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異世界料理道  作者: EDA
第七十八章 新たな仕事と闘技会
1351/1695

ジェノスの闘技会③~相次ぐ激闘~

2023.5/17 更新分 1/1

 その後も、闘技会の勝負は粛々と進められていった。

 名だたる剣士たちは、順調に勝ち進んでいる。昨年の優勝者であるメルフリード、かつてはゲオル=ザザにも打ち勝ったことのあるレイリス、昨年も一昨年も立派な結果を残しているデヴィアス、近衛兵団副団長のロギン、傭兵団《赤き牙》のドーン――そして、王都の貴族ティカトラスの護衛役にして子息たるデギオンという顔ぶれだ。


 その中で俺の目をひいたのは、これが初参加となるデギオンであった。

 デギオンは、森辺の狩人にも匹敵する実力の持ち主である。本領は徒手の格闘術であるという話であったが、それを封印した袋剣の勝負でも、彼は並み居る狩人を撃破してみせたのだ。森辺で彼に勝利できたのは、勇者かそれに次ぐ力を持つ人間のみであった。


 それに彼は、190センチを超えていそうな長身の持ち主である。

 使用する長剣は規格が定められているため、長いリーチというのは大きな武器であろう。彼は身の丈に比べてずいぶん短く感じられてしまう長剣を軽々と振りかざして、危なげなく勝ち進んでいった。


 それにモラ=ナハムも、なかなか圧倒的な強さを見せている。こちらも180センチを超える長身であるし、森辺の狩人の膂力であるのだ。ゲオル=ザザやジィ=マァムのような豪快さは感じられず、シン=ルウやディム=ルティムのような俊敏さは望むべくもなかったものの、彼はどのような勝負でもいっさい無駄な動きを見せることなく、堅実に相手を退けていった。


 そして、多くの注目を集めているレム=ドムである。

 彼女は確かに、アイ=ファの懸念が当たってしまったようであった。予選の最終試合に登場した彼女は力強く剣を振るっていたのだが、勝負の途中で足をもつれさせていたのだ。


 彼女が並々ならぬ根性と体力を有していることは、俺もわきまえている。アイ=ファがさきほど語っていた通り、彼女は何刻にもわたって投げ飛ばされながら、決して勝負をあきらめなかったのだ。その際には、投げ飛ばしている側のアイ=ファも同じぐらいの疲労を抱え込むことになったのだった。


 それに彼女はザザの収穫祭でも余所の祝宴の余興でも、飽くなき執念で力比べに挑んでいたし――そうでなくとも、森辺の狩人というのは半日ばかりも森の中でギバを追うのが仕事であるのだ。そんな仕事を2年も続ければ、また格段にさまざまなスキルが上昇するはずであった。


 それが現在のレム=ドムは、ひどく消耗した姿を見せている。午前中から通算してもこれが4戦目であるのだから、本来の彼女であればまだまだ深刻な疲労を覚えるような段階ではないはずであった。

 それでも何とか最後には、勝利をつかみ取っていたものの――レム=ドムは遠目にもはっきりとわかるぐらい、息を乱してしまっていた。


「次の勝負に勝ったら、8名の勇者に選ばれるわけか。あいつにとっては、このあたりが正念場かもしれねーな」


 頭の後ろで手を組んだルド=ルウは、そのように評していた。

 ようやく予選が終了して、ベスト16による本選が開始されるのだ。ここからは、一戦ずつ勝負が進められていった。


 最初に登場したのはデヴィアスで、彼が真っ先にベスト8の栄冠を授かる。その後に続いたドーンやレイリスも、危なげなく相手を打ち負かした。


 そして、見知らぬ剣士同士の一戦をはさんで登場したモラ=ナハムもまた、猛烈な勢いで突きかかってくる相手を軽くいなして、その首筋に長剣を叩きつけた。

 きっと加減はしていたのであろうが、相手は凄まじい勢いで地面に突っ伏してしまう。審判役の男性は慌ててそちらの容態をうかがってから、モラ=ナハムの勝利を宣言した。


 客席には、熱い歓声が吹き荒れて――そしてこちらでは、レイ=マトゥアが「やったー!」とマルフィラ=ナハムのひょろ長い胴体に抱きついた。


「やりましたね! これで8名の勇者ですよ! これまでに出場した狩人たちに負けない結果です!」


「は、は、はい。と、とにかく怪我を負うこともなかったので、よかったです」


 マルフィラ=ナハムは、ふにゃふにゃと笑っている。それを見届けてから、レイ=マトゥアはくりんとフェイ=ベイムのほうに向きなおった。


「フェイ=ベイムも、おめでとうございます! これで夜には、おふたりで祝宴ですね!」


「ええ。ですが、勝負は終わっておりませんので」


 と、フェイ=ベイムはいっそう張り詰めた顔になってしまっている。勝ち進めば勝ち進むほど、相手は強敵になっていくのだ。そして昨年は、モラ=ナハムを上回る図体をしたジィ=マァムもその身に小さからぬ手傷を負うことになったのだった。


