烈風の会②~勝負の行方~
2023.2/3 更新分 1/1
屋台の商売を終えた後、闘技場へと足を向けたのは、18名のかまど番と10名の狩人、それにユーミにビアという顔ぶれであった。
残るメンバーは、荷車を見張りながら待機である。くどいようだが、トトスの駆け比べというのは森辺の民にとって馴染みの薄い余興であったため、すべての人間が興味を持つわけではないのだ。ただし、本日の商売に参加したかまど番は木皿の回収係を含めても24名という人数であったので、過半数は見物を希望したわけであった。
ちなみにルウの血族とトゥール=ディンおよびリッドの女衆、それにボランティアで参加していたザザの血族はのきなみ見物を希望している。それはもちろん、血族の活躍を見届けようという思いがあってのことだろう。4名の狩人たちが全員予選を勝ち抜いたという旨は、さきほどの昼休憩で屋台にやってきたお客たちからすでに聞き及んでいたのだった。
「4名全員がここまで勝ち残れたというのは、とても立派なことなのでしょうね。昨年は敗退してしまったというヴェラの家長も、何か修練を積んでいたのでしょうか?」
「いやあ、あのお人は実直そうだから、余興のためにそこまではしないと思うよ。去年の経験が活かされたのか、もしくは組み合わせに恵まれたんじゃないのかな」
そんな言葉を交わしている間に、闘技場に到着した。
競技中は入り口の扉もぴったりと閉められており、大勢の兵士たちによって守られている。そして護衛役の狩人たちは、狩人の衣の下に弓矢などを隠し持っていないかボディチェックされた。観客席には貴族も参じているので、飛び道具だけは持ち込みを禁止にされているのだ。
無事にボディチェックを完了したならば、列をなして入り口をくぐる。
とたんに、地鳴りのような歓声が五体を包み込んできた。まだ本選が始まって四半刻も経っていないはずであるが、大いに盛り上がっているようだ。
薄暗い通路を抜けると、もう目の前が競技場であった。
広大なるフィールドが階段状の観客席に囲まれた、コロッセオのごとき様相である。今もフィールドでは4頭のトトスが風のように駆けており、人々を熱狂させていた。
俺たちは、階段をのぼって立見席を目指す。この時間はもう、座席も人で埋まってしまっているのだ。先刻までは屋台の料理に夢中になっていた人々が、今は勝負の行方に夢中になっていた。
そうして最上段の立見席に到着すると、見慣れた面々が待ちかまえている。カミュア=ヨシュとアラウトの一行、それにバランのおやっさんやアルダスなどである。
「やあやあ。つい今しがた、ルド=ルウが本選の第1戦を勝ち抜いたところだよ。相変わらず、ルド=ルウの手綱さばきは見事なものだね」
周囲の歓声に負けないように、カミュア=ヨシュが大きな声でそのように伝えてくれた。
そちらに頭を下げてから、俺はおやっさんへと呼びかける。
「お疲れ様です。ご家族のみなさんとは、別行動ですか?」
「おおよそは、そちらに並んで座っておるぞ。ひとりは賭場に出向いたきりだがな」
おやっさんの視線を辿ると、目の前の座席に南の民がずらりと居並んでいた。申し訳ないが、南の民というのは似たような体格をした人間が多いので、背中だけでは男女の区別ぐらいしかつきそうにない。ただし、賭場に出向いているのはバラン家の長男なのだろうと思われた。
(あのお人は、シュミラル=リリンの優勝も的中させてたもんな。今年は、どうなることだろう)
あらためて、俺たちも駆け比べのさまを見物させていただくことにした。
競技のルールは、昨年と変わっていないらしい。予選でも本選でも4組ずつで勝負をして、上位2名が勝ち残るシステムだ。予選では敗者も1度だけ再チャレンジのチャンスをもらえるが、本選では最終戦の人数を調整する以外、1度の敗北で終了という内容であった。
「今回、本選まで勝ち残ったのは94名という話だったね。俺も記憶が曖昧だけれども、きっと去年より参加者が多かったんじゃないのかな」
と、カミュア=ヨシュがまた情報を提供してくれる。
その間に、応援すべき存在の名が観客席に伝えられた。次の試合の4名に、シュミラル=リリンとレイリスの名が連ねられていたのだ。
