復活祭の前祝い②~宴の始まり~
2022.12/20 更新分 1/1
そして、日没――親睦の祝宴は、予定通りの刻限に開始されることになった。
森辺の外からは30名ていど、血族ならぬ氏族からは18名の客人を招き、それを迎えるルウの血族は100名ていどだ。さすがにすべての血族を集めるとキャパオーバーになってしまうため、ルウの血族たる7氏族から厳選されたメンバーが集められたわけであった。
「では、最初に客人たちを紹介する」
森辺の習わしに従って、血族ならぬ客人の素性が紹介されていく。
森辺内部の客人は、俺を筆頭とするかまど番が6名にその付き添いの狩人が同数、そして族長筋たるザザとサウティから3名ずつという配分だ。
なお、ザザは族長代行としてゲオル=ザザ、男女のお供はスフィラ=ザザとディック=ドムという編成になっている。モルン・ルティム=ドムがルティムの血族として参じるため、ディック=ドムもそれに同行できるように取り計られたわけであった。
そしてさらに貴族の人々と、城下町の料理人たちと、宿場町およびダレイムの客人たちが紹介されていく。その間、ずっと緊張の面持ちであったのは、やはり初めて森辺の祝宴に招かれたサトゥラス伯爵家の面々であった。
ただし、レイリスはかつてゲオル=ザザと剣技の勝負をするためにルウの集落を訪れたことがあったし、のちにはともにモルガの聖域まで足を踏み入れた間柄である。よって彼だけはいくぶん緊張はしていても動揺まではしておらず、そのぶんリーハイムと若き貴婦人の緊張っぷりが際立っていた。
俺たち客人まで加えると、この場には120名ていどの森辺の民が居揃っている。そこからもたらされる猛烈な生命力というのは、決して余所では味わえないものであるのだ。薄暮に閉ざされた森辺の集落で、これだけの森辺の民と対峙させられれば、誰でも最初は気が張ってしまうはずであった。
(そういえば、カルスも祝宴に参席するのは初めてだったっけ)
しかしカルスはマルフィラ=ナハムにも負けないぐらいあたふたとしているのが常であったため、ある意味では普段通りの様子に見えた。
そんなこんなで50名に及ぼうかという客人の紹介が果たされたなら、いざ祝宴の開始である。
「では、最後まで心安らかに今日という日の喜びを分かち合ってもらいたい。……母なる森と、父なる西方神、そして西方神の兄弟たる四大神に!」
ドンダ=ルウの宣言を人々が復唱し、暴風のごとき歓声が響きわたる。それでリーハイムたちは、いっそう縮こまることになった。
巨大な儀式の火が明々と灯されて、黄昏刻の薄闇を散らしていく。たとえドムの祝宴から10日ほどしか経っていなくとも、俺がこの壮麗なる情景に見飽きることはありえなかった。
「さて、俺たちはどうしようか? 案内役でも受け持ちたいところだけど、いちおう俺たちも客人の立場だから、差し出がましいかな?」
俺がそのように笑いかけると、アイ=ファはぶすっとした面持ちで顔を寄せてきた。
「……お前は楽しそうで何よりだな、アスタよ」
「うん。フォウとヴェラの婚儀からそう日を空けずに、アイ=ファの宴衣装を拝めたからな」
本日も、血族ならぬ客人が宴衣装を纏うかどうかは、任意とされていた。それで俺は朝からアイ=ファの宴衣装を持ち出して、リミ=ルウに預けていたのである。
「アイ=ファがうっかり宴衣装を忘れたりしたら大変だからって、リミ=ルウに頼まれてたんだよ。アイ=ファはまだそのことを怒ってるのかな?」
「怒ってなどおらん。しかしそれを私に黙っている理由はなかろう」
「でもアイ=ファはこっちに到着するまで、宴衣装が持ち出されてることにも気づいてなかったんだろう? だったら、リミ=ルウの心づかいが正解だったってことなんじゃないのかな?」
「……お前とリミ=ルウがほくそえんでいる姿が、目に浮かぶようだぞ」
