送別の祝宴⑤~それぞれの心尽くし~
2022.9/11 更新分 1/1
「あー、アスタにアイ=ファだ! 今回はけっこう早く会えたね!」
俺とアイ=ファが料理の卓に近づいていくと、そこには青い宴衣装を纏ったディアルと武官の礼服めいた装束を纏ったラービスが待ち受けていた。
「うわー、近くで見ると、アイ=ファはいっそう豪勢な姿だね! なんか、太陽神が女神に変じたみたい!」
「……できれば、声を抑えてもらいたい。無用に人目を引きたくはないのでな」
「あはは。アイ=ファはその姿だけで、存分に人目を引いちゃってるってば!」
確かにその卓に参じていた人々は、誰もがアイ=ファの輝ける姿に目を奪われていた。ただ幸いであったのは壮年の男女ばかりであったため、そうまで騒がれなかったことであろう。
ご挨拶をしてみると、おおよそはジェノスの下級貴族たちであったようだ。中には以前に祝宴でご挨拶をさせていただいた子爵家のご当主なども含まれており、そちらからは節度ある態度でアイ=ファの宴衣装の見事さを褒めたたえられることになった。
「ここはダイアってお人の宴料理だよ! やっぱり、見た目がすごいよねー!」
ディアルの言う通り、そこには絢爛なる宴料理が並べられていた。花を模した料理や、星空のようにきらめく料理など、ダイアらしさが全開である。
「でも、メライアとかいう領地の食材は使われてないみたいだね! やっぱり城下町の料理人は、手こずってるのかなー」
「ダイアなんかは見た目にもこだわるから、余計に目新しい食材を取り入れるのに時間がかかるみたいだね。まあ、目新しければいいってもんでもないし、そこは人それぞれじゃないかな」
そんな風に語らいながら、俺もダイアの料理を堪能させていただいた。
その間に、アイ=ファはラービスの姿を検分している。その眼差しに気づいたラービスが「何か?」と問いかけると、アイ=ファは「いや」と首を振った。
「今日もラービスは、宴料理を食せる立場であるのだな。それを喜ばしく思っていた」
「あー、外交官のお供なんかは、従者の腕章をつけてたね! でも、ラービスは従者じゃなくって、僕の付添人だからさ!」
と、元気に答えつつ、ディアルは白い頬を少しだけ赤らめていた。だいぶん長くなってきた髪と相まって、とても女の子らしい可愛らしさである。
「ディアルたちも、貴き方々へのご挨拶を終えたところだったのかな?」
「うん! ゲルドの連中はともかく、他のお人らは大事な商売相手だからね! ティカトラスってお人も、けっこう鉄具を注文してくれたしさ!」
そうして挨拶を終えたディアルたちも、もっとも手近なこの卓に辿り着いたところであったのだろう。この近くには、森辺の同胞の姿も見当たらないようであった。
「よかったら、アスタたちも一緒に料理の卓を巡ろうよ! それとも何か、約束でもあるのかな?」
「いや、そういうわけではないけどね。ただ、自分たちの料理の卓で説明の役目を果たすか……あるいは、カルスの料理を先に食べておきたいかな」
「カルスって、バナームの料理番のことだよね? それならたぶん、あっちの卓だよ! さっき、いそいそと向かう姿が見えたもん!」
そういえば、挨拶を受ける人々の中にアラウトの姿が見えなかったように思う。もしかしたら、彼もカルスと行動をともにしているのかもしれなかった。
そんなわけで、俺とアイ=ファはディアルの案内のもとにそちらの卓を目指すことにする。
その道中ではひっきりなしに挨拶の言葉を投げかけられたが、バナームのときのように取り囲まれたりはしない。ジェノスの祝宴でそのように振る舞うのは、アイ=ファの美しさに心酔する若き貴婦人ぐらいであったのだった。
「ああ、アスタにアイ=ファ。ディアルたちとご一緒だったのですね」
