暁の日⑤~賑わい~
2023.1/13 更新分 1/1
そうしてその後も、延々と同じ勢いでお客が押し寄せて――おそらくは定刻の半刻ほど前に、俺の担当する煮込み料理は売り切れることになった。
おそらくというのは、夜間では日時計も使えないし、いちいち砂時計で時間をカウントしていられないためである。ただ、『ギバ骨ラーメン』に関しては二刻ていどできっちり売り切れるていどの量を準備してきたつもりであるので、そちらの残り具合から考えても、そう大きな誤差はないはずであった。
その少し前に、ルウのほうではマイムの煮込み料理が売り切れている。そして俺の担当する料理が売り切れた後は、すぐさまマルフィラ=ナハムの『海鮮ギバカレー』とリミ=ルウの『メレス仕立てのクリームシチュー』も続くことに相成った。
これで森辺の民の管理する屋台は、きっちり半分が営業を終えたことになる。それでも往来には同じ勢いでお客が渦巻いているのが恐ろしいばかりであった。
「リミ、手が空いたんなら、あたしの代わりに食堂を見回ってくれる? あたしはちょっと、アスタと話しておきたいからさ」
「はーい! おまかせあれー!」
一刻半にわたる過酷な労働にもまったくめげていない様子で、リミ=ルウはてけてけと青空食堂のほうに駆けていった。その代わりに俺のもとへと近づいてきたのは、頬に汗をしたたらせたララ=ルウだ。
「アスタ。今の内にちょっと話しておきたいんだけど、大丈夫?」
「うん。これだけ人手ができれば、食堂のほうも心配ないだろうからね」
屋台の営業を終えたかまど番は、そのまま食堂の手伝いに移行するのだ。俺以外の7名がそちらに参じたわけだから、むしろ手は余るぐらいのはずであった。
「夜だと時間がはっきりわからないんだけど、香味焼きの残りの量から考えると、まだ一刻半ぐらいしか経ってないと思うんだよね。それで間違いないかなぁ?」
「ああ、間違いないと思うよ。これは予想以上の売れ行きだったね」
「うん。ただ、いくら何でも半刻も早く売り切れるとは思ってなかったんだよね。こっちはむしろ、半刻ぐらい遅くなってもかまわないって気持ちで料理を準備したんだからさ。これって、どういうことなんだろう?」
ララ=ルウの海のように青い瞳には、真剣きわまりない光が宿されている。それを見返しながら、俺は「そうだね」と思案した。
「俺のほうも、こんなに早く売り切れるってのは想定外だったよ。考えられるとしたら……やっぱり、屋台で働いている人間のスキルアップが関係してるのかなぁ」
「すきるあっぷ?」
ララ=ルウはうろんげに小首を傾げ、俺は背後からアイ=ファに頭を小突かれることになった。
「ごめんごめん。つまりみんな、商売の手際がいっそうこなれてきたってことだよ。俺はどんなに忙しくなっても慌てないようにって指導してるけど、どうしたってお客さんのほうはせっついてくるし、それを相手にする人間は気が逸るだろう? それでも失敗を犯すことなく、普段以上の速度で商売をこなせたから、そのぶん売り切れの時間が早まったんじゃないかな?」
「つまり、料理を盛りつける時間や銅貨のやりとりをする時間が、縮められたってこと? それだけで、半刻も時間が早まるかなぁ?」
「ありえない話ではないと思うよ。というか、それ以外に原因は考えられないんじゃないかな。ラーメンや焼き物は急ぎようがないから、想定通りの時間がかかってるんだろうね」
「そっか……まあ実際に、半刻も早く売り切れちゃってるわけだしね」
ララ=ルウはいっそう真剣な面持ちで、しなやかな腕を組んだ。
「それじゃあ、今後はどうしようか? 表の騒ぎを見る限り、こんな早くから半分の屋台が店じまいにするのは、あんまりよくなさそうだよね」
