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異世界料理道  作者: EDA
第七十八章 新たな仕事と闘技会
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祝賀の宴④~交流~

2023.5/22 更新分 1/1

 そうして俺たちは、ようやく宴料理の卓に辿り着いた。

 ここ最近の祝宴で、宴料理を口にするのにこれほど時間がかかったのは、いささか珍しいかもしれない。しかし俺たちは城下町の人々と正しき交流を深めるのが本懐であるのだから、そこで文句をつけるわけにはいかなかった。


 ただ俺たちは、そちらでもすぐに食欲を満たすことはできなかった。卓のそばで輪を作っていた面々に、大層な熱気で出迎えられてしまったのだ。


「ああ、森辺のみなさん、お疲れ様です。ようやくご挨拶をすることができました」


 そのように語りかけてきたのは、レイリスである。そして、彼のもとにはいつも若き貴公子や貴婦人が集っており――そういった人々は、とりわけアイ=ファに関心が高かったのだった。


「アイ=ファ様、今日も言葉にならないほど麗しきお姿で……ずっとご挨拶をさせていただく機をうかがっておりました」


 貴婦人のひとりがそのように言いたてると、他の面々もうっとりとした面持ちで包囲網を敷いてくる。毎度お馴染み、若き貴婦人がたによる賞賛の嵐である。

 しかし本日は、勝手の違う面もあった。別の貴婦人がレム=ドムの存在に気づいて、「まあ」と弾んだ声をあげたのだ。


「そちらはレム=ドム様ですわね? お近くで見ると、本当に凛々しきお姿で……闘技場の猛々しきお姿とは、まるで別人のようですわ」


 というわけで、本日はアイ=ファとレム=ドムが人気を二分することになった。

 俺とディック=ドムは、あらがうすべもなく輪の外に弾き出されてしまう。貴婦人の身に触れないように気をつけていると、最後には圧力に負けてしまうのだ。森辺で屈指の狩人たるディック=ドムでも、こればかりはどうしようもないようであった。


「なるほど。これが貴婦人の社交というものか。なかなかに趣の深いものだ」


 バージが人の悪い笑みを浮かべていると、それとは正反対の微笑をたたえたレイリスが近づいてきた。


「いつもいつも、森辺の方々にはご面倒をおかけしてしまいます。ですがこれも心から森辺の方々をお慕いしているがゆえの騒ぎですので、どうかご容赦ください」


「はい。アイ=ファに言うと頭を小突かれてしまいますが、俺は誇らしいことだと思っておりますよ」


 それより気になるのは若き貴公子たちのほうであるが、こうして貴婦人がたに先を越されると、彼らも身動きが取れないのだ。彼らこそ、アイ=ファに群がりたいのを懸命に自制しているのではないかと思われた。


