ、手腕、見事であるが、レイナ=ルウ、それに次ぐ、力量であろう。また、レイナ=ルウ、心根、正しいので、我、心より、敬愛している」
「はい。僕も兄上の婚儀においてはレイナ=ルウ殿のお世話になっておりますので、心から敬愛しております」
アラウトの純真なる眼差しとアルヴァッハの力強い眼差しが、真っ向から交錯する。やはりこちらの両名は、おたがいの誠実さが共鳴するようであった。
「では、アスタ、説明、願いたい」
「はい。レイナ=ルウも、なるべくメライアと南の王都の食材を扱おうという考えで献立を決定しました。ただそれよりも、俺の献立との兼ね合いを重視していますので、そのように思し召しください」
レイナ=ルウが準備したのは、魚介を主体にした汁物料理、スパイシーな焼き物料理、副菜の揚げ物料理、そして温野菜のサラダというラインナップであった。
「ふむ……こちら、すべて、レイナ=ルウ、考案であろうか?」
「俺がまったく関与していないのは、汁物と焼き物ですね。揚げ物と野菜料理は、俺が考案したものにレイナ=ルウが工夫を加えた献立になります」
すると、遠慮を知らないティカトラスが「ほうほう!」と割って入った。
「しかし、そもそも森辺に美味なる料理という文化をもたらしたのは、アスタなのだろう? であればどのような料理でも、もとをただせばすべてアスタが源流ということになるのじゃないかな?」
「うーん。まあ、そういう考え方もできるかもしれませんけれど……よっぽど奇抜な料理でなければ、調理の基本的な作法に大きな変わりはないでしょう? 俺が伝えた特殊な調理法などが積極的に取り入れられていなければ、それはレイナ=ルウ独自の料理と見なしていいように思います」
「そうかそうか! まあ何にせよ、重要なのは味であるからね!」
そんな言葉を交わしている間に、配膳が完了した。
まずは俺も、レイナ=ルウたちの力作をいただく。いずれも見知った料理であったが、それで期待や喜びの思いが減ずることはなかった。
他の面々も満足そうに食しているし、ひときわ目をひくのは幼子のピリヴィシュロだ。彼は誰よりも熱心に手と口を動かしており、ときおり表情を隠すために顔を伏せていた。やはり6歳という幼さでは、完全な無表情を保つことは難しいのだ。
(つまり東の人たちっていうのは、努力の結果として無表情なんだよな。つくづく、面白い習わしだなぁ)
しかしどれだけ無表情でも、挙動や目の輝きには感情がこぼれている。俺はピリヴィシュロの星のようにきらめく黒い瞳を、何より好ましく思っていた。
そうして最初に取り分けられた分を食べ終えると、アルヴァッハがまた東の言葉で語り始める。その間は誰もが無言で食事を進めているのが、なかなか楽しい光景であった。
「それでは、通訳いたします。……まず、こちらの汁物料理は素晴らしい完成度である。我は香草の料理にばかり執心する立場ではないが、こちらの汁物料理と焼き物料理には胸を震わされてやまない。これらの料理で使われた香草の配合は、いずれも秀逸である。汁物料理においてはココリとイラを主体にした香草が、魚介の出汁および具材と完璧に調和している。また、辛みと酸味と香ばしさの調和も、見事のひと言である。《銀星堂》のヴァルカスであれば、さらに甘さをも調和させようと考えるのやもしれないが……それを物足りなく思う気持ちはない。こちらの料理はこれで完成していると断じてはばかるものはなかろうと思う」
やはり香草を主体にしたスープと香味焼きは、アルヴァッハの琴線に触れたようだ。その後には、俺でもちょっと難しく感じるぐらい入念に香草の配合の見事さが語られることになった。
「そして、アスタの考案したものをさらに発展させたという副菜と野菜料理についてであるが……こちらもまた、前のふた品に劣らない完成度である。また、揚げ物の副菜に関しては、並々ならぬ独創性を感じてやまない。シャスカを揚げ物の具材として扱おうというのはゲルドでも一切見かけたことのない作法であるし、ただ奇抜さを重んじた結果でないことは味わいの素晴らしさが証明している。タラパを主体にした調味液にも隙はないし、シャスカの内に隠された乾酪の味わいも格別である。我は東の民として香草の料理をこよなく愛している身であるが、わずかなピコの葉しか使用されていないこちらの料理も同じほどに胸を躍らされてやまない。こちらの衣はぎばかつやころっけと同質であるようだが、その食感もシャスカを主体にした具材と過不足なく調和している。これは昨日ルウの集落にて賜った、アスタのシャスカ料理にも劣らない斬新さと完成度である」
