建築屋の送別会②~下準備~
2023.3/15 更新分 1/1
閉店の刻限まであと半刻という頃合いで、ディアルとラービスが屋台にやってきた。彼女たちは、本日の送別会の特別ゲストであったのだ。
「みんな、ひさしぶりー! 今年もどうぞよろしくね! ……ほらほら、ラービスも黙りこくってないでさー! 年の始まりぐらい、きちんと挨拶しなってば!」
「……みなさん、本年もどうかディアル様のことをよろしくお願いいたします」
「もー! 僕のことはいいんだってば! それじゃあ屋台の料理が売り切れる前に、腹ごしらえをさせてもらおうかなー! どれも美味しそうだけど、夜に備えてひかえめにね!」
先刻やってきたメイトンに劣らず、ディアルは浮かれきっていた。彼女にしてみれば、城下町の外に出るのもひさびさであったのだ。ディアルが元気に動くたびに首の後ろでひとつに結んだ短めの髪がぴょこぴょこと跳ね回り、尻尾をふりたてる子犬さながらの微笑ましさであった。
それから四半刻もしない内に、屋台はひとつずつ品切れになっていく。決して復活祭の余韻を甘く見ていたつもりはないのだが、想定以上の客足であったようだ。まあ今日に限っては祝宴を後に控えていたので営業時間が長引かないように配慮していたものの、それでも嬉しい誤算というしかなかった。
そうして定刻を迎えるより早く、すべての屋台が店じまいとなる。
青空食堂からお客がはけるのを待ち、そちらの片付けも完了したならば、いざ《キミュスの尻尾亭》に凱旋だ。その道行きでも、ディアルははしゃぎまくっていた。
「いやー、今日という日が待ち遠しかったよ! 復活祭の間は城下町でも祝宴続きだったけど、やっぱりあっちはあれこれ堅苦しい面も多いからさー! 僕にしてみれば、半分は人脈を築くための仕事みたいなもんだしね!」
「そっかそっか。建築屋の方々も、ディアルに会えるのを楽しみにしていたからね。今日は思うぞんぶん、楽しんでおくれよ」
「もちろん、そのつもりだよー! それで5日後には、また祝宴だもんねー! こういう祝宴続きなら、僕も大歓迎さー!」
そちらの親睦の祝宴でも、ディアルはちゃっかり名乗りをあげていたのだ。まあ、ディアルとは指折りで古いおつきあいであるのだから、参席の資格は十分であるのだが――それこそが、彼女が辣腕の社交家であるという証であるのかもしれなかった。
「でもさ、今回は貴族の参席をお断りしたんでしょ? リフレイアが、すっごくガッカリしてたよー! 今度はリフレイアもお招きしてあげないと、すねちゃうんじゃないかなー!」
「そっか。前のお招きから、まだひと月も経ってないんだけど……俺だって、リフレイアのことはお招きしたいからね。祝宴の機会がなかったら、晩餐にでもお招きしようかな」
「そのときは、僕のことも忘れないでよー? 僕はすねるだけじゃ済まさないからね!」
そのように語るディアルは、真夏のおひさまのように眩しい笑顔である。直情的なジャガルの娘さんが喜びの念を爆発させると、こうまで甚大な生命力があふれかえるわけであった。
そうして《キミュスの尻尾亭》に屋台を返却したならば、森辺に帰還である。
そのために、町と森の境となるちょっとした空き地にまで歩を進めると、そこには建築屋の面々が待ちかまえていた。ネルウィアからやってきた30余名に西の地を根城にする十数名も加わって、なかなかの人数である。そしてその中には、第二の特別ゲストであるデルスとワッズもしれっとした顔で入り混じっているはずであった。
「おお、アスタ! ずいぶん早かったな! もう四半刻ぐらいは待たされるかと思っていたぞ!」
と、真っ先に声をあげてきたのは、またもやメイトンである。やはり本日は、彼の浮かれっぷりが際立っているようだった。
「はい。予定よりも早く店じまいすることになりました。みなさん、もうおそろいですか?」
