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異世界料理道  作者: EDA
第七十二章 糾える道
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送別の祝宴①~出立~

2022.9/7 更新分 1/1

 アラウトとティカトラスがファの家で遭遇した日から、しばらくは慌ただしく日が過ぎていくことになった。


 その期間内で俺たちが担うことになったのは、宿場町における新たな食材の扱い方の手ほどきである。《タントの恵み亭》に宿屋の関係者を集めて、メライアの食材の扱い方を教示するという、ちょっとひさびさの会合が実施されることになったのだ。


 ただし今回は、それほど手こずることにもならなかった。メライアの食材というのはいずれも扱いやすい食材であったため、基本的な部分を教示するだけで事足りたのである。

 近日中には、こちらも宿場町で売りに出されることになる。なおかつメライアはバナームを経由してもそれほど遠方の地ではなかったため、売り値も比較的安値で設定されていた。輸送費が安くあがれば、商品の価格に反映されるのが当然の帰結なのである。それでこれだけ扱いやすい食材であれば、それなりの売り上げが見込めるはずであった。


「言ってみれば、目新しさが乏しい代わりに、安値で買い求めやすいといったところでしょう。あまりに人気を博すると、これまでに売られていた食材に悪い影響が出てしまうため、そういう意味では望ましい結果に落ち着くのではないかと思われます」


 ともに手ほどきの役目を担ったヤンなどは、そのように論じていた。

 まあ何にせよ、ジェノスで扱える食材にまた新たな品目が加えられるのだ。たとえ目新しさに乏しくとも、それが人々の食卓に多少ながらの彩りを添えてくれることに疑いはなかった。


 また、メライアの食材は森辺においても好評である。こちらは宿場町の領民に遠慮をしてアリアやタラパやミャームーやペペなどを買い控えているさなかであったため、目新しい食材は大歓迎というムードであったのだ。

 それに、トゥール=ディンやリミ=ルウは新たな菓子の考案に夢中になっていた。メライアの食材の中で、栗に似たアールや蜂蜜に似た花蜜というのは、菓子作りにおいてそれなりに革新的であったのだ。俺が故郷での知識をもとにアイディアを授けて、それをトゥール=ディンたちが創意工夫していくという、お馴染みの作業工程がまた現出したわけであった。


 そして俺たちは同時進行で、ジェノス城から新たな依頼を受けていた。

 ティカトラスが示唆していた通り、送別の祝宴の宴料理の準備をお願いされたのだ。


 期日は、藍の月の17日。アラウトたちをファの家に迎えた日から6日後となる、次の屋台の休業日である。その頃には使節団の帰り支度も整うであろうということで、あちらのほうから休業日を指定してくれたのだ。

 もちろん森辺のかまど番だけですべてをまかなうのは大変な労力であるため、このたびは宴料理の何割かを受け持つという形式であった。バナームにおける婚儀の祝宴と、似たような形式である。俺たちにしてみても、宴料理がすべて自作ではいささか物寂しいところであるので、ある意味では理想的な依頼内容であった。


 そこで出された条件は、一点のみ。可能な範囲で、メライアの食材を使ってほしいというものであった。

 食材を受け取ってから祝宴までは6日間しかなかったので、そうまで目新しい料理を考案するのは難しい。また、メライアから取り寄せる食材の量にも限りがあるため、あくまで可能な範囲でという穏便な話であった。


 そして、俺たちとは直接関係はない話であるのだが――送別の祝宴では、カルスも宴料理の準備をする手はずになっていた。そちらはメライアの食材ではなく、むしろバナームの食材の素晴らしさを使節団の方々に知らしめるために、アラウトが自ら名乗りをあげたのだそうだ。


「ダカルマス殿下やアルヴァッハ殿といった方々も、すでにバナームの食材を口にされて、通商にも乗り気であるとのことでしたが……それでも、バナームの食材を主体にした料理を口にされたわけではないはずです。使節団の方々にそれらの料理を食べていただき、少しでも通商の後押しになればと考えています」


