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異世界料理道  作者: EDA
第七十七章 銀の月の二つの祝宴
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親睦の祝宴③~宴の始まり~

2023.4/6 更新分 1/1

 そうして、日没――楕円形をしたフォウの集落の広場に、すべての参席者が顔をそろえた。

 拡張された広場をフル活用して、その人数は160名ていどである。外来の客人は34名、森辺の民は130名弱という内訳であった。


 ルウの集落ではもはや珍しくもない規模であるが、フォウの集落にこれだけの人数が集められたのはもちろん初めてのこととなる。広場が拡張されたのはこの年末年始であったのだから、当然のことだ。宴料理の取り仕切り役として広場の中央に引っ張り出された俺は、小さからぬ感慨を胸にその場の賑わいを見回すことに相成った。


 城下町から招かれたのは、13名。《銀星堂》のロイ、シリィ=ロウ、ボズル。ダレイム伯爵家の侍女、シェイラ、ニコラ、テティア、ルイア。ゲルドの料理人プラティカ、ジャガルの鉄具屋ディアルとラービス、護民兵団の大隊長デヴィアスと休職中のガーデル――さらに、ジェノス城の客分たる占星師アリシュナも加えられていた。

 そしてさらにもう3名、カミュア=ヨシュとレイトとザッシュマも招待されている。カミュア=ヨシュはデヴィアスとそれなりに交流があったため、それを盾にずっとガーデルと行動をともにしてくれていた。


 ダレイムからは、10名。ドーラ家の8名と、ミシル婆さんおよび孫の若衆だ。

 宿場町からは8名で、ユーミ、テリア=マス、レビ、ベン、カーゴ、ビア――そして初めての試みとして、ユーミの両親たるサムスとシルの両名も招かれていた。家族の全員が夜遅くまで宿を離れるのは難しいということで、これまではなかなか実現に至らなかったのだが、ついにサムスたちも重い腰を上げることになったのだ。これもまた、ユーミの嫁入りがカウントダウンに入った証なのではないかと思われた。


 あとは客人と別枠で、リコとベルトンとヴァン=デイロも招かれている。《ギャムレイの一座》はジェノスを離れたが、彼らはまだ森辺の空き家で劇の修練および新たな傀儡衣装の作製に励んでいたのだ。そちらは宴料理の飲食を代価として、また傀儡の劇を披露していただく手はずになっていた。


 それを迎え撃つ森辺の民は、屋台の関係者とフォウの血族、あとは族長筋の見届け人だ。ファとディンの屋台の関係者は建築屋の送別会と同じ顔ぶれであったが、ルウの血族については付き添いの男衆に関してさまざまな調整が為されたようである。前回は会場がルウの集落であったため、ルウの家人は自動的に全員参席することができたし、眷族についてもあれこれ融通をきかせることがかなったが、今回は屋台で働く女衆と同数しか参席できないのだ。それで、町の人々と関係の薄いミンやマァムの男衆はひとりずつが遠慮して、その代わりにダン=ルティムやシュミラル=リリンが選出されたわけであった。


 ただし、ミンとマァムは屋台の商売に2名ずつの女衆を出しているため、ジィ=マァムなどはそちらの付添として参じている。また、ルティムもツヴァイ=ルティムと分家の女衆が働いているため、そちらの付添はガズラン=ルティムとディム=ルティムだ。ジィ=マァムとディム=ルティムは闘技会に参加した経験があったので、デヴィアスとの関わりから優先的に選ばれたのだという話であった。


 そして、レイナ=ルウにはジザ=ルウ、ララ=ルウにはシン=ルウ、リミ=ルウにはルド=ルウ、マイムにはジーダという付添が選ばれたため、ルウの家人も充実している。それでさらに、特別ゲストとしてジバ婆さんが招かれたのだ。


 また補足として、フォウの血族はけっきょくランからスドラまですべての家人が招かれることに相成った。年明けにはライエルファム=スドラを参席させてほしいとバードゥ=フォウに相談していたものであるが、その後も多少ばかりの樹木が伐採されて収容人数にゆとりができたため、それならいっそフォウの血族を集結させようという話になったのだ。それはガーデルにまつわる案件ではなく、むしろユーミの嫁入りを視野に入れた結果であるようであった。ユーミの両親までもが参じるならば、やはりフォウも血族総出で迎えるべきであろうという結論に落ち着いたわけである。