屋台の数が半減したために、残りの屋台にはこれまで以上の行列ができてしまっている。しかし残された屋台は献立の内容的にペースアップも望めないため、お客を待たせるしかないのだ。俺たちは、去年の『暁の日』にも同じような事態に陥っていたわけであるが――それでも、これほどの行列にはなっていなかったように思えてならなかった。
「理想を言えば、全部の屋台が同じ時間に終了できるように調整したいよね。それが無理でも、半刻っていうのは長すぎると思う。待ち時間が長くなるとお客もいっそう気が立って、騒動のもとになるかもしれないからね」
「あたしも、それが心配なんだよ。酒を飲んでる人間も多いし、東や南の民も入り乱れてるからさ。それじゃあ、料理の数を増やすか、むしろ焼き物とかの量を減らすかしかないけど……ファのほうでは、まだ料理を増やせそう?」
「うん。今日だって、ゆとりをもって準備できたからね。きちんと人手をやりくりすれば、問題ないはずだよ。ただ、そうすると……昼の商売では普段の16割増しの分量ってことになりそうだね。もともとこっちは、13割増しの見当で料理を準備するつもりだったわけだからさ」
「うーん。そうやって数字にすると、やっぱりとんでもない話だなぁ。それを時間内に売りさばくには、こっちも同じ割増しで手早く動かなきゃいけないってことだもんね」
力強い眼差しをしたまま、ララ=ルウは苦笑した。
「今日、ダイとレェンの女衆は食堂のほうで働いてもらってたんだよね。あの娘たちも、そうまで手際が悪いわけじゃないんだけど……明日からも屋台の仕事に対応できるかどうか、ちょっと不安かな」
「ダイとレェンは、奥ゆかしいお人が多いからね。まずは焼き物の料理で様子を見たらいいんじゃないのかな。焼き物だったら、一定の間隔でひと息つけるからね」
「うん。レイナ姉と相談してみる。それで、明日からいきなりは無理として、明後日からは料理を増やせそう?」
「こっちは大丈夫だよ。《キミュスの尻尾亭》とトゥール=ディンのほうは、どうかわからないけど……まあ、ふたつの屋台が早く終わっちゃう分には、そうそう悪い影響もないだろうしね」
「うん。とりあえず、ファとルウだけは足並みをそろえないとね。あと何か、アスタのほうで考えはある?」
「そうだね。もし料理の量を増やすのが難しかったら、煮物や汁物の料理を焼き物に切り替えればいいんじゃないのかな。売り上げをのばすことはできなくなるけど、終業時間をそろえるのに不都合はないからね」
「ああ、なるほど。それは考えてなかったよ。こっちも料理を増やす方向で大丈夫だとは思うけど、いざというときにはそうしてみる。どうもありがとう」
「こちらこそ。ララ=ルウと一緒に取り仕切りの役目を果たせるのは、心強くてならないよ」
「そんなお世辞はいいってば」と、ララ=ルウはいくぶん気恥ずかしそうに白い歯をこぼした。きっと本人には、自分がどれだけ成長したかという実感も持ちにくいものであるのだろう。ララ=ルウは情感の豊かさという美点はそのままに、この近年で驚くべき成長を果たしていたのだった。
ということで、俺たちはそれぞれの仕事場に舞い戻る。青空食堂のほうはララ=ルウが十全に管理してくれていたので、俺は残された屋台で有事に備えることにした。
「ユン=スドラ、何も問題はないかな?」
「はい。もう半刻もしない内に、すべての料理を売り切れるかと思います」
麺を茹であげていたユン=スドラは、そこでいくぶん心配そうな眼差しをお客の行列のほうへと向けた。
「ただ……お客の列は、長くのびていくばかりですね。今はまったく問題ないのですけれど、四半刻が過ぎてもこの人数に変わりがなかったら、最後のお客までは料理が行き渡らないのではないかと思います」
