麗風の会②~開会~
2022.11/30 更新分 1/1
身支度を終えた森辺の一行は、あらためて茶会の会場に招かれることになった。
案内されたのは、これまでに何度となく足を踏み入れたことのある大広間だ。そちらでは「森辺のご一行様、ご入室です」という簡単な紹介とともに、12名がいっぺんに入室することが許された。
やはりあくまで茶会であるために、普段の祝宴ほどは格式張っていないのだろう。
ただし、参席者の人数は120名ほどにも及ぶ。それで俺たちが入室すると、あちこちから感嘆のざわめきがあげられたのだった。
参席者の過半数は、若き貴婦人と貴公子だ。
男女問わずにご年配の方々というのは、全体の1割ていどのものであろうか。普段の祝宴より圧倒的に平均年齢が低いため、そのぶん華やかさが増しているように感じられる。そこに楽団の奏でる優美な演奏の音色がかぶせられて、なんともたおやかなる雰囲気であった。
「ふむ。やはり、昼と夜では趣が異なるようだな」
俺のかたわらを闊歩するアイ=ファが、小声でそのような感想をこぼした。
確かに、日中にこちらの大広間に足を踏み入れるのは初めてのことであろう。もとよりジェノスの祝宴では、夜でも昼間のような明るさであるわけだが――やはり人工の光と自然光では、見える光景が違ってくるようであった。
紅鳥宮はその名が示す通り、赤煉瓦で建築されている。その赤褐色を基調にした広間の様相や、足もとを埋め尽くす絨毯の幾何学模様や、宴衣装を纏った人々の姿などが、壁の高い位置に切られた窓からのたっぷりとした陽光に照らし出されているのだ。それは普段の厳粛さがいくぶん減じる代わりに、華々しさが加算されるようであった。
「お待ちしていたわ、森辺のご一行様。今日はわたくしどもの招待に応じてくださって、どうもありがとう」
大広間のもっとも奥まった場所に控えていたエウリフィアが、そんな言葉で俺たちを出迎えてくれた。
その場には、ジェノス侯爵家と三伯爵家、それに王都の貴族たるフェルメスとバナーム侯爵家のアラウトも集結している。そしてそちらも若い人間が居揃っているため、やはり普段以上の華やかさであるように感じられた。
ジェノス侯爵家はエウリフィアとオディフィア、トゥラン伯爵家はリフレイア、ダレイム伯爵家はポルアースとメリム、リッティアとカーリア、サトゥラス伯爵家はリーハイムとレイリスと2名の若き貴婦人――年配の部類であるのは、ポルアースの母君であるリッティアただひとりだ。
あとは、フェルメスのかたらわらにはジェムドが、アラウトのかたわらにはサイが、それぞれアイ=ファたちと同じような武官の礼服でたたずんでいる。そちらは従者の腕章もつけていないため、本日は菓子を食べても許されるということであろう。
「そろそろ中天のはずだけれど、実はまだ他の料理番の方々がいらしていないの。そちらが到着するまで、くつろぎながらお待ちいただけるかしら?」
「待てというのなら、いくらでも待とう。これだけの顔ぶれがそろっていれば、退屈するいとまもなかろうからな」
本日はジザ=ルウもダリ=サウティも参じていないため、ゲオル=ザザが代表者としてそのように応じる。それと向かい合ったエウリフィアは、にこりと微笑んだ。
「ゲオル=ザザがそちらの礼服を纏うのは、初めてであったかしら? 勇壮で、とてもお似合いよ」
「ふん。アイ=ファの言い草ではないが、俺たちにはこういった装束のほうが、まだしも相応なのではなかろうかな」
「普段の宴衣装もまたとなくお似合いだけれど、剣士としても名高い森辺の方々にはこういった装いが似合うのではないかと一考したの。それが的外れな考えではなかったと証明されて、わたくしも満足よ」
エウリフィアはたおやかに微笑みつつ、アイ=ファのほうに視線を移した。
