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異世界料理道  作者: EDA
第七十七章 銀の月の二つの祝宴
1329/1696

建築屋の送別会③~宴の始まり~

2023.3/16 更新分 1/1

 そうして、日没――すべての準備を終えた俺たちは、宵闇の下であらためて建築屋の面々と向かい合うことになった。


 建築屋の面々は特別ゲストを含めて50名ていど、森辺の民は150名ていどという人数だ。なおかつ、森辺の側も3分の1ていどはルウの血族ならぬ立場であったため、いっそう彩りは豊かであるはずであった。


 俺とトゥール=ディンの屋台で働く人間が総勢22名で、その付き添いである狩人が同数招待されている。狩人のおおよそは本家の家長か長兄で、今日はモラ=ナハムも妹の付き添いとして参席したため、フェイ=ベイムの付き添いは父たる家長であった。


 あとは、ルウの屋台を手伝っているダイとレェンからも、もちろん男女ひと組ずつが参席している。それに、族長筋の代表としてサウティとザザの血族から4名ずつ招かれており、それがルウの血族ならぬ人間のすべてであった。前回の送別会などはすべての氏族を網羅する顔ぶれであったが、今回は建築屋のご家族まで招待して客人の数が倍以上に増えたため、ご縁の薄い族長筋の眷族にはご遠慮を願うことになってしまったのだった。


 また、ルウの血族のほうも今日ばかりは屋台の仕事を手伝っている人間を優先している。建築屋と交流が深いのは、屋台で働く人間であろうという判断だ。ただし、ルウはできるだけ眷族から均等に人手を集めるように心がけていたため、この祝宴にもそれが反映されているはずであった。

 唯一の例外は、きっとリリンの家であろう。ヴィナ・ルウ=リリンのお産が近づいて以来、リリンは屋台の手伝いを一時とりやめて、その代わりにダイやレェンの面々が働くことになったのである。ただし、建築屋との関係性を慮って、シュミラル=リリンとギラン=リリンだけは参席を許されていた。


 屋台の関係者は若い人間が多いため、それに比例して宴衣装を纏った女衆の数も多い。そのきらびやかさが、広場をいっそう華やかに演出していた。


「……しかしどうして、私までもが宴衣装を纏わねばならんのだろうな」


 俺の隣にたたずんでいたアイ=ファが、ぶすっとした面持ちでそのようにつぶやいた。その美しさに胸を騒がせながら、俺は「まあまあ」となだめてみせる。


「これまでも送別の祝宴では宴衣装を纏ってたんだから、いきなりそれを取りやめたらガッカリされちゃうだろう? それに、ご家族のみなさんにとっては初のお披露目だから、たいそう楽しみにしていたみたいだしさ」


「……どうして私の宴衣装などを、楽しみにされなければならないのだ?」


「それはきっと建築屋のみなさんが、アイ=ファの美しさをご家族に触れ回ったからじゃないかな。……痛い痛い。家人の美しさを褒めそやすのは、習わしに背いた行いじゃないだろう?」


「やかましい」と言い捨ててから、アイ=ファは俺の右耳を解放してくれた。

 そのタイミングで、ドンダ=ルウが広場の中央に進み出る。いよいよ祝宴が開始されるのだ。


「それではこれより、祝宴の開始を告げる挨拶をさせていただく! 本来であれば、客人たちに名乗りをあげてもらうところだが……前回と同様に、この人数ではそれも難しかろう! 本日は、ルウの家人が40名、ルウの血族が50名、血族ならぬ同胞が60名、そしてジャガルの客人が50名ていどの人数となる! しかし……前回の祝宴の際よりも、それぞれ交流は深まったことだろう! この夜も諍いを起こすことなく、祝宴の喜びを分かち合ってもらいたい!」


 ドンダ=ルウの声が、重々しい太鼓の音色のように響きわたる。初めてその猛威にさらされた建築屋のご家族の面々などは、誰もがぎょっと身をすくめているようであった。


「さらに本日は余興を見せる芸人として、《ギャムレイの一座》の15名と傀儡使いの3名も招待している! そちらも自由に宴料理を食してもらう取り決めになっているため、おたがいに節度をもって接してもらいたい! そして、この祝宴はルウ家が取り仕切ることになったが……やはり、最初に絆を結んだファの家を二の次にすることはできまい! ファの両名よ、こちらに!」


