暁の日⑥~屋台巡り~
2023.1/14 更新分 1/1
何とか無事に屋台の営業を終えた俺たちは、あらためて宿場町の賑わいに身を投じることになった。
屋台を返すついででトトスと荷車を《キミュスの尻尾亭》で預かってもらい、おのおのグループを組んで往来に散っていく。それぞれ個別に帰還できるように、同じグループになるのは同じ荷車に乗る人間だ。
俺と同じグループになったのは、アイ=ファ、ユン=スドラ、ライエルファム=スドラ、トゥール=ディン、ゼイ=ディンという顔ぶれとなる。ここからは完全にプライベートとなるため、ザザの血族も護衛役の仕事から解放されるのだ。あとは彼らも思うぞんぶん、町の賑わいを楽しんでほしかった。
「でも、トゥール=ディンは本当によかったのかい? ゲオル=ザザやスフィラ=ザザも、トゥール=ディンと一緒に行動したかったんじゃないのかな?」
「あ、いえ。ザザのおふたりとは、昼間もご一緒しましたし……宿屋の屋台におうかがいするなら、アスタたちのご感想をうかがいたいなと思っていましたので」
トゥール=ディンがもじもじしながらそう言うと、ゼイ=ディンも穏やかな面持ちで発言した。
「それにそちらの両名は、昨晩も同じ家で過ごしたからな。最近はトゥールもアスタと行動をともにする機会が減っていたので、それを物寂しく思っていたようであるのだ」
「そ、そんな話はしなくていいってば!」と、トゥール=ディンは顔を赤くして父親の腕を引っ張る。昼間にもチル=リムやディアと同じようなやりとりをした俺は、胸が温かくなるばかりであった。
そんな俺たちのかたわらには、アラウト、サイ、カミュア=ヨシュ、ザッシュマの4名も控えている。屋台村で腹を満たしたのちは、彼らとともに《ギャムレイの一座》の天幕へとおもむくのだ。ドーラ家の兄妹は、少し離れた場所でルウ家のグループと合流していた。
「それじゃあ、移動しましょうか。アラウトたちはもう食事を終えているのに、わざわざ申し訳ありません」
「いえ。行動をともにしたいと願い出たのはこちらなのですから、どうぞお気になさらないでください」
そうして俺たちは《キミュスの尻尾亭》を起点として、再び露店区域を目指すことにした。これまでずっと荷台でくつろいでいた黒猫のサチも、俺が抱える抱き袋に収まって出発だ。
日没から一刻以上の時間が過ぎて、往来はいよいよ賑わっている。祝日の夜などは、朝まで騒ぐ人間も少なくないという話であるのだ。娯楽の少ないこの世界において、これは1年で最大のお祭りであったのだった。
「ただ、王都や他の領地なんかでは、他にも小神祭というものを開いているようなのですよね。それでジェノスでも、冥神の鎮魂祭というものを開くことになったわけですが……バナームでは、復活祭の他にも小神祭を行っているのですか?」
「いえ。祝祭と呼べるのは、太陽神の復活祭のみとなります。ただし、他なる小神を祀る儀式も欠かさず執り行っていますね」
喧噪に満ちみちた街道を進みながら、アラウトはそんな風に説明してくれた。
「銀の月には星辰の儀、赤の月には火輪の儀、黄の月には華燭の儀といった具合に、それぞれの小神が司る月に聖堂などで儀式を行います。ただし、それらに参席するのは一部の貴族のみですので……市井にまで広まっているのは、豊穣の儀や鎮魂の儀ぐらいなのだろうと思われます」
「うんうん。ジェノスにおいては、それらの儀式もずいぶん廃れてしまっているようです。それが古都たるバナームと新興領地たるジェノスの差なのでしょうね」
と、カミュア=ヨシュが陽気に口をはさんでくる。
