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異世界料理道  作者: EDA
第七十四章 輝ける縁成
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贖罪の儀②~主役と客人~

2022.12/5 更新分 1/1

 ディガが身を休めていたのは、ドムの分家の母屋であった。

 俺たちが踏み込んでいくと慌てて身を起こそうとしたが、それはディック=ドムによって押しとどめられる。


「お前は足を痛めているのだから、無理に立つ必要はない。座したまま、客人たちに礼を尽くすがいい」


「あ、ああ。承知したよ、家長」


 ディガは壁にもたれて座しており、包帯に巻かれた左足を床に投げ出していた。どうやら外傷ではなく関節か何かを痛めてしまったようで、俺にも嗅ぎ覚えのある膏薬の香りが濃密に漂っている。そんなディガと向かい合う格好で、数多くの客人たちが膝を折ることになった。


 最前列に並んだのは4名の貴族たちで、3名の従者たちがその背後に控え、ルウとファとスンの9名は左右の壁沿いに分かれて並ぶ。そして、ディック=ドムとドッドがディガをはさむ形で陣取り、レム=ドムと分家の家長は土間に立ったまま広間の様子を見守る構えであった。


「ディガよ。そちらがバナーム侯爵家のアラウトだ。他なる3名の貴族らは、お前も見知っているはずだな」


「あ、ああ。アイ=ファたちの収穫祭で、挨拶をさせてもらったはずだな。メルフリードとは、2年前にも顔をあわせてるはずだしよ」


 そんな風に語るディガは、意外に落ち着いた顔をしていた。

 背丈は180センチ以上もあり、もともと頑健そうであった身体はこの近年でいっそう逞しくなっている。森辺の民としては彫りの浅い顔立ちで、少し前まではずいぶん気弱げな印象であったものの、それもここ最近ではずいぶん改善されていた。こうして安らいだ表情をしていると、大らかで優しげに見えるほどである。


「初めまして、ディガ殿。ただいまご紹介に預かりました、アラウトと申します。本日はみなさんとご一緒に祝いの場を見届けたく思い、こうしてお邪魔させていただくことになりました」


「あ、ああ。事情は聞いてるよ。俺なんかのためにわざわざ足を運んでくれて、ありがたく思っている」


 ディガがそのように答えると、アラウトは嬉しそうに微笑んだ。


「突然の来訪をお許しいただき、心より感謝しています。また、足のお加減が悪いそうですが、お元気そうで何よりでありました」


「こいつは別に、そんな大層な怪我じゃねえんだよ。ただ、木登りや走ることができないと、ギバ狩りの仕事は果たせないからな。泣く泣く休んでるだけのことさ」


 すると、リフレイアも穏やかな面持ちで声をあげた。


「突然の来訪を快く迎えてくださって、わたしもありがたく思っているわ。ドッドやミダ=ルウはずいぶん心配そうにされていたけれど、あなたはご懸念もないようね」


「ああ。だって、そのドッドやミダ=ルウがこんなに落ち着いた顔をしてるからな。それなら俺が慌てる必要はないのかなと思ったのさ」


 ディガははにかむように笑いながら、その場に居合わせた人々を順番に見回していった。ヤミル=レイはクールに見返すばかりだが、ミダ=ルウは嬉しそうにぷるぷると頬肉を震わせている。ドッドはどこか、泣き笑いのような表情だ。


「ただ、笑ってばかりもいられねえよな。あんたの父親は、その……ザッツ=スンたちに殺められたって言うんだろう?」


「はい。ですがそれは、あなたがたの罪ではありません。それで僕は、かつてスン本家の血筋であられた方々と正しく絆を深めたいと願ったのです」


「あんたは、立派な人間だな。この世には、なんて立派な人間が多いんだろうと思うよ」


 ディガがしみじみと息をつくと、アラウトは興味深げに身を乗り出した。


「それはいったい、どなたのことを指し示してのお言葉であるのでしょう? 差し支えがなければ、お聞かせ願えますでしょうか?」


「どなたって、そこら中にいるみんなだよ。たとえば……あのカミュア=ヨシュっていう男にひっついてるレイトだとか、アスタたちが世話になってる《キミュスの尻尾亭》って宿屋の人間とかな」