 あとは族長筋の見届け人も前回と同じ顔ぶれで、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ、ディック=ドムとモルン・ルティム=ドム、ダリ=サウティとサウティ分家の末妹、ヴェラの若き家長とその伴侶という8名が招かれている。

 実のところ、見届け人は最低人数に絞ってもいいのではないかという話も持ち上がっていたのだが――ドムとヴェラの面々は復活祭や礼賛の祝宴を通じて宿場町や城下町の面々とご縁を深めていたし、ヴェラにとっては血族たるフォウで開かれる祝宴であるということで、あえて外すのは忍びないという結論に落ち着いた。僭越ながら、4名ばかりの参席者が増えても宴料理の準備に支障はなく、むしろ2名分の人手が増えるのはありがたいぐらいだという俺の意見が決め手になったようである。


 ともあれ――それで130名弱という、森辺の側の編成ができあがったのだった。


「本日はフォウの集落においてこれほどの祝宴を開くことがかない、心より誇らしく思う! いずれの地からおもむいた客人たちも、どうか諍いを起こすことなく、心ゆくまで祝宴を楽しんでもらいたい!」


 長身痩躯のバードゥ=フォウが、ずらりと居並んだ人々に雄々しい声を投げかける。昨今は会場の規模の関係で、こういった祝宴はのきなみルウの集落で開かれていたため、バードゥ=フォウが取り仕切り役を担うのも実にひさびさのことであった。


「本日は、フォウの家長たるバードゥ=フォウとファの家長たる私が取り仕切り役を務めることになる! 何か問題が生じた際には、すぐさま声をかけていただきたい!」


 バードゥ=フォウに続いて声を張り上げたアイ=ファは、本日も宴衣装の姿だ。アイ=ファは婚儀の祝宴でのみ宴衣装を纏うと決めたのに、なかなか周囲の状況が許してくれないのである。そして、俺もその状況をこっそり喜ぶひとりであった。


「今日は50名ものかまど番が手を携えて、宴料理を手掛けることになりました! それに、城下町からいらしたボズル、シリィ=ロウ、ロイといった方々も、特別に宴料理を準備してくれています! 同じ場所で同じ宴料理を食べて、すべてのみなさんと喜びを分かち合いたく思います!」


 俺も精一杯の思いを込めて、挨拶の言葉を届けてみせた。


「それでは、祝宴を開始する! 母たる森と父たる四大神に、祝福を!」


 バードゥ=フォウの宣言に「祝福を!」の声が復唱され、儀式の火が盛大に灯される。それは決してルウの祝宴に負けない熱気と迫力であった。


 俺とアイ=ファは、すみやかにガーデルのもとへと歩を進める。あまりガーデルばかりにこだわるべきではないのであろうが、負傷の身である彼はいつ力尽きるかもわからなかったので、こちらも迅速に対応する必要があったのだ。


