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異世界料理道  作者: EDA
第七十九章 華燭と奉迎
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森辺の勉強会①~熱情~

2023.6/26 更新分 1/1

・今回の更新は全7話です。

 モラ=ナハムとフェイ・ベイム=ナハムの婚儀から、2日後――茶の月の2日である。

 その日は屋台の休業日であったため、俺は朝からルウの集落を訪れていた。


 朝方の仕事を片付けたのち、すぐさまこちらに参じることになったのだ。その目的は、いずれ城下町の屋台で出す料理の内容について語り合うためであった。


「アルヴァッハやダカルマスたちがやってきたら身動きも取りにくくなるというのは、わかります。でも、たとえば……数日にいっぺんだけ屋台を出すという形であれば、時期を選ぶ必要もないのではないでしょうか?」


 前日の勉強会でそのように熱っぽく語っていたのは、もちろんレイナ=ルウである。どうやらレイナ=ルウは婚儀の祝宴で披露されたマルフィラ=ナハムの宴料理について聞き及び、すっかり火がついてしまったようであった。


 レイナ=ルウはとても真面目で、礼儀正しくて、誰もがお手本にしたくなるような女衆である。ついでに言うと年齢よりも幼げな風貌でありながら女性的な魅力にも満ちあふれており、近在の若衆の胸を騒がせてならないらしい。が、その内には妹たちにも負けない熱い魂がひそんでいるのだ。こと料理に関しては、その熱情が暴発しがちであったのだった。


 まあ、俺としてもレイナ=ルウの熱情は可能な範囲で受け止めてあげたいと願っている。それで、休業日たる本日にじっくり検討しようという運びになったのだ。

 もともと本日は俺個人の修練の日であったので、自由な時間はすべてその議題に費やそうという所存である。よって、トゥール=ディンにユン=スドラ、マルフィラ=ナハムにレイ=マトゥアというお馴染みのメンバーも同行し――果てには、アイ=ファまでもがくっついてきてしまった。


「とはいえ、私には狩人の仕事があるからな。中天の半刻前には家に戻らねばならないので、それまではジバ婆と語らせてもらうことにしよう」


 そんな宣言の通りに、アイ=ファはジバ婆さんと語らっている。なおかつジバ婆さんの提案で、かまど小屋のすぐそばに敷物が引っ張り出されることになった。かまどの間で騒ぐ俺たちの姿を眺めながら、歓談にいそしむことになったのだ。そこに赤子のルディ=ルウを抱いたサティ・レイ=ルウに幼子のコタ=ルウまで加わったものだから、俺としては花見の席の桜にでもなったような心地であった。


「城下町における屋台の軽食は、宿場町と比べると倍ほどの値段になるそうですね。それならこちらも、あらゆる食材を使うことが許されるはずです」


 大きく開かれた戸板から家族たちに見物されつつ、レイナ=ルウはふんすふんすと鼻息を荒くしている。そこに冷水をあびせかけるのは、朝から招集されたツヴァイ=ルティムの役割であった。


「そうは言っても、限度ってもんがあるだろうサ。あまり調子に乗ると、宿場町やトゥランより稼ぎの悪い商売になっちまうヨ? ま、名前を売るのが目的なんだったら、どれだけ稼ぎが悪くてもかまわないんだろうけどサ。でもやっぱり、そいつは宿場町やトゥランの連中をないがしろにしてるって話になっちまうんじゃないのかネ」


「……こちらが損をかぶるというのは、城下町の民ばかりを優遇するのと同じことだ、というお話ですね?」


「ああ、そうサ。そんな話は、族長たちだって納得しないだろうヨ」


 レイナ=ルウがさっそく唇を噛んでしまったので、俺が取りなしてあげることにした。


「とはいえ、倍の値段なわけだからね。単純計算で、食材費にも倍の値段をかけられるんだから、気兼ねなく立派な料理を準備できるだろうと思うよ」


「そーそー。宿場町で出す料理だって、そこまで使いたい食材を我慢してるわけじゃないでしょ? ツヴァイ=ルティムは、最後にきっちり計算するまで気を抜くなって念を押してるだけさ」


