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異世界料理道  作者: EDA
第七十九章 華燭と奉迎
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森辺の勉強会③~試食~

2023.6/28 更新分 1/1

 そうして四半刻ほどが過ぎて、ついに料理と菓子が完成した。

 それを大皿に盛りつけて戸板の外に出てみると、いつの間にやら新たな敷物が持ち出されて、客人たちもそこに座している。アルヴァッハたちは手馴れたものであったが、ゲルドの貴人と間近に座したアラウトはいつも以上に背筋がのびてしまっていた。


「お待たせしました。こちらの汁物料理を除く料理と菓子は、いずれ城下町の屋台で売りに出そうかと考案した献立になります。アルヴァッハたちのお口に合えば幸いです」


「うむ。アスタたち、心づかい、深く、感謝する。……ピリヴィシュロ」


「はい。みなさん、こころづかい、とても、かんしゃします」


 ピリヴィシュロはアルヴァッハたちと同じくあぐらをかいていたが、アラウトに負けないぐらい背筋がのびている。そして、隣の敷物からコタ=ルウが興味津々で見守っているのが、何やら微笑ましかった。


「ではどうぞ、お召し上がりください。よろしければ、みなさんもどうぞ」


 俺の言葉とともに、ユン=スドラがジバ婆さんたちにも大皿を届ける。ジバ婆さんは「おやまあ……」と目を細めて微笑んでくれた。


「客人ばかりでなく、あたしらにまで準備してくれたのかい……? なんだか、申し訳ないねぇ……」


「いえいえ。シャスカの量にもゆとりがあったので、そちらを活用しただけのことです」


「ありがたいねぇ……でも、アスタたちの分はないんだろう……?」


「はい。俺たちは今、追加のシャスカを炊いていますので」


 すると、まずは外観を検分していたアルヴァッハが強い眼差しを俺に向けてきた。


「アスタたち、自らの分、供したのであろうか? 大事な勉強会、邪魔してしまい、痛恨、思いである」


「いえいえ。アルヴァッハたちのご意見をうかがいたかったので、あえて試作品を仕上げることにしたのです。そうでなければ、シャスカを使わずに別の料理を準備していましたよ。すべてこちらの判断ですので、どうぞお気になさらないでください」


「そうです」と、意欲をみなぎらせたレイナ=ルウも身を乗り出す。


「アルヴァッハとカルスのおふたりに味見をしていただけるなんて、思ってもみない僥倖です。どうぞ率直なご意見をお聞かせください」


「……こちら、カルス、バナーム城、料理番、聞いている。よほど、手腕、確かであろうか?」


「はい。何せそちらのカルスは、ヴァルカスに一目置かれるほどのお人ですので」


「ほう」と、アルヴァッハは青い目をいっそう強く輝かせた。


「それは、並々ならぬ、手腕である。カルスの料理、味わえる日、楽しみである」


「い、い、いえ。ぼ、僕などは、そんな大層なアレではありませんので……」


 と、カルスは盛大に目を泳がせる。

 が、カルスは誰が相手でもこういうリアクションであるのだ。おそらくアラウトの一行でもっとも心を乱していないのは、彼なのではないかと思われた。


 ともあれ、実食の時間である。

 ジバ婆さんやアラウトたちには味見ていどの量であるが、ゲルドの人々には昼の食事として相応の量を準備している。おまけの汁物料理も具材たっぷりのギバ汁であるため、健啖家であるゲルドの人々にもご満足いただける質量であるはずであった。


 然して、その内容は――俺が考案した各種のおにぎりと、レイナ=ルウが考案したシャスカのフワノ巻き、そしてトゥール=ディンが改良を重ねた大福もちというラインナップであった。


「このかし、われ、しっています。だいふくもちです」


 ピリヴィシュロが頬を火照らせながらそのように言いたてると、アルヴァッハが重々しく「うむ」と応じる。


「以前、来訪の際、だいふくもち、作り方、教わっている。ただし、トゥール=ディンの作、出来栄え、格別であろう。心して、食すべし。……ただし、料理、先である」


「はい。わきまえています」


 アルヴァッハは幼き甥御に対してあくまで厳格なる態度であるが、言動の端々に家族としての情愛が感じられる。それもどこか、メルフリードとオディフィアのやりとりを思い出させる図であった。