「それにおそらく、当時のジェノス侯爵家――いや、当時はジェノス伯爵家でありますね。とにかくそれらの人々は、王都を追い出されたという思いが強くて、古きよりの習わしを軽んじる気風になってしまったのやもしれません。王とはすなわち神の代理人であられるのですから、王家への忠誠心と神々への信仰心というのは、決して無関係ではないのでしょう」
「それはいささか、危うい発言なのではないでしょうか?」
「そのような話は周知の事実であるからこそ、ジェノスは王都の方々に警戒されてしまっているのですよ。そこで不幸な行き違いが生じないように外交官というものが派遣されたのですから、何も危ういことにはならないでしょう」
そんな風に語りながら、カミュア=ヨシュはにんまりと笑う。カミュア=ヨシュは外交官のフェルメスにあまりいい感情を持っていないはずであるので、実に人を食った言い草であると言えるだろう。しかしそんな裏事情も知らないアラウトは、「そうですか」と愁眉を開いた。
「ともあれ、バナームにも復活祭の他に小神祭というものは存在いたしません。バナームがもっと豊かであれば、儀式が祝祭にまで発展したのやもしれませんが……バナームの人間はその分まで、年に1度の祝祭に力を注いでいるかと思われます」
「ええ。ジェノスもそれは同様なのだと思いますよ。鎮魂祭というのもあくまで突発的な出来事であったので、復活祭の勢いはまったく削がれていないようです」
そうして話が一段落したタイミングで、宿屋の屋台村に到着した。
こちらはまだまだ、宴もたけなわといった様相である。俺たちの屋台が終業したために、いっそう勢いが増したのかもしれなかった。
それに、森辺の屋台で働いていたかまど番は、のきなみこれから食事を取ることになるのだ。《キミュスの尻尾亭》で解散した人々の多くも、その足でこの場にやってきたようであった。
「うわぁ、予想以上に混雑してるね。これはやっぱり、手分けをして料理を確保するしかないかな」
「はい。それぞれの氏族で手分けをすれば、3種の料理を手にできますからね。それでずいぶん空腹は満たされるのではないでしょうか」
「それなら俺たちも、荷物持ちで協力するよ。ふたりで6名分の料理を抱えるのは大変だろうからね」
ということで、俺たちはさらに細かく分かれることになった。俺とアイ=ファにはアラウトとサイ、スドラにはカミュア=ヨシュ、ディンにはザッシュマという配置だ。せっかくなので、俺は《南の大樹亭》の屋台を探し求め、そちらの長蛇の列に並ぶことにした。
「アラウトは、ナウディスの料理を口にしたことがありますか? 試食会で第3位の勲章を授かった、名うての料理人でありますよ」
「ああ、かねがねお名前は耳にしています。ですがついつい森辺のみなさんの屋台に足が向いてしまって、まだ宿屋の方々のギバ料理は口にしたことがないのです」
「それで夜には、森辺で晩餐を取っているのですよね。それじゃあ城下町を出て以来、森辺のかまど番の料理しか口にしていないというわけですか」
「はい。この調子で数日を過ごすだけで、舌が肥えてしまいますね」
そのような言葉を、社交辞令ではなく本心から語ってくれるアラウトである。またその純真なる笑顔には、宿場町と森辺を往復する生活を心から楽しんでいることが如実に示されていた。
「……そちらはずいぶん気が張っているようだな」
と、アイ=ファはサイに語りかける。
「カミュア=ヨシュたちとは行動を別にすることになってしまったが、この近辺には森辺の狩人も多数控えている。何かあればすぐさま助力を乞えるので、何も案ずることはないぞ」
サイは張り詰めた面持ちで、「ええ」とだけ答えた。
すると、アラウトが申し訳なさそうにサイのほうを振り返る。
「サイには気苦労ばかりかけてしまうね。どうか君にも復活祭を楽しんでもらいたく思うよ」
「いえ。わたしの役目はあくまでアラウト様の護衛ですので、お気遣いは無用です」