 ルウ家のもう1名の取り仕切り役、ララ=ルウも比較的穏やかな面持ちでそのように取りなした。

 きっとルウ家のミーティングでは、こういう衝突もしょっちゅうのことであるのだろう。ひたすら美味なる料理を追求したいと願うレイナ=ルウと、何より財政面に目を光らせているツヴァイ=ルティムでは、それが当然の話であるのだ。それを取りまとめるのが、ララ=ルウの役割であるわけであった。


(なんだかすっかり、ララ=ルウは中間管理職みたいだよな。ある意味では、ララ=ルウが一番重要なポジションなんだろう)


 しかしまた、これほど強力なトリオは他の氏族に存在しない。だからこそ、ルウ家はファの家にも負けない勢いで屋台の商売を発展させることができたのだろうと思われた。


 ちなみにこの場には、リミ=ルウにマイム、レイとミンとムファの女衆という精鋭も集っている。ただ、彼女たちはあくまで実務の担当であったので、こういう場面では発言の機会も少なかった。


「あと、わたしからも確認させていただきたいのですけれど……城下町の屋台で、食器を使うことはできないのですよね?」


 そのように声をあげたのは、俺の助手というポジションで参席したユン=スドラである。そちらに「うん」と応じたのは、やはりララ=ルウであった。


「城下町では、屋台の料理で食器を使う習わしがないんだってさ。そういう料理は、宿屋の食堂や料理店ってのが受け持ってるんだっていう話だよ」


「なるほど。宿場町の宿屋では昼に食事のお客を迎える機会が少ないという話ですが、そこのところの事情が異なっているのですね」


「うん。屋台で昼の食事を済ませるのは、時間にゆとりのない行商人とかがほとんどなんだってさ。それでも、けっこうな人数みたいだけどね」


「あと、馬鹿にならないのは場所代サ。宿場町では場所代も小遣いていどだけど、城下町では倍以上の値段なんだからネ。そこのところも計算に入れないと、思わぬ損をかぶることになっちまうヨ」


 そんな具合に、議論は朝から白熱した。

 ひなたぼっこを楽しんでいるアイ=ファたちとは、実に対照的な姿であろう。ただ、アイ=ファたちに見守られながら仕事に励むというのは、なんとも心の温まる話であった。


「とりあえず、料理を作ってみよーよ! ジバ婆たちにも、味見をしてほしいしねー!」


 半刻ばかりも議論に励んだのち、リミ=ルウの提案で調理を開始することになった。レイナ=ルウは前々から準備を進めたいと熱弁していたので、俺やトゥール=ディンもおおよそ献立の内容は決めていたのだ。


 トゥール=ディンは単身であったため、リミ=ルウとマイムが手伝いに志願する。菓子作りを得意にするリミ=ルウはもとより、トゥール=ディンと同い年であるマイムもたいそう嬉しげな面持ちであった。


「トゥール=ディンと一緒に仕事をするのは、すごくひさしぶりです! どうかよろしくお願いしますね!」


「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 マイムの元気さにいささか圧倒されつつも、トゥール=ディンもやわらかな笑顔だ。ずいぶん昔の話になってしまうが、両者はダバッグの小旅行を敢行した頃からひそやかに交流を重ねていたのだった。


(あの頃は、マイムがおひさまでトゥール=ディンがお月様みたいな印象だったけど……いまやトゥール=ディンは、ジェノスで一番の菓子職人だもんな)


 いっぽうマイムは森辺の家人として生きることに注力しているためか、最近はあまり目立った動きも見られない。しかし本来、彼女は俺よりも調理が巧みな娘さんであるのだ。それもまた、ヴァルカスたちの登場によってインパクトが薄れてしまった感があったが――彼女は決して情熱を減ずることなく、自分のペースでしっかり修練を重ねているはずであった。


 そんな感慨も噛みしめつつ、俺はユン=スドラたちの手伝いで調理を進めていく。

 アイ=ファが「うむ?」とうろんげな声を発したのは、それぞれの料理が完成に近づいた頃合いであった。


「何者かがやってきたようだ。この気配は、2頭のトトスに引かせた車だな」


「ええ? もしかして、ティカトラスに勘付かれちゃったかな?」


 ティカトラスは婚儀の祝宴で宣言した通り、昨日から森辺の集落に滞在している。ただし、昨晩は北の集落に向かうという話であったので、このように早くからルウの集落にやってくることは考えにくかった。