それは、由々しき事態である。それで俺はユン=スドラにお礼を言うなり、別れたばかりのララ=ルウをすぐさま呼びつける事態に至ったわけであった。
「長い時間待たされたあげく料理が売り切れになったら、それこそ騒ぎになるかもしれない。どの料理も残り半分になったら、最後尾のお客まで数が足りるかどうか、計測するべきじゃないかな?」
「計測って、どうやって? お客だって、ひとりが一杯ずつ買うとは限らないよね?」
「うん。前から順番に、購入する料理の数を聞いていくしかないだろうね。それを計測し終わったら最後尾について、新しくやってくるお客にも数を聞くんだ。それで限度まで達したら、新規のお客に品切れを伝えるっていう感じだね」
ララ=ルウは自分の額に手の平をあてがって、懸命に俺の言葉を理解しようとしているようだった。
「ああ、なるほど……うん、わかった。でもこれは、けっこうややこしい話だね。頭の回る人間じゃないと、失敗しちゃうかもしれない。それに往来で動くなら、男衆に付き添ってもらうべきだろうね」
「うん。このまま行列が短くなるようなら、何も心配はいらないんだけどね。とりあえず、この仕事を任せられそうな人間を選んで、作業の内容を説明しようか」
その結果、選出されたのはルティム、レイ、ラッツ、ダゴラ、ランの女衆であった。屋台のキャリアはさまざまである顔ぶれだが、この際には普段とまったく異なる資質が求められるのだ。スフィラ=ザザなどはうってつけであるように思えたが、彼女は言わばボランティアの人員であったため差し控えることにした。
俺があらためて作業の内容を説明すると、それぞれの気性に見合った反応が発現される。若年であるルティムとランの女衆はきらきらと瞳を輝かせ、古株であるレイの女衆は鋭い表情、俺より年長であるラッツの女衆は沈着な表情、実直なダゴラの女衆は不安げな表情だ。
「残り5台の屋台の内、どれだけこの措置が必要になるかはまだわかりませんが、とりあえずみなさんは有事に備えてください。今日の出番がなくても、また後日に同じ役目を頼むことになるかもしれませんので」
「はい。頭では理解できたように思います。ただ、あまりに馴染みのない仕事であるため、まだ確固たる自信はもてません」
そのように述べてきたのは、レイの女衆である。彼女はかつて試食会でレイナ=ルウの調理助手を務めた、有望なるかまど番だ。普段は柔和な人柄であるが、この際にはレイの猛き血が発露しているようであった。
「それじゃあいっそのこと、時間にゆとりがある内に手本を見せましょうか。そのほうが、みなさんも安心でしょうしね」
それには、屋台の列の端で商売をしている《キミュスの尻尾亭》の屋台が望ましい。俺がこちらの意図を伝えると、ラーズは心から申し訳なさそうに「すいやせん」と頭を垂れた。
「そんなもんは手前らで始末をつけなくっちゃならないのに、また森辺のお人らにお手数をかけさせちまって……」
「そんな水臭いことを言わないでください。一緒にこの場を盛り上げてるお仲間じゃないですか」
というわけで、さっそく手本の開始である。ララ=ルウもしっかり手順を覚えたいというので、見物人は6名だ。念のために、それぞれの血族から3名の狩人に同行をお願いすることにした。アイ=ファ、シン=ルウ、ガズラン=ルティムという、これ以上もなく頼もしい面々である。
「まずは、料理の残数を確認します。レビ、麺の残りはこれで全部かな?」
「ああ。確かにこのまま行列が縮まないと、まったく足りなくなっちまいそうだな」
俺は麺の残数を確認し、それを帳面に書き留めた。現在鉄鍋で茹でられている分も合計し、お次はお客のリサーチだ。
先頭に並んでいたのは南の民の一団で、誰もが果実酒の土瓶を片手に盛り上がっている。それで俺たちが大人数で屋台の正面に回り込んでいくと、彼らはいっそう愉快げに声を張り上げた。