観客席の最上段から競技場まではけっこうな距離であるので、選手の判別をするのは難しい。ただし、シュミラル=リリンに限っては特徴的な白銀のロングヘアーをしていたので、俺も見逃すことはなかった。
そうして粛々と試合が始められ――1位となったのはレイリス、2位はシュミラル=リリンである。俺がほっと息をついていると、今度はザッシュマが笑いかけてきた。
「あのシュミラル=リリンってのは、たしか去年も2位抜けを重ねて最終戦まで勝ち進んだんじゃなかったっけか? さっきの予選も2位だったし……去年の結果を知らなければ、あいつに賭けようって人間はなかなか出てこないだろうな」
「ええ。シュミラル=リリンのトトスは、取り立てて足が速いわけではないようですからね」
しかしシュミラル=リリンはその巧みな手綱さばきと的確な戦略でもって、昨年の優勝を勝ち取ったのである。たしかリーハイムとは3回や4回も対戦することになり、ことごとく1位の座を奪われながら、最後の勝負だけ勝利を収めることがかなったのだった。
しばらく試合が進められたのち、そのリーハイムの名が触れ係の声によって伝えられる。それと対戦することになったのは、ドッドであった。
ドッドが乗るのはザザの家人たる黒っぽい羽毛のトトスである。今回出場している4頭のトトスの内、シュミラル=リリンが乗る1頭以外はギルルと同時期に森辺の家人に迎えられた古株の面々であった。
思い入れの深いドッドの出番に、アラウトはいっそう期待に瞳を輝かせる。
その結果は――2位である。1位はやはり、リーハイムであった。
「あの貴族様は、去年の準優勝者だっけか? 素人目にも、力が飛びぬけているように思えるな」
アルダスは陽気に笑いながら、そのように言っていた。建築屋の面々もトトスの駆け比べに関心は薄かったが、お祭り気分を堪能するためにここまで足を運んでいるのだった。
その後も、勝負は粛々と進められていく。ひとつの勝負にかけられる時間はごく短かったが、本選の通過者が94名ということは、優勝者を決めるのに何十試合も必要となるのだ。そんな勝負に引っ張り出されたトトスたちは、俊足さと同時に持久力も要求されるはずであった。
そんな中、時おり俺の見知った名前がコールされる。そしてそういった人々は、誰もが本選の1回戦目を勝ち抜いていた。俺が知るのは森辺の同胞と去年の入賞者がほとんどであったので、誰もが実力者であったのだ。
なおかつ、そういった実力者同士でも、1回戦目では遠慮なく対戦させられている。2位までは勝ち抜けるルールであるため、べつだん特別扱いはされていないのだろう。ただし、3名以上の実力者が1回戦目で同じ枠になることは避けられているように感じられた。
遅い出番となったヴェラの家長、護民兵団大隊長のデヴィアス、宿場町の領民ダンロ、《赤き牙》のドーン――それに、南の民たるムラトスも、無事に1回戦目を突破する。ムラトスというのはジェノスに食材を運ぶ行商人で、この1年ですっかり屋台の常連客になっていた人物であった。
「あのムラトスってのは、去年の入賞者だったよな。また最後の8名まで勝ち残れるようだったら、祝福ついでに銅貨をかけてやるか」
のんびりと観戦しながら、アルダスはそのように言っていた。
そうして24試合にも及んだ1回戦目が終了し、2回戦目の開始である。
そこで最初に勝利をあげた友人は、ルド=ルウだ。2位の選手とは、かなりの大接戦であったようだが――もしかしたら、それはトトスの体力を慮ってセーブした結果なのかもしれなかった。
別の組に割り振られたシュミラル=リリンとレイリスも、それぞれ勝利する。ただし今回も、シュミラル=リリンは2位抜けだ。しかもこちらは3位の選手と鍔迫り合いであったので、全力を尽くした結果なのだろうと思われた。
「うーん。だけどやっぱりシュミラル=リリンも、騎手としては頭ひとつ抜けているように感じられるねぇ。トトスに無理をさせないように慮りつつ、冷静に勝負を運んでいるように見受けられるよ。もしあのトトスが駆け比べに向いているトトスだったなら、誰も相手にならないんじゃないのかな」