 そしてもう片方の敷物では、リミ=ルウがジバ婆さんたちに料理の解説をしている。そちらはもう、誰の目をはばかることもないアットホームそのものの賑やかさであった。


「みんな美味しそうでしょー? サティ・レイはシャスカが大好きだから、早く食べてほしかったんだー! お乳の味が変わっちゃう食材はほとんど使われてないから、いーっぱい食べてねー!」


「ありがとう。とても楽しみだわ」


 サティ・レイ=ルウはシャスカを含めて、炭水化物を主体にした料理が好物であるのだ。普段通りの穏やかな微笑みをたたえつつ、とても嬉しそうであった。


「こちら……美味である」


 と、こちらの敷物ではさっそくアルヴァッハが声をあげてくる。


「シャスカ、具材、配分、見事である。食器、使わぬ、軽食として、驚くべき、完成度である」


「ありがとうございます。城下町の屋台では食器を使えないので、なんとかシャスカを取り入れるべく頭を悩ませました」


 こちらの世界には、海苔の代用となるような食材が見当たらない。まあ塩むすびであれば海苔も不要であるのだが、屋台の料理で指がべたついてしまうのは避けるべきであろう。それで俺が発案したのは、クレープのように薄く焼いたキミュスの卵でおにぎりをくるむという方式であった。


 おにぎり本体のほうは、取り急ぎ3種を考案した。プレーンのシャスカでギバのミソ煮込みを具材にしたものと、大葉に似たミャンを混ぜ込んだシャスカで干しキキ和えのギバ肉を具材にしたものと、ケチャップ・シャスカに細かく刻んだ具材を混ぜ込んだオムライス風のものとなる。

 こちらの世界の流儀に合わせて、具材は多めでシャスカは控えめだ。具材とシャスカの比率は、おおよそ半々であろう。それに合わせて、具材も味が強くなりすぎないように調整した。


「美味である。きわめて、美味である。また、シャスカ、ミャン、美味なる料理、仕上げられたこと、大いなる喜びである。我、ミャン、使用した料理、もっとも、好みである。茹でたギバ肉、干しキキ、絡み合い、肉の風味、干しキキの酸味、および香り、またとない調和、見せている。そして、シャスカの食感、ミャンの風味、さらなる調和、体現して――言葉、不自由である。フェルメス、不在なこと、無念である」


「あはは。でも、アルヴァッハのお気持ちは十分に伝わりました。喜んでいただけて、嬉しく思います」


「われ、しゅいろのシャスカ、いちばん、このましい、おもいます」


 ピリヴィシュロも頬を火照らせながらそのように告げると、ジバ婆さんのもとではしゃいでいたリミ=ルウがくりんと向きなおった。


「おむらいすのおにぎり、美味しいよねー! リミも大好き! ……あやや、ちっちゃくても貴族の人なのに、丁寧じゃない言葉でごめんなさいです」


 ピリヴィシュロは、困惑したように視線をさまよわせる。

 すると、アルヴァッハではなくナナクエムが発言した。


「べつだん、失礼、感じない。幼子同士、気兼ねなく、交流、結べれば、幸いである」


「えへへ。しつれーのないように、気をつけますです!」


 リミ=ルウが無邪気な笑顔を向けると、ピリヴィシュロは自分の手で口もとを隠してしまう。きっと、笑顔の誘発を我慢できなかったのだろう。


「しかし、繰り返すが、こちらの料理、美味である。また、目新しさ、秀逸である。我々、シャスカ、手づかみ、食する作法、存在しなかったため、余計、そういった思い、募るのであろうが……しかし、シャスカ、粒のまま、仕上げる作法、習い覚えたのちも、このような料理、考案する料理人、ゲルド、存在しなかった。こちら、調理法、持ち帰れば、ゲルド、新たな驚嘆、見舞われる、必然である」


 ピリヴィシュロたちのやりとりが終わるなり、アルヴァッハがそのように言葉を重ねてくる。重々しい口調にも変わりはないが、その性急さが内心を物語っていた。


「俺の故郷では、こういう調理法もひとつの定番であったのですよね。まあ調理法と言っても、手がべたつかないように水で濡らしてから握るだけのことですし、あとは実践で力加減を覚えるぐらいだと思います。それにきっと、さまざまな具材で応用できるでしょうからね」