そちらの卓に到着すると、ユン=スドラとジョウ=ラン、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラのカルテットが待ち受けていた。その姿に、ディアルが「うわあ」と目をきらめかせる。
「入場のときからわかってたけど、今日はユン=スドラもすごい宴衣装だね! アイ=ファが金で、ユン=スドラが銀で、ふたりとも女神みたい!」
「そ、それはあまりに大仰です」と、ユン=スドラは顔を赤くする。しかし、くすんだ銀色の宴衣装を纏ったユン=スドラは、確かに祝宴の場でも素晴らしいほどの輝かしさであった。
「カルスの料理は、やはり素晴らしい出来栄えです。カルスはアラウトとご一緒に、あちらでレイナ=ルウたちと語らっていますよ」
「ああ、本当だ。それじゃあ、まずは料理のほうをいただこうかな」
そちらの卓には、4種の料理が並べられていた。これが10名の料理人たちによる、渾身の作であるのだろう。やはり品数は控えめであったものの、俺の期待はいや増すばかりであった。
本日のカルスは、バナームの食材の素晴らしさをお伝えするというコンセプトで献立を選んでいる。その内容は、黒フワノのそばと、饅頭の軽食と、カロンの肉料理と、汁物料理というものであった。
まずは無難に、汁物料理からいただくことにする。そちらは黄白色をしたシチューのようにねっとりとした質感で、最初から乾酪の香りが濃密に匂いたっていた。
いざそちらの料理をいただいてみると、やはり乾酪の風味が際立っている。カロンの骨ガラの出汁に、カロン乳をベースにして、さらにカロンの乾酪を溶かし込んでいるのだ。いかにもカロンの産地たるバナームらしい料理と言えよう。
ただし、今回の交易にカロンにまつわる食材は含まれていない。
よってこちらの料理にも、他なる食材で彩りが加えられていた。
まず、乾酪やカロン乳に負けない勢いで渦巻いているのは、白い果実酒の風味である。白ワインに似た果実酒を、けっこう大量に投じているのだろう。ジェノスではあまり酒類を料理に使う作法が根付いていないため、なかなかに新鮮な味わいであった。
さらに、カロン肉や野菜の具材に混じって、黒フワノの団子が浮かべられている。ジェノスにおいても白いフワノの団子を汁物の具材とする作法はあったが、こちらは団子の表面が甘い皮膜でコーティングされており、内部までは汁気が浸透しておらず、黒フワノらしい軽やかな食感が保たれていた。それがクルトンのような役割を担っているのだ。
複雑なことはまったくなく、純朴な味わいで、ほっとする。しかしそれでいて、果実酒の風味や黒フワノの食感が、強く印象に残された。文句なしに、素晴らしい味わいである。
「こちらはとても美味ですよね。肉がギバであったなら、森辺の晩餐でも文句を言う人間はいないかと思います」
イーア・フォウ=スドラは穏やかに微笑みながら、そんな風に言っていた。チム=スドラも、落ち着いた面持ちで首肯している。
「それに俺は、こちらの料理――まんじゅう、だったか? とにかくこれも、気に入っている。アスタが屋台で売っているギバまんと、似て異なる味わいであるようだ」
「うん。確かにこれは、見た目からしてギバまんに似てるみたいだね」
というわけで、次は饅頭の軽食をいただくことにした。
やはりこちらも生地は黒フワノで仕上げられており、暗い灰色をしている。ピンポン球を軽くつぶしたような、ささやかなサイズだ。
(バナームの宴料理でも、こういう饅頭は出されてたよな。これがバナームの郷土料理らしいけど、カルスの手にかかるとどういう仕上がりになるんだろう)
そんな期待を込めながら、俺はその可愛らしい饅頭を頬張った。
黒フワノの生地は軽やかな食感で、その内側にたっぷりと具材が隠されている。その内容は、細かく刻んだカロンの肉とレンコンのごときネルッサ、それに乳で溶かした乾酪という組み合わせであった。
