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異世界料理道  作者: EDA
第七十五章 太陽神の復活祭(上)
1303/1695

暁の日②~交流~

2023.1/10 更新分 1/1

「じゃ、俺たちもそろそろ食堂のほうに移るかー」


 そんなルド=ルウの宣言によって、ジバ婆さんを取り囲む一行が青空食堂のほうに移動を始める。あまり早くから宿場町を訪れても無聊をかこってしまうため、お泊まりメンバーもつい先刻ドーラ家の人々とともにやってきたのだそうだ。ターラを除くご家族は、すでに青空食堂のほうで祝杯をあげているとのことであった。


 それに便乗して、俺とユン=スドラも同じ方向に歩を進める。トゥール=ディンはゲオル=ザザたちと、レイ=マトゥアは屋台で働くガズの血族としばし語らおうという構えだ。そして、俺たちのもとにはディガ=ドムとドッドが付き添ってくれた。


「アスタに何かあったら、アイ=ファに顔向けできねえからな。邪魔くさいだろうけど、ぴったりそばにつかせてもらうぜ」


「邪魔なことなんてありませんよ。ふたりもご一緒に、町の人たちと交流を深めましょう」


 屋台で働く女衆の背中を横目に、俺たちは青空食堂を目指す。この日中は営業時間でなかったが、交流の場として青空食堂を開放しているのだ。よって、町の人々と森辺の民が一緒くたになって騒いでいるのが常であった。


「おお! 最長老も、ようやく目覚めたか! こちらの者たちも、首を長くして待っていたぞ!」


 そちらで騒いでいた森辺の民の筆頭、ダン=ルティムが元気いっぱいに声を投げかけてくる。同じテーブルについているのはガズラン=ルティムと、建築屋のメイトンとそのご家族であった。


「ああ、やっと会えたな、最長老さん。今年も一緒に復活祭を楽しむことができて、嬉しいよ」


 建築屋のメンバーでも際立って涙もろいメイトンは、ジバ婆さんと相対するだけで目もとを潤ませていた。1年ぶりの再会となる他のご家族は、誰もが朗らかな笑顔だ。


「あたしこそ、本当に嬉しく思っているよ……あたしなんて、いつ魂を返してもおかしくない老いぼれだからさ……」


「そんなこと言わないで、100歳や200歳まで生きておくれよ。美味いギバ料理をたらふく食べれば、長生きできるさ」


 ジバ婆さんは車椅子なので、そのままそちらのテーブルの歓談に参加することができた。ルド=ルウたち4名はあくまで最長老の護衛役であるので、さりげなくジバ婆さんを包囲している。ターラの手を握ったリミ=ルウはジバ婆さんにぴったり寄り添っているので、一緒に守られている格好だ。


 そちらはもう割り込む隙間もないぐらいの配置になってしまったため、俺とユン=スドラはメイトン一家にご挨拶しつつさらに前進することにした。

 次のテーブルで待ち受けていたのは、バラン一家とアラウトの一行である。どうしてこのような組み合わせでご一緒しているのかとびっくりしていたら、カミュア=ヨシュがチェシャ猫のような顔で笑いかけてきた。


「やあやあ、アスタもようやく到着したのだね。今ちょうど、『森辺のかまど番アスタ』について語らっていたのだよ」


 カミュア=ヨシュも建築屋の面々とは顔見知りであったので、アラウトを紹介することになったのだろう。それに続いて陽気な声をあげてきたのは、酒気で顔を赤くしたバラン家の長男であった。