そう言って、アイ=ファは拳で俺のこめかみをぐりぐりと圧迫してきた。アイ=ファはもともと、婚儀の祝宴でしか宴衣装を纏わないというスタンスであったのだ。
「でもほら、ジバ婆さんもアイ=ファの宴衣装を見たがってたって話だからさ。リミ=ルウは、アイ=ファが悩む手間をはぶいてあげようとしたんじゃないのかな」
「……私とて、ジバ婆からの願い出を無下にしたりはせん。ただ、お前とリミ=ルウにやりこめられたという心地がぬぐえんのだ」
アイ=ファは最後に俺の耳を優しくひっぱり、それでようやくおしおきを完了させてくれた。
「さて。お前は宴料理を配る仕事も受け持っておらんのだな?」
「あいててて……うん。それは手伝いの女衆が交代で受け持ってくれたよ。だから俺はその分まで客人のお相手をする責任が生じると思うんだけど、どうしようか?」
「どうしようかも何も、町からの客人たちはすでに案内されているようだぞ」
俺たちが楽しくじゃれあっている間に、ルウの血族の人々が客人の案内を始めていたのだ。メルフリードやポルアースなどといった一部の貴族はドンダ=ルウの敷物に招かれて、それ以外の面々は数名ずつに分かれて広場を巡るようだった。
「まあ、今日はあくまでルウ家の主催だもんな。俺たちは、行きあう先で客人のお相手をさせていただこうか。あと、ジバ婆さんへの挨拶はどうする?」
「私は宴衣装を纏ったのち、四半刻ばかりもジバ婆と語らっている。メルフリードらも挨拶をしているさなかであろうから、急ぐ理由はあるまい」
「それじゃあ、さっそく宴料理をいただこうか」
というわけで、俺たちも簡易かまどを巡ることになった。
広場はすでに、これ以上もなく賑わっている。リーハイムたちもしばらくすれば、この熱気と活力に心を浮き立たせることもできるようになるだろう。これこそが、城下町の祝宴とはまったく異なる森辺ならではの賑わいであったのだった。
「それで、お前たちの作りあげた料理はどこで配られているのだ?」
「俺たちの料理は、向かいの左端だよ。ここからだと、ちょっと遠いかな」
「かまわん。まずは、それから口にする」
アイ=ファは多くを語らないが、きっと俺が手掛けた宴料理から祝宴をスタートさせたいということなのだろう。アイ=ファのこういうやり口に、俺はいつも胸を騒がせてしまうのだった。
そうして広大なる広場を横断していくと、あちこちから挨拶の声が投げかけられてくる。俺たちもルウの祝宴に参席するのは、それなりにひさびさであるのだ。そしてアイ=ファの希少な宴衣装の姿には、誰もが賞賛の視線や言葉を届けてくれた。
「あ、シュミラル=リリン。こちらにいらしたのですね」
俺たちに割り振られた簡易かまどにも、たくさんの人々が押し寄せている。その中に白銀の髪を見出した俺は、思わず喜びの声をあげることになった。
こちらを振り返ったシュミラル=リリンは、いつも通りの温かい笑顔を向けてくれる。そしてそのかたわらには、家長のギラン=リリンも控えていた。
「おお、アイ=ファにアスタ。ひさかたぶり……というほどではないか」
「はい。4日ぶりといったところでしょうかね」
俺たちは前回の休業日、朝からリリンの家を訪れることになったのだ。ヴィナ・ルウ=リリンや赤子のエヴァ=リリンばかりでなくシュミラル=リリンにもご挨拶をしたいと考えると、どうしても休業日の朝方を狙う必要があったのだった。
「そう日を置かずにお会いできて、とても嬉しいです。でも、こういう日はご家族と離ればなれだから、シュミラル=リリンはお寂しいでしょうね」
「はい。その代わり、シーラ=ルウとドンティ=ルウ、挨拶、できました。ヴィナ・ルウとエヴァ、対面する日、楽しみです」
シュミラル=リリンはいっそう優しげに目を細めて、俺の心を温かくしてくれる。当たり前の話だが、ここ最近のシュミラル=リリンはずっと幸せそうにしているので、俺もぞんぶんに喜びのおすそ分けをいただいていたのだった。
「こちらでは、アスタたちの宴料理が配られているようだな。どうりで人が集まっているわけだ」