「ただ……アイ=ファに関しては、本当に悩んだのよ。数々の宴衣装を脇に追いやってまで、武官の礼服を着ていただくべきかどうか……でも、これはわたくしの想像を超える凛々しさであったわ。アイ=ファも気分を害していなければ嬉しいのだけれど、いかがかしら?」
「気分を害する理由はない。私もまた、普段の宴衣装よりはよほど好ましく思っている」
「それなら、よかったわ。きっと今日は数多くの貴婦人が、またアイ=ファの美しさに魅了されることでしょう」
アイ=ファはうろんげに小首を傾げていたが、俺にはエウリフィアの言葉が理解できていた。リーハイムのかたわらにある若き貴婦人たちなどは、実に陶然とした眼差しでアイ=ファを見つめていたのである。俺の知る限り、男装の麗人というのは異性よりも同性の胸を騒がせる存在なのではないかと思われてならなかった。
そうして主催者たるエウリフィアからの挨拶が一段落したようなので、俺たちも個別にご挨拶をさせていただく。俺としては迷うところであったが、まずは送別の祝宴でもあまり言葉を交わすことのできなかったフェルメスから挨拶をさせていただくことにした。
「おひさしぶりです、フェルメス。その後、調子はいかがですか?」
フェルメスは体調不良を隠しながら、送別の祝宴に臨んでいたという話であったのだ。本日のフェルメスは淡い紫色の長衣に申し訳ていどの飾り物をさげており、その場にいる誰よりも質素な身なりであったが、相変わらず貴婦人のごとき美しさであった。
「お気遣いありがとうございます。ご覧の通り、僕は息災に過ごしていましたよ。このような催しに招いていただけて、心より嬉しく思っています」
「ああ、菓子であれば、フェルメスも心置きなく口にできますものね」
「はい。なおかつ今日は、アスタも厨を預かるおひとりであるのでしょう? アスタ自身が手掛ける菓子というのはきわめて希少な品であるかと思いますので、昨晩から心待ちにしていました」
と、フェルメスは貴婦人のごとき面立ちでやわらかく微笑みかけてくる。そのグリーンとブラウンが複雑に入り混じったヘーゼルアイにも、どこか恋する乙女のような輝きが宿されていた。
「……どうやら、体調も持ち直したようだな」
アイ=ファが仏頂面になりながら小声で割り込んでくると、フェルメスはくすくすと忍び笑いをもらした。
「ええ。ティカトラス殿らが出立すると同時に、見る見る回復していきました。存外、ティカトラス殿に対する懸念などが、僕に心労を与えていたのかもしれませんね」
「あなたがそのていどのことで体調を崩すことはあるまい。今後も油断なく病魔に備えるべきであろうと思うぞ」
「ご忠告感謝いたします。……それにしても、アイ=ファは姫騎士ゼリアの扮装にも負けないほどの凛々しさですね。ただ礼服を纏っているだけで、神話からそのまま抜け出してきたかのようなお姿です」
確かにフェルメスは元気になったようで、その弁舌のなめらかさもひとしおであった。
アイ=ファが機嫌を損なう前に、フェルメスへの挨拶はそこで切り上げさせていただく。アラウトのほうも気になるところであったが、それよりも前に俺はリッティアに挨拶をしておきたかった。
「リッティア、おひさしぶりです。本日はまた、リッティアに最初にいただいたこちらの宴衣装を着させていただくことになりました」
「ああ、アスタ。とてもよくお似合いですよ。背丈にあわせて仕立て直したという話ですけれど、まったく不備はないようね」
小柄でころころとした体格の、気さくで朗らかな貴婦人である。隣のカーリアはポルアースの兄君たるアディスの伴侶で、それなりに厳格な気性であるものの、やわらかい一面も持っていることはすでに知れていた。
「カーリアもお元気そうで何よりです。今日はおふたりで同伴されたということですか?」
