灰色の彼方(二)
2022.11/8 更新分 1/1 ・11/11 誤字を修正
スドラの婚儀が挙げられてから、4年後――ユン=ミーマが11歳となった年である。
ユン=ミーマは年配の女衆とともに水場におもむき、木皿や装束の洗い物に励んでいた。
今日も空は晴れわたっていたが、ユン=ミーマの世界は灰色にくすんでいる。
長い前髪が目もとにかぶさり、世界をいっそう灰色に染めあげていたが、それを振り払おうという心地にもならなかった。
この4年間で、ミーマは数多くの家人を失っている。ユン=ミーマが産まれた頃には20名ばかりもいたはずの家人が、今では10名足らずであるのだ。
4年前のあの日、ユン=ミーマを優しく諭してくれた女衆も、すでに魂を返している。というよりも、ともに暮らしていた相手は全員が死に絶えて、ユン=ミーマの身はまた別なる分家に預けられることになったのだった。
それでもユン=ミーマは絶望することなく、懸命に日々を生きている。新しい家の家人たちとも絆を深めて、喜びや悲しみを分かち合い、森辺の民として正しく生きようと励んでいた。
ただ、目に映る世界はどんどん灰色にくすんでいく。
空は青くて、雲は白くて、地面は茶色くて、森は緑色で――と、頭ではそのように認識しているのだが、ともすればすべての色彩が灰色に塗り潰されて、その濃淡だけが世界を形づくっていくように思えてならなかった。
「あら。ユン=ミーマも、ずいぶん髪がのびてきたようですね」
と――そんなやわらかい声が、ユン=ミーマの背後から投げかけられてきた。
ともに働いていた女衆がそちらを振り返り、笑顔になる。そのさまを見届けてから、ユン=ミーマもそちらを振り返った。
スドラの女衆が鉄鍋や草籠を抱えて、こちらに近づいてきている。ユン=ミーマに声をかけてきたのは、スドラの家長の伴侶たるリィ=スドラに他ならなかった。
「お、おはようございます、リィ=スドラ」
「おはよう、ユン=ミーマ。……あなたもそろそろ、髪を結えるのじゃないかしら? そのように顔にまで髪がかぶさっていると、色々と不便でしょう?」
ユン=ミーマは10歳を過ぎてから、森辺の習わしに従って髪をのばしている。それでも灰色をしたユン=ミーマの髪は、かろうじて肩に届くていどであった。
「ユン=ミーマは、髪が弱いみたいでね。無理に結ぶと、ぶちぶち千切れちまうんですよ。だからこうして、もう少し長くなるのを待ってるんです」
ともに働いていた女衆が、そのように答えた。家長と幼子しか残されていないミーマ本家で暮らすようになった、別の分家の女衆である。彼女はミーマでただひとり、伴侶と我が子がそろっている女衆であった。
「そうだったのですね。ユン=ミーマは今でも十分可愛らしいですけれど、髪を結えるようになったらいっそう可愛らしくなるように思います」
そんな風に言いながら、リィ=スドラは静かな眼差しでユン=ミーマを見つめてくる。彼女はとても柔和な気性をしているが、性根はとてもしっかりしており、時としては男衆のように凛々しく――そんなリィ=スドラに間近から見つめられると、ユン=ミーマはいつも何だか気恥ずかしいような心地になってしまうのだった。
やはりこのリィ=スドラという女衆は、ライエルファム=スドラの伴侶に相応しい人間であったのだろう。彼女はこの4年間で2度も赤子を亡くしていたが、それでも挫けることなく家長の伴侶として女衆の仕事を取り仕切っていた。
現在は、スドラの家にも12名の家人しかいない。ミーマと合わせて、ようよう21名という人数であるのだ。それはユン=ミーマが生まれ落ちてからの11年間で、血族の数が半分に減じたという事実を示していた。
それでもスドラの血族たちは、強い気持ちで日々を生き抜いている。
まだまだ幼いユン=ミーマは、暗く陰った灰色の世界に苦しみや絶望をまぎらわせて、何とか必死にみんなの背中を追いかけているような心地であった。
(わたしももっと齢を重ねたら、リィ=スドラみたいに強くなれるのかな……)
ユン=ミーマにとって、リィ=スドラは憧れの存在であった。きっと彼女の世界は灰色に曇ることなく、いつでも鮮明に輝いているのだろうと、そんな風に思うのだ。リィ=スドラとて、いまだ20歳になるかどうかという若年であるはずなのに、彼女は血族の誰よりも頼もしかった。