「どうもお疲れ様です。よろしければ、デヴィアスとガーデルは俺たちがご案内いたしますよ」


「おお、それはありがたい! これほど美しきアイ=ファ殿に――ああ、いやいや! 祝宴の責任者たるファのご両名に案内していただけるとは、光栄の限りだな!」


「ええ。何せおふたりは、初めての祝宴でありますからね。とりわけガーデルは、俺が無理を言ってお誘いした立場ですし」


 俺はそのように告げてみせたが、やはりガーデルは気弱げに目を伏せている。しかし俺も、そのていどのことでめげているいとまはなかった。


「もしお疲れになった際は、無理をなさらずにすぐ教えてください。傀儡の劇が始まる前に力尽きてしまったら、ガーデルも残念でしょうからね」


「は、はい。今日もあの傀儡の劇を拝見できるというのは、ありがたい限りです」


 と、ガーデルは目を伏せたままひっそりと微笑む。やはり、傀儡の劇に対してだけは関心が強いようである。


「それじゃあ俺たちも、しばらくご一緒させていただこうかな。デヴィアス殿と酒杯を交わすのも、ずいぶんひさびさであるからね」


 カミュア=ヨシュはにんまりと笑いながら、そのように告げてくる。すると、似たような笑顔をしたザッシュマも発言した。


「あまり大人数では身動きも取りづらいだろうから、俺はいったん離れるとしよう。ひさびさに、ルティムの父子とも語らっておきたいんでな」


「うんうん。それじゃあ、またのちほどね」


 どうやらあらかじめ、ザッシュマとは別行動となる手はずであったらしい。ふたりの表情からして、何らかの思惑があってのことなのだろうと思われた。

 しかしまあ、俺は俺のやりかたでガーデルと絆を深められるように励むばかりだ。腹の探り合いも搦め手も、まったくもって俺の領分ではなかった。


「では、かまどを巡りましょうか。森辺と《銀星堂》のギバ料理を、心ゆくまでご堪能ください」


 俺とアイ=ファ、デヴィアスとガーデル、カミュア=ヨシュとレイトという6名連れで、広場の賑わいに足を踏み出す。何も難しい話を考えずとも、これはなかなかに新鮮な顔ぶれであった。


「まだまだ始まったばかりで何ですが、森辺の祝宴はいかがです?」


「それはもう! まだ果実酒も口にしておらんのに、胸が躍ってやまんな! これで俺も、ようやく森辺の陰惨なる記憶を払拭できそうだ!」


 デヴィアスが声を張り上げると、「陰惨なる記憶……?」とガーデルがいぶかしげに小首を傾げた。


「うむ! 邪神教団が森辺の集落を脅かした際、俺はあやしげな手管で操られたギバやムントを相手取ることになったからな! 罪もなき獣たちを斬り伏せなければならなかったのだから、心も沈もうというものだ!」


「ああ、なるほど……隊長殿も、傀儡の劇さながらの活躍をなされたのでしたね」


 熱気渦巻く広場をとぼとぼと歩きながら、ガーデルは弱々しく微笑む。

 すると、にんまり笑ったカミュア=ヨシュが口をはさんだ。


「それを言うなら、大罪人シルエルを仕留めたガーデルもデヴィアス殿に負けない活躍だったじゃないか。あれだって、森辺とジェノスの安寧を覆すほどの騒乱だったのだからねぇ」


「はあ……ですが俺は、手負いの大罪人にとどめを刺しただけですので……それに、こちらまで魂を返しかねない深手を負ってしまったので、何も誇る気持ちにはなれません」


「何を抜かしておるのだ! そうしてお前が身を呈したからこそ、今日の安寧があるのだぞ! お前も活劇の主人公さながらの役目を果たしたのだから、しっかり胸を張るがいい!」


「で、ですから背中を叩かれると、傷に響きます」


 と、ガーデルはまたほんのり微笑をこぼす。やはり彼は上官たるデヴィアスがともにあったほうが、人間らしい感情をこぼしやすいようである。これは付添を申し出てくれたデヴィアスに感謝するばかりであった。


「ともあれ! この広場に満ちあふれた熱気には、胸が躍ってならん! 宴料理の香りは芳しいばかりだし、女人の美しさは格別であるし――ああ、いやいや! これはアイ=ファ殿だけを指した言葉ではないので、どうか容赦をお願いたてまつるぞ!」


「……あなたはむやみに言葉を重ねないほうが、礼儀を守れるのではないだろうか?」


 アイ=ファには申し訳ないが、そんなやりとりも場を和ませる一要素であった。

 そうしてようやく、最初の簡易かまどに辿り着く。そちらで働いていたのは、宴衣装のユン=スドラとレイ=マトゥアであった。


「やあ、ふたりともお疲れ様。俺たちにも、料理をお願いするよ」


「ああ、アスタにアイ=ファ! それに客人のみなさんも、ようこそ!」


 元気な声をあげるレイ=マトゥアのかたわらで、ユン=スドラもにこりと微笑む。その姿に反応したのは、やはりデヴィアスであった。


「おお! そちらのおふたりは、かつての試食会でもさんざん顔をあわせていたな! ふたりそろって、実に愛くるしい――ああいや、愛くるしいという言葉も、森辺の習わしに触れてしまうのであろうかな?」