「あはは。今はどこのかまども人でいっぱいでしょうけどね。ギラン=リリンたちのお口にもあえば、幸いです」
そうして俺たちは並んでいる人々がはけるのを待って、宴料理を受け取ることになった。
「あ、アスタにアイ=ファ! それに、シュミラル=リリンとリリンの家長も! いま取り分けますので、少々お待ちくださいね!」
宴衣装のレイ=マトゥアが元気いっぱいに言いながら、木べらで料理をすくいあげる。隣で同じ仕事を果たしているマルフィラ=ナハムも、ふにゃんと笑っていた。
「こ、こ、こちらの宴料理は、見栄えでも喜んでいただけているようです。ネ、ネルッサはただ輪切りにするだけで、面白い形をしていますものね」
「うん。味のほうでも期待に沿えたら、何よりだね」
「こちらは味も素晴らしいので、誰も期待は裏切られないはずです! 頑張って作った甲斐がありましたね!」
そんな言葉を交わしている間に、取り分けが完了した。
俺が本日準備したのは、はさみネルッサのハンバーグである。レンコンに似たネルッサを輪切りにしてハンバーグのパテをはさみこみ、タウ油ベースの甘辛い和風ダレで焼きあげたひと品であった。添え物は、一緒に焼きあげたネェノンとマ・プラとブナシメジモドキだ。
「ほう。この内側にはさまれているのは、はんばーぐか。ルウの祝宴では、あまり出されない料理だな」
「はい。ハンバーグはそれなりに手間がかかりますからね。それで俺が受け持つことになったわけです」
もちろん俺は、アイ=ファのために立候補をしたのだ。アイ=ファはまだ多少つんとした顔であったが、その眼差しには喜びの気持ちがあふれまくっていた。
レンコンに似たネルッサはシャキシャキとした食感で、ハンバーグとの相性もばっちりである。それに穴だらけの形状というのも他の野菜には見られない特徴であったため、まだまだ森辺では面白がられているのだ。俺たちがネルッサを始めとするメライアの食材を買いつけてから、ようやくひと月強といった段階であったのだった。
そうして俺たちがはさみネルッサのハンバーグを食していると、マルフィラ=ナハムたちの背後に控えていた男衆らが進み出てくる。それは、ラヴィッツとガズの長兄たちであった。
「ああ、みなさんもいらしたのですね。やっぱりマルフィラ=ナハムたちの仕事の終わりを待っているのでしょうか?」
「うむ。今日は外来の客人も多いので、普段以上に用心するべきであろうからな」
ラヴィッツの長兄は落ち武者めいた顔でにまにまと笑いながら、すくいあげるような視線を向けてくる。本日は参席できる人間に限りがあるため、親筋の氏族から立場ある彼らが参ずることになったのだ。
「ラヴィッツとガズの長兄か。息災なようで、何よりだな。しかし、広場を巡ることもままならんとは、不自由な話だ」
ギラン=リリンがそのように声をあげると、ラヴィッツの長兄はしたり顔で「いやいや」と短い首を振った。
「どうせひっきりなしにさまざまな人間がやってくるので、さして不自由なことはない。……そちらは、リリンの家長だったな」
「うむ。見覚えてもらって、光栄だ。お前が邪神教団を討伐する際に大層な力をふるっていたことは、こちらでも語り草になっているぞ」
「ふん。ならばこれだけの傷を負った甲斐もあったというものだな」
ラヴィッツの長兄はにんまりと笑いながら、禿げあがった頭頂部をぴしゃんと叩く。そこには十数センチにも及ぶ古傷が刻まれているのだ。
「それにお前は、森辺の外にも大きな興味を持っているようだと聞き及んでいる。俺もそれなりに、物見高い性分であるのでな。きっと復活祭では、宿場町でもたびたび顔をあわせることになろう」
「ふふん。しかしこのたびは、ザザの血族が護衛役を受け持つそうだな。ひと月ばかりもずれこんでいれば俺たちの出番であったのに、残念なことだ」
ギラン=リリンもラヴィッツの長兄もタイプは異なれど社交的な人柄であるため、なかなか会話が弾むようである。
