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異世界料理道  作者: EDA
第七十四章 輝ける縁成
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フォウとヴェラの婚儀①~宴の前~

2022.11/12 更新分 1/1

 そうして慌ただしく日々は流れ過ぎ、あっという間に紫の月がやってきた。

 1年の締めくくりとなる、最後の月である。太陽神の復活祭の正式な開催は下旬になってからだが、月の半ばにはもう前祝いとばかりに盛り上がることを、俺たちはすでに知っている。森辺の民が復活祭に参加するのも、これで3度目のこととなるのだ。


 しかしその前に、まずは目前のイベントである。

 本日はフォウとヴェラの婚儀の祝宴であり、そして大規模な茶会についても日取りが決定されていた。俺たちの屋台の休業日である、紫の月の4日だ。


「私は取り立てて、甘い菓子というものを好んでおらん。その私が、どうして賓客として招かれなければならないのだ?」


 アイ=ファは不満げにそう言いたてていたが、理由は明白であろう。城下町の貴婦人たちが、アイ=ファとの親密な交流を望んでいるのだ。


「ヤミル=レイも、たいそう不満げなお顔をしていたよ。まあ、こればっかりはしかたないんじゃないかな」


「……お前は何やら満足げな顔つきであるようだな、アスタよ」


「うん。それはまあ、アイ=ファの素敵な晴れ姿を見られる貴重な機会だから……あ、痛い痛い。謝罪を申しあげますのでご容赦ください、家長殿」


 そんな一幕を経て、まずは婚儀の祝宴である。

 ただし、その日の俺たちは一般の招待客に過ぎなかったため、日中は平常運行であった。俺は屋台の商売で、アイ=ファは狩人の仕事だ。本日の宴料理は、フォウとヴェラの女衆が総出で準備するのだという話であった。


「でも、これだけの客人を招くとなると、宴料理の準備も大変な労苦ですよね。ある意味では、収穫祭などよりも大変なのではないかと思います」


 トゥール=ディンは、そのように語っていた。

 これはフォウとヴェラだけの婚儀であるため、他なる血族の力を頼ることも許されないのだ。かつてはドムとルティムも、自分たちの力だけで祝宴の準備を果たしていたのだった。


 ただし、あのときは見届け人として招かれたのも、族長筋とファおよびジーンの家人、そしてフォウとヴェラの男女のみであった。今回は族長筋とファの家のみならず、フォウとヴェラの血族およびディンとリッドから3名ずつ、そしてモラ=ナハムとフェイ=ベイムが招かれているのだ。さらに、宿場町から招かれるユーミとテリア=マスまで加えると――客人の数は、39名にも及んでしまうのだった。


 フォウとヴェラの家人の合計は40名ていどで、その内かまど仕事を果たす女衆は20名足らずとなる。その人数で80名ていどの宴料理を準備するというのは、なかなかの手間であろうし――なおかつ、フォウとヴェラには際立った腕を持つかまど番というものも存在しないのだった。


「でも、わたしらだってアスタにさんざん鍛えられてるからね。客人たちに笑われないような宴料理を準備してみせるよ」


 かつてそのように語っていたのは、バードゥ=フォウの伴侶である。この際は、彼女がかまど仕事を取り仕切ることになるわけであった。


「ドムやルティムは、他なる血族を招こうとはしなかった。それもまた、ひとつの正しい選択であろう。しかし俺たちは、自分たちの行いを血族の人間にも見届けてもらいたかったのだ。それに、収穫祭をともにしている氏族の者たちにもな」


 バードゥ=フォウ自身は、穏やかな中に力強い気配をにじませつつ、そのように語っていた。


「今後、血族ならぬ相手と婚儀を挙げる際は、そのつど自分たちの正しいと思う道を進めばいい。そうして長い年月を重ねることで、新たな習わしの形が整えられることになろう」