「あ、そうだ。こちらの方々をレイリスに――」


「俺はすでに、ご挨拶を申し上げているぞ。お前さんも小さくなっていないで、とっととご挨拶を申し述べろ」


 バージに背中を小突かれたガーデルが、レイリスの前にまろび出る。


「お、俺は……い、いえ、小官は、護民兵団第五大隊所属のガーデルと申します。ええと、あなたは……?」


「こちらはサトゥラス騎士団のレイリス殿だ。つい先刻、勲章を賜るお姿を見届けたばかりであろうが? そうでなくとも、次代の騎士団長殿のお姿ぐらいしかと見覚えておけ」


 レイリスはゆったりとした笑顔のまま、「いえ」と応じた。


「わたしにそのような資格があるかどうかは、いまだ吟味されているさなかとなります。何せ、父たる先代団長が、あのような失態を見せてしまったのですからね」


「レイリス殿のご活躍は、それを補って余りありましょう。本日の剣技も、実に見事なものでありました」


 やはり貴族が相手となると、バージは如才がない。

 ただ俺は、ひとりで小首を傾げることになった。


「あの、バージはレイリスと面識があったのですか?」


「このたびの任務を拝命するにあたって、森辺の民とご縁の深い方々には挨拶回りをさせていただいたのだ。こういった場で粗相があってはならんからな」


 バージがすました顔で応じると、レイリスは「ええ」とガーデルのほうを振り返った。


「ですからこちらも、ガーデル殿については事細かにうかがうことになりました。あなたが森辺の方々と正しきご縁を紡げるように、わたしも微力を尽くす所存です」


「しょ、小官などのためにお手数をかけさせてしまい、恐縮の限りであります……」


 ぺこぺこと頭を下げるガーデルの姿を、レイリスは静かな眼差しでじっと見つめている。彼はその澄みわたった眼差しでもって、ガーデルの人柄を見定めようとしているようであった。


「おお、アスタたちに先を越されてしまったか。今日はご苦労であったな、レイリスよ」


 と、新たな一団がこちらに近づいてくる。それは、ザザとディンの4名であった。


「どうもお疲れ様です。ご挨拶が遅れてしまって、申し訳ありません」


 レイリスはゲオル=ザザに一礼してから、すぐさまスフィラ=ザザのほうに向きなおった。それで、穏やかな笑顔と眼差しが交わされる。


「ご挨拶にうかがうべきは、こちらでしょう。3位入賞おめでとうございます、レイリス。残念ながら、わたしはそれらの勝負を見届けることはかなわなかったのですが……あなたのご活躍を祈っていました」


「ありがとうございます。本日は、トゥール=ディン嬢のお役目を手伝われていたそうですね。どのように立派な菓子が準備されたのか、心待ちにしていました」


 報われぬ恋心を乗り越えた両名は、本日も安らかな空気をかもしだしている。

 そして、貴婦人の集いを見守っていた貴公子の面々が、こちらに寄ってきた。


「おお、ザザのご姉弟。我々にもご挨拶をさせていただきたい。今日の勝負について、語らせてもらいたく思っていたのだ」


 ゲオル=ザザもかつては闘技会に出場していた身であったので、剣をたしなむ貴公子たちにはそれなり以上の関心を寄せられている。そして、容姿の整ったスフィラ=ザザに熱い眼差しを向ける人間も、少なくはなかった。


「その前に、まずは腹ごしらえをさせてもらいたいものだな。俺はまだ、奇妙な味のする城の宴料理しか口にしておらんのだ」


 そのように応じつつ、ゲオル=ザザは貴婦人の群れ集う場に目をやった。


「もしや、またアイ=ファは貴族の娘どもに取り囲まれているのか? まったく、飽きない連中だな。……おおい! 挨拶が済んだのなら、アイ=ファに宴料理を食わせてやるがいい!」


 ゲオル=ザザは、こういう場でも遠慮がない。しかしそのおかげで、アイ=ファとレム=ドムもこちらに合流することができた。


「助かったわ、ゲオル=ザザ。あなたの傍若無人な人柄も、たまには役に立つものね」


 レム=ドムが皮肉っぽい笑みと言葉を投げかけると、ゲオル=ザザは「やかましいわ」と肩をすくめた。


「そんなことより、スフィラやトゥール=ディンに挨拶をさせてやるがいい。こやつらは、お前に祝福を捧げたくてずっとうずうずしていたのだからな」


 その言葉を証し立てるかのように、両名が進み出た。トゥール=ディンもスフィラ=ザザもただ血族であるというだけでなく、それぞれレム=ドムとひとかたならぬ縁を持っているのだ。