 これは事前に取り決められていた話であったので、俺はアイ=ファとともにドンダ=ルウのかたわらまで進みでた。

 とたんに、感嘆のざわめきが広場に広がっていく。アイ=ファの宴衣装の効果であろう。いまだ儀式の火が灯されていない宵闇の下でも、アイ=ファの美しさは際立っているはずであった。


「ファの家長アイ=ファだ! この年は休息の期間から外れており、家のほうも立て込んでいたため、なかなか町に下りることもかなわなかったが……友たるジャガルの面々とともに今日という日を迎えられて、心より嬉しく思っている! どうか明日からの長き旅に備えつつ、心ゆくまでこの祝宴を楽しんでもらいたい!」


 どれだけ優美な姿をしていても、アイ=ファの凛々しさに変わるところはない。そしてその毅然とした立ち居振る舞いが、アイ=ファをいっそう美しく見せるのだ。外来の客人たちは、おおよそ感服しきっているようであった。


「俺からも、ひと言だけ……みなさんと復活祭をご一緒することができて、本当に嬉しかったです! またいずれ、みなさんとお会いできるように祈っています! そして再会の日を迎えるまで、この夜の思い出も胸に刻みつけておきたく思います!」


 俺が慣れない大声を張り上げると、涙もろいメイトンが目もとをぬぐった。

 アルダスやワッズは大らかに、デルスはふてぶてしく笑っており、ディアルはおひさまのような笑顔だ。バラン家の末妹も笑顔だが目もとには白いものが光り、お調子者の長兄は懸命に涙をこらえているような面持ちをしている。そうして反応はさまざまであったが、誰もがこの夜の喜びを噛みしめているようであったので――俺のほうも、涙をこらえることになってしまった。


「……では、俺からも挨拶をいいだろうか?」


 と、バランのおやっさんが俺のかたわらまで進み出てくる。

 その顔はいつも通りの仏頂面であったが、ちらりと俺のほうを見た目にはとても穏やかな光がたたえられていた。


「森辺の祝宴に招かれるのはこれが3度目となるが、このたびはついに家族連中まで招いてもらえることになった! そちらには礼儀をわきまえていない若造なども含まれているが、決して無礼な真似はさせないように目を光らせておく! だからどうか、最後までよろしく願いたい! ……このような祝宴を開いてもらえたことを、心から感謝している!」


 150名から成る森辺の民を前に、これだけ堂々と振る舞えるというのは、やはりさすがの胆力であろう。森辺の民よりも、むしろジャガルの同胞たちのほうが感心しきった面持ちになっていた。


「それでは、祝宴を開始する! 母なる森と父なる西方神、父の兄弟たる南方神に祝福を!」


「祝福を!」の声が響きわたり、儀式の火が灯された。

 巨大な炎が宵闇を蹴散らして、ジャガルの人々に歓声をあげさせる。さらに広場の外周にもかがり火が焚かれて、熱狂のさまがありありと照らし出された。


「あ、おやっさん! 俺とアイ=ファに案内をさせてください!」


 俺がすぐさま声をかけると、おやっさんは仏頂面のまま振り返ってきた。


「……お前さんは、かまど番としての仕事があるのではないのか?」


「いえ。今日の担当は菓子だったので、祝宴の間は自由なんです。ですから、是非」


「……あの鉄具屋の娘っ子を放っておいて、あとで文句を言われんのか?」


「あはは。ディアルは色んな相手と交流を広げているので、心配はいらないかと思います。それに、ディアルとは明日からも好きなだけ会えますからね。だから今日は、おやっさんとご一緒したく思います」


 俺がそれだけ言葉を重ねて、おやっさんはようやく了承してくれた。

 すると、人混みのほうからふたつの人影が近づいてくる。おやっさんの伴侶と、寡黙な次男だ。伴侶は息子のたくましい腕に取りすがりながら、ほっとした顔でおやっさんに笑いかけた。


