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異世界料理道  作者: EDA
第七十八章 新たな仕事と闘技会
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祝賀の宴①~お召し替え~

2023.5/19 更新分 1/1

 闘技場を出た俺たちは、その足で城下町を目指すことになった。

 時間にゆとりがあればいったん森辺に戻って子犬たちの様子を確認しておきたかったのだが、やはり試合が長引いたせいで時間が中途半端であったのだ。アイ=ファはいくぶん不満げなお顔であったものの、優先的に荷車を出せるように便宜をはかってもらった上で遅刻をするのはあまりに体裁が悪かったため、不承不承ギルルの手綱を操ってくれたのだった。


 こちらの人数はすでに通達されていたようで、城門で出迎えてくれた武官は笑顔でトトス車に案内してくれた。けっこうな頻度で送迎役を受け持ってくれている、初老の武官である。


「ガーデルの無礼に関しては、小官も聞き及びましたぞ。それで本日は、あやつも祝賀会に招かれたそうですな。小官は一時的にあやつの身柄を預かった身に過ぎませんが……どうか、あやつの無礼をお許しください」


「いえいえ。俺たちは、何も直接的な迷惑をかけられたわけでもありませんので」


「しかし、あやつが王都の貴き御方に無礼を働いた際に居合わせておられたのでしょう? メルフリード閣下からそのような話を通達された折には、小官も血がひく思いでありました」


 と、初老の武官は深々と息をつく。きっと休職中のガーデルを預かっていた彼も、監督不行き届きという名目で厳しい言葉を届けられてしまったのだろう。それもまた、ガーデルの軽率な行動の余波であった。


 そんな彼の運転するトトス車で、俺たちは祝賀会の会場たるジェノス城を目指す。

 城下町の祝宴に参ずるのも、およそひと月ぶりだ。このひと月ばかりもずいぶん賑やかであったため、俺としてはずいぶん懐かしく感じられてやまなかった。


「アスタたちは、トトスの早駆け大会でも祝宴に招かれていたのだったな! 俺やヤミルは盛大な茶会というやつ以来なので、おおよそふた月ぶりとなる!」


 と、城下町のトトス車に身を移しても、ラウ=レイのご機嫌な様子に変わりはなかった。


「まあ、今回の俺たちはティカトラスのお招きだからね。ティカトラスがこんなに早くジェノスに来てなかったら、お招きされることもなかったんじゃないかな」


「うむ! であれば、ティカトラスに感謝するばかりだな!」


「へえ。ラウ=レイは、そんなに城下町の祝宴が好みに合ったんだね」


「うむ! 城下町の宴衣装を纏ったヤミルの美しさは、格別であるからな! アスタだって、アイ=ファの宴衣装は楽しみでならんのだろう?」


「いやあ、そういう話は本人のいないところでお願いするよ」


 そうして俺が頭を小突かれたところで、トトス車はジェノス城に到着した。

 城詰めの武官に案内役がバトンタッチされて、巨大な城門へと導かれる。入り口で刀を預けたならば、すぐさま浴堂に案内をされた。


 ラウ=レイやディック=ドムと3人きりで身を清めるというのは、やはり新鮮な心持ちである。そうして両名の肉体美に圧倒されつつ、俺はひとつの想念に行き当たった。


「あ、そういえば、この3人はちょうど同い年ですね。だから何だというわけではありませんけれども」


 黙然と垢すりに励んでいたディック=ドムは、「ほう」と俺のほうを振り返ってくる。


「レイの家長は、我々と同じ齢であったのか。そういえば、ガズラン=ルティムあたりがそのように語っていたやもしれん」


「俺もドンダ=ルウあたりから、少しはディック=ドムを見習うがいいと言われた覚えがあるぞ! しかし何やら、誇らしい気分だな!」


 ラウ=レイの元気な返答に、ディック=ドムは「誇らしい?」と太い首を傾げた。


「うむ! 俺とお前はこの齢で本家の家長を務めている身であるし、アスタは言うまでもなく森辺で一番のかまど番だ! それにたしか、アイ=ファも俺たちと同じ齢ではなかったか?」


