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異世界料理道  作者: EDA
第七十七章 銀の月の二つの祝宴
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親睦の祝宴①~フォウの集落~

2023.4/4 更新分 1/1

 それからは、何事もなく日が過ぎていき――ついにやってきた、銀の月の7日である。

 フォウの集落で開催される、親睦の祝宴だ。俺たちはつい数日前にも大がかりな送別の祝宴を開いたばかりであったが、この日の祝宴も決してそちらに負けていない規模であった。


「このように大きな祝宴に続けて参ずることが許されるなんて、嬉しい限りです! 今日も1日、よろしくお願いいたします!」


 そんな元気な声をあげたのは、毎度お馴染みのレイ=マトゥアである。他の女衆も思いはひとつであろうが、もっとも無邪気で能動的な彼女が一同の気持ちを代弁してくれるわけであった。


 そして、朝からファの家にやってきたレイ=マトゥアの左右には、別なる女衆も居並んでいる。俺とアイ=ファは夜まで家を空けることになるし、今日はサリス・ラン=フォウを頼ることもできなかったため、ガズとマトゥアの人々に子犬のための留守番をお願いすることになったのだ。アイ=ファは厳粛なる面持ちで、そちらに目礼することになった。


「では、手間をかけるが、どうかよろしくお願いする」


「いいんですよぉ。普段お世話になってるファの家の力になれるのは光栄なことだし……それに、余所の家で1日を過ごすなんて、何だか楽しい心地だしねぇ」


 年配の女衆が笑顔でそのように応じると、若い女衆も「そうです」とうなずいた。


「しかも、可愛い子犬たちを見守るのが仕事だなんて、胸が弾んでしまいます。さきほどお顔を拝見しましたけど、やっぱりたまらない可愛らしさですね」


「ああ、ガズの犬は、子を産んでいなかったのだったな」


「はい。ですから、近在であるラッツの家まで押しかける人間が後を絶たないぐらいなのですよ。犬が子を孕む次の機会が、待ち遠しくてなりません」


 虚言は罪なので、彼女たちは本音で語っているのだろう。それに、そんな習わしを持ち出すまでもなく、その場に居並んだ女衆はみんなレイ=マトゥアに負けない笑顔であった。


「それじゃあ、わたしたちは出発いたしましょう! みんなは、また夜に!」


 テンションの上がったレイ=マトゥアの号令で、俺たちは出立の準備を整える。そして俺とアイ=ファは、人間ならぬ家人たちに1頭ずつ別れの挨拶をすることになった。ラムと子犬たちだけ残していくのは不憫であったため、ここ最近はブレイブたちもお留守番であるのだ。甘えん坊のジルベはちょっぴり寂しげな眼差しであったので、俺も念入りにたてがみを撫でくり回してあげることにした。


 それでようやく、フォウの集落に出立である。

 同乗しているのは、レイ=マトゥアとガズ、ラッツ、アウロの女衆だ。本日も、屋台の関係者は全員参席するのである。よって、明日の屋台の下ごしらえに関しては、祝宴に参席しない女衆の混成部隊にお願いしている。そちらの面々は、昼下がりにファの家に集合する手はずになっていた。


 現在は上りの三の刻であり、もちろん屋台は休業日となる。今日の宴料理の総責任者は俺であったので、どうしても休業日に開催するしかなかったのだ。本日は、年が明けてから初めての休業日であるわけであった。


 フォウの集落はご近所であるため、荷車であれば瞬く間に到着してしまう。そして集落の入り口には、目印の布が樹木の幹に巻かれていた。フォウの集落にそれほど馴染みがない面々に対する配慮である。


「ああ、アイ=ファにアスタ。フォウの家にようこそ」


 集落の広場に踏み入ると、アイム=フォウを連れたサリス・ラン=フォウに出迎えられる。そちらに挨拶を返してから、俺は「へえ」と広場を見回すことになった。


「確かにこれは、ずいぶんさっぱりしましたね。ルウの集落にも負けていないように思います」


「さすがにルウの集落にはかなわないかと思いますが……でも、これまでの倍ぐらいの人数は集められるかもしれませんね」


 フォウの集落は樹木を伐採して、広場が大きく広げられることになったのだ。それは、合同収穫祭やこういった祝宴でも遠慮なく客人を招けるようにという意図から発した行いであった。