「ああ! みんな森辺に行きたくて、うずうずしてるからな!」
すると、バランのおやっさんとアルダスもこちらに近づいてきた。営業中にはご挨拶ができなかったので、俺は思うさまそちらにも笑顔を届けてみせる。そうしてひとしきり挨拶が終了すると、アルダスが俺のかたわらでそわそわと身を揺すっているディアルのほうに目をやった。
「お、そっちは鉄具屋の娘っ子か。今回は、最後の最後でようやく顔をあわせられたな」
「うん! 今年はちょっと、城下町を抜け出す隙がなくってさー! まあ、復活祭の時期はいつもこんな調子だから、去年なんかは無理やり時間を作ったんだけどねー!」
「そうかそうか。まあ、最後に祝宴をご一緒できるなら何よりだ。あっちの娘っ子も、お前さんに会えるのを楽しみにしていたみたいだぞ」
アルダスが親指で指し示す方向には、バラン家の末妹がちょっともじもじしながら立ち尽くしている。とたんにディアルは顔を輝かせて、そちらに駆けつけた。
「あんたも、ひさしぶりだねー! 今年もジェノスに来られて、よかったねー!」
「う、うん。あたしのことなんて、覚えてたんだね」
「そんなの、忘れるわけないじゃん! 商売人ってのは、人の顔を覚えるのも仕事の内なんだしさ!」
ディアルの無邪気さに誘発されて、末妹のほうも本来の朗らかさを取り戻した。彼女とて、元気のほどではディアルに負けていないのだ。
「それじゃあ、出発しましょうか。いちおうこちらの荷車で前後をはさみますので、最初の2台が出発したらそれに続いてください」
建築屋の面々も自前の荷車を準備していたので、そちらに乗り込んだ。
先頭はルウ家の荷車に任せて、俺は2台目だ。ディアルとラービスは、そちらにお招きした。
「前回の祝宴は、紫の月の真ん中だったっけ? 間に復活祭をはさんでるから、すごく懐かしく感じられちゃうなー! あのときは、平民より貴族のほうが多いぐらいだったんだよねー!」
「うん。その代わりに、今回は貴族の方々にご遠慮を願ったんだよ。前回参席できなかったダレイムの人たちをもてなしたいっていうのが、主眼だからさ。……まあ、ディアルは両方参席するわけだけどね」
「そんなの、ユーミたちだって一緒じゃん! 僕だけ仲間外れにはさせないよー!」
俺はギルルの手綱を操りながら、ずっとディアルの楽しげな声を拝聴することになった。
やがてルウの集落に到着したならば、先頭の荷車は広場の入り口に進入していく。しかしすべての荷車を収容するスペースはないので、俺はしばらく道を前進してから停車させた。
「荷車はこちらに置いていきますので、トトスだけお連れください。あといちおう、貴重品は持ち運んでくださいね。必要があれば、家で預かってもらえるはずですので」
俺が大きくスペースを取ったので、後続の荷車も入り口を通りすぎてから荷車を停車させている。この後には《ギャムレイの一座》も参ずる予定であったため、手前のスペースは空けておいたのだ。そうして地面に降り立った客人たちは、誰もが森の威容に昂揚しているようであった。
屋台のメンバーも全員が参席者であるために、同じように頬を火照らせている。そんな熱気の塊を引き連れて、俺は広場に向かうことに相成った。
広場には、すでに簡易型のかまどがあちこちに設置されている。しかし現在は宴料理の準備のさなかであるため、こちらに姿を見せている人間は少ない。そんな中、荷車を片付けたララ=ルウが本家の母屋の前でぶんぶんと手を振っていた。
「こっちこっちー! とりあえず、トトスはこの裏にまとめておいてねー! 日が暮れたら、家の中に入ってもらうからさ!」
すると、家の裏からはミーア・レイ母さんが現れた。50名近くにも及ぶジャガルの客人たちに、「ルウの家にようこそ」と笑顔で呼びかける。