「うん、そうだよ」


「ならば、ますます誇らしい! 俺たちが生まれた年は、母なる森に祝福されていたのやもしれんな! 他に誰か、見知った人間で同じ齢の人間はおらんのか?」


「えーと、俺が知る中では、レイナ=ルウだね。あとは……そうそう、アマ・ミン=ルティムも同い年のはずだ」


「レイナ=ルウと、ガズラン=ルティムの伴侶か! どちらも立派な女衆だな!」


「うん。それに、ラウ=レイはあんまり面識がないだろうけど、アイ=ファの幼馴染のサリス・ラン=フォウも同い年だ。今はファの家で、子犬の面倒を見てくれているはずだよ」


「名前は知らんが、アイ=ファの友ならきっと立派な女衆なのであろう!」


「そうだね。あとは……ルウの祝宴にもちょくちょくお招きしてるシリィ=ロウだとか、最近交流をもったテティアなんかも同い年みたいだよ」


「それは、城下町の民か? 母なる森の祝福も、森辺の外までは及ぶまいな!」


 ラウ=レイのそんな言葉が、俺の心をいくぶん刺激した。

 それを解消するために、俺は言葉を重ねてみせる。


「でも、俺たちは同じジェノスの民だろう? それに……俺だって、森辺の外で生まれた身だよ」


 ラウ=レイは水色の目をきょとんと丸くしてから、「おお!」と手を打った。


「そうか! アスタは森辺の外からやってきたのだったな! これはうっかり失念していた!」


「ええ? そんな話を、忘れるものなのかい?」


「うむ! 今やアスタは、どこからどう見てもただの森辺の民であるからな!」


 その言葉に、俺は別の方向から心を揺さぶられてしまう。何だかひさびさに、ラウ=レイの奔放さに翻弄されている気分であった。


「もう、ラウ=レイにはかなわないなぁ。ヤミル=レイの苦労がしのばれるよ」


「うむ? ヤミルが何だというのだ?」


「ラウ=レイみたいに明け透けだと、それを受け止めるこっちが大変だってことさ」


 そして俺は、ティカトラスの言葉を思い出していた。かつて彼も鎮魂祭の夜に、俺のことはごく普通の森辺の民としてしか認識できないと評していたのだ。

 ティカトラスは、妙に鋭い眼力を有している。彼はどうやら、その人間の持つ星の色を魂の色として見抜くことができるようであるのだ。そして、この世界の星を持っていない俺のことは、きわめて特異な存在に感じられるのだが――それでいて、ごく普通の森辺の民にしか見えないという話であったのだった


(俺にとって、それがどれだけ重い意味を持つ言葉であるかなんて、ラウ=レイには想像もつかないんだろうな)


 俺は何だか、ラウ=レイの頭を小突いてあげたい気分であった。

 しかしそうするとどのような反撃が待っているかもわからないので、自重することにした。


「ともあれ、同じ齢の人間が立派な者だらけで誇らしい気分だ! そのシリィ=ロウやテティアなる者たちも、立派な人間であるやもしれんしな!」


「うん。どこかで顔をあわせたら、仲良くしてあげておくれよ」


 そうして会話が一段落したところで、俺たちは浴堂を出ることにした。

 次なるは、お召し替えの時間だ。そこで俺は、小さからぬ驚きに見舞われることになった。俺とラウ=レイに、また新たな宴衣装が準備されていたのである。


「こちらは王都の貴族ティカトラス様がご準備した宴衣装と相成ります」


「ティ、ティカトラスが? でも、ティカトラスは2日前にやってきたばかりですよね?」


「はい。王都で復活祭を過ごしておられる折に、あちらで仕立て屋に注文されたのだとうかがっております」


 そういえば、ティカトラスたちはトトスにまたがって登場した際、ずいぶんな大荷物を持参していたのだ。あの中に、これらの宴衣装も収納されていたということであるようであった。


