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異世界料理道  作者: EDA
第七十六章 太陽神の復活祭(下)
1315/1695

烈風の会④~宴の始まり~

2023.2/5 更新分 1/1

・明日は2話同時更新です。読み飛ばしのないようにご注意ください。

 レイナ=ルウたちと合流してすぐに、俺たちは祝宴の会場へと案内された。本日は下りの五の刻という少し早いスタートであったため、あまり時間にゆとりがなかったのだ。


 その行き道で、入賞者の4名は別の入場口へと案内されていく。この辺りの段取りも、これまで通りだ。次に彼らの姿を見るのは、授賞式の場であるはずであった。


 入場口に到着したならば、入場の順番で整列させられる。本日はそれなりに格式の高い祝宴であるため、正式な作法に則って入場させられるのだ。

 トップバッターはダリ=サウティとサウティ分家の末妹、二番手はジザ=ルウとレイナ=ルウ、リミ=ルウ、三番手はゲオル=ザザとスフィラ=ザザ――そしてトゥール=ディンとゼイ=ディンが続き、族長筋と血の縁を持たない俺とアイ=ファが最後尾だ。


 会場には、すでに数多くの参席者が群れ集っている。広大なる大広間はシャンデリアの輝きによって昼間のように明るく照らし出されて、室内にはゆったりとした楽団の演奏と人々のさんざめきがあふれかえっており――そして大広間の最奥には、西方神セルヴァの巨大な神像が雄々しく鎮座ましましていた。


(……この大広間に招かれるたびに、身が引き締まる思いだな)


 西方神は、きわめて猛々しい姿をしている。髪は炎のように逆立ち、逞しい腕には長剣と槍を携え、背中には4枚の翼を生やしており――そして総身が、真紅であるのだ。またその顔は、仁王像を思わせる勇猛な形相であったのだった。

 ただその双眸だけはひどく慈愛に満ちた眼差しをしていることを、俺はすでに知っている。憤怒の形相で眼差しだけが優しげであるという、そんな複雑な様相が名匠の手によって体現されているのだ。俺が畏敬の念を覚えつつも、決して恐怖せずにいられるのは、その眼差しのおかげであるのかもしれなかった。


 そんな神像に見守られながら、俺たちは大広間の片隅に陣取った同胞のもとを目指す。アイ=ファが見事な宴衣装であるものだから、四方八方から熱い視線を浴びまくっての前進だ。そうしてアイ=ファが歩を進めるごとに、驚嘆のざわめきが広がっていくかのようであった。


「ファのおふたりも、お疲れ様です。ご多忙な中ご来場いただき、心から嬉しく思っています」


 と、行った先で待ち受けていた若き貴公子が、穏やかに微笑みかけてくる。サトゥラス伯爵家の騎士、レイリスである。


「レイリスも、お疲れ様です。レイリスのご活躍も、客席から拝見させていただきました」


「恐縮です。いささか残念な結果に終わってしまいましたが、相手が森辺の方々では致し方ありません。あの場で勝利をおさめたおふたりは、どちらもきわめて優れた手綱さばきであったかと思います」


 レイリスはルド=ルウとヴェラの家長に敗れて、入賞を逃すことになったのだ。しかしその誠実そうな面に浮かぶのは、清々しげな微笑ばかりであった。

 きっとレイリスはザザの姉弟を出迎えるために参じたのだろう。ゲオル=ザザは楽しげな笑顔であるし、スフィラ=ザザも沈着な面持ちながら柔和な眼差しだ。彼は入賞を逃したがために、こうして最初からご一緒できるわけであった。


「本日、アラウト殿はご来場されないそうですね。ひさびさにお会いできるのではないかと期待していましたので、残念です」


「うむ。あやつは今日も、森辺や宿場町で過ごすそうだぞ。俺たちでさえこうして城下町に参じているというのに、なかなか奔放なものだ」


 ゲオル=ザザが陽気に応じると、スフィラ=ザザがすぐさま言葉を添えた。


「実際に今日の力比べでは宿場町の民が祝宴に招かれたのですから、アラウトの判断が正しかったということでしょう。アラウトは宿場町で交流を深めるために貴族という身分を隠しているのですから、奔放のひと言で済ませるべきではないように思います」