「あはは。家長がいたら、眉をひそめていたかもしれませんね」


 レイ=マトゥアは屈託なく笑いながら、鉄鍋の中身を木皿によそってくれた。そちらで準備されていたのは、ラマンパの油で仕上げた中華風の炒め物だ。


「どうぞお召し上がりください。まだ屋台では出していない料理ですよ。……あ、でも、そちらのおふたりはそれほど屋台の料理にも食べ飽きておられないはずですよね」


「うむ! 最近は、なかなか宿場町まで足を運ぶ時間もないのでな! かなうことなら、城下町でも屋台を出してほしいところだ!」


「ガーデルも、どうぞ。お手が不自由でしたら、こちらの台を支えにしてください」


「あ、いえ……皿を支えるぐらいであれば、不自由はありませんので……」


 年若いレイ=マトゥアを相手にしても、ガーデルの態度は変わらない。彼は誰とも目を合わさないまま木皿を受け取り、三角巾で吊るされた左手に持ち替えてから右手で木匙を取った。


「どうです? こちらはバナームから届けられたメライアという地の食材を使っているのです。ラマンパの油の甘い風味は、ドーラやネルッサにもよく合うようなのですよね」


 と、ユン=スドラも積極的に声をあげてくる。きっと誰もが、ガーデルと絆を深めるべく心を尽くしてくれているのだ。

 しかしガーデルは、「はあ……」と覚束ない言葉を返すばかりであった。


「森辺の方々が手掛ける料理は、いずれも素晴らしい出来栄えであるかと思われます。……俺のように不出来な人間には、もったいなく思えるほどですね」


「お前はいちいち腑抜けているな! 古傷を痛めて以来、弱気な性根にみがきがかかってしまったのではないか? 美味いなら美味いと、おもいきり褒めたたえればいいのだ! 料理の素晴らしさを褒めそやす分には、森辺の習わしを軽んずることにもならなかろうからな!」


 デヴィアスは豪快に笑い、アイ=ファやカミュア=ヨシュはじっとガーデルの挙動をうかがっている。ガーデルの反応があまりに鈍いため、ユン=スドラとレイ=マトゥアは対応に困っている様子だ。

 すると――簡易かまどの裏手から、小さな人影がひょこりと現れた。


「ふむ。思いの外、早々に出くわすことになったな。俺からも、客人らに挨拶をさせてもらいたく思うぞ」


「おお、ライエルファム=スドラ殿ではないか! 実にひさびさの対面だな! 息災なようで、何よりだ!」


「うむ。そちらもな」とデヴィアスに応じつつ、ライエルファム=スドラもまたガーデルに注目している。その視線を感じ取ったのか、ガーデルはあたふたと目を泳がせた。


「た、隊長殿は、こちらの御方ともご縁を結んでおられるのですね」


「うむ! 森辺の集落が邪神教団に襲われた際も、こちらから邪神教団の本拠まで乗り込んだ際も、俺たちはともに刀を振るうことになったからな! ライエルファム=スドラ殿というのは森辺の狩人としても卓越した力を持っておられるので、小兵と侮れば痛い目を見ることになるぞ!」


「お、俺が余人を侮るわけがありません」


 と、ガーデルは横合いに視線を逃してしまう。ライエルファム=スドラが小柄であるため、どれだけ目を伏せても視線がぶつかってしまいそうだったのだろう。そんなガーデルに対して、ライエルファム=スドラは真っ直ぐ視線を投げかけていた。


「俺はスドラの家長、ライエルファム=スドラというものだ。俺は大罪人シルエルと相対しながら目の前で逃がしてしまった立場であるため、それを仕留めてくれたガーデルには心からの感謝を抱いている。この場を借りて、ガーデルの勇敢なる行いに感謝の念を捧げさせてもらいたい」


「と、とんでもありません。何度も言う通り、俺がそのような役目を負うことになったのは、たまたまの巡りあわせでしたので……」


「何を言っておる! 我々護民兵団は、総力をあげて大罪人の行方を追っていたのであろうが? その中から、お前が討伐の役目を負うことになったのだぞ!」


「で、ですから俺は、職務を果たしただけですし……何も感謝されるいわれなどはないかと思われます」


「ふむ」と、ライエルファム=スドラは考え深げに目を光らせた。


「確かにこれは、頑是ない幼子のようだな。……ガーデルよ、またのちほど語らせてもらいたく思うぞ」


「うむ? この場で語らうべきではないということであろうか?」


 アイ=ファがすかさず反応すると、ライエルファム=スドラは「そうだな」と首肯した。


「俺が語ると、どうしても立ち入った話となってしまおう。それよりもガーデルには、まずこの祝宴を楽しんでもらいたく思う。それで心がほぐれるようならば……俺のように陰気な人間の出番はなかろうからな」