「ええ。わたくしの伴侶もご当主も甘い菓子を好んでいるのですけれど、やはり日中は多忙なもので……それにやっぱり、いかめしい殿方には不相応な催しなのでしょうしね」
「そうね。侯爵家や伯爵家のご当主が参ずるような催しではないのでしょう。もちろん、貴婦人であられるトゥランのご当主は別ですけれど」
リッティアもカーリアもリフレイアに反感を抱いている様子はないので、俺はほっとする。リフレイアは大罪人たる父親から爵位を受け継ぎ、貴族の社交界でゼロから自分の居場所を築こうとしているさなかであるはずであったのだった。
「リッティア! 新しい宴衣装、ありがとーございます! でもでも、リミたちばっかりこんなのをもらっちゃって、よかったの? ……です?」
ぴょこんと顔を出したリミ=ルウがそのように発言すると、リッティアは「ええ」と笑み崩れた。
「幼き貴婦人の宴衣装というのは成長につれてすぐに着られなくなってしまうため、仕立て直して他の貴婦人にお贈りするというのも珍しくはないの。そちらの宴衣装も、マーデル子爵家から譲り受けたものを仕立て直したものなのだけれど……気に入っていただけた?」
「うん! ひらひらしてて、かわいーです!」
どうやらリミ=ルウはこれまでの宴衣装よりも好みに合ったようで、ご満悦の面持ちだ。その姿を見下ろすアイ=ファも、とても優しい眼差しになっていた。
そうしてポルアースやメリムにもご挨拶をしてから、俺はアラウトのもとを目指す。そちらはリフレイアと談笑しているさなかであった。
「お邪魔します。アラウト、さきほどはご挨拶をありがとうございました」
「いえ。カルスたちも間もなく到着するはずですので、もう少々お待ちください」
アラウトは朝方と同じく、誠実で温かみのある微笑を返してくる。
そしてリフレイアは、すました顔で貴婦人の礼をしてきた。
「ご機嫌よう、アスタにアイ=ファ。……こういう場ではアスタも気安い口をきいてくれないので、不便なことね」
「ええ。アイ=ファのほうに変わりはないので、それでご勘弁いただければと思います」
「アイ=ファだけじゃなく森辺の殿方はみんな気安く接してくれるのだから、アスタだってそれにならってくれればいいのにね」
そんな風に語りながら、リフレイアも機嫌は悪くないようだ。むしろ、上機嫌であるために軽口を飛ばしているように見受けられた。
本日もリフレイアは黄色の宴衣装で、アラウトは赤を基調にした礼服だ。その色合いが、送別の祝宴で舞踏に興じるふたりの姿を想起させてやまなかった。
13歳のリフレイアと15歳のアラウトは、こうして並んで立っている姿がとても自然であるように感じられる。そして彼らはもう間もなく、それぞれ齢を重ねることになるのだ。そうしたら、いっそう妙齢の組み合わせということになるのではないだろうか。
(だけどまあ、そんな軽はずみなことは口に出せないもんな)
俺がそのように考えたとき、入り口のほうから「バナームの料理人カルス様のご一行、ご入室です」という声が響きわたった。
「ああ、ようやくカルスも仕事を終えたようです。約束の刻限には間に合ったようで、何よりでした」
「でも今、ご一行様と紹介されていましたね。もしかして、バナームから別の料理人の方々も同伴されていたのですか?」
「いえ。カルスの調理を手伝ってくれた方々のことでしょう」
俺は「なるほど」と首肯したが、なんだか広間が妙にざわついているように感じられる。決して悪い雰囲気ではないが、どこか当惑気味であるように感じられるのは、俺の気のせいなのだろうか。
(カルスの手伝いをしたのって、プラティカたちのはずだよな。今さらプラティカの宴衣装に驚いたりはしないと思うけど……)
俺がそのように思案している間に、カルスの一行がこちらに近づいてきた。