「この場に参じる宿場町の民など、ただひとりではないか。その者に口をつぐませれば、何も不自由はなかろうに」


「そのような秘密を抱えさせるのは、相手にとって気苦労にしかならないと察しての行いなのでしょう。……ともあれ、アラウトのことでわたしたちが言い争う必要はないのでしょうね」


「まったくだ。それがわかっているなら、いちいち文句をつけないでもらいたいものだな」


 ゲオル=ザザが豪快に笑うと、レイリスも屈託なく口もとをほころばせた。


「ザザのおふたりは、相変わらずのようですね。なんだか無性に、ほっとしてしまいました」


「まあ。なんだかゲオルともども、幼子のように扱われた心地です」


 そのように言い返ししつつ、やはりスフィラ=ザザの眼差しはやわらかだ。そんなやりとりを見せつけられた俺のほうこそ、何だか気持ちが和んでしまった。


「ところで、ジザ=ルウらはどこに参じたのだ?」


 会話の区切りを待ってアイ=ファが問いかけると、ダリ=サウティが答えてくれた。


「ルウの姉妹はかまど仕事を果たしたということで、のちのち紹介されるそうだ。それであちらに控えるように言い渡されたので、ジザ=ルウもともに身を移した」


「そうか。それは難儀なことだな」


 アイ=ファがそのように応じたとき、新たな参席者の名が告げられた。王都の外交官、フェルメスとオーグである。

 対照的な容姿をした両名が、人々の視線を集めながら大広間のもっとも奥まった場へと歩を進めていく。フェルメスは淡い紫色の長衣で、飾り物は少なかったが、亜麻色の髪をポニーテールのように結いあげているため、やはり貴婦人のごとき美しさであった。まあ、彼はどのような姿をしていても、その面をさらしている限り美麗であるのだ。

 いっぽうオーグはずんぐりとした体形で、立派な髭をたくわえているためか、どこか南の民を思わせる風貌だ。茶色の長衣で、こちらも飾り気は少なく、いかにも公務で参席しているという空気を嫌というほど発散させていた。


(だけどもう、フェルメスたちが祝宴にいるのも当たり前の風景になってきたよな。1年以上も滞在してれば、当然だろうけどさ)


 外交官の任期は半年であるそうなので、フェルメスたちはもう3期目に突入している。去年のこちらの祝賀会ではまだまだフェルメスの本心が知れず、実際に関係が壊れそうになったりもしていたわけであるが――今となっては、それも懐かしい思い出であった。


 俺は去年のこの祝賀会で、『聖アレシュの苦難』という演劇を見せつけられることになったのだ。フェルメスはその聖アレシュなる人物が『星無き民』なのではないかと推測しており、前々から俺にその内容を伝えようと画策していたのである。

 それで俺はフェルメスの本心がいっそうわからなくなって、自分の知らないところで心を乱してしまい――それをナチャラの術式によって、無意識下の苦悩を解きほぐされたわけであった。


 俺が恐れているのは『星無き民』にまつわる誰か――右の頬に火傷の痕を持つ正体不明の何者かであり、フェルメスではない。それがフェルメスに対する失望や猜疑心などと入り混じり、俺の心を苛んでいたのである。それが判明した現在、俺は真っ直ぐな気持ちでフェルメスと向かい合っているつもりであった。


(まあ、フェルメスはああいうお人だから、いまだに理解不能な部分も多いけど……それはカミュアやピノだって同じことだもんな)


 そんな思いを胸に、俺はフェルメスの入場を見守ることになった。

 そしてその後も、続々と来場者が紹介される。ジェノスの誇る三伯爵家と侯爵家の入場だ。


 そちらの顔ぶれにも、大きな変わりはない。ただひとり、本日の優勝者たるリーハイムの姿がないだけだ。以前に森辺の祝宴に招待した若き貴婦人も、当主たるルイドロスのかたわらでたおやかに微笑んでいた。


「そういえば、昨年はマルスタインが深手を負っていたために、メルフリードが当主の代理人として振る舞っていたのだったな」


 誰にともなく、ダリ=サウティがそのようにつぶやいた。

 去年の復活祭において、マルスタインは『中天の日』のパレードで無法者に矢を射かけられ、肩に深手を負うことになったのだ。それでその無法者を捕縛したチム=スドラも、こちらの祝賀会に招待されていたのだった。