「ではきっと、ヤミルたちにも新しい宴衣装が準備されているのだろうな! これはますます、楽しみなことだ!」


 ラウ=レイは、無邪気にはしゃいでいる。俺としては、気が引ける部分もあるのだが――それでもやっぱり、アイ=ファの新たな宴衣装に期待をかけずにはいられなかった。


 そんな俺たちに準備されていたのは、ちょっとジェノスではお目にかかれない様式の宴衣装である。ゆったりとした長羽織めいた上衣は、明らかにティカトラスが日常的に着用しているものと同系統だ。そしてその上衣には目にも鮮やかな刺繍が施されているため、絢爛なことこの上なかった。


 ラウ=レイは果実のごとき朱色、俺のほうは漆黒の生地で、そこに金色と銀色を主体にした糸で民族的な紋様が刺繍されている。その下に着込む前合わせの胴衣はノースリーブで、ざっくりと胸もとが開いており、やはり和服のように帯をしめる様式だ。ただし胴衣の丈は膝上ぐらいまでであったので、その下にはジェノスでもお馴染みのバルーンパンツめいた脚衣を穿かされる。あとは当然のように、胸もとや手首に数々の飾り物を装着させられることになった。


「ふむふむ! ティカトラスばかりでなく、ピノやギャムレイなどもこういった装束を纏っていたな! この色合いは、まるでピノのようだ!」


 ラウ=レイがそのように声をあげると、ひとりセルヴァ伝統の宴衣装を着付けされていたディック=ドムが静かに発言する。


「俺は、ルウの次姉の宴衣装を思い出していた。あくまで、生地の色合いについてだがな」


「ああ、確かに! レイナ=ルウは、こんな色合いの宴衣装を纏っていたな! あれもティカトラスの準備したものであるはずだぞ!」


 その言葉が、また俺の記憶巣を刺激した。


「……もしかして、ラウ=レイは朱の月の生まれなのかな?」


「うむ? 確かにその通りだが、そのような話をティカトラスに語った覚えはないぞ!」


「そっか。でも、他の女衆も生まれ月の色をした宴衣装を準備されてたんだよ。ヤミル=レイは、緑の月の生まれなんだろう?」


「おお、確かに! しかしアイ=ファは、3種の宴衣装を贈られていたな?」


「うん。アイ=ファの生まれ月は赤で、最初にいただいた宴衣装と一致してるね」


「そうかそうか! 今日はどのような色合いの宴衣装を準備されているか、楽しみなところだな!」


 どうやらティカトラスの不可思議な眼力は、ラウ=レイの興味を引かなかったようだ。その代わりとばかりに、ディック=ドムが黒い瞳を鋭く輝かせた。


「それはずいぶん、奇異なる話を聞かされるものだ。あのティカトラスというのは、星読みの心得でも持ち合わせているのであろうか?」


「いえ。星読みなんかは、からきしであるそうです。本人も、生まれ月ではなく魂の色合いが見えるだけだと仰っていましたしね」


「……まったく、うろんな話だな」


 森辺の民は星読みの技に関心が薄いため、ディック=ドムもそれ以上は言葉を重ねようとしなかった。

 まあしかし、これはきっと森辺の民に限った話ではないのだろう。南の民はこちら以上に星読みの技を嫌っているし、星占いを楽しむ西の民でもそんな不可思議な話には眉をひそめるのではないかと思われた。


 ともあれ、今回もまた分不相応な宴衣装を賜ってしまったものである。ラウ=レイなどは口を開かなければ貴公子のごとき凛々しさであるため、派手な朱色の宴衣装も難なく着こなしていたが――俺としては、この絢爛さに辟易するばかりだ。生地がシックな黒地であると、豪奢な刺繍がいっそう際立ってしまうようであるのだった。