 しかしもちろん、そのような理由だけで樹木を伐採するというのは、森辺の習わしにそぐわない話である。母なる森を粗略に扱うというのは最大の禁忌であるのだから、それが当然の話であった。


 よって、伐採した樹木は無駄にすることなく使わなければならない。そもそもバードゥ=フォウも、当初は「広場を広げたいので樹木の使い道はないだろうか?」と近在の氏族に聞いて回っていたのだった。


「フォウの家はヴェラの家と血の縁を結んだため、あちらの家人をいつでも招けるように新たな家を築くことになった。しかしそれだけでは広場を十分に広げるまでには至らないので、もしも樹木を使う用があるならばこちらの広場の周囲から運んでもらいたく思う」


 そんな呼びかけに応じたのは、リッドの家長たるラッド=リッドであった。


「であれば俺たちも、血族を招くための家でも築いてみてはどうであろうか? 復活祭では山のように血族の人間が押しかけてきて、たいそう窮屈な目にあってしまったからな! 寝場所さえ準備できれば、今後も気兼ねなく血族を招くことがかなおう!」


「そうだな。それに、ディンの家はずいぶんとかまど小屋が手狭になってきてしまった。一去年の地震いでは崩れ落ちることもなかったが、ずいぶん古びてもいることだし……これを機に、新たなかまど小屋を築くこととしよう」


 そんなやりとりを経て、大量の木材がリッドとディンの集落に搬出されることに相成った。それでフォウの集落の広場は、ふた回りほども敷地が広げられることになったわけであった。


 もともと建てられていた家屋の関係で、ルウ家の広場よりはちょっと横長の楕円形である。しかし、祝宴で客人を集めるのに不自由はないだろう。その楕円形の広場では、若衆や幼子たちの手によって簡易かまどと儀式の火の準備が進められていた。


 とりあえず、すべてのかまど番が到着しないと仕事が始められないため、俺たちもしばし広場で歓談に励むこととする。小さき氏族の女衆はおおよそそろっているようであったので、あとはルウとサウティと外来の料理人ばかりであった。


「アスタ。本日は、よろしくお願いいたします」


 と、トゥール=ディンと連れだってやってきたスフィラ=ザザとモルン・ルティム=ドムが、一礼してくる。本日も彼女たちは族長代理のゲオル=ザザおよびディック=ドムの付き添いとして参席するため、弟ともども朝一番で駆けつけてきたのだ。


「どうも、お疲れ様です。おふたりはトゥール=ディンの班ですので、菓子のほうをよろしくお願いしますね」


「ええ、おまかせください」


 送別の祝宴ではトゥール=ディンも屋台の仕事があったため、こちらの両名はレイナ=ルウの指揮下で働くことになったのだ。スフィラ=ザザはいつも通りのクールな面持ちであったが、そこはかとなく嬉しそうなオーラが感じられた。すっかりスフィラ=ザザと絆の深まったトゥール=ディンも、それは同様だ。


 ほどなくして、賑やかな気配が道のほうから迫ってくる。ルウとサウティの血族が、大挙してやってきたのだろう。そちらも屋台の関係者は全員参席であったため、最低でも荷車3台分の人数であったのだ。

 さらに、ルウの血族も本日を休息の日と定めていたので、付き添いの男衆も何名かが先乗りしてくることが事前に伝えられていた。よって、樹木の隙間から見える荷車の影も3台以上であるようだ。さらに彼らは、外来の客人も迎えに行ってくれたはずであった。