ただ、基本の味は、甘酸っぱい。乾酪の風味は豊かであったが、それよりも蜜と酢の味わいが際立っているのだ。おそらくこれは、花蜜と白ママリアの酢が使われているのだろうと思われた。
バナームの祝宴でも乾酪に砂糖と酢を組み合わせた料理は存在して、アイ=ファやダリ=サウティに眉をひそめさせていた。しかし今回は、アイ=ファも静かな面持ちで咀嚼している。花蜜と白ママリア酢の甘酸っぱさが、意外なほど乾酪や具材の味わいと調和していたのである。
こちらはおそらく、蒸し饅頭であるのだろう。さらに、具材を細かく刻むという作法も似通っていたため、いっそうギバまんを彷彿とさせるのだ。さらに言うなら、バナームでもネルッサは扱われていなかったという話であるので、これはチャムチャムの代用として使われているのだろう。ギバまんでもチャムチャムが使われているため、具材の食感においてはかなり近いものがあるはずであった。
ただし、生地の食感や基本の味付けはまったく異なっている。乾酪を甘酸っぱく仕上げるというのは俺のレパートリーにない手法であるため、とても新鮮だ。だけどやっぱりジェノスの城下町の料理のように複雑なことはまったくなく、それでアイ=ファやチム=スドラも問題なく食せているわけであった。
「あえて言うなら、カルスの料理はナウディスの料理に近いのかもしれません。とても食べやすくて、複雑な味わいではないのに心に残るような感じで……ただナウディスと異なるのは、それがとても緻密な細工で成し遂げられているような印象であるのですよね」
ユン=スドラの言葉に、俺は「うん」とうなずいてみせた。
「その緻密さっていうのは、実際に手掛けたヴァルカスたちの印象なのかもしれないね。たとえこれがカルスの理想通りの料理だったとしても、実際に手掛けた人たちの印象がまったく残らないってことはないと思うしさ」
「ああ、そうかもしれません。どこか、ルイアの言う上品な味わいというものも感じられる気がするのですよね」
ユン=スドラは、納得がいった様子で微笑をこぼしていた。
そのかたわらで、ジョウ=ランは「うーん」とうなっている。
「確かに、どれもこれも美味であるように思います。この食べやすさは宿場町の民に好まれそうですし、ユン=スドラの言う上品な味わいというのは城下町の民に好まれそうですね」
「まあ。ジョウ=ランは、まるでかまど番のようですね」
「ええ。俺はこれでも、《西風亭》で何度かかまど仕事を手伝った身ですので。……まあおおよそは、薪を割ったり洗い物をしたりでしたけれど」
何にせよ、どれもこれも素晴らしい出来栄えである。
残るふた品を口にしても、俺の印象がくつがえされることはなかった。
肉料理にも、甘酸っぱいソースが掛けられている。ただしこちらは花蜜ではなく、リンゴに似たラマムと白ママリアの酢、さらに白い果実酒をも使ったソースであった。汁物料理と同様に、酒気を飛ばした果実酒の風味と甘みが、うまい具合に活かされていたのだ。
黒フワノのそばはバナームの祝宴と同じように、ソースをかけたパスタのように扱われている。そばは汁物に仕立てるとすぐにのびてしまうため、ジェノスの城下町でもこのように扱われることが多いのだ。
そちらのソースは、栗のごときアールが主体になっている。カルスの役割はメライアではなくバナームの食材の素晴らしさを示すことであるが、他の料理と印象がかぶらないようにと趣向を凝らしたのだろう。なおかつ、そちらでもカロン乳の酪に果実酒で風味がつけられており、それが決め手になっているように感じられた。
(栗みたいなアールに、ヨーグルトみたいな酪に、白ワインみたいな果実酒か……それほど素っ頓狂な組み合わせではないと思うけど、やっぱり新鮮な味わいだな)
