贖罪の儀③~儀式の前~
2022.12/6 更新分 1/1
そうして俺たちは、一刻ばかりも剣技の修練や手合わせのさまを見守ることになり――その間に、本日の参席者が続々と姿を現した。
本日、ドム、ザザ、ジーン、ルティムは、家人総出で参席である。それらの女衆は中天ぐらいから集まって、ずっと宴料理の準備に取り組んでいたはずだ。
そして、他なる血族たるハヴィラ、ダナ、ディン、リッドからは、家長と男女の供が招待されている。そちらの女衆も宴料理の準備に参加しており、トゥール=ディンが取り仕切り役を果たしているわけであった。
あとは血族ならぬ客人たちで、こちらはすでに全員が集結している。ディガのかつての家族であったミダ=ルウとヤミル=レイ、その付添人であるドンダ=ルウとラウ=レイ、俺とアイ=ファ、スンの家長と分家の長兄とクルア=スンという顔ぶれで、こちらはあくまで客人という立場であるため、祝宴の準備には関わっていない。
そして城下町からは、メルフリード、フェルメス、リフレイア、アラウトで、従者はジェムド、サンジュラ、サイ。他にも30名ばかりの兵士たちが警護の役目を担っていたが、祝宴に参席するのはその7名のみであった。
「そういえば、カルスは城下町でどのように過ごされているのです?」
剣技の見物のさなかにそのように問うてみると、アラウトは笑顔で答えてくれた。
「日の高い内は料理人の方々に酢漬け料理の手ほどきをして、夕刻からはダレイム伯爵家のお世話になる予定です。カルスもひとりで心細いでしょうが、きっとしっかり役目を果たしてくれていることでしょう」
本日はまぎれもなく祝宴であるのだから、カルスもかまど仕事の見学をすればたいそう身になったことだろう。しかし今日はあくまでディガたちとの交流が本懐であったため、アラウトもカルスを同行させようとはしなかったのだ。
それに、リフレイアもシフォン=チェルを連れていない。リフレイアはあれだけシフォン=チェルを大切に扱っているのに、こういう場では公私混同しないように心がけているのだろう。同行者を増やせば祝宴の準備をする側の手間が増えると考えて、彼らは必要最低限の人数に絞っていたのである。
「そもそもは、僕たちにも宴料理の準備は不要と申し出ていたのですが……それでは同じ喜びを分かち合うことも難しいと、族長の方々にたしなめられることになったのです」
「それはまさしく、その通りだと思いますよ。祝宴に招いておいて宴料理を出さないというのは、あまりに不義理で物寂しいでしょうからね」
「はい。僕も逆の立場であれば、そのように考えたことでしょう。つくづく考え足らずで、お恥ずかしい限りです」
アラウトが考え足らずであったなら、この世の大半の人間がそれ以下の部類になってしまうだろう。そんな思いを込めて、俺はアラウトに笑いかけることになった。
俺たちは広場の片隅に広げられた敷物の上に座し、剣技の見物をしている。ザザ、ルウ、レイ、ルティム、リッドで買いそろえた袋剣がすべて持ち出されて、数多くの人々が剣技を披露しているのだ。指南役はジェムドとサンジュラで、さまざまな氏族の狩人とサイが手ほどきを受けつつ、実戦で手合わせをしている格好であった。
我が最愛なる家長殿も、当然のように引っ張り出されてしまっている。ラウ=レイやレム=ドムやドッドは自主的に参戦し、ドンダ=ルウやダン=ルティム、ガズラン=ルティムやディック=ドム、ミダ=ルウやヤミル=レイなどは見物の側に回っていた。騒ぎを聞きつけて表に出てきたディガと、貴き客人たちを中心に据えている格好である。俺としては、ダン=ルティムがこちらの側に留まっていることが少々意外なところであった。
「俺のように年を食った人間よりも、まずは若い連中に学ばせてやりたいのでな! あやつらがジェムドにいかなる手際を学んだかは、家に戻ってからじっくり聞いてやろうと思っておるぞ!」