アルヴァッハの言葉からも察せられる通り、揚げ物の副菜というのはいわゆるライスコロッケであった。城下町の屋台で出す料理の候補に挙げられながら、やはり食器を使わないと提供が難しいという理由で取りやめられた品である。しかしその味わいに感銘を受けたレイナ=ルウが、独自に味付けを工夫して立派な料理に仕立てあげたのだった。
「一転して、野菜料理は簡素な仕上がりである。しかしそれは、他なる豪奢な料理との兼ね合いであろう。そうして舌を休めるための品でありながら、こちらも出来栄えにまさり劣りはない。具材として使用されたネルッサ、ドーラ、マ・ティノ、アリア、ネェノン、チャッチ、チャン、レミロムは、いずれも火加減が素晴らしく、それぞれの異なる食感がまたとない彩りになっている。そして、調味液として使用されている特別仕立てのまよねーずが、また秀逸である。ホボイの香りが匂いたつこちらのまよねーずが、すべての具材と幸福な調和を見せている。そして、わずかに加えられたしちみチットが、きわめて心憎い。今さらシムとジャガルの食材の結実を取り沙汰するのは、野暮な話なのであろうが……だがやはり、ジャガルの食材たるホボイとシムの食材たる香草がこうまで華麗な調和を見せるのは、きわめて感慨深い。そうであるからこそ、我々も南の王都の面々も、おたがい敵対国の食材を買いつけずにはいられないのであろう」
そちらの温野菜サラダでレイナ=ルウが考案したのは、ゴマ油に似たホボイ油で仕上げたマヨネーズである。俺が昔から使用しているホボイのドレッシングから着想を得て、レイナ=ルウが新たなマヨネーズを作りあげたのだ。レテンの油ではなくホボイの油でマヨネーズを仕上げると、なかなかに風変りな味わいとなって、それが温野菜サラダといい具合にマッチしたのである。そして、マヨネーズに七味チットを加えるというのは、古い時代に勉強会で開発した一案であった。
(それにしてもアルヴァッハは、マヨネーズや七味チットの名前まで覚えてくれてたんだな)
なおかつ、通訳のフェルメスはそれらの言葉がいかにも舌に馴染まない様子であったが、アルヴァッハははっきり「マヨネーズ」や「七味」と発音していた。アルヴァッハに限らず、東の人々というのは俺が持ち込んだ故郷の言葉を発音しやすいようであるのだ。「ギバ・カツ」や「コロッケ」といった言葉も、また然りであった。
「確かにレイナ=ルウの料理も、アスタに負けない出来栄えでありましたな! わたしも、心から満足しております!」
と、フェルメスが通訳の仕事を終えると、ティカトラスがすぐさま元気な声をあげる。
「しかしまた、名うての美食家として知られるアルヴァッハ殿にそうまで賞賛していただければ、レイナ=ルウも光栄な限りでありましょう! あの美しき顔が幸福そうに輝く姿を想像するだけで、わたしも満ち足りた気持ちであります!」
当人がいなければ、容姿の賞賛も許されるのだ。アルヴァッハは重々しく「うむ」と応じてから、カルスのほうを振り返った。
「カルス、驚嘆の思い、深まっている、見受けられる。レイナ=ルウの料理、感銘、大きかったのであろうか?」
「あ、は、はい。ア、アスタ殿のご準備された料理は、以前にも似たような献立をいただいていましたので……あ、それでももちろん、あの頃とは比較にならない完成度であったのですが……レ、レイナ=ルウ殿の料理には見知らぬ作法も多々見受けられたので、より大きな感銘を受けてしまいました」
「もっとも、大きな感銘、料理、いずれであろうか?」
「や、やっぱりこの、シャスカの揚げ物でありますね! 以前にいただいたぎばかつやころっけといった料理にも負けない仕上がりであるかと思います! シャスカを揚げ物にしようという発想にも驚かされましたし、具材の扱いや調味液の工夫に関してもまったく文句のつけようはないかと思われます!」
「うむ。我、心情、同一である。……調味液、アスタ、考案した、ケチャップであるな?」