「違うな。車は、南の方向から近づいてきている。城下町や宿場町から、何者かが訪れてきたのであろう」


 相変わらず、アイ=ファの察知能力というのはレーダー装置めいていた。

 しかし現在は男衆が顔をそろえている朝方であるので、なんの心配もいらないだろう。アイ=ファもほのかに警戒の気配をたちのぼらせつつ、敷物から腰を上げようとはしなかった。


 しばらくして料理が完成したところで、俺たちの耳にも車が駆ける気配が伝えられてくる。

 そして、ルド=ルウの案内でこちらに回り込んできたのは――バナームの貴族アラウトの一行であった。


「おやおや、あんたがただったのかい……ちょいとひさかたぶりだねぇ……」


 ジバ婆さんが皺くちゃの笑顔で出迎えると、アラウトもまた純真なる笑みを浮かべて一礼した。


「おひさしぶりです、最長老殿。約束もなしに朝から押しかけてしまって、申し訳ありません」


「何もかまいはしないさ……あんたがたは、つい昨日ジェノスにやってきたそうだねぇ……」


 俺たちも、今日になってその事実を知らされていた。ジェノスはこれからゲルドや南の王都の使節団を迎える予定であったため、そちらと間接的に交易するバナームのアラウトも事前に参ずるという話であったのだ。


「アイ=ファ殿も、おひさしぶりです。……ああ、アスタ殿もいらっしゃったのですね」


 かまどの間を覗き込んだアラウトが、嬉しそうに破顔する。彼こそ貴公子の鑑とでも呼びたくなるような、純真で誠実な少年であるのだ。俺も自然に、口もとがほころんでしまった。


「おひさしぶりです、アラウト。お元気そうで、何よりです。ウェルハイドたちも、お元気でしょうか?」


「はい。兄上も森辺の方々にご挨拶を申し上げたいと、切に願っておられましたが……幸いなことに、僕が代理人の役目を追われることにはなりませんでした」


 バナームの使節団の責任者は、彼の兄たるウェルハイドであるのだ。ただし、ウェルハイドは新婚の身であったため、今後もアラウトが代理人としてジェノスに参ずる手はずになっていたのだった。


 にこやかに微笑むアラウトの左右には、剣士のサイと料理人のカルスもたたずんでいる。そちらに反応したのは、まだ熱情の塊であったレイナ=ルウであった。


「カルスも、おひさしぶりです。ちょうど料理が仕上がったところですので、よければ試食をお願いできませんか?」


「ちょっとちょっと。相手の用件も聞かない内に、そんな面倒を持ちかけるもんじゃないよ」


 姉妹が逆転してしまったかのように、ララ=ルウがたしなめる。すると、アラウトが笑顔のまま真剣な目つきになった。


「本日は、傀儡の劇の感想を申し述べに参ったのです。部外者である僕が口を出す道理はないのですが……どうにも、こらえられませんでした」


「ああ。アラウトも、リコたちの劇をご覧になったのですね」


 2日前に『森辺のかまど番アスタ』の新幕を初お披露目したリコたちは、昨日さっそく城下町に招集されることになったのだ。アラウトはますます真剣な眼差しになりながら、「はい」と首肯した。


「あれは、見事な劇でした。森辺とジェノスの方々が、いったいどれだけの苦難を乗り越えたか……それをあらためて、まざまざと思い知ることになりました」


「ええ。あれは本当に、見事な出来栄えだったと思います。それで……リフレイアは、大丈夫でしたか?」


 俺の問いかけに、アラウトは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「リフレイア姫は……涙をこらえられなかったようです。もちろんそれは、悲嘆の涙ではありませんでしたので……僕自身も、大きく心を揺さぶられることになりました」


