中天の日②~きっと見果てぬ地でも~
2023.2/1 更新分 1/1
日中の騒ぎをチル=リムたちとともに楽しんだ俺たちは、いったん森辺に戻ったのち、商売の準備を整えて、また宿場町へと舞い戻ることになった。
時刻は、下りの四の刻の半。四半刻をかけて宿場町に向かい、もう四半刻をかけて屋台の準備をして、下りの五の刻きっかりに商売をスタートさせる計算である。『暁の日』には四半刻ばかりも予定を前倒しさせることになったが、今回はそのとき以上の料理を準備する都合もあって、予定通りの進行になっていた。
目標は、二刻という営業時間をフルに使いつつ、すべての料理をおおよそ同時刻に売り切ることとなる。それに合わせて各料理の量も調節していたので、何か不測の事態でも発生しない限りは達成できるはずであった。
ファの家はまたサリス・ラン=フォウたちフォウの家人に留守を預けて、アイ=ファがギルルの手綱を握る。アイ=ファは『暁の日』以来、4日ぶりの宿場町だ。
「そういえば、サリス・ラン=フォウはまだ1回も宿場町に下りてないんだよな。森辺でも、そういう人はいなくもないんだろうけど……サリス・ラン=フォウは、どうするつもりなんだろう?」
「サリス・ラン=フォウは、アイム=フォウを置いて宿場町に下りるのが忍びないそうだ。このたびは宿場町もこれまで以上の賑わいであるため、フォウでも幼子を連れて出向くことを禁じたそうだからな」
「ああ、そうだったのか。サリス・ラン=フォウも去年の復活祭は宿場町に下りてたのに、残念だな」
「うむ。しかし、サリス・ラン=フォウはどちらかというと、森辺の外に興味の薄い人間であろうと思う。だからこそ、アイム=フォウを置いてまで出向こうという気持ちにはなれなかったのであろう」
ギルルの手綱を操りながら、アイ=ファは穏やかな声でそう言った。
「おそらくは、シーラ=ルウやヴィナ・ルウ=リリンと同じような心情であるのだろう。いずれアイム=フォウとともに出向ける日が楽しみだと語っていたぞ」
「そっか。俺たちも、その日が楽しみだな」
アイ=ファは真っ直ぐ前を向いたまま、「うむ」という言葉に真情を込めているようであった。やはりアイ=ファとしても、大切な友人とともに復活祭の喜びを分かち合いたいという気持ちが強いのだろう。
ただアイ=ファは、祝日の日中に家に留まることで、そういった喜びをサリス・ラン=フォウたちと分かち合っているはずであった。『暁の日』も本日も、サリス・ラン=フォウは留守番の必要がない時間にもファの家に留まっていたのだ。そうしてアイ=ファは『暁の日』の夜に検分した宿場町の賑わいを、余すところなくサリス・ラン=フォウたちに語って聞かせていたようであったのだった。
きっと他の家でも、同じような光景があちこちで繰り広げられているに違いない。シーラ=ルウ、ヴィナ・ルウ=リリン、サティ・レイ=ルウ、アマ・ミン=ルティム、ウル・レイ=リリン、ラウ=レイの3名の姉たち――俺が知る限りでも、そういった人々は1度として宿場町に下りていないようであったのだ。
ウル・レイ=リリンは昨年の復活祭で宿場町に下りていたように記憶しているが、本年は幼き長姉のために差し控えているのだろうか。そういえば、そちらの長姉もアイム=フォウと同い年ぐらいであったのだ。なまじ3歳ぐらいに育つと世間の道理が身についてくるため、留守番を申しつけられる物寂しさが強まってしまうのかもしれなかった。
また、壮年の男女でも森辺に留まっている人間は少なくない。ドンダ=ルウやグラフ=ザザ、ミーア・レイ母さんやティト・ミン婆さん、ジーンの家長やディンの家長、それにラー=ルティムもそこに含まれる。そういった人々は、若い人間に出番を譲っているのだろうと思われた。