それらの姿に、俺も思わず息を呑んでしまう。そこにはひとりだけ、思いも寄らぬ人物がまぎれこんでいたのだ。
「お疲れ様、シフォン=チェル。ちょうど今、アスタたちに挨拶をしていたところであったのよ」
こちらでは、リフレイアが笑顔で出迎える。
カルスとともにやってきたのは、プラティカとニコラとシフォン=チェルの3名であり――そして、彼女たちも宴衣装を纏っていたのだった。
もちろんそれでもシフォン=チェルは侍女の身であったため、決して華美すぎる姿ではない。宴衣装というよりは、準礼装といったぐらいの装いであろう。ベージュ色のワンピースに細かい刺繍のされたベストを羽織り、あとは胸もとや手首に飾り物を光らせているていどである。
ただし、シフォン=チェルは175センチはあろうかという長身で、蜂蜜色の巻き毛をしており、肌は抜けるように白い。彫りが深くて端麗な面立ちで、紫色の瞳は煙るように神秘的なきらめきをたたえており――そんな彼女が着飾ると、それこそ貴婦人と見まごう壮麗さであったのだった。
「驚いた? 今日はシフォン=チェルも、参席者という扱いであるのよ」
リフレイアが誇らしげに言いたてると、シフォン=チェルはゆったりと微笑んだ。
「侍女の身で茶会の参席者などというのは、あまりに恐れ多い話なのですが……貴き方々のご温情により、分不相応の席を賜ることになりました……」
「普段の祝宴では、とうてい許されない所業でしょうけれどね。でもこれは何も格式張った会ではないし、カルス殿の調理助手という名目なら特別に許すとエウリフィアに言っていただけたの」
「なるほど……言ってみれば、ニコラと同じ立場というわけですか」
ニコラは料理人ヤンの弟子だが、身分としてはダレイム伯爵家の侍女であるのだ。そして本日は、彼女も茶会の参席者であったのだった。
そのニコラも、シフォン=チェルと同様の準礼装に身を包んでいる。そして彼女は、出自が貴族なのである。いつも仏頂面で不愛想なニコラであるが、その顔立ちや立ち居振る舞いにはどこか気品が残されているため、そんな彼女も今日の装いがまたとなく似合っていた。
そして、そんなニコラたちと居並ぶプラティカは、以前に着用していた自前の礼装だ。黒地に深い紫色の渦巻き模様が刺繍された袖なしの胴衣にゆったりとした脚衣といったいでたちで、ニコラたちよりも数多くの飾り物をさげている。アイ=ファほどではないにせよ、彼女も背が高く引き締まった身体つきをしており、なおかつ凛々しい美形であるため、どこか男装の麗人めいて見えた。
そんな3名に囲まれたカルスがもっとも地味に見えてしまうのは、致し方のないことであろう。彼もまた準礼装のいでたちであったが、おどおどとした気弱な態度のために、いっそう影が薄くなってしまうのだ。
しかし彼の魅力や才覚といったものは、外面ではなく内面に存在する。その成果を口にできる時間が、今から待ち遠しくてならなかった。
「カルスたちも、お疲れ様でした。これで残るは、あとひと組ね」
エウリフィアがそのように言ったとき、それに応じるように小姓の声が響きわたった。最後の料理人、ダイアが到着したのだ。
ダイアもまたワンピースタイプの準礼装で、しずしずと広間を横断してくる。彼女はとても柔和な面立ちをした壮年の女性で、料理人というよりは乳母か何かを連想させるたたずまいだ。ただ、このような場でも決して気張ることなく、やわらかで温かな微笑みをたたえているため、まったく浮いて見えることはなかった。
それに、彼女の同伴者たちである。
なんとダイアは、準礼装を纏ったヤンとティマロにエスコートされていたのだった。
「ああ、これで全員そろったわ。ダイアたちも、お疲れ様」
「はい。お待たせしてしまって、まことに申し訳ございません」
「約束の刻限には間に合っているのだから、謝罪には及ばないわ。ヤンにティマロも、ダイアに力を添えてくれてありがとう」