ダン=ルティムはそんな風に語りながら、呵々大笑していた。
ダン=ルティムはモルガの聖域に踏み込む際にもジェムドと同行していたため、それなり以上の信頼を抱いている様子である。それに加えて邪神教団の討伐でも同行したガズラン=ルティムも、それは同様であるようであった。
「やはりジェムドは、デギオンやヴィケッツォにもそう大きくは劣らない力量であるようですね。あのサンジュラですら、一歩及ばないようです」
ガズラン=ルティムは、そんな風に語っていた。
ただそれは、きわめて高いレベルにおいての話であるのだろう。ジェムドやサンジュラは指南役であるのでそう頻繁に手合わせはしていなかったが、勇者の力を持つ狩人でなければまったく太刀打ちできない力量であるように感じられた。
そして、我が最愛なる家長殿である。
アイ=ファこそ、対人の剣技などには大きな関心を寄せていないように思われたのだが――俺のような素人の目から見ても、その力量は際立っていた。アイ=ファは誰が相手であっても泰然と対峙して、余計な動きをいっさい見せることもなく、鋭さと軽妙さを兼ね備えた手腕でもって、一本を取ることがかなったのだった。
「アイ=ファの力量は、シン=ルウを遥かに凌駕すると聞き及んでいたが……それは誇張でなく、まぎれもない事実であったのだな」
沈着なるたたずまいで見物をしていたメルフリードも、そのような感慨をこぼすほどであった。
それが不思議でないぐらい、アイ=ファは並々ならぬ力量を見せていたのだ。アイ=ファの力は、闘技の力比べの際よりもさらに際立っているように思えてならなかった。
「それはアイ=ファは、まぎれもなく女衆であるのだからな! あのように細い身体で男衆を地に倒すというのは、大変な苦労であろうよ! しかし剣技の力比べであれば、剣先を相手に当てるだけで勝利することができる! アイ=ファほど俊敏で目がよくて身体の扱いに長けていれば、あれだけの技量を見せても不思議はあるまいよ!」
そんな風に語りながら、ダン=ルティムは目をきらきらと輝かせていた。
「ただ、それにしても見事な技量であることに間違いはない! 闘技の力比べであれば、俺やドンダ=ルウもまだまだ互角以上の勝負ができるはずだが……剣技の勝負では、アイ=ファにまったくかなわんやもしれんな!」
「ふん。本物の刀でも、あれほどの動きができるというならな」
そんな風に応じつつ、ドンダ=ルウもどこか満足げな眼差しになっている。それは何だか、我が子の成長を見守る父親のように感じられて――それで俺は、ずいぶん胸を熱くさせることになってしまったのだった。
そうして剣技の修練をしている間に続々と参席者が集まって、いよいよ熱気が高まってきたわけである。リッドの家長たるラッド=リッドなどは到着するなり剣技の修練に加わって、アイ=ファやジェムドの強さに感嘆の声をあげていたものであった。
「アイ=ファは、本当にすげえよなぁ。今日は手合わせを願えないのが残念でならねえよ」
屈託のない憧憬の面持ちでそんな風に言いながら、ディガはミダ=ルウのほうを振り返った。
「ミダ=ルウは、剣技を習わねえのか? 若い連中は、のきなみ出張ってるみたいだぜ?」
「うん……ミダは狩りでも、刀じゃなくて棍棒を使ってるんだよ……? 刀は細くて小さいから、ミダは上手に扱えないんだよ……?」
そのように応じながら、ミダ=ルウはぷるぷると頬肉を震わせた。
「それに……今は、ディガとおしゃべりしたいんだよ……?」
「へん。俺たちは血族でも何でもねえんだから、甘えたことを言ってると叱られちまうぞ?」
ディガが照れ臭そうに笑いながらそう答えると、ダン=ルティムがガハハと笑いながらその背中を引っぱたいた。