「ああ、よかった。あんたとまではぐれちまったら、あたしは心細くてならなかったよ。あたしらは初めての祝宴なんだから、きちんと面倒を見ておくれ」


「なんだ、その言い草は。他の連中は、どこに行ってしまったのだ?」


「上の子はワッズと、娘は鉄具屋の娘っ子と、さっさと行方をくらましちまったよ。こんな騒ぎの中で、よくもああまで気ままに振る舞えるもんだよね」


 こちらの女性も南の民らしく陽気で気丈な印象であったが、今は森辺の祝宴の熱気に圧倒されてしまっているらしい。ただ、息子の腕にしっかりしがみついているさまが、どうにも微笑ましくてならなかった。


「あの馬鹿は、またデルスなんぞとつるんでおるのか。何か馬鹿な真似をせんように、念押ししておくべきかもしれんな」


 おやっさんが渋面で言いたてると、次男が「いや」と低い声で応じた。


「そちらはアルダスも一緒なので、問題はないと思う。それに叔父貴も、こんな場で騒ぎを起こすほど馬鹿じゃないだろう。あちらはあちらで、俺たちよりも頻繁に森辺の人らとつきあっているんだろうしな」


 おやっさんは納得がいったようにも見えなかったが、どの道この騒ぎの中で特定の相手を探し求めるというのは難しい話である。そして、それをフォローしてくれたのは我が最愛なる家長殿であった。


「デルスたちを見かけたならば、私が声をあげよう。それまでは、バランたちも祝宴を楽しんでもらいたい。今日はジェノスで過ごす、最後の夜なのだからな」


 すると、伴侶のほうが「まあまあ」と笑みくずれた。


「近くで見ると、本当にお美しいねぇ。そんなお姫様みたいなお美しさなのに、騎士様みたいに凛々しくって……こんな頼もしいお人とご一緒できたら、何も心配はいらないねぇ」


 相手が相手であるためか、アイ=ファは「いたみいる」というひと言で済ませていた。


「それじゃあ、俺たちがご案内しますよ。まずは、宴料理を楽しみましょう」


 俺たちは人混みをかきわけて、手近な簡易かまどを目指すことにした。

 それにしても、大層な騒ぎである。まあ、森辺の祝宴はいつだって尋常ならぬ熱気をはらんでいるものであるが――南の民も熱情的な人間が多いため、相乗効果が生まれているのだろうか。50名近くにも及ぶ南の民を祝宴に招待するというのは、俺たちにしてみても初めてのことであったのだ。