「レム=ドム、あらためて今日はおめでとうございます。きっとレム=ドムは、もっともっと勝ち進みたかったのでしょうけれど……でも、立派な結果だと思います」


「わたしも、そのように思います。きっと北の集落でも、多くの血族たちがレム=ドムの帰りを待ちわびているでしょう」


 控えの間では腰を落ち着ける間もなかったので、こんな挨拶もほとんど初めてであったのだ。レム=ドムは、どこかくすぐったそうな面持ちで「ありがとう」と応じた。


「まあ、くどくどと言葉を重ねる必要はないわ。わたしもアイ=ファも、まだ何も口にしていないのよ」


「ああ、そうだったのですね。それでは、ともに祝宴の喜びを分かち合いましょう」


 8名もの森辺の民が集結したためか、貴婦人も貴公子もいくぶん遠慮をして身を引いている。その隙に、ようやく俺たちは宴料理を食することができた。


「なんだ、こちらも城の料理か。なかなか森辺の料理に行きあたらないものだな」


「礼を失していますよ、ゲオル。今日はトゥール=ディンもレイナ=ルウも3種ずつの品しか準備していないので、どこかの卓にまとめられているのでしょう」


 ザザの姉弟のやりとりを聞きながら、俺とアイ=ファも卓に手をのばした。

 俺たちがつかみ取ったのは、焼きフワノの生地に美しい花の模様がデコレーションされた軽食だ。そちらの模様がさまざまな食材を練り合わせたディップであり、実に不可思議な味わいであった。


「うわ、これは何だろうね。主体にしているのは、たぶんママリアの果実だと思うけど……」


「はい。花のような香りであるのに、塩気と辛みが強いですね。いささか食べなれない味わいですが、でも美味しいと思います」


 トゥール=ディンが熱のこもった声を返してきたので、俺はつい口もとをほころばせてしまった。


「なんか、トゥール=ディンと一緒に城下町の宴料理を味わうのは、ちょっとひさしぶりに感じられるね」


「あ、はい……わたしはいつも、オディフィアにかかりきりになってしまいますので……」


 と、トゥール=ディンは嬉しさと恥ずかしさの入り混じった面持ちで微笑む。普段はおさげの髪をほどいて、華やかな宴衣装の姿であるために、トゥール=ディンの可愛らしさも格段に増していた。


 そんな俺たちのかたわらでは、バージがゲオル=ザザやゼイ=ディンに挨拶をしている。トゥール=ディンたちは先日の屋台や今日の商売でバージを見かけていたが、彼らは初対面であったのだ。


「今後はこうして顔をあわせる機会も増えようからな。何卒、よろしく願いたい」


「ふん。お前もなかなかの手練れであるようだな。今日はガーデルのお守りをするため、闘技会に出場できなかったのか?」


「いやいや。俺は裏方の人間であるため、ああいった催しは遠慮することにしているのだ」


 バージは誰が相手でも物怖じすることはないので、勇猛なるゲオル=ザザとも速やかにご縁を深められそうであった。

 ということで、俺は本丸たるガーデルにお声をかけさせていただく。


「ガーデルも、まだ何も口にしていないのでしょう? これらの宴料理は、素晴らしい出来栄えであるようですよ」


「はあ……俺などがお城の宴料理に手をつけるのは、なんだか申し訳ない限りです」


 あくまで気弱な物腰で、ガーデルは焼きフワノの軽食をつまみあげた。

 それを口にしても、ぼんやりとした顔に変化はない。その内心を知るために、俺は「如何です?」と言葉を重ねた。


「はあ……やっぱり料理の善し悪しなど、無粋者の俺には理解できないようです……」


「しかしあなたは、アスタの料理を美味だと思っているのであろう?」


 アイ=ファもさりげなく口をはさむと、ガーデルはほんの少しだけ口角をあげた。


「はい……アスタ殿の屋台や、先日の祝宴でいただいた料理などは、おおよそ美味であったかと思います。中にはいくぶん、食べにくい料理も入り混じっていたのですが……」


「うむ。あなたはたしか、ギバこつらーめんが口に合わなかったはずだな」


「名前は、失念してしまいました。……あっ、せっかくの宴料理を食べにくいなどと言ってしまって、申し訳ありません」


 ガーデルがたちまち目を泳がせると、アイ=ファは「大事ない」とやわらかく応じた。


「食べにくい料理もあると正直に話すからこそ、他の料理が美味だという言葉も信ずることがかなうのだ。また、すべての料理を美味だと感ずることなどそうそうありえないのであろうから、何も詫びる必要はない」