「ライエルファム=スドラを陰気と誹る人間はあるまい。しかし、ライエルファム=スドラがそのように判じたのなら、私もそれに従おう」


 アイ=ファが深い理解をたたえた眼差しを送ると、ライエルファム=スドラは目もとの笑い皺を深めつつかまどの裏手に引っ込んでいった。

 ガーデルはほっと息をつき、デヴィアスはきょとんと目を丸くする。


「今の一幕は、何であったのだ? 俺ももっと、ライエルファム=スドラ殿と語らせてもらいたかったのだが」


「それは申し訳なかったな。我々は、情理を尽くしてガーデルと絆を深めたく思っているのだ」


 アイ=ファの凛然とした対応に、デヴィアスは「ふむむ」と逞しい首を傾げる。


「どうも俺には、そのあたりの経緯もよくわからんのだ。森辺のお歴々といいカミュア=ヨシュ殿といい、ずいぶんガーデルに執心しているようだが……いったいこやつに、何を求めているのであろうかな?」


「求めているのは、正しき絆のみとなる。さらに言葉を重ねるとしたら……ガーデルの心の安寧ということになろうか。我々は、ガーデルが今後無茶な真似をしないように取り計らいたく思っているのだ」


「無茶な真似? それはこやつが、飛蝗を相手に大暴れしたことであろうかな? それに、そうして古傷を痛めたのちも、性懲りもなくアスタ殿の屋台まで出向いたそうだしな」


 アイ=ファは「うむ」と応じつつ、迷うように沈思する。

 すると、カミュア=ヨシュが飄然と割り込んだ。


「デヴィアス殿を相手に、言葉を飾る必要はないだろうと思うよ。そちらのガーデルがどのような不敬を犯していても、それを貴き方々に告げ口したりはしないだろうからね」


「それはまた、不穏な物言いだな! こやつがどのような不敬を犯したというのだ?」


「ガーデルは、王都の貴族たるティカトラス殿に刀を向けかねないような態度を取ったそうだよ。それも、アスタを王都に連れ去られてしまうのではないかという疑心暗鬼にとらわれた末にね」


 カミュア=ヨシュの言葉に、デヴィアスは「おお!」と手を打った。


「なるほど! それで皆々は、ガーデルの身を案じることになったわけか! それはまた、俺の部下がご心労をかけてしまって、申し訳ない限りだ! 上官たる俺からも、お詫びの言葉を申し上げさせていただくぞ!」


「……もしやあなたは、すでにその話を聞き及んでいたのであろうか?」


 アイ=ファがうろんげに問いかけると、デヴィアスは元気いっぱいに「うむ!」と応じた。


「どうにもガーデルの行動は不審であったので、俺もひそかに事情を探っていたのだ! そもそもこやつが病床を抜け出してアスタ殿のもとまで出向く理由が、さっぱりわからなかったからな! それで事情が知れた際には、まるで恋情に駆られた小娘のようだと呆れたものだ!」


「なるほど。それでもあなたはガーデルの身を思い、口をつぐんでいたというわけだな」


「うむ! 王都の貴族にそのような不敬を犯したと知れれば、こやつもどのように処断されるか知れたものではないからな! いかにも軽率な振る舞いであったが、それもアスタ殿の行く末を案じてのことなのだから、それで処断されてはあまりに不憫であろうよ!」


 そんな風に言いたててから、デヴィアスは刷毛で刷いたように立派な眉を下げた。


「もしやアイ=ファ殿らは、それを糾弾しようという心づもりなのであろうか? であれば何とか、容赦を願いたく思うぞ」


「……何故に我々が、ガーデルを糾弾しなければならないのだ?」


「アイ=ファ殿は、ティカトラス殿に求愛されるほど目をかけられていたのであろう? あれほど立派な宴衣装を何着も贈られていたことであるし、多少ばかりは情が移って然りではないか」