(フェイ=ベイムが心配するのは、当たり前だよな。アイ=ファがこういう勝負に無関心なことを、ありがたく思おう)


 そうしてデギオンやメルフリードも勝ち進んでいき――ついに、レム=ドムの登場である。

 その相手は、近衛兵団の副団長ロギンであった。


「さー、正念場だ。こいつは、勇者の力を持つ相手だからなー」


「うむ。俺も去年は、ひとたび負けてしまったからな」


 ディム=ルティムは真剣な面持ちで、ぐっと身を乗り出す。彼は昨年の闘技会の予選でロギンに敗北したが、その後に二勝して本選に進み、ベスト8を決める勝負でロギンと再戦して勝利を収めたのだ。ここでレム=ドムが勝利できれば、昨年のディム=ルティムと同等の活躍と言えるはずであった。


 しかし――やっぱりロギンは、強敵であった。

 メルフリードほど際立ったものは感じないし、レイリスほど優美なわけでもない。しかしその剣筋は鋭く、どこにもつけ入る隙がないように思えてしまう。豪快な戦いぶりであるデヴィアスやドーンとも異なり、ものすごく真っ当で王道の剣技を修めているような印象であった。


 それに対するレム=ドムは、やはり疲労が隠せない。剣の勢いは凄まじいのに、足がついていかないのだ。自分の攻撃でふらついて、ともすればそのまま倒れてしまいそうなほどであった。


 遠目にも、レム=ドムが肩で息をしているのがわかる。

 その顔は兜で隠されてしまっているし、どのみち俺の視力では確認のしようもないのだが、きっと彼女は黒い双眸を爛々と燃やしながら、死力を尽くして剣を振るっているのだろう。それを想像するだけで、俺は手に汗を握る思いであった。


 そうして、何度目かの攻撃をかわされたのち――レム=ドムが、ふいに身動きをやめた。

 剣もだらりと下にさげて、棒立ちになってしまう。動いているのは、上下する肩のみだ。ロギンがじりじりと間合いを詰め始めても、レム=ドムはいっさい反応しなかった。


「これは――」と、アイ=ファが低いつぶやきをもらす。

 たぶん俺は、アイ=ファと同じ記憶を刺激されていた。俺たちは遠い昔、森辺の狩人が剣技の勝負でこのような姿をさらすさまを目にしたことがあったのだ。


 それは、初めて迎えた復活祭のさなか――城下町で行われたシン=ルウとゲイマロスの御前試合であった。ゲイマロスのたくらみで騎兵用の重い甲冑を纏うことになったシン=ルウは、まともに動くこともできなかったため、無防備な姿で相手の攻撃を誘い、カウンターの一撃に勝負をかけることに相成ったのだった。


 もちろんレム=ドムは、シン=ルウのそんな戦いを目にしてはいない。

 しかし現在の彼女は、あの夜のシン=ルウと同じぐらい追い詰められており――それで自然に、同じ道を辿ることになったのかもしれなかった。


 レム=ドムが動かず、ロギンも慎重に振る舞っているために、客席からは焦れたような喚声があげられる。

 それでもロギンは決して焦ることなく、そろそろとレム=ドムの横合いに回り込み――さらには、背中の側にまで足を進めようとした。


 さすがに背後を取られては、レム=ドムも万事休すであろう。森辺の狩人というのは気配を察するのに長けているが、今は甲冑であらゆる感覚を鈍らされており、しかもレム=ドムは疲れ果てているのだ。


 よってレム=ドムは、相手の動きに合わせて向きなおろうとした。

 そうしてレム=ドムが足を入れ替えようとした瞬間、ロギンはこれまで以上に鋭い攻撃を見せた。


 長剣の切っ先が、真っ直ぐレム=ドムの腹へと突き出される。まだレム=ドムは横向きであるので、脇腹を狙う格好だ。しかもそちらは、剣をさげていない左側の脇腹であった。


 その切っ先が、あわやレム=ドムの脇腹にめりこもうとしたとき――レム=ドムは、コマのようにスピンした。

 そうして砂埃をあげながら、ロギンに向かって斬撃を繰り出す。

 それは昨年、ディム=ルティムがロギンを下した際の動きに似ていた。


 かつて同じような攻撃をくらったことがあったためなのか、あるいはレム=ドムの動きが落ちていたのか――剣を繰り出しているさなかでありながら、ロギンは素晴らしい反射速度で身を屈めて、レム=ドムの振るった斬撃を回避した。