カミュア=ヨシュのそんな論評に、俺はひそかな誇らしさを噛みしめたものであった。
「でもあのトトスも、足取りは力強いよな。速く走るより、重い荷物を運ぶのが得意な部類ってことか」
「うんうん。東の生まれであるシュミラル=リリンが、出来の悪いトトスを買いつけることはないだろうからね。きっと、森辺で働くトトスに望ましい力を求めたのだろうさ」
やはりカミュア=ヨシュやザッシュマは、トトスについて造詣が深いようである。町から町へと渡り歩く《守護人》にとって、トトスというのは大事な相棒であるのだ。彼らこそ、こちらの大会に挑めばそれなり以上の結果を出せるのではないかと思われた。
「あ、またドッドの出番ですね」
と、カミュア=ヨシュたちとは反対の側に並んでいたモルン・ルティム=ドムが、明るい声音でそう言った。ボランティアで働いていた彼女も、ディック=ドムやレム=ドムやディガ=ドムも、もちろん全員で観戦に臨んでいたのだ。
ドッドと対戦することになったのは、傭兵のドーンと他2名である。
結果は、ドーンが1位でドッドが2位であった。ドーンは前回の入賞者であり、ドッドも最後の一戦で入賞を逃した実力であったのだ。
その後には、ヴェラの家長とデヴィアスの対戦も実現する。
そちらの結果も、デヴィアスが1位でヴェラの家長が2位であった。しかしヴェラの家長は昨年予選落ちであったので、見事な躍進ぶりであろう。
さらに、リーハイムやダンロやムラトスたちも勝ち残り、2回戦目も終了した。
これでようやく、残る選手は24名だ。栄えある入賞までは、あと2戦であった。
3回戦目は、全6試合となる。
そしてここからも、去年の入賞者が同じ組となるのは2名までであった。実力者が終盤まで勝ち残れば賭けも盛り上がるので、そこは配慮されているのだろう。
その1試合目に組み込まれたのは、ルド=ルウとムラトスだ。
1位はムラトス、2位はルド=ルウである。
そして次は、ついにシュミラル=リリンとリーハイムの直接対決となる。そちらはもうリーハイムの圧勝で、シュミラル=リリンはかろうじて2位であった。
さらには、ドッドとレイリス、ヴェラの家長とデヴィアスの対戦という組もあったが――どちらも去年の入賞者が1位で、森辺の狩人が2位という結果であった。
「ふむ……どうやらルド=ルウたち4名は、いずれもトトスの力を残すことに腐心しているようだな」
長らく無言であったアイ=ファが、そのようにつぶやいた。
「なるほど。みんな無理して1位は狙わずに、トトスの体力を温存してるわけか」
「うむ。2位でも勝ち残れるならば、何も無理をする必要はなかろうからな」
すると、こちらの会話が聞こえたらしいザッシュマがずいっと身を乗り出してきた。
「しかしトトスってのは、意外に融通がきかないもんだ。こういう駆け比べでは、人間に劣らず熱くなっちまうもんだからな。そいつを我慢させるのは、けっこう骨なはずだぜ?」
「そうか。しかし、森辺のトトスらを見る限り、無理にこらえている様子はない。ルド=ルウらも、きちんと心を通わせることができているのであろう」
アイ=ファはこの距離でも、トトスの調子を正しく見て取っているようである。
すると今度は、カミュア=ヨシュが細長い首をのばしてきた。
「それこそが、森辺の狩人の強みだろうねぇ。どんな結果になるのか、楽しみなところじゃないか」
「うむ。狩人の誇りには関わりのない勝負だが、血族らは誰もが勝利を願っているのであろうからな」
アイ=ファの言う通り、俺の視界に映る限りは、誰もが血族の勝利を祈っているように見えた。トゥール=ディンなどは期待と不安の渦巻く面持ちでリッドの女衆の手を取っていたし、ディガ=ドムなどは子供のように瞳を輝かせている。そしてアイ=ファにひっついたリミ=ルウは、しきりに「がんばれー!」と声をあげていた。
そうして3回戦目は終了し、ついに最初の入賞者が決められる4回戦目である。
参加選手は12名で、3回の勝負が行われる。ここで勝利した6名は自動的に入賞者となり、負けた6名で敗者決定戦が行われるわけであった。