「ああ、レイト殿やマス家の方々も、僕と同じようなお立場であられるそうですね。ディガ殿は、そちらの方々とも交流をお持ちなのでしょうか?」


「いや。俺は数えるぐらいしか町に下りたこともないから、話に聞くばっかりだよ。でも、そういった人らがアスタたちと仲良くしてるって話は、嫌ってほど耳に入ってくるからさ。それに……よくよく考えれば、森辺や町中の人間が同じような立場だろう? ザッツ=スンばかりじゃなく、俺やドッドだってさんざん悪さをしてきたんだからさ」


 ディガは心から申し訳なさそうな顔をしたが、そこにかつての気弱そうな陰りは見られなかった。


「周りの人らが立派だから、俺やドッドもこうして生きることを許された。そのありがたさを忘れたことは、1日もねえよ。だから俺も、あんたみたいに立派なお人を見習いたいと思っている」


「僕は何も、立派などではありません。ただ筋違いの恨みを抱いたりはすまいと、おのれを戒めているに過ぎません」


「だからそれが、立派なんだよ。普通だったら、親の仇の家族なんざに近づこうとはしねえだろう? 俺だって、もしも大切な相手を殺められたりしたら……その仇の家族なんざ、顔も見たくねえと思っちまうだろうからな」


 ディガはあくまで、落ち着いた面持ちである。

 ただその深い青色の瞳には、びっくりするぐらい優しげな光が灯されており――ディガがそんな眼差しを持っていることを、俺はこの場で初めて知らされたのだった。


「それなのに、あんたはわざわざこうしてドムの集落に乗り込んできた。それはあんた自身よりも、むしろ俺やドッドや森辺のみんなの心を安らがせるためなんだろう? 親の仇の家族のために、そんな真似ができるなんて……本当に立派なことだと思うし、本当にありがたく思っているよ」


「ええ。わたしもバナーム城におもむいてから、ずっと同じ気持ちを噛みしめていましたわ」


 リフレイアがそのように言い添えると、アラウトは涙をこらえるようにうつむいてしまった。


「……申し訳ありません。まだ僕は、いささか心が乱れてしまっているもので……情けない姿ばかりをお見せしてしまい、お恥ずかしい限りです」


「何も情けないことなどはありませんわ。森辺の方々があまりに清廉であられるから、わたしたちも胸を揺さぶられてならないのでしょう」


「うわははは! お前もついに清廉よばわりされるようになったのだな、ディガよ! あれだけの悪党であったお前がそれほど正しき心を取り戻すことがかなって、俺も喜ばしく思っているぞ!」