「そうですか。リフレイアにも納得してもらえたのなら、よかったです。彼女にしてみれば、心のもっとも奥深い部分を刺激されてしまうでしょうしね」


「はい。ですが、あの劇はリフレイア姫にとっての救いになり得るでしょう。僕も心から、得難く思っています」


 アラウトは、リフレイアに心をひかれているようであるのだ。

 そんなアラウトもまた、今にも涙をこぼしてしまいそうであった。


「あの劇こそ、広く世に知らしめるべきでしょう。あとは、森辺の族長がたが検分されるのですよね?」


「はい。今日はルウ家、明日はザザ家で披露されるそうです。それで不備がなければ、外でお披露目することが許されるようですね」


「あたしもそれを、楽しみにしていたんだよ……よかったら、アイ=ファとアスタも一緒に見届けてもらえないものかねぇ……?」


 ジバ婆さんがそのように声をあげると、アイ=ファは眉を下げつつ微笑んだ。


「それはありがたい申し出だが……あの劇には、私もいささか心を乱されてしまうのだ。ジバ婆たちの前で、あまり不甲斐ない姿を見せたくはないな」


「いいじゃないか……不甲斐ないなんてことは、ありゃしないよ……それだって、アイ=ファの真情なんだからさ……」


「うん! リミもアイ=ファと一緒に見たいなー! それで、晩餐も一緒に食べよーよ!」


 リミ=ルウがぴこぴこと尻尾を振る子犬のような元気さで言いたてると、アイ=ファは困っているような喜んでいるような面持ちで前髪をかきあげた。

 そこで、しばらく静観していたルド=ルウが鼻をひくつかせながら発言する。


「それにしても、腹の減る匂いだなー。余分にあるなら、俺にも食わせてほしいもんだぜ」


「あ、アスタ殿たちは調理のさなかであったのですよね。お邪魔をしてしまって、申し訳ありません」


「いえいえ。ちょうど作業が一段落したところですので、何もお邪魔ではありませんよ。よかったら、アラウトたちも味見をしてみてください」


 それでようやく、レイナ=ルウの熱情が報われることになった。

 すでに料理を完成させていた俺たちは、それを小皿に取り分けていく。もとよりアイ=ファたちにも味見をしてもらうつもりであったため、量にはゆとりがあったのだ。


 俺が準備したの『麻婆まん』、レイナ=ルウは『腸詰肉のポイタン巻き』、トゥール=ディンは『ガトー・アール』となる。すべて屋台で出す予定のサイズに仕上げていたので、それを四等分にしてひと切れずつ配布することになった。


「これらは城下町で屋台の商売をするために考案した献立であるのです。貴族であられるアラウトに率直なご意見をいただけたら、ありがたく思います」


「城下町で、屋台を出されるのですか。まあ、森辺の方々の手腕を思えば、何も不思議なことはありませんね。バナームにそれほど立派な食事を出す屋台はありませんので、あまり参考にはならないかと思いますが……心して、味見をさせていただきます」


 アラウトはそんなかしこまった言葉を口にしながら、料理と菓子ののせられた小皿を受け取った。そのかたわらでは、料理人のカルスが目を泳がせつつ期待に瞳を輝かせている。レイナ=ルウがもっとも評価を気にかけているのは、そのカルスであるはずであった。


 そうして配膳を終えた俺も、レイナ=ルウとトゥール=ディンの品をいただくことにする。もちろん俺はこれまでにも試作品をいただいていたが、最後に食したのはけっこう前の話であったので、そこからまた進化を遂げているのだろうと思われた。


 まずは、レイナ=ルウの品からだ。

 こちらは数々の香草と調味料を使ったタレで煮込まれた腸詰肉が、ポイタンの生地にくるまれている。当初はホットドッグを計画していたが、水気の多いタレがこぼれないように生地を変更したのだそうだ。

 然して、その味わいは――やはり、以前よりも格段に向上している。もともと香草が練り込まれている腸詰肉と調和するように、レイナ=ルウは試行錯誤を重ねていたのだった。


 タレの土台となっているのは、トマトのごときタラパだ。しかし、香草の比重が大きいために、実にエスニックな仕上がりである。カレーに通ずる風味も感じられるし、花蜜やラマムの実も使っているのでまろやかな甘みもあり、さまざまな味が層を成している。調味料も、塩、ピコの葉、タウ油、ミソ、マロマロのチット漬け、魚醤、赤ママリアの果実酒と酢など、数多く使われているはずであった。