「さて。それじゃああたしらは、お先に失礼しましょうかね。ユン、そっちも終わったかい?」
「あ、はい。これで終わりです」
ユン=ミーマは固く絞った装束を草籠に入れて、立ち上がる。そうしてリィ=スドラたちに頭を下げて、ミーマの集落に戻ることになった。
「さすがに女衆がふたりだと、洗い物の仕事もひと苦労だね。でも、ユンが働き者だから助かってるよ」
「あ、いえ……普段は助けられてばかりですので……」
「血族同士で助け合うのは、当たり前のことさ。……でもそうすると、最初に水臭いことを言ったのはあたしのほうってことになるのかね。だけどそれは、幼いあんたの働きぶりに感心してのことだからね」
と、その女衆は痩せた顔で穏やかに微笑みかけてくる。
たとえ世界が灰色でも、こういった人々の温もりがユン=ミーマの心を救ってくれているのだ。
「それじゃあ洗い物を干したら、薪拾いと香草集めだ。病人が心配だから、手早く片付けちまおう」
「はい。よろしくお願いします」
ミーマの集落に帰りつくと、今日も広場はがらんとしていて人影もない。
20名どころかその倍ぐらいの人数でも暮らせそうな集落であるのに、今は9名の家人しかないのだ。4つ残されている家屋も、今ではふたつしか使われていなかった。
その片方はミーマの本家で、まだ若い家長と幼い子供、こちらの女衆とその伴侶と12歳になる若衆で、5名。
もう片方はユン=ミーマが暮らす分家で、家長の男衆とその伴侶、そして伴侶の弟である17歳の若衆で、4名。
9名の家人の内、女衆は3名のみで、なおかつユン=ミーマとともに暮らす女衆は病魔に臥せってしまっている。その分まで、ユン=ミーマたちが仕事を果たさなければならなかったのだった。
「それでも、たった4人で狩人の仕事を果たす男衆のほうが、よっぽど大変だからねぇ。泣き言なんて、言ってられないよ」
そのように語る女衆とともに、ユン=ミーマは朝の仕事を果たしてみせた。
その後には、臥せっている女衆の面倒を見ながら、ピコの葉を干したり草籠を編んだりという仕事が待っている。薪を割るのは、12歳の若衆の仕事だ。年配の女衆はまだ5歳である家長の幼子の面倒を見ながら、ユン=ミーマと同じような仕事に励んでいるはずであった。
ギバの毛皮をなめす仕事というのは、数日に1度しか行われない。狩人の数が4名では、1頭のギバを狩るのも大仕事であるのだ。それでも1頭分のギバ肉だけで半月ほどは飢えずに済んだが、アリアやポイタンは絶対的に足りていなかった。
(ミーマとスドラの家人が早くに魂を返してしまうのは、きっとアリアやポイタンが足りていないからなんだろうな……)
この頃には、ユン=ミーマも余所の氏族の様相を伝え聞く機会が増えている。それによると、スンやルウといった大きな氏族は食料に困ることもなく、強き力で仕事を果たしているようだという話であった。
「何せあちらは、血族だけで100名を超える人数であるそうだからな。家長会議の際には、いつもたいそうな首飾りを下げているし……きっと病魔に見舞われても、町で立派な薬を買いつけることがかなうのだろう」
家長たちが家長会議に出向いたのちは、とりわけそのような話を聞かされることが多かった。
ただし、ユン=ミーマは話に聞くばかりで、いまだにスンやルウといった氏族の人間と顔をあわせたことがない。時おり水場で顔をあわせるフォウやランといった氏族の人々は、ミーマやスドラと変わらないぐらい痩せ細って、いつも力ない顔つきをしていた。
ただ――この年になって、ユン=ミーマはひとりの奇妙な少女を見かけていた。
こちらの集落では見ることのない、金褐色の髪をした美しい少女である。齢はユン=ミーマよりわずかに上なぐらいであったが、彼女はいつも颯爽としており、輝くような生命力にあふれかえっているように感じられた。
「あれは、ファの家の娘だよ。どうもあたしらとぶつからないように時間をずらしてるみたいだけど、前にも何度か母親らしい女衆の仕事を手伝っていたからね」
そんな風に教えてくれたのは、スドラの女衆であった。
「ただ最近、母親のほうは魂を返しちまったみたいで……それであの娘は、父親と一緒に狩人の仕事を始めたって噂なんだよねぇ」
「ええ? 女衆が、狩人の仕事を? そんな話が、許されるのですか?」