「それでは、僕のほうが心苦しくなってしまうよ。君は僕の我が儘に引きずられて、復活祭を家族と別の場所で過ごすことになってしまったのだからね」
「それがわたしの、任務ですので。アラウト様が心を痛める必要はございません」
実直さの塊であるサイは、こういった場面でも頑なだ。
すると、アイ=ファもいくぶんやわらかい表情で声をあげた。
「ではせめて、カミュア=ヨシュらと合流した際には、そちらもいくぶん気を休めるがいい。森辺の狩人が3名にカミュア=ヨシュとザッシュマまでそろっていれば、50名の無法者に取り囲まれても危険はなかろうからな」
「そうですよ。特にアイ=ファたち3名は、森辺でも勇者の力を持つ狩人ですからね。50名どころか100名の無法者に取り囲まれても、無事に逃げおおせると思いますよ」
俺もアイ=ファに加勢すると、サイはいくぶん困惑げに眉を下げた。
「森辺のみなさんにまでお気を使わせてしまって、申し訳ありません。どうかわたしのことなどは捨て置いて、復活祭をお楽しみください」
「アラウトも我々も、あなたを捨て置いて復活祭を楽しめるような性分ではないということだ。主人の心の安寧を願うならば、そちらも復活祭を楽しめるように力を尽くすべきであろうと思うぞ」
珍しく、アイ=ファが饒舌である。つまりそれだけ、サイのことを気にかけているのだろう。もちろんそれは、俺にしてみても同様であった。サイというのはディアルの相棒であるラービスにも負けないぐらい実直で、しかも彼よりは柔和な気性であるようなのだ。もちろん俺はラービスのことも好ましく思っていたが、こういう実直な人々にはなるべく自分を大切にしてほしく願っていた。
そんな具合に数分ばかりの時間を過ごしていると、ようやく俺たちの順番が巡ってきた。屋台で働いていたのは、やはり主人であるナウディスだ。彼は宿屋の主人であるのに、決して屋台を余人に任せようとしないのだった。
「おお、アスタ。どうもお疲れ様であります。本日も、こちらの屋台に参じてくれたのですな」
「はい。俺たちにとっては、これが復活祭の楽しみですからね。えーと、アラウトたちはどうします?」
「それではこちらも、ひとつだけお願いします」
「それじゃあ合計で、7つお願いします」
「はいはい。お代は、赤銅貨14枚でありますぞ」
本日も、ナウディスの料理は饅頭であった。こちらの区域にも立派な食堂が準備されているのだが、ナウディスはいつも皿を使わない料理であるのだ。おそらくは、何かしらのポリシーがあるのだろう。もしかしたら、本格的な料理は宿屋の食堂でどうぞという方針であるのかもしれなかった。
ともあれ、7つの饅頭が手早く仕上げられていく。フワノの生地で具材を包み、きゅっと丸めるタイプの饅頭である。本日はミソの香りが濃厚で、仕上がりが楽しみなところであった。
「それじゃあ、失礼します。ナウディスも、帰り道はお気をつけください」
「はいはい。そちらも、よき復活祭を」
俺とアイ=ファとサイがふたつずつ、アラウトがひとつの饅頭を受け取って、屋台の前から退く。すると、食堂のほうで手を振るユン=スドラの姿が見えた。
「やあ、お待たせ。俺たちが最後だったんだね」
「ええ。ナウディスの屋台は、もっとも人気があるのでしょうからね」
ユン=スドラたちは、食堂の片隅に席を取ってくれていた。卓には木皿の汁物料理も並べられており、カミュア=ヨシュとザッシュマの前にはそれぞれ酒杯が置かれている。
「みなさんは外で酒をたしなまないという話であったので、自分たちの分だけ買わせていただきました。ではでは、太陽神に」
ふたりの《守護人》はご満悦の表情で酒杯を打ち鳴らし、それを口にした。