ここからは、昨年の入賞者も3名以上が同じ組に割り振られる。さらにその場に、ドッドとヴェラの家長も割り振られるのだ。俺としては期待が高まるばかりであったし、客席も熱気のるつぼと化していた。
そんな中、最初の試合に選出されたのは――シュミラル=リリン、デヴィアス、ダンロ、そして見知らぬ東の民という顔ぶれであった。俺の知る限り、この大会に出場している東の民はその人物ひとりである。
「東の民はトトスの扱いに手馴れているから、こういう勝負は断然有利なのだよね。それでみんな遠慮して、出場を控えているようだけれど……あの御仁は、どうやら空気が読めなかったみたいだねぇ」
「ああ。シュミラル=リリンも東の生まれだが、その代わりにトトスのほうが駆け比べに向いてないからな。あの東の民のトトスは駆け比べが得意みたいだし、この勝負はちっとばっかり荒れそうだ」
カミュア=ヨシュやザッシュマは、そのように語らっていた。確かにこの東の民は、2回戦目あたりでムラトスにも勝利しているのである。その際には、南の民が東の民に敗北したということで、会場には小さからぬブーイングがあげられていたのだった。
(ってことは、あの東の民も入賞者に負けない実力だってことだもんな。これは本当に、正念場だ)
ただしシュミラル=リリンは昨年もこのあたりで敗退し、敗者復活戦から勝ち抜いて優勝を果たしたのである。それを思えば、俺も冷静に努めるべきであったが――どうしようもなく、心臓が騒いでしまっていた。
そうして試合は開始され、ロケットスタートを決めたのはデヴィアスであった。
豪快な人柄であるデヴィアスは、トトスの体力を温存させようという気もないのだろうか。まあ、彼のトトスはいわゆる「逃げ馬」のタイプであるようなので、これがもっとも勝率の高い戦法であるのかもしれなかった。
それを追いかける3組は、団子状態である。シュミラル=リリンは外側に逃げていたが、ダンロと東の民が横並びで壁になってしまい、内側に差すことも難しいようであった。
「ふむふむ。どうやらあの東の民は、シュミラル=リリンを警戒してあの位置を取っているようだね。シュミラル=リリンの進路をふさぎつつ、最後の最後で2位をもぎ取ろうという作戦なのだろう」
「ええ? そんなの、卑怯じゃないですか」
俺が思わず直情的な言葉を発してしまうと、カミュア=ヨシュは楽しそうに白い歯をこぼした。
「それを卑怯と呼ぶか利口と呼ぶかは、誰に思い入れを抱いているかで変わってくるのじゃないかな。まあ、アスタはシュミラル=リリンの友なのだから、思うぞんぶん卑怯よばわりすればいいと思うよ」
「あ、いえ、卑怯は言い過ぎでした。べつだんそれは、反則行為じゃありませんもんね」
俺が反省していると、横からアイ=ファに頭を小突かれてしまった。斯様にして、シュミラル=リリンが相手だとつい熱くなってしまう俺である。
眼下では、同じ調子のまま終盤に差し掛かってしまっている。それで先頭を走っていたデヴィアスは、悠々と1位を獲得することになった。
ダンロと東の民は接触しそうな勢いでデッドヒートを繰り広げており、シュミラル=リリンはじっと力を溜めているように見受けられる。
そうしてついに、シュミラル=リリンがふわりと前進しようとしたとき――東の民が、そちら側に進路をずらした。徹底して、シュミラル=リリンをマークしようというのだ。
すると、ダンロのトトスがぐいっと速度を上げた。
東の民のプレッシャーから逃れて、するりと風に乗ったような様相だ。
かくして、東の民はシュミラル=リリンの先行を封じてみせたのだが――その隙に、ダンロが2位を獲得したのだった。
リミ=ルウは「あーん!」と悲嘆の声をあげ、俺も内心でがっくりと肩を落とす。東の民に罪はなかろうが、どうも彼に勝負をひっかき回された感が否めなかった。カミュア=ヨシュは、そんな俺たちをなだめるように微笑んでいる。
「あのダンロという人物は、上手い具合に勝ちを拾ったね。まあ、そういう勝負運も重要だということさ」
これでデヴィアスとダンロは入賞が決定し、シュミラル=リリンと東の民は敗者復活戦送りであった。