「さあ、どうだろう。ファの家ってのは、大昔に族長筋のスン家ともめたって噂もあるみたいだし……あんまり関わらないほうがいいかもしれないね」
それはユン=ミーマにとって、いささか胸の騒ぐような風聞であった。
自分と何歳も変わらないような娘が、女衆としての仕事も果たしながら狩人としての仕事を果たすなど――ユン=ミーマには、とうてい想像がつかなかったのである。
ユン=ミーマは女衆としての仕事を果たすだけで、毎日力尽きてしまっている。朝方の仕事を終えてしまえば、晩餐の刻限まではほとんど家にこもっているというのに、最後にはぐったりと力尽きてしまうのである。
ただそれは、空腹が原因であるはずであった。ギバを収獲できて、アリアやポイタンを買うことがかなった日は、ユン=ミーマも1日の終わりまで元気に過ごすことがかなうのだ。
しかし、そのような日は数えるぐらいしか存在しない。おおよそはギバの肉だけを喰らい、ひどいときにはピコとミーマの煮汁をすすり――そんな日は、朝方の仕事だけで目がくらんでしまうことも多かった。
人間は、飢えると力が出なくなる。そして、病魔にも見舞われやすい。だからミーマやスドラの狩人は、ギバを狩ることも難しいのだろう。そうして弱き氏族はどんどん衰退し、強き氏族は繁栄していく――それが、森辺の集落の現実であるようであった。
(それでもわたしたちは、苦しみよりも喜びを重んじて生きていくと決めたんだ)
そんな風に念じながら、ユン=ミーマはその日も自分の仕事に取り組んだ。
中天になって男衆が森に入ってからは、装束や寝具の整理である。ミーマでは魂を返す人間が多いため、装束や寝具も有り余っていたが、それらは放っておくとたちまち虫に食われてしまうので、数日置きに干さなければならないのだった。
いつか家人が増えたときには、こういったものがまた必要になるかもしれない。
そんなささやかな希望を胸に、きちんと手入れをしておくのだ。言ってみれば、それは決して自分たちが希望を捨てていないということを母なる森に示すための行いであるのかもしれなかった。
そうして持ち物の整理を終えたならば、もう晩餐の支度まで為すべきこともない。あとは男衆が戻るまで、病魔に臥した女衆の様子を見守るだけだ。
ユン=ミーマは早くも力を失いつつある身体を動かして、女衆の眠る寝所まで出向き、敷物の上に膝を折った。
それでいつしか、ユン=ミーマはうつらうつらと意識を失いかけ――そんな中、女衆の苦しげな息遣いが寝所に響きわたったのだった。
「だ、大丈夫ですか? どこが苦しいのです?」
ユン=ミーマはすぐさま女衆のもとに膝を進めて、その骨ばった指先を握りしめた。
ひゅうひゅうとかすれた息をこぼしながら、女衆は虚ろな瞳でユン=ミーマを見つめ返してくる。
「ユン……どうやらわたしは、もう駄目みたい……」
「大丈夫です。夜にはきっと、家長たちがギバを狩ってきてくれますから……そうしたら、アリアやポイタンを口にできるはずです」
女衆がどれだけ苦しもうとも、ユン=ミーマはそんな言葉で励ますしかなかった。
「きちんと滋養のある食事を口にすれば、こんな病魔は退けられるはずです。だから、どうか……気を強く持ってください」
「ううん……ごめんなさい……わたしはもう、伴侶と弟の帰りを待つこともできそうにないの……」
目もとに涙をにじませながら、女衆は弱々しい声でそう言った。
彼女もまだ、20歳にもなっていないはずなのに――その顔は骨と皮ばかりに痩せこけて、齢もわからなくなってしまっている。ただその優しげな眼差しだけは、まったく変わっていなかった。
「あなたはこんなに幼いのに、最後まで苦労ばかりかけてしまって……心から申し訳なく思っているわ……ユン……本当に、ごめんなさい……」
「わたしのことなんて、どうでもいいんです。どうか……どうか、希望を捨てないでください」
そのように語るユン=ミーマの顔も、いつしか涙に濡れていた。
灰色に曇った世界で、女衆は静かに微笑む。
「希望……わたしにとっては、あなたこそが希望そのものだったわ……あなたとともに暮らし始めてから、まだ3年も経っていないように思うけれど……わたしにとっては、あなたの存在が心のよすがであったのよ……」