「日中は、ずっと集落の見物をされていたのでしょう? ルウの集落にはたびたびお招きされているでしょうけれど、何か目新しい発見はありましたか?」


 俺がそのように呼びかけると、おやっさんの伴侶が「そうだねぇ」と真っ先に答えてくれた。


「かまど仕事のお邪魔になったら何なんで、あたしなんかはずっと最長老さんにお相手をしてもらったよ。あっちには、可愛らしい赤子や幼子も集められていたからさ」


「ああ、そうでしたか。最長老のジバ=ルウは外のお話をうかがうのがお好きなので、きっと喜ばれていたと思います」


「うん。ジャガルでも、あんなにお年を召したお人は珍しいからさ。あたしもあんな風に、立派に年を重ねたいもんだねぇ」


「ふん。あの最長老は、俺たちより倍ほども年を召しているのだろうからな。俺たちなど、洟を垂らした幼子のように思えるのかもしれんぞ」


 そんな風に言ってから、おやっさんは俺のほうに向きなおってきた。


「ところで、俺たちはそれほどルウの家にはお邪魔しておらんのだぞ。晩餐に招かれる際も、俺たちはおおよそファの家で、ルウの家はメイトンが押しかけていたからな」


「ああ、そうでしたね。俺もおやっさんのご家族だけは、他に譲りたくなかったもので」


「何を言っておるのだ」と、おやっさんは苦笑を浮かべた。

 そんなおやっさんと俺の姿を見比べながら、伴侶はまた破顔する。


「うちの亭主も、そちらの家に招かれるのを何より楽しみにしているからねぇ。復活祭よりも、あんたに会えることのほうがよっぽど嬉しいみたいだよ」


「馬鹿を抜かすな。俺はそこまで酔狂ではないぞ」


「どうだかね。まあ、年を食った男ってのは、見込みのある若衆に目をひかれるもんなんだろうさ」


 そんなやりとりを聞かされると、俺はまた涙ぐんでしまいそうだった。

 幸いなことに、それよりも早く簡易かまどに到着する。しかしそちらには大勢の人が詰めかけて、何の料理が配られているかも判然としなかった。


「おお、アスタにアイ=ファではないか! そちらはバランの案内か?」


 と、そちらに並んでいたラウ=レイが、ぐりんと振り返ってくる。そのかたわらには当然のように宴衣装のヤミル=レイが控えていたため、おやっさんの伴侶がまた「まあまあ」と目を細めた。


「こちらのお人も、大層なお美しさだねぇ。森辺にはお美しいお人が多いけど、その中でもとびっきりのおふたりにはさまれたような心地だよ」


「うむ! それは正しき言葉だと思うぞ! 俺が知る限り、森辺でもっとも美しいのはヤミルとアイ=ファであるからな!」


 アイ=ファは小さく溜息をつき、ヤミル=レイは素知らぬ顔で肩をすくめる。そして俺はもう1名、意想外の人物がまごまごしている姿を発見した。


「あ、ロロじゃないですか。ラウ=レイたちとご一緒だったんですね」


「あ、い、いえ、ボクはただ、宴料理をいただきに来ただけなんですが……」


 ロロはあたふたと目を泳がせる。《ギャムレイの一座》の面々はこちらに到着してから、ずっと広場の片隅でひっそりと息をひそめていたのだ。それでいつもと同じように、また一部の座員が料理の調達を開始したようであった。


「折りよくこやつと行きあったので、力比べの約束をしていたのだ! ルド=ルウやジィ=マァムたちも、こやつらとの力比べを楽しみにしていたからな!」


「で、ですがその、取っ組み合いというのは余興に含まれていませんので……棒引きの力比べでしたら、ドガがお相手できるかと思いますが……」


「棒引きも悪くはないが、ここはやっぱり闘技であろう! お前たちは復活祭のさなか、ドムやザザの連中を相手にしていたという話なのだから、俺の願い出を断る理由はあるまい?」


 ラウ=レイが猟犬のごとき眼差しを向けると、ロロはいっそう縮こまってしまう。

 すると、ヤミル=レイがいかにもどうでもよさげに口をはさんだ。


「このお人たちにはこのお人たちの流儀というものがあるのでしょうよ。それを考えずに無理強いするのは、あまりに無体なのじゃないかしら?」


「そ、そうなんですそうなんです! ボクも勝手なお約束はできない立場ですので……」


「わたしたちだって、族長の許しもなしに勝手な真似をすることは許されないのだからね。何か願いたい話があるのなら、こちらは族長を、そちらは座長を通すべきでしょうよ」


「あっ! そ、それは困ります! 座長なんかは面白がって、了承するに決まっていますから……」


「ならば、あのギャムレイに話を通せばいいということだな! 相分かった! のちほどドンダ=ルウからギャムレイに話を通してもらうことにしよう!」


 気の毒なロロは、「あああ……」と頭を抱え込んでしまう。しかしまあ、彼女は地面に投げ飛ばされるよりも、自分が投げ飛ばす役を受け持つほうが多いはずであった。


「アイ=ファは宴衣装だから、力比べには加われんのだな! 惜しい話だが、その分は目を楽しませてもらえるので、文句は言わないでおくとしよう! 本当に、ヤミルにも負けない美しさだぞ!」


「……お前がそのように振る舞っていると、客人たちに森辺の習わしを軽んじられる恐れがあろう。レイの家長として、少しはつつしみというものを覚えるがいい」


 アイ=ファは凛然とたしなめたが、ラウ=レイはにこにこと笑うばかりでこたえた様子もない。すると、おやっさんが口をはさんだ。


「俺たちもこの若い家長とはさんざん酒杯を交わしてきたので、これが森辺の規範でないことはわきまえている。決して森辺の習わしを軽んじたりはしないので、それだけは安心してもらおう」