 バードゥ=フォウはそんな風に言っていたし、俺としてもまったく異存はなかった。他の血族をなるべく関わらせまいとしたドムとルティムも、血族に自分たちの行いを見届けてもらいたいと考えたフォウとヴェラも、決して間違っているようには思えないのだ。これだけ前例のない行いに手を染めようというのなら、慎重に、時間をかけて、もっとも正しいと思える道を模索するしかないのだろうと思われた。


 そうしてその日も、粛々と時間は過ぎ去って――屋台の商売も、無事に終了である。屋台を片付けて《キミュスの尻尾亭》に出向いてみると、そこにはきらびやかな装束を纏ったユーミとテリア=マスが待ちかまえていた。


「やあ、お待たせ。そっちも準備はばっちりみたいだね」


「うん! 今日はどうぞよろしくね!」


 ユーミの元気さに変わりはなかったが、その顔にはわずかばかり緊張の色もにじんでいた。いっぽうテリア=マスは、恐縮の面持ちである。


「また関わりの薄いわたしまでお招きされることになって、申し訳ない限りです。お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「いえいえ。俺だって招待された側なのですから、どうぞお気遣いなく」


 すると、屋台を運んできたレビが「よう」と気さくに声をかけた。


「テリアも、もう出発するんだよな。宿のほうは心配ないから、ひさびさの祝宴を楽しんできなよ」


「はい。レビにも世話をかけてしまいますが、どうぞよろしくお願いします」


 丁寧な言動に変わりはなかったが、テリア=マスがレビを見つめる眼差しには伴侶としての情愛と信頼が込められている。それを見返すレビのほうも、また同様であった。


「そういえば、いつだったかの祝宴ではテリア=マスにあたしの宴衣装を着させたもんだから、レビをやきもきさせちゃったね! まあ、あたしが謝るような筋合いではないけどさ!」


「うるせえな。お前こそ、婚儀の話をふいにしちまわないように気をつけろよ?」


 レビは苦笑して、ユーミは大笑いする。レビとテリア=マスが婚儀を挙げる前の、微笑ましいエピソードである。ただしあれは、テリア=マスがレビへのあてつけで及んだ行為であったため、テリア=マスは恥ずかしそうに頬を染めていた。


 ちなみに本日のテリア=マスは、普段の装束で前掛けだけを外して、頭にささやかな花飾りをつけた姿だ。森辺では既婚の女衆が着飾る習わしもないので、至極自然な姿であろう。

 いっぽう未婚のユーミは、森辺の裕福な氏族にも負けない豪奢な姿である。彼女はかつて城下町の祝宴に参席するために新たな装飾品を買い足していたので、以前よりもいっそう絢爛なぐらいであった。


「それじゃあ、出発しようか。テリア=マスたちは、明日の朝方にランの人たちが送る手はずになってるからね」


「ああ。アスタも楽しんでな。森辺のお人らにもよろしく伝えてくれ」


 そうして俺たちは一路、森辺を目指すことになった。

 ただし、婚儀の開始は日没からである。まだまだ時間は残されていたので、この日も定例の勉強会だ。ただ本来は俺個人の修練の日取りであったが、リミ=ルウが3日後の茶会で出す菓子について相談したいというので、ルウ家にお邪魔することになっていた。


「アスタ、お疲れ様でした。ユーミとテリア=マスは、ルウの家にようこそ」


 ルウの集落に到着すると、本日非番であったレイナ=ルウが笑顔で出迎えてくれる。それと相対するユーミは、元気に「やあ!」と応じた。


「今日の祝宴は、レイナ=ルウが出向くことになったんだってねー! どうぞよろしく!」


「はい。よろしくお願いいたします」


 喜びを隠しきれない様子で、レイナ=ルウはにこやかな面持ちをしている。リミ=ルウとララ=ルウは城下町の茶会にお招きされたためか、あるいは別なる理由が存在するのか、今日の参席者はレイナ=ルウに取り決められたのだ。