「血族でなくとも森辺の同胞であるのだから、何も遠慮する筋合いはなかろう! お前さんたちはなかなか顔をあわせる機会もないのだから、ぞんぶんに語らっておくがいい!」
すると、アラウトがかしこまった面持ちで身を乗り出した。
「ドムはルティムと血族であり、ルティムとルウは血族ですが、ドムとルウは血族ということにはならないのですね。僕も時おり、そのことを失念してしまいます」
「そのようにややこしい血の縁が許されるようになったのは、森辺でもここ最近の話であるからな! しかしそれは、俺たちにとって必要な行いであったのだ!」
豪快に笑うダン=ルティムのかたわらで、ガズラン=ルティムが穏やかに微笑んでいる。その血の縁の新たな取り決めを提唱したのは、ガズラン=ルティムに他ならないのだ。フォウとヴェラの婚儀を見届けたばかりである俺にとっても、感慨深い限りであった。
ともあれ、ディガは幸福そうな面持ちである。滅多に会えないミダ=ルウやヤミル=レイとの対話も、嬉しくてならないのだろう。アラウトやリフレイアも、そんな彼らのやりとりを温かい目で見守っていた。
そうして俺たちが見物と交流を楽しんでいる内に、あたりはゆっくりと薄暗くなっていく。
それが薄暮と呼べるほどの段階に至ったとき、ディック=ドムがのそりと身を起こしたのだった。
「日没が間近となってきた。そろそろ剣技の修練は取りやめて、儀式の開始に備えてもらいたい。袋剣は、いったんこちらですべて預かろう」
若き狩人たちは遊び足りない幼子のような表情を浮かべつつ、ディック=ドムの言葉に従った。
俺のもとにはアイ=ファが、フェルメスのもとにはジェムドが戻ってくる。フェルメスは、とてもやわらかい笑顔で従者を迎えていた。
「お疲れ様、ジェムド。君がこのような表舞台に立つのは、とても珍しいことだったね。君も少しは楽しめたかな?」
「わたしは自らの責任を果たすのに注力していたため、場を楽しむゆとりなどはありませんでした。わずかなりともお力になれたなら、幸いに思います」
「嫌だなぁ。君も少しは、人生を楽しむゆとりを持たないといけないよ?」
ジェムドの腕に手をかけながら、フェルメスはどこか甘えたような眼差しになっている。何だか戦地から戻った恋人を迎える貴婦人のごときたたずまいだ。そのさまを横目で見やったアイ=ファが、俺の耳もとに口を寄せてきた。
「フェルメスは、本当に調子が戻ってきたようだな。喜ばしいような面倒なような、複雑な心地だ」
「あはは。フェルメスが元気になったんなら、素直に喜んでおこうよ」
確かにフェルメスは、ともにバナーム遠征に勤しんだときのような朗らかさを取り戻していた。ティカトラスが滞在している間はふさぎがちであったので、その反動が大きいのだろうか。まあ俺としては、フェルメスともティカトラスとも過不足なく交流を深めさせていただきたいところであった。
そうして俺たちが語らっていると、かすかなざわめきとともに新たな一団が到着する。それはギバの毛皮を頭からかぶった、ザザとジーンの狩人たちであった。
「お待たせした。客人らに挨拶を願いたい」
その先頭に立っていたグラフ=ザザが、重々しい声音でそのように告げてくる。
アラウトとリフレイアはいくぶん表情を引き締めながら、メルフリードとともに進み出た。
「ひさしいな、族長グラフ=ザザ。こちらがバナーム侯爵家のアラウトで、こちらがトゥラン伯爵家の当主リフレイアとなる」
「リフレイアとは、何度か挨拶を交わした覚えがある。ただ、ひさかたぶりであることに間違いはなかろうな」
「ええ。息災なようで何よりだわ、グラフ=ザザ」
グラフ=ザザはゲオル=ザザを族長代行に仕立てる機会が多いため、貴族の面々と顔をあわせることもそう多くはないだろう。ただし、メルフリードやフェルメスとは隔月で行わる会合で同席しているはずであるし、リフレイアとも重要な席では対面しているはずであった。