しかしまた、そういった人々も家に居残りつつ、家人の土産話で復活祭の喜びを共有しているのだろう。ルウやルティムやリリンの家であれば、そういう光景を簡単に想像することができたし――俺の想像が及ばない場所でも、きっとそれは同様のはずであった。
「……アスタは何か、気がかりなことでもあるのでしょうか?」
と、同じ荷車で揺られていたユン=スドラが不思議そうに問うてくる。
物思いから覚めた俺は、「いや」と笑ってみせた。
「何でもないよ。今日も最後まで頑張ろう」
そうして俺たちは、その日の商売に臨むことになった。
宿場町の賑わいは、もう大変なものである。これもまた、『暁の日』の夜を凌駕する勢いだ。ただ人出が増したというだけでなく、日が進むにつれて熱狂の度合いが高まっているように感じられた。
屋台を開店したならば、怒涛の勢いでお客が押し寄せてくる。俺の相方であったクルア=スンも、その勢いに心から驚嘆している様子であった。
「本当に、『暁の日』を越える賑わいであるのですね。まさかこれほどとは想像していませんでした」
フォウやランの新人女衆と同様に、彼女も復活祭の夜の営業で屋台を受け持つのは初体験であったのだ。しかしクルア=スンももう1年近くのキャリアを積んでいたし、邪神教団の騒乱を乗り越えてからは格段に沈着さを増していたため、まったく心を乱している様子はなかった。
半刻ばかりも経過すると、すみやかに最初の鍋の料理が尽きる。それで俺たちが鍋を入れ替えていると、次の順番であったお客が「なんだ」と不平の声をあげた。
「料理が尽きてしまったのか。悪い頃合いに居合わせてしまったものだな」
それは、小ぶりの鍋を抱えたディアとチル=リムであった。
「やあ。今日はちょっと、遅い登場だったね。最初の鍋は半刻ぐらいで尽きてしまうから、よかったら今後の参考にしておくれよ」
「しかし、他の連中が腰を上げないことには、ディアたちも動きが取れんのだ。あやつらは、根っから無精であるのだろうな」
ディアが軽口を叩くと、チル=リムは襟巻きの向こう側でくすりと笑う。俺も歓談にいそしみたいところであったが、今は他の屋台を見回らなくてはならなかった。
「俺はちょっと席を外すから、その間はクルア=スンと語らっておくれよ。よろしくね、クルア=スン」
クルア=スンは銀灰色の目を細めて、「はい」とうなずく。邪神教団の騒乱をきっかけにして星見の力が強まってしまった彼女は、チル=リムの行く末を大きく気にかけていたひとりであったのだ。チル=リムもまた、まぶしいものでも見るようにクルア=スンの姿を見上げていた。
「このような場では、あまり立ち入ったお話もできませんが……どうぞよろしくお願いいたします、チル」
「は、はい。いつかあなたとも、ゆっくり語らせていただきたく思います」
そんなやりとりを耳におさめてから、俺は自分の仕事を果たすことにした。
しかし、いずれの屋台でも問題は起きていない。誰もが強い意欲をあらわにしながら、自らの役目を果たしてくれていた。青空食堂のほうまでは見回れなかったが、遠目でもはっきりわかるぐらいの賑わいだ。
「ふふん。いっそ荒事が起きないのが不思議なほどの賑わいであるようだな。誰もが幼子のようにはしゃいでいるようだ」
そんな感慨をこぼしていたのは、屋台の裏で警護の役を受け持っていたダナの若き家長である。そう言う彼も、早くその賑わいに身を投じたいと願っているように思えてならなかった。
「ただいま。そろそろ鍋は温まったかな?」
「ええ。そろそろ頃合いであるかと思います」
持ち場に戻った俺は、レードルと小皿で煮汁の温度を確かめる。本日は、マロマロのチット漬けを主体にしたピリ辛の煮込み料理であった。