「いやいや! アスタもなかなか似合っているではないか! アスタは髪が黒いので、黒い装束が似合うのかもしれんな!」


「そうなのかなぁ。せめてもっと地味めの刺繍だったら、俺も尻込みしないんだけどね」


 そんな風に答えながら、俺は自前の首飾りをまさぐった。アイ=ファからプレゼントされたその首飾りもまた、黒い石がはめこまれているのだ。

 ただ、アイ=ファは俺の瞳の色に合わせてこの首飾りを選んでくれたのだが――ティカトラスのほうは、どうだか請け合えなかった。星を持たない俺の存在は、この世界の星図において暗黒の色合いと称されているのである。


(俺の生まれ月は、いちおう黄だしな。まあ、そんなことを気にしてもしかたないか)


 俺はこぼれそうになる溜息を呑みくだしつつ、小姓の案内でお召し替えの間を出た。女衆は着付けに時間がかかるため、こちらは控えの間で待機である。

 本日の控えの間はなかなか広々としていたが、俺たち3名の他に姿はない。俺たちは真っ先に闘技場を出立したため、一番乗りとなってしまったのだ。祝宴の始まりまで、まだ半刻以上は残されているのではないかと思われた。


 しかしまあ、ラウ=レイがいれば退屈するいとまもない。小姓の少年に菓子でも如何かと問われたが、胃袋を空けておきたかったのでお茶だけお願いすることにした。

 俺とラウ=レイとディック=ドムの3名で長きの時間を過ごすというのは、なかなか有意義な体験であろう。祝宴に対する期待感か、同世代の気安さか、ラウ=レイはいつも以上のはしゃぎっぷりであった。


「俺もそろそろファの家の世話になりたいと考えていたのだが、間もなくジェノスは騒がしくなるので控えよとたしなめられてしまったのだ! ジェノスがどれだけ騒がしくなろうとも、俺がファの家にお邪魔して悪いことはあるまい?」


「そうだね。でも、アルヴァッハやダカルマス殿下が来訪したら、また何やかんやと城下町に呼び出されそうだし……せっかくだったら、もっと平穏な時期にラウ=レイと交流を深めさせてもらいたいかな」


「うーむ! まあ確かに、泊まり込んでいるところに呼び出しを受けたら、時間を無駄にしてしまうな! しかし、そやつらが帰るのを待っていたら、雨季になってしまいそうだ!」


「雨季でも、別にかまわないんじゃないかな? ……ああ、だけど、雨季だと修練もままならないのか」


「そうなのだ! こうなったら、休息の日に修練だけでも願うか! しかし、休息の日はなるべくヤミルと過ごしたいのだがなぁ」


 そんな会話にも、俺は勝手に同世代の気安さを感じてならなかった。

 そうしてしばらく歓談を楽しんでいると、扉をノックされる。しかしそれはアイ=ファたちではなく、闘技会の出場者と見物人たちであった。


「おお、ナハムの長兄、ご苦労であったな! お前の戦いぶりは、しかと見届けさせてもらったぞ!」


 ラウ=レイが陽気に呼びかけると、モラ=ナハムは目礼だけでそれに応じた。彼は、寡黙な気性であるのだ。

 モアイ像を思わせる角張った顔立ちで、金色の巻き毛が渦を巻く、ちょっと独特の風貌をしたモラ=ナハムである。180センチオーバーであるその肉体も、筋骨隆々というよりは骨が太くてごつごつとした印象だ。闘技会の慣例で、出場者の彼は森辺の装束のままであった。


 それに続いて入室したジザ=ルウとダリ=サウティとゲオル=ザザの3名は、宴衣装の姿となる。そして、彼らもまた和装めいた宴衣装であったため、俺はいささかならず驚かされることになった。


「あ、あれ? みなさんも、新しい宴衣装を準備されていたのですね」


「うむ。これは、デルシェアと同じやり口なのやもしれんな」


 ジザ=ルウが、感情の読めない声でそのように応じた。

 デルシェア姫のやり口というのは――城下町の祝宴に招待されそうな人間に、あらかじめ宴衣装を準備しておくという手法についてであろうか。確かにこちらの3名は族長筋の人間として、何度となくティカトラスと同席していたのだった。