「なんだなんだ? 待ってる間、話し相手でもしてくれるのかい?」
「そうしたいのは山々なのですが、料理の数が足りるかどうか不安が出てきてしまったのですよね。よろしければ、何人前を注文するか教えていただけますか?」
「そんな話を、列の最後まで聞いていくつもりかい? そいつは、酔狂な話だな!」
南の民たちは大笑いしながら、それでも注文の予定数を教えてくれた。
それを帳面に書き留めて、俺は次のお客に移行する。ちなみに数の記し方は、俺の故郷に伝わる正の字の表記方法である。
おおよそのお客は好意的な立ち居振る舞いで、快く質問に答えてくれる。中には森辺の狩人のたたずまいに怯む人間もいなくはなかったが、こちらの意図を伝えるとすぐに警戒を解いてくれた。
そうして行列の中間地点にまで達すると、そこに待ち受けていたのは森辺の同胞の姿であった。髪も眉もない壮年の男衆に、小柄でお地蔵様のように微笑む壮年の女衆――デイ=ラヴィッツとリリ=ラヴィッツの家長夫妻である。
「これはこれは。おふたりも、こちらに並んでおられたのですね」
「ふん。町の人間のこしらえるギバ料理の手際を確認しに出向いたまでだ。何か文句でもあるというのか?」
俺たちの屋台ではなくあえて《キミュスの尻尾亭》の屋台に並ぶというのが、いかにもデイ=ラヴィッツらしい振る舞いである。それでこちらの意図を伝えると、デイ=ラヴィッツはたちまち額にひょっとこのような皺を刻んでしまった。
「何だ、それは。そのようにややこしい仕事が存在するなどとは、聞いた覚えがないぞ」
「はい。去年の復活祭やこの前の鎮魂祭では、こんな処置も必要ありませんでした。それだけ今回は、想定以上のお客さんが集ってくれているというわけですね」
「……それで、俺の血族にはこのようにややこしい仕事も務まらないと判じたわけか」
その場に並んだ女衆の姿を見回しながら、デイ=ラヴィッツはそのように言いたてた。俺の仕事に文句をつけつつ、自分の血族が頼られないのは腹立たしいという、ちょっと錯綜した心情を抱えるデイ=ラヴィッツであるのだ。
「ラヴィッツの血族からお借りしている方々はつつましい人柄をされているので、今回はひとまず声をかけないでおきました。これが毎度の仕事になるようでしたら、もちろんすべての方々に手ほどきするつもりですよ」
「ふふふ。あたしが当番であったなら、ぜひ手ほどきしていただきたいところでしたねぇ」
「なに? このように面倒な役目を、自分から担う必要はないぞ。お前こそ、自らの立場をわきまえて身をつつしむがいい」
デイ=ラヴィッツはいっそう額の皺を深くして、リリ=ラヴィッツはにんまりと笑う。これもまたいくぶん錯綜しているものの、ある種のおしどり夫婦であるのだろう。俺としては、微笑ましく思えなくもなかった。
そんな一幕を経て、俺はようよう最後尾に辿り着いた。
時間にはまだゆとりがあるため、最後尾のお客まで料理を行き渡らせても、まだ20食分は余るという結果だ。しかし周囲の賑わいから鑑みるに、まだまだ来客は途絶えそうになかった。
「たぶん、ラーメンの屋台はどちらもこの措置が必要になるでしょうね。せっかく数を計測したので、このまま誰かに残ってもらうことにしましょう。こうして最後尾について、新しいお客が来たら購入の数を確認し、品切れになるまでは並んでいただくという形です」
「はい。これで手順はしっかり把握できたように思います。手ほどき、ありがとうございました」
レイの女衆が一礼すると、他の女衆もそれに続いた。
俺は一考して、ダゴラの女衆へと呼びかける。
「それじゃあこの場は、君に任せてもいいかな? 何か不安なことはあるかい?」
「いえ。きっと大丈夫だと思います。お気遣いありがとうございます」