「うむ。可能性、無限大である。よって、我の昂揚、増幅、一方である」


 シャスカの料理であったため、アルヴァッハにもいっそう喜んでもらうことができたようだ。無言のナナクエムも熱心におにぎりを頬張ってくれているし、俺としても光栄な限りであった。


「アスタ殿の手腕はお見事ですが、レイナ=ルウ殿の品にも驚かされました。シャスカをフワノでくるむという手法もまた、きわめて目新しいように思います」


 アラウトが遠慮がちに声をあげると、アルヴァッハが鋭い眼光をそちらに突きつけた。


「我、心情、同様である。我々、買いつけるまで、ゲルド、フワノ、存在しなかったため、いっそう、その思い、募るのであろうが……フワノ、シャスカ、ともに、穀物である。穀物で、穀物、包む、きわめて目新しい、真実であろう」


「そうですか。美食家として知られるアルヴァッハ殿にご賛同をいただき、光栄の限りです」


 アラウトはまだまだ固さが抜けていなかったが、それでも臆せずゲルドの貴人と絆を深めようという熱情が感じられた。

 そんなアラウトのかたわらでは、カルスが一心に料理を食している。レイナ=ルウもまた、熱情のみなぎる眼差しでそちらを見据えた。


「カルスは、いかがでしょう? 何か不備なる点にお気づきでしたら、どうか言葉を飾らずに聞かせていただきたく思います」


「い、い、いえ。ど、どれも素晴らしい仕上がりです。こ、これほど多彩な食材を使いこなす手腕には、感服させられるばかりです。……ただ……」


「ただ?」と、レイナ=ルウは勢い込んで身を乗り出す。

 カルスはへどもどしながら、それでも遠慮なく言葉を重ねた。


「や、やっぱり穀物であるフワノとシャスカを同時に使っているためか、いささか食べごたえが重たく感じられます。き、きっと腹にもたまりやすいでしょうから……そうすると、屋台の売り上げにも影響が出てしまうのではないでしょうか?」


 その言葉には、これまで関心なさげであったツヴァイ=ルティムが身を乗り出した。


「確かに、満腹になりやすい料理を出しちまったら、売り上げに響く危険があるだろうネ。そいつはそんなに、腹にたまりやすいのかい?」


「ふ、普通の料理よりは、きっとそうだと思います。そ、そして、食べごたえの重さが、そういう心地に拍車をかけるのではないでしょうか? 満腹感というものは、そういう気分に左右されやすいと思いますので……」


 レイナ=ルウの料理というのは、濃い目の味付けであるピラフをフワノの生地でくるんだものとなる。ギバ・ベーコンを主体にした具材のチョイスにも問題は見られないし、フワノの生地まで美味しくいただくために濃厚な味わいにしているわけであるが――確かに、他の料理よりはどっしりとした食べごたえであるはずであった。


「……カルス、口にした、少量である。何故、一食分、食べた心地、推察、可能なのであろうか?」


 アルヴァッハが重々しく問い質すと、カルスはまた目を泳がせた。


「な、何故と問われると、困ってしまうのですが……僕が感じたのは、食べごたえの重さです。あ、味付けなどは秀逸であるかと思うのですが、この重い食べごたえだけは緩和できていないのではないかと……」


「では、解消、手立て、如何であろうか?」


「か、解消の手立てですか。ぼ、僕なんて、ありきたりの考えしか思いつきませんが……まず、アスタ殿の料理の卵ぐらい、フワノを薄くするべきではないでしょうか? あ、あと、黒フワノのほうが食感が軽くて、食べごたえの重さも緩和されるのではないかと……あ、決してバナームの食材を売り込もうという目論見ではないのですが……そ、それに、シャスカを減らして具材を増やすというのも、ひとつの手立てであるかもしれません。こ、このまま具材の分量を増やすとせっかくの調和が崩れてしまうので、他なる具材を加えつつ新たな調和を目指すという、いささか面倒な話になってしまいますが……まあ、皮を薄くするとしても、けっきょくは味を作りなおすことになってしまうのでしょうし……そ、そうして味の調合を見直すのでしたら、今度はフワノの生地にもいくつかの味を散らしてみると、また食べ心地が変わってくるかもしれません」