「何人かの人らは復活祭の間にお招きさせてもらったけど、おおよその人らはおひさしぶりだねぇ。というか、初めて会う人らも多いのかな。あたしは族長ドンダ=ルウの伴侶で、ミーア・レイ=ルウってもんですよ。伴侶の留守はあたしが預かってるんで、何かあったら遠慮なく声をかけてくださいな」
ミーア・レイ母さんは宿場町に下りる機会も少ないので、初対面となる相手も少なくはないのだろう。ただし建築屋の主要メンバーは、何度かルウ家の晩餐会に招かれている。それでメイトンは、ジバ婆さんと深く絆を結ぶことに相成ったのだった。
それにまた、ルウの集落を訪れるのが初めてであっても、森辺の集落が初めてであるという客人はいない。建築屋の主要メンバーがルウやファの家にお招きされる際、他の面々はルウの眷族や小さき氏族の家にお招きされているのだ。ただそれでもまだまだ森辺の集落に見慣れるほどではなかろうから、誰もが期待に頬を火照らせているわけであった。
「それじゃあ俺たちは、仕事に取りかからせていただきますね。みなさんは、またのちほど」
客人の案内はミーア・レイ母さんたちに任せて、ルウの血族ならぬかまど番の一行も宴料理の準備に取りかからせていただくことにした。
こちらから合流するのは、トゥール=ディンとリッドの女衆を含めて12名だ。ほどよい人数であったため、このメンバーでひとつの班を作る手はずになっている。なおかつ、トゥール=ディンがメンバーに加わっているために、担当は菓子であった。
「後の取り仕切りは、トゥール=ディンにお願いするよ。大変だろうけど、頑張ってね」
「は、はい。承知しました。アスタを差し置いてかまど仕事を取り仕切るというのは、とても心苦しいのですが……アスタは5日後に、大役を控えていますものね」
5日後の親睦の祝宴では、俺が宴料理の責任者に任命されたのだ。そういう責任を分散させるという意味合いもあって、本日の祝宴はルウ家が取り仕切ることになったわけであった。
もとより建築屋の面々と最初に絆を結んだのは、俺である。だから当初は建築屋の送別会というものもファを筆頭とする小さき氏族の取り仕切りで、会場もフォウの集落に設定されていた。それが前回からルウとファが合同で取り仕切ることになり、今回はついにルウ家単独の取り仕切りと相成ったのだ。
これは年を重ねるごとに、建築屋の面々がルウ家とも深い絆を結べたという証でもあるのだろう。だから俺は寂寥感を覚えることなく、心晴れやかにひとりのかまど番として働くことができた。
「もとをただせば、ルウ家の方々もアスタと同じ時期から建築屋の方々と懇意にしていたのですものね。そう考えれば、納得はいくように思います」
シン=ルウ家のかまど小屋に向かう道中で、ユン=スドラはそのように語っていた。それは確かにその通りなのだが、やはり多少は補足が必要であろうか。
「だけど、その頃から屋台で働いていたのは、ヴィナ・ルウ=リリンとシーラ=ルウ、レイナ=ルウとララ=ルウぐらいなんだよね。しかも、レイナ=ルウなんかは数えるぐらいしか顔をあわせてないんじゃないのかな」
「あ、そうなのですか。すると、ヴィナ・ルウ=リリンやシーラ=ルウは赤子が産まれたばかりですから……今日はレイナ=ルウとララ=ルウしか参席しないわけですね」
「うん。だから、知り合った時期よりもその後の親密具合のほうが重要なんじゃないのかな。2度目の来訪で大地震に見舞われて、祭祀堂の再建を建築屋にお願いすることになったから、その時期に族長筋としてあれこれ関わることが増えたんだと思うよ」
そもそも建築屋の面々は年に1度や2度しかジェノスを訪れていないのだから、漫然と過ごしていたら絆の深まりようもないのだ。おたがいがおたがいのことをもっと知りたいと願い、それぞれ交流を深めようと苦心してきたからこそ、今の結果があるわけであった。