「となると、レイナ=ルウたちにも新しい宴衣装が準備されているのでしょうね。総勢10名の宴衣装を新調するなんて、驚きです」


「いや。着替えの場には、もう1着準備されていたぞ。それは誰の宴衣装であるのかと問うたら、ゼイ=ディンのためのものであったな」


 と、ゲオル=ザザが苦笑まじりに口をはさんでくる。

 トゥール=ディンも祝宴に招待されることは多いし、付添人のゼイ=ディンもまた然りだ。実際にゼイ=ディンは護衛役として同行しており、トゥール=ディンともども本日の祝宴に招待されていたのだった。


「しかしさすがに、ディック=ドムの参席だけは見抜けなかったか。まあ、それを見抜いたところで、ともに準備されるのは伴侶の宴衣装であろうがな」


「うむ。そして同様に、ナハムとベイムの両名の参席も見抜くことは不可能であろう。よって、本来重んじられるべき闘技会の出場者とその付添人だけ、新たな宴衣装が準備されていないということだな」


 ジザ=ルウの言葉に、ゲオル=ザザはまた苦笑する。


「あちらの勝手でやっていることなのだから、俺たちが気にかける必要はなかろうよ。それに、文句をつける筋合いでもなかろうしな」


「うむ。だがやはり、ティカトラスの奔放さがジェノスの習わしと合致していない証左であることに間違いはなかろう」


 道理を重んじるジザ=ルウは、やはり引っかかるものを感じてしまうようだ。それをなだめるように、ダリ=サウティがゆったりと笑いかけた。


「であれば、その一点だけは俺からティカトラスに告げておこう。それであちらが行いをあらためるとは思えんが……不満の念を呑み込んでいたら、正しき絆も望めまいからな」


「うむ。族長たるダリ=サウティの手をわずらわせるのは申し訳ないが、俺がでしゃばるのは不相応であろう。どうか、よろしく願いたい」


 そうしてジザ=ルウたちが腰を落ち着けるなり、すぐさま扉が叩かれた。

 だがやはり、宴衣装の女衆ではない。それは俺たちに負けないぐらい派手な身なりをした、ドーンであった。


「おお! 森辺の猛者が集まって、闘技場の控え室にも負けない熱気だな! このような熱気の中に身を置いていると、もうひと勝負したくなってしまうぞ!」


 彼も身分は平民であるため、いつも同じ場で祝宴の開始を待っていたのだ。彼は本日も真っ赤な髪をたてがみのようになびかせながら、紅白に染めあげられた珍妙な装束を纏っていた。


「おお、モラ=ナハム! けっきょく対戦の機会がなくて、残念なことであったな! まあそれも、俺が女人に後れを取ってしまったがゆえだ! しかもあやつはおぬしにも打ち勝ったのだから、まったく大した話であろう! あのように美しい女人があれほどの力量を持っているなどとは、いまだに信じられんほどだ!」


 外見通りに豪放な気性をしたドーンは、古傷だらけの顔で呵々大笑した。これだけ勇猛そうな容姿と立ち居振る舞いで、首もとにはぼわぼわの白いフリルの襟巻きをつけて、紅白水玉の装束であるものだから、いっそう珍妙なのである。そして彼は戦場にあっても、こういった意匠の甲冑を纏っているという話であったのだった。


「それにしても、色気のないことだ! レム=ドムは、まだ参じておらんのか? それにまさか、男だけで祝宴に臨むわけではあるまいな?」


「女衆は着付けの最中です。レム=ドムは……そちらとご一緒ではなかったのですか?」


「城までは隣の車で揺られていたが、さすがに浴堂をともにすることはできまい! それではさすがに、俺も我慢が切れてしまおうからな! あの甲冑の下にどのような肢体が隠されているのか、今から楽しみなことだ!」