「……カルスはこの短い時間で、それだけの改善点を見出すことができたのですね」


 肩を落としそうになったレイナ=ルウは、ぐっと胸を張ってから一礼した。


「貴重なご意見、ありがとうございます。このように不備の多い料理をお出ししてしまって、申し訳ありませんでした」


「と、とんでもありません。ぼ、僕の言うことなんて、話半分で聞き流していただけたらと……」


「否。カルス、指摘、的確であろう。その手腕、いっそう、楽しみである」


 そのように述べてから、アルヴァッハはゆっくりとレイナ=ルウに向きなおった。


「我、西の民より、食欲、旺盛であるため、食べごたえの重さ、留意、かなわなかった。我にとって、この重さすら、好ましく思えるが……商売、成功のため、改善、かなうこと、願っている」


「はい。必ずや、城下町の屋台に相応しい料理に仕上げてみせます」


 かくして、レイナ=ルウはいっそうの情熱を燃えさからせることに相成った。

 そうして人々は、トゥール=ディンの仕上げた大福もちを口にする。そちらでは、全員が感嘆の声をあげていた。


「こ、これは素晴らしい仕上がりですね。だ、だいふくもちでしたら、僕も以前に味見をさせていただいたことがあるのですが……それよりも、さらに趣向が凝らされているようです」


「うむ。ブレの実、ワッチ、生クリーム、配分、秀逸である。また、具材、それぞれ、味付け、完璧である。シャスカの生地、調和、見事である」


 初対面であるカルスとアルヴァッハが、当たり前のように賛辞の掛け合いを見せる。それを見守るアラウトはどこか満足げであり、いっぽうナナクエムは溜息をこらえているような面持ちであった。


 しかしまあ、それだけトゥール=ディンの菓子が見事であったという証であろう。こちらは以前に考案したアロウ大福の応用版で、ブレの実のつぶあんに夏ミカンに似たワッチと生クリームが加えられており、それほどの目新しさはなかったのだが――しかしとにかく、具材の味付けと配分が素晴らしいのである。たとえ目新しさはなかろうとも、トゥール=ディンの調理センスというものが燦然と光り輝いていた。


「びみです。きわめて、びみです。ブレのみ、とてもびみです。おじぎみ、きいていた、とおりです」


 幼子のピリヴィシュロもまた、きらきらと瞳を輝かせている。トゥール=ディンはいくぶんもじもじしながら、そちらに微笑みを返した。


「ありがとうございます。ゲルドの方々も、ブレの実までは買いつけていないのでしたっけ?」


「はい。ことなるまめ、かわり、つかっています。でも、ブレのみ、もっとびみです。われ、ブレのみ、ほっします」


「我、同じ心情である。ただし、食材のみならず、トゥール=ディンの手腕、見事である。そちらの差、歴然である」


 と、アルヴァッハも甥御に負けない熱心さで声をあげる。


「それに、こちら、ブレの実、甘さ、大きく変化している。何か、砂糖ならぬ食材、使っているのであろうか?」


「あ、はい。そちらは南の王都の食材である、マトラという果実で甘さを作っています。……マトラも、ゲルドには届けられていないのでしたっけ?」


「否。前回、通商、わずかながら、届けられた。マトラ、驚くべき甘さ、有する、果実である。我、さらに多くの量、買いつけたい、願っていたが……その思い、いっそう高まった」


「そうですか。南の王都の使節団も、今回はゲルドに送られる分まで見越して、大量の食材を持ち込んでくれると思いますよ」


 通商に関してはトゥール=ディンの手に余る部分が多いので、俺がそのように言葉を添えてみせた。


「それに最近はバナームを通じて、メライアという領地からも新たな食材を買いつけているのです。そこのあたりの事情もあって、アラウトはジェノスにいらっしゃったのですよね?」


「はい。もしもゲルドの方々のお口に合うようであれば、メライアの食材を買いつけていただくことはできないかものかと……そのようにご提案する準備を携えております」


 アラウトの言葉に、アルヴァッハはぎらりと碧眼を光らせた。


「メライアの食材、未知である。我、期待、増幅である」


「ありがとうございます。ご期待に沿えれば光栄の限りです」


 アラウトが引き締まった面持ちで一礼すると、アルヴァッハはそちらにうなずきかけてから俺のほうに視線を転じてきた。


「料理、心、とらわれていたため、報告、遅くなった。……我々もまた、新しき食材、準備している」


「え? これまでとは異なる食材を準備してくださったのですか?」


「うむ。ゲルド、農地、拡大、さなかである。そのため、交易の材料、増大である。ジェノス、受け入れられること、我、期待している」


「そうだったのですね。それは、お披露目の日が楽しみです」


 そのように答える俺のかたわらでは、レイナ=ルウがまた新たな熱情を燃やしている。しかし、ゲルドから新たな食材が届けられたと聞けば、期待をかきたてられて然りであろう。レイナ=ルウほどではないにせよ、他のかまど番たちも気持ちはひとつであるはずであった。