「……私はそのような話で情を移したりはしないし、情ではなく道理を重んじたく願っている」


 アイ=ファがじっとりとした目つきになりながら答えると、デヴィアスのほうは「そうか」と愁眉を開いた。


「であれば、俺もありがたく思う。やはりアイ=ファ殿というのは、その麗しき姿に相応しい優しさを備えておられるのだな」


「だから、情で動いているのではないと言っている! 我々は、ガーデルに正しき道理を求めているのだ!」


 アイ=ファはこらえかねた様子でわめき散らしてから、ガーデルのほうをじろりとにらみつけた。


「……ガーデルよ。このような話を他人顔で聞いているそのさまも、私は道理が欠けているように思うぞ」


「え? お、俺がどうかしましたか?」


「どうかしたも何もない。こちらのデヴィアスはあなたの不敬を知りながら、あなたのために口をつぐんでいたのだ。そのような話を聞かされて、何も思うところはないのであろうか?」


「はあ……俺などのためにご苦労をかけてしまい、申し訳ない限りです。それに、俺などを庇い立てすることで隊長殿のお立場が悪くなったら、お詫びのしようもありませんので……どうか俺のことなどは捨て置いて、まずご自分の身を案じていただきたく思います」


「……では、あなたはどのように処断されてもかまわない、と?」


「ええ。俺のように不出来な人間は、どのような末路を辿ろうとも分相応でありましょうから……」


 ガーデルは何ら心を動かされた様子もなく、気弱げな面持ちでそのように言い放った。

 アイ=ファはきゅっと眉をひそめて、一歩だけガーデルに詰め寄る。


「あなたはそのようにして、自らの身を顧みようとしない。そうであるからこそ、我々も気が休まらんのだ。あなたこそ、まずは何より自分自身を思いやるべきではなかろうか?」


 俺の存在に執着していると、ガーデルはいずれ破滅する――『滅落の日』の夜に、クルア=スンはそんな運命を読み解いてみせた。しかしガーデルは、自分が滅ぶ分にはどうでもいいなどと言って、虚ろに笑っていたのだ。


 今のガーデルは、あの夜のように虚ろな気配を漂わせたりはしていない。ただ、どうして周囲の人々は自分のことなどで躍起になっているのだろう――と言わんばかりに、悄然としている。それはまさしくライエルファム=スドラの言う通り、頑是ない幼子であるように思えてならなかった。


「……まあ、祝宴が始まるなりそんな話で問い詰めるのは、無粋なことだろう。そうだからこそ、ライエルファム=スドラもすみやかに身を引いたのじゃないかな」


 と、カミュア=ヨシュがのんびりと笑いながらそのように言いたてた。


「祝宴の楽しさで心がほぐれれば、また違った思いが顔を覗かせることもあるだろう。しばらくは、祝宴の熱気に身をひたすべきじゃないかな、アイ=ファ?」


「……そうだな。ライエルファム=スドラの気づかいを無下にして場を騒がせてしまったことを、申し訳なく思う。私はライエルファム=スドラほど、聡明でも沈着でもないのだ」


 アイ=ファは小さく息をつき、決して目を合わせようとしないガーデルに目礼をした。


「ガーデルよ、まずは心置きなく祝宴を楽しんでもらいたい。何度も口にしている通り、我々はただあなたと正しく縁を紡ぎたいだけであるのだ」


 ガーデルは、やはり「はあ……」と頼りなげに応じるばかりである。

 そうして俺たちは、ようやく次なる宴料理を目指すことになったわけだが――その行きがけで、俺は思わず息を呑むことになった。屋台の裏に引っ込んでいたライエルファム=スドラが、薄暗がりで炯々と目を光らせていたのだ。


 その目が見据えているのは、もちろんガーデルの姿である。

 おそらくは、俺たちのやりとりもその鋭い眼差しで見守っていたのだろう。誰よりも義理堅いライエルファム=スドラは、全身全霊でもって自分の役目を果たそうとしているはずであるのだ。


 俺のかたわらを歩きながら、アイ=ファも静かにガーデルの挙動をうかがっている。そしてカミュア=ヨシュばかりでなく、レイトもまたさりげなくガーデルの姿を視界に収めていた。


 これだけ大勢の人々が、ガーデルの行く末を思いやってくれているのだ。

 世界には、これだけ優しくて誠実な人々があふれかえっている。俺がガーデルに伝えたいのは、もしかしたらその一点であるのかもしれなかった。

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