そしてその前に、まずは本選の2試合目である。そちらでも、ドッド、リーハイム、ドーン、ムラトスという、強豪ぞろいの組み合わせになっていた。去年の入賞者の3名に、ドッドが加えられた格好だ。
この場でも、リーハイムは圧倒的な強さを見せる。
それに、ドーンのトトスの足取りも力強かった。ドーンは赤地に白のストライプという格好で、トトスもルウ家のジドゥラに負けないぐらい赤みがかった羽毛をしているようだ。
そのまま波乱は起きずに、勝利したのはリーハイムとドーンである。
血族たるドッドの敗北にトゥール=ディンはしょんぼりとうなだれ、ディガ=ドムがそれを励ますことになった。
「この後には、もうひと勝負できるって話なんだからさ。肩を落とす前に、しっかり応援してやろうぜ」
「はい……いちいち気弱な姿を見せてしまって、申し訳ありません」
「何も謝る必要はねえさ。トゥール=ディンがそんなに熱心にドッドの応援をしてくれて、俺も嬉しいよ」
ディガ=ドムが屈託なく笑いかけると、トゥール=ディンもいくぶん気恥ずかしそうに微笑み返した。
その間にも、次の勝負の宣告がされる。本選の第3試合は、ルド=ルウ、ヴェラの家長、レイリス、そして見知らぬ西の民の勝負である。カミュア=ヨシュいわく、こちらの西の民はそれなりの実績を持つ《守護人》であるようだった。
「ルドー! がんばれー! 祝宴では、おいしー料理をいーっぱい準備するからねー!」
このあとジェノス城の厨に向かう予定であるリミ=ルウは、そんな言葉で兄を応援している。また、シュミラル=リリンがひとまず敗退してしまったため、リミ=ルウ以外のルウの血族もルド=ルウに期待をかけている様子であった。
そうして開始された第3試合は――全員が横並びとなった、混戦模様である。わずかに有利であるのはルド=ルウとレイリスであったが、ヴェラの家長と《守護人》も一歩の差で懸命に追いすがっていた。
「これはさすがに、ルド=ルウも全力を尽くしているようだな」
アイ=ファの声も、真剣な響きを帯びている。ルド=ルウの乗るルウルウも、ヴェラの家長が乗る黄色みの強いトトスも、ギルルの大事な同胞であるのだ。
そうして最終コーナーを抜けると、いっそうルド=ルウとレイリスのトトスが前に出る。
しかし――そこでさらにルド=ルウが先行すると、レイリスのトトスががくんと失速した。そこに迫るのは、ヴェラの家長と《守護人》だ。
ルド=ルウは、堂々の1位でゴールする。
残る3組は、もつあれあいながらゴールした。
そうして、勝利を宣告されたのは――なんと、ヴェラの家長であった。
「わっ、ヴェラの家長が入賞しちゃったよ! これは快挙だな!」
「うむ。ダリ=サウティも、あちらで喜んでいることであろう」
ヴェラの家長は、たびたびファの家に滞在させていたお相手である。トトスの駆け比べに関心の薄いアイ=ファも、ひどく満足そうな眼差しになっていた。
これにて、6名の入賞者が決定される。デヴィアスとダンロ、リーハイムとドーン、ルド=ルウとヴェラの家長――ヴェラの家長を除けば、全員が昨年の入賞者であった。
そして、敗者復活戦に挑むのは、シュミラル=リリン、ドッド、レイリス、ムラトス、東の民、《守護人》という顔ぶれだ。
こちらは3名ずつ勝負することが告知され――最初の勝負に選ばれたのは、ドッド、ムラトス、東の民という面々であった。
「シュミラル=リリンとは当たらずに済んだようね。でも、ムラトスというのは昨年の勇者だそうだし、あの東の民は少し前にムラトスに勝っていたから、ドッドの不利は否めないでしょうね」
そんな風に語りながら、レム=ドムはトゥール=ディンの手をぎゅっと握りしめた。かくもトゥール=ディンは、さまざまな相手から親愛を寄せられているのである。
そうして勝負が開始されると――こちらもまた、大接戦であった。3組は完全に横並びとなって、どれだけ駆けても差が生まれなかったのだ。
この場で勝ち残れるのは1名のみであるし、勝った瞬間に入賞が決定される。それで誰もが、最初から全力でトトスを駆けさせているように見えた。あるいは、ドッドとムラトスがそういう戦法であったため、東の民も力勝負につきあわざるを得なくなったのかもしれなかった。
ともあれ、最終コーナーを回っても、様相はまったく変わらない。