「はあ……ですが……アイ=ファ殿は傀儡の劇において、アスタ殿の料理に魂をつかまれたご様子でした。それでも、食べにくい料理などが存在するのでしょうか……?」


 ガーデルがそのように応じると、アイ=ファはいっそう優しげな眼差しになった。


「あなたのほうからそのように問いかけられたのは、これが初めてであるように思えるな」


「も、申し訳ありません。気に食わない話は、すべて聞き流していただきたく思います」


「何も気に食わないことなどないし、あなたの変化を嬉しく思っている。それで、料理の好みについてだが……私はたとえアスタが作りあげたものでも、辛みの強すぎる料理は苦手に思っている」


「あ、ああ、なるほど……俺も辛みが強すぎる料理は、あまり好みません」


 ガーデルの変化とアイ=ファの気づかいで、世間話が成立している。俺たちにとっては、こんな何気ないやりとりも大きな一歩であるはずであった。


 その後は我慢を切らした貴婦人や貴公子も一緒くたになって、歓談の場が形成される。そうすると、たちまちガーデルは口が重くなってしまうが、そこはバージが上手い具合に取りなしてくれた。


「こちらのガーデルは、かの悪名高きシルエルを討ち取った功労者であるのだ。本人はきわめてつつましい気性をしているため、小官が代わりに誇らせていただこう」


「こちらの御方が、あの大罪人を? それは、歴史に残るほどの功名でありますね」


「そのお怪我は、どうしたのです? あなたがそれほどの剣士であられたのなら、ぜひ闘技会にも出場していただきたいものです」


 こういった話に食いついてくるのは、やはり若き貴公子たちだ。ガーデルはひたすら恐縮するばかりであったが、これもまた必要な行いであるはずであった。

 いっぽう貴婦人がたは、やはりアイ=ファやレム=ドムやスフィラ=ザザに関心が強いようで、さらには俺やトゥール=ディンにも小さからぬ余波が巡ってくる。こちらはダカルマス殿下の試食会でさんざん名前を売ってしまったため、以前よりも注目を集めてしまっているのだ。こういった賑わいと無縁でいられるのは、寡黙で迫力満点のディック=ドムとつつましい人柄をしたゼイ=ディンのみであるようであった。


 そうして四半刻ばかりも歓談を楽しんだのち、俺たちはザザとディンの一行に別れを告げて、ようやく卓を移動する。

 その道中で皮肉っぽい言葉をもらしたのは、やはりバージであった。


「森辺の方々の人気というのは、これほどのものであったのだな。まあ、調理と剣技の手腕を思えば、それも当然のことか。それに加えて容姿も秀麗とあっては、若き貴族の胸を躍らせてやまんのだろう」


「あら、また外見を褒めそやされてしまったようよ」


 レム=ドムが悪戯っぽい微笑を投げかけると、アイ=ファはうるさそうにその腕を小突いた。

 そうして次の卓にも、見慣れた面々が集っている。それは、宴衣装のプラティカとシリィ=ロウであった。


「わ、プラティカはまた宴衣装だったのですね」


「……はい。ティカトラスの懇願、退ける、困難です」


 プラティカは黒い頬に血の気をのぼらせつつ、俺をにらみつけてくる。彼女に準備されていたのは細長い一枚布をくるくると巻きつけたシムの様式の宴衣装であり、胴体は完全に隠蔽されているものの、右肩から先と右足だけが露出するデザインであったのだった。本日のアイ=ファたちと同様に、腿の付け根まで見えてしまいそうな際どいデザインであるため、羞恥心を刺激されてしまうようであるのだ。そして、アイ=ファによく似た金褐色の髪もポニーテールの形に結いあげられており、普段の男装とのギャップが著しかった。


 いっぽうシリィ=ロウは、ごく尋常な宴衣装だ。彼女の宴衣装こそ露出度は控えめであるため、いつも堂々としたものである。しかし彼女も長い髪を自然に垂らすと、プラティカに劣らず印象は一変する。ただ、その目に宿された気迫のほどに変わりはなかった。