「わたしなんて……誰のお役にも立っていません。わたしこそ、みんなに面倒をかけてばっかりです」
「そんなことは、決してないの……あなたは何度も家族を失って、そのたびに家を移されていたのに……それでも決してくじけることなく、わたしたちに希望の光を与えてくれたわ……あなたの温かい笑顔を見るたびに、わたしたちは生きる希望を取り戻すことができたのよ……」
ユン=ミーマに右手を握りしめられたまま、女衆は逆の手をのろのろと持ち上げた。
すでに体温を失いかけている冷たい手が、ユン=ミーマの涙に濡れた頬にそっと当てられる。
「どうかこれからも、あなたの温もりで他のみんなを幸せにしてあげてね……そうしたら……みんな、わたしのように幸福な心地で魂を返すことができるから……」
それだけの言葉を言い終えてから、女衆の手がぱたりと落ちた。
やわらかい微笑みをたたえたまま、女衆はまぶたを閉ざす。そして、それが再び開かれることはなかった。
ユン=ミーマはその亡骸に取りすがり、涙が涸れるまで泣き伏した。
ユン=ミーマはまた、同じ家で暮らす大切な家人を失ってしまったのだ。
この11年間で何度となく繰り返してきた、死別の時である。
たとえどれだけ灰色の世界に埋没しようとも、この悲しみを涙なしに乗り越えることだけは決してできなかった。
やがて泣き疲れたユン=ミーマは、最後に亡骸の冷たい手をぎゅっと握りしめてから、覚束ない足取りで本家へと向かった。
そちらで幼子の面倒を見ていた女衆は、ユン=ミーマの表情だけですべてを察してくれたようだった。
「あの子も、逝っちまったかい……よりにもよって、伴侶や弟がいない時間に魂を返しちまうなんてね……それでもあんたに看取ってもらえたんなら、きっと幸福な心地だったと思うよ」
そう言って、その女衆はユン=ミーマの身を抱きしめてくれた。
そうすると、再び涙があふれかえってしまう。死んでしまった女衆の伴侶と弟は、何も知らないまま森で仕事を果たしているのだ。彼らがどれほどの悲嘆に見舞われるのかと思うと、ユン=ミーマは胸が張り裂けそうなほど悲しかった。
だが、彼らがそのような悲嘆に見舞われることにはならなかった。
果たしてこれは、森の与えた試練であったのか、あるいは慈悲であったのか――彼らはギバ狩りの仕事のさなか、ともに魂を返してしまったのだ。
「そちらの女衆も、魂を返してしまったのか……きっと今頃は、ともに母なる森の腕に抱かれていることであろう」
やがて森から戻ったミーマ本家の家長はそのように語りながら、悲痛に顔を引き歪めていた。
1日に、3名もの家人が魂を返すことになってしまったのだ。不幸の渦巻くミーマの集落にあっても、これほどの悲劇に見舞われるのは決して当たり前の話ではなかった。
いまだ20歳を過ぎたばかりである本家の家長は、悲嘆のうめきをこらえるように歯を食いしばっている。
ともに森から戻った年配の男衆は、がっくりとうなだれてしまっていた。
その子である12歳の若衆はほとんど泣き顔であったが、ただ涙だけはこらえている。彼らの伴侶であり母親である年配の女衆は、事情もわからずに寝入っている家長の幼子をかき抱き、はらはらと涙をこぼしていた。
「ユンは……またすべての家族を失ってしまったということだな」
若き家長が、振り絞るような声でそう言った。彼は別の家で暮らす分家の家人に対しても、氏をつけずに名だけを呼ぶようになっていたのだ。
そして、今日という日に魂を返してしまったのは、すべてユン=ミーマとともに暮らしていた人々となる。分家の家長たる男衆と、その伴侶である女衆と、伴侶の弟である男衆――その3名が、いちどきに魂を返してしまったのだった。
「だが、今となっては本家も分家もない……ミーマの家人はわずか6名となり、しかもその半分は13歳に満たない幼子であるのだ……我々も、ついに滅びの時を迎えたということか……」
「ああ……これが、母なる森の思し召しであるのだろう。母なる森がどのような思いでこれほどの試練を与えるのかは、想像もつかんがな」
年配の男衆が、力ない声で言い捨てる。
そうすると、ユン=ミーマの世界はいっそう灰色にくすんでいき、ともすれば自分と他者の境も曖昧になってしまいそうだった。
みんなの悲しみや苦しみが、渦を巻いてユン=ミーマの内に流れ込んでくる。そしてそれがユン=ミーマ自身の悲しみと絡み合い、さらなるうねりをあげるのだ。