「レイナ=ルウは、ずいぶん嬉しそうだよね。そんなに宴料理が楽しみなのかな?」


「はい。余所の氏族の手腕を知る機会は、ごく限られていますので。……あ、いえ、もちろんわたしの役目は、フォウとヴェラの婚儀を見届けることですけれども!」


「あはは。ジザ=ルウに言いつけたりはしないから、大丈夫だよ」


 そこでユーミが、「ねえねえ!」と俺の袖を引っ張ってきた。


「あたし、シーラ=ルウたちの赤ちゃんを見たいんだけど! いきなり押しかけたら、迷惑かなぁ?」


「いや、それはルウの人たちに聞いてもらわないと。レイナ=ルウ、どうだろう?」


「では、わたしがシーラ=ルウに聞いてきましょう」


 それでシーラ=ルウから了承をいただけたため、俺とユーミとテリア=マスと、ついでにリミ=ルウがそちらの家に向かうことになった。


「ユーミ、テリア=マス、おひさしぶりです。どうぞそちらで手を清めて、この子を抱いてあげてください」


 シーラ=ルウは母親のタリ=ルウとともに、家の広間でくつろいでいた。

 赤子のドンティ=ルウは、草籠の中に身を横たえている。ただし眠ってはおらず、よく光る青い瞳で闖入者たちの姿を見回していた。


「わー、可愛い! ……っと、うっかり大声を出しちゃった」


「この子は赤子らしからぬ胆力を備えているようですので、心配はご無用です。……乳をせがむときなどは、たいそうな騒ぎようなのですけれどね」


 そのように語るシーラ=ルウは、心から幸福そうであった。産後の肥立ちも悪くないようで、すっかり元気そうな様子である。

 そして赤子のドンティ=ルウも、見るたびに大きくなっているように感じられる。生後半月ていどでどこまで成長しているのかは定かではないが、顔立ちや髪の感じや手足の造作などが、どんどんしっかりしていくように感じられてならないのだ。


 ドンティ=ルウは黒褐色の髪と青い瞳をしており、エヴァ=リリンよりも身体が大きい。噂によると、ダルム=ルウが赤ん坊の頃にそっくりだという話である。この愛くるしくてたまらない存在があのように精悍な姿に成長することなど、なかなか想像のつくものではなかった。


「本当に可愛いねー。抱いてあげたいけど、首が据わってないとちょっとおっかないかなー」


「きちんと首を支えてあげれば、何も危険なことはありません。今の内に赤子の扱いを覚えるのは、いい経験になるのではないでしょうか?」


「あ、あたしはまだ、婚儀の予定も立ってないけどね!」


 頬を赤らめるユーミに、シーラ=ルウが草籠からすくいあげたドンティ=ルウの身を差し出した。そうして抱き方の手ほどきをされながら、ユーミはその手に赤子を抱く。


「本当に可愛いね……こんなちっちゃい子がいつかあたしたちより大きくなっちゃうなんて、なんか信じられないなぁ」


「ええ。どうか今の内に、この子の姿を見覚えてあげてください。きっとユーミが目にするたびに、この子は様変わりしていくでしょうから」


 なんとも温かい空気が、その場にあふれかえっている。

 そんな空気に包まれているだけで、俺は目もとが熱くなってしまいそうだった。


 いずれはこのドンティ=ルウが、コタ=ルウやルディ=ルウと――それに、エヴァ=リリンやゼディアス=ルティムと、新たな歴史を刻み始めるのだ。そしてその頃には、アイム=フォウやホドゥレイル=スドラやアスラ=スドラも、同じぐらい大きくなっているわけであった。


 藍の月から引き続き、俺は婚儀や出産に深い感銘を受けている。

 自分と血の縁を持たない人々の話で、このありさまであるのだ。実際に婚儀を挙げた人々や出産を迎えた人々などは、どれほどの感慨を噛みしめているのか――それもまた、俺の想像の及ぶところではなかった。


「ドンティはすっごく可愛いけど、気は強そうだよねー。やっぱりダルム兄やドンダ父さんみたいな男衆に育つんじゃないかなー」


 リミ=ルウはにこにこと笑いながら、そのように言っていた。

 ジザ=ルウあたりにはきちんと氏をつけて呼ぶようにたしなめられているそうだが、やはり大切なダルム兄さんの子ということで、なかなか習慣づかないのだろう。俺としても、それをたしなめるような立場ではなかったので、黙って見守るばかりであった。