「おふたりは、ご一緒に祝宴を楽しまれていたのですね。ニコラは、侍女のお仕事ですか?」


「はい。ニコラ、厨にて、味見、していましたので」


 本日も、プラティカとニコラは城中の厨を見学していたのだ。ニコラは『麗風の会』においてヤンの弟子として参席者の扱いであったが、毎回そのように取り計らわれるわけではないようであった。


「それじゃあおふたりにも、ガーデルの紹介を――」


 そのように言いかけて、俺は口をつぐむことになった。大柄なガーデルが細身のバージを盾にして、縮こまってしまっていたのだ。


「ど、どうしたのです、ガーデル? 何か、顔色が悪いようですよ?」


「は、はい。俺は……占星師の御方が苦手ですので……」


 プラティカは、ほんの少しだけ眉をひそめた。


「私、占星師ならぬ、料理番です。もしや、アリシュナ、見間違えていますか?」


「い、いえ……ですが、東の方々には星読みをたしなむ人間が多いと聞きますので……」


「ゲルの藩、占星師、少ないです。私、星読み、たしなみません。……ですが、占星師、忌避される、いささか不愉快です」


 プラティカの紫色の瞳が、いっそうの鋭い輝きを帯びる。俺たちの前では礼儀正しいプラティカであるが、彼女とて猛きゲルドの民であるのだ。


「すみません、プラティカ。ガーデルはちょっと繊細なだけで、決して悪気はないのです。占星師を誹謗するつもりもないはずなので、どうか怒りをおさめてくれませんか?」


 俺がそのように声をあげると、バージもすました顔で「如何にも」と同調した。


「このガーデルは己を卑下する気持ちが強いため、占星師には醜い本性を見抜かれてしまうのではないかという畏怖の思いがこみあげてしまうようであるのだ。それは占星師の明敏さに恐れ入っているという話であるので、なんとか容赦をいただきたい」


「……そうですか」と、プラティカは鋭い眼光を半分だけまぶたに隠した。


「私、短慮でした。諍い、起こすつもり、ありませんので、こちらこそ、容赦、願います」


「それではこれで、手打ちということで。……しかし、プラティカ殿とこのガーデルは、つい先日に森辺の祝宴でご一緒したという話ではなかったかな?」


「はい。ですが、言葉、交わす機会、ありませんでした」


「では、これを機に親睦を深めていただきたい。……お前さんも、いつまで俺を盾にしておるのだ?」


 バージが横合いに身を引いても、ガーデルは小さくなったままである。彼は森辺の祝宴でも、アリシュナを相手に心を乱していたのだ。占星師に対する畏怖の念というのは、ずいぶん根が深いようであった。


「……そちらが、ガーデルなる御方であったのですね。わたしも森辺の祝宴では、言葉を交わす機会がありませんでした」


 シリィ=ロウは心からいぶかしそうに、ガーデルの姿をじろじろと検分している。すると、バージがにんまりと笑いながらそちらを振り返った。


「そちらもアスタ殿のご友人であられるのだな。小官は近衛兵団のバージと申すが、お名前をお聞きしてもよろしいか?」


「……わたしは《銀星堂》の、シリィ=ロウと申します」


「ああ、森辺の方々が懇意にされている料理人のおひとりであられたか。では、今後ともお見知りおきを」


 シリィ=ロウはいっそううろんげに眉をひそめつつ、俺のほうに向きなおってくる。さすがにシリィ=ロウにまでは、バージの素性も通達されていなかったようだ。


「こちらのバージは、ガーデルのお目付け役であるのです。話せば長くなるのですが……森辺の民は、ガーデルともども交流を深めさせていただいているさなかとなります」


「そうですか。まあ、わたしには関わりのない話であるようですね」


 シリィ=ロウはあっさりと興味を失った様子で、卓上の料理を指し示した。


「では、ダイアの宴料理をどうぞ。こちらも、看過できぬ出来栄えであるようですよ」


 こちらの卓も、ダイアの宴料理であったのだ。確かにそこには、ダイアの作としか思えない華やかな品々が並べられていた。

 藍色の星空のように輝くスープや、本物の花としか思えない細工の料理――そして何故だか、皮も剥いていない果実も無造作に盛りつけられている。レム=ドムが何気なくそのひとつをつかみ取って、「あら」と目を見開いた。