それにこちらは、珍しくも肉が使われていない。溶け崩れたアールだけが具材であるのだ。しかしそれでも物足りないという印象が生まれないのは、他の料理でしっかりカロン肉を摂取しているがゆえなのだろう。言わばこれは、箸休めの副菜ともいうべき料理であったのだ。
バナームの食材のアピールをするという任務を負いながら、食べる側の心情を慮り、箸休めの副菜まで準備している。それはカルスの誠実さの表れなのではないかと思えてならなかった。
「どれも素晴らしい出来栄えだね。ディアルたちは、どうかな?」
「うん! まったく文句のない味わいだよ! ……ジェノスの素っ頓狂な料理より、よっぽど美味しく感じるもん」
と、後半は小声になるディアルである。ジェノスの城下町の祝宴では、そのように振る舞うのが正解であっただろう。
「それじゃあ俺は、カルスに感想を伝えてこようかな。ユン=スドラたちは、もうカルスたちと話したのかい?」
「いえ。レイナ=ルウが熱心に語らっているようですので、遠慮しました。またあとで、機会があったら語らせていただこうかと思います」
「なるほど。ディアルはどうする?」
「僕はここで待ってるよ! ひさびさに、ジョウ=ランともおしゃべりをしておきたいしね!」
ディアルはユーミとも仲良しであるので、ジョウ=ランには大きな興味を抱いているのだろう。ということで、俺は金色に輝くアイ=ファだけをともなって、カルスたちのもとを目指すことにした。
「ああ、アスタ殿にアイ=ファ殿。ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません。僕はカルスとともに、この場に控えておくべきかと考えていたもので――」
と、カルスとともにいたアラウトがそこまで言いかけて、目を大きく見開いた。
「――失礼いたしました。アイ=ファ殿も、素晴らしい宴衣装ですね。バナームの祝宴とはまた異なる印象であったため、つい言葉を失ってしまいました」
アラウトが心から申し訳なさそうな面持ちで一礼したため、アイ=ファも気分を害することなく「いや」と応じた。そこに、セルヴァ伝統の宴衣装を纏ったリミ=ルウが「わーい」とひっついてくる。その場には、ルウ本家の姉妹にルド=ルウとシン=ルウという4名が集まっていたのだ。ルド=ルウたちは、従者の腕章をつけたサイと語らっていたようであった。
「アスタもカルスの料理を口にされたのですね。わたしも先刻から、ずっと感想をお伝えしていました」
そのように語るレイナ=ルウは、凛々しい面持ちで頬を火照らせている。そちらも朱色の豪奢な宴衣装であるために、いつも以上に鮮烈なたたずまいであった。
「にしても、レイナ姉はひとりで熱くなりすぎじゃね? カルスもアラウトも聞き飽きてきた頃合いなんじゃねーかなー」
ルド=ルウがそのように茶々を入れると、アラウトは生真面目な面持ちで「いえ」と答えた。
「レイナ=ルウ殿ほどの料理人からそうまで確かなお言葉をいただくことができて、僕はとても心強く思っています。君もそうだろう、カルス?」
「は、は、はい。で、でもそれは、みんな調理を手伝ってくれたみなさんのおかげだと思います」
「そのようなことはありません。もちろんヴァルカスたちの手腕あっての完成度なのでしょうが、それもすべてはカルスの理想あってのことなのですからね。カルスがダカルマスの試食会に参じていたなら、きっと勲章を授かっていただろうと思います」
レイナ=ルウは、明らかに昂揚しまくっている。これまでといくぶんタイプの異なる料理人を前にして、さまざまな気持ちをかきたてられているようだ。
「わたしはやっぱり、カルスともっと交流を深めさせていただきたく思います。カルスもこちらで習い覚えたことをバナームの方々に教示しなければならないのでしょうが、その後にまたジェノスまでいらしていただくことはできませんでしょうか?」