「そう考えると、コタ=ルウはやっぱり母親似なのかな。瞳の色も、サティ・レイ=ルウにそっくりだしさ」


「あはは。ジザ兄は、瞳の色もよくわかんないもんねー!」


「エヴァ=リリンなんかは髪がシュミラル=リリンで、瞳がヴィナ・ルウ=リリンと一緒だよね。顔立ちなんかは、ヴィナ・ルウ=リリンの赤ん坊の頃によく似てるって話だけど」


「わー、そっちも早く見てみたいなー! いつかリリンの家にもお邪魔しないとね!」


 そんな何気ない言葉を交わしているだけで、いっそう心が温かくなっていく。しかしうかうかしていると、そのまま可愛らしい赤子のもとで何刻も過ごしてしまいそうだった。


「それじゃあ俺は、勉強会を始めるね。よかったらユーミたちは、こっちでゆっくりしていきなよ。シーラ=ルウと会うのも、ずいぶんひさびさだろう?」


「うん! シーラ=ルウが迷惑じゃなかったら!」


 そうして俺は満ち足りた思いを抱えつつ、リミ=ルウとともに辞去することになった。

 本家のかまど小屋を目指しながら、リミ=ルウは「うふふー」と笑う。


「ドンティを見てるだけで、リミはしあわせな気分になっちゃうの! 早くルディと一緒に遊ばせてあげたいなー!」


「ルディ=ルウが産まれてから、もう7ヶ月以上は経つんだっけ? 何だか、あっという間だなぁ」


 そして俺は、かたわらの少女からも小さからぬ変化を感じていた。リミ=ルウのほわほわとした赤褐色の髪がいくぶん長くなって、ほっそりとした肩にかぶさりつつあったのだ。

 森辺において女衆は、10歳になってから髪をのばし始める。リミ=ルウが生誕の日を迎えてからもう半年以上は経過しているので、5,6センチはのびているのかもしれなかった。


 それに、出会った頃はワンショルダーのワンピース姿であったリミ=ルウも、すっかり上下に分かれた女衆の装束がさまになっている。赤子たちほどではないにせよ、リミ=ルウも成長期の真っ只中であったのだった。


 そして――リミ=ルウと同じ黄の月を生誕の日とした俺も、19歳になってから半年以上が過ぎたことになる。

 さすがにもう背丈はのびていないように思えるが、俺だって何かしらは成長しているはずだ。それに、身体ではなく心のほうは、自らの意志で成長を目指さなくてはならないはずであった。


 ちょうど今日からひと月で、今年は終わってしまうのだ。

 この地で2度目の誕生日を迎えた俺は、これから3度目の復活祭を迎えようとしている。その後に控える闘技会や、雨季や、アイ=ファの誕生日も、すべて3度目の体験となり――そしてその後には、3度目の誕生日が待ちかまえているわけであった。


(そうしたら、俺やアイ=ファもついに20歳だ。……何だか、信じられないよな)


 やっぱり婚儀や出産というものは、俺に歳月の重みを感じさせるものであるらしい。

 そんな重みを思うさま噛みしめながら、俺はフォウとヴェラの婚儀に臨むことに相成ったのだった。


                  ◇


 ルウ家での勉強会を終えた俺は、いつも通りの刻限に帰宅することになった。

 ファの家に到着したのは、下りの五の刻。日没の一刻前となる。俺が荷車で広場に踏み込むと、その場で追いかけっこに興じていた3頭の犬たちが出迎えてくれた。いよいよ懐妊が確定してきたラムは、今日もひっそりと休息の構えである。


 ブレイブとドゥルムアもそろっているということは、アイ=ファも無事に帰還したということだ。それを母なる森に感謝しながら母屋に近づき、御者台から地面に降り立つと、玄関の戸板の向こう側から女衆の嬌声がかすかに聞こえてきた。


