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異世界料理道  作者: EDA
第七十四章 輝ける縁成
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フォウとヴェラの婚儀②~宴の始まり~

2022.11/13 更新分 1/1

 太陽が西の果てに半分がた沈み込み、あたりが薄紫色の薄暮に包まれると、本日の取り仕切り役であるバードゥ=フォウとヴェラの若き家長が広場の中央に進み出た。


「すべての客人が居揃ったようなので、まずはそちらの紹介から始めたく思う。本日は、両家の家人とほぼ同数の客人を招く事態と相成ったが……どうか正しく絆を深めて、ともに本日の婚儀を見届けてもらいたい」


 バードゥ=フォウの宣言とともに、39名にも及ぶ客人の紹介が開始された。

 まずは族長筋で、ルウ家からはジザ=ルウ、ルド=ルウ、レイナ=ルウ。ザザ家からは、ゲオル=ザザ、ディック=ドム、モルン・ルティム=ドム。そしてサウティ家からは、ダリ=サウティ、モガ=サウティ、サウティ分家の末妹という顔ぶれになる。ドムの家人を供としたザザ家に対して、サウティ家からは長老のモガ=サウティが選出されたのだ。これもまた、今日の婚儀が特別なものであるという証拠であるのだろう。


 そして次なるは、フォウとヴェラの血族たちだ。これは血族と関わりのない婚儀であるため、そちらから招待されたのも家長と供の2名のみとなる。

 フォウの血族である、ランとスドラ。ヴェラの血族である、ダダ、ドーン、タムル、フェイ――その中で、ダダの長姉とドーンの末妹は、かつてファの家に滞在していた顔ぶれだ。あとはサウティ分家の末妹というのもそのひとりであるため、参加できなかったのは陽気なるドーンの長兄のみとなる。このたびは家長が参席するため、長兄たる彼は家を守らなければならなかったのだった。


 あと、ライエルファム=スドラの供に選ばれたのは、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラの両名となる。ユン=スドラには残念なことであったが、ここはやはりフォウとの血の縁が重んじられたのだ。


 その次は、フォウと収穫祭をともにしている、ファ、ディン、リッドであったが、こちらでもトゥール=ディンの姿はなく、未婚の若い男女がディンの家長のかたわらに控えている。トゥール=ディンは何かと祝宴に招かれる機会が多かったため、こういう日ぐらいは別の家人に出番を譲るべきだと判じられたようであった。


 そして森辺の客人の末席は、モラ=ナハムとフェイ=ベイムの両名になる。

 こちらは家長も同行せず、ふたりきりの参席である。かつてフォウとヴェラの両名がディック=ドムとモルン・ルティム=ドムの婚儀に招待されたのと同じ理由で、彼らは特別に招かれたのだ。


 あとは宿場町からの客人で、ユーミとテリア=マス。

 こちらもまた、ユーミの特殊な立場を慮っての招待だ。古くは同じ理由から、ユーミはスドラとランの婚儀にも招待されていたのだった。


「以上、39名。これまでフォウとヴェラは異なる道を歩んでいたため、見知らぬ顔も多かろう。これを機会に、誰もが正しく絆を深めてもらいたく思う」


 そのように宣言してから、バードゥ=フォウは長い右腕をゆっくりと頭上にのばした。


「では、婚姻の儀式を開始する。儀式の火を」


 女衆の手によって、高々と積み上げられた薪の山に火が灯された。

 それに続いて広場の外周にもかがり火が焚かれて、黄昏刻の薄闇が遠ざけられていく。森辺の祝宴において、もっとも胸の高鳴る瞬間のひとつであった。


 ちょうどひと月と10日前、バナーム城の婚儀においても広間の真ん中に大きく火が焚かれていた。それは森辺の祝宴と似て異なる、きわめて神秘的な様相であり――それで俺は心から感服すると同時に、森辺の祝宴を心待ちにする心境に至ったのだった。


 そうして炎に導かれるようにして、新郎と新婦が進み出てくる。

 フォウの分家の次兄と、ヴェラの本家の長姉だ。これまで目にしてきた婚儀と同じように、花婿は頭つきの狩人の衣を肩から掛けており、花嫁は玉虫色のヴェールやショールでほとんど全身を包み込んでいた。