「あ、はい。ケチャップをもとにして、レイナ=ルウがさらに工夫を凝らした調味液となりますね」
「うむ。マヨネーズ、同様である。アスタ、もたらした、目新しい作法、レイナ=ルウ、独自、発展させた。レイナ=ルウのみならず、森辺の料理人、学習能力、秀でている、証である」
「そうですね」と応じたのは、通訳に徹して自分の感想を差し控えていたフェルメスであった。
「ダカルマス殿下の開催された試食会という場においても、そういった話は取り沙汰されていました。アスタと森辺の民は、出会うべくして出会ったのでしょう。アスタが森辺に幸福をもたらして、森辺がアスタに幸福をもたらしたのです」
その言葉に、アイ=ファがいくぶん落ち着かなさそうに身じろぎした。言葉の内容そのものは好意的であるが、どこか『星無き民』を意識した内容なのではないか――と、感じたのであろうか。それはまた、俺自身の感想でもあった。
(聖アレシュは王国に鋼の文化をもたらして、俺はジェノスに美味なる料理をもたらした――っていうのが、フェルメスの論法らしいしな)
まあ何にせよ、フェルメスの言葉そのものは俺にとっての真実である。俺に幸福をもたらしたのは、アイ=ファを擁する森辺の集落であったのだった。
「ともあれ、アスタとレイナ=ルウの料理を喜んでいただけたようで、何よりだ。ジェノスの領主として、わたしも誇らしい気持ちでいっぱいだよ」
と、マルスタインが珍しく真正面から笑顔を向けてきたので、俺は恐縮しながら一礼することになった。
「では、トゥール=ディンの菓子の前に、プラティカとカルスの料理だね。どちらを先に味わわさせていただけるのかな?」
「はい。カルスの料理、先、取り決められました」
ずっと無言であったプラティカが、緊迫しきった声音でそのように応じた。以前であれば、プラティカも夢中になってアルヴァッハと感想をぶつけあっていたものだが、今日ばかりは自分の料理の評価に心をとらわれているようであった。
いっぽうアルヴァッハは何の感情も見せないまま、お茶をすすっている。きっと俺の見ていない場所では、再会の喜びを分かち合っていたのであろうが――俺としては、いささか落ち着かないところであった。
そんな中、カルスの料理が運ばれてくる。
そちらは、黒フワノの饅頭であった。
「こ、このように立派な晩餐会で簡素な料理をお出ししてしまい、申し訳ありません。あ、間つなぎの舌休めと思っていただけたら幸いです」
ころんとした体型のカルスは、主人の隣で小さく縮こまってしまう。彼はトゥール=ディンやマルフィラ=ナハムに負けないぐらい、謙虚な人柄であるのだ。
だが――やはりその料理は、舌休めなどに留まる出来栄えではなかった。そちらは数々の香草と具材を駆使した、実に刺激的な味わいであった。
「カルスの料理……ゲルドの食材、数多く、使われているようである」
「は、はい。バ、バナームでは、まだゲルドの食材を手にしたばかりですので……ジェ、ジェノスで授かった知識と経験をもとに、誰もが頭をひねっているさなかであるのです」
カルスは森辺と城下町の両方で、目新しい食材の扱い方を習っていたのだ。それでこれは、城下町で習い覚えた作法が活かされているのであろうか。森辺では、なかなかお目にかかれないような仕上がりであった。
まず具材として使われているのは、細切りにされたカロンの肉と、長ネギのごときユラル・パ、小松菜のごときファーナ、キュウリのごときペレとなる。肉を除けば、いずれもゲルドの食材であった。
それらの具材は調味液とともに焼きあげられていたが、そちらの調味液にもゲルドの食材がふんだんに使われている。山椒のごときココリ、大葉のごときミャン、セージのごときミャンツ、ヨモギのごときブケラという4種の香草はすべて使われているようであるし――魚醤にマロマロのチット漬け、さらにはアンチョビのごときペルスラの油漬けの風味まで感じられる。魚の身は見当たらなかったので、風味の溶け込んだ油だけを使用したものと思われた。
なおかつ、清涼なる柑橘系の香りに、あまり馴染みのない酸味も味の中核を担っている。柑橘系は夏ミカンに似たワッチであろうが、この酸味は別物だ。とてもまろやかでありながら、刺すような鋭さも含まれており――俺にはあまり覚えのない味わいであった。
