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異世界料理道  作者: EDA
第七十四章 輝ける縁成
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フォウとヴェラの婚儀③~分かち合う思い~

 しばらくモガ=サウティたちと和やかに語らったのち、俺とアイ=ファは本日の主役たちに挨拶をすることにした。

 そちらで巡りあったのは、長らく姿が見えなかったレイナ=ルウとルド=ルウである。彼らもまた、血族たちの挨拶が一段落するのを待っていたのだろう。宴衣装のレイナ=ルウは人目をひいてやまないきらびやかさであり、その弟はいつもの調子でのんびり笑っていた。


「よー。アイ=ファも相変わらずの豪勢な姿だなー。ちびリミがアイ=ファの宴衣装を見たかったって、ずっと嘆いてたぜー」


「……そうか。リミ=ルウの婚儀の際には、同じ姿で参ずると約束しよう」


「そんなの、いつの話だよー。ま、とにかく挨拶を済ませちまうか」


 ルド=ルウたちは花婿とも花嫁ともさして親交はなかったので、その挨拶もきわめて儀礼的なものであった。

 いっぽう俺とアイ=ファは、女衆のほうとだけそれなりのご縁を持っている。それで俺たちが近づいていくと、花嫁たる女衆は泣き笑いのような表情で出迎えてくれたのだった。


「ああ、アイ=ファにアスタ……今日はわざわざ、ありがとうございます」


「うむ。ずいぶん心を乱しているようだが、大事ないか?」


 心優しいアイ=ファがそのように問いかけると、花嫁たる女衆は玉虫色の輝きの向こうで「はい」とうつむいた。


「どうにも気持ちをかき乱されて、どのような顔をしていればいいのかもわからないのです。ただ……幸福であることに疑いはありません。幸福すぎて、怖いぐらいの心情であるのです」


「そうか。お前にとっては、それだけの日であるのだからな。何も恥じることはないように思うぞ」


 このヴェラの女衆は余人に対して礼節をわきまえつつ、身内に対しては遠慮のない人柄であった。とりわけ兄たる家長には遠慮がなく、俺たちに対しては決して向けないような軽口を叩いたりして、そんなさまがずいぶん微笑ましく思えたのだ。

 然して、本日の彼女は幼子のように情緒が定まらないようである。そうして彼女がもじもじしていると、かたわらの花婿が朗らかな笑顔を向けてきた。


「本当に、今日のお前は別人のようだ。しかし、好ましいことに変わりはないので、何も案ずることはないぞ」


「そ、そのような言葉を人前で口にするのは、つつしむべきだと思います」


「いいではないか。俺たちは、ようやく何を語っても許される間柄となったのだからな」


 花婿のほうは、ひたすら幸福そうな面持ちである。

 婚儀の際には気を張ってしまう男衆が多いという印象であったが、彼はそういうタイプではないらしい。そういえば、ランの女衆と結ばれたスドラの男衆なども、婚儀の間ずっとにこにこと笑っていたものだ。そうして婚儀における心持ちは人それぞれであろうとも、誰もが同じぐらい強い気持ちで今日という日の喜びを噛みしめているはずであった。


 そうして挨拶を終えた俺たちは、簡易かまどの並ぶ広場の外周へと舞い戻る。その際に、ルド=ルウとレイナ=ルウも追従してきた。


「今日は見覚えのない顔が多いよなー。俺たちも、サウティの血族ってのは限られた相手としかつきあいがねーからさ」


「うん。でもルド=ルウなんかは、猟犬の扱い方の手ほどきか何かでフォウに滞在してたこともあったよね?」


「あー。でもフォウの家人なんざ、20人かそこらだろ。やっぱ知らない顔のほうが多く感じるよ」


 そんな風に言いながら、物怖じするようなルド=ルウではない。むしろ、見知らぬ顔が多いことを楽しんでいる様子である。いっぽうレイナ=ルウも、参席者の顔ぶれに頓着している様子はなかった。