 ラウ=レイがこらえかねたように声を張り上げると、ディガは気恥ずかしそうに口もとをほころばせた。


「俺が清廉なんて、とんでもねえ話さ。俺に眠り薬を嗅がされたことを、もう忘れちまったのかい?」


「だからそれも、ヤミルのたくらみであったのであろう? お前もヤミルもこうして正しく罪を贖ったのだ! これからは、心置きなくアラウトたちと絆を深めるがいい!」


「やかましいぞ。見届け人が、余計な口をはさむんじゃねえ」


 ドンダ=ルウがラウ=レイを黙らせて、その次に声をあげたのはメルフリードであった。


「ともあれ、ディガとは問題なく交流を結べそうで、何よりであった。ずいぶん時間も過ぎてきたので、日が暮れる前に残りの顔ぶれとも挨拶をしておくべきではなかろうか?」


「残りの顔ぶれとは、ルティムの両名だな。そちらはかまど仕事を果たしているので、挨拶をするならば案内をしよう」


 ディック=ドムがそのように応じると、スンの家長が発言を求めた。


「このような大人数では不便も多かろうから、俺たちはこの場でディガと語らいたく思うのだが、許しをもらえるだろうか?」


「うむ。もとよりそちらは、ディガの祝いを見届けさせるために招いたのだからな。ディガとの語らいを望むならば、好きにするがいい」


 ということで、スン家の3名だけをその場に残し、俺たちはかまど小屋を目指すことになった。

 ただし大人数であるために、母屋を出るのもひと苦労だ。そうして貴族の面々が履物を履くのを待っている間、ディガがこちらに呼びかけてきた。


「アイ=ファやアスタも、2ヶ月ぶりだよな。ふたりが来てくれて、本当にありがたく思ってるよ。……また後で、ゆっくり語らせてもらえるかい?」


「うむ。我々とて、お前の祝いを見届けるために参じたのだからな」


 アイ=ファは穏やかな眼差しで、そのように答えた。


「祝いの言葉をかけるのは、儀式の終わりを待つべきであろうが……しかし、お前が一人前の狩人と認められたことを、私も得難く思っている」


「俺なんて、たまたま飢えたギバに襲いかかられただけのことさ。立っている場所が違ってたら、ドッドやレム=ドムが仕留めることになってただろうからな」


 ディガがそのように答えると、土間にたたずむレム=ドムがぶすっとした顔で声を投げかけてきた。


「言っておくけれど、わたしやドッドであったら木の上に逃げていたはずよ。あんな大きなギバを正面から仕留めるには、あなたぐらいの膂力が必要なのでしょうからね」


「ああ。刀を振るう力だけは、ディガにかなわねえからな。母なる森もそう考えて、あのギバをお前のもとに遣わしたんだよ」


 ドッドのほうは、むしろ誇らしげな面持ちでそんな風に言っていた。

 ディガは嬉しさと申し訳なさの入り混じった面持ちで、笑っている。彼は俺よりもいくつか年長であるはずだが、子供のような笑顔である。もはやその顔に昔日の醜悪な形相を重ねることは、できそうになかった。


 そうしてディガとささやかな交流を果たしてから、俺とアイ=ファも外に出る。

 それを待って、ディック=ドムは歩を進めた。向かう先は、本家の方角だ。


「……ルティム本家の家人らは、こちらの本家で身を休めている。望むならば、のちほどそちらに向かうといい」


「あ、アマ・ミン=ルティムやラー=ルティムたちも、すでに参じているのですか?」


「うむ。こちらの幼子も、まとめて面倒を見てもらっている」


 ルティムはドムの血族であるため、家人総出で参ずる予定になっているのだ。だからツヴァイ=ルティムたちも、かまど小屋で仕事を果たしているわけであった。

 そうして俺たちが裏手のかまど小屋に向かうと、ドムの男衆が戸板の前に立ちはだかっている。ディック=ドムが視線で合図を送ると、その男衆が戸板の向こうに呼びかけて、目当ての人々を呼び出してくれた。


 ツヴァイ=ルティムと、オウラ=ルティムである。

 オウラ=ルティムは穏やかな面持ちでたたずみ、その腕に取りすがったツヴァイ=ルティムは三白眼でアラウトたちをにらみつけた。


「お仕事のさなかに、申し訳ありません。僕はバナーム侯爵家の、アラウトと申します」


「わたしはトゥラン伯爵家の当主、リフレイアよ。どこかで顔をあわせているかもしれないけれど、きちんと挨拶をさせていただくのは初めてなのかしらね」


 ツヴァイ=ルティムやオウラ=ルティムは、6氏族の合同収穫祭にも招かれていなかったのだ。リフレイアはその前から何度か森辺を訪れていたが、こちらの両名と交流を深める機会はそうそうなかったのだろうと思われた。


「わたしはルティム本家の家人オウラ=ルティムで、こちらはツヴァイ=ルティムと申します。かつては先代族長にして大罪人たるズーロ=スンの伴侶とその子という立場でありました。……また、ザッツ=スンとともに悪行を働いていたテイ=スンは、わたしの父と相成ります」


 オウラ=ルティムは静謐な表情で語りつつ、一礼した。

 ある意味では、こちらの両名がもっとも大罪人と近しい血縁者であったのだ。

 しかしもちろん、アラウトが誠実な態度を崩すことはなかった。


「ズーロ=スンなる人物は、10年の苦役の刑を科されたそうですね。ですがそれは、僕とは関わりのない罪についての話でありますし……ザッツ=スンやテイ=スンといった者たちの犯した罪に関しても、あなたがたには何ら関わりがないものと考えています」


「関わりがないことはないのでしょう。わたしは父の変調に気づいていながら、手を差し伸べることもできず、ただ自らの苦しみにばかりとらわれていました。父やザッツ=スンを止めることができなかったのは、わたしたちの罪であるのでしょう」