ふた口サイズの饅頭を入念に味わったアルヴァッハは、すみやかに東の言葉で長広舌を披露する。それで、俺の疑念は解消することになった。
「では、通訳いたします。……こちらの料理には、ギャマの乾酪および腸詰肉を除くゲルドおよびドゥラの食材がのきなみ使用されている。すなわち、ユラル・パ、ファーナ、ペレ、ワッチ、ココリ、ミャン、ミャンツ、ブケラ、ワッチの酒、ギャマの乳酒、魚醤、ペルスラの油漬け、マロマロのチット漬けである。それらはいずれも我々が西の地にもたらした食材であるが、それをひとつの料理に注ぎ込んで十全なる調和を目指すというのは、驚くべき手腕である。いずれも馴染みの深い食材であるからこそ、それが如何に困難な所業であるかはまざまざと体感できる。この時点で、カルスが卓越した腕を持つ料理人であることは明白であろう」
「い、いえ。ぼ、僕などは、そんな大層なアレではございませんので……」
「とりあえず、最後まで聞いていただけますか? ……まず、4種の香草を調和させるだけでも困難であろうに、そこにもまったく不備は見られない。いっそチットやイラといった強い辛みを持つ香草をも加えたならば、それを軸として調和を目指すこともできそうなところであるが……こちらの料理には、ゲルドの4種の香草しか使われていない。ゲルドにおいても、これらの4種を同時に使用する料理は稀である。それを可能にしただけで、カルスの手腕には感服するばかりであるが……さらにはゲルドの野菜や果実、ドゥラの調味料とペルスラの油漬け、果てには酒類まで調和させるというのは、もはや魔術にも似た手管である。そして、これだけ複雑な味わいでありながら、料理の主役となっているのはカロンの肉および黒フワノの皮である。それは、森辺の料理人マルフィラ=ナハムや、ひいては城下町の料理人ヴァルカスにも通ずる作法であり……このような手腕を持つ料理人が新たに現れたことに、驚きを禁じ得ない。この地でカルスと巡りあえた幸福を、我は神々に感謝したく思う。……以上です」
それだけの賛辞をいただきながら、カルスは「きょ、恐縮です」と頭を下げるばかりである。
ともあれ、俺の疑問は氷解した。この独特の酸味は、ギャマの乳酒であったのだ。ギャマの乳酒はきわめて風味が強烈であるため、森辺でもなかなか使い道を見いだせていなかったのであった。
(それにしても、ゲルドとドゥラの食材をすべてひとつの料理にぶちこむなんてなぁ。俺には思いつかない発想だし……思いついても、それでまともな料理に仕上げるのは無理そうだ)
ただ俺は深く感服すると同時に、ほんの少しだけ物足りなさを感じていた。アルヴァッハはマルフィラ=ナハムやヴァルカスを引き合いに出していたが、彼女たちであればもっと完璧に仕上げられるのではないかと考えたのだ。
「……そういえば、今日はどなたがカルスの仕事を手伝ったのでしょうか?」
「あ、は、はい。きょ、今日は、ジェノス城の料理番の方々が手伝ってくださいました。ダ、ダイア殿はお城の御用がありましたので、それ以外の方々ということになりますが……」
俺が「なるほど」と首肯すると、アルヴァッハが鋭い目つきで振り返ってきた。
「アスタ、我、異なる感慨、抱いているようである。よければ、感想、願いたい」
「あ、いえ。それはちょっと、はばかりのある内容ですので……」
俺がそのように答えると、マルスタインが鷹揚に呼びかけてきた。
「ジェノス城の料理番たちに気兼ねをする必要はないよ。こちらの料理に、何か不備でもあったのかな?」
「いえ。決して不備というわけではないのですが……カルスの味の調合はものすごく繊細だと思うので、それを完全に体現できるのは《銀星堂》や料理長の身分にある方々だけなのかなという思いを抱いてしまいました」
「ああ。今日は《銀星堂》に予約の客が入っていたため、ヴァルカスたちに手伝いを願うことはできなかったのだ。……そうか。ヴァルカスたちが手伝っていれば、こちらの料理もさらなる向上を目指せていたのかもしれんな」
「こちら、さらなる向上、望めるのであろうか? ……我、驚き、禁じ得ない」
そう言って、アルヴァッハは深く息をついた。
すると、カルスではなくアラウトが恐縮しながら発言する。