「ララであれば、こういう場でも交流を広げることがかなうのでしょうね。わたしも何とか、力を尽くそうと思っているのですが……」


「でもレイナ姉は、宴料理に夢中だもんなー」


「そ、そんなことないよ! ……でも、本日の宴料理も見事な仕上がりだと思います。やっぱりフォウのかまど番たちは、アスタのもとで確かな力を育んでいるようですね」


「うん。屋台の当番に関わるのは遅かったけど、下ごしらえに関してはさんざん手を借りていたからね。それにフォウの人たちは、修練を積むことにも熱心だったしさ」


「アスタやユン=スドラやトゥール=ディンなどの力も借りずにこれだけの料理を仕上げられるのは、素晴らしいことだと思います。きっとロイたちが参じていたならば、驚きを禁じ得なかったでしょうね」


 と、やっぱり関心は宴料理のほうに向けられてしまうレイナ=ルウであった。

 そうして俺たちが手近な簡易かまどに到着すると、そこもたくさんの人々で賑わっている。あまり見慣れた顔はないみたいだなと考えていると、宴衣装の若い女衆が穏やかに微笑みながら頭を下げてきた。


「アスタにレイナ=ルウ、おひさしぶりでございます。こうして再びご挨拶できる日を心待ちにしておりました」


「あ、はい。えーと、あなたは……」


「わたしはフェイの家人にございます」


 それでようやく、俺も思い出すことができた。それはかつて血抜きをしていないギバ肉の扱い方の手ほどきを願ってルウの集落にやってきた、サウティの血族のひとりであったのだ。


「すみません、とっさに思い出すことができなくて。お元気なようで、何よりです」


「とんでもありません。3ヶ月以上も前にひとたびお会いしただけなのですから、わたしなどのことを見覚えていられないのは当然のことでしょう」


 あれはティカトラスの一行がジェノスにやってくる直前、サウティの血族とラウ=レイおよびヤミル=レイをファの家にお招きしていた頃の話であるから、おそらく白の月の終わり頃となるのだろう。それからもう3ヶ月以上が過ぎているというのは、なかなか驚くべき話であった。


「あれからもうそんなに月日が経っていたのですね。何にせよ、そちらもお元気そうで何よりです」


「はい。アスタやみなさんのおかげで、無事に生鮮肉を売る仕事を果たすこともかないました」


 そうして俺たちは、その場にいる面々を紹介されることになった。その場にはフェイとタムルの男女が2名ずつと、それを案内するフォウの若い男女が寄り集まっていたのだった。


「さきほどは、モガ=サウティたちにご挨拶することになりましたよ。みなさんも、それぞれの家長とは別行動であったのですね」


「ええ。家長らは、敷物に集って言葉を交わしているようです」


 そういえば俺は祝宴が始まってから、まだアイ=ファとラッド=リッドを除く家長というものに出会っていない気がする。おおよその家長らはひとつところに集まって交流を深めつつ、今日の婚儀について語らっているのかもしれなかった。


「今日はそれだけ、尋常ならざる婚儀であるからな。しかしアスタもアイ=ファもルウの客人たちも、心置きなく祝宴を楽しんでもらいたく思うぞ」


 と、案内役を果たしていたフォウ分家の若衆が気さくに笑いかけてくる。たとえ名前までは知らなくとも、フォウの人々とは何度も収穫祭を重ねてきた間柄だ。ただ、フォウの若い女衆のほうは、陶然とした面持ちでアイ=ファのことを見つめていた。


「収穫祭では、アイ=ファも狩人の姿ですものね。アイ=ファの宴衣装を拝見するのは……もしかしたら、スドラとランの婚儀までさかのぼるのでしょうか? あの頃よりも、さらに美しい姿だと思います」


 アイ=ファは口がへの字になるのをこらえているような面持ちで、「いたみいる」とぶっきらぼうに応じる。ちなみにスドラとランの婚儀というのは、去年の白の月にまでさかのぼる昔日の話であった。


「あ、わたしはあなたのことをお見かけしたような覚えがございます。以前、森辺に道を切り開く仕事のさなか、北の民や衛兵の方々が手傷を負った際、手当ての手伝いをされていましたよね?」