 そして、どれだけ濃厚な味わいであっても、やはり主役は腸詰肉だ。その力強い味と小気味のいい食感が、豪奢なタレで飾りたてられている格好であった。

 また、それ以外にもタマネギのごときアリア、パプリカのごときマ・プラ、ズッキーニのごときチャン、タケノコのごときチャムチャムなどが具材として使われている。それらの具材はタレと一緒にじっくり煮込まれていたので、濃厚かつ複雑な味わいがしっかりとしみこんでいた。


「以前よりも、魚介の風味がきいているね。魚醤だけじゃなく、貝の出汁も加えたのかな?」


「はい。味を壊す結果にはなっていないかと思うのですが……如何なものでしょう?」


「うん。以前に味見をさせてもらったときより、さらに美味しくなったと思うよ。すごく豪勢な感じがするし、城下町の人たちの好みにも合うんじゃないのかな」


 そのように答えながら、俺は戸板の外へと視線を転じた。

 アラウトは感服しきった面持ちで息をついており、カルスも目を泳がせるのを休憩して一心に味を確かめている。


「これは城下町の祝宴でもまったく見劣りのしない出来栄えでありましょう。屋台で売りに出すには、豪華すぎるのではないかと思えてしまうほどです」


「は、はい。ぼ、僕もそのように思います。じょ、城下町では何度か腸詰肉の料理をいただきましたが……これほど素晴らしい料理に出くわした覚えはありません」


 城下町では、古きの時代から腸詰肉も流通しているのだ。なおかつ、腸詰肉はそこそこコストがかかるために、宿場町では一切使用されていない。それでレイナ=ルウも、城下町の屋台で出す料理の第一候補に取り上げることになったのだろう。


「で、ですが、アスタ殿の準備された饅頭のほうも、素晴らしい出来栄えであるかと思われます。こ、こういった料理はかつて祝宴などでもいただいた覚えがあるのですが……それをさらに洗練させた上で、饅頭の皮に包んだような仕上がりでありますね」


 カルスはきわめて奥ゆかしい気性をしているが、料理に夢中になると熱情があらわにされるのだ。その言葉の内容も、心強くてならなかった。


 カルスの言う通り、俺はこれまで手掛けてきた麻婆料理の応用で、こちらの饅頭を開発した。具材はギバの挽き肉と、レンコンのごときネルッサ、長ネギのごときユラル・パ、そしてシイタケモドキのみに留めて、調味料の配合のほうで趣向を凝らしている。豆板醤のごときマロマロのチット漬けを主体にして、タウ油、ミソ、魚醤、砂糖、ホボイ油、ニャッタの蒸留酒、すりおろしのミャームーとケルの根――それに、山椒のごときココリもかなりふんだんに使用していた。


「マ、マロマロのチット漬けとココリの風味が強いので、こちらはシム料理を連想させるのですが……それでいて、この力強さはジャガル料理を連想させます。ジェ、ジェノスにお邪魔するまでシム料理もジャガル料理も口にしたことのなかった僕がそのように語るのは、きわめておこがましい話であるのですが……」


「そんなことはありませんよ。城下町にもシムやジャガルの方々が多数滞在されているはずですので、そのように言っていただけるのは心強い限りです」


 そして何より、カルスはきわめて鋭敏な味覚を有しているのである。だからこそ、レイナ=ルウもその評価を気にかけているわけであった。


「でも……それほど割高な食材をたっぷり使ってるって感じはしないネ。これぐらいだったら、宿場町でも売りに出せるんじゃないの?」


 と、ツヴァイ=ルティムが三白眼で俺をねめつけてくる。


「まあ、無理に割高な食材を使う必要はないだろうけどサ。でも、安く仕上がったんなら安い値段で売りに出さないと、他の料理と釣り合いが取れないはずだよネ?」


「うん。これをこのまま売りに出すなら、ちょっと大きめに仕上げて赤銅貨3枚ってところかな。レイナ=ルウの料理が赤銅貨4枚だとしたら、それで釣り合いが取れるだろう?」