 その壮麗なる姿に、広場の人々は歓声をほとばしらせる。

 それで広場には、ひと息に熱気があふれかえり――俺が待望していた、森辺の祝宴が完成された。


 炎のごとき生命力が渦巻く、森辺の祝宴である。

 バナーム城の婚儀も、宿場町の鎮魂祭も、城下町の送別会も、いずれも素晴らしい祝宴であった。だけどやっぱり森辺の祝宴には、森辺の祝宴ならではの熱気と魅力が存在するのだった。


 大きく心を震わせる俺の眼前で、花婿と花嫁はしずしずと進み出てくる。それに付き従っているのは、草籠を抱えた男女の幼子だ。彼らが人垣まで近づくと、あちこちから祝福の牙や角が草籠に投じられた。


 花婿は朗らかな面持ちであり、花嫁は顔を伏せている。このヴェラの長姉というのはつつましさとしたたかさをあわせ持った女衆であるという印象であったのだが――この際は、つつましさが表に出ているらしい。

 しかし何にせよ、どちらも同じぐらい幸福そうにしていることに変わりはなかった。


 1年以上も前におたがいを見初めて、半年ほど前から本格的に婚儀と向き合うことになった両名が、ついにこの日に結ばれるのである。男衆のほうなどはほとんど口をきいたこともないような間柄であったが、しかしフォウを友とする俺も感慨深くてならなかった。


 その一団がこちらに近づいてきたため、俺もアイ=ファから預かっていた祝福の牙を草籠に投じる。

 ユーミとテリア=マスは、町で買い求めた飾り物だ。


 この場には80名ていどの参席者が集っているので、草籠には見る見る間に牙や角が山積みにされていく。

 古きの時代であれば、それは大きな資産であっただろう。

 そして、たとえ生活が豊かになって、資産の価値が変動しようとも、そこに込められた祝福の思いに変わりはないはずであった。


 すべての祝福を授かった花婿と花嫁は、儀式の火の前に設置された台座に着席する。幼子たちはその両脇に草籠を置いて、退場だ。その代わりに、バードゥ=フォウとヴェラの家長があらためて進み出た。


「本日こちらの両名は、森辺の新たな習わしのもとに絆を結ぶ。他なる血族と関わりのない婚儀というものは、いまだドムとルティムにしか例がなく、どのような苦難が待ち受けているかも判然としないが……しかし、婚姻の絆の深さに変わりはない。たとえどのような苦難が待っていようとも、愛する相手と手を取り合って乗り越えてもらいたい。そして俺もフォウの家長として、死力を尽くしてふたりの幸いなる行く末を支える所存である」


「……俺もまた、血を分けた妹のためにすべての力を尽くすと約束しよう。血族および友たる者たちは、我々が正しく力を尽くせているものかどうか、しかと見守ってもらいたい」