俺たちは、遅めの晩餐だ。俺たちが購入した饅頭と、ユン=スドラたちが購入した汁物料理と――そして、トゥール=ディンたちが購入した菓子である。
「す、すみません。《アロウのつぼみ亭》の屋台が目に入ってしまったもので……料理が足りなければ、買い足しに行ってきます」
「それは食べてから考えようか。どれも美味しそうだね」
木皿の汁物料理からは、スパイシーな香りがたちのぼっている。スープの色合いも、なかなか鮮烈な赤褐色だ。アイ=ファは警戒心をあらわにしており、抱き袋から一時解放されたサチはつんと顔をそむけていた。
しかし、口にしてみると、舌が痛くなるほどの辛みではない。唐辛子に似たチットの実を筆頭にさまざまな香草が使われていたものの、この色合いはビーツに似たドルーの効果であったのだ。なおかつ魚醤や海鮮の出汁がしっかりときいており、実に奥深い味わいであった。
「へえ。これは、貝の乾物で出汁を取ってるみたいだね。宿場町では、珍しいんじゃないかな」
「はい。宿場町の方々も、これまで以上にさまざまな食材を扱うようになったのでしょうね。具材はギバ肉の他に、ドーラにファーナにティンファなどが使われているようです」
マヒュドラの食材であるドルー、西の王都の食材である貝の乾物、ドゥラの食材である魚醤、メライアの食材であるドーラ、ゲルドの食材であるファーナ、バルドの食材であるティンファ、それにジギの食材であるチットの実と数々の香草――実に多彩なラインナップである。それぞれ異なる時期から入荷された食材がこれだけいっぺんに使われているというのは、宿場町の人々が食材の多様化にしっかり順応できているという証であるはずであった。
「それにしても、非の打ちどころがない味わいだね。これはどこの宿屋の料理なのかな?」
「これは、《ラムリアとぐろ亭》です。ジーゼの姿はありませんでしたが、カミュア=ヨシュが屋台に記されていた名前を読みあげてくれました」
《ラムリアのとぐろ亭》であれば、この完成度も納得だ。それに、さまざまな食材を扱いながら、数々の香草でシム風の味にまとめあげているのも、東の血をひくジーゼらしい手腕であった。
「こちらの饅頭も、素晴らしい味わいですね。これは確かに、森辺の方々に匹敵する出来栄えであるのかもしれません」
ふたつに割った饅頭をサイとともに食していたアラウトが、驚嘆の面持ちでそのように言いたてた。
そちらを食してみると、確かに素晴らしい味わいである。主体となっているのはミソであるが、さらに香ばしい風味や甘みなどが重ねられており、細かく刻まれた具材の食感も実に好ましかった。
「この香ばしさは、アールを炒ったものであるに違いありません。それにきっと、花蜜やネルッサも使われているのでしょう」
「ああ、確かに。ミソとギバ肉を除けば、それらがこの料理の主体であるようですね」
栗に似たアールとレンコンに似たネルッサ、それにギバ肉やアリアを細かく刻んで炒めたのちに、ミソと花蜜を主体にした調味液で煮込んだものであるのだろう。味付けも食感も素晴らしい出来栄えで、このようなサイズでは物足りなく思えてならなかった。
「やっぱりこれでは、足りませんよね。菓子などを選んでしまって、申し訳ありませんでした」
恐縮しきっているトゥール=ディンに、俺は「いやいや」と笑いかけてあげた。
「俺たちはまだしも、アイ=ファたちはこれが肉料理でも足りなかったと思うよ。どっちみちもうひと往復は必要だろうから、何も気にすることはないさ」
「そうですよ。それに、《アロウのつぼみ亭》の菓子は、わたしも気になります」
ユン=スドラも笑顔でトゥール=ディンを励ましつつ、最後の菓子を手に取った。
こちらの菓子は、蒸し饅頭である。生地の色合いは、ほのかなピンク色だ。《アロウのつぼみ亭》は宿屋の名前をアピールしたいかのように、キイチゴに似たアロウを具材に使うことが多かった。
