表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第七十八章 新たな仕事と闘技会
1352/1695

ジェノスの闘技会④~剣王~

2023.5/18 更新分11/1

 ベスト4を決める準々決勝戦で、森辺の狩人は両名とも敗退することになった。

 しかし、本年の剣王を決める勝負はこれからであったし――客席には、レム=ドムの残した熱狂がいつまでも吹き荒れていた。


「レム=ドムは、本当にすごかったですね! でも……トゥール=ディンが見ていたら、心配のあまり泣いてしまっていたかもしれませんね」


 そんなコメントを述べたのは、レイ=マトゥアである。彼女自身、レム=ドムの激闘に頬を火照らせていた。


「負けてしまったのは残念ですけれど、でも、8名の勇者にはなれましたもんね! レム=ドムには、祝宴でトゥール=ディンの菓子を楽しんでもらいたく思います!」


「うん、本当にね。会場で会ったら、レイ=マトゥアの分までねぎらいの言葉をかけておくよ」


 俺たちがそんな言葉を交わしている間に、次の勝負が始められていた。

 準々決勝戦で敗れた4名による、順位決定戦である。対戦の組み合わせがシャッフルされて、最初の試合はモラ=ナハムと見知らぬ剣士であった。


 これは、モラ=ナハムの圧勝である。レイリスが相手でもそこそこいい試合を見せていたその剣士は、三合ともたずに剣を飛ばされて「参った」をすることに相成った。


 そしてお次は、レム=ドムとドーンの一戦である。

 前の試合があっさりと終わってしまったため、レム=ドムは回復する猶予もなく再登場であった。


 いっぽうドーンもデヴィアスと激闘を繰り広げていたものの、ずいぶん時間が経っているために元気いっぱいである。規定の甲冑を真っ赤に染め上げたドーンは意気揚々と登場し、意味もなく長剣を振り回した。

 しかし、より多くの歓声をあびているのは、レム=ドムのほうである。きっとメルフリードとの対戦で見せた執念が、多くの人々の心をつかんだのだろう。彼女は真っ直ぐ歩けないぐらい疲労困憊の状態であったが、それを後押しするような拍手と歓声が鳴り響いていた。


 そうして試合が開始されたならば、ドーンは遠慮も容赦もなく突撃する。

 それを迎えるレム=ドムは、棒立ちだ。ロギンと対戦したときと同じように、彼女はノーガードでドーンの突撃を迎え撃った。


 ドーンは、袈裟切りの格好で剣を振り下ろす。

 豪快だが、力まかせの攻撃ではない。挙動は大きいのに、剣の描く軌跡はコンパクトで、うなりをあげてレム=ドムの左肩を目指した。


 レム=ドムは――左足を半歩引くことで、その斬撃を回避する。

 そして、引いた左足をすぐさま持ち上げて、ドーンの腹に膝蹴りをめりこませた。

 きっと突撃の勢いが、そのまま膝蹴りの破壊力に転化されたのだろう。ドーンが苦しげに身を折ると、レム=ドムはその首筋に左の手刀を振り下ろした。


 ドーンはべしゃりと、地面に這いつくばる。

 レム=ドムがその無防備な首筋に剣先を突きつけると、審判が試合終了を宣言した。


 メルフリードとあれだけの激闘を見せたレム=ドムが、今度は武術の達人めいた流麗さで完勝してみせたのだ。それで客席には、いっそうの歓声がふくれあがることになったのだった。


「ふむ。ロギンに続いて、ドーンも打ち負かしたか。私のかつての軽はずみな言葉は、虚言にならずに済んだようだな」


 そのように囁きかけてくるアイ=ファもまた、クールを気取りながら隠しようもない熱情をにじませていた。


 そうしてついに、準決勝戦である。

 森辺の同胞の出番がないため、俺の周囲だけ空気がゆるみかけていたが、会場の熱気は高まるいっぽうだ。そして俺個人もここまで勝ち進んだのはいずれも見知った相手ばかりであったので、興味が削がれることはなかった。


 準決勝戦の第1試合は、デヴィアスとレイリスだ。

 豪快なるデヴィアスと流麗なるレイリスで、実に対極的なファイトスタイルである。かつてこの両名が対戦したことがあったかどうか、俺の記憶には残されていなかった。


 そして、その結果は――レイリスの流麗なるステップと攻撃が、デヴィアスの豪快さに押し切られる格好で終焉した。突き技を回避したデヴィアスがそのままショルダータックルをぶちかまし、地面に倒れたレイリスに剣を突きつけたのだ。