「フン。そうしたら、アンタの料理のほうが安くて量が多いから、宿場町では人気が集中しそうなところだけど……」


「うん。城下町の人にとっては、赤銅貨1枚の差はそれほど大きくないって噂だからね。そんな不公平な結果にはならないんじゃないかと思ってるよ」


 そんな風に応じつつ、俺は下顎に手を当てて思案のポーズを取ってみせた。


「でも、できれば量と金額の比率も統一したいところだよね。そうしたら……もうちょっと食材を加えて、大きさを抑えてみようかな」


「これにまだ、他の食材を加える余地があるってのかい?」


「うん。実は、乾酪を加えるって案もあったんだけど、実際に試す時間がなかったんだよね」


「乾酪ですか!」と、マイムがびっくりまなこで声をあげた。


「この料理に乾酪が加わったらどのような味わいになるのか、わたしには想像もつきません!」


「俺はけっこう、調和すると思うんだよね。麻婆料理と乾酪は相性も悪くないはずだからさ。それ以外にもいくつか試してみたい案があるんで、それはこの後に実践してみようかと思ってるよ」


 何せ本日は、朝から夕刻までたっぷり時間を取っているのである。さらに、中天からはプラティカやニコラも参加して、いっそう実のある勉強会になる予定であった。


「あたしはどっちの料理も、申し分のない味わいだと思うよ……このまんじゅうっていうのは、煮汁にふやかさなくても食べられるからありがたいねぇ……」


 と、笑顔のジバ婆さんがそんな感想を伝えてくれた。歯の弱いジバ婆さんは焼きポイタンを食するのもひと苦労であるため、レイナ=ルウの料理は具材だけ配膳されていたのだ。


「それに、このトゥール=ディンの菓子も、たいそうな出来栄えだねぇ……あたしはすごく、好ましく思うよ……」


「あ、ありがとうございます。ルウの最長老にそのように言っていただけるのは、光栄です」


 トゥール=ディンは頬を赤くしながら、ぺこりと一礼する。そういえば、ジバ婆さんとトゥール=ディンが直接言葉を交わすというのも、なかなか貴重なシーンであった。


 そんなジバ婆さんが賞賛した『ガトー・アール』は、確かに素晴らしい出来栄えである。アールというのは栗に似た食材で、トゥール=ディンはすでに素晴らしいモンブランケーキを完成させていたが、さらに発展形としてこちらの菓子を考案したのだ。


 トゥール=ディンはピーナッツに似たラマンパとそれを搾ったラマンパ油でもって、『ガトー・ラマンパ』という菓子も考案している。その際に培った経験も、ぞんぶんに活かされているのだろう。生地の段階からアールのクリームを練り込んで、ガトーショコラに匹敵するほど濃厚で味わい深い『ガトー・アール』を完成させてみせたのだった。


 こちらには、アールと相性のいい花蜜もたっぷり使われているのだろう。味も香りもとろけるように甘くて、アールの香ばしさがそれをさらに引き立てている。オディフィアが口にしたらどれだけ瞳を輝かせるかと、俺は今からそんな夢想にとらわれてしまった。


「確かにこいつは、たいそうな出来栄えだネ。でもやっぱり、大して食材費はかからないんじゃないの?」


 と、ツヴァイ=ルティムのじっとりとした目がトゥール=ディンに向けられる。


「それに……アンタはこれに似たギギやラマンパの菓子なんかも、宿場町では売りに出してなかったはずだよネ?」


「は、はい。それは食材費の都合というより、作る手間を考えてのことであったのですが……」


 そんな風に答えながら、トゥール=ディンはちらちらと俺のほうをうかがってくる。

 トゥール=ディンは、ひとつの有益な提案を携えているのだ。俺はすでにその内容を知らされていたが、笑顔でトゥール=ディンをうながすことにした。


「俺もトゥール=ディンの意見には賛成だよ。でもその内容は、トゥール=ディンの口から語るべきじゃないかな」


「そ、そうですか。……あの、城下町の屋台で出す品については、食材費のことばかりが取り沙汰されていますが……手間賃についても考慮していただくことはできませんでしょうか?」