(南の王都の人たちだって、前回の来訪で間に合わなかった分を持参するって話だったもんな。そんないっぺんに目新しい食材が増えたら、また大変な騒ぎになっちゃいそうだ)


 俺がそのように思案していると、アルヴァッハはふいに深々と息をついた。気づけば、それなりの量であった食事もすべて綺麗にたいらげられていたのだ。


「我、満足である。アスタ、レイナ=ルウ、トゥール=ディン、そして、手伝いの女衆、全員、感謝する。1年近い、渇望の日々、報われた、思いである」


「ありがとうございます。俺もアルヴァッハたちに自分の料理をお出しすることができて、とても嬉しく思っています」


 俺は心から、そのように答えることができた。

 アルヴァッハはひときわ重々しいたたずまいで、「うむ」と首肯する。


「それでは、我々、ジェノス城、向かわなければ、ならないが……さらなる願い、告げること、了承、もらえるであろうか?」


「はい。どういったお話でしょう?」


「近日中、城下町の晩餐会、厨、預けたい。また、ファの家、来訪、許し、願いたい」


 アルヴァッハの重厚なる眼光を受け止めながら、俺は「はい」と笑顔を返してみせた。


「どちらのお話も、家長と族長の許しが必要となりますが……俺は最初からそのつもりでしたし、アイ=ファや族長らもきっと許しをくれるでしょう。正式な依頼が届けられるのを、お待ちしています」


「……アスタ、温情、感謝する」


 アルヴァッハは異様に長い指先を複雑に組み合わせて、一礼する。

 その隣で、ピリヴィシュロもちっちゃな指先を同じように組み合わせているのが、なんとも可愛らしかった。


「ファのいえしかこないの? ルウのいえは?」


 と――隣の敷物から、そんな言葉が飛ばされてくる。

 それは間もなく4歳になろうとしているコタ=ルウであり、その母親とそっくりの色合いをした瞳はじっとピリヴィシュロを見つめていた。


「我々、森辺、来訪する際、必ず、ルウの集落、立ち寄っている」


 ナナクエムがそのように応じると、コタ=ルウはピリヴィシュロを見つめたまま「ううん」と首を横に振る。


「それは、あいさつでしょ? あいさつだけじゃなくて、いっしょにばんさんをたべないの?」


「……そちら、思惑、那辺、あろうか?」


「なへん? コタは、ピリヴィシュロとなかよくしたい。さっき、おさなごどうしでなかよくするようにいってたから」


 そう言って、コタ=ルウはにこりと微笑んだ。

 リミ=ルウよりも無邪気な笑顔を有しているのは、コタ=ルウぐらいの幼子のみであろう。そしてコタ=ルウはこの年代の幼子としても、ひときわあどけない顔で笑うことができるのだった。


 そんな笑顔を向けられたピリヴィシュロはまた両手で口もとを隠しつつ、遥かな高みに存在する叔父君の顔を見上げる。

 アルヴァッハはほんの少しだけ目を細めつつ、巨大な手の平をぽんと甥御の頭に置いた。


「ルウ家、すべてを決する、族長ドンダ=ルウである。正式、招待、されたならば、前向き、検討する。……ルウ家、招待、光栄である」


「は、はい。ありがとうございます」


「謝礼、必要、我、非ず」


 ピリヴィシュロはおずおずとコタ=ルウのほうに向きなおりながら、「しょうたい、ありがとうございます」と一礼した。それを迎えるコタ=ルウは、もちろん満面の笑みだ。


 そうして、なんとも慌ただしい限りであったが――俺たちは、無事にゲルドの面々との再会を果たすことがかなったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ミャンでそのままおにぎり包んでも美味しそう
[一言] オムすびが誕生するとは!!
[良い点] ちっちゃいこの可愛さは国境を越える。
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