「……うむ。バランの誠実なる人柄を得難く思う」


 何だか初手から、騒がしい交流の場になってしまった。

 俺がそんな風に考えていると、ロロがやおら俺のほうに向きなおってきた。


「あ、そ、そうだ。ファの家のアスタというのは、あなたのことですよね? チルやディアも今は料理の調達に忙しいので、余興が終わったらゆっくり語らせてもらいたいと……ディアのほうが、そんな風に言っていましたよ」


「あ、そうですか。それはわざわざ、ありがとうございます」


 俺は本日、建築屋の面々だけでなく、チル=リムやディアとの別れも惜しまなくてはならないのだ。さらに言うならば、チル=リムたちのほうが長きの別れになるのだろうと思われた。


「……お前さんは、旅芸人の娘たちとも懇意にしているのだったな。俺たちのことは気にせんでいいから、そちらの相手をしてやったらどうだ?」


「いえ。チルたちも今は忙しいようですから……余興の後に、しっかり語らせてもらいたく思います」


 そんな風に答えながら、俺は無理やり笑ってみせた。


「だから今は、めいっぱいおやっさんたちのお相手をさせてください。おやっさんだって、次にお会いできるのは5ヶ月後なんですからね」


「ふん。これだけたびたび顔をあわせておるのに、そういう部分は相変わらずだな。お前さんは、いちいち大仰に過ぎるのだ」


 おやっさんは苦笑しながら、俺の胸もとを小突いてくる。

 その頃にようやく人がはけてきて、簡易かまどの全貌があらわにされた。そちらで働いていたのはレイナ=ルウとレイの女衆であり、準備されていたのはギバ骨ラーメンである。


「ああ、アスタにアイ=ファ。バランにラウ=レイたちもご一緒だったのですね。よろしければ、こちらの料理もお召し上がりください」


 レイナ=ルウももちろん宴衣装であったため、伴侶はまた「まあまあ」と声をあげることになった。

 しかし賞賛の言葉が続けられるより早く、レイナ=ルウの手で料理が取り分けられていく。伴侶の関心も、すぐさまそちらに引きつけられたようであった。


「ああ、こいつは夜の屋台でだけ出されていた料理だね。最後の日にまたこいつをいただけるなんて、ありがたい限りだよ」


「はい。今日はなるべく屋台で出していない料理を準備しているのですが、こちらのらーめんだけは飽きられていないだろうという判断で用意することになりました」


「あはは。どんな料理でも食べ飽きちゃいないけど、こいつが一番嬉しいってことに変わりはないよ。ほらほら、あんたたちもいただきなさいな」


「わかっておるわ。そうせかすな」


 おやっさんや次男も、それぞれ木皿のギバ骨ラーメンを口にする。そちらは伴侶ほど喜びの思いを表に出す気質でなかったが、満足げな眼差しに変わりはなかった。


「あの宿屋の出しているらーめんなどは、毎日のように口にしていたが……こうまで味が違っていれば、やはり食べ飽きることにもならんな。これほどギバの風味というやつが強烈に感じられる料理は、他にないように思うぞ」