「失礼します。アイ=ファはお着換え中ですか?」


 俺がそのように呼びかけると、「はいっ!」という元気な声が返ってきた。聞き覚えのある、若い女衆の声だ。


「もう間もなく支度も終わりますので、少々お待ちください!」


「はい。こっちは荷物の片付けがありますので、どうぞごゆっくり」


 俺はユーミやテリア=マスとともに、裏手のかまど小屋を目指す。その道行きにある母屋の窓にもしっかり帳が張られていたため、俺が慌てて目をそらす必要もなかった。


「宴衣装のアイ=ファって、すっごいからなー! アスタもウキウキでしょー?」


「うん、まあ、そこは否定できないかな」


「あはは! 今日は素直じゃん! あとでアイ=ファに言いつけちゃおっかなー!」


「いやいや、それは勘弁しておくれよ。だったら言わせてもらうけど、今頃はジョウ=ランだって――」


「あー、わかったわかった! 冷やかし合戦は、おしまいね!」


 そうして荷下ろしをしてから母屋のほうに戻ってみると、そのタイミングで戸板が開かれた。そこからわらわらと現れたのは、本日の下ごしらえをお願いしていたガズやラッツなどの女衆だ。その顔は、いずれも満足そうな表情をたたえていた。


「お待たせしました。今日もアイ=ファは輝くような美しさですよ」


 アイ=ファは城下町ばかりでなく、森辺においても数多くの娘さんの心をつかんでいるのだ。それで宴衣装を纏う際は、いつもこうして誰かしらが手伝いに参じてくれるのだった。


 期待に胸をふくらませる俺に、まずは黒猫のサチがひょこひょこと近づいてくる。その小さな頭を撫でていると、ついにアイ=ファが登場した。

 ちょっとひさびさに見る、森辺の宴衣装である。アイ=ファは原則として婚儀の祝宴でのみ宴衣装を纏うと決めていたので、そうまでお披露目される機会は多くないのだ。


 金褐色の長い髪はほどかれて、腰のあたりにまでふわりと流れ落ちている。そこにも数々の飾り物がさげられており、こめかみに輝くのは俺が贈った透明の花飾りだ。

 胸あてと腰あても普段とは異なる宴衣装の様式で、さらに玉虫色のヴェールを髪や肩にかぶせている。腕や胸もとにも銀と宝石の飾り物がきらめき、その下にはアイ=ファ自身の肢体が輝き――有り体に言って、目の覚めるような美しさであった。


「そちらも準備はできているのだな? では、早々に出発するぞ」


 アイ=ファは仏頂面寸前の面持ちで、そのように言い捨てる。その手に握られているのは、狩人の刀だ。道中の安全のために、その宴衣装に不似合いな存在も手放すことはできないのだった。


「わー! やっぱりアイ=ファは綺麗だねー! 城下町の宴衣装もお見事だけど、森辺の民はやっぱり森辺の宴衣装だね!」


「はい。わたしなどは本当にひさびさですので、目が眩むような心地です」


 ユーミは子供のようにはしゃぎ、テリア=マスはうっとりとしている。そうすると、アイ=ファのお顔はいっそう仏頂面に近づいてしまうのだった。


「それじゃあ、出発しようか。みなさん、今日はお疲れ様でした」


「はい。どうぞ祝宴をお楽しみください」


 ガズやラッツの女衆は、ファファの荷車で立ち去っていく。その姿を見届けてから、俺たちもギルルの荷車でフォウの集落を目指すことになった。

 このたびの婚儀はヴェラの女衆がフォウに嫁入りする格好であるため、そちらで祝宴が開かれるのである。俺にとっては通いなれた場所であったが、期待感はつのるばかりであった。


「あたしもランの家でお世話になってたとき、その娘さんとは何度か顔をあわせてるんだよねー。アスタなんかも、それなりに交流があったんでしょ?」


「うん。ファの家では、サウティの血族を客人として迎える機会が多くってさ。そのヴェラの女衆も、最初はそのひとりだったんだよ」


 しかし彼女は半年前からフォウの家に滞在し始めたため、それで若年たるドーンの末妹が新たなメンバーに加えられたのだ。そちらの顔ぶれの何名かも、本日の祝宴に参席するはずであった。