「よー、待たせたなー。町の連中も、きっちり連れてきたぜー」


 数十名の先頭に立ったルド=ルウが、そのように告げてくる。そしてその後ろから、町の客人たちも進み出てきた。

 宿場町やダレイムの面々は、昼下がりからやってくる手はずになっている。よって、この時間に集まったのは宴料理に携わる面々と、かまど仕事の見学を願った面々――つまりは、《銀星堂》とダレイム伯爵家の関係者であった。《銀星堂》からはロイ、シリィ=ロウ、ボズル、ダレイム伯爵家からはニコラ、テティア、ルイア、シェイラ、そして客分のプラティカという顔ぶれだ。


「ああ、どうも。みなさん、おひさしぶりですね。遅ればせながら、本年もよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたしますぞ! まずは、本日の祝宴ですな!」


 大柄な南の民たるボズルは、満面の笑みだ。ボズルやロイと顔をあわせるのは、復活祭の直前に開かれた前祝いの祝宴以来であるはずであった。

 それ以外の面々は、おおよそ『烈風の会』の祝賀会で対面している。そこに含まれないのは、テティアとルイアのおふたりであった。


「ダレイム伯爵家の侍女のみなさんも、今日はありがとうございます。初めて森辺に来られた方々は気を張ってしまう面もあるかと思いますが、何も危険なことはありませんのでどうかおくつろぎください」


「いえ。本日はわたくしどもまでご招待くださり、心より感謝しております。森辺の方々にご迷惑をおかけしないように身をつつしみますので、何卒よろしくお願いいたします」


 侍女の代表として、シェイラが深々と頭を下げてくる。その所作はいつも通りの礼儀正しさであったものの、頬の赤みが内心の昂揚をあらわにしている。ニコラを除く侍女たちは、みんな初めての森辺であったのだ。

 ユーミの友たるルイアなどは、マルフィラ=ナハムやロロにも負けない勢いで目を泳がせてしまっている。それに比べて、ニコラの姉たるテティアはこの場にいる誰よりも静謐なたたずまいであった。


「テティアも、おひさしぶりですね。今日は他のみなさんと変わらない招待客というお立場ですので、気兼ねなく祝宴をお楽しみください」


「……いたわりのお言葉、ありがとうございます。ダレイム伯爵家の名を汚さぬように、身をつつしみたく思います」


 そう言って、テティアはふわりと微笑んだ。

 彼女は没落貴族というだけでなく、大きな罪を犯して2年も禁固の刑を受けていた身であったのだ。しかし、そんな話が信じられないぐらい、彼女は清楚ではかなげで――俺が知る誰よりも、ひっそりとした空気を纏っていた。


「それにしても、侍女の方々が4名もお招きされるとは思っていませんでした。これでしたら、料理長たるヤンもお招きして、宴料理の準備をお願いするべきだったのでは?」


 シリィ=ロウがそのように言いたててきたので、俺は「いえいえ」と笑ってみせた。


「ヤンまでお借りしてしまったら、それこそお屋敷のほうが大変でしょうからね。侍女の方々も、あくまで客人としてくつろいでいただきたく思います。……でも、毎回宴料理を準備してくださるシリィ=ロウたちには、心から感謝しておりますよ」


「……それが、わたしたちの流儀ですので」


 シリィ=ロウは、つんとそっぽを向いてしまう。さすがに彼女も、もはや森辺の様相に気後れすることはないようであった。


「で、俺たちの荷物はどこで下ろせばいいんだ? 仕事場は、別の集落だってんだろ?」


 と、ロイのほうも気安く声をあげてくる。俺はそちらに「ええ」とうなずいてみせた。


「今回はこれまでより規模が大きいため、ランという家のかまども借りることになりました。ロイたちには、そちらで準備をお願いします」


「昨日の内から下ごしらえは済ませておいたんで、今日は余裕があるはずだ。だけどまあ、さっそく仕事に取りかからせてもらうとするかな」


「あ、それじゃあ挨拶を済ませるんで、少しだけお待ちいただけますか?」


 ロイたちだけではなく、こちらの別動隊もランの集落に移動するのだ。その前に、俺は挨拶をしておかなければならなかった。


「えーと、かまど番は全員そろったのかな? 各班長は、班員がそろっているかどうか、確認をお願いします」


 俺の呼びかけに従って、小さき氏族のかまど番たちがわらわらと移動を始める。ルウの血族はまとめてやってきたので、不動のたたずまいだ。ただし、リミ=ルウをリーダーとする4名だけが、トゥール=ディンと合流した。