 と、タムルの女衆がそのように呼びかけると、ルド=ルウが「んー?」と小首を傾げた。


「確かにあのときは、サウティの集落まで出張ることになったなー。あのとき、あんたも居合わせたってことかー?」


「はい。サウティとヴェラだけでは人手が足りなかったため、わたしたちも力を添えることになりました。あれからもう、1年半以上も経っているのでしょうね」


「あー、もうそんなに経つのかー。どうりで俺も、年を食うわけだぜ」


 弱冠17歳のルド=ルウが悪戯小僧の面持ちで白い歯をこぼすと、タムルの女衆もはにかむように微笑んだ。

 たとえ家が遠くとも、俺たちはそうして少しずつでも縁を重ねてきたのだ。もっとも家の遠いフェイやタムルの人々と邂逅したことで、俺たちはその事実を再確認できたようだった。


「あんたたちは、南の端っこで暮らしてるんだよなー? 最近そっちは、どんな具合だい?」


「はい。飛蝗の騒ぎが収まってからは、つつがなく過ごしています。あの頃はたびたび衛兵の方々を集落に迎えたり、時にはダレイムの方々に食事を作る仕事を受け持ったりと、さまざまなことがありましたが……あれはあれで、外界の方々と絆を深める大切な機会であったのだろうと思います」


「もうじき復活祭なんだから、あんたたちももっと宿場町に下りりゃあいいんじゃねーのか? 家が遠くて手間はかかるだろうけど、それだけの価値はあると思うぜー?」


「ええ。こちらでも少しずつトトスと荷車を買い足しておりますので、今年はより多くの家人が出向けるのではないかと期待しています」


 そんな具合に、あちこちでいっそう交流が深められていく。

 そうしてルド=ルウのかたわらでもじもじとしているレイナ=ルウに気づいたアイ=ファが、ふっと声をあげた。


「ところで我々は、まだまったく腹が満たされていないのだ。言葉を交わすのは宴料理を食しながらでかまわないだろうか?」


「ああ、これは申し訳ありません。みなさんにお会いできた喜びで、ついつい逸ってしまいました」


 その場に集っていた人々がふたつに分かれて、簡易かまどをあらわにさせる。そちらからは、ギバ骨スープの強烈な香りがたちのぼっていた。


「ああ、アイ=ファにアスタ。ようやくご挨拶ができましたね」


 そのように笑顔を向けてきたのは、アイ=ファの幼馴染たるサリス・ラン=フォウだ。本日は、彼女がこちらの担当であったのだった。


「どうぞお召し上がりください。本日は、ギバ骨のすーぷをらーめんに仕上げました」


「ギバ骨ラーメンですか。この人数だと、大変だったんじゃありませんか?」


「ええ。めんだけは、前日に仕上げておいたのです」


 というわけで、その後はギバ骨ラーメンをすすりながら交流を深めることに相成った。

 ただし、アイ=ファはようやく出会えたサリス・ラン=フォウと和やかに言葉を交わし、レイナ=ルウはラーメンの検分に夢中になっている。フェイやタムルの人々と言葉を交わすのは、おもに俺とルド=ルウの役割となった。


「ルウの末弟はその若さで、何度となく勇者の称号を授かっているそうだな。それに、族長ダリ=サウティたちからも、その力量は聞き及んでいる。いずれ俺たちも手合わせを願いたいものだ」


「あー、そういうダリ=サウティこそ、大した力量だったけどなー。やっぱそっちでは、ダリ=サウティが一番の勇者なのかー?」


「うむ。この2、3年は、ダリ=サウティも手傷を負うことが多かったので、力比べに加われぬ日も多かったがな。しかしダリ=サウティの身が万全であれば、なかなか土をつけられるものではない」


 そのように、ルド=ルウは誰が相手でも過不足なくコミュニケーションすることができる。ルド=ルウは宿場町でも城下町でもその対人スキルを如何なく発揮しているので、森辺の同胞が相手であればなおさら容易いことなのだろう。

 ただ、ルド=ルウが他なる氏族と交流を深める姿というのは、俺にとってもなかなか新鮮な見ものであった。ここ最近は氏族間の交流が深まって、これほどご縁の薄い相手と出くわす機会も少なくなっていたのだった。