「ふむ。やはりデヴィアスは、ずいぶん腕を上げたようだ。かえすがえすも、邪神教団との戦いが糧となったのだろうな」


 そのように評したのは、両者と対戦の経験があるシン=ルウであった。


 そして、準決勝戦の第2試合――メルフリードとデギオンの一戦である。

 普通に考えれば、技量でまさっているのはメルフリードだ。メルフリードは森辺の勇者、デギオンは勇者に届かない狩人ていどの力量と見なされていたのだった。


 しかしメルフリードは、明らかに精彩を欠いていた。試合が開始されても右腕1本で長剣を支え、左腕はだらりと垂らしたままであった。


「こいつはおそらく、レム=ドムとのやりあいで肩を痛めちまったんだろうなー」


「うむ。しかしメルフリードは、もとより2本の剣を操ることを得手にしているからな。片腕で剣を振るうことには、誰より長けているはずだ」


 ルド=ルウとシン=ルウは、そのように語らっていた。

 デギオンも慎重なタイプであるため、メルフリードもまだそこまで追い込まれてはいないが、しかし片腕しか使えないというのは大きすぎるハンデであろう。昨年の剣王であり、次代の領主であり、そしてレム=ドムに打ち勝ったメルフリードの思わぬ苦境に、客席には緊迫した気配が漂っていた。


 しかしメルフリードも、善戦はしている。シン=ルウの言う通り、メルフリードはもともと二刀流の使い手であったため、片腕でも難なく剣を振るうことができるのだ。ただやっぱり、左腕がいっさい使えないというのは、攻撃に関しても防御に関しても大きな支障が出てしまうようであった。


 それでも堅実に攻めていこうとするデギオンのたたずまいは、不気味なぐらい冷静に感じられた。身の丈190センチオーバーの大男であるため、その沈着さがより不気味に思えてしまうのだろう。なおかつ彼は細長い体形をしているので、何だか巨大な蛇が獲物をいたぶっているようにも見えてしまった。


 そうして時間ばかりがじわじわと過ぎていき、メルフリードの身が試合場の端にまで追い込まれたとき――メルフリードが、思わぬ行動に及んだ。

 大事な剣を、頭上に放り投げてしまったのだ。

 そしてメルフリードは、徒手のまま相手の懐に跳び込んだ。


 デギオンが徒手の格闘を得手にしていることは承知しているであろうに、メルフリードは自ら武器を手放して、接近戦を挑んだのである。しかもメルフリードは、左腕が使えない状態にあった。


 デギオンは悠揚せまらず、剣を振りかざす。

 それをかいくぐったメルフリードが、デギオンの身に密着した。

 デギオンは、左手をメルフリードの腰にあてがう。遠目にはわからないが、きっと甲冑を固定する帯か何かをつかんだのだろう。


 メルフリードはそれを振りほどこうという素振りも見せず、ただその場で足を踏ん張る。自らは相手の身をつかもうともせず、ただデギオンの投げ技をこらえているように見えた。


 数秒後、俺はメルフリードの思惑を察することができた。

 他の人々も、それは同じことだっただろう。答えは、目の前にさらされていた。空中に投げ上げられたメルフリードの剣が、もつれあうふたりの頭上に落下してきたのだ。


 その剣が、デギオンの頭に激突した。

 デギオンは、ぎょっとしたように身をすくめる。その隙に、メルフリードはデギオンの右腕をたぐり――その指先から、長剣をもぎ取った。


 一瞬遅れて、デギオンは長身をのけぞらせる。

 帯をつかまれたメルフリードは、ふわりと空中に持ち上げられた。

 しかしメルフリードは身をねじり、何とか両足で着地する。そして、さらにのしかかってこようとするデギオンの咽喉もとに、ぴたりと刀身を押し当てた。


 しかしデギオンは、そのままメルフリードを押し倒そうとする。ルール上、「参った」をするか審判が危険であると判じない限り、試合は終わらないのだ。

 メルフリードは、背中から倒れ込む。

 その過程で、メルフリードはぎこちなく左腕を持ち上げた。

 その手の平が、デギオンの咽喉もとにあてがった剣の背にあてがわれる。


 そうして両名は、もつれあって倒れ伏し――そして、デギオンのほうがのたうち回った。おそらく転倒の衝撃が、刀を伝って咽喉もとに炸裂したのだ。もちろん首にも防具を着用しているのであろうが、どれだけ苦しかったかは想像するに難くなかった。