それで本年は、ついに家族ぐるみで祝宴に招待することになった。去年の復活祭では晩餐でしか招待していなかったのだから、これも大きな進展と言えることだろう。俺としては、喜ばしい限りであった。
「わたしはその頃から、リィに建築屋の方々のお話をうかがっていました。それらの方々はファの家のアスタにとって、とても重要な相手であるようだ、と……だから、次の緑の月にお会いできる日を心待ちにしていたのです」
そう言って、ユン=スドラはにこりと微笑んだ。
「建築屋の方々は、期待に違わぬ好ましい人柄でありました。きっとアスタの誠実なお人柄が、そういう方々を招き寄せるのでしょうね」
「あはは。おやっさんと最初にお会いしたときなんかは、こんなものに銅貨を出せるかと突っぱねられたもんだけどね」
今となっては、それも大切な思い出の一幕である。それで『ギバ・バーガー』に文句をつけられた俺は、必死になって『ミャームー焼き』の開発に取り組むことになったわけであった。
年に1度か2度しかお会いできない相手でも、これだけ歳月が過ぎればどんどん思い出がたまっていく。初めて出会ってから2年半ほどが経過して、建築屋の面々とお会いするのもこれでついに5度目であったのだった。
(それでもまあ、仕事で来るときは2ヶ月ばかりも滞在して、復活祭では半月だから……最初の年はひと月ぐらいだったとしても、もう6ヶ月ぐらいは一緒に過ごしてることになるのか)
2年半で6ヶ月ということは、おおよそ5分の1ぐらいを一緒に過ごせているということだ。もちろんそれでも実際に顔をあわせる時間は、ごく短かったわけであるが――それでも俺の胸中には、さまざまな思い出が詰め込まれていた。
初対面の印象は決して好ましい内容ばかりではなかったが、それもひと月がかりで改善することができた。また、建築屋の半数ぐらいは『ギバ・バーガー』もすぐに気に入って、常連客となってくれたのだ。それで《銀の壺》の面々と剣呑な事態になりかけたのは、傀儡の劇でも語られている通りである。
その翌年に再会した折には、王都の監査官たるドレッグやタルオンも来訪の時期を同じくすることになった。200名からの王都の兵士たちが宿場町に乗り込んできて、なかなかの騒ぎであったのだ。建築屋の面々は宿でも兵士たちと顔を突き合わせることになったし、青空食堂ではダグやイフィウスとも小さからぬ交わりが生じていたものであった。
さらに同じ年には、《アムスホルンの寝返り》に見舞われている。それでファの家と祭祀堂の再建を、建築屋に依頼することになったのだった。
それから半年後の復活祭で、おやっさんたちは家族を引き連れて参上した。それで《銀の壺》の面々と再会して、傀儡使いのリコから昔の話を聞きほじられたり、ともにダレイムで新年を迎えることになったりしたわけである。
その半年後には、また仕事としてジェノスに参上する。そこで待ち受けていたのはダカルマス殿下の開催する試食会と、そして飛蝗の騒乱だ。大地震といい飛蝗といい、楽しい出来事ばかりでなく大きな苦難をもともに乗り越えたことで、いっそう絆が深まったのかもしれなかった。
そうしてまた半年ほどが過ぎて、このたびの復活祭である。
今回は何事もなく、そして至極にぎやかに交流を深めることができた。その総決算が、本日の祝宴であるわけであった。
(次に会えるのは、また5ヶ月後……ご家族のみなさんなんかは、早くても1年後なんだからな。心残りのないように、精一杯おもてなしをしよう)
そんな温かな決意のもとに、俺はシン=ルウ家のかまど小屋を目指した。
するとそちらでは、小屋の横手の石窯でタリ=ルウたちが作業に励んでいる。俺たちの接近に気づくと、タリ=ルウが笑顔で出迎えてくれた。
「ルウの家にようこそ。こっちももうすぐ仕上がるんで、すぐに場所を空けますよ。かまどのほうは、自由に使ってくださいな」