「うん、ちょうどいいみたいだね。チル、ディア、お待たせしました。何人前をご所望かな?」
「それでは、15人前をお願いします」
「へえ。普段よりも、多めみたいだね」
「はい。ちょっと人手が足りないために、今日は3種の料理で晩餐を済ませることになったのです。……またニーヤが行方をくらましてしまったので、ピノやロロが探しに行っているのですよね」
「ありゃ、それは大変だね」
「いえ。ピノたちであれば、こちらの料理が冷める前に戻ってきてくれるかと思います」
そんな何気ないやりとりでも、チル=リムがすっかり《ギャムレイの一座》の一員として溶け込んでいるように感じられて、俺は胸が温かくなってしまった。
そうしてチル=リムたちが立ち去っても、次から次へとお客が押し寄せてくる。
建築屋の一行に、ドーラ家の子供たち、ベンやカーゴ、デルスやワッズ――誰もがこの夜の賑わいを大いに楽しんでいるようである。商売中はなかなかゆっくり語らう時間も取れないが、彼らの笑顔と熱気が俺にいっそうの活力を与えてくれた。
そんな中、喧噪のるつぼであった往来にさらなる騒がしさがたちこめる。いったい何事かと思っていると、やがて思いも寄らぬ人物が屋台の前に現れた。
「おお、これは確かにジェノス城で見た顔だ! 息災なようで何よりだな、森辺の料理人よ!」
真っ赤な髪をたてがみのようになびかせて、古傷だらけの顔に勇猛な笑みをたたえた大男――しかもその身は、赤地に白い水玉模様の装束と、ぼわぼわとしたフリルの襟巻きに包まれている。それは傭兵団《赤き牙》の団長ドーンに他ならなかった。
「ど、どうもおひさしぶりです。今年もジェノスにいらしたのですね」
「うむ! しかし到着が遅れてしまったので、城門をくぐることがかなわなかったのだ! ならば、噂に名高いこちらのギバ料理で腹を満たそうかと思ってな!」
この御仁とは昨年のトトスの早駆け大会と今年の闘技会の祝宴で、立て続けに顔をあわせている。およそ1年ぶりの再会であったが、しかしその個性的な風貌を見忘れるわけがなかった。
そんなドーンの周囲には、同じく勇猛そうな面がまえをした男どもが群れ集っている。これが傭兵団の仲間たちであるのだろう。ドーンほど素っ頓狂な身なりをした人間はいなかったが、誰もがその身に赤い襟巻きや布切れなどを巻きつけているようであった。
「おぬしの名前は、たしかアスタであったな! 森辺の料理人アスタの名は、ジェノスに到着するまでの間でもさんざん聞かされることになったぞ! なんでも、ジャガルの王子が開いた試食会なるもので優勝を果たしたそうではないか! まったく、大した躍進であるな!」
「ど、どうも恐縮です」
「ふむ! こちらの料理は、燃えるような色合いをしているな! 実に俺好みの色合いだ! とりあえず、10人前ほどいただくか! いやいや、皿なんぞは必要ないぞ! 俺たちは、いくさ場にだって鉄鍋を持ち歩いているのだからな! こいつに料理を取り分けていただこう!」
そうして料理を手にした傭兵団の一行は、それこそ吹き荒れる炎のような騒がしさで青空食堂のほうに引っ込んでいった。
俺がひと息ついていると、今度は笑いを含んだ声で「よう」と呼びかけられる。
「あのお人も、すっかり浮かれきってるみたいだな。挨拶でもしようかと思ったのに、声をかける隙もなかったよ」
それは宿場町の若衆たる、ダンロであった。彼もトトスの早駆け大会で入賞して、ドーンと知遇を得ていたのだ。
「ああ、どうもいらっしゃいませ。本当に、城下町でお会いしたときよりも楽しそうなご様子でしたね」
「まあ、城下町でも祝宴のさなかはずっとあんな調子だったけどな。さすがの俺でも、腰が引けちまうぜ」
そんな言葉とは裏腹に、ダンロはふてぶてしい笑顔だ。彼は不良少年の一派のリーダー的存在でもあるのだった。