 メルフリードはすっくと身を起こし、身もだえるデギオンの首筋にあらためて剣の切っ先を突きつける。それで、審判が試合終了を告げることになった。


 メルフリードの逆転劇に、客席はまたわきかえる。ルド=ルウも、「へーえ」と感心したような声をあげた。


「さすがに分が悪いと思ったのに、しっかり勝っちまったなー。自分から剣を手放したのは、相手の油断を誘うためだったってことかー」


「うむ。デギオンは徒手の戦いを得意にしているため、いっそう効果的であったのだろう。さすがメルフリードは、剣王の名に相応しい剣士だ」


 そのように語るシン=ルウは、どこか誇らしげである。彼自身、一昨年にはメルフリードに追い込まれながら逆転勝利して、剣王の栄誉を授かった身であった。


 かくして、決勝戦に進出したのはデヴィアスとメルフリードということになり――ここでまた、順位決定戦である。

 最初の試合は7位と8位を決める、ドーンと見知らぬ剣士の一戦だ。これは、ドーンの圧勝であった。


 そして、熱気が冷めやる猶予も与えず、5位と6位を決める決定戦――レム=ドムとモラ=ナハムの一戦だ。森辺の狩人同士の対戦に客席はわきかえり、フェイ=ベイムはまた顔を引き締めることになった。


 それなりの時間が経過していたが、レム=ドムの疲弊しきった姿に変わりはない。なおかつ、モラ=ナハムのほうも慎重なファイトスタイルであるため、試合はなかなか動かなかったが、レム=ドムを応援する声がいつまでもやまなかった。

 モラ=ナハムには気の毒な限りであるが、この展開では誰もがレム=ドムを応援したくなってしまうのであろう。マルフィラ=ナハムとフェイ=ベイムもまた、いささかならず心の持ちように困っている様子であった。


「よくねーなー。ここで遠慮をするのは、レム=ドムの覚悟を踏みにじる行いだぜー?」


 ルド=ルウがそのようにつぶやくと、まるでその声が聞こえたかのように、モラ=ナハムが突進した。しかしどうも彼らしくない、性急な挙動だ。

 モラ=ナハムの長剣は、大上段から振り下ろされる。

 それは狩人の膂力による、凄まじい斬撃であったが――レム=ドムはほとんど倒れかかるようにして、何とか回避してみせた。


 そして、モラ=ナハムの横合いをすりぬけざまに、刀身ではなく柄の尻を腹にめりこませる。

 これもまた、相手の勢いを利用した攻撃であったのだろう。モラ=ナハムはたまらず膝をつき、レム=ドムはその首筋に刀身を押し当てた。


 連勝を果たしたレム=ドムに、また惜しみのない歓声が届けられる。

 そしてこちらでは、フェイ=ベイムが仏頂面をさらしていた。


「……まあ、手傷を負うことなく勝負を終えられたのですから、よしとしましょう。でも、モラ=ナハムは力を出しきることができなかったようですね」


「は、は、はい。モ、モラ兄さんは、優しい気性をしていますので……」


 マルフィラ=ナハムはフェイ=ベイムをなだめるように、ふにゃふにゃと笑っている。

 ともあれ、レム=ドムは第5位、モラ=ナハムは第6位である。ベスト4は逃してしまったものの、立派な結果であった。


 そしてお次は、3位と4位の決定戦であったが――勝負の場には、レイリスしか登場しなかった。


「東の側のデギオン殿は負傷が深いため、西、レイリス殿の不戦勝となります!」


 触れ係がそのように告げると、歓声とブーイングが同じだけの質量で鳴り響いた。歓声は、レイリスの3位入賞を祝福する声であろう。昨年の闘技会でも、彼の人気は証明されていた。


 というわけで、ついに決勝戦である。

 俺にとっても馴染みの深い、メルフリードとデヴィアスの一戦だ。これもまた、普通に考えればメルフリードの有利なのであろうが――デヴィアスが成長している上に、メルフリードは負傷の身であった。