「そうですね。こちらの祝宴を終えた折には、僕たちもいったんバナームに戻ろうかと考えていますが……きっとカルスには、まだまだジェノスで学ぶことが多いのだろうと思っています。そこで森辺の方々を頼らせていただくことができれば、僕も嬉しく思います」
「はい! おたがいの技量をのばすために、勉強会をともにしたく思います。きっとヴァルカスのお弟子たちも、同じ気持ちであるはずです」
レイナ=ルウの熱狂っぷりに、ルド=ルウが「あーあ」と嘆息をこぼす。
「せめてジザ兄がいれば、もうちょいレイナ姉の手綱を握れるんだろうけどなー。俺やシン=ルウじゃ、どうにもならねーや」
「あはは。でもまあこれも、バナームとの絆を深める一助になるんじゃないかな」
俺たちの会話も耳に入っていない様子で、レイナ=ルウはまだ熱く語っている。
そこに、大柄な人影の集団が近づいてきた。誰かと思えば、プラティカに先導されたゲルドの人々である。さらにそこには、シュミラル=リリンとガズラン=ルティムとレイの女衆も同伴していた。
「アラウト殿、こちらだったか。バナームの料理、食したい、思う」
「はい。お待ちしておりました。カルスが料理の内容をご説明しますので、どうぞ存分にお味わいください」
アラウトが引き締まった面持ちで一礼し、カルスはあたふたと頭を下げる。それを横目に、アイ=ファがプラティカへと語りかけた。
「挨拶を受ける儀は、もう終わったのか。存外に、時間がかからなかったようだな」
「はい。ティカトラス、隙をついて、離脱したため、それを機に、行動の自由、得られました」
確かに大広間の奥部に集まっていた貴き方々も、みんな散開したようである。俺も慌ててレイナ=ルウに声をかけることになった。
「だったら俺たちも、自分たちの準備した料理の卓に控えるべきかもね。アラウト、カルス、料理の感想はまたのちほどということで」
「はい。僕もみなさんの宴料理を楽しみにしています」
凛々しい面持ちであったアラウトが、彼らしい純真な笑みをこぼしてくれる。そちらに頭を下げてから、俺は大切な森辺の同胞たちに向きなおった。
「せっかくシュミラル=リリンやガズラン=ルティムとお会いできたのに、残念です。あとでゆっくり、こちらの料理も召し上がってくださいね」
「もちろんです。アスタもどうぞ、ご自分の仕事をお果たしください」
穏やかに語るガズラン=ルティムのかたわらで、シュミラル=リリンも優しく微笑んでくれている。彼らも彼らでただ祝宴を楽しんでいるわけではなく、ゲルドの人々と交流を深められるように努めているのだろう。そんな頼もしき同胞らに別れを告げて、俺たちは取り急ぎ自分たちの料理の卓を探し求めることになった。
「うーん、たぶん向かいの壁際じゃない? あそこが一番、人が集まってるみたいだからさ」
ディアルの言葉を指針にして、ひとまず向かいの壁際を目指すことにする。この時間はおおよその人々が宴料理を求めているため、広間の中央部は意外に人影が少なく、横断するのに手間もかからなかった。
そちらの壁際には、確かに数多くの人間が集まっている。それで人垣を迂回して、料理の卓の裏側に回り込んでみると――そちらでは、4名の同胞が人々に取り囲まれていた。フェイ=ベイムとナハムの末妹、モラ=ナハムとラヴィッツの長兄という顔ぶれである。
「あ、フェイ=ベイム! アスタたちがいらしましたよ! アスタ、こっちでーす!」
と、もっとも小柄なナハムの末妹がぶんぶんと手を振ってくる。それで彼女たちを取り囲んでいた人々もこちらを振り返り、目を輝かせることになった。
「おお、アスタ殿。本日も、素晴らしいギバ料理ばかりでしたな」
「何か食べなれない食材が混じっていましたので、あれがメライアという地の食材ということですか。あれほど美味なる料理に仕上げられるのでしたら、是非わたしどもも買いつけさせていただきたいところですな」