「トゥール=ディン、こっちはみんなそろってるよー! 今日はよろしくねー!」


「あ、はい。よろしくお願いいたします」


 トゥール=ディンのもとには、屋台の関係者たるディンとリッドの女衆が3名、そして血族たるスフィラ=ザザとモルン・ルティム=ドムが寄り集まっている。これにリミ=ルウたちを加えた10名が、菓子を担当する班であった。

 さらに、ユン=スドラを班長とする10名の班が、ランの集落に移動する面々である。やはり別動隊の班長は、熟練たるユン=スドラとトゥール=ディンにおまかせすることになったわけであった。


 本日は、ファの屋台の関係者が18名、ディンが4名、ルウが16名――そして、フォウとランとスドラのかまど番が11名という編成になる。屋台の関係者が全員参席というのは送別の祝宴と同じ編成で、あとはルウの血族がフォウの血族に入れ替わった格好だ。そして、サウティからはサウティ分家の末妹とヴェラの家長の伴侶が来訪しており、彼女たちは俺の班であった。


「ア、ア、アスタ。こちらの10名は、全員そろっているようです」


 と、俺が点呼を取るより早く、副班長のマルフィラ=ナハムがそのように告げてくる。俺はあちこちのかまどを巡らないといけないため、現場の指揮はマルフィラ=ナハムに託すことになったのだ。

 フォウの血族の班長は、もちろん家長バードゥ=フォウの伴侶となる。フォウでもランでもスドラでも、幼子の面倒を見る女衆以外は、全員がかまど仕事を果たすのだ。そうして家人の多くが祝宴に参席できるというのが、会場を提供する氏族の特権であるわけであった。


「こっちは最初から、全員顔をそろえてるからね。いつでも仕事を始められるよ」


「ありがとうございます。それじゃあ、全員そろったみたいですね」


 50名に及ぼうかというかまど番たちに、町からの客人たちとフォウおよびルウとサウティの狩人らが居並んでいる。この時点で、参席者の半数近くが集まっているのだ。大きく広げられた広場も、そんな人々のもたらす熱気でわきかえっていた。


「あらためまして、今日はよろしくお願いします。仕事の手順については班長がわきまえていますので、そちらの指示に従ってください。みんなで手を携えて、今日の祝宴に臨みましょう」


 俺が簡単に挨拶を済ませると、祝宴そのものの取り仕切り役であるバードゥ=フォウとアイ=ファも進み出た。


「フォウの家においてはこういう日に備えて新たなかまど小屋を建てる算段を立てていたのだが、残念ながら今日という日には間に合わなかった。ランの集落まで出向く面々には不自由をかけてしまうが、どうかよろしく願いたい。今さら念を押すまでもなかろうが、外来の客人とも血族ならぬ相手とも、最後まで諍いを起こさないようにな」


「あと、かまど仕事の見物を願っている客人には狩人の案内をつけるので、くれぐれもこちらの指示に従うように願う」


 アイ=ファがそのように告げると、シェイラがいっそう頬を紅潮させながら一礼した。彼女は城下町の民としていちはやく森辺の民と縁を持った身であるし、なおかつアイ=ファに多大な好意を向けていたのだった。


「それじゃあまずは、中天まで頑張りましょう。それぞれに割り振られたかまど小屋に、移動をお願いします」


 フォウとランはごく近所であるため、移動も徒歩だ。ただし、ロイたちは下ごしらえを済ませた料理を持参していたので、それは荷車によって運ばれた。

 トゥール=ディンとユン=スドラの班も姿を消し、残されたのは俺とレイナ=ルウとバードゥ=フォウの伴侶が取り仕切る3つの班、そして見物人の面々である。そちらの代表として、プラティカが進み出てきた。