「挨拶は、次の機会にしておこう。うまくいけば、また城下町で会えるかもしれねえしな」
「ええ。もうすぐトトスの早駆け大会ですもんね。俺はまた大した理由もなく祝賀会に招待されてしまいましたので、ダンロとそちらでお会いできるように応援しています」
「ふふん。もちろん本命は、森辺のお仲間さんたちなんだろうけどな。とにかく、その日を楽しみにしてるよ」
ダンロも同行していた仲間たちとともに料理を買い求め、青空食堂のほうに消えていく。それからすぐに二杯目の鍋が尽きたため、再びの温めタイムであった。
「……本当に、ドーンというのは無法者さながらの騒がしさであったな。警護役の狩人たちも、さぞかし気を張っていることであろう」
珍しくも、アイ=ファのほうからそのように語りかけてきた。
その言葉に、俺は古い記憶を呼び起こされる。
「ああ、ただの無法者だったら、森辺の狩人も気を張ったりしなそうだけど……ドーンや傭兵のお人らってのは、独特の迫力があるみたいだもんな」
「うむ。あやつらは、人を斬り捨てるのが生業であるのであろうからな」
古くは王都の兵士たるダグやイフィウスの登場から取り沙汰されるようになった、職業軍人ならではの殺気というやつである。マヒュドラやゼラド大公国との戦争に関わっているそういう人々は、ジェノスの兵士たちとは種類の異なる気配を纏っているという話であったのだった。
「だけどまあ、ドーンも森辺の民には好意的みたいだからな。何も心配はいらないと思うよ」
「それだけで心を安らがせるほど、ゲオル=ザザたちも迂闊ではあるまい。ただし、いざ荒事となっても後れを取ることはなかろうから、そういう意味では心配もいるまいな」
ということで、俺とアイ=ファはそれぞれ異なる観点から懸念を打ち払うことになった。
何にせよ、俺としてはまたジェノスの吸引力というやつを再確認させられた気分である。ドーンたちもまた、『暁の日』に間に合わなくともジェノスにおもむこうという気持ちであったのだ。ジェノスにそれだけの魅力があるというのは、領民の端くれとしても誇らしい限りであった。
その後も、屋台の賑わいに変わりはない。身分や立場の区別なく、さまざまな人々が屋台にやってきてくれた。唯一欠けているのは、せいぜい城下町の住人ぐらいであろう。ここ最近で俺が目にした貴族といえば、バナーム侯爵家のアラウトぐらいのものであった。
そのアラウトも、もちろんカミュア=ヨシュらをともなって来訪してくれた。彼らとは毎日顔をあわせているので、日を重ねるごとに親交が深まり、俺も喜ばしい限りであった。
さらに本日は、森辺の同胞も多数姿を見せている。その中で印象的であったのは、ディック=ドムとモルン・ルティム=ドムの若き夫妻であった。
「やあ、モルン・ルティム=ドムはひさしぶりだね」
「はい。日中にもお邪魔していたのですけれど、アスタにはご挨拶をする機会がありませんでしたね」
モルン・ルティム=ドムは、丸いお顔でにこにこと笑っている。彼女は昨日まで家長の伴侶として家の仕事を取り仕切っていたが、今日から復活祭の終わりまではルティムの集落で過ごすのだそうだ。
そして家長夫妻のもとには、レム=ドム、ディガ=ドム、ドッドの3名も控えている。モルン・ルティム=ドムを除く狩人の面々は、明日からまた護衛役の仕事を受け持ってくれるのだ。
「あ、ドッド。つい先刻、傭兵団のドーンというお人がいらっしゃいましたよ。ドッドも闘技場でお目にかかったんじゃないですか?」
「ドーン? ……ああ、あの派手な見てくれをした男のことか。そうだな。あいつは珍妙ななりをしているだけでなく、トトスの手綱さばきもずいぶん巧みであったようなので、俺もしっかり見覚えているぞ」