「なんか、このままくっちゃべってると、いつまでも腹が満たされそうにねーな。どーせだったら、別のかまどに向かいながら話さねーか?」


 そんなルド=ルウの言葉によって、俺たちは大人数で次なる簡易かまどを目指すことになった。

 サリス・ラン=フォウとたっぷりおしゃべりできたアイ=ファは、どこか満腹した子猫のような面持ちで俺に顔を寄せてくる。


「ルド=ルウも以前は奔放な面が目立っていたが、ずいぶん貫禄がついたようだな。ジザ=ルウのいない場でも、しっかり取り仕切っているではないか」


「うん。もともとルド=ルウは、積極的な性格だしな。……でもアイ=ファも、さっきはレイナ=ルウが宴料理を食べたそうにしているのに気づいて、気を使ってあげたんだろう?」


「あれはただ、自身の腹を満たしたかっただけのことだ」


 と、自分の手柄に関しては謙虚なアイ=ファである。

 俺は何だか、満ち足りた気持ちだ。よくよく見知った人々と、あまり見知らぬ人々の存在が、それぞれ層を成して俺の心を満たしてくれているような気分であった。


 そうして次なるかまどにも、さまざまな人々が集っている。俺がよく見知っているのは、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラ、そしてディック=ドムとモルン・ルティム=ドムの4名であった。


「よー、また会ったな。しっかり食ってるかー?」


 ルド=ルウが気さくな笑顔を向けると、モルン・ルティム=ドムが「うん」と身内の顔を覗かせる。モルン・ルティム=ドムは血族に対しても礼儀正しいが、ルド=ルウやララ=ルウには幼馴染として接するのだ。


「お、一緒にいるのは、チム=スドラかー。先月の城下町の祝宴と、おんなじ顔ぶれだなー」


「うむ。ちょうどそのときの話を、語って聞かせていたのだ。……しかし、俺やドムの家長はあまり語るのが得手でないので、ルド=ルウやアスタにも助力を願えたらありがたく思う」


 その場には、フォウやヴェラの人々なども集っている。それを相手に、城下町の送別会について語らっていたところであったようだ。


「その前に、まずは料理を食わせてくれよ。俺たちも今日はしゃべるばっかりで、なかなか腹が満たされねーからさー」


 そちらのかまどで配られていたのは、熱々のグラタンである。普段はルウ家に預けている耐熱皿も回収して、それが活用されることになったのだ。

 木皿にグラタンを取り分けてもらった俺たちは、かまどの横合いに移動して輪を作る。もともとこちらが引き連れていたメンバーも加えると、なかなかの大人数だ。そしてそちらでは、おおよそ男女に分かれて語らうことに相成った。


「アイ=ファやルウの次姉は城下町の祝宴で、ひときわ豪奢な宴衣装を準備されたそうですね。それがどれほどの宴衣装であるのか、1度でいいので拝見したいぐらいです」


「そちらの宴衣装は、ずっと城下町で保管されているのですか? わたしたちは、なかなか城下町の祝宴に招かれる機会もないでしょうから……ずっと気にかかっていたのです」


「アイ=ファはこれほどの美しさであるのですから、どのような宴衣装でも輝くような姿なのでしょうね!」


 男衆と語るさなか、俺の背後からはそんな言葉がひっきりなしに聞こえてくる。アイ=ファがどのような表情になっているかは、想像に難くなかった。


「なんだ、ずいぶんな賑わいだな。間もなく女衆の舞を始める刻限となるぞ」


 と、笑いを含んだ男衆の声が、若い娘たちの嬌声を静める。俺が振り返ると、そこには新郎と新婦を従えたバードゥ=フォウの姿があった。


「いまだ婚儀を挙げていない女衆は、舞の準備をするといい。そして、客人たる女衆はその舞に加わるべきかどうか、それぞれの家長と語らってもらいたく思う」


「え? これはフォウとヴェラの婚儀であるのに、わたしたちも舞に加わることが許されるのですか?」


 フェイの女衆が驚いた様子で声を返すと、バードゥ=フォウは鷹揚に「うむ」とうなずいた。


「族長らとも協議して、そのように取り決めた。いずれの氏族とも婚儀を挙げることが許されるのであれば、舞を禁ずる理由はあるまい。ただし、家長の許しをもらった人間に限るので、必要な人間は早々に了承を取りつけるがいい」