「なんだよ、ついにアイ=ファとの間に子でも授かったのかと思ったら、そいつはあの猫とかいうシムの獣か! ずいぶん珍妙な姿でうろついてるんだな!」


 抱き袋に収まったサチは、うるさそうに「なうう」とうなり声をあげる。

 長男はひとしきり大笑いしてから、腰をずらして席を空けてくれた。


「とにかく、アスタたちも腰を落ち着けていけよ! 昨日までは、なかなかゆっくり言葉を交わす時間もなかったもんな!」


「ありがとうございます。それじゃあしばらく、お邪魔させてください」


 そのテーブルには他に森辺の民も見当たらなかったので、俺たちがお相手をさせていただくことにした。

 バランのおやっさんとその伴侶、陽気な長男とその伴侶、寡黙な次男とおしゃまな末妹――それに対するアラウトの一行は武官のサイとカミュア=ヨシュのみで、料理番たるカルスの姿が見当たらなかった。


「カルスは、城下町で厨の見物をさせていただいています。今日はあちらも祝宴ですので、カルスにとってはまたとない経験になることでしょう」


「ああ、なるほど。きっと城下町も、たいそうな盛り上がりなのでしょうね」


 アラウトに笑顔を返しつつ、俺はバラン家の面々に視線を巡らせる。

 すると、まずはおやっさんが声をあげてきた。


「こやつらは、バナームという領地の使節団であるそうだな。お前さんがたも、ずいぶん懇意にしているそうではないか」


「あ、はい。使節団の団長を務めておられる御方とは、ずいぶんな昔から面識があったもので」


 もちろんおやっさんたちに対しても、アラウトの貴族という身分は秘匿されているはずだ。ただ、使節団という立場まで隠す理由はなかったので、そこは宿場町でもオープンにされていた。


「でも、城下町に出入りできるのに宿場町まで出向いてくるなんて、酔狂なお人だよな! あっちでは、もっと上等な酒がふるまわれてるんじゃないか?」


 と、長男が気さくにアラウトへと笑いかける。ちょっと小心である彼も、酒が入ると陽気の度合いが上昇するのだ。もちろんアラウトは気分を害した様子もなく、「ええ」と明るい笑顔を返した。


「でもあちらでは、森辺の方々の料理を口にできる場所もありませんからね。これからふるまわれるというギバの丸焼きに関しても、また然りです。もしみなさんが城下町への通行証を手にされたとしても、やはり復活祭ではこちらの屋台に足が向いてしまうのではないですか?」


「違いねえや! あんたはいいところの坊ちゃんぽいけど、物の道理がわかってるな!」


「ああもう、やかましい野郎だな」と、おやっさんは渋い顔をする。

 そしてこちらでは、おしゃまな末妹が朗らかな笑顔を向けてきた。


「それでこのお人も、城下町であの傀儡の劇を見たんだってね。それでそちらの剣士さんが、父さんに引きあわせてくれたわけだよ」


「ああ、何せおやっさんは、傀儡の劇の出演者ですもんね」


「そうそう! あの傀儡使いの連中がネルウィアまで来たときは、そりゃあ大変な騒ぎだったんだぜ! あんな見事な劇に、うちの親父なんかが出張ってるんだからさ!」


 と、長男もすかさずこちらの会話に割って入ってくる。察するに、アラウトたちの前でも同じような会話が繰り広げられていたのだろう。俺もおやっさん当人とは前回の来訪時にそういった話を済ませていたが、ご家族と語らうのは初めてのことであった。


「リコたちがおやっさんや《銀の壺》の傀儡を仕上げたのは、前回の復活祭が明けてからだったんですよね。それで真っ先に、おやっさんたちの故郷までお披露目に出向いたんでしたっけ」


「そうそう! あの偉そうな立ち居振る舞いは、親父そのものだったよな! 故郷の連中も驚くやら大笑いするやらで、もう大変だったんだ!」


「やかましいぞ」と、おやっさんは逞しい腕をのばして愛息の頭を小突いた。我が最愛なる家長殿と似たような所作であるが、こちらの拳骨にはなかなかの力が込められていそうだ。