「手間賃? 調理を手伝うかまど番に支払う手間賃のことかい?」


「は、はい。じょ、城下町で売る腸詰肉も作りあげるのに手間がかかるので、生鮮の肉より割高な値段になっているでしょう? こ、このがとーあーるも、作りあげるにはずいぶん手間がかかってしまうのです。そうすると、これまで以上にたくさんの人手が必要になりますので……そちらに支払う手間賃がかさんでしまうため、がとーしょこらやがとーらまんぱも宿場町で売りに出すことができなかったのです」


「フン……」と、ツヴァイ=ルティムはいっそう鋭い眼差しになった。


「言われてみりゃあ、当たり前の話だネ。今まではどの料理も一緒くたに準備してたから、それぞれにかかる手間なんて取り沙汰されなかったってわけか」


「そうなんだよ。今にして思えば、復活祭の夜にだけ販売してる『ギバ骨ラーメン』なんて、無茶苦茶に手間がかかってるからさ。人件費を考慮に入れたら、赤字かもしれないんだよね」


 ギバ骨の出汁を取るには、半日がかりであるのだ。その作業はいつもフォウの家にお願いしていたが、もちろん鉄鍋を火にかける女衆にも相応の賃金が発生しているのだった。


「もちろん普段はツヴァイ=ルティムの言う通り、すべての下ごしらえを同時に進めているから、個別に手間賃を上乗せさせることは難しい。でも、城下町の商売で手間のかかる料理や菓子を売りに出すなら、それは値段に反映させてもいいんじゃないのかな?」


「……べつだん、それに反対する理由はないだろうネ。ちなみにアンタは、この菓子をいくらで売りに出すつもりなのサ?」


「は、はい。さっきみなさんに切り分けた量で、赤銅貨1枚という値段にすれば……きっと、他の菓子と釣り合いが取れるかと思います」


 俺たちは、ひと口大のサイズしか配分されていない。それで赤銅貨1枚であれば、十分に高級菓子という扱いになるはずであった。


「それなら、こっちやファの家で出す料理とも釣り合いは取れるだろうネ。あとは、アンタの好きにすりゃいいサ」


「あ、ありがとうございます」


 トゥール=ディンはほっとした様子で息をついてから、俺にはにかみの表情を向けてくる。もちろん俺も、心からの笑顔を返してみせた。


 そうしてさらにディスカッションを重ねていると、時間はどんどん過ぎていく。その間、アラウトたちはずっと俺たちの姿を見物しており――中天の半刻前が近づいたところで、アイ=ファが腰を上げた。


「私はそろそろ、家に戻る刻限だな。では……晩餐はルウ家で、ということになってしまうのであろうか?」


「ふふ……それを決めるのは、アイ=ファだよ……あたしとしては、何とか了承してもらいたいところだねぇ……」


「ジバ婆にそうまで言われたら、無下にはできんな」


 そんな風に応じてから、アイ=ファはふっと眉をひそめた。


「……またトトスの車がやってきたようだ。そういえば、プラティカとニコラも参ずるという話であったか?」


「うん。ニコラの都合で中天ぐらいの到着になるっていう話だったけど、予定よりも少し早まったのかもしれないな」


「では、プラティカたちに挨拶をしてから帰ることにするか」


 そうしてアイ=ファは敷物のかたわらに立ったまま、客人たちの到着を待つことになったが――表のほうが騒がしくなって、その気配がかまど小屋のほうにまで近づいてくると、アラウトの一行が驚嘆の表情で立ち上がり、ルド=ルウは「あれー?」と声を張り上げた。


 いったい何事かと思い、俺も戸板の外に顔を覗かせる。

 その目に映されたのは、案内役たるドンダ=ルウの雄々しい姿と――そして、それよりもさらに巨大な図体をした人々の姿であった。


「ア、アルヴァッハにナナクエムじゃないですか! いつジェノスに到着されたのですか?」


「たった今、である」


 重々しい声音が、そのように告げてくる。

 それは、ゲルドの貴人たち――俺たちにとって11ヶ月ぶりの再会となる、アルヴァッハとナナクエムの両名に他ならなかったのだった。

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