 そうして未婚の女衆の大半は、その場から立ち去ることに相成った。

 アイ=ファはくたびれた顔をして、俺のもとに戻ってくる。それにレイナ=ルウもジザ=ルウのもとには向かわず、ルド=ルウのもとに戻ってきた。


「ふむ。アイ=ファはもちろん、ルウの次姉も舞を見せる気はないということか」


「はい。わたしはまだ、婚儀を急ぐつもりもありませんので」


 レイナ=ルウがつつましい面持ちでそのように答えると、ルド=ルウがいつもの調子でまぜっかえした。


「でもレイナ姉も、次の朱の月で20歳だろー? そろそろ婚儀をせっつかれる頃合いじゃねーか?」


「う、うるさいな! ルドだって、婚儀の話をいくつも断ってるじゃん!」


「俺はまだ17歳だもんよー。文句を言われる筋合いはねーや」


 ルド=ルウは舌を出し、レイナ=ルウは赤い顔をする。そんな両者を父親のような眼差しで見守りつつ、バードゥ=フォウは穏やかに微笑んだ。


「もちろんこちらは、何も強制するつもりはない。家の習わしと個人の心情に従って、それぞれ望ましい道を選んでもらいたく思う。……ただ、それとは別の話で、ジザ=ルウはお前たちを探していたようだぞ」


「あー、ずいぶん長々と別行動だったもんなー。じゃ、アスタたちはまた後でなー」


 そうしてルド=ルウとレイナ=ルウも立ち去っていき、フォウとヴェラの男衆も次々に散開していった。きっと女衆の舞を見届けるために、もっといい場所を確保しようというのだろう。

 それで残されたのは、俺とアイ=ファ、ディック=ドムとモルン・ルティム=ドム、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラである。その顔ぶれを見回しながら、バードゥ=フォウはまた微笑んだ。


「やはり同じていどの齢でも、伴侶を授かった人間というのは落ち着きが異なっているようだな。ドムの家長はもちろん、チム=スドラもずいぶん風格が出てきたようだ」


「俺などは、まだまだ若輩者だがな。……しかし、分家の家長に相応しい力を身につけたいと願っている」


 そのように答えるチム=スドラは、たしかルド=ルウより1歳年長ぐらいであろう。また、イーア・フォウ=スドラやモルン・ルティム=ドムもおおよそ同じ年頃であり――いっぽうディック=ドムは、恐ろしいことに俺やアイ=ファと同年代であるのだった。


「あ、あの、もしもご迷惑でなかったら……モルン・ルティム=ドムと語らせていただけないでしょうか?」


 と、花嫁姿のヴェラの女衆が、おずおずとした様子でそのように声をあげる。もちろんモルン・ルティム=ドムは、「はい」と温かい笑顔を返した。


「わたしに、どのようなお話でしょう? なんでもご遠慮なくお話しください」


「あ、いえ……ここではちょっと……」


 と、ヴェラの女衆が気恥ずかしそうに身をよじると、その伴侶たるフォウの男衆が優しく微笑みつつ言葉を添えた。


「きっと俺の伴侶は、そちらに伴侶としての心構えを教わりたいのだろうと思う。それは俺も同様なので、よければ男女で席を分けてもらえないだろうか?」


「ああ、そういうことでしたら――」


 モルン・ルティム=ドムがそのように応じかけたとき、「あの!」という思い詰めた声が思わぬ方向からあげられてきた。


「よ、よければわたしも、その輪に加わらせていただけないでしょうか?」


 それはしばらく姿の見えなかった、フェイ=ベイムであった。

 そのかたわらでは、モラ=ナハムもうっそりとうなずいている。


「俺も、同じように願いたい。……このような顔ぶれが集まることは、この先もそうそうなかろうからな」


 このような顔ぶれ――それはもちろん、血族ならぬ相手と婚儀を望んだ人間という意味であろう。半年ほど前に婚儀を挙げたドムの夫妻と、本日婚儀を挙げたフォウとヴェラの両名、そしてこれから婚儀を挙げたいと願っているモラ=ナハムとフェイ=ベイム――これは、そういう顔ぶれであるのだ。