「たまには生のラマムでもかじってみようかと思ったのに……どうやらこれは、偽物の果実であるようね」


「はい。そちらは、フワノを主体にした焼き菓子となります。あなたがラマムを期待していたのなら、それ以上の喜びを授かれることでしょう」


「ふふん。わたしはラマムの汁気を求めていたのだけれどね」


 恐れ入った様子もなく、レム=ドムはその果実めいた菓子にかぶりつく。とたんにその目が、さきほど以上に大きく見開かれた。


「へえ……これはなかなか、とんでもない出来であるようね。トゥール=ディンがどんな感想を述べるのか、楽しみなところだわ」


 大いに好奇心をかきたてられた俺も、そちらの焼き菓子を手に取った。

 ラマムというのはリンゴに似た果実であるが、表皮は淡い黄色で実のほうが赤い色合いをしている。しかしこちらは手触りからして違っていたし、重みもまったく足りていなかった。


 然して、そのお味は――ラマムの甘さや風味が何倍にも凝縮されている。食感は軽やかな焼き菓子であるのだが、びっくりするぐらい濃厚な味わいであるのだ。この小さな焼き菓子の中に、何十個ものラマムが詰め込まれているかのようであった。


「ラマムをどれだけ煮詰めても、これほどの甘みにはならないことでしょう。そこはラマムの風味を損なわないように配慮しつつ、花蜜などを加えているのではないかと思われます」


「なるほど。これは確かに、とてつもないですね。なおかつ、実にダイアらしい手際です」


 ただ、これはおそらく小さく切り分けて食するべきであったのだろう。ひとりでこのサイズを食したら、胸やけしそうな甘さであったのだ。

 しかし、我が最愛なる家長殿はそれほど甘い菓子を好んでいない。よって、そちらにはひと口ぶんだけ取り分けて、もうひと口分はガーデルに渡すことにした。


「ガーデルも、どうぞ。ラマムがお嫌いでなければ、お気に召すと思いますよ」


 まだプラティカのほうをちらちらとうかがっていたガーデルは、気もそぞろに焼き菓子のかけらを受け取った。そうしてぼんやりと口に運んだのち、目を白黒させる。


「こ、これは本物のラマムより、ラマムのような味ですね……こんな菓子がこの世に存在するとは、想像もしていませんでした」


「そうですよね。しかも、見た目までラマムそのままなのですから、びっくりです」


 俺がそのように応じると、ガーデルはどこか陶然とした様子で目を細めた。


「ええ、本当に……何だか、これは……おとぎ話にでも出てきそうな、不可思議な菓子です……」


 ガーデルは、傀儡の劇などで語られる神話やおとぎ話に強く魅了される気質であるのだ。それでこのたびは、ダイアの菓子にそういった感性を揺さぶられたようであった。


(でも……それを言うなら森辺の祝宴だって、俺にとってはおとぎ話のワンシーンみたいに感じられるんだけどな)


 しかしまあ、感性というのは人それぞれなのだろう。

 俺は、その差異を埋めるために力を尽くすべきなのかもしれなかった。


「ガーデルは、ダイアの菓子がお気に召したみたいですね。ダイアはこういう、現実にはありえないような菓子や料理を得意にしているのですよ」


 俺が明瞭に努めた声音でそのように呼びかけると、ガーデルは微睡みから覚めたようにまた目を泳がせた。


「そ、そうなのですね。やっぱりジェノス城の料理長にまで抜擢されるようなお人は、並々ならぬ手腕を有しているのでしょう。な、何だかいっそう気が引けてきてしまいました」


「そんなこと言わないで、ともにダイアの宴料理を楽しみましょう。それに、森辺のかまど番たちだって、それに負けない宴料理を準備してくれているはずですからね」


 ガーデルは茫洋とした面持ちで、「はい……」と薄く微笑んだ。

 そんな俺たちの姿を、アイ=ファやディック=ドムやバージたちはそれぞれ異なる方角からじっと見守っていたのだった。

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