 横回転したレム=ドムもいくぶん立ち位置がずれたため、ロギンの斬撃も空を切っている。

 おたがいの攻撃をかわされて、なおかつ身に触れそうな至近距離である。


 屈んだ姿勢であったロギンは、身を起こしながら剣を振り上げようとした。

 いっぽうレム=ドムは、素手の左拳を相手の顔面に振り下ろした。


 重い剣がレム=ドムの身に触れるより早く、レム=ドムの拳がロギンの横っ面を打つ。

 さらにレム=ドムは、剣を握った右拳で、逆側の横っ面も殴りつけた。


 左右から殴打されたロギンは、たまらず引き下がろうとする。

 そうして距離が空いた瞬間、レム=ドムは長剣をひるがえした。


 銀色の閃光が走り抜け、顔を守ろうとしたロギンの剣を軽く弾いてから、楕円の軌跡を描いて頭頂部に振りおろされる。

 鈍い音色が響きわたり、ひしゃげた兜が地面に落ちた。

 そして素顔となったロギンは、額からぽたぽたと赤いしずくを垂らしながら、がくりと膝をついた。


 レム=ドムは激しく肩を上下させながら、その首にぴたりと剣を押し当てる。

 審判は両腕を振りやって、勝負の終了をジェスチャーで示した。


「東! レム=ドム殿の勝利です!」


 津波のごとき歓声が、巨大な闘技場を揺るがした。

 俺は詰めていた息を吐いてから、アイ=ファのほうを振り返る。アイ=ファはきわめて厳しい眼差しで、試合場のレム=ドムを見下ろしていた。


「どうしたんだ? レム=ドムが勝ったのに、難しい顔だな」


 歓声に負けないように俺が耳もとで語りかけると、アイ=ファは同じ面持ちのまま唇を寄せてきた。


「レム=ドムの執念は、見事であった。私は自らの不明を恥じ入るばかりだ」


「不明って? レム=ドムが勝つのは難しいだろうって言ってたことか?」


「勝敗はこの際、重要ではない。私はレム=ドムが闘技会に参じても、今さら得るものは少なかろうと判じていたのだ。しかし……レム=ドムは今、確かに死線を乗り越えた。今日の勝負は、レム=ドムにとって得難き糧となろう」


 そんな風に述べてから、アイ=ファはふっと苦笑を浮かべた。


「これならば、私もあやつを後押ししてやるべきだった。私は本当に、至らぬ人間だな」


「そんなことないよ。それだけアイ=ファは、レム=ドムのことを真剣に案じてたんだろうからな。きっとレム=ドムだって、ありがたいと思ってるはずさ」


 そうして大熱狂の中、ベスト8を決定する準々決勝戦が終了した。

 これでもう、レム=ドムとモラ=ナハムは祝賀会に参席する権利を獲得できたのだ。もちろん本人たちにとってはそんな話も二の次であろうが、俺としては半分がた望みを達成できたようなものであった。


 そうしてここからは、いよいよ実力者同士による準々決勝戦である。

 その第一試合は、豪快さを売りにするデヴィアスとドーンであった。


 ドーンは傭兵であるので、彼の剣技は実戦的な野良の兵法であるのだろう。

 いっぽうデヴィアスは戦争と無縁なジェノスで兵団の大隊長を務める、まがりなりにも騎士階級の貴族であるわけだが――その剣技の豪快さは、まったくドーンに負けていなかった。


 そんな両名による激戦が、客席の人々をいっそう熱狂させる。

 その中で勝利を収めたのは、デヴィアスであった。


「なんか、あいつも腕を上げたみてーだなー。去年とは別人みてーに動きがいいみてーだ」


「うむ。2度にわたる邪神教団との戦いが、あやつの糧になったのやもしれんな」


 そういえば、デヴィアスはそんな修羅場をくぐりぬけていたのだ。

 俺は心から、デヴィアスの勝利を祝福することができた。


 その次に行われたのは、レイリスと見知らぬ剣士の一戦である。

 そちらの剣士は、護民兵団の中隊長と紹介されていた。ちょっと記憶はあやふやであるが、昨年ベスト8まで進んだ見知らぬ剣士たちとは、別人であるようだ。こちらの剣士も、さすがに腕は立つようであったが――しかし、優美なステップと鋭い突き技を有するレイリスの前に、屈することになった。