ユン=ミーマは、その狂暴なうねりにすり潰されてしまいそうだった。
胸の奥に大事にしまいこんでいた希望のかけらが、それで木っ端微塵になってしまいそうである。
だから――ユン=ミーマは顔にかぶさる灰色の髪を振りやって、毅然と声をあげてみせたのだった。
「これで、すべてをあきらめてしまうのですか? ミーマの家は、これでおしまいになってしまうのですか?」
本家の家長は、うろんげな視線をユン=ミーマに向けてくる。
そちらから流れ込んでくる悲しみの奔流に耐えながら、ユン=ミーマはさらに言いつのってみせた。
「わたしは無力な幼子に過ぎないので、どうするべきかもわかりません。でも、魂を返すその時まで、森辺の民として正しく生きたいと思います。わたしたちがどのように生きていくべきか、どうか家長が導いてください」
「ああ……ああ、わかっている。どのような悲運に見舞われようとも、俺たちはこうして息をしているのだからな。そうすることのできなくなってしまった者たちの分まで、俺たちは力を尽くさなくてはならんのだ」
家長はぎゅっと拳を握りしめ、その目に精悍な輝きを取り戻した。
「さきほどは滅びの時を迎えたなどと言ってしまったが、それはあくまでミーマの氏の滅びについてだ。我々がどれだけ力を尽くそうとも、この人数で健やかな生を求めることは難しいのだからな。こうなったら、我々はミーマの氏を捨て、親筋たるスドラの家人になる他あるまい」
「だが……こちらの半数は、幼子だ。これではスドラの迷惑になるだけではないだろうか?」
年配の男衆がそのように言いたてると、家長は「いや」と力強く応じた。
「たとえ幼子であろうとも、こやつらであれば立派に仕事を果たすことがかなおう。お前の子などは、もう12歳ではないか。俺の子などはまだ5歳だが、必ずや立派な狩人に育ててみせよう。そのためにも、スドラの家人となって力を尽くすのだ」
「ああ、そうだよ! 俺が森に入ったら、すぐに親父よりたくさんのギバを狩ってみせるさ!」
12歳の若衆が、自らを鼓舞するように大きな声でがなりたてた。
するとその母親も、「そうだねぇ」と涙に濡れた顔で笑う。
「あたしたちこそ懸命に励んで、この子たちを立派に育てあげないとさ。森辺の民として正しく生きるっていうのは、そういうことだろう?」
「うむ……子供たちを飢えさせるわけにもいかんか」
年配の男衆も、その目に重い覚悟の光を宿らせながら、表情を引き締めた。
やはり様子が変わらないのは、すうすうと眠る幼子ばかりである。
そしてユン=ミーマもまた弱り果てた心身の力を振り絞って、背筋をのばしていた。
薄暗がりの広間には、熾火のごとき情念が満ちている。先刻までは悲嘆と絶望に打ち沈むばかりであったこの家に、それだけの力が蘇ったのだ。それはとうてい世界のすべてを希望の光で照らし出すほどの勢いは持っていなかったものの――かろうじて、絶望の暗黒に呑み込まれることだけは回避できたのだった。
(きっと、これでいいんだ……わたしたちにできるのは、希望を捨てないことだけなんだ)
悲しみは、悲しみを生む。ユン=ミーマもついさきほどまでは、彼らの織り成す悲しみのうねりに呑み込まれて、すべての希望を失いつつあったのだ。
しかしそれなら、逆もまた然りであろう。
余人の悲しみが伝わるというのなら、喜びや希望の思いも伝わるはずである。ユン=ミーマ自身、今日という日まで生き永らえることができたのは、そばにいる人々の温もりに支えられてのことであったのだ。
ともに暮らしていた女衆は、穏やかに微笑みながら魂を返していた。
ユン=ミーマも、あのように魂を返したい。それならば、まずは余人に希望を与えること――世界が悲しみに覆われてしまわないように、自らが率先して希望の思いを掲げるのだ。
きっとこれが、ライエルファム=スドラの指し示す道――悲しみよりも喜びの念を重んじて、他者を慈しむということなのだろう。ユン=ミーマは11歳という齢になって、ようやくその言葉の本当の重みを思い知ったような心地であった。
そうしてユン=ミーマは、決して希望を捨てまいという思いを新たにして――その翌日から、スドラの家人ユン=スドラとして生きていくことになったのだった。