「ですが、こちらのカルスは自ら考案した料理を満足な形で作りあげることのできない身であるのです。アルヴァッハ殿の賞賛は光栄な限りであるのですが……その一点は、お含み置きいただきたく思います」
「……その言葉、不可解である。何故、自分の料理、作りあげること、かなわないのであろうか?」
「アスタ殿やヴァルカス殿いわく、きわめて鋭敏な舌と独創的な発想を持ちながら、調理の手が追いつかないようであるのです。カルスが指示を出して、ヴァルカス殿らが仕上げることで、初めて理想の料理を作りあげることがかなうようであるのですね。ですから、並み居る料理人の方々には、まだ何歩も及んでいない身であるのでしょう」
そのように言ってから、アラウトは純真なる微笑をカルスに投げかけた。
「でもそれは、君がまだまだ若いためであるのだろう。僕は現時点でも君の存在を誇らしく思っているし……いずれ経験を積んだ君が、バナーム城の料理長となることを期待しているよ。そのときこそ、君はアスタ殿やヴァルカス殿に並び立つほどの料理人になれるはずだ」
「と、と、とんでもない話です」と、カルスはぺこぺこと頭を下げる。
ただその丸っこいお顔には、ふにゃんとした笑みがたたえられていた。敬愛する主人に温かい言葉を投げかけられて、ごく純粋に喜んでいるのだろう。気弱な彼が見せる、貴重で魅力的な笑顔であった。
「カルス、成長、楽しみである。そして、ヴァルカス、協力、得られる日、待望している」
アルヴァッハのそんな言葉で、カルスの料理の批評も終了した。
そうしてついに、プラティカの出番である。その紫色の瞳は、もはや狩人そのものの眼光をたたえていた。
「では、私、料理、供します」
「うむ。出来栄え、楽しみである」
小姓と侍女が、新たな皿を運び入れてきた。
その内容は、焼き餃子である。彼女はかつて森辺でも、それを独自の料理としてお披露目していた。
「……こちら、アスタ、考案した、料理であるな?」
「はい。私なり、発展させました」
宴衣装のプラティカは、長く垂れた金褐色の髪を後ろに振りやって、ぐっと胸をそらした。
大皿は3枚準備されており、そちらからひとつずつ小皿に取り分けられていく。彼女は3種の焼き餃子を準備していたのだ。
外見は、いずれもオーソドックスな形に統一されている。ただ、白い皮の向こうに透ける具材が、それぞれ異なる色合いをしていた。朱色、深い緑色、淡い褐色というラインナップだ。
「右から、じょじょに、味付け、強くなります。無論、食べる順番、自由です」
プラティカはそのように語っていたが、それならばやはり味付けが薄い順に食していくべきであろう。なかかつ、右端と真ん中の焼き餃子はフェルメスにも供されていたので、獣肉が使われていないということであった。
まず朱色の焼き餃子を口にした俺は、その好ましい味わいに思わず目を細めてしまった。白菜に似たティンファと長ネギに似たユラル・パだけで仕上げられた、野菜餃子である。朱色の色彩は梅干しに似た干しキキであり、なおかつ大葉に似たミャンも細切りにされて練り込まれていた。
もちろんそれ以外にも、タウ油をベースにしたタレが仕込まれている。後掛けの調味液を使うことなく、すべての味があらかじめ具材に施されているのだ。そこに干しキキやミャンをおすすめしたのは、たしか俺自身であるはずであった。
しかし、遠き昔日に試食をさせてもらった際よりも、遥かに味が向上している。肉などひとかけらも使っていないのに、肉餃子を思わせる力強い味わいであるのだ。ティンファそのものに細工を凝らして肉に似た食感を作っているようだが、そこからあふれ出る旨みまでもが肉汁を連想させるのが不思議なところであった。
そうして2種目の緑色をした焼き餃子は、また目新しい味わいである。そちらはレンコンに似たネルッサと、ヨモギに似たブケラが主体となっていた。
あとはきっと、魚介の出汁もふんだんに使っているのだろう。ほどよい食感を残したネルッサのみじん切りを噛みしめると、それこそ魚介そのもののように豊かな汁気があふれ出てくる。そして、ブケラの風味とほろ苦さが、清涼な後味を残してくれるのだ。味付けそのものは最初の品より強めであったが、より繊細に感じられるのはこちらのほうであった。