(でも、グラフ=ザザが会合以外で城下町に出向いたことなんて、数えるぐらいしかないはずだもんな。俺なんかが最後にご一緒したのは……下手したら、フェルメスたちがジェノスにやってきた頃までさかのぼるんじゃなかろうか)
王都の外交官たるフェルメスとオーグ、その前は監査官であるドレッグとタルオン――さらに昔日には、サイクレウスやシルエルとの対決の場、そしてマルスタインたちとの親睦の祝宴など、きわめて重要な案件の際にはグラフ=ザザが自ら出向いているのだ。そしてその数少ない機会において、リフレイアはおおよそ同席しているはずであった。
「お初にお目にかかります、族長グラフ=ザザ。本日は突然の来訪をお許しいただき、心より感謝しています」
アラウトが慇懃に一礼すると、グラフ=ザザは「うむ」と黒い目でそちらを見返した。
「三族長の協議により、本日はそちらとリフレイアを招待することに相成った。スン家との悪縁を乗り越えて手を携えたいと願ってもらえたことを、こちらもありがたく思っている」
「ありがとうございます。かつてスン本家であった方々を筆頭に、すべての森辺の方々と絆を深めさせていただきたく願っています」
「うむ。俺たちはかつてスンの眷族であったため、その申し出をとりわけ重く受け止めている。この夜に何か疑念や問題でも生じた際は、すぐさま俺かディック=ドムに伝えてもらいたい」
グラフ=ザザはいつも通りの気迫であるが、アラウトに対しては最大限の敬意を払おうとしている様子である。また、アラウトがどれだけ誠実な人柄であるかは、ゲオル=ザザから聞き及んでいるはずであった。
その後は、ザザやジーンの主だった人間が紹介される。そちらはリフレイアも初対面となる相手がほとんどであったため、ひとりずつ丁寧に言葉を返していた。
そうして挨拶が終了してグラフ=ザザたちが引き下がっていくと、リフレイアは詰めていた息を吐き出した。
「ゲオル=ザザやスフィラ=ザザとは、もう何度も挨拶をさせてもらっているけれど……やはりあれだけの人数となると、北の集落の方々は大層な迫力ね」
「うむ! スン家の連中はどんどん力を失っていったが、ザザやドムの者たちはあれだけの力を持っているからな! それで俺たちもスン家のやり口に怒りを燃やしつつ、なかなか刀を取ることもできなかったのだ!」
ダン=ルティムが陽気に言いたてると、リフレイアはふっと口もとをほころばせた。
「それで、スンの眷族をまとめあげていたのは、かつての族長であったザッツ=スンであったわけね? ザッツ=スンが悪しき貴族にたぶらかされることなどありえないという言葉の意味が、しっかり理解できたようだわ」
「うむ? それはいかなる話であろうかな?」
「ああ、ダン=ルティムはその場に居合わせていなかったわね。さっきヤミル=レイが、そのように語っていたのよ。……確かにわたしの父や叔父などでは、森辺の狩人をたぶらかすことなどできないに違いないわ。もう、人間としての力が違っているように思えてならないもの」
「なるほど。ヤミル=レイと、そのような問答が交わされていたのですか」
と、ガズラン=ルティムが柔和な面持ちで口を出した。
ただ、その瞳にはいくぶん鋭い光も入り混じっている。
「確かに貴族と狩人では、備え持っている力が異なっているのでしょう。ただし、シルエルに関して言うならば……ある意味で、きわめて脅威的な存在であったかと思われます」
「そうなのかしら? もちろん、あれほど暴虐な人間というのはなかなか存在しないのでしょうけれど……でも、あのお人は浅はかよ。わたしは図体の大きな幼子のようだと思っていたぐらいだもの」