「ああ、アイ=ファ様! 本日も、輝くようなお姿です!」
俺たちは礼賛の祝宴によっていっそう顔を売ることになったので、まだ名前まで覚えきれない貴族の面々が熱っぽい言葉を届けてくる。
そして俺たちがそれらの人々に取り囲まれるより早く、レイナ=ルウが耳打ちしてきた。
「こちらはアスタの準備した料理の卓であったようですね。わたしは自分の卓を探しますので、またのちほど」
「アイ=ファ、また後でね!」
リミ=ルウも最後にぎゅっとアイ=ファの手を握ってから、姉たちとともに離脱していった。
きっと俺たちの到着が遅れたために、たまたま居合わせたフェイ=ベイムたちが質問責めにあっていたのだろう。フェイ=ベイムは武将のごとき敢然たる面持ちであったが、ほっとした様子で額の汗をぬぐっていた。
では、いざ自分の役割を――と、俺が意気込んだところで、包囲網を固めようとしていた人々がふわりと散開する。その向こう側から、彼らに遠慮をさせた一団が接近してくるのが見えた。
「ああ、こちらがアスタ様たちの受け持った宴料理の卓なのですね。わたくしたちも、さっそく味わわさせていただきますわ」
それはこの祝宴においてもっとも身分の高いデルシェア姫と、南の使節団の一行であった。それに同伴していたのはジザ=ルウとララ=ルウ、そしてポルアースとメリムの夫妻である。
「やあやあ、アスタ殿。こちらで出会えたのは、何よりだ。よければ、宴料理の説明を願えるかな?」
「はい。承知しました」
デルシェア姫ともロブロスたちとも語り足りないところであったので、俺としてもありがたい限りである。相手がティカトラスでなかったためか、アイ=ファもとても満足げな眼差しをしていた。
「ちょっと今回は、副菜と呼ぶべき料理が多いかもしれません。その代わりに品数を増やしたつもりですので、ご満足いただけたら幸いです」
「ふむふむ。どうしてそのような趣向になったのかな?」
「ネルッサやドーラという食材は、副菜に向いているように思うのですよね。もちろん主菜に応用することも難しくはないかと思いますが、今回はなるべくたくさんの使い道をお披露目しようかと考えた次第です」
ジャガルの使節団を中心にした面々が、料理の卓の前で横並びになる。デルシェア姫ともポルアースたちとも懇意にしているディアルも、ちゃっかりその中にまぎれこんだ。そして、他なる人々がそれを遠巻きに眺めるというのは、バナームの祝宴で侯爵家の人々を相手取ったときを想起させてやまなかった。
「まずこちらの3種が、ネルッサを使った副菜となります。右から順に、肉巻きの料理、炒め物の料理、煮込みの料理です」
「見た目からして、期待をかきたてられますわね。厨の見学をしているときから、ずっと食する瞬間を心待ちにしていましたの」
デルシェア姫が、俺に向かってにっこりと笑いかけてくる。ロブロスとフォルタと書記官の3名も、無言のままに期待の気配をたちのぼらせているように感じられた。
そんな人々に、小姓たちが料理を取り分けてくれる。最初のひと品は、ネルッサの肉巻きであった。
「なるほど。ギバ肉でネルッサを包んでいるのだね。昔、こういう姿をした揚げ物の料理をいただいた覚えがあるよ」
ポルアースはにこにこと笑いながら、その肉巻きを口にした。
しかしそれより早く驚嘆の声をもらしたのは、戦士長のフォルタである。
「こちらは、乾酪も使われていたのですか。それに、香草の風味も感じますし……いや、これは予想外でありましたな」
「はい。それほど複雑な味付けではないかと思うのですが、如何でしょう?」
「確かに……乾酪と香草が使われていて、味付けにはタウ油や砂糖まで使われているようですのに、不思議と複雑という印象は生まれないようです」