 末妹はけらけらと笑ってから、また俺のほうに向きなおってきた。


「でも本当に、出来がよくって驚いたよ。まあ、あの劇そのものは最初っから、すごい出来栄えだったけどさ。父さんとかが出てきて、いっそう面白くなったみたい」


「うん。おやっさんや《銀の壺》との出会いは俺にとってもすごく重要だったから、あの劇で使われるようになったのは嬉しいよ」


 おやっさんは「やかましいぞ」と繰り返したが、さすがに俺の頭を小突こうとはしなかった。

 すると、俺の背後に立っていたディガ=ドムが笑いを含んだ声をあげる。


「そうか。あの劇に出てた南の民ってのは、あんただったんだな。俺にとっては罪の証だけど、あんたたちにとっては楽しい思い出が詰まってるわけだ」


 おやっさんは、「罪の証?」とうろんげに眉をひそめた。

 そしてアラウトは、いくぶん慌てたように声をあげる。


「ディ、ディガ=ドム殿。そういったお話は、あまりおおっぴらに語られないほうが……」


「どうしてさ? 俺は温情で名前を伏せられることになったけど、アスタと親しくしているお人らに隠す理由はねえさ」


 ディガ=ドムはギバの頭骨の下で大らかに笑いながら、おやっさんたちの姿を見回した。

 おやっさんは仏頂面、次男は無表情、それ以外のご家族はきょとんとした面持ちだ。その中で声をあげたのは、寡黙な次男であった。


「あんたはかぶりものをしてるんで、顔がよく見えないんだが……隣のあんたは、見覚えがあるな。去年の『滅落の日』に、ダレイムという地で顔をあわせなかったか?」


「ああ。俺もディガ=ドムも、ご一緒させてもらったよ。そういえばあの夜には、南の民も山ほどいたっけな。あんたたちも、あの中にまじってたわけか」


 ドッドは、ディガ=ドムよりも真面目くさった面持ちで首肯した。

 ディガ=ドムは、ゆったりと笑ったまま言葉を重ねる。


「そういえば、あの夜にも傀儡の劇が披露されてたっけか。あのときは俺もまだまだ覚悟が据わってなかったから、隅っこで小さくなってたもんさ。何せあの劇が披露されるたびに、俺の罪が世間に知れ渡っていくんだからな」


「だから、罪とは何の話であるのだ? あの劇に出てくるような罪人は、みんな処断されたのだから――」


 そのように言いかけたおやっさんが、緑色の瞳を鋭くきらめかせた。


「……いや。罪人はすべて処断されたが、かといって全員が魂を返したわけではなかったな」


「ああ。俺は罪を贖うために、スンの氏を奪われてドムの家で過ごすことになった。そうして周りの人間に支えられながら、ようよう罪を贖うことができたんだ」


 おやっさんは厳しい面持ちでうなずき、末妹や女性陣は驚きに目を見張っている。その中で、長男だけがまだきょとんとしていた。


「いまひとつ話が見えねえな。けっきょくあんたは、何者なんだよ?」


「ええ? まだわからないの? 果実酒の飲みすぎで頭が回ってないんじゃない?」


 末妹は呆れ返った様子で、兄の肩を引っぱたいた。


「あの劇に出てきた罪人で魂を返してない森辺の狩人って言ったら、ひとりしかいないじゃん。ほら、家長会議っていう日にアイ=ファをさらおうとしたやつだよ」


「ええ? こ、このお人があの悪人だっていうのかよ? まさか、そんなことはねえだろう!」


「だけど、そうなんだ」と、ディガ=ドムは穏やかな声音で答えた。

 そしてドッドも、覚悟を固めた様子で発言する。


「俺なんかは、存在自体がはぶかれちまったけどな。でも俺は、テイ=スンと一緒にアスタを殺めようとした。あの夜あの場所でダン=ルティムにぶちのめされたのは、テイ=スンと俺なんだよ」