 そしてお次は、モラ=ナハムの登場である。

 その相手は――ティカトラスの子息、デギオンであった。


(ってことは、最後の勝負はレム=ドムとメルフリードなのか。ふたりそろって、正念場だな)


 俺は両手をもみしぼっているマルフィラ=ナハムとフェイ=ベイムのほうを気にかけつつ、まずはモラ=ナハムの戦いを見守った。


 背丈はデギオンのほうが10センチばかりもまさっているが、身体の厚みはモラ=ナハムのほうがまさっている。俺が見る限りでは、どちらも同等の迫力であった。

 なおかつ、両名ともむやみに剣を振るおうとしない、慎重なファイトスタイルである。外見の力強さとは裏腹に、勝負の立ち上がりはごく静かなものであった。


 デギオンは、相手の攻撃を誘うように長剣の切っ先をゆらゆらと動かしている。

 いっぽうモラ=ナハムは剣を中段にかまえたまま、じりじりと間合いを測っていた。


 そうして勝負が膠着すると、客席からはすぐさま焦れたような喚声があげられる。

 そんな外野の声に惑わされることなく、両名は慎重に試合を進めた。


 そして――勝負は、一瞬であった。

 ついにデギオンが長いリーチを活かして突き技を繰り出すと、それを回避したモラ=ナハムが大きく踏み込んだのだ。


 モラ=ナハムは、颶風のごとき斬撃を振り下ろした。

 デギオンは、自らも大きく踏み込むことでそれを回避した。


 大柄な両名が、試合場の中央で激突する。

 次の瞬間――モラ=ナハムの巨体が、ふわりと宙に舞い上がった。

 デギオンが、何らかの投げ技を仕掛けたのだ。片手には剣を握っているのに、どうしてそのような真似が可能であるのか、俺には理解が追いつかなかった。


 モラ=ナハムは、背中から地面に叩きつけられる。

 デギオンは、その咽喉もとに長剣を突きつけた。


 デギオンの勝利を告げる審判の声は、大歓声によってかき消される。

 それがいくぶん静まると、ルド=ルウが「ふーん」と声をあげた。


「今のは、見事な手際だったなー。闘技の力比べでも袋剣の勝負でも、あいつに負ける気はしねーけど――」


「うむ。あのデギオンは、剣技と闘技を組み合わせることを得手にしているようだな」


 ルド=ルウとシン=ルウが沈着に語らうかたわらで、俺はフェイ=ベイムたちの様子をうかがった。

 フェイ=ベイムとマルフィラ=ナハムは、どちらも食い入るように試合場を見下ろしていたが――モラ=ナハムがのそりと身を起こす姿を確認し、同時に深々と息をついた。


「モ、モ、モラ兄さんは負けてしまいましたが、どこにも手傷は負っていないようです」


「ええ。不慣れな勝負でここまで勝ち進むことがかなったのですから、誰に恥じる必要もない結果でありましょう」


 そんな風に言ってから、フェイ=ベイムは四角い顔を再び引き締めた。


「ですがこちらの勝負では8名全員の順位をつけるために、さらなる勝負を行うのでした。気を抜かずに、最後まで見守りましょう」


「そ、そ、そうでしたね。あ、安心するのが早かったです」


 何だか彼女たちは、すっかり家族であるような雰囲気であった。フェイ=ベイムは、すでに数ヶ月もナハムの家に滞在している身であったのだ。

 そんな彼女たちの姿に心を和まされながら、俺は戦いの場から去っていくモラ=ナハムに拍手を届けた。


 そして次の正念場、メルフリードとレム=ドムの一戦である。

 レム=ドムが足を引きずりながら入場すると、客席にはいくぶん弛緩した空気が広がった。


「くたびれ果ててるところに、メルフリードが相手かー。母なる森も西方神も、ずいぶんな試練を準備したもんだなー」


 メルフリードは昨年の優勝者であるし、森辺の勇者に匹敵するほどの実力者である。しかも不慣れな闘技会の勝負とあっては、レム=ドムに勝ち目はないはずであった。


(でもきっと、メルフリードだったらレム=ドムを危ない目にあわせることもないだろう)


 俺もまた、そんな風に考えてしまっていた。

 周囲の観客たちと同じように、最初からレム=ドムの勝利をあきらめてしまっていたのだ。


 そんな俺たちを鼻で笑うように、レム=ドムは序盤から猛攻を仕掛けた。

 こちらが思わず息を呑むほどの、凄まじい連続攻撃である。あのメルフリードが防戦一方に追い込まれて、ゆるみかけていた客席の空気が一気に沸騰することになった。


 レム=ドムのスタミナ切れは決して演技ではないのだろうから、無茶な攻撃である。

 しかしレム=ドムは、それこそ生命そのものを燃やしているかのような迫力で長剣を振るい続けた。


 体格でまさるメルフリードは何とかその攻撃を受け流し、距離を取ろうとするものの、レム=ドムの勢いがそれを許さない。彼女の剣はデヴィアスやドーンをも上回る豪快さで、じわじわとメルフリードを追い詰めていった。