「ええ。善悪の区別がつかないという意味において、シルエルは幼子めいた人間であるように思いました。しかし彼はそれと同時に、毒蛇じみた危険さを有していたのです。十数年前、あのような悲劇が繰り返されてしまったのは……ギバのごとき力を持つザッツ=スンと毒蛇のごとき力を持つシルエルが結託してしまった結果なのではないでしょうか? 彼らはおたがいに欠けていた力を補い合って、またとなく暴虐な存在に成り果ててしまったのではないかと思われます」
「ふむ! どうもお前さんは、その大罪人の話になると目の色が変わってしまうようだな!」
ダン=ルティムがガハハと笑いながら、愛息の背中をばしばしと叩いた。
「しかし何にせよ、その大罪人は魂を返したのだ! ザッツ=スンらも、同様にな! 俺たちはザッツ=スンらを止めることのできなかった無念を噛みしめつつ、正しき道を進むしかあるまい! このアラウトやリフレイアも、そのために足を運んでくれたのであろうしな!」
「ええ、その通りです。リフレイア姫もガズラン=ルティム殿もどうぞ過去にはとらわれず、ともに明るい行く末へと目を向けていただきたく思います」
アラウトもそのように言葉を重ねると、ガズラン=ルティムは眼光の鋭さを消し、リフレイアは口もとをほころばせた。
「そうですわね。ただし、わたしに過去を忘れ去ることは許されません。わたしもダン=ルティムの仰る通り、家族の犯した罪をしっかり胸に刻みつけながら、正しき道を歩みたく思いますわ」
「はい。リフレイア姫がそのような御方であられたからこそ、僕もこのように振る舞うことができるのです」
そのように語るアラウトは、とても真摯な眼差しになっていた。
リフレイアもまた、澄みわたった眼差しでそれを見返している。
そのとき、ディック=ドムの声が再び薄闇に響きわたった。
「儀式の準備が整った。客人らは、こちらに集まってもらいたい」
俺たちはその言葉に導かれて、広場の中央を目指すことになった。
ただし、ルティムの面々は客人ではないので、そちらに向かうのは俺とアイ=ファ、ルウの両名、そして貴族の面々である。儀式の火のために薪が山積みにされた広場の中央には、すでにレイとスンの5名も寄り集まっていた。
「やあ。いつの間にか、クルア=スンたちも着替えてたんだね」
「はい。今日は客人も宴衣装を纏ってかまわないというお話でしたので」
そのように語るクルア=スンと、ヤミル=レイも宴衣装である。それであらためて、俺はこの両名の相似と相違を再確認することに相成った。
宴衣装を纏ったヤミル=レイは、妖艶なまでに美しい。もともと端麗な容姿をしたヤミル=レイが、きらびやかな宴衣装によっていっそう豪奢に彩られているのだ。しかも彼女はヴィナ・ルウ=リリンにも負けないプロポーションをしていたので、その魅力のほどは森辺でも群を抜いていた。
いっぽうクルア=スンは、今年の頭に15歳となった若年の身である。しかし彼女もその齢には不似合いなほどの大人びた印象で、切れ長の目やすっと通った鼻筋などは、どこかヤミル=レイに似た印象であったのだ。それはまぎれもなく、スンの血筋なのであろうと思われた。
ただクルア=スンはヤミル=レイに似た顔立ちでありながら、ひっそりとした小さな花のような印象であり、それがたいそう魅力的なギャップであるのだ。なおかつ、将来は決して小さな花では終わらないのだろうと思わせる、大輪のつぼみのごとき雰囲気を有していたのだった。
(それに、やっぱり……邪神教団の騒ぎがあってから、ずいぶん雰囲気が変わってきたよな)
宴衣装を纏ったクルア=スンは、玉虫色に輝くヴェールで銀灰色の瞳を隠している。ただその瞳の神秘的なきらめきこそが、彼女にとって最大の個性であった。彼女は邪神教団の騒ぎで星見の力が強まってしまい、それを制御するすべをアリシュナから習い覚え――ついには、邪神教団を討伐する遠征にまで加わることになったのだ。そんな数々の体験が、彼女に不思議な静謐さを与えたのかもしれなかった。