が――こちらの菓子では、アロウ以外の食材が主体になっていた。生地の色合いはアロウのもので、そちらの風味も重要ではあったのだが、それ以上に鮮烈な具材が内側に隠されていたのだ。
この風味は、まぎれもなくアールであった。栗に似たアールが、とろとろのクリームに仕上げられていたのだ。ただし、トゥール=ディンの作りあげるクリームとはまったく趣を異にしており、やたらと粘つくのにとろけるような食感で、さらには桃に似たミンミやレモンに似たシールの味わいまでもが溶け込んでいたのだった。
「な、なんでしょう、この食感は? もしかして、ギーゴでも使っているのでしょうか?」
「もしかしたら、マ・ギーゴのほうかもしれないね。アールや果実の味が強くて、ちょっと判別が難しいけど……とにかく、そのあたりの食材でこの食感を作りあげてるんだと思うよ」
ギーゴはヤマイモ、ノ・ギーゴはサトイモに似た食材である。どちらを使っているにせよ、熱を通してから入念にすりおろしたものを具材の土台にしているのだろう。そこにアールや果実のすりおろしを加えることで、このような味や風味を組み上げているのだ。やはり、自分たちと異なる作法で作られた菓子というのは、興味深いものであった。
「そちらの菓子にも、アールが使われているのですね。僕たちの持ち込んだ食材が宿場町でも活用されて、喜ばしい限りです」
アラウトが笑顔でそのように発言したとき、周囲の座席の人々がどよめいた。
アイ=ファたちは平気な顔をしており、カミュア=ヨシュは「おやおや」と破顔する。その視線を追った俺は、好ましい驚きにとらわれることになった。
「やあ、ミダ=ルウも来てたんだね。みんなのために、料理を買ってきたのかな?」
「うん……たくさん買ったから、アスタたちにも分けてくるように言われたんだよ……?」
誰よりも巨体であるミダ=ルウは、その丸太のような腕に巨大な皿を掲げていた。そちらに盛られていたのは、芳しいタレで焼かれた肉の山である。
「おーい、待て待て! アスタたちに、手づかみで食べさせるつもりか?」
と、聞き覚えのある声が追いかけてくる。それはラウ=レイとヤミル=レイであり、ふたりの手には小皿や木匙などが抱えられていた。
「おお、アラウトにカミュア=ヨシュたちも一緒であったのか! これはルウ家からのふるまいなので、好きに喰らうがいいぞ!」
「ルウ家からの? 俺たちのために、わざわざ買ってきてくれたのかい?」
「うむ! お前たちが不自由そうにしているのを、最長老が横目で眺めていたらしいぞ! こちらはすでに取り分けた後なので、あとはそちらの胃袋に収めるがいい!」
ジバ婆さんとともにいる4名の狩人は護衛役として離れることができないため、たまたま居合わせたミダ=ルウたちが働くことになったのだろう。これはなかなか普段にはない行状であったので、一同を代表してライエルファム=スドラが謝辞を申し述べた。
「族長筋たるルウ家にこのようなふるまいを為されるとは、恐縮の限りだ。我々は、銅貨を支払うべきではなかろうか?」
「こちらが勝手に準備したものなのだから、銅貨などは不要であろうよ! それに今日は祝祭であるのだから、そんなみみっちい話は言いっこなしだ!」
いつでも元気なラウ=レイであるが、今日は存分に果実酒もたしなんでいるのだろう。ヤミル=レイは溜息でもつきたそうな面持ちであったが、ミダ=ルウも楽しそうに頬肉を震わせているし、俺としては微笑ましいばかりであった。
「さあさあ、とにかく喰らうがいい! 俺もまだひと口しか味わっていないので、一緒にいただくぞ! そのつもりで、皿を運んできてやったのだからな!」