そんな風に考えていると、ガズの長兄が俺のほうに声をかけてきた。
「しかし、こちらにやってくるのは森辺の同胞ばかりでな。町の客人たちは、みんな敷物に腰を据えてしまったのであろうか?」
「いえ。半数以上は、自由に動いているようですよ。でも、こちらのかまどは広場の端ですからね。ここまでやってくるのに時間がかかっているんだと思います」
「そうか。俺もアラウトと顔をあわせるのはひさかたぶりであるので、楽しみにしている」
彼らは送別の祝宴でも、レイ=マトゥアやマルフィラ=ナハムの付添人として参席していたのだ。アラウトは俺の知らないところでも着実に交流を広げられているようで、何よりの話であった。
「それじゃあ俺たちは、ひとまず失礼しますね。不自由をかけて、申し訳ありません」
「ふふん。お前たちは存分に、外からの客人たちをもてなしてやるがいい。それを見込まれて、この場に招かれたのだろうからな」
そんな言葉を投げかけられつつ、俺たちはその場を離れることになった。
シュミラル=リリンたちが当然のように追従してきたので、俺はついつい微笑をこぼしてしまう。
「シュミラル=リリンも、送別の祝宴でアラウトとお会いしてますよね。アラウトも、赤ちゃんのことをとても気にかけていましたよ」
「はい。ありがたい、思います。アラウト、誠実で、純粋です」
シュミラル=リリンは送別会の日中にも貴族と会談していたので、アラウトの人柄は十分にわきまえているはずだ。そしてギラン=リリンも、シュミラル=リリンからきっちり報告を受けているようであった。
「それに、ことさらスン本家であった者たちと絆を深めたいというのも、なかなか他の貴族にはなかった所作であるはずだな。俺もアラウトという貴族に挨拶するのを楽しみにしていたのだ」
「ええ。アラウトというのは、素晴らしいお人柄ですよ。初対面から好印象でしたけど、交流が深まるごとにいっそう好ましく思えるようです」
「それはますます、楽しみなことだ」
そうして次なるかまどに到着すると、そこには町からの客人たちも集っていた。レビとテリア=マスとターラという顔ぶれで、そのかたわらには宴衣装のリミ=ルウとルド=ルウの仲良し兄妹もひっついている。
「わーい、アイ=ファだー! ……アイ=ファ、まだ怒ってる?」
「私は怒ってなどいないと言ったはずだぞ」
アイ=ファはとても優しい面持ちで、髪飾りをよけつつリミ=ルウの赤茶けた髪を撫でた。きっとリミ=ルウやジバ婆さんにはすねた顔を見せることなく、俺ひとりに集中させたのだろう。俺としては、望むところであった。
「レビとテリア=マスも、お疲れ様です。ギラン=リリンのことは、ご存じだったっけ?」
「ああ。けっこうな昔から、挨拶をさせてもらってるはずだよ」
ギラン=リリンも宿場町に下りる機会は多いし、レビたちも何度かルウの祝宴に招かれている。そしてギラン=リリンは森辺でも少し独特の雰囲気を持った人物であるので、印象に残りやすいはずであった。
「こっちの料理も、大した出来栄えだな。それに、タラパを使った森辺の料理はずいぶんひさびさだから、すっかり感心させられちまったよ」
どれどれと覗き込んでみると、そちらでレードルを振るっていたのはマイムおよびミケルである。それならば、レビが感心するのも当然の話であった。
「おふたりも、お疲れ様です。こちらにも料理をいただけますか?」
「あ、アスタ。どうもお疲れ様です。今、敷物の客人に届ける分を取り分けていますので、少々お待ちくださいね」
マイムは相変わらずワンピースタイプの装束であったが、他の女衆に負けないぐらいの飾り物をさげている。家長のジーダが優秀な狩人であるため、蓄えにもゆとりが出てきたのだろう。
「そういえば、マイムたちも生誕の日を迎えたんだっけ? たしか、ルウの家人に正式に迎えられた日が、生誕の日にされたんだよね?」