 アラウトがそのように語っていたのは、俺たちが宿場町で手ほどきの会合を開いた際のことであった。律儀な彼も貴族という身分は伏せたまま、バナームの使節団の関係者という立場で会合に参席していたのである。


 そうしてついにやってきた、藍の月の17日――

 俺たちは、ほとんど朝一番で森辺を出立することになった。

 バナームでは前日から下ごしらえに励むことになったが、今回はそれも難しいため、とにかく早い時間から作業を開始しようという意気込みである。


 調理に参加するかまど番は、20名。さすがに50名のかまど番で挑んだ礼賛の祝宴とは比較にならないが、それでも大層な人数であろう。そして、それに同伴する狩人も含めて、全員が祝宴の参席者として招待されていたのだった。


 ちなみに祝宴の規模は、250名ていどであるという。これは東と南の使節団ばかりでなく、南の王族デルシェア姫と王都の貴族ティカトラスを見送る送別の祝宴であったため、それだけの規模に設定されたのだ。これは俺たちが体験する中で、2番目に大規模な祝宴であるはずであった。


「では、ゆくぞ」


 大事な家人たちをフォウの家に託したのち、アイ=ファの運転するギルルの荷車が森辺の道へと繰り出した。

 同乗しているのは、先日の晩餐会と同じくユン=スドラとジョウ=ラン、そしてチム=スドラとイーア・フォウ=スドラの若き夫妻だ。集合場所はルウの集落であったため、他の面々もそれぞれの荷車で向かっているはずであった。


「いやあ、今回も同行を許してもらえるなんて、ありがたい限りです。なんだか、他の家人に申し訳ないぐらいですね」


 にこにこと笑いながら、ジョウ=ランはそんな風に言っていた。

 何を隠そう今回は、礼賛の祝宴に参席した顔ぶれがそのまま出向くことになったのである。どうしてそのような話に落ち着いたかというと――礼賛の祝宴の際も、祝宴の参席者に招かれたのは男女20名ずつであり、その顔ぶれであれば新たな宴衣装を準備する必要もないという、きわめて実務的な理由であった。


 それにまあ、礼賛の祝宴で仕事を果たした顔ぶれであれば、かまど番としての力量にも不足はない。特に今回は招待から当日までの日取りに余裕がなかったため、新たな宴衣装を準備することも難しく、このように取り計られたわけであった。


「ただ残念なのは、ユーミが参席しないことですね。礼賛の祝宴にはユーミもいたので、俺は今より倍ほども胸を弾ませることになりました」


「……わたしなどでは、ユーミの代わりなど務まるはずがありませんものね」


 ユン=スドラがにっこりと笑いながらそのように応じると、さすがのジョウ=ランも少なからず慌てた顔をした。


「べ、別にユン=スドラを貶めるつもりはなかったのです。お願いですから、その怖い笑顔を引っ込めてくれませんか?」


「怖いなんて、心外な言いようです。わたしは別に、怒ったりはしていないつもりですよ。婚儀の話をこれ以上もなく最悪な形で打ち捨てることになったわたしたちがたびたび組を作るなんて、確かに不思議な話ですものね」


「あうう。ほ、本当に、あのときは申し訳ありませんでした……」


 チム=スドラは苦笑を浮かべ、イーア・フォウ=スドラはくすくすと笑っている。そして、作り物の笑みを浮かべていたユン=スドラも、彼女本来の魅力的な微笑をたたえた。


「今のは、ジョウ=ランをからかっただけです。わたしもジョウ=ランとユーミが結ばれる日を心待ちにしていますよ」


「は、はい。ありがとうございます」


 そんな感じで、本日も荷台では和やかな空気が形成されていた。

 やがてルウの集落に到着すると、そちらは大層な賑わいである。まだ日が出てから一刻足らずの朝方とは思えない賑々しさだ。城下町に向かう40名の過半数はすでに集まっており、そしてルウの人々がのきなみ見送りに姿を現していたのだった。