 そのダン=ルティムは、すぐ隣のテーブルで豪快な笑い声をあげている。

 それを聞きながら、おやっさんはしみじみと息をついた。


「そんなお前さんがたも、こうして大手を振って歩けるようになったというわけだな。それは何よりのことだ」


「な、何を呑気なこと言ってんだよ! そんな大罪人が、平気な顔をして出歩いてるなんて――!」


「それが許されるのは、正しく罪を贖ったからだろうが? 森辺の民が、そんな生半可な気持ちで罪を許すとでも思うのか?」


 おやっさんは力のこもった声で長男を黙らせ、ディガ=ドムとドッドのほうに向きなおった。


「しかしお前さんがたも、わざわざそんな話を触れ回る必要はあるまい。そっちの若衆が心配するのも当然の話だぞ」


「でも、アスタと親しくしているあんたがたには、知っておいてほしかったんだよ。それを隠したまま、仲良くすることはできねえからな」


 ディガ=ドムは、あくまで穏やかな面持ちだ。

 しばらくその姿を見返してから、おやっさんは「ふん」と不敵に笑った。


「それで今は、アスタの護衛を任されているわけか。それこそ、大した出世ではないか。森辺の同胞の信頼を裏切らないように、せいぜい励むがいい」


「ああ。もちろん、そのつもりだよ」


 それでようやく、その場の張り詰めた空気が解きほぐされたようだった。

 ただ、長男だけはまだあたふたと視線を泳がせている。そちらをフォローするために、俺も声をあげることにした。


「ちなみにこちらの御方は、ドッドと申します。聞き覚えはありませんか?」


「ド、ドッド? いや、よくわかんねえよ。森辺のお人らとは何十人も顔をあわせてるから、なかなか名前まで覚えきれねえし……」


「……だが、氏のない森辺の民というのは、そうそういなかったように思う」


 と、次男のほうが反応してくれた。


「俺もしっかり覚えているわけではないのだが……トトスの早駆け大会というもので、氏のない森辺の民が活躍していたはずだ」


「そう、それに出場していたのが、こちらのドッドです」


 長男は、「ええ!?」と目を見開いた。


「そ、それだったら、俺もちっとは覚えてるよ! あの日は森辺のお人らに賭けて、さんざん稼がせてもらったからな!」


「はい。ドッドはあの頃から町の催しに出場することが許されるぐらい、森辺で信頼を勝ち得ていたんですよ。そうじゃなきゃ、『滅落の日』にだって町に下りることは許されなかったでしょうしね」


「へへ。それでもあの頃は、なかなか町の人間と口をきくこともできなかったけどな」


 そう言って、ドッドは狛犬のような顔に子供っぽい笑みを浮かべた。

 そんな中、嘆息をこぼしたのはアラウトである。


「……そうして真情を打ち明けてこそ、正しき絆を求めることがかなうということですね。先刻は余計な口をはさんでしまい、申し訳ありませんでした」


「何を言ってるんだよ。俺たちは、あんたを見習ってる部分も大きいんだぜ? 真情を隠さない実直さってのは、あんたの美点だろ」


 ディガ=ドムが鷹揚に応じると、アラウトもつられたように口もとをほころばせた。

 そして今度は、末妹が感慨深そうに息をつく。


「そっちで騒いでるダン=ルティムってお人に、そこで笑ってる剣士さんに、今度はスンの長兄だったお人か。それでアスタなんかは、あの劇の主人公だったわけだし……こんなに次々と傀儡の劇に出てたお人らと顔をあわせるのは、不思議な心地だね。父さんもそのひとりだってのが、一番奇妙な気分なんだけどさ」