 バードゥ=フォウは静かな面持ちで、ヴェラの家長は気迫のこもった面持ちで、それぞれ決意を表明した。


「では、こちらの両名が婚儀を挙げることに、異を唱える者はあろうか? また、フォウとヴェラが血の縁を結ぶことに、異を唱える者はあろうか?」


 バードゥ=フォウがそのように告げると、花嫁はいっそう深くうつむいてしまった。

 しかしもちろん、異を唱えようとする人間はいない。そのさまをしっかり見届けてから、バードゥ=フォウは深くうなずいた。


「それでは、婚儀の誓約を交わす。両名は、火の前に」


 両名が台座を下りて儀式の火の前に進み出ると、バードゥ=フォウの伴侶が火の中に香草を投じた。

 婚姻の儀式でしか使われることのない、不思議な香りのする香草だ。その甘みと酸味の入り混じった香りがゆるゆると広がっていく中、花婿と花嫁はゆっくりと膝を折った。


 バードゥ=フォウの伴侶の手で、草冠の交換が果たされる。

 そうして両名が誓約の言葉を口にすると、歓声が爆発した。


 全身の肌が波打つような、歓呼の嵐である。

 これもまた、森辺の祝宴ならではの迫力であったことだろう。

 そんな祝福の奔流に包まれながら、両名は再び台座に座した。


「母なる森の前で、婚姻の誓約は交わされた。両者の行く末を祝い、大いに宴を楽しんでもらいたい」


 バードゥ=フォウの宣言に、いっそうの歓声が渦を巻く。

 婚姻の儀式は果たされて、祝宴が開始されたのだ。

 俺が大きく息をついていると、アイ=ファが横からひょいっと顔を覗き込んできた。


「うむ。今日は涙をこらえているようだな」


「あはは。そりゃあ俺だって、毎回涙をこぼすわけじゃないさ」


「ふん。ルウとリリンで子が産まれるたびに涙をこぼしていたくせに、どの口で抜かしておるのだ」


 アイ=ファは苦笑を浮かべつつ、その眼差しは優しかった。

 こめかみに装着した透明の石の花飾りが、幻想的にきらめいている。


「では、両名への挨拶は血族に先を譲り、まずは宴料理を食するとするか。今日はお前もかまど仕事を担っていないので、気楽なものだな」


「うん。あれ? ユーミとテリア=マスは、どこに行ったんだろう?」


「ユーミたちは、ランの家人らと行動をともにするようだ。まあこの際は、それが相応であろうよ」


 この場にはジョウ=ランばかりでなく、ランの家長と末妹も参上しているのだ。ランの末妹はかつて《西風亭》で働き、現在は俺の屋台を手伝ってくれている人物である。社交的な彼女もついていれば、何も心配はないはずであった。


「ルウ家の人らも、見当たらないな。まあどうせ誰かしらと行きあうだろうから、まずはふたりで出陣するか」


 アイ=ファさえそばにいてくれれば、俺に不満の持ちようはない。なおかつ、広場が儀式の火とかがり火に照らし出されたことによって、宴衣装のアイ=ファはいっそう夢のように美しかった。


 広場に満ちあふれた熱気と活力も、いよいよ際限なく高まっていく。そのふた月ぶりとなる生命力の奔流に、ともすれば目眩でも起こしてしまいそうだ。俺は涙こそ流していなかったが、心臓のほうはずっと高鳴りっぱなしであった。


 新郎と新婦は台座に座したまま、血族からの祝福を受けている。その主たるはフォウとヴェラの家人であろうが、それ以外の血族も少なからず参じていることだろう。たとえこれが血の縁の及ばぬ婚儀であっても、彼らが大切な血族であることに変わりはないのだ。


 そうして俺とアイ=ファが、手近な簡易かまどに近づいていくと――そこには、フォウともヴェラとも血の縁を持たない人々が寄り集まっていた。リッドの家長たるラッド=リッドと、モラ=ナハムにフェイ=ベイムである。


「おお、アイ=ファ! 今日も素晴らしい宴衣装だな! これが我々の誇る闘技の勇者であるということが、いささか信じられなくなるほどだ!」


 顔をあわせるなり、ラッド=リッドは遠慮のない言葉をぶつけてくる。ダン=ルティムに髪を生やしてほんの少しだけスリムにしたような、豪快な御仁である。彼も立派な壮年の男衆であるが、悪気も下心もなくこういう言葉を口にできてしまう人物であるのだった。


「みなさん、お疲れ様です。ちょっと珍しい組み合わせですね」


「うむ! こういった場では、物珍しい相手と絆を深めなければな!」


 ラッド=リッドは果実酒の土瓶を掲げながら、ガハハと高笑いする。確かに彼は祝宴において、血族ならぬ相手とともあることが多い印象であった。お供の男女も、今は別行動であるようだ。


 いっぽうモラ=ナハムはモアイ像のごとき無表情で、宴衣装のフェイ=ベイムは赤くなった目もとを織布でぬぐっている。最近のフェイ=ベイムは他者の婚儀に立ちあうたびに、涙が止められなくなってしまうようだった。


「モラ=ナハムもフェイ=ベイムも、お疲れ様です。本日の婚儀は、いかがでしたか?」


「うむ。俺たちはドムとルティムの婚儀を見届けることもかなわなかったため、ありがたく思っている。……のちほど婚儀を挙げた両名に、今日という日を迎えるまでに抱いた覚悟のほどを、聞かせてもらいたく思っている」