「あの娘さんは、あんまり気合が表に出ない人柄みたいだよね。それでももちろん、ものすごい覚悟でこの婚儀を決めたんだろうけどさ!」


「うん。そもそも森辺では、何ヶ月も余所の家に泊まり込むなんてありえない話だったからね。フォウの男衆もヴェラの女衆も、そうやって自分の覚悟を示してみせたわけだよ」


「うーん。あたしなんて、合計でひと月も泊まり込んでなさそうだもんなー。まだまだ覚悟が足りてないって思われそうだよなー」


「ユーミは宿場町の民なんだから、少し事情が違うんだと思うよ。それに、自分の家をおろそかにしないってのも、大切なことであるはずさ」


 鼻面をすりつけてくるジルベの頭を撫でてあげながら、俺はそのように答えてみせた。妊娠の可能性があるラムは、山積みにされた寝具の上でゆったりと身を横たえている。


「ユーミと同じ立場だったシュミラル=リリンも無事に婚儀を挙げて、ついに子供まで授かったんだからね。ユーミがそれに続く日を、俺も心待ちにしてるよ」


「だから、子供の話なんかはまだ早いってば!」


 ユーミがそのようにわめいたところで、フォウの集落に到着した。

 広場には、すでにけっこうな数の人々が集っている。フォウとヴェラの女衆はのきなみ宴料理の準備の真っ只中であろうから、男衆や余所からの客人がほとんどだ。そうしてアイ=ファが御者台を下りて手綱を引いていくと、あちこちから挨拶の言葉が届けられてきた。


「アイ=ファ、おひさしぶりです。本日も見事な宴衣装ですね」

「おお、アイ=ファ。気を抜くと、つい習わしにそぐわぬ言葉を発してしまいそうだ」

「アイ=ファ、ひさかたぶり――というほど日は空いていないやもしれんが。ともあれ、息災なようで何よりだ」


 最後の声に聞き覚えがあったので、俺もいそいそと御者台の脇から身を乗り出す。そこで待ちかまえていたのは、ギバの頭骨をかぶったディック=ドムの魁偉な姿である。そのかたわらには、ころころとしていて可愛らしいモルン・ルティム=ドムの姿もあった。


「ディック=ドム、お疲れ様です。もう到着されていたのですね」


「うむ。今日は早々に、満足な数のギバを狩ることができたのでな。祝宴に遅れてしまわぬよう、早めに仕事を切り上げることになったのだ」


 ディック=ドムとモルン・ルティム=ドムが来訪することを、俺はトゥール=ディンから伝え聞いていた。彼らは族長代行たるゲオル=ザザから、お供に任命されることになったのだ。普通は同じ氏族の若い男女をお供にするものであるが、彼らは特別な婚儀を挙げた先駆けの存在であったため、見届け人に相応しいと認められたようであった。


 ちなみに彼らは朝方からディンの家を訪れて、そちらで狩人の仕事を果たしたらしい。それで夜には、ルティムの家に宿泊するのだそうだ。そういう彼らの行いも、フォウとヴェラの人々にはいい手本になるはずであった。


「あーっ! ドムのおふたりも来てたんだねー! 今日はどうぞよろしくー!」


 ユーミまでもが身を乗り出すと、アイ=ファは肩をすくめつつ荷車を停車させた。それで俺たちも地面に降り立ち、あらためて挨拶を交わすことになった。


「ユーミ、おひさしぶりですね。お会いできるのを楽しみにしていました」


 モルン・ルティム=ドムの朗らかかつ落ち着いた笑顔に、ユーミは元気いっぱいに「うん!」とうなずく。テリア=マスも、もはやディック=ドムの迫力ある姿に怯んだりはしなかった。