ダゴラの女衆もだいぶん不安が解消された様子で、やわらかい表情に戻っていた。この中では、彼女がもっともつつましい気性をしているのだ。
「でも、ここまで数を数えるのに、ずいぶん時間を使っちゃったね。もう残り時間は、半刻ぐらいになってるんじゃないかな。それでどの屋台も大して行列は短くなってないみたいだから、さっそく全員が始めるべきだと思うよ」
ララ=ルウの言う通り、いずれの屋台もまったく行列は縮んでいない様子である。これだけの賑わいであれば、それもむべなるかなといったところであった。
「それじゃあ屋台に戻って、他の男衆にも付き添いを頼もう。シン=ルウは、いったんここに残ってくれる? 誰かよこせるようだったら、手配するから」
「承知した」と応じるシン=ルウは普段通りの静謐な面持ちであったが、その切れ長の目には優しげな光が灯されている。きっとララ=ルウの働きぶりに感心しているのだろう。そんなシン=ルウにマンツーマンで護衛されることになったダゴラの女衆は、たいそう恐縮していた。
「あ、あの、きっと屋台の裏にはベイムやダゴラの男衆が誰かしら控えているかと思いますので、そちらにお申しつけください。ルウの方々にお手間をかけさせるのは、申し訳ありませんので……」
「そんなのは気にしなくていいけど、血族のほうが心安いだろうね。探してみるから、ちょっと待ってて」
そうして俺たちはダゴラの女衆とシン=ルウを残して、屋台の裏へと舞い戻った。レイ、ルティム、ラン、ラッツの女衆も、それぞれの血族に付き添いを頼んで、計測の開始だ。2種の菓子を販売しているトゥール=ディンの屋台はちょっと面倒かなと思ったが、アールの饅頭はとっくに売り切れてしまったとのことで、こちらにとっては都合がよかった。また、青空食堂のほうにベイムの長兄の姿があったので、シン=ルウはそちらと交代してもらうことになった。
これでようやく、一段落である。俺がひと息ついていると、ララ=ルウがまた真剣な面持ちで呼びかけてきた。
「これは予想外の事態だったね。やっぱり4台の屋台の売り切れが早すぎたのかなぁ?」
「うん。きっとそうなんだろうね。ただ、ラーメンに関してはもともと行列が長いから、今後も注意が必要かもしれないね。レビたちとも、あとでもういっぺんきちんと話しておくよ」
「うん、よろしくね。……それにしても、やっぱりユン=スドラは頼りになるね。あたしもレイナ姉も、そこまでは考えが及ばなかったからさ」
「それは俺だって同じことさ。そうやってみんなで手を携えているから、屋台の商売もうまくいってるんじゃないのかな」
「うん。きっとそうなんだろうね」
ララ=ルウは最後に白い歯をこぼしてから、こちらに戻ってきたシン=ルウとともに青空食堂に戻っていった。
するとこちらでは、アイ=ファが俺の頭をわしゃわしゃとかき回してくる。
「ど、どうしたんだ、アイ=ファ?」
「うむ。お前がジルベを撫でるのと同じことだ」
アイ=ファはすました顔をしていたが、その眼差しはやわらかかった。
俺は新たな活力を得ながら、あらためて巡回を開始する。いずれの屋台でも不備はなく、ユン=スドラもレイ=マトゥアもレイナ=ルウもトゥール=ディンも、相棒の女衆ともども元気に働いていた。
「やあやあ、お疲れ様。こんな時間になっても、相変わらず盛況だね」
と、ザザの狩人に付き添われながら、屋台の裏にカミュア=ヨシュが登場した。同行しているのはザッシュマと、アラウトおよびサイだ。彼らは早い時間に屋台を訪れて、その後は宿場町の賑わいを見物していたのだった。
「みなさん、お疲れ様です。他の区域は、如何でしたか?」
「うん。存分に盛り上がっていたよ。広場のほうでは酔っ払いが騒ぎを起こして、衛兵を呼ばれたりもしていたけどね。おおよそは、平和に復活祭を楽しんでいるようだよ」