 現在、フェイ=ベイムはナハムの家に滞在しており、モラ=ナハムも数日置きにベイムの家に通っている。モラ=ナハムには先妻との間に残された幼子があったため、そのような形でベイムとの絆を深めているのだ。


「まあ込み入った話をする前に、宴料理を腹に収めるがいい! これは俺たちの収穫祭で出される宴料理にも負けない出来栄えであるようだぞ!」


 ラッド=リッドにうながされて、俺とアイ=ファもそちらの宴料理をいただくことにした。

 そちらで配膳をしていたのは、あまり見覚えのない年配の女衆が2名である。ということは、フォウではなくヴェラの女衆であるのだろう。俺も遠方に住まっているヴェラの人々とは、まだまだ顔馴染みと言えるような間柄ではなかった。


「ああ、ファの家のアスタ。どうもおひさしぶりです。どうぞこちらの宴料理も召し上がってください。フォウの取り仕切りで作りあげたものですので、粗末な出来栄えではないはずです」


 俺は森辺において特徴的な容姿をしているため、あちらは見忘れることもないらしい。が、俺のかたわらにたたずむアイ=ファのほうを見やるや、その女衆らは驚嘆に目を見開いたのだった。


「あら……あなたはファの家長ですよねぇ? さきほど遠目にもうかがいましたが、なんと美しい……普段の勇ましい姿とは、すっかり見違えてしまいますねぇ」


「……私は狩人であるのだから、そちらが正しい姿であろうな」


 アイ=ファがぶすっとした面持ちで応じると、ヴェラの女衆はにこりと微笑んだ。


「何にせよ、森の主の件であなたがたに救われた御恩は、片時も忘れておりません。こうしてまた無事なお姿を見ることができて、心より嬉しく思っておりますよ」


「うむ。そちらも飛蝗にもたらされた災厄を乗り越えて、健やかに過ごせているようだな。血族の幸いなる婚儀に、祝福を捧げよう」


 そんな挨拶を交わしたのち、俺たちは宴料理をいただいた。

 マロマロのチット漬けを主体にした、中華風の炒め物だ。ただそこには新参の食材たるレンコンのごときネルッサも使われていた。


 遠方の氏族であるサウティの血族はどうしても調理の修練に遅れが出てしまうという話であったが、本日はフォウの取り仕切りであったため、まったく不備のない味わいである。それにかつては修練の遅れを取り戻すべく、3名の女衆がたびたびファの家に滞在していたのだ。少しずつでもその成果が表れているなら、俺としても喜ばしい限りであった。


「それにしても、めでたき話だな! この調子でさまざまな血の縁が結ばれていけば、森辺も愉快な行く末を迎えそうだ!」


 そうして俺たちが宴料理を食していると、またラッド=リッドが大きな声で呼びかけてくる。いつも祝宴ではひときわ楽しそうにしているラッド=リッドだが、今日もその例にもれることはないようだ。


「前々から思っていましたけれど、ラッド=リッドは新たな形の婚儀というものに前向きであられるようですね」


「うむ! リッドも家の遠いスンの眷族になったことで、婚儀については長らく悩まされていたからな! まあ最近は荷車のおかげで、他の血族と縁を深めることも難しくはなくなったが……俺はかねがね、収穫祭をともにしている氏族を好ましく思っていたのでな! いずれは俺たちもそれらの氏族と血の縁を結ぶ機会が生まれるのではないかと、大いに期待しているぞ!」


 すると、静かな眼差しでフェイ=ベイムの姿を見守っていたモラ=ナハムが、ふっとこちらを振り返ってきた。


「そういえば……どうして家の遠いリッドとディンが、スンの眷族に迎えられることになったのであろうか?」


「うむ? それはこの近在で、リッドとディンだけが豊かな暮らしをしていたゆえであろうな! まあ、スンやルウほどではないにせよ、俺が幼い頃からリッドとディンの家人が飢えに苦しむことはなかった! それだけ力のある氏族ということで、スンの目にとまることになったのであろうよ!」


「その口ぶりだと……スンの申し出を受けたのは、かつての家長であったわけか」


「うむ! リッドとディンがスンの血族となった頃、家長を務めていたのは俺の父となる! その頃は大いなる誉れだと騒いでいたのに、まさかスンがあれほどの醜態をさらすことになろうとはな!」