「アイ=ファたちも到着したか。そちらは、いずれの氏族の者たちを同乗させたのだ?」


 そのように問うてきたのは、ジザ=ルウだ。アイ=ファがこちらの顔ぶれを説明すると、ジザ=ルウは「そうか」と首肯した。


「では、残るはラヴィッツ、ナハム、ベイムの6名だな。そちらが到着しだい、出立することにしよう」


「相分かった。サウティの者たちも、すでに到着しているのだな」


「うむ。ダリ=サウティらは、ルティムの集落で夜を明かしていた。そうでなければ、この時間に集まることは難しいからな」


 同じ理由で、ゲオル=ザザたち北の集落の面々も昨晩からディンの家に滞在していた。そういった手際も、礼賛の祝宴と同様である。

 広場に集まった人々はのきなみ荷車を降りて、手近な相手と歓談している。今回は長旅ではなく城下町に向かうだけであるので、誰もが和やかな面持ちだ。ただし、城下町に出向くのに気を張らずにいられるというのも、この近年でつちかわれてきた経験ゆえであるはずであった。


 その賑わいに身をひたしていた俺は、とある家の前に集まった人々に目をひかれて、思わず「あっ」と声をあげてしまう。それに気づいたアイ=ファも、やわらかく目を細めた。


「我々も挨拶をしておくか。ジョウ=ランよ、ギルルの手綱を頼みたい」


 そうして俺はアイ=ファとともに、そちらに向かうことになった。

 それは、ダルム=ルウ家の母屋であり――大きく開かれた戸板の向こうに、シーラ=ルウの姿が見えていたのだった。


「シーラ=ルウ、おひさしぶりです。お身体の加減は、如何ですか?」


「ああ、アスタ。おかげ様で、腹の子ともども健やかに過ごしています」


 シーラ=ルウは玄関を入ってすぐの、上がり框に座している。そして一枚布の装束に包まれた彼女の腹は、これ以上もなく大きくなっていた。

 シーラ=ルウは藍の月に子を生すと言われており、今日はすでに藍の月の17日だ。きっともう、臨月という状態にあるのだろう。もともとほっそりとしていたシーラ=ルウはお腹ばかりでなく首や腕などもいくぶんふっくらとしており、そんな姿が俺の胸を詰まらせてやまなかった。


 シーラ=ルウのかたわらには母親たるタリ=ルウが笑顔で控えており、玄関のすぐ外にはダルム=ルウが門番さながらの姿で立ちはだかっている。そしてその場に集っているのは、シーラ=ルウの弟たるシン=ルウとララ=ルウ、そしてシュミラル=リリンに他ならなかった。


「シュミラル=リリンも、おひさしぶりですね。けっきょく今日は、祝宴に参席することになったのですか?」


「はい。最後まで、迷っていたのですが……ゲルドの人々、招いているなら、応じるべきと、ヴィナ・ルウ、諭されました」


 と、シュミラル=リリンはほんの少しだけ眉を下げながら微笑んだ。

 その姿に、厳しい眼差しをしたダルム=ルウが「ふん」と鼻を鳴らす。


「ヴィナがシーラより先んじて子を産み落とすことはないと言われているが、そのような話はあくまで目安に過ぎん。お前が城下町などに参じている間に産声があがる可能性も、ないわけではないはずだぞ」


「はい。私も、案じているのですが……けっきょく、諭されてしまいました。普段、ギバ狩りで、家、離れているのだから、同じこと、言われて……」


「そーだよ!」と元気に声をあげたのは、ララ=ルウであった。


「そもそもシュミラル=リリンなんて、商団の仕事でしょっちゅう森辺を離れてるんだからさ! 今回は森辺にいる間に赤子が産まれるんだから、それだけでも幸運でしょ! あとはヴィナ姉を信じて、自分の仕事に励みなよ!」


 このたびは男女20名ずつの人員の他に、3名分の特別枠が設けられていた。その内の1名が、このシュミラル=リリンであったのだ。その理由はさきほど本人が申し述べていた通り、ゲルドの人々が参席を願っていたためであった。


「ゲルドの人たちはアルヴァッハやナナクエムからシュミラル=リリンの人