 そうして俺たちが広場の片隅で語らっていると、幼子を抱いた男衆が歩み寄ってくる。それはサリス・ラン=フォウの伴侶たるフォウの末弟であり、その手に抱かれているのはアイム=フォウに他ならなかった。


「アイ=ファたちも到着したのだな。よければ、トトスと荷車を預かろう」


「うむ。よろしく願いたい。……アイム=フォウも、今は広場に出ていたのだな」


「ああ。夜には家に入らせないといけないので、今の内に祝宴の賑やかさを味わわせてやろうと考えたのだ」


 コタ=ルウと同い年であるアイム=フォウははにかみながら、俺とアイ=ファの姿を見比べている。するとユーミが、そちらににっこりと笑いかけた。


「あんたも、ひさしぶり! あたしたちのこと、覚えてるかなー?」


「うん。ユーミとテリア=マス。……フォウのいえにようこそ」


 ユーミとテリア=マスも婚儀の祝宴や収穫祭に招かれる機会があったため、アイム=フォウとは顔馴染みであるのだ。しかし人見知りのアイム=フォウは、いっそうもじもじすることになってしまった。


「では、手綱を預かろう。アイムは、どうする? そろそろ家に入る時間なので、それまでアイ=ファたちに面倒を見てもらうか?」


 アイム=フォウはもじもじとしながらも、「うん」とうなずく。彼は俺やアイ=ファに、たいそう懐いてくれているのだ。コタ=ルウよりもはにかみ屋さんのアイム=フォウであるが、愛くるしさのほどではまったく負けていなかった。


「こちらはアイ=ファたちとご縁のある幼子であるのですか? とても可愛らしいですね」


 モルン・ルティム=ドムがやわらかく微笑みかけると、アイム=フォウは気恥ずかしそうにアイ=ファの後ろに隠れてしまう。その小さな頭を撫でながら、アイ=ファは「うむ」と応じた。


「アイム=フォウの母親は、私の古くからの友であるのだ。そちらはもともと、ランの家人であったのだがな」


「ああ、ファの家はフォウやランと古くからのつきあいがあったのですよね。それでしたら、今日の婚儀もさぞかし感慨深いことでしょう」


「うむ。婚儀を挙げる男衆とは、さしたる縁もなかったのだが……それでも、友たるフォウの祝いであるからな。心から喜ばしく思っている」


 そのように答えたアイ=ファが、ふっと横合いに目を向ける。

 俺もその視線を追ってみると、またまた見覚えのある人物が人垣をぬってこちらに駆け寄ってくるところであった。


「ユーミ、到着をお待ちしていました! 今日も素晴らしい宴衣装ですね!」


 その言葉の内容だけで、声の主は明らかであろう。ユーミは顔を赤くしながら、「もー!」と眉を吊り上げた。


「顔をあわせるなり、騒々しいんだよ! それに、女衆をやたらと褒めそやすのは禁忌なんでしょ?」


「俺が賞賛しているのは宴衣装についてですので、きっと森辺の習わしには背いていないはずです!」


 ジョウ=ランはにこにこと笑いながら、そのように応じた。ぱたぱたと尻尾を振る猟犬のような喜びようだ。そういえば、こちらに駆けつけてくるさまも、主人のもとに馳せ参じる猟犬さながらの姿であった。


 ジョウ=ランもディック=ドムもモルン・ルティム=ドムも、つい半月前の送別の祝宴でご一緒した間柄である。

 だけどやっぱり森辺の集落で一堂に会すると、趣が異なってくるものだ。ここ最近は外部でのイベントが立て続けとなって、俺が森辺の祝宴に参席するのは――おそらくはふた月前の、6氏族の収穫祭以来であろう。そののちにバナームの婚儀に招待された俺は、森辺の祝宴を待ち遠しく思ってやまなかったのだった。


 数多くの人間が寄り集まった広場には、早くも熱気が渦巻いている。

 婚儀が開始されたなら、この熱気がどこまでふくれあがるのか――それを想像するだけで、俺の胸は高鳴るばかりであった。

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