「それを言うなら、わたしも同じ立場であるはずよ。もちろん、自らの罪深さを忘れることは許されないけれど……そうだからこそ、正しく生きることに尽力するしかないのでしょうね」


 リフレイアが、落ち着いた声でそのように言いたてた。


「だからわたしは、アラウト殿ともあなたがたとも正しく絆を深めたいと願っているの。どうか受け入れていただけるかしら?」


「はい。そのようにありがたい申し出を拒む理由など、あろうはずもありません。わたしのように先行きの短い人間は捨て置き、どうか娘たちと健やかな行く末を歩んでいただきたく思います」


 オウラ=ルティムのそんな言葉に、リフレイアが不思議そうな顔をした。


「あなたは何か、病魔でも患っているのかしら? そうとは思えないほど、元気であられるように見えるのだけれど」


「はい。ですがわたしは、若年ならぬ身ですので……」


「あなたはまだ、30を過ぎたばかりでしょう? それで年配を気取るのは、むしろおこがましいのではないかしらね」


 ヤミル=レイがぶっきらぼうに言葉をはさむと、リフレイアは「まあ」と微笑んだ。


「あなたはもうそのような齢であられるのね。もちろんそれでも、まだまだお若いけれど……でも、見た目はもっとお若く見えるから、いささか驚かされてしまったわ。森辺の方々はとても力にあふれているので、町の人間よりもお若く見えるのかもしれないわね」


「では、ツヴァイ=ルティムはおいくつなのでしょう?」


 アラウトも笑顔で問いかけると、ツヴァイ=ルティムは「14だヨ」と言い捨てた。


「あら、わたしよりもひとつ年長であられるのね。ツヴァイ=ルティムも、若々しく見えるようだわ。……でもきっと、わたしなどとは比較にならないぐらいしっかりしているのでしょうね。ルウ家の屋台の帳簿などは、あなたがつけていると聞いているもの」


「アタシは確認役を担ってるだけで、今は他の人間が帳簿をつけてるヨ。……アンタたちはそんな話をするために、こんなところまで出張ってきたのかい?」


「ええ。わたしたちの目的は、あなたがたと絆を深めることですからね」


「ですが、仕事のさなかにお邪魔立てしてしまっては、ご迷惑になるばかりですね。あとは祝いの場でまた語らせていただけたらと思います」


 というわけで、ルティムの母娘は早々にかまどの間に戻ることになった。

 アラウトはひとつ息をついてから、ディック=ドムを振り返る。


「これでスン本家であられた方々とは、全員ご挨拶をさせていただけたわけですね? ……誰もが健やかに過ごされているようで、僕も安心いたしました」


「では、これで用は足りたということであろうか?」


「はい、ひとまずは。あとは今日ばかりでなく、今後も引き続き交流を深めさせていただきたく思います」


「承知した。では、この後は如何様に――」


 そんな風に言いかけてから、ディック=ドムはあらぬ方向に視線を飛ばした。

 それと同時に、アイ=ファやラウ=レイたちも同じ方向を振り返る。その中で嘆息をこぼしたのは、ドンダ=ルウであった。


「やかましい連中が到着したようだな。落ち着いて語らえるのも、ここまでか」


 その言葉の意味は、すぐに知れることになった。俺たちが広場のほうに戻ってみると、10名ばかりの狩人たちがどやどやと踏み入ってきたのだ。そしてその先頭を歩くのは、我らがダン=ルティムであったのだった。


「待たせたな! 俺たちも、客人たちと語らせてもらいたく思うぞ!」


「誰も待っちゃいねえよ。もう仕事を切り上げてきやがったのか?」


「うむ! 今日もたいそうな収獲であったので、何も文句をつけられる筋合いはないぞ! おお、メルフリードにリフレイア! それにそちらは、フェルメスか! ずいぶんひさかたぶりだが、みな息災であるようだな!」


 ダン=ルティムは太鼓腹を揺らしながら、ガハハと高笑いを響かせた。アラウトを除く3名は何度か森辺の祝宴に招かれているし、ダン=ルティム自身もただ一度だけ城下町の晩餐会に参じたことがあったので、それなりに面識があったのだ。