「ええ。もしこれが初めて口にするギバ料理だったら、風味が強すぎて忌避されるぐらいかもしれませんね」


 俺やアイ=ファやレイの両名も、そちらの料理を堪能させていただく。

 そんな中、ロロだけががっくりと肩を落としていた。


「どうしたんです? ロロはいただかないんですか?」


「はあ……汁物料理は、ドガやザンの役割なんです。ボクは鍋も持っていませんので……」


「ああ、なるほど。それじゃあとりあえず、ロロだけでもこの場で食べていったら如何です?」


「い、いえ……それでは他の座員たちに申し訳ないので……」


 そんな風に言いながら、ロロは今にも指でもくわえそうな風情である。

 それを見かねたレイナ=ルウが、笑顔でロロに呼びかけた。


「でしたら、こちらの板を盆の代わりとしてお使いください。そうしたら、いくつかの皿をいっぺんに運べますので」


「え? だ、だけど、それはそちらで使うために準備したのでしょう?」


「準備して、余った分ですね。ですから、ご遠慮は無用です」


 ロロは、ぱあっと顔を輝かせた。その姿に、おやっさんが「ふむ」と声をあげる。


「ずいぶん義理堅い人間だな。うちの連中にも見習ってもらいたいぐらいだ」


「あ、い、いえ、ボクなんか、そんな大したアレではないので」


 ロロはたいそう恐縮しながら、それでもふにゃふにゃと笑った。気は小さいが、意外にそういう表情は気安くお披露目する娘さんであるのだ。


「そ、それじゃあ、ありがたくお借りします。あの、うちの座員がこちらに来たら、すでにこれだけの量が運ばれているとお伝えしていただけますか?」


「承知しました。みなさんのお口に合えば幸いです」


 ロロは木皿をどっさりとのせた板切れを手に、ひょこひょこと立ち去っていく。その後ろ姿を眺めながら、おやっさんの伴侶が笑顔で声をあげた。


「旅芸人のお人らはみんなおっかなそうだけど、あの娘さんだけは頼りないぐらいだねぇ。これまで姿を見かけた覚えがないけれど、下働きか何かなのかねぇ」


「いえ。普段は顔を隠して芸を見せているのですよ。きっとみなさんも、何度となくお目にかかっているんでしょうね」


 建築屋のご家族も、《ギャムレイの一座》の天幕には何度も通っているはずであるのだ。それならば、剣王ロロの勇姿も目に焼きつけられているはずであった。


「では俺たちは、ドンダ=ルウのもとに向かうとするか! アスタもアイ=ファもバランも、またのちほどな! 思うぞんぶん、祝宴を楽しむがいいぞ!」


 そうしてラウ=レイたちも立ち去ったので、俺たちも移動だ。ただその前に、俺はレイナ=ルウに声をかけておくことにした。


「今さらだけど、レイナ=ルウもお疲れ様。これだけ大きな祝宴を取り仕切るのは、大変だっただろう?」


「いえ。血族ならぬかまど番たちに情けない姿は見せられないので多少は気を張る面もありましたが、それ以外はどうということもありません。リミやララやツヴァイ=ルティムなど、頼もしい血族がそろっていますので」


 まったく気負うこともなく、レイナ=ルウはそんな風に言っていた。きっとジェノス城で祝宴を預かった経験が、レイナ=ルウにさらなる自信を与えたのだろう。


「……あのレイナ=ルウは、お前さんと同じ齢だという話だったか?」


 レイナ=ルウのもとを離れて移動を始めると、おやっさんがそんな風に問うてきた。


「ええ。レイナ=ルウは、俺やアイ=ファと同い年です。それがどうかなさいましたか?」


「うむ。あの娘もお前さんに劣らず、ずいぶん成長したものだと思ってな。見た目なんぞはさして変わっておらぬようだが、実に堂々たる立ち居振る舞いだ。親御たちも、さぞかし鼻が高かろう」


「ええ。俺なんかが口にするのはおこがましいですが、レイナ=ルウは本当に成長しましたよね。おやっさんと初めてお会いした頃とは、比べ物にならないように思います」


「それは、お前さんも同じことだがな」


 人で賑わう広場を歩きながら、おやっさんはどこか遠い眼差しで周囲を見回していく。


「お前さんと屋台で出くわしてから、おおよそ2年半か……思えば、ずいぶんな変転を遂げたものだ。まさか俺たちが家族ぐるみで、森辺の祝宴に招待されることになろうとはな」


「ええ。こんな行く末を迎えることになるなんて、あの頃は想像もしていませんでしたね」


 そんな風に応じながら、俺はおやっさんに笑いかけてみせた。


「だけどまあ、感傷にひたるのはまだ早いですよ。こんな時間から涙をこぼしていては、家長にとっちめられてしまいますので。今は祝宴をお楽しみください」


 おやっさんは「そうだな」と薄く笑い、アイ=ファは俺の頭を優しく小突いてきた。

 そうして俺たちはさらなる料理と交流を求めて、次なるかまどに向かったのだった。

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