「我々、二手、分かれます。案内、お願いいたします」


「うむ。その片方は、私が案内を受け持とう」


 アイ=ファがそのように申し出ると、プラティカは切れ長の目でちらりとシェイラのほうを見た。


「では、シェイラとルイア、お願いします。私、ニコラ、テティア、同じ組です」


「そちらは、フォウの男衆をつけよう。俺はこれから出向いてくる客人らに備えなければならないのでな」


 そうしてこちらも移動を始めると、アイ=ファに案内されたシェイラとルイアも追従してきた。きっとプラティカはシェイラの心情を慮って、アイ=ファの案内を譲ったのだろう。プラティカは長らくダレイム伯爵家のお世話になっていたので、侍女たちの心の機微についてもわきまえているはずであった。


 俺の班は、マルフィラ=ナハム、リリ=ラヴィッツ、フェイ=ベイム、ラヴィッツ、ナハム、ヴィン、ダゴラ、サウティ、ヴェラの女衆という顔ぶれだ。ラヴィッツとベイムとサウティの血族で固めた格好である。

 ランの集落に出立したユン=スドラのほうは、レイ=マトゥア、クルア=スン、ガズ、ラッツ、アウロ、ミーム、フォウ、ランの女衆という顔ぶれで、あとは人数の調整としてスドラの若い女衆も1名だけそちらに加わっていただいた。

 また、屋台の当番としてはこちらの所属であるヤミル=レイは、やはり血の縁を重んじてルウにお預けしたところ、リミ=ルウとともに菓子の班に割り振られたようである。あとの顔ぶれがツヴァイ=ルティムとルティム分家の女衆であったので、ドムとの血の縁が重んじられたようであった。


「ルイアなんかも、本当にひさしぶりだよね。ユーミたちも、ルイアに会えるのをすごく楽しみにしているよ」


 行き道で俺がそのように呼びかけると、ルイアは「ひゃい!」と裏返った声を返してきた。


「そ、そうですね! わ、わたしもユーミたちに会えるのが楽しみです! ただ……やっぱり、どんな顔をして会えばいいのか……」


「今日は侍女としての仕事もお休みなんだから、普段通りでいいんじゃないかな。シェイラ、それで何か問題はありますか?」


「いえ。ダレイム伯爵家の侍女として最低限の節度さえ守っていただければ、何も問題はないかと思われます」


「そ、その節度の加減というのが、よくわからないもので……わたしも本来は、粗野な人間であるものですから……」


 すると、両名の案内をしていたアイ=ファが発言した。


「ルイアはべつだん、粗野な人間ではあるまい。もとよりお前はユーミやベンやカーゴに比べても、物静かな人間であるように思えるしな。もちろん私も侍女としての節度などというものはまったくわきまえていないので、何も確かなことは言えないのであろうが……それでもべつだん、肩肘を張る必要はないように思うぞ」


「そ、そうですか? アイ=ファにそう言っていただけると、わたしも心強いです」


 ルイアは子供のようにはにかみながら、アイ=ファのほうに頭を下げる。

 するとシェイラは、慌ただしく両名の姿を見比べた。


「あの、ルイアはそれほどアイ=ファ様と親交を深める機会がなかったのだとうかがっているのですが……それでもアイ=ファ様は、ルイアの人柄をわきまえておられたのでしょうか?」


「うむ? 確かに、口をきく機会はそれほどなかったように思う。しかし、顔や名前はずいぶん昔からわきまえていたように思うし……それに、私はとある事情から、ルイアの挙動をうかがうようになっていたのでな」


「え? わたしはアイ=ファから、挙動をうかがわれていたのですか?」


 ルイアがびっくりまなこになると、アイ=ファは「ふむ」と考え深げな面持ちになった。


「そうか。お前のほうは、わきまえていなかったのか。であれば、これ以上の説明は差し控えようかと思う」


「な、なんですか? それでは余計に、気にかかってしまいます!」


「そうか。では……ルウの狩人にまつわる事柄であるとだけ伝えておこう」


 アイ=ファの返答に、ルイアは真っ赤になってしまう。ルイアはかつて、シン=ルウに心を奪われかけていたのだ。それで心配になった俺が、ユーミに頼んでルイアに忠告してもらったわけであるが――ルイアのほうは、そんな裏事情を知るすべもなかったわけであった。