「いつもありがとうございます。シーラ=ルウとドンティ=ルウにお変わりはありませんか?」
「ええ。ドンティも産まれてからひと月が過ぎて、ようやく少しは外に出られるようになったんでね。今は本家で、ルディ=ルウたちと一緒に面倒を見られているはずですよ。客人らの挨拶を迎えるのにも、そっちのほうが面倒は少ないでしょうしね」
ここしばらくは客人を迎えるたびに、ドンティ=ルウやルディ=ルウが大きな関心にさらされていたという話であったのだ。とりわけシーラ=ルウは建築屋の面々ともつきあいが長かったので、感慨もひとしおであるはずであった。
そうしてかまどの間に到着したならば、いざ作業開始である。
そちらには、事前に持ち込まれた食材が山積みにされている。本日も広場のキャパいっぱいまで人を集める予定であったため、食材の質量もそれ相応であった。
「それでは、3つの班に分かれましょう。アスタ、ユン=スドラ、それぞれ班の取り仕切りをお願いいたします」
この日に備えて、人員の配分と作業の工程はしっかり構築されている。血族の祝宴で何度となく責任者の役目を負っているトゥール=ディンであるので、そちらの面に抜かりはなかった。
各班の人数は4名ずつで、俺が受け持つのはレイ=マトゥアとガズおよびアウロの女衆となる。最初に割り振られた仕事は、各種の果実の煮込み作業であった。
「今日当番でなかったフェイ=ベイムたちは、ルウ家の取り仕切りで働いているのですよね? フェイ=ベイムは、何だかすごく気が張っているようでしたよ!」
かまどに火を灯しながら、レイ=マトゥアが笑顔でそのように言いたてた。本日屋台の当番でなかった面々と、族長筋たるザザおよびサウティから招待された面々は、俺たちよりも早い時間からレイナ=ルウの指揮下で働いているのだ。
「こっちはトゥール=ディンたちを除くと10名だから、当番でなかったのは8名か。あと、ディンとリッドでも1名ずつ当番じゃなかった女衆がいるんだよね?」
「はい。そちらの両名も、フェイ=ベイムらとともに参じているはずです」
ファの家の屋台に参加しているのは、俺を含めて18名。ディンの家は、トゥール=ディンを含めて4名。そしてルウの血族は、たしか15、6名の女衆が交代で屋台を手伝っているはずであった。
「今さらながら、そんな大人数で8台の屋台を回してるってのは大した話だよね。もともとは、ふたりきりで1台の屋台しか出してなかったわけだからさ」
「その最初の手伝いに選ばれたヴィナ・ルウ=リリンは、さぞかし誇らしい心地でしょうね! わたしだったら、舞い上がってしまいそうです!」
「あはは。まあ最初の数日で屋台は2台に増やして、かまど番も4名に増えたわけだけどね。それで、ララ=ルウとシーラ=ルウにも手伝いをお願いすることになったわけさ」
俺はレイ=マトゥアのお相手をしつつ、ユン=スドラのほうに呼びかけた。道中の話題の補足になるかなと考えたのだ。フワノ粉の分量をはかっていたユン=スドラはその作業を終えてから「なるほど」と微笑んだ。
「そちらの4名が、建築屋の方々と最初にご縁をもたれたということですね。それで家長会議を経て、リィやレイナ=ルウが加わったということでしょうか?」
「いや、先に加わったのがリィ=スドラで、レイナ=ルウはヴィナ・ルウ=リリンが足を怪我したときの代理だったんだよね。それがもう、建築屋の方々がジェノスを出る数日前のことだったんだ」
そしてその裏ではシュミラル=リリンがヴィナ・ルウ=リリンをお見舞いして、ひそかに婿入りする決意を固めることになった。建築屋と《銀の壺》の思い出は、半分がたセットで収納されているのだ。
「それからスン家とトゥラン伯爵家にまつわる騒ぎが収束して、屋台を4台に増やすことになったんだよね。ファとルウで、2台ずつ受け持つっていう取り決めでさ。それでも現場で働くのは6名で、交代要員を含めても10名ていどの人員だったかな」