観客たちは、これまで以上の歓声を振り絞っていた。
俺の目には、本当に全員がぴったり横並びであるように見えてしまう。そうして3組は、そのまま一気にゴールラインを踏み越えて――勝利者コールを受けたのは、ドッドに他ならなかった。
奥ゆかしい気性をしたトゥール=ディンの代わりに、リミ=ルウが「やったー!」と快哉の声をあげる。トゥール=ディンは目頭を押さえており、レム=ドムとモルン・ルティム=ドムが左右からそれをなだめていた。ディガ=ドムは満面の笑みであるし、ディック=ドムも無表情だったが、きっと頭骨の下ではあの穏やかな眼差しを浮かべているのだろうと思われた。
客席にも、怒涛の歓声が巻き起こっている。ただそこには、ドッドばかりでなくムラトスへの歓声も入り混じっていたのだろうか。勝利したのはドッドであったが、2位を宣告されたのはムラトスであったのだ。惜しくも入賞は逃したものの、ひとたび敗北した東の民にはリベンジを果たすことがかなったわけである。先刻ブーイングをあげていたジャガルの面々も、これで胸を撫でおろせたことだろう。
そうして敗者復活戦の2試合目は、シュミラル=リリン、レイリス、《守護人》の対戦である。
こちらでは、レイリスと《守護人》が激しいデッドヒートを繰り広げることになったが――それを背後から見守っていたシュミラル=リリンが、最後の最後でふわりとゴールラインを切った。これこそが、シュミラル=リリンの本領である。はしゃぐリミ=ルウのかたわらで、俺も大きく安堵の息をつかせていただいた。
「けっきょくこれで、森辺の狩人たる4名が全員入賞を果たしたわけだ。まったくもって、これは快挙だねぇ」
カミュア=ヨシュはチェシャ猫のように笑い、アラウトは白い頬を火照らせていた。やはりアラウトとしては、ドッドの入賞が何より喜ばしかったようだ。
そうしてついに、8名の入賞者によって優勝を競う、準決勝戦の開始である。
その第1試合は――シュミラル=リリン、ヴェラの家長、リーハイム、デヴィアスという組み合わせであった。
ここまで来たならば、誰もが強敵だ。俺はもう森辺の4名全員が入賞したことで胸がいっぱいであったので、なるべく血圧をあげずにそれを見守ることにした。
ここで1位を獲得したのは、当然のようにリーハイムである。
デヴィアスもロケットスタートを決めてみせたが、半周した頃にはリーハイムに追い抜かれ、そしてヴェラの家長に追いつかれることになった。そうしてそちらの両者が競り合っている間に、シュミラル=リリンがそっと忍び寄り――2位となったのは、シュミラル=リリンであった。
やはりシュミラル=リリンとリーハイムというのは、実力が飛びぬけているのだろう。それでもシュミラル=リリンはひとたび敗退し、敗者復活戦から決勝戦まで勝ちのぼるというのも、昨年と同じ構図であった。
さらに第2試合では、ルド=ルウ、ドッド、ドーン、ダンロの勝負が行われる。
こちらでは、ルド=ルウとドーンの力が頭ひとつ抜けていた。敗者復活戦でひとつ余分に勝負をしたドッドはトトスの余力がなくなってしまったようで、ダンロにも敗北して最下位である。しかし入賞したことに変わりはないので、トゥール=ディンたちが消沈することはなかった。
こうして決勝戦に進む4名が決定されたわけだが――その前に、まずは5位以下の順位を決める一戦である。入賞者は、その順位によって褒賞の額も変わってくるのだ。そちらに出場するのは、ドッド、ヴェラの家長、デヴィアス、ダンロという顔ぶれであった。
ここまで勝負を重ねると、トトスにはずいんな疲労が溜まっていることだろう。それに、終盤になるにつれてインターバルが短くなるので、なおさらだ。
しかし、そんな中でもデヴィアスのトトスだけは、元気いっぱいにスタートを切った。どうやらこちらのトトスは、持久力にも秀でているようだ。
それを追いかけるドッドやヴェラの家長は、どこかトトスの調子をいたわっているように感じられる。それでも最後までペースを崩さず、最終的にはダンロを追い抜いて――1位のデヴィアスに続き、ドッド、ヴェラの家長、ダンロという順位であった。