「何にせよ、ルイアはいち早く屋台の常連客になってくれた人間のひとりだからね。俺にとってもアイ=ファにとっても、大事な相手だってことに変わりはないよ」


 俺は場を取りなすためにそのような言葉を添えてみたが、そうするとまたシェイラが反応した。


「ルイアはもともと、《西風亭》という宿屋の関係者であったのですよね? それらの方々は、そのように古くからアスタ様とご縁があったのでしょうか?」


「ええ。屋台を出して数日後には、もうご縁を持つことになりましたからね。それは、スン家やトゥラン伯爵家にまつわる騒ぎが起きるよりも前のことですから……『森辺のかまど番アスタ』でいうと、東や南の方々が屋台の料理を巡って騒ぎを起こしかけた場面と同時期ということですね」


 こういう昔話をする際に、『森辺のかまど番アスタ』はとても便利である。シェイラは無事に、目を丸くすることになった。


「ルイアはそのような昔日から、アスタ様とご縁を持っていたのですか……それなのに、これまで森辺にお招きする機会がなかったのでしょうか?」


「はい。宿場町の若い方々を祝宴に招くようになったのは、一昨年の半ばぐらいだったと思いますけど、人選は《西風亭》のユーミにおまかせしていたのですよね」


「では、ルイアは何故その際に選ばれなかったのでしょう? ルイアよりもさらにご縁の深い方々が多数おられたということなのでしょうか?」


 シェイラの好奇心は、なかなか尽きないようである。そして、それを相手取るルイアはまた顔を赤くしていた。


「は、はい。わたしよりも、ベンやカーゴやレビといった友人たちのほうが、アスタたちとはご縁が深かったでしょうし……それに、わたしやわたしの親などは、ずいぶん小心であったのです。ですから、森辺にお邪魔するのも気後れしてしまって……それで、ユーミからの誘いを断ることになってしまったのです」


「親というのは? ルイアの親も、招待客に選ばれていたのでしょうか?」


「あ、いえ。わたしが森辺に出向くことを、親が心配してしまうという意味です。……申し訳ありません。わたしも親も、決して森辺の方々を忌避していたわけではないのですが……」


 ルイアが頼りなげな声を発すると、アイ=ファは静かに「案ずるな」と応じた。


「そのていどのことで、お前の心を疑ったりはしない。また、親が子を案ずるのは当然のことであろう。町の人間は森辺の民ばかりでなくギバを恐れる気持ちが強かったのであろうから、二の足を踏むのも当然であろうと思うぞ」


「うん。むしろ、ユーミやベンたちのほうが豪胆すぎるんだろうな。そんなユーミたちでも、当時は今のルイアよりもおっかなびっくりだったしさ」


「うむ。確かにシェイラやルイアは初めての森辺であるのに、さして恐れる気持ちはないように見える」


 アイ=ファがそのように評すると、シェイラは子供っぽい無邪気さを覗かせながら「ええ」と微笑んだ。


「今は恐れる気持ちよりも、期待や喜びのほうが上回ってしまっています。あまり浮かれてしまわないように、心を律しているつもりであるのですが……ともすれば、我を失ってしまいそうなのです」


「きっとシェイラが我を失っても、森辺の習わしをないがしろにすることはなかろう。どうか気を張らずに、今日の祝宴を楽しんでもらいたく思うぞ」


 アイ=ファは凛然とした態度を崩さないが、その言葉は思いやりに満ちている。シェイラとて、知り合った時期はルイアとひと月も差はないのだ。それにおそらく、名前を知ったのはルイアよりも早いぐらいであるはずであった。


 ともあれ――まだ祝宴が始まるどころか、宴料理の準備すら始めていないのに、ずいぶん念入りに言葉を交わすことになってしまった。それは今日という日がどれだけ充足しているかを示唆しているように感じられて、俺をいっそう楽しい心地にしてくれたのだった。

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