「それでそちらはジェムドで、そちらはサンジュラであったな! ということは、そちらの両名のどちらかが、アラウトなる貴族ということか!」


「僕がアラウトで、こちらは従者のサイと申します。あなたは、もしかして……ルティムの先代家長、ダン=ルティム殿でありましょうか?」


「ほう! 俺の名を知っておるのか?」


「はい。僕はティカトラス殿のはからいで、傀儡の劇を目にすることができましたので」


 そう言って、アラウトは誠実そうな笑みを振りまいた。


「では、そちらの方々はルティムの面々ということですね。……ああ、ガズラン=ルティム殿、おひさしぶりです」


「はい。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」


 ガズラン=ルティムはバナームでの婚儀や送別の祝宴に参席しているので、アラウトとはゆかりの深いひとりであろう。ガズラン=ルティムもまた、ゆったりとした笑顔でアラウトの前に進み出た。


「もうツヴァイやオウラとは挨拶をされたのでしょうか? ツヴァイはいささか人見知りをする気性であるため、礼を失していなければ幸いです」


「ええ。何の問題もありませんでした。また祝いの場で語らせていただけたら、ありがたく思います」


「うむうむ! 今さら過去の騒ぎを持ち出すまでもあるまいよ! ツヴァイもオウラも心正しき人間であるので、ぞんぶんに絆を深めてもらいたく思うぞ!」


 他の人々に比べると、やはりダン=ルティムの物言いは何とも傍若無人である。

 しかしこれこそが、ダン=ルティムの美点であるのだろう。これまでのいささか張り詰めていた空気が、ダン=ルティムの登場で木っ端微塵に粉砕されたような心地であった。


 もちろんこれは深刻な話であるのだから、真剣に論じ合うのも必要なことである。俺はとりわけ、最初に聞かされたスンの家長の言葉が胸にしみいっていた。

 しかし、アラウトとリフレイアの目的は、ただひとつ。数々の相手と絆を深めることであるのだ。それにはダン=ルティムの豪快さや陽気さも十分に有用であるはずであった。


「ところで! ジェムドも参じていたなら、ちょうどいい! お前さんは、シン=ルウと互角に渡り合えるほどの剣技というやつを有しているのであろう? よければこちらの若い連中に、剣の手ほどきをしてもらえんかな?」


 ダン=ルティムがそのように言い放つと、2本の袋剣を手にしたディム=ルティムが進み出た。

 ジェムドは穏やかな無表情のまま主人のほうを振り返り、その視線を受け止めたフェルメスが発言する。


「剣の手ほどきとは? 森辺の方々は、最初から名うての剣士でありましょう?」


「俺たちは、人間相手に腕を磨いているわけではないからな! 以前の6氏族の収穫祭においても、デギオンやヴィケッツォといった者たちにかなうのは、勇者の力を持つ狩人のみであったであろう? ジェムドとて、あやつらに次ぐ腕を持っているはずだ!」


「なるほど。ですが、森辺の方々が人間相手の剣技を磨いて、どうしようというのです? 闘技会でのさらなる活躍を願ってのことでしょうか?」


「いやいや! 俺たちは、町でもかまど番を守る役目を負っているからな! 人間相手の剣技というやつを磨いて、損になることはなかろう!」


 フェルメスは「なるほど」と繰り返して、ディック=ドムのほうを振り返った。


「お望みであれば、ジェムドに指南役を任せましょう。ですがこちらはドムの集落ですので、ディック=ドムの了承を待ちたく思います」


「もちろん、こちらはかまわんが……それよりも、客人のもてなしを第一に考えるべきであろうな」


「僕も、まったくかまいません。よければ、そのさまを見学させていただきたく思います」


 そう言って、アラウトはサイのほうを見た。


「サイも森辺の方々の力量には、強く興味を寄せていたのだろう? この機会に、手合わせを願ってみてはどうかな?」


「それなら、サンジュラもお役に立てそうね。あなたはあまり、自分の剣術を披露するのを好んでいないようだけれど」


 そんな具合に、ドムの集落はにわかに活気づき始めた。これこそが、我らがダン=ルティムのもたらした効能であろう。

 日没までは、まだ一刻以上も残されている。祝いの儀式が始められるまで、ぞんぶんに場が温められそうなところであった。

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