「……ずいぶんと、クルア=スンに目を奪われているようだな」
アイ=ファにそんな言葉を囁きかけられて、俺は少なからず慌てることになった。
「いや、決しておかしな気持ちでいたわけじゃなくて――」
「わかっている。私はお前よりもクルア=スンと間近に接する機会も少ないので、その成長に驚かされている。果てには、ヤミル=レイのように育つのか、シーラ=ルウのように育つのか、あるいはアリシュナのように育つのか……いや、きっと他には見られないような女衆に育つのであろうな」
アイ=ファはしみじみとした口調で、そのように言葉を重ねた。
「……それに加えて、クルア=スンは目を奪われるほどの美しさでもあるしな」
「あ、いや、だから――」
「冗談だ」と最後につけ加えて、アイ=ファは身を離す。その青い瞳には悪戯小僧のような光がくるめいていたので、俺もひと安心であったが――しかしどうも最近のアイ=ファは、俺をからかうのが楽しくてならないように見受けられてならなかった。
そんな中、ディック=ドムの重々しい声が響きわたる。
「では、儀式の前に客人らを紹介しておく。事前に伝えていた通り、今日は森辺と城下町から少なからぬ人数の客人を招いている。いずれも血族たるディガの祝いを見届けるために参じた客人たちであるので、決して諍いを起こすことなく、この日の喜びを分かち合ってもらいたい」
そうして順番に、客人たちの素性が紹介された。
ルウ、レイ、ファから2名ずつ、スンからは3名で、血族ならぬ森辺の客人は9名。城下町からは7名で、合計は16名だ。ルウやフォウでの祝宴であればささやかな人数であったものの、北の集落においては決して少なからぬ人数であるのだろう。もちろん、雨季の前に行われた収穫祭においては、これ以上の客人を招いていたわけだが――そもそも北の集落において血族ならぬ客人を招くというのは、これでようやく3度目であるはずであったのだった。
北の集落の人々というのは、それだけ古きからの習わしと血の縁を重んじているのだ。
しかし彼らは、アラウトやリフレイアの申し出を拒むことはなかったし――ルウを始めとする4氏族については、ディガとの関係性の深さを鑑みて、自らの意思でこの場に招いてくれたのだった。
(しかも、ミダ=ルウやヤミル=レイやスンの人たちと違って、俺とアイ=ファはかつての血族ですらなかったんだからな。本当に、ディック=ドムたちには感謝するばかりだ)
俺がそのように考える中、客人の紹介は終了した。
俺たちは、人垣の内へと戻される。ただ、そちらで待っていたドムの血族の人々のはからいにより、最前列で儀式の場を見守ることが許された。
ディック=ドムの指示に従い、数名の女衆が立ち並ぶ。その内の3名は、ディガに与えられる狩人の持ち物――新しい刀と、新しい狩人の衣と、そしてギバの頭骨を掲げ持っていた。
俺がこういった儀式を見守るのは、これが3度目のこととなる。
1度目はシュミラル=リリン、2度目はジーダだ。それらはいずれも一人前の狩人として認められるのと同時に、正式な家人として迎えられるための儀式であり――それほど重要な儀式であるからこそ、血族ならぬ俺やアイ=ファも招待されることになったのだろうと思われた。
俺はシュミラル=リリンやジーダほど、ディガと友愛を育んでいるわけではない。俺とてディガと顔をあわせたのは、せいぜい十数回といったていどであるのだ。
しかしまた、ディガの存在が俺の運命に大きく関わっていたのは、まぎれもない事実であった。そして俺の存在も、ディガの運命を大きく動かしたはずであるのだ。
だから俺は、これまでと変わらないぐらい厳粛な気持ちでこの場に立っており――そして、今日という日を迎えられたことを、心から喜ばしく思っていたのだった。