「では、それぞれ好きに語らうがいい。俺はファの両名と交流を深めさせていただこう」


 バードゥ=フォウにうながされて、俺とアイ=ファとスドラの若き夫妻もその場から離れることになった。

 その場に残った6名も、それぞれ男女で分かれていく。それを尻目に、バードゥ=フォウは何度目かの微笑をこぼした。


「確かにこれはあやつらにとって、またとなき機会であるのだろう。現時点ではあの6名だけが、森辺で同じ思いを抱いているのであろうからな」


「うむ。シュミラル=リリンとヴィナ・ルウ=リリン、ジョウ=ランにユーミというのは、おのずと異なる心持ちであろうからな」


 アイ=ファがそのように応じると、バードゥ=フォウは「その通りだ」と首肯した。


「森辺の外から伴侶を迎えるというのも、もちろん大変な苦労であろうが……やはり、苦労の質は異なっていよう。ユーミはシュミラル=リリンと、ジョウ=ランはヴィナ・ルウ=リリンと語り、さらなる覚悟を固めるべきであるやもしれんな」


「うむ。そして、フォウばかりでなくランの家人をも導くべき立場であるバードゥ=フォウこそ、大変な苦労であろう」


「ふむ。しかし数年も経つ頃には、誰もが同じ苦労を抱えているやもしれんぞ。そのように考えれば、何も嘆く気にはなれんな。ただ、自分たちが悪しき例になってしまわないようにと、ひたすら気を引き締めるのみだ」


 すると、無言で歩いていたチム=スドラも精悍な面持ちで声をあげた。


「何も、バードゥ=フォウだけがすべての苦労を背負う必要はない。フォウの血族たる俺も、同じ苦労を分かち合う所存だぞ」


「うむ。スドラの家人には、大いに頼らせてもらおう。スドラには、それだけの力が備わっているのだからな」


 そうして俺たちがあてどもなく広場を進んでいくと、行く手からユーミが「おーい!」と手を振ってきた。


「アスタとアイ=ファ、やっと会えたねー! 祝宴が始まってから、ちっとも姿が見えなかったじゃん!」


 ユーミは簡易かまどのかたわらで手を振っており、その足もとに敷かれた敷物にはテリア=マスやランの人々が座していた。ジョウ=ランとランの家長と末妹というフルメンバーだ。


「そろそろ女衆の舞が始まるっていうんで、あたしたちも腰を落ち着けたところなんだよ! よかったら、一緒に拝見しない?」


「うん、もちろん。ユーミたちも、祝宴を楽しめてたかな?」


「あったり前じゃん! ただ……無性にリリンの人らに会いたくなっちゃってさ! それがちょっと、落ち着かない気分かなー」


「ユーミは、立派だな」と、バードゥ=フォウが包み込むような笑顔で応じた。


「お前はどうなのだ、ジョウ=ランよ? お前はヴィナ・ルウ=リリンとも、さして交流はないのだろう?」


「はい! ユーミ以外の女衆には、興味を持つ理由がありませんので!」


「これだ」と、バードゥ=フォウは笑みを苦笑に切り替えた。


「俺はユーミよりも、ジョウ=ランのほうが心配でならん。チム=スドラよ、せめて婚儀を挙げる人間としての覚悟を、お前から手ほどきしてやってはくれぬか?」


「ううむ。ジョウ=ランに言い聞かせるというのは、きわめて難儀な話だが……同じ苦労を分かち合うと言いたてたそばであるからな。ここは血族として、力をふるわせていただこう」


 チム=スドラも苦笑を浮かべつつ、ジョウ=ランのかたわらにどかりと座り込んだ。

 そんなチム=スドラの姿を、ジョウ=ランはきょとんと見返している。


「苦労とは、なんの話でしょう? 俺とて血族であるのですから、遠慮なく頼ってもらいたく思います」


「初っ端から、俺の気概を削がないでもらいたい」


 とぼけたジョウ=ランと生真面目なチム=スドラで、なかなかいいコンビのようである。彼らは年も近いし何かと行動をともにする機会も多いので、順調に絆を深められているようであるのだ。