すると、レム=ドムが鋭く目を光らせながら身を乗り出してきた。
「アスタ。そのドーンという男は、闘技会のほうでも勲章を授かっていたという話じゃなかったかしら?」
「うん。去年も今年も入賞したんじゃないかな。剣技もトトスの手綱さばきも、傭兵として修練を積んだんだろうね」
「……その男も、森辺の狩人に匹敵する力量なのかしら?」
「うーん、どうだろう。たしか今年の闘技会では、森辺の狩人と対戦する前に敗退したんじゃなかったかな。去年は……シン=ルウあたりに負けたんだっけなぁ。ちょっと俺も、覚えてないや」
「そう。できれば姿だけでも拝んでおきたかったところだわ」
相変わらず、レム=ドムは手練れの相手に関心が強いようである。ディック=ドムはそんな妹の姿を一瞥してから、銅貨を差し出してきた。
「長話をしては、迷惑となろう。これで人数分の料理をもらいたい」
「ありがとうございます。ディック=ドムたちも、今夜は心置きなく復活祭をお楽しみください」
そんな調子で、その夜も順調に商売は続けられていき――ついに最後の鍋に差し掛かったところで、青空食堂から3名ずつの男女の一団がやってきた。
「それではこれより、屋台の前に控えますね。料理の残りが50食分になったら、お声をかけてください」
そんな言葉を残して、その一団は屋台の表側に回り込んでいく。料理の残数が50食分にまで達したら、彼女たちがそれを記した看板を屋台の屋根に掲げてくれるのだ。その後は、10食分が消費されるごとに看板を置きかえていくことになる。煮物や汁物の料理は売りさばくスピードも速いので、ひとりで3台の屋台を受け持つ彼女たちはなかなかの慌ただしさであるはずであったが、すでに日中の屋台でも経験を重ねているため、まったく臆する様子を見せることもなかった。
そちらの作業が開始されると、たちまち行列が長くのびていく。目当ての料理を食べ逃してなるものかと、お客たちが躍起になってしまうのだ。これは言わば、屋台の閉店が近いことを知らせる合図でもあったのだった。
俺の屋台もどんどんカウントが進んでいき、それにつれて行列は短くなっていく。料理の残数が20食分に至れば、もう目視で行列の人数を確認することも容易かったので、おおよそのお客は潔く身を引いてくれた。
そうして残り10食分に至ったならば、『残りわずか』という看板が掲げられる。これは、ミケルに教えていただいた文字だ。宿場町の識字率というのはあまり定かではなかったが、十分に意味は伝わっているようであった。
それで最初に売り切れとなったのは――俺とクルア=スンが受け持っていた煮込み料理の屋台である。
『売り切れ』の看板を掲げてもらったのち、俺はほっと息をついているクルア=スンのほうを振り返った。
「クルア=スン、お疲れ様。クルア=スンのおかげで、俺たちが真っ先に店じまいすることになったね」
「え? わたしのおかげとは、どういう意味でしょう?」
「マイムの料理なんかは大人気だから真っ先に売り切れることが多いけど、それより何より重要なのは、屋台で働く人間の手際なんだよね。どんなに人気があったって、売りさばく手が追いつかなければ、料理は減っていかないからさ」
「はあ……」
「それで今日は最初の鍋が尽きるのも、俺たちの屋台が一番早かったんだよ。つまりそれだけ、クルア=スンの手際がよかったってことだね」
「で、ですが、わたしとアスタは鍋をかえるごとに役割を交代していましたよね? それでしたら、何もわたしひとりの功績というわけでは……」
「うん。俺とクルア=スン、ふたりの功績さ。別に手際のよさを競ってるわけじゃないけど、これは誇らしい気分だね」