「ええ、本当に。何だかまるで、御伽噺の中にまぎれこんでしまったような心地ですね」


 ずっと静かにしていた長男の伴侶も、どこかうっとりとした調子でそのように声をあげた。

 そこで往来から、歓声がわきおこる。ついに、ギバの丸焼きが完成したのだ。


「おお、大変だ。屋台に並ぶのも忘れて、ついくつろいじまったね。こいつを食べ逃したら、ジェノスまで出向いてきた甲斐もないよ」


 おやっさんの伴侶が、笑いながら腰を上げる。周囲の座席に腰を落ち着けていた人々も、大慌てで屋台のほうに向かおうとしていた。


「アスタたちは、ギバの丸焼きをいただかないのかい?」


「そうですね。みなさんと同じ喜びを分かち合いたいという気持ちはあるのですけれど……しばらくは、町のみなさんに順番を譲ろうかと思います」


「それじゃあ、また後でね!」


 バラン家の一行もアラウトの一行も、人の渦巻く往来へと身を投じていった。

 そうして辺りを見回すと、食堂の席についているのは森辺の民ばかりだ。やはり誰もが、俺と同じような心情であるようであった。


「やはりこういう場では、遠慮というものが出てしまいますね。我々は普段の祝宴でも、ギバの丸焼きを口にできる機会がありますので」


 と、隣の席から立ったガズラン=ルティムが、そのように語りながら笑いかけてくる。いっぽうダン=ルティムは、「うーむ!」と悩ましげな声をあげた。


「焼きたてのギバ肉を喰らえば、いっそう酒も進むのだがな! しかしあれだけの行列に並んでひと切れの肉しか口にできないというのは、物寂しい限りだ!」


「そうですね。数百人がかりだと、あれだけのギバ肉もあっという間になくなってしまいそうです」


 そんな風に答えてから、俺は「そうだ」と声をあげた。


「今の時間ならギバの丸焼きに集中して、キミュスのほうは手薄かもしれませんよ。いっそ、そちらに出向いてみましょうか?」


「うむ? わざわざ足をのばしてまで、キミュスという獣の肉を喰らおうというのか?」


「ええ。それでも町の人たちと喜びを分かち合うことはできるでしょう? それにたしか、復活祭で肉と酒がふるまわれるのは、太陽神の恵みを授かるという儀式的な一面も存在するはずです。王国の民として正しく生きるためにも、必要な行いなのではないでしょうか?」


「確かに、アスタの言う通りですね。よければ、私もご一緒させてください」


 ガズラン=ルティムが真っ先に賛同してくれると、ダン=ルティムも「そうだな!」と元気に身を起こした。


「ギバほどの味わいは求められずとも、肉は肉だ! アスタたちが出向くというのなら、俺も出向くとしよう!」


 そうして俺とユン=スドラは、ドムおよびルティムの一行とキミュスの丸焼きを目指すことになった。

 その行き道でルウ家の面々にも声をかけたが、そちらはこの場に留まるとのことである。そもそもジバ婆さんは歯が弱いため、ギバにせよキミュスにせよ炙り焼きの肉を口にすることが困難であったのだった。


 往来は大変な賑わいであったため、まずは屋台の裏側を通過してから街道に出る。俺の目論見通り、この辺りの人々は誰もがギバの丸焼きを目指していた。

 それらの賑わいを突破すると、人の密度が一気に薄くなる。ただもちろん、キミュスの丸焼きがふるまわれている屋台にも、それなりの人だかりができていた。


「うむ? あれに見えるは、シュミラル=リリンではないか?」


「あ、本当ですね。もしかしたら、あれが《西風亭》の屋台なのかもしれません」


 俺たちがそちらに近づいていくと、やはりシュミラル=リリンが並んでいたのは《西風亭》の屋台で、ユーミとビアがキミュスの丸焼きをふるまっていた。


「あっ、アスタにガズラン=ルティムじゃん! ギバの丸焼きをほったらかしにして、どうしたの?」


「せっかくだから、今日はキミュスの丸焼きをいただこうかなと思ってね。俺たちにも分けてもらえるかい?」


「当たり前じゃん! どんな無法者でも、今日だけは好きにただ食いできるんだからさ!」


 ユーミは陽気に笑いながら、架台で焼かれるキミュスの丸焼きに肉切り刀を入れていく。その背後でにこにこ笑っているのは、ジョウ=ランであった。


「やあ、ジョウ=ラン。やっぱりジョウ=ランも、《西風亭》にご一緒するんだね」


「もちろんです。まあ、シュミラル=リリンがいらっしゃらなくても、今日は朝から夜までユーミと過ごすつもりでしたが」


「う、うるさいよ! ちっとは口をつつしむことを覚えなってば!」


 本日、シュミラル=リリンは《西風亭》まで出向く予定になっていたのだ。目的は、ユーミの両親と言葉を交わすためである。シュミラル=リリンがどのような思いで森辺に婿入りしたのか、それを語って聞かせるのだ。