 何だか放っておいたら、ドーンの豪放さが悪い方向に向いてしまいそうである。それを掣肘するべく、俺はディック=ドムを紹介することにした。


「あの、こちらはレム=ドムの付添人であるディック=ドムです。レム=ドムの兄君でもあられるのですが……」


「ほう! レム=ドムの兄か!」


 ドーンは笑顔で、ディック=ドムのほうに向きなおる。

 すると、その目に強い輝きがたたえられた。


「これはこれは……化け物ぞろいの森辺の民としても、これはとびきりの化け物だな。おぬしなら、一騎駆けで100名のゼラド兵を薙ぎ倒せそうだ」


「……俺たちの刀は、人ではなくギバを斬るために鍛えられたものとなる」


「しかしおぬしの妹は、大層な剣士であったぞ! まあ、おぬしを見れば、それも納得だな! これだから、血筋というやつは馬鹿にできん!」


 もとの豪放さを取り戻して、ドーンはまた笑い声を響かせた。

 そのタイミングで、三たび扉がノックされる。今度こそ森辺の女衆が到着して、ドーンを歓喜させたのだった。


「おお、ようやくお出ましか! これはまた、口を閉ざしておくのがひときわ難儀だな!」


 いちおう彼も、森辺の習わしはわきまえているのである。

 しかし俺もこのたびは、ドーンと似たり寄ったりの心境であった。それほどに、ティカトラスの準備した新たな宴衣装は絢爛の極みであったのだ。


 レイナ=ルウたちはまだ宴料理の準備中であるらしく、この場に参じたのはアイ=ファとヤミル=レイとフェイ=ベイム、それにサウティ分家の末妹のみである。俺の目は、当然のごとくアイ=ファに釘付けにされてしまった。


 その身にふわりと纏っているのは、男衆と同じく長羽織のような上衣となる。その色彩は真紅であり、そこに金色を主体にした糸で豪奢きわまりない刺繍が施されていた。

 しかし、そちらの上衣は羽織っているだけで、その下の衣装が惜しげもなくさらされている。そちらの胴衣も男衆と同じように、和装めいた前合わせの様式であったのだが――俺たち以上にざっくりと胸もとが開いており、なおかつ片足が完全に露出する作りであったため、とてつもない色香であったのだった。


 俺は和装について何の知識も持ち合わせていないが、これほど露出の多い様式は存在しないに違いない。胴衣の襟は腰の帯に達するまで重ねられず、胸の谷間はもちろんおへそまで見えてしまいそうなほどであった。

 なおかつ、俺たちの胴衣は膝上ぐらいの丈であるが、アイ=ファたちのほうは和装さながらに足首のあたりまで達している。それでいて、片方の側が大きくはだけて片足をにょっきり太腿の付け根まで露出させているのである。


 トータルの露出面積は、森辺の装束のほうがまさっているに違いない。しかし、他の部位が厚着であるほど、素肌の露出が際立ってしまうようであるのだ。それで、露出している部位が部位だけに、とてつもない色香になってしまって、俺は目のやり場に困るほどであった。


 そして、開きすぎるほど開いた胸もとには、俺がプレゼントした青い石の首飾りが銀細工の装飾とともに輝いている。また、金褐色の長い髪はほどかれていたものの、一部分だけ三つ編みにされて宝石や飾り紐で彩られており、そちらも息を呑むほどの美しさであった。


 左のこめかみには俺が贈った髪飾りが、耳や手首にはこちらで準備された飾り物が燦然ときらめいている。装束の様式は和装めいているのに、そういう飾り物や刺繍の柄などはエスニックな様式であるため、俺の故郷では決して見られない独特の艶やかさが完成されているのだ。これまで数々の宴衣装を見せつけられてきた俺も、心から感嘆させられることになってしまった。


「ほう。これは確かに、俺たちと対になる宴衣装であるようだな」


 ダリ=サウティがそのように評すると、サウティ分家の末妹が「はい」と気恥ずかしそうに微笑んだ。若年の彼女もアイ=ファと同じ様式の宴衣装であったが、ただし胴衣はきっちりと胸もとで合わされており、おへそも片足も露出していない。生地の色合いは当然のように、彼女の生まれ月である黄色であった。