そうして俺が笑顔を届けると、クルア=スンは気恥ずかしそうに目を伏せてしまった。どんどん大人びていくクルア=スンだが、まだまだ年齢相応のあどけなさも強く残しているのだ。
それから俺たちが鍋や火鉢を片付けていると、他の屋台も続々と閉まっていく。料理の数を調整しても、やはり煮物や汁物のほうが先に売り切れる傾向にあるようであった。
だが、タイムラグはせいぜい5分ていどだ。《キミュスの尻尾亭》が最後の一杯を供したところで、本日の商売も無事に終了であった。
「みなさん、お疲れ様でした。あとは事前に班分けした通りに、片付けの仕事をお願いします」
半数の人間は屋台を宿屋に返却し、残る半数は青空食堂の締め作業である。すべてのお客が立ち去るのを見届けて、洗った食器を荷台に片付けるまでが、俺たちの仕事であったのだった。
しかしやっぱり、気持ち的にはすべての料理を売り切ったところで仕事は果たされている。二刻に及ぶ過酷な仕事をやりとげて、誰もが充足した面持ちになっていた。
俺は取り仕切り役の責任として締め作業のほうを受け持っていたが、そこで熱気の余韻にひたるのも大きな楽しみのひとつであった。青空食堂から少しずつお客が減っていき、女衆らが和やかな面持ちで皿洗いをしている姿を見ていると、じんわりとした幸福感がたちのぼってくるのだ。
まだまだ往来は大変な騒ぎであるし、そもそも復活祭もようやく折り返し地点を過ぎたところであるのだが、何となく祭の後の侘しさまでもが入り混じっているように感じられる。その侘しさまでもが、俺には心地好かった。
この世に、終わらない祭などは存在しない。祭というのは非日常の存在であるからこそ、こうまで人の気持ちを浮き立たせるのである。そして祭というものは、その前日の昂りや後日の侘しさまでひっくるめて、楽しいものであるはずであった。
(まあ俺は、毎日がお祭りかっていうぐらい楽しい日々を送ってるけど……やっぱり復活祭っていうのは、格別だよな)
それにまた、俺は森辺の祝宴をこよなく愛している。あれほどの熱気が渦巻くのは、やはり森辺ならではのことであるのだ。たとえ復活祭で賑わう宿場町でも、あの業火のごとき熱気までは望むべくもなかった。
だが、森辺の祝宴と宿場町の復活祭では、規模がまったく違っている。森辺の祝宴では百数十名が限界であるが、宿場町では数千から万に届こうかという人々が思いをひとつにしているのだった。
俺の目が及ばない場所でも、人々は復活祭の喜びに身をひたしている。屋台の並んだ主街道ばかりでなく、あちこちに存在する広場や、宿屋や、居住区域や――それどころか、石塀に囲まれた城下町や、ダレイムやトゥランでも同じ喜びでわきかえっているはずであった。
(いや……それを言ったら、復活祭っていうのは四大王国のすべてで祝われてるはずなんだよな)
この大陸アムスホルンに住まう人々の過半数が、今は太陽神に祝福を捧げているのである。それは俺の故郷における年末年始も同じような話であるのかもしれなかったが――俺が故郷で、そんな話をこれほど生々しく体感することは決してありえなかったのだった。
「……何を呆けているのだ、アスタよ?」
と、影のように控えていたアイ=ファが、静かな声で呼びかけてくる。
俺がそちらを振り返ると、そこにはとても優しい眼差しが待ち受けていた。
「ずいぶん満足げな面持ちであるので、心配はなかろうと思うが……外で見せるには、いささか無防備な姿であるように思うぞ」
「うん、ごめん。思わず幸せ気分にひたっちゃったよ」
俺が笑うと、アイ=ファもやわらかく微笑んでくれた。
しかしまだまだ、復活祭は半ばであるのだ。どれだけ幸福な心地であろうとも、俺もそうまで安穏とはしていられなかった。
復活祭は、残り5日。俺は幸福な心地を噛みしめつつ、最後まで気を抜かずに力を尽くす所存であった。