「はい。ドムで祝宴が行われた日の翌日が、わたしたちの生誕の日でした」
外部の生まれであったマイムたちは年明けで齢を重ねる習わしであったため、俺を見習ってそのように取り決められることになったのだ。ならば、トゥール=ディンと同い年であるマイムは、ひと足先に13歳になったということであった。
「それじゃあマイムたちも正式な家人になって、丸一年が経ったわけか。……なんだか感慨深いねぇ」
「あはは。しんみりすると涙をこぼしてしまいそうなので、ご勘弁くださいね!」
マイムは無邪気に笑いながら、汁物料理を注いだ木皿を盆の上に置いた。
「はい、これでいっぱいです。リミ=ルウ、お待たせしました」
「うん、ありがとー!」
リミ=ルウは小さな手で大きなお盆をつかみ取り、ターラはそれよりもひと回り小さなお盆を手に取った。
「あれ? ターラはまた配膳の仕事を手伝ってたんだね」
「うん! リミ=ルウと一緒にいたいから!」
ターラもまた、限りなく無邪気な面持ちである。彼女は以前も、こうしてリミ=ルウの仕事を手伝っていたのだ。ルド=ルウはひとつ肩をすくめつつ、ターラの背中を守る格好で後を追った。
「それじゃあアイ=ファも、また後でねー! 一刻ぐらいしたら、リミのお仕事も終わるから!」
「うむ。しっかり役目を果たせるようにな」
「はーい!」と元気な声を残して、リミ=ルウはターラやルド=ルウともども人波の向こうへと消えていった。
俺たちは、あらためてマイムやミケルから料理を受け取る。ギバ肉とアマエビのごときマロールを一緒に使った、タラパ仕立ての汁物料理だ。それはマイムが考案し、長き年月をかけてさらに磨きをかけた逸品であった。ダレイム南方の畑が完全に復旧し、アリアやタラパも遠慮なく購入できるようになって、またこの素晴らしい料理が食せるようになったわけである。
「こいつは、本当に美味いよな。城下町の料理とそうまで似てるわけじゃないんだけど……でもやっぱり、アスタたちの作る料理ともちょいと毛色が違うんだと思うよ」
「うん。やっぱりミケルの作法の影響が大きいんだろうね。そういえば、ロイたちの料理はもう食べたのかな?」
「ああ、いただいたよ。あっちもあっちで、ヴァルカスの料理とは少し毛色が違ってるよな。あれはやっぱり、アスタたちの影響なのか?」
「どうだろうね。でも、城下町の人たちとも技術交流を重ねてるから、おたがいに少しずつ影響が出てるはずだよ。……まあ、ヴァルカスだけは例外かもしれないけどね」
「あはは。あのお人は、我が道を行ってるもんな」
レビとこんな会話ができるのも、ダカルマス殿下が主催した試食会の恩恵である。城下町の料理人との技術交流がいっそう進められたのも、また然りであった。
「今日はカルスってお人の手腕も味わえるんじゃないかって期待してたんだけど、あっちは酢漬けの野菜とかいうやつを持参しただけなんだな」
「うん。あちらの主題は、かまど仕事の見物だったからね。森辺の祝宴も、年内ではこれが最後の機会だろうからさ」
「まあ、森辺の料理をたらふくいただけるだけで、なんの文句もねえけどさ。アスタたちの料理も楽しみにしてるよ」
そうしてレビとテリア=マスも、立ち去っていく。その向かう先が、俺たちに割り振られた簡易かまどであった。
「どうも、ごちそうさまでした。今日も素晴らしい出来栄えでしたね」
俺が空になった木皿を台に返すと、ミケルがじろりとねめつけてきた。
「……これはマイムの考案した料理なのだから、俺の知ったことではない」
「いえいえ、ミケルあってのマイムでしょうから……あれ? 俺は何か、失礼なことでもしてしまいましたか?」
ミケルはいつも仏頂面であったが、今日はひときわ不機嫌なようである。するとマイムが、ちょっぴり大人びた微笑みを浮かべつつ説明してくれた。
「実は日中、リフレイアからあらためて謝罪されることになったんです。以前にもお詫びのお言葉はいただいていたのですけれど、あれではまったく足りていなかったと仰って……」