 俺たちはたびたび城下町の祝宴に招かれていたが、やはり1年ぶりのイベントとなると、さまざまな思い出を想起させられるようだ。この1年で、ジェノスはさまざまな変転に見舞われており――そのおおよそが穏便な形に落ち着いたことを、俺は喜ばしく思うばかりであった。


「それではこれより、『烈風の会』の授賞式を執り行いたく思う」


 最後に入場したマルスタインが、西方神の足もとで厳かに宣言した。


「こちらの会を開催したのは本年で2度目となり、『烈風の会』という正式な名称をつけられることに相成った。本年も昨年を上回る盛況さであり、諸兄らも心より楽しめたことであろう。我々にこれほどの昂揚を与えてくれた選手たちの代表として、優秀なる成績をおさめた8名に祝福を捧げていただきたい」


 参席者の人々は、節度のある拍手で領主の言葉に応えた。

 マルスタインは満足そうにうなずいて身を引き、今度は小姓が澄んだ声音を響かせる。


「それでは、入賞者の方々のご来場です。どうぞ拍手でお出迎えくださいませ」


 大広間の横合いに設置された扉が開かれて、入賞者の人々が入場してきた。

 その先頭に立つ人間の身なりに、参席者の人々は笑い含んだざわめきをあげる。それは護民兵団大隊長のデヴィアスであり、彼はその頭に巨大なバッファローのごとき角を生やした白銀の兜をかぶっていたのだった。


(そういえば、去年は銀獅子のかぶりものだったっけ。こういう場では、何かしないと気が済まないお人なんだな)


 アイ=ファは溜息をついていたが、俺は口もとをほころばせながら手を打ち鳴らすことになった。半分がたは苦笑であるが、まあ笑っていることに変わりはない。おおよその人々も、俺と似たような心境なのではないかと思われた。


 そしてその後は、尋常な身なりをした人々が続く。シュミラル=リリン、ルド=ルウ、ドッド、ヴェラの家長――この4名は森辺の装束で、ただ朱色の小洒落たマントを羽織った格好だ。それぞれ異なる存在感を有する森辺の狩人たちの勇姿に、今度は感嘆のざわめきがあげられた。


 次にはもっとも無害なダンロが続き、そしてデヴィアスよりも素っ頓狂な姿をしたドーンも現れる。しかしドーンは闘技会の常連であったため、今さら驚く人間はいないようであった。


 そうして大トリは、優勝者のリーハイムである。

 油で髪を撫でつけたリーハイムは、普段以上に豪奢なジャガル風の宴衣装を纏い、その貴公子らしい顔を隠しようもない昂揚に火照らせていた。彼には珍しく緊張までしているのか、その足取りはいくぶんロボットのようにぎくしゃくとしていた。


 大広間を横断した入賞者たちは西方神の足もとで横一列に整列し、こちらに向かって一礼してくる。俺は周囲の人々とともに、混じり気のない祝福の思いを込めて手を打ち鳴らした。


「それでは、勲章の授与を執り行う」


 マルスタインの宣言とともに、幼き姫君オディフィアがしずしずと進み出た。本年も、彼女が勲章のプレゼンターであったのだ。

 まずは下位の4名が、順位決定戦の結果に従って下から名前を呼ばれていく。ダンロ、ヴェラの家長、ドッド、デヴィアスという顔ぶれだ。

 そうして上位の4名は、ドーン、ルド=ルウ、シュミラル=リリン、リーハイムという順番になる。それらのすべてに、俺は分け隔てなく拍手を送ってみせた。


「それでは、祝賀会を始めたく思うが……本日は森辺の料理人、レイナ=ルウとリミ=ルウにも数多くの宴料理を準備してもらうことになった。ダカルマス殿下の開いた試食会においても優秀な成績をおさめた両名の手腕を、とくと味わってもらいたい」


 ここでようやくレイナ=ルウたちが進み出て一礼すると、その美しい姿にまた驚嘆と賞賛のざわめきがあげられた。リミ=ルウの可愛らしさも、もちろんひと役買っていることだろう。それを斜め後方から見守るリーハイムは、何だか我がことのように誇らしげな面持ちであった。