そちらはレンコンに似たネルッサをあえて縦切りにして、平たくのばしたカロンの乾酪と大葉に似たミャンを巻き、さらに薄切りのバラ肉で包んだ料理となる。それを鉄板で焼きながら、タウ油や砂糖やニャッタの蒸留酒などの調味液で味をつけたものであった。太さは2センチ、長さは7センチていどのスティック状で、気軽につまめるひと口サイズである。
「ジャガルの食材たる砂糖やタウ油に、ゲルドの食材たる香草か。相変わらずの手腕であるな」
厳格なる面持ちで、ロブロスはそのように評していた。しかし、最初にゲルドの食材を南の王都で引き取ろうと決めたのはロブロスであるのだから、文句があるわけではないはずであった。
「ふむふむ。こちらの料理は同じ焼き物でありながら、まったく異なる食べ心地であるようですな」
そのように発言したのは、書記官だ。ロブロスの前では大人しくしていることの多い人物であるが、彼は真っ先にふた品目の料理を口にしており、そして子供のように瞳を輝かせていた。
ふた品目は、ごくシンプルな炒め物の料理である。こちらのネルッサは半月切りにして、ギバのロースおよびパプリカのごときマ・プラの細切りとともに炒めている。味付けは、豆板醤に似たマロマロのチット漬けを主体にしたピリ辛だ。
「ふうむ。形状が異なっているので、食べ心地が異なるのも道理なのでありましょうが……ただ、ネルッサの噛み応えまでもが異なっているように感じられますな。これは、どちらかのネルッサに特別な細工でも施しておられるのでしょうか?」
「細工といえば細工ですが、それほど特別なわけではないと思います。もっとも大きな違いは、ネルッサの切り方ですね」
「切り方?」
「はい。最初の料理は縦向きで繊維に沿って切り分けているため、そちらの料理よりも噛み応えが強いかと思われます。あと、肉に巻かれて直接鉄板に触れていないため、表面に焼き目がつくことなく、それも食感に影響を及ぼしているはずですね」
「では、3種目の料理も何らかの理由があって、切り方が異なっているのであろうか?」
目ざといロブロスがそのような質問を飛ばしてきたので、俺は「はい」と応じてみせた。
「そちらは煮物の料理ですので、味がしみやすいように乱切りにしています。ネルッサという野菜は食感こそが重要だと思い、今回は切り分け方による食感の違いを主題にしてみました」
乱切りにしたネルッサは、ギバの肩肉やネェノンやチャッチとともに、ミソを主体にした調味液で煮込んでいる。ネェノンやチャッチのように煮崩れすることなく、もとの形をしっかりと保ちながら、そちらではしんなりとやわらかい食感を楽しんでいただけるはずであった。
「いやあ、ネルッサというのは最初から奇妙な穴が空いておりますため、どのような形に切り分けても愉快な見栄えでありますな! それにアスタ殿の仰る通り、いずれの料理においても食感が――」
書記官は浮かれた様子でそのように言いつのったが、ロブロスの視線に気づいて慌てふためくことになった。
「こ、これは、わたしごときが余計な言葉を並べたててしまい、失礼いたしました。デルシェア姫におきましては、ご満足いただけましたでしょうか?」
「ええ。いずれの料理も、美味だと思います」
そう言って、デルシェア姫はとびっきりの笑顔を俺に向けてきた。
「ネルッサを使った料理だけで、この品数なのですものね。厨で拝見した残りの料理もどのような出来栄えであるか、楽しみでなりません」
「恐縮です。残りの宴料理もお楽しみいただけたら、嬉しく思います」
そしてそれが、ジェノスを離れるデルシェア姫のいい思い出になれるように――俺がそんな思いを込めて笑顔を返すと、デルシェア姫はエメラルドグリーンの瞳にうっすらと透明の輝きをにじませながら、いっそう無邪気に笑ってくれたのだった。