 いっぽうヤミル=レイは、アイ=ファと同様の豪奢さである。長羽織めいた上衣は目にも鮮やかなエメラルドグリーン、胴衣は夜の森を思わせるダークグリーンで、細かく編みこまれた黒褐色の髪は本日もポニーテールの形に結いあげられている。こちらの妖艶なる色香も、まったくもって尋常ではなかった。


 そして、フェイ=ベイムだけはセルヴァ伝統の宴衣装を纏っている。天女の羽衣のようにふわふわとした上衣と長衣の、優雅なデザインだ。そして、アイ=ファたちとバランスを取るためか、普段よりも数多くの飾り物がつけられていた。礼賛の祝宴で特別扱いされていたアイ=ファと同程度の絢爛さである。


 しかしやっぱり、俺の目はすぐさまアイ=ファのもとに引き寄せられてしまう。

 そしてアイ=ファは城下町で習い覚えた作法のもとに、しずしずと俺に近づいてきた。


「……そちらもずいぶん、趣が異なっているようだな」


 どれだけ肌を露出させられても、アイ=ファは恥ずかしがる気配がない。そして毎回、自分よりも俺の格好を気にかけるのだった。


「しかしまあ……黒い宴衣装というのは、髪や瞳や首飾りの色合いと調和するようだ」


 俺の耳もとにそんな言葉を囁きかけてから、アイ=ファは目もとだけで微笑んだ。

 そこに、ドーンの「おや!」という声が響きわたる。


「なんだ、おぬしは宴衣装を纏っておらぬのか! ずいぶん勇ましい格好ではないか!」


「ふふん。闘技会の出場者は、普段の装束でかまわないという話であったからね」


 俺がびっくりして目を向けると、いつの間にやらレム=ドムも入室していた。しかし彼女は、森辺の装束のままであったのだ。ドーンが「勇ましい」と称したのは、牙と骨の飾り物が原因であるのだろうと思われた。


「ほう! お前は何度もメルフリードの剣をくらっていたはずだが、傷ひとつ負っていないようだな!」


 ヤミル=レイの美しさにご満悦であったラウ=レイがそのように声をあげると、レム=ドムは不敵に笑いながら腹筋の線が浮いた腹部を撫でた。


「このような勝負で手傷を負ったら、口うるさい家長に何を言われるか知れたものではないからね。相手の攻撃をよけきれないときは、死に物狂いで衝撃を逃がしていたのよ」


「あれだけくたびれ果てていたのに、大したものだな! やはり、お前の妹は立派だぞ!」


 ラウ=レイはダン=ルティムのように大笑いしながら、ディック=ドムの逞しい背中をばしばしと叩く。

 それを横目に、アイ=ファがまた俺に囁きかけてきた。


「このように珍妙な姿をせずに済むのは、羨ましい限りだ。いっそ来年は、私が闘技会に出場してくれようか」


「ええ? 悪い冗談だよ。アイ=ファは闘技の勇者なんだから、族長だって許しちゃくれないさ」


 俺は暴れる心臓をなだめながら、そのように答えてみせた。


「まあ、アイ=ファは普段の格好でも十分に魅力的だけど……その宴衣装も、怖いぐらい似合ってるよ」


 アイ=ファはちょっぴり頬を染めつつ、「やかましい」と俺の腕を小突いてくる。

 そうして俺はこれまで以上に胸を騒がせながら、祝宴の開始を待つことに相成ったのだった。

・本日、5/19に書籍版第30巻が刊行いたします。

・それにともない、ホビージャパン様の運営するウェブサイト「ファイアCROSS」のウェブ読みでキャンペーンが実施されます。7巻までは無料で読めるほか、29巻までの巻も通常の半額で購入できます。こちも先生のイラスト付きでお得に読める機会ですので、ぜひご覧ください。期間は、6/2(金)までとなります。

・さらに、以前にこちらで募集した質問箱のコーナーが公開されました。ご応募くださった皆様、ありがとうございます。また、ご応募くださったのに選ばれなかった皆様、申し訳ありません。お楽しみいただけたら幸いでございます。


https://firecross.jp/ss/787904956

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