 そうして、祝宴の開始である。

 俺たちは入賞者の面々と合流するつもりであったのだが、彼らは貴婦人や貴公子に取り囲まれて身動きが取れないようだ。そちらに近づいたら、アイ=ファも巻き添えになることが目に見えていた。


「今日の主役は、あやつらであるからな。我々は、気楽に楽しませていただくか」


 ダリ=サウティの鷹揚な言葉によって、俺たちは自由行動と相成った。

 ただしいちおうの用心として、4名ずつに分かれてのグループ行動である。ザザの両名がトゥール=ディンとの同行を望んだため、俺とアイ=ファはサウティのおふたりと移動することになった。


 本日も立食パーティーの形式であるが、料理の置かれたテーブルのそばには小ぶりの円卓や椅子なども準備されている。きっと食器を使う料理も供されているのだろう。さまざまな外来の文化を受け入れて、ジェノスの祝宴もじわじわと変容しているのだった。


「レイナ=ルウたちも10人がかりで、可能な限りの宴料理を準備したらしいからな。感謝しながら、いただくとしよう」


「うむ。復活祭のさなかにそのような仕事を受け持つのは、本当に多大な苦労であったろうな。しかし、我々としてもありがたい限りだ」


 誰よりも端麗なる姿をしたアイ=ファは、しかつめらしくそのように言いたてた。森辺の民もだいぶ城下町の料理に慣れてきたはずであるが、やっぱり同胞のこしらえるギバ料理にまさるものはないのだ。

 そうして俺たちが数々の視線に見守られながら、手近なテーブルに近づいていくと――さっそく見慣れた面々と出くわすことになった。プラティカ、ニコラ、シリィ=ロウという、出自の異なる女性料理人のトリオである。


「おお、そちらも参じていたのだな。誰もが息災なようで、何よりだ」


 ダリ=サウティがゆったりと笑いかけると、プラティカたちは粛然と礼を返してくる。出自だけでなく気性も異なる面々であるのだが、こういう場で笑みのひとつもこぼさないという点は一致していた。

 それに誰もが見慣れた顔だが、ひとりだけ見慣れない姿をしている。こういう場に参席する際のシリィ=ロウは、貴婦人としての宴衣装に身を包んでいるのだった。


「シリィ=ロウは、ちょっとおひさしぶりですね。今日はプラティカたちとご一緒だったのですか」


「たまたまそちらで出くわしただけのことです。ですが、彼女たちのご感想には一聴の価値がおありでしょうからね」


 どれだけ瀟洒な宴衣装に身を包んでも、シリィ=ロウは相変わらずの不愛想さだ。ただ、いつもきゅうきゅうにひっつめている髪を自然に垂らし、ふわふわとした宴衣装を纏っていると、彼女はまぎれもなく深窓のお嬢様めいて見えた。


「あっ、今日のニコラは侍女ではなく客として参じているのですね」


 と、サウティの女衆が目ざとくそのように言いたてた。ニコラはほとんど平服であったが、従者の証である水色の腕章をつけていなかったのだ。


「はい。自由に宴料理を食せるように、ポルアース様が特別に取り計らってくださったのです。名目は、プラティカ様の案内人となります」


 プラティカはゲルドの藩主の関係者として、いつも歓待されている身であるのだ。なおかつ最近のプラティカは城下町を拠点としているので、復活祭の期間はごくまれに屋台に姿を見せるぐらいであった。


「プラティカも、ゆっくり語らうのはひさびさですね。アイ=ファなんて、復活祭になってから初めて顔をあわせたんじゃないですか?」


「はい。アイ=ファ、息災なようで、喜ばしい、思っています」


「うむ。そちらも息災なようだな」


 アイ=ファが優しげな眼差しを送ると、情感豊かなプラティカは厳しい無表情のまま頬を赤らめてしまった。勇猛なるゲルドの民たる彼女であるが、アイ=ファの優しさには弱いのだ。


 プラティカが城下町を拠点としているのは、ニコラと行動をともにしているがゆえである。復活祭の期間は貴族仕えの料理人たちも繁忙期であるため、どうやらそちらの仕事を手伝いながら修練を積んでいるようであるのだ。


(今は城下町の作法を重点的に学ぶ時期ってことにしたんだろうけど……そもそもそんな考えに至ったのは、ニコラに対する思い入れからなんじゃないのかな)