「……なんかもう、みんなに世話をかけるばっかりだよねー」


 ユーミはほんのり赤くなった頬を撫でさすりつつ、大人びた顔で溜息をつく。こと婚儀の話に関しては、ジョウ=ランよりもユーミのほうがよほど深刻にとらえているのだった。


「俺はユーミのおかげで、それほど気をもまずに済んでいるぞ。リリンの家にはのちのち向かってもらうとして、今日のところは祝宴を楽しんでもらいたい」


 バードゥ=フォウがそのように声をかけると、ユーミは真剣な面持ちで「うん」とうなずいた。


「今日の婚儀でだって、あたしは色々と学ばせてもらったつもりだよ。それで、さっきランの人たちにも願い出たんだけど……今度、うちの親たちも森辺にお邪魔させてもらえないかなぁ?」


「ふむ。祝宴とは関わりなくであろうか?」


「いきなり祝宴なんかに引っ張り込んだら、うちの親たちは目を回しちゃうよ。その前に、まずは森辺の集落がどんな場所なのかを知ってもらわないと……うちの親たちも、なかなか安心できないだろうからさ」


「そうか。ユーミがそのように考えたのなら、俺たちも従おう。最初から、何も忌避する理由はないのだしな」


「ありがとう」と、ユーミは丁寧にお辞儀をした。

 それと同時に、あたりから歓声が巻き起こる。ついに、女衆の舞の準備が整ったのだ。


 宴衣装を纏った女衆らが、しずしずと儀式の火の周囲に進み出る。その中に、多少ばかりは客人の女衆も入り混じっているようであった。

 サウティやドーンの末妹などはそこに含まれているが、ダダの長姉は含まれていない。たしかダダの長姉は、血族に言い交した相手が存在するのだ。そうして舞を見せるのに相応しい人間だけが、その場に進み出たわけであった。


「こちらの舞が終わったならば、次は歌の披露だ。そちらでは、ユーミの力も頼らせてもらいたく思うぞ」


「どうせそう言われるだろうと思って、覚悟を固めておいたよ。でもまずは、みんなの舞を拝見しないとね」


 ユーミはユーミらしい笑みをこぼして、テリア=マスのかたわらに膝を折った。

 俺もアイ=ファと一緒に、敷物の端に座らせていただく。その間に、広場には横笛や草笛やギバの骨を打ち鳴らす音色が響きわたっていた。


 これもまた、森辺の祝宴ならではの熱気と昂揚だ。

 この求愛の舞をきっかけとして、また何かしらの縁が紡がれるかもしれない。そしてそこに客人たちの参加を許したのは、それぞれの家長たちの覚悟の証であったのだった。


 バードゥ=フォウの語る通り、数年後には血族ならぬ相手との婚儀も、外界から伴侶を迎えることも、珍しくはなくなっているのだろうか。

 しかしたとえそうだとしても、それはさまざまな覚悟と決意を積み重ねた結果であるのだ。なんの覚悟もなしにそんな行いに及ぶ人間は森辺に存在しないと、俺はそのように信じることができた。


 それに――俺とアイ=ファは婚儀を挙げたわけではないが、ファの家こそもっとも早くから外界の民を家人に迎えた立場なのである。アイ=ファが最初に覚悟を示していなければ、シュミラル=リリンやジーダやバルシャ、マイムやミケルたちも、後に続けたかどうかは定かではなかった。


 だから俺は、俺という存在を受け入れてくれたアイ=ファのことを、何よりも誇らしく思っていたし――アイ=ファに受け入れてもらえた自分のことも、誇りに思うことができた。そして俺たちこそ悪しき例になってしまわないようにと、これまで力を尽くしてきたつもりであった。


 そうして2年半ほどの歳月が過ぎて――俺たちは今、フォウとヴェラの婚儀を見届けている。

 それもまた、俺たちが町で商売を始めたりしなければ、決して生まれることのない縁であったのだ。

 だから俺は、今日という日を心から寿ぐのと同時に、森辺の習わしを覆してしまった責任と覚悟をひそかに噛みしめているつもりであった。


(喜びも苦労も分かち合ってこそ、森辺の同胞だもんな)


 そんな思いを胸に秘めながら、俺は女衆の壮麗なる舞を見届けることになった。

 フォウの広場には、熱気と活力がとどまるところを知らずに渦を巻き――40日ばかりもこの瞬間を待ち焦がれていた俺の心を、これ以上もなく満たしてくれたのだった。

2022.11/14 更新分 1/1

・今回の更新はここまでです。更新再開まで少々お待ちください。

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