「……今日の祝宴では、いっそうの騒がしさを味わわされそうなところだな」


 アイ=ファはそのように語りながら、溜息をついていた。

 そして、その事実は動かなかった。デヴィアスはこれだけ試合を重ねても元気いっぱいで、手負いのメルフリードに戦略を練らせる間隙も与えなかったのである。


 それでもメルフリードは、善戦してみせた。右腕1本でデヴィアスの猛攻をしのぐというのは、生半可な話ではないのだ。

 しかし、デヴィアスの勢いは止まらなかった。試合が進めば進むほどに、彼の剣筋は豪快さを増していき――ついには、メルフリードの剣を叩き折ってみせたのだった。


 それでもメルフリードは折れた剣を打ち捨てて、デヴィアスにつかみかかろうとした。

 しかしデヴィアスはすぐさま身を引いて、防御の姿勢を取る。素人目にも、それは隙のない構えであった。

 それでメルフリードは足を止め、右腕をあげながら審判のほうを振り返った。おそらく、「参った」と申告したのだ。


「西! デヴィアス殿の勝利です! 本年の剣王は、護民兵団第五大隊長デヴィアス殿です!」


 触れ係の宣言に、これまで以上の歓声が巻き起こる。デヴィアスもまた、人気の剣士のひとりであるのだ。

 俺たちは試合場で両腕を振り上げているデヴィアスに拍手を送ってから、すみやかに闘技場を出ることにした。デヴィアスには申し訳なかったが、予選が午後にまでもつれこんだため、時間が覚束なくなっていたのだ。


「いやー、優勝はデヴィアスだったかー。あいつも大したもんだったけど、できれば五分の状態でメルフリードとやりあうところを見たかったもんだなー」


「うむ。さすればメルフリードの勝利は動かぬかと思うが、デヴィアスもただでは終わらなかったろうな」


 闘技場を出るまでの間も、ルド=ルウとシン=ルウはそのように語らっていた。他の狩人や一部の女衆も、ぞんぶんに昂揚した様子で感想を述べあっている。森辺の民もだいぶ闘技会に見慣れてきたし、たとえ馴染みの薄いルールであっても、この場の熱狂と無縁でいるのは難しいのだった。


 そうして荷車のもとに到着すると、すでに別なる一団が歓談にふけっていた。ルティムやドムの面々である。


「おお! アスタたちも、ご苦労であったな! 我らの血族は、立派なものであったであろう?」


「ええ。レム=ドムは、すごい執念でしたね。それでもきっと悔しがっているでしょうから、祝賀会ではめいっぱいねぎらおうかと思います」


「うむ! アスタたちに任せておけば、心配はあるまい!」


 ダン=ルティムはガハハと笑いながら、ディック=ドムの大きな背中を叩いた。その両名をはさみこむようにして、ガズラン=ルティムとモルン・ルティム=ドムが微笑んでいる。そして、俺とアイ=ファのもとにはディガ=ドムとドッドが駆けつけてきた。


「よう、やっと会えたな! レム=ドムのやつは、凄かっただろう?」


「まさか、あそこまで勝ち残るとはなぁ。しかもメルフリードなんて、下手な勇者より強そうなのによ。これでまた、あいつに差をつけられちまった気分だよ」


 そんな風に語りながら、ドッドは狛犬のような顔に嬉しそうな笑みをたたえている。同じ見習い狩人の身として、レム=ドムの躍進を喜んでいるのだろう。


 そうして俺たちが騒いでいると、立派な身なりをした兵士たちが近づいてきた。宿場町の衛兵とは趣の異なる、城下町の兵士たちである。


「失礼いたします。本日は予定よりも遅い閉会となりましたため、祝賀会に参ずる方々は早急にお戻りになれるよう手配しております。恐縮ですが、出立の準備をよろしいですか?」


「うむ? 祝賀会に参ずる人間だけが、案内をもらえるということであろうか?」


 アイ=ファの質問に、兵士は「はい」と恭しく応じる。

 この場で祝賀会に参ずるのは、俺とアイ=ファ、フェイ=ベイムとディック=ドムの4名のみであった。後者の2名は、祝賀会に参ずる権利を得たモラ=ナハムとレム=ドムの付添人である。