 しかし――それでもやっぱり、メルフリードは強敵である。

 レム=ドムが猛攻を振るう中、メルフリードはふわりと剣を一閃させて――その軽やかな一撃だけで、レム=ドムの剣を宙に弾いてみせた。


 天からの陽光を反射させながら、レム=ドムの剣は宙高く舞い上がる。

 そうして徒手となったレム=ドムのもとに、メルフリードの剣が振り下ろされた。

 レム=ドムは後方に逃げようとしていたが、間に合わない。その左肩に剣がめりこむことを、俺はほとんど確信した。


 だが、次の瞬間、レム=ドムの身が弾けるような勢いで後方に吹き飛んだ。

 レム=ドムはメルフリードの腹を足蹴にして、跳びすさったのだ。


 女衆の見習い狩人とはいえ、森辺の民たるレム=ドムの怪力で腹を蹴られて、さしものメルフリードも一瞬動きが止まる。その隙に距離を取ったレム=ドムは、千鳥足で剣の落下地点を目指した。その時点で、レム=ドムの剣はまだ空中にあったのだ。


 体勢を立て直したメルフリードは、すぐさまレム=ドムに追いすがる。

 重い甲冑を纏っているためか、あるいは疲労のためか、あれほど俊敏なレム=ドムが脚力で負けてしまっている。これでは剣を手にするより早く、背中に斬撃を叩き込まれてしまうはずであった。


 走りながら、メルフリードは剣を振り上げる。

 その瞬間、レム=ドムはぐっと身を屈めて跳躍した。

 革に鉄板をはりつけた重い甲冑を纏っているはずであるのに、レム=ドムの身は風に乗ったかのように宙へと舞い上がる。

 そしてレム=ドムは空中で自らの剣を取り戻すと、そのまま強引に身をねじり、眼下のメルフリードへと斬撃を振るった。


 メルフリードの左肩に、レム=ドムの剣が叩きつけられる。

 それと同時に、メルフリードの剣がレム=ドムの右脇腹を横薙ぎにした。


 横合いに吹っ飛ばされたレム=ドムは、砂煙をあげて地面を転がる。

 いっぽうメルフリードは、力なく膝をつきかけたが――それをこらえて、真っ直ぐに身を起こした。


 地面を転がったレム=ドムは、剣を支えにして力なく起き上がる。

 その弱々しい姿に、審判は試合終了のジェスチャーを見せかけた。

 その両腕があがりきる前に、レム=ドムは弾丸のごとき勢いでメルフリードに躍りかかった。


 そうして地面を駆けながら、レム=ドムは長剣をメルフリードに投じる。

 メルフリードがいくぶんぎこちない動きでそれをかわすと、逃げた方向にレム=ドムが右拳を繰り出した。


 兜をかぶったメルフリードの顔面に、篭手を装着したレム=ドムの右拳が炸裂する。

 そして――それと同時に、メルフリードの剣が再びレム=ドムの腹を薙ぎ払った。


 レム=ドムは再び横合いに吹き飛ばされ、今度こそ動かなくなる。

 メルフリードは殴打でずれた兜の角度を戻してから、審判のほうを見た。


 審判は、もともと上げかけていた両腕を頭上で交差させる。

 そうして客席には、凄まじいばかりの歓声が爆発したのだった。


「東! メルフリード殿の勝利です!」という触れ係の声が、歓声の隙間からうっすらと聞こえてくる。

 俺が声も出せずに立ち尽くしていると、アイ=ファがそっと唇を寄せてきた。


「大事ない。見ろ」


 死人のように横たわっていたはずのレム=ドムが、両手を使って地面を這いずっていた。

 その目指す先は、地面に転がる長剣のもとである。それに気づいた審判が、大慌てで周囲の兵士を呼び集めていた。


「あのような執念を見せつけられては、メルフリードも冷や汗を禁じ得まい。……かつては私も、同じ思いを味わわされたものだ」


 それだけ言って、アイ=ファは俺の耳もとから口を離した。

 アイ=ファは、とても誇らしげな顔をしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レム=ドムの戦いぶり 彼女の脇役や見習いとしての印象が強かったので、体術まじりの凄まじい剣戟に驚かされました。
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