「いえ。一介の料理人に過ぎない我々にまでも参席の機会をいただけたこと、心より感謝しております」
ティマロが恭しげに一礼しながら、そのように応じた。
エウリフィアは鷹揚にうなずきつつ、俺のほうに目を向けてくる。
「いずれはヤンやティマロにもこういった茶会の厨をお預けしてみたいから、今日は会場の空気を知ってもらうためにダイアの仕事を手伝っていただいたの。ゆくゆくは、宿場町の方々もお誘いしようと考えているのよ」
「宿場町というと、《アロウのつぼみ亭》や《ランドルの長耳亭》あたりでしょうか?」
「そう。ダカルマス殿下の試食会で、素晴らしい菓子を作りあげてくれた方々ね。理想を言えば、今日も城下町と宿場町と森辺からそれぞれ料理人を集めたかったところなのだけれど……いきなり大がかりにするのも心配であったから、欲をかかずにダイアと森辺の方々にお願いすることになったというわけね」
そしてさらに、アラウトがジェノスに到着するなりカルスにも声をかけて、本日の布陣と相成ったわけである。俺などはほんのおまけであるが、これだけの顔ぶれであれば文句をつける人間などひとりもいないことだろう。
そうしてエウリフィアは、かたわらの侍女へと目配せをした。
侍女が銀色の鈴を打ち鳴らすと、壁際に居並んでいた侍女たちもそれに続き、広間が鈴の音に包まれる。それで参席者の人々は歓談をつつしむことになった。
「それではすべての菓子の準備ができたようなので、本日の催しを開始させていただきます。まずは、わたくしどもの招待に応じていただき、心から感謝の言葉をお伝えさせていただきますわ」
高い身分にあるエウリフィアであるが、彼女がこういった場で開会の挨拶を受け持つというのは初めてのことだろう。城下町の催しというのは、おおよそ男性が取り仕切るものであるのだ。
「事前にお伝えした通り、本日の催しは規模の大きな茶会となります。発起人はこのわたくし、ジェノス侯爵家の第一子息夫人エウリフィアで……三伯爵家の立場ある方々も、その後見人として名乗りをあげてくださいました。まずはそれらの貴婦人をご紹介いたしましょう」
そうして紹介されたのは、ポルアースの伴侶であるメリムと、リフレイア――それに、サトゥラス伯爵家の若き貴婦人の片方であった。ポルアースやリーハイムやリッティアではなく、そういった若き貴婦人たちが、このたびの運営陣であったのだ。
「もともとわたくしは貴婦人の交流の場を大きくしたいという思いで、こちらの催しを計画しました。ただ……そこには菓子の準備をしてくださる料理人の方々もお招きしたかったので、考えをあらためることになったのです。料理人には殿方も多いので、貴婦人ばかりでは居心地が悪くなってしまうでしょう? ですから、あくまで貴婦人を主体としながら、それに付き添う殿方というものもお招きして、ともに美味なる菓子と茶を楽しみながら交流を深めさせていただこうと思いたったのです」
エウリフィアは悠揚せまらず、そのように経緯を説明してくれた。
「今日の会で何も問題が生じなければ、今後も定期的にこういった催しを開きたいと考えています。それにあたって、催しの呼称を考えたのですけれど……麗風の会というのは、いかがかしら?」
エウリフィアの言葉を受けて、メリムがにこりと微笑んだ。
「復活祭のさなかに開かれるトトスの早駆け大会は、烈風の会という呼称がつけられたそうですね。それになぞらえたということでしょうか?」
「そう。あちらは殿方が主体の催しでしょうから、貴婦人が主体となるこちらの会にはそれと対になる呼称が相応しいかと一考したの」
「素敵な名前だと思います。その名に相応しい、麗しき会を目指したいところですね」