「しかしいずれの荷車も、6名の人間を運んできたはずだ。2名は余分に連れ帰らんと、残された者たちが難儀してしまおうな」


「あー、だったらこっちのふたりも頼むよ。ちょうど戻ってきたからよー」


 ルド=ルウの視線を追いかけると、見慣れた姿が人混みをかきわけてきた。本日は屋台の当番も休みの日取りであったヤミル=レイと、ラウ=レイである。彼らはジェノスの貴族ではなく、ティカトラス個人の招待客であった。


「なんだ、もう出立するのか? ずいぶん慌ただしいことだな! まあそれなら、荷車でアスタたちと語らわせていただこう!」


 勝負ごとを好むラウ=レイは、誰よりもご満悦の面持ちだ。いっぽう祝賀会に招待されてしまったヤミル=レイは、冷ややかな仏頂面であった。


「それじゃあ申し訳ありませんけど、俺たちはここで失礼します。かまど番のみんなは、明日の下ごしらえもよろしくね」


 ユン=スドラを筆頭とするかまど番たちは、笑顔で「はい!」と応じてくれた。

 俺は他の面々とともにギルルの荷車に乗り込み、兵士の案内で街道を目指す。そちらはすでに帰宅のラッシュが開始されていたが、貴族のはからいでこちらの荷車を優先していただくわけであった。


「まあ、さすがにまだ下りの四の刻にはなってないだろうから、そんなに急ぐ必要もないんだけどな」


「うむ。しかし、城下町の宴衣装というのは、着込むのにやたらと時間がかかってしまうからな」


 御者台で手綱を振るうアイ=ファは、溜息まじりの言葉を返してくる。

 そして荷台では、ラウ=レイが浮かれた声をあげていた。


「しかし、レム=ドムは見事だったな! ナハムの長兄も立派なものだったが、執念のほどではレム=ドムが上回っていた! お前も兄として、鼻が高かろう?」


「……俺はまだ、森辺の外の勝負でそこまで誇らしい気持ちを抱くことは難しいようだ」


 ディック=ドムが重々しい声音でそのように答えると、ラウ=レイは「何を言っておるのだ!」とその背中を叩いた。やはりダン=ルティムに負けないぐらい豪放なラウ=レイなのである。


「俺とてもちろん、もっとも血がたぎるのは森辺の力比べだがな! しかし最近は剣技の修練も積んでいるし、それに何より執念を見せるのに勝負の場を選ぶことはなかろう! レム=ドムは、実に立派だった! その事実だけは、動かしようがあるまいよ!」


「……俺は、ナハムの長兄もそれに負けていなかったように思う」


 ディック=ドムは、ギバの頭骨の陰に瞬く目をフェイ=ベイムのほうに向けた。


「最後の勝負では、レムを相手に気が引けてしまったようだが……それまでは、あやつもレムに負けない気迫を見せていた。ただ、レムよりはそういう気迫が表に出にくいというだけのことであろう」


「はい。わたしもそれを見誤ってはいないつもりです」


 フェイ=ベイムは、しかつめらしい面持ちでそのように応じた。

 ラウ=レイは、「うむうむ!」と笑みを振りまく。


「あやつはあやつで勝利のために、ああいう静かなやり口を選んだのであろうしな! 俺の好みには合わんが、それで執念が足りないと判じたのは早計であったやもしれん! 気を悪くさせてしまったのなら、詫びさせていただこう!」


「何もお詫びの必要はありません。もとよりわたしは、モラ=ナハムの血族でもありませんので」


「しかしお前は、あやつに嫁入りを願っているのであろう? ならば、血族も同然ではないか!」


「……実際に婚儀を挙げるまで、同然という言葉は不相応であるかと思われます」


 相手がレイの家長であるため、フェイ=ベイムも声を荒らげようとはしなかったが、その代わりに顔を赤くしてしまっていた。

 そもそもラウ=レイとディック=ドムとフェイ=ベイムが輪になって語らう構図というのが、新鮮でならない。しかも俺たちは、この顔ぶれで祝賀会に突撃するのだ。ここにレム=ドムとモラ=ナハムが加えられるのかと思うと、いっそう新鮮な心持ちであった。


(しかもレム=ドムは、城下町の祝宴も初参加だもんな。それに今日はガーデルともご一緒するわけだし、ティカトラスだって参席してるし……なかなか大変な騒ぎになりそうだ)


 そんな思いを抱え込みながら、俺は城下町を目指すことになったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