そんなわけで、俺たちはジバ婆さんに感謝しながらそちらの料理をいただくことになった。
内容としては、肉野菜炒めということになるのだろう。薄切りのモモ肉に、モヤシのごときオンダやピーマンのごときプラなどもどっさりと入り混じっている。ただそこに挽肉までもが加えられているのが、なかなか珍しい仕上がりであった。
「これは豪快な料理だね。でも、こういう場では喜ばれそうだ」
「うむ! それにずいぶん、安値であったようだぞ! 俺にはよくわからんが、ヤミルやリミ=ルウが首を傾げていたのだ!」
「ええ。この量であの値段じゃあ、ずいぶん稼ぎが薄いのじゃないかしらね」
ならば、薄利多売で値段を抑えているということであろうか。俺たちが手掛ける『ケル焼き』に負けないぐらいどっぷりとタレが使われていたので、そちらの面でも材料費はそれなりにかかるはずであった。
お味のほうも、それなり以上である。これはきっと、俺がかつて屋台で扱っていた料理を参考にしているのだろう。タウ油が主体で、そこに果実酒やミャームーなどで風味が加えられている。外見通りの、力強い味わいだ。これといった目新しさはないものの、万人に喜ばれそうな仕上がりであった。
「うむ。これだけのギバ肉を好きに食せるというのは、ありがたい限りだな。これで十分に、腹を満たすことができそうだ」
寡黙なゼイ=ディンがそのようにコメントすると、トゥール=ディンは嬉しそうに微笑んだ。
が、次の瞬間にはその眉がけげんそうに寄せられる。そしてトゥール=ディンは、小皿から挽肉だけをすくいあげて、それを口にした。
「あ……もしかしたら、この細かく刻んだ肉はキミュスなのではないでしょうか?」
「え? 本当ですか?」
ユン=スドラはびっくりまなこになって、トゥール=ディンと同じように挽肉だけを口にした。
「ああ……そうかもしれません。強い味付けとギバ肉の風味にまぎれていますけれど、これはキミュスの肉なのだと思います」
「へえ。たしかキミュスの肉というのは、ギバよりもずいぶん安いのよね? それなら、あの値段でも普通に稼ぎが出るのかもしれないわ」
ヤミル=レイは肩をすくめて、ラウ=レイは大笑いをした。
「それはずいぶん、愉快な真似をするものだ! しかしまあ、ギバのほうがたっぷり使われているようだし、取り立てて文句はないぞ!」
「うん……とっても美味しいんだよ……?」
ミダ=ルウも、満足そうに頬肉を震わせている。森辺の狩人でも気にならないというのなら、誰も文句をつけることはないだろう。それにしても、キミュスの挽肉でかさましをして価格を抑えようなどというのは、なかなかに斬新な発想であった。
「これはちょっと、盲点だったよ。町の人たちも、いろいろ考えてるんだな」
「うむ。ある意味では、これも森辺と宿場町の溝が埋められた証と言えるのではないだろうか」
アイ=ファはしかつめらしい面持ちで、そのように言いたてた。
ほんの数年前まで、森辺の民はギバ肉だけを喰らい、宿場町の人々はキミュスかカロンの足肉だけを喰らっていたのだ。それを同時に味わえるというのは、確かにひとつの象徴的な出来事であるのかもしれなかった。
「それじゃあ俺も、ギバとキミュスの合い挽肉でハンバーグでもこしらえてみようかな」
俺がそのように軽口を叩くと、アイ=ファがぎゅりんッと向きなおってきた。
「いや、冗談だよ。カロンならまだしも、キミュスじゃあギバ肉の風味を弱める結果にしかならないだろうからな」
「…………」
「うん、まあ、少なくとも森辺の晩餐や祝宴では、カロンの肉も使う予定はないよ」
アイ=ファは深々と吐息をついてから、俺のこめかみを拳でぐりぐりと蹂躙してきた。
そんな感じで、俺たちは楽しく晩餐のひとときを過ごすことになったわけであった。