 ラッド=リッドの元気な返答に、モラ=ナハムは「そうか……」とうっそりうなずいた。


「俺たちは、スンとリッドにはさまれる格好になったので……たいそう肩身のせまい思いをすることになったのだと聞いている。スンがラヴィッツやナハムを跳び越えて、ディンやリッドと血の縁を結ぶというのは……こちらがそれだけ頼り甲斐のない氏族だと申し渡されたようなものだからな」


「うむうむ! これまではいかなる氏族でも、まずは近在の氏族と血の縁を結ぶように取り計らっていたからな! 血族ぐるみで縁を深めるには、それが相応であったのであろう! ……しかし今後は、家の場所などにこだわる必要もない! 他の血族と関わりのない婚儀であれば、荷車を使っていくらでも絆を深めることがかなおうからな!」


 ラッド=リッドはまた高笑いをはさみつつ、そう言った。


「さすれば、人は家のしがらみにとらわれる苦労も少なく、もっとも好ましい相手と婚儀を挙げることがかなおう! まあ、俺などは血族たるディンに最愛の伴侶を見出すことになったので、そんな苦労とも無縁であったがな! 若き家人たちが幸いな行く末を迎えられるなら、喜ばしい限りだ!」


 やはりラッド=リッドもただ豪放なばかりでなく、家人の行く末を思う立派な家長であるのだ。美味なる料理で腹を満たしていた俺は、ラッド=リッドの心意気に胸を満たされることになった。


「きっとお前たちの父親も、俺と似たような気持ちを抱えていることであろう! だからお前たちはせいぜい力を尽くして、もっとも正しき道を進むがいい! その末に婚儀を挙げることになるなら、俺も心からの祝福を捧げさせていただくぞ!」


「うむ……リッドはナハムともベイムともゆかりのない氏族であろうが……そのような言葉をかけてもらえたことを、得難く思っている」


「ゆかりがないことはなかろうよ! リッドもナハムもベイムも、女衆はファの家に集って同じ仕事を果たしているのだからな! それに、そういった機会の少ない氏族であっても、森辺の同胞であることに変わりはない! お前はまだまだ若いくせに、ずいぶん堅苦しい気性をしているようだな!」


 と、ついにラッド=リッドがモラ=ナハムの大きな背中をばしばしと叩いたところで、リッドの若い女衆が登場した。こちらもトゥール=ディンの屋台を手伝っているいつもの顔ぶれではなく、収穫祭以外の祝宴で見るのは珍しい女衆だ。


「家長、こちらにいらしたのですね。ディンの家長が探しておられましたよ」


「おお、そうか! では、ディンの家長にもこやつらを紹介してやることにしよう! アイ=ファとアスタは、またのちほどな!」


 ということで、ラッド=リッドたちとはそこでお別れすることになった。

 空になった木皿をヴェラの女衆に返してから、俺とアイ=ファも移動する。


「今日のラッド=リッドは、モラ=ナハムたちに関心が向いてるみたいだな。まあ、あまり顔をあわせる機会のない相手とご縁が深まったようで、何よりだよ」


「うむ。確かに今日の祝宴は、普段といささか異なる人間が集まっているようだからな」


 そのような印象が強まるのは、やはりサウティの血族が数多く訪れているのと――あとは、屋台の商売に携わる女衆の姿が少ないためだろう。フォウの広場ではたびたび大きな祝宴が開かれていたが、そういう際には屋台の関係者が招かれる機会が多かったのだ。


 そうして次なる簡易かまどに到着すると、そちらにも本日の祝宴の特異性を象徴するような人々が待ち受けていた。モガ=サウティを筆頭とする、サウティの血族の面々である。


「おう、ひさしいのう、アイ=ファにアスタよ。息災なようで、何よりだ」


 サウティの長老、モガ=サウティである。すでに70歳を超えていそうな、髪も髭も真っ白なご老人だ。そしてその周囲には、サウティ分家の末妹にダダの長姉にドーンの末妹という、俺にとってお馴染みの顔ぶれが寄り集まっていた。