 プラティカは森辺を来訪する際にも、ニコラを同行させることが多かった。それでいつしか、深い友誼が結ばれたようなのである。さらにニコラは罪人として禁固の刑を受けていた姉のテティアが釈放されて、同じ屋敷で働くにあたり、ずいぶん情緒を乱していたようなので、いっそう放っておけなくなったのではないかと思われた。


 それでもって、俺はそういう自らの見解を、逐一アイ=ファに報告していたのだ。それがアイ=ファの眼差しを優しくして、プラティカの頬を赤らめさせているわけであった。


「とりあえず、俺たちも宴料理をいただこうか。これは、誰の手掛けた料理なのか――あ、いや、これはダイアの料理に間違いないな」


「うわあ! なんですか、これは? まるで本物のマロールみたいです!」


 サウティの女衆が、弾んだ声をあげる。そこには作り物の巨大マロールがででんと控えていたのだ。

 本来のマロールはアマエビを思わせるつつましいサイズであるが、こちらのマロールは巨大イセエビのごとき図体である。これはさまざまな食材で仕上げられた作り物であり、その赤い殻の下にマロールの料理をひそめているのだ。


 少し離れた場所では、小姓の手によって殻を割られたマロールが正体をさらしている。本日そこに隠されていたのはピンク色の煮込み料理であり、取り分け用の小皿も準備されていた。


「そちらの料理も、素晴らしい味わいでありました。ダイアも着実にさまざまな食材を使いこなせるようになっているようですね」


 鋭い目つきをしたシリィ=ロウのコメントに期待感をかきたてられながら、俺もそちらの料理を取り分けていただくことにした。

 煮汁はやわらかいサーモンピンクの色合いで、具材はおおよそとろけてしまっている。そこから漂うのは、濃厚なる海の幸の芳香であった。


「ああ、確かに素晴らしい味わいです。魚介の食材をふんだんに使っているようですね」


「はい。出汁でも具材でも、ありとあらゆる魚介の食材を使用しているのでしょう。それを無理なく調和させる手腕は、見事であるかと思います」


 シリィ=ロウの言う通り、生鮮の魚を除く魚介の食材はのきなみ使われているようだ。アマエビのごときマロールはもちろん、イカやタコに似たヌニョンパの身も見受けられるし、煮汁には燻製魚や貝や海草などの出汁がきいており、味の基調は魚醤という徹底っぷりである。それに、ツナフレークに似たジョラの油煮漬けも大量に投じられているため、ひと口ごとにその風味と食感を楽しむことができた。


(ただ、チットやイラの辛みは感じないし、タラパやドルーの風味もないから……このピンク色は、食材と関係ない着色なんだろうな)


 ダイアはきっとおのれの美意識に従って、こちらの料理をこういった色合いに仕上げているのだ。それこそが、ダイアならではの特性であった。

 しかし何にせよ、お味のほうは申し分ない。ジェノスの料理としては香草も控えめで、濃厚な出汁を前面に押し出しており、とても華やかでありながら真っ直ぐ力強い味わいでもあった。


「む……この殻をほぐすと、辛みが増すようだぞ」


 と、アイ=ファが警戒した声をあげる。

 こちらの小皿には、マロールの殻を見立てた赤い破片も盛り込まれていたのだ。それをほぐして食すると、初めてチットの辛みが生まれた。


「ああ、こっちの赤いのがチットだったのか。でも、辛すぎることはないみたいだな」


「うむ。殻だけを食していたならば、舌を痛めていたやもしれんがな」


 アイ=ファは俺よりもデリケートな舌をしているのである。しかし、魚介の煮汁は濃厚な風味であるため、チットの辛みを何重にもくるんで、また楽しい調和を見せてくれるようであった。


「それに、この甘み、アール、思われます。魚介の食材によって、風味、隠されていますが、存在、重要です」


 プラティカは、そのように述べている。確かに舌を研ぎ澄ますと、栗に似たアールの存在が感じ取れるようだ。ダイアはひとつひとつの料理を丁寧に仕上げていく作法であるため、他の料理人よりも目新しい食材を取り入れるペースがのんびりしているのだが、最新の食材であるアールも隠し味として効果的に使用されていたわけであった。