そして最後の褐色をした品は、ギバ肉を使った肉餃子となる。
そちらには、ニンニクに似たミャームー、ショウガに似たケルの根、豆板醤に似たマロマロのチット漬け、山椒に似たココリなど、強い味を持つ食材がふんだんに使われている。それが、ギバ肉の力強い味をいっそう引き立てていた。
それに、このしっかりとした食感は、間違いなくギバ・タンだ。俺のハンバーグと同様に、プラティカもギバ・タンのミンチを選んでいたのだった。
こちらはもう正真正銘の肉汁が、舌の上で跳ね回る。奇抜なところはひとつもないが、ギバ料理としては極上の仕上がりであろう。森辺のいかなる家で出されても、この仕上がりに不服を申し立てる人間はいないはずであった。
「……美味である」
3種の焼き餃子を食べ終えたアルヴァッハが、重々しくそのように宣言した。
フェルメスが自分の出番を待ちかまえているが、それ以上は口にしようとしない。プラティカは苦痛をこらえるように眉をひそめつつ、ぐっと身を乗り出した。
「……やはり、簡素でしたか? ご満足、いただけませんか?」
「我、美味、評した。何故、不満、思うのであろうか?」
アルヴァッハは、決して感情を覗かせない。それでプラティカは、形のいい唇を噛むことになった。
「アルヴァッハ様、満足したならば、長き感想、いただけるはずです。……やはり、ご不満ですか?」
アルヴァッハは木の幹のような首を傾げつつ、かたわらの幼き甥御を見下ろした。
「ピリヴィシュロ、感想、如何であろうか?」
「びみです。きわめて、びみです。われ、とても、まんぞくです」
ピリヴィシュロは両手で口もとを隠しながら、プラティカのほうを振り返った。その黒い瞳は、これまで以上にきらきらと輝いている。
「プラティカ、りょうり、しょくする、いちねんぶりです。あのころ、ひかく、なりません。じょうたつ、きょうたんです」
「うむ。我、心情、同一である。……喜び、深いため、言葉、咽喉の下、詰まったようである」
甥御の小さな頭を軽く撫でてから、アルヴァッハはそのように言いつのった。
「それでも、あえて、語るならば……プラティカ、努力、集約されている。森辺の作法、城下町の作法、ともに、取り入れながら、ゲルドの作法、重んじている。我々、もっとも、好ましい、味わいであろう。また、故郷の食材、異国の食材、配分、見事である。こちらの料理、目新しさ、馴染み深さ、等分である。これこそ、ゲルドの民、ありながら、異国、修練、積んだ、料理人ならではである。……我、深く、満足している」
おそらくプラティカはこれまでと異なる理由から、きつく眉をひそめた。その紫色の瞳に、うっすらと涙が浮かべられている。
すると、まだ口もとを隠しているピリヴィシュロがアルヴァッハの顔を見上げた。
「プラティカ、ゲルド、かえれますか? プラティカ、もどったら、かぞく、みな、よろこびます」
その言葉に、プラティカはハッとした様子で身を震わせ、目もとをぬぐってから、さらに身を乗り出した。
「アルヴァッハ様、私――」
「弁解、不要である。プラティカ、帰還、まだ先であろう」
「そうなのですか? でも、プラティカのりょうり、きわめて、びみです」
「確かに、美味である。ただし、日々の晩餐、相応しき、味わいである。宴料理、仕上げるには、さらに、長き時間、必要であろう」
そのように語りながら、アルヴァッハはすっと目を細めた。
そのまぶたに半ば隠された青い瞳には、とても優しげな光がたたえられている。
「プラティカ、1年足らず、これほど、成長した。次の1年、どれだけ、成長、望めるか。期待、ふくらむ、ばかりである。プラティカ、さらなる成長、期待している」
プラティカは、「はい」とうなだれた。
その目から落ちた涙が、一滴だけ敷物にしみを作る。
俺は安堵の息をつきつつ、アイ=ファのほうを振り返った。
するとアイ=ファは、ピリヴィシュロと同じように口もとを隠していた。
きっと、微笑をこらえられなかったのだろう。
プラティカの成長が認められたのが嬉しかったのか、プラティカがまだジェノスに留まることを喜んでいるのか――ともあれ、プラティカと並ぶとどこか姉妹のように見えることのあるアイ=ファであれば、その喜びはひとしおなのであろうと思われた。