「ええ、本当に。……それでは記念すべき第一回の催しを彩ってくださる、料理人の方々をご紹介いたしましょう。まずは、ジェノス城の料理長ダイア」
ダイアが恭しくお辞儀をすると、節度のある拍手がそれを迎えた。
「続いて、バナーム城の料理人カルス。……森辺の料理人、アスタ。トゥール=ディン。リミ=ルウ。……本日は、こちらの5名が素晴らしい菓子を準備してくださいましたわ。もちろんわたくしも、これから初めてそれらの菓子を口にするのですけれど……ダカルマス殿下の試食会でも素晴らしい手腕を見せてくれたジェノスの誇る料理人たちと、先だっての祝宴でその手腕を披露してくださったカルスなのですから、この期待が裏切られることは決してないでしょう。どうかみなさん、甘やかなひとときをお過ごしくださいね」
そうしてエウリフィアがたおやかに一礼して、開会の挨拶は終了であった。
屋根を打つ雨粒のような拍手の音色に、こらえかねたような歓声がかぶせられる。扉が大きく開かれて、菓子の山を台車にのせた小姓たちが続々と姿を現したのだ。
とたんに広大なる大広間が、甘い香りに満たされる。それを祝福するかのように、楽団の面々が弾むようなリズムの演奏を披露した。
「さあ、麗風の会の始まりよ。何も格式張った催しではないので、気楽に菓子と歓談を楽しんでね」
エウリフィアが、朗らかな笑顔を森辺の面々に向けてくる。
すると、ララ=ルウが真っ赤な髪をなびかせながら進み出た。
「ねえ、エウリフィア。今日はどうして、あたしまで招待してくれたの?」
「それはもちろん、あなたが森辺きっての社交家と見込んでのことよ」
真剣な眼差しをしたララ=ルウに、エウリフィアはいっそう楽しげに微笑みかけた。
「さきほども言った通り、今日の会はあくまで貴婦人が主体であるの。だから、森辺の方々に対しても、まずはいずれの女性をお招きするべきか一考して……それで選ばれたのが、あなたとヤミル=レイであったというわけね。トゥール=ディンとリミ=ルウは料理人として、アイ=ファはアスタの付添人として、あなたとヤミル=レイは社交家の女性としてお招きしたということよ」
「ヤミル=レイは送別の祝宴が開かれた日の昼間に、男衆らと一緒に貴族と語らってたんだよね。それでヤミル=レイにはけっこうな力が認められたんだって、あたしもジザ兄から聞いてるけど……あたしはその語らいの場にも加わってないよ」
「あなたはそれよりも昔日から、社交家としての力を見せつけていたじゃない。あの気難しいオーグ殿やロブロス殿でさえ、あなたには胸襟を開いていたのですからね」
そう言って、エウリフィアはなよやかな腕で広間のほうを指し示した。
「森辺の殿方もその誠実なお人柄で数多くの貴族と交流を深めたのでしょうけれど、このような貴婦人ばかりの場では、きっとあなたやヤミル=レイのほうがしっかりと力を示すことができるでしょう。わたくしが望んでいるのは、ただひとつ……貴族と森辺のご婦人方が正しく絆を深めることだけよ。どうかあなたの力を頼らせてね、ララ=ルウ」
「……あたしだって本当は、貴族の若い娘より年をくった男のほうが、まだしゃべりやすいように思うんだけどね」
そのように語りながら、ララ=ルウは力強く微笑んだ。
「でもきっと、ジザ兄やダリ=サウティよりは、若い娘と気安くしゃべれるだろうからね。あたしなりに、頑張ってみるよ。……ありがとう、エウリフィア」
「こちらこそ。森辺にあなたのような女性が存在して、わたくしも心から得難く思っているわ」
エウリフィアがそのように答えたとき、その愛娘がくいくいと腕を引っ張った。
オディフィアのきらきらと光る灰色の瞳に見上げられて、エウリフィアは優しく微笑む。
「それじゃあわたくしたちも、菓子を楽しむことにしましょう。トゥール=ディン、あなたの菓子のもとまでご案内をお願いできるかしら?」