「ダイアと最後に会ったのは、もう先月の話ですもんね。あ、でもプラティカなんかは、ダイアとも顔をあわせているのですか?」


「はい。ジェノス城の晩餐会、招かれる機会、あったので、その際、厨の見学、願いました」


「なるほど。プラティカも有意義な時間を過ごされているようで、何よりです。復活祭が終わったら、また森辺にもいらしてくださいね」


「それは、こちら、願い出る話です。こちらの都合、期間、空けてしまい、申し訳ない、思っています」


「いえいえ。こちらも毎日多忙のきわみで、なかなかお相手する時間も作れないような状況ですからね。年明けには親睦の祝宴も控えていますので、俺も楽しみにしておりますよ」


 それから俺は、「そうだ」とニコラを振り返った。


「その祝宴には、ニコラもお招きしようかと思っていたのですが……ルイアとテティアもお招きすることは可能でしょうか?」


「……ルイアばかりでなく、テティアもですか? それは貴き方々をお招きする祝宴ではないのでしょう?」


「はい。今回は、貴族ならぬ方々をお招きする祝宴ですね。侍女の方々をいっぺんに3名もお招きするのは、ポルアースたちにとって都合が悪くなってしまうでしょうか?」


 ニコラは仏頂面のまま、もじもじと衣服の裾をいじくった。


「それを判ずるのは、主人たるポルアース様となりますが……テティアなど、まだ数回顔をあわせただけの相手でしょう?」


「はい。だからこそ、交流を深めさせていただきたいのですよね。ニコラの姉君なら、なおさらです」


 俺が言葉を重ねるたびに、ニコラはどんどん硬い表情になっていく。ただそれは、喜びや羞恥の思いを表すまいとする努力の結果なのだろうと思われた。


「……アスタ。決定権、ポルアースにあります。ニコラでなく、ポルアース、伝えるべき、思います」


 と、プラティカがすかさず声をあげてきたため、俺は「そうですね」と笑顔を送ってみせた。


「それではのちほど、ポルアースに聞いてみます。シリィ=ロウも、日取りが合うようでしたらよろしくお願いしますね」


「ええ。なるべく早めにご連絡をいただけたら、ありがたく思います」


 そうして俺たちはゆったりと交流を深めながら、そちらのテーブルに準備されていた宴料理をひとつずつ味わわさせていただいた。

 ダイアはそれほど複雑な味付けを取り入れないので、アイ=ファやダリ=サウティも無理なく食せているようだ。ただ残念ながら、こちらのテーブルにはギバ料理が存在しなかった。


「腹がふくれる前に、ギバの肉を食しておきたいところだな。そろそろ移動するとしよう」


「承知しました。ではプラティカたちも、また機会がありましたら」


 俺たちは、もとの4名で移動を始めた。

 その道中で、ダリ=サウティが俺に笑いかけてくる。


「やはりかまど番が相手だと、俺はなかなか口を出す隙がないな。しかしその分はアスタたちが面倒を見てくれるので、得難く思っている」


「いえいえ。つい料理の話にばかり興じてしまって、申し訳ありません。やっぱり貴族の方々は、挨拶回りで身動きが取れないようですね」


「そうだな。まあ、祝宴は始まったばかりであるのだから、何も急ぐ必要はあるまい」


 大広間の人々は入賞者への挨拶と宴料理に熱意を傾けて、今のところはアイ=ファが貴婦人の群れに囲まれることもない。ただ、熱気の度合いがどんどん高まっていることに間違いはなかった。


 ジェノスの貴族というのはそれなりに節度を重んじているので、森辺や宿場町に比べれば整然とした印象であるが、それでもやっぱり復活祭の渦中であるのだから、その内側に並々ならぬ熱意を隠しているのだろう。その場には、森辺とも宿場町とも異なるゆるやかな熱意のうねりともいうべきものが感じられてならなかった。


(俺たちが最後にお招きされたのは、『麗風の会』っていうお茶会のはずだから……まだひと月も経ってないのか。間に復活祭をはさんでるせいか、こういう雰囲気もひさびさだな)


 そんな思いを胸に秘めながら、俺はさらなる交流と料理を求めて、うねる熱気の渦中へと身を投じることになった。

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