これでいよいよ、決勝戦である。
シュミラル=リリン、ルド=ルウ、リーハイム、ドーン――昨年の決勝戦から、デヴィアスがドーンに入れ替わった格好だ。2年連続でここまでくらいつくルド=ルウも、本当に大したものであった。
「みんな、がんばれー! トトスにケガをさせないようにねー!」
リミ=ルウはぴょんぴょんと跳ねながら、そんな声をあげていた。
客席の歓声と熱気も、最高潮だ。
そうして試合が開始されると――人々の熱気にあおられたように、ドーンがロケットスタートを決めた。
先刻のデヴィアスを思わせるスタートだが、さらにそれよりも勢いが感じられる。リーハイムもなかなか距離を詰められなかったため、客席には困惑や憤慨を押しひそめたどよめきが広がった。
「この面子だと、たぶんドーンに賭ける人間はなかなかいないだろうからな。これでドーンが優勝したら、どえらい騒ぎになっちまいそうだ」
ザッシュマは楽しげに笑いながら、そのように言っていた。
リーハイムはじわじわと距離を詰め始めたが、まだ先頭は大差でドーンだ。なおかつ、シュミラル=リリンばかりでなく、ルド=ルウも最後尾から先行する両名を見守っていた。
「なんとなく……リーハイムはシュミラル=リリンを警戒して、力を溜めているように感じられるな」
アイ=ファのそんなつぶやきが、大歓声の向こう側からうっすらと聞こえてくる。
そうして最終コーナーに差し掛かると、ようやくリーハイムのトトスが猛然たる追い足を見せた。
それに引っ張られるようにして、シュミラル=リリンとルド=ルウのトトスも追いすがる。しかしドーンが大きく先行しているため、ここからはひたすら余力を振り絞ってゴールを目指すしかないようであった。
ドーンのトトスは、ようやく勢いが減じてきたようである。
そこにリーハイムが弾丸のごとき勢いで肉迫し、シュミラル=リリンとルド=ルウが追従する。それで最後には、4組が横並びになってしまった。
もはや知恵を絞る余地はない。それぞれのトトスがどれだけの余力を残しているかだ。
俺はけっきょく手に汗を握って、4組が横並びでゴールする姿を見届けることになった。
「……これはいささか、シュミラル=リリンにとって厳しい勝負になったようだな。前を駆ける者たちが入り乱れない限り、シュミラル=リリンがそれを出し抜くことは難しいのだ」
そんな風に言いながら、アイ=ファがじっと俺のことを見つめてきた。
もしかしたら――アイ=ファはすでに、勝敗を見極めていたのだろうか。普通の視力ではとうていそんな真似もかなわないので、客席は触れ係の告知を待つために半ば静まりかえっていたのだ。
「……ただいまの勝負! 第1位は、リーハイム殿です!」
やがて触れ係の声がそのように告げると、客席には歓呼の雄叫びと落胆の声が吹き荒れた。
第2位はシュミラル=リリン、第3位はルド=ルウ、最下位はロケットスタートを決めたドーンである。俺は大きく息をついてから、アイ=ファに笑いかけてみせた。
「シュミラル=リリンやルド=ルウが優勝できなかったのは残念だけど、俺もそこまで落ち込んではいないよ。心配してくれて、ありがとうな」
「ふん。これで涙などこぼしていたら、さすがに叱りつけていたところだぞ」
厳粛な面持ちで、優しい眼差しになりながら、アイ=ファはそんな風に言っていた。
俺はもちろん、本心を語っているつもりである。残念なことは残念だが、シュミラル=リリンやルド=ルウは特別な修練を積むこともなく、ここまで勝ち進むことができたのだ。それに、ドッドやヴェラの家長も入賞できたのだから、これ以上の結果を望むのは強欲に過ぎるというものであろう。
それに俺は昨年よりも、リーハイムと交流を深めていた。彼が昨年の敗北をどれだけ悔しがり、どれだけシュミラル=リリンとの再戦を望んでいたか――そんな姿も、この目で見届けていたのだ。ぶんぶんと腕を振り回しながらウイニングランに励んでいる現在の姿も、微笑ましく思えてならなかった。
夜の祝宴に参じたら、入賞した8名に心からお祝いの言葉を届けよう。
俺はそんな風に考えながら、清々しい気持ちで闘技場を後にすることになったのだった。