「ほんと、シュミラル=リリンにはお世話になってばっかりだよねー! いつか絶対、この御恩は返すからさ!」


「いえ。ユーミ、ヴィナ・ルウ、友ですので。見返り、不要です」


 シュミラル=リリンは、今日も限りなく優しげな微笑をたたえている。ガズラン=ルティムとの相乗効果で、俺はきわめて和やかな心持ちであった。


 切り分けられたキミュスの肉は次々と木皿の上に出されていくので、俺たちは火傷をしないように気をつけながらつまみあげて、頂戴する。もちろんこちらは皮つきの肉であるし、タウ油と香草のタレも塗られているので、お味のほうも申し分ない。入念に冷ました肉をサチにも分けてあげると、「なう」という満足げな声が返ってきた。


「ふむふむ! キミュスとは、こういう肉であったな! ひさびさに食したが、まあなかなかの味わいではないか!」


「ふふん。皮さえついてりゃ、キミュスだって悪いもんじゃないよね。まあ、脂たっぷりのギバ肉にはかなわないけどさ」


 ダン=ルティムとユーミが元気に言葉を交わすかたわらで、ビアはおどおどと目を泳がせている。おそらくは、ギバの頭骨をかぶったディガ=ドムの姿に恐れおののいているのだろう。彼女はまだまだ、森辺の民と親交を結んで日が浅かったのだった。


「……そっちの娘さんも、どこかで見た覚えがあるな。もしかしたら、アスタたちの収穫祭に招かれてたのかな?」


 ディガ=ドムがそのように声をあげると、ユーミが「そうそう!」と応じた。


「そういえば、この場にいるのはみーんなその祝宴でご一緒した顔ぶれだよね! ビアはこのお人のこと、見忘れちゃった?」


「あ、いえ……わたしの知るお人は、もっと大柄であったような……」


「そいつはたぶん、ドム本家の家長だよ。あの頃は、まだ俺もこいつを授かってなかったからな」


 ディガ=ドムは気さくに笑いながら、頭骨の上顎を上に傾けて素顔をさらした。それでビアも、ようやく「ああ」と微笑をこぼす。


「あ、あなたがあのときのお人だったのですね。あまり言葉を交わすことはできませんでしたが、お見かけした覚えがあります」


「ああ。あの日も大層な賑わいだったもんな。貴族だって、うじゃうじゃいたしよ」


 ディガ=ドムはこの1年で、本当に大きく成長できたようであった。さきほども話題にあがっていた通り、昨年の『滅落の日』では子犬のように小さくなってしまっていたのだ。そもそも彼はスンの家人であった時代から、森辺の民を忌避する人間の目を恐れて宿場町を避けていたぐらいであったのだった。


 そんなディガ=ドムやドッドたちも、今では何のわだかまりもなく町の人々と語らっている。思えばこちらのユーミだって、森辺の民を忌避していた筆頭であったのだ。森辺の民と宿場町の民は、おたがいが偏見を捨てて手を差しのべあうことで、こうして絆を結びなおすことがかなったのである。俺たちがこのようにわだかまりもなく太陽神の復活祭を楽しめるのも、この2年半ほどで地道に一歩ずつ正しい道を歩んできた成果であったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ディガやドットたちの成長が(T-T)。 子守り袋に入ったサチの姿は書籍可の折りにはぜひイラストに(笑)。
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