カミュア=ヨシュとザッシュマは陽気に笑っており、サイはいつも通りの引き締まった表情、そしてアラウトは象牙色の頬を紅潮させていた。
「実のところ、祝日の夜を宿場町で過ごすのは初めてのことであるのです。やはり城下町に比べれば、何とも荒々しい様相ですが……でも、僕は好ましく思います」
「それなら、よかったです。わざわざ出向いてきた甲斐がありましたね」
「はい。故郷の家族にも、話しきれないほどの土産話を持って帰れそうです」
アラウトは、いつでも実直で好ましい。そして、年齢相応の昂揚をあらわにしている現在も、その好ましさを増幅させるばかりであった。
「それにしても、屋台は大層な行列だねぇ。そろそろ店じまいの頃合いかなと思って戻ってみたのだけれど、ちょっと早すぎたかな?」
「いえ。こちらの見込みでも、もう四半刻は切っているはずですよ。この行列が終わるのと同時に、終業時間になるかと思います」
「そうかそうか。それじゃあ俺たちも、こちらで待たせていただくよ。《ギャムレイの一座》の天幕におもむく前に、ひと息ついておきたいからね」
彼らは《ギャムレイの一座》の天幕にご一緒するために、こちらに参じたのである。わざわざ俺たちのスケジュールに合わせて、これまでは見物を控えていたのだそうだ。
とりあえず俺には取り仕切り役としての役目が残されていたため、そちらのご一行は青空食堂の裏手でくつろいでいただくことにする。そちらでは、ジバ婆さんとそれを取り巻くルウの血族の人々が、食堂のお客を相手に交流を深めているはずであるのだ。ジバ婆さんは合間に何度かお昼寝の時間をはさんでいたが、本日はずっと出ずっぱりであったのだった。
その後も時間は粛々と過ぎていき、ようやく行列が短くなってくる。最後尾についたそれぞれの女衆が、新規のお客をお断りしているのだ。やはり何の措置も施していなかったら、おおよその屋台でお客を悲しませる事態に至っていたようであった。
そうして真っ先に営業を終えたのは、レイナ=ルウの担当する香味焼きの屋台である。それからほどなくして、トゥール=ディンの菓子、そしてレイ=マトゥアの玉焼きの屋台も終業となった。さらにはユン=スドラの『ギバ骨ラーメン』も終了し、残るは《キミュスの尻尾亭》のラーメンのみだ。
「商売を始めるのが遅かった分、俺たちが最後になっちまったな。面倒をかけちまって、申し訳なく思ってるよ」
「いやいや。予定より早く出向いてきたのは、俺たちのほうだからね。今後はこういう事態も想定して、きっちり同じ時間に開始することにしよう」
それから10分ていどが経過すると、ついに《キミュスの尻尾亭》のラーメンも品切れとなった。過去最大の量を準備した屋台の料理が、すべて完売となったのだ。それは俺たちがこれまでで最高の売り上げを叩き出したという事実を示していた。
しかし、営業時間は昼のほうが長いので、明日にはもう記録が塗り替えられることになる。そしてさらに、明後日からは料理の数を増やそうという取り決めになったため、3日連続で記録が更新されることが決定しているようなものであった。
大局的に見るならば、森辺の民にとっての屋台の商売というのは、もはや余技である。こちらの本懐はギバの生鮮肉の販売であり、屋台の商売というのはそのプロモーション活動という立ち位置であった。
しかしまた、ギバ肉の存在価値を高めるにはギバ料理の素晴らしさを伝えることが重要であったし――何より俺たちは、商売を通じて外界の人々と交流を深めることにも重きを置いていた。
よってこれは、胸を張っていい結果であろう。
そして、そんな理屈を持ち出すまでもなく、大きな仕事を果たすことのできた俺たちの胸には、またとない達成感が去来していたのだった。