「それらのすべてが、スドラとルウの血族でしたっけ?」
「いや。それをきっかけに、トゥール=ディンにも手伝いをお願いすることになったんだよ。ファの屋台は俺とトゥール=ディンとヤミル=レイが常勤で、交代要員がリィ=スドラ。ルウのほうは本家の4姉妹とツヴァイ=ルティム、それにアマ・ミン=ルティムとモルン・ルティム=ドムだったかな」
「懐かしいですね」と、トゥール=ディンもひかえめに微笑みながら声をあげた。いまや彼女は自らの取り仕切りで屋台を出している立場なのだから、感慨もひとしおなのだろう。
「それじゃあ屋台で働いていたのは、ファ、スドラ、ディン、ルウ、レイ、ルティムの6氏族だけだったのですね! それが今ではサウティとザザの血族を除くすべての氏族が関わっているのですから、すごいです!」
「うん。それで最初の復活祭を機にまた屋台を増やして、あちこちの氏族に協力をお願いすることになったんだけど……マトゥアまで話が回ったのは、その後だもんね」
レイ=マトゥアが屋台の当番として参じた頃、こちらではすでにガズ、ラッツ、ベイム、ダゴラの面々と、そしてリリ=ラヴィッツが働いていたのだ。俺はガズとラッツに眷族にも屋台で働く機会を与えたいという要請を受けて、雨季の到来を目処にマトゥアとミームからも人員をお借りしたのだった。
「だからそこまでが、建築屋の2度目の来訪に間に合った世代ってことになるのかな。あとはたしかその途中で、マルフィラ=ナハムも働き始めることになったんだよね?」
「は、は、はい。わ、わたしが働き始めたのは、ファの家が建てなおされた後で、青の月の終わり頃だったかと思います。で、ですから、建築屋の方々のお相手をしたのは10日足らずだったかと思いますが、運よく送別の祝宴には招いていただくことがかないました」
ユン=スドラの班に割り振られたマルフィラ=ナハムが、ふにゃんとした笑顔でそのように言いたてる。家長会議でファの家の行いが正しいと認められ、そののちにトゥール=ディンが菓子の屋台を独自に出すことになったため、補強の人員としてマルフィラ=ナハムが選出されたわけであった。
「それじゃあわたしたちも建築屋の方々とお会いしてから、もう1年半ぐらいが過ぎているということですね! 何だか、感慨深いです!」
「うんうん。レイ=マトゥアたちもその年の送別の祝宴に参席してるわけだから、絆の深さに関してはルウの血族の人たちにも負けてないと思うよ」
そしてその後に屋台に参加したラヴィッツやヴィンのふたりは、去年の復活祭で建築屋の面々と顔をあわせることになった。年が明けてから働くことになったクルア=スンは今年の緑の月が初対面で、フォウとランの女衆はそれよりも新参となるものの、去年の送別会がフォウの集落であったため、その折に顔をあわせることができたのだ。
斯様にして、建築屋の面々といつどのように絆を結んだかは、人それぞれである。たとえばアイ=ファなども顔をあわせたのは最初の年であるが、その頃にはさして親交もなかったのだ。その翌年に母屋の再建を依頼することになり、ぐっと親密になったわけであった。
しかしまた、建築屋の面々はこれでもう2度も復活祭の時期にやってきているので、俺の知らないところでも存分に交流が結ばれているのだろう。この場で働いている女衆にしてみても、いまや彼らはただのお客ではなく、屋台を通じてご縁を結んだ友であると認識されているはずであった。
(だからこそ、こんな大々的に送別の祝宴が開かれるんだもんな)
言うまでもなく、俺は建築屋の面々に大きな親愛を抱いている。そして、森辺の同胞にもそういった思いが広まったことが、心から嬉しくてならなかったのだった。