「謝罪って……サイクレウスの一件について?」
「はい。父さんを襲ったのは、きっとリフレイアの父に命じられた誰かなのでしょうからね。それと……そんな目にあった父さんが森辺の家人に迎えられたことを、あのアラウトという御方が涙をこぼして喜んでくださいました」
「ふん! どうして俺が、見も知らぬ貴族に涙など流されなくてはならんのだ! これだから、貴族などというものは気にくわん!」
ミケルが怒った声をあげると、ギラン=リリンが穏やかな笑顔でたしなめた。
「森辺の民は、貴族とも正しき絆を結ぶべきだと決めたのだ。お前もいまや立派な森辺の家人であるのだから、そういった思いは胸の内に留めておくべきであろう。……それでも腹がおさまらぬときは、貴族のいない場で存分に語らといい」
「……正しい絆を結びたいなら、なおさらあんな古い話を蒸し返す甲斐はなかろう。そもそも俺が、あのような娘に詫びられる筋合いはないのだ」
「うむ。それはリフレイアに罪のある話ではないのだろうからな。しかしきっと、リフレイアが前に進むためには必要な行いであったのだろう」
ギラン=リリンは目もとの笑い皺をいっそう深くしながら、かたわらのシュミラル=リリンを振り返った。
「そういえば、ミケルをアスタに引きあわせたのはお前であったはずだな、シュミラルよ。ミケルとアスタ、シュミラルとリフレイア、そしてバナームの貴族アラウト……それらの全員が同じ場で同じ喜びを分かち合っているというのは、何より得難きことであろう」
「はい。運命の妙、感じます」
シュミラル=リリンもまた、静謐な微笑をたたえている。
するとそこに、大柄な人影が近づいてきた。空のお盆を片手に掲げた、バルシャである。
「やあ、アイ=ファ。相変わらず、目の覚めるような艶やかさだね。……なんだい、祝宴だってのに、ずいぶんしんみりしてるじゃないか」
その場にたちこめた空気を敏感に察知して、バルシャはうろんげな顔をする。そちらに向かって、マイムが「大丈夫ですよ」と微笑みかけた。
「ただちょっと、昔の話について語らっていただけです。今日はリフレイアにアラウトといった方々が参じておられますからね」
「ああ、そういうことかい。あんまり義理堅いのも、考えものだよね」
バルシャは厳つい顔に苦笑を浮かべつつ、お盆を台の上に置いた。
彼女の伴侶である《赤髭党》のゴラムもまた、シルエルの謀略によって生命を落としたひとりであったのだ。であればバルシャも、リフレイアに何らかの言葉を届けられたのだろう。そしてアラウトからのねぎらいについては、彼らが初めて森辺の集落にやってきた日にもう果たされているのだった。
「そんな堅苦しい話は脇に追いやって、今日は祝宴を楽しんでほしいもんだよ。さ、みんながあんたたちの料理を心待ちにしてるから、よろしくね」
マイムは「はい」と応じつつ、木皿によそった宴料理をお盆の上に並べ始める。それを潮時として、俺たちはその場を離れることになった。
「ミケルやバルシャは遺恨を引きずっていないがゆえに、リフレイアの謝罪を持て余してしまうのであろうな。まあきっと、これを境にいっそう絆を深めることができようさ」
ギラン=リリンがそのように語ると、シュミラル=リリンも穏やかな笑顔で「ええ」と応じた。
「私、心配していません。星読みの力、頼るまでもなく、正しい運命、紡がれていること、感じます」
「うむ。エヴァやドンティ=ルウが大きく育つ頃には、今よりも貴族や町の人間たちと絆を深められているであろうさ」
そんなふたりのやりとりを聞きながら、俺も心から賛同することができた。
そもそもこのような祝宴を開けることそのものが、過去の悪縁を乗り越えられた証であるのだ。俺としては、今もどこかでさまざまな相手と交流を深めているであろうリフレイアとアラウトが同じ喜びを抱いていることを願うばかりであった。