「アイ=ファにアスタ、おひさしぶりです! おふたりと祝宴をともにすることができて、心から嬉しく思っています!」


 そのように声をあげたのは、もっとも若年であるドーンの末妹だ。普段の彼女はとても誠実であどけない印象であったが、今日は祝宴の熱気に頬を火照らせており、それがいっそう可愛らしかった。それにもちろん、若い女衆はみんな宴衣装の姿である。


「わたしも、喜ばしく思っていました。アスタたちと祝宴をともにできていたのは、この中であなただけだものね」


 姉御肌であるダダの長姉がそのように言いたてると、サウティ分家の末妹は気恥ずかしそうにもじもじとした。


「でも、わたしがご一緒したのはおおよそ城下町での祝宴ばかりで、森辺の祝宴に招いていただけたのはふた月ぶりとなりますし……とても嬉しく思っています」


「うん。やっぱり森辺の祝宴っていうのは、心持ちが違ってくるものだよね」


 そうしてその後は、彼女たちと一緒にいた男衆を紹介されることになった。ダダとドーンの若い男衆であり、どちらも家長ではなく供の立場であるとのことである。


「なるほど。サウティとダダとドーンの、家長以外の6名がそろっているわけですね」


「うむ。家長らは家長らで寄り集まり、ルウやザザの者たちと語らっておるよ。儂らまで付き従っていると大層な人数になってしまうため、こうして行動を別にすることになったのだ」


 そのように答えるモガ=サウティは、本日も柔和で落ち着いた雰囲気だ。森辺でこれほどのご老齢というのはずいぶん珍しい話であるのだが、背筋はぴんとのびているし、健康には何の不安も見られない様子であった。


「それにしても、アイ=ファは見事な宴衣装であるな。族長ダリからさんざん聞き及んでいたが、想像を越える姿であったぞ」


「ええ、本当に! 目の覚めるような美しさです!」


「わたしもすっかり、目を奪われてしまいました。それほどに美しいのに狩人としての凛々しさもまったく損なわれておらず、ただ驚嘆するばかりです」


「城下町の宴衣装も素晴らしかったですけれど、やっぱり森辺の宴衣装が一番ですね!」


 アイ=ファがそのような賞賛を浴びるのは、もはや通過儀礼であろう。ただ若い男衆らはアイ=ファの美しさに目をひかれつつ、ぐっと口もとを引き結んでいる。もしかしたら、うっかり森辺の習わしを破ってしまわないように、自制しているのかもしれなかった。


「それに、宴料理の素晴らしさにも驚かされておるよ。昨今は家長会議でも、見事な晩餐を味わわされていたものだが……今日はかまど番の半分も、ヴェラの家人であるはずなのだからな。それでこの出来栄えというのは、大したものだ」


「はい! わたしたちも頑張って修練を積んでいますけれど、これほどの宴料理を準備するのは難しいように思います! やはりフォウのかまど番の手腕というのは、大したものですね!」


 そのような言葉を聞きながら、俺とアイ=ファもこちらの宴料理をいただくことになった。品目は、焼きフワノでいただく和風出汁のカレーである。かつてダレイムの食材が不足していた時代に開発した献立で、その名残とばかりにダイコンのごときシィマやキュウリのごときペレもふんだんに使われていた。


「このかれーなる料理を口にすると、森の主の騒ぎでおぬしたちを集落に招いた日のことを思い出してならんよ。あの頃の儂たちにはこういった香草の香りも物珍しく、幼子たちが仰天してアスタのもとに寄り集まっておったな」


「ああ、懐かしいですね。あれからもう、2年以上は経つわけですか」


 俺たちがサウティの集落に滞在したのは、屋台の横手に青空食堂を設置してすぐのこと――初めての復活祭を迎える寸前の時期であったのだ。俺の記憶に間違いがなければ、巨大ギバたる森の主を討伐できたのは、2年前の昨日のことであるはずだった。


 あのときの騒ぎでヴェラの家長は大きな手傷を負い、若き長兄に家長の座を譲ることになった。それが今の家長である。それでアイ=ファはヴェラの新たな家長たちとともにサウティの狩り場に入り、力をあわせて森の主の災厄を退けてみせたのだった。


 そうして今日は、その若き家長の妹の婚儀に、俺とアイ=ファが立ちあっている。これもまた、俺たちにとっては大きな変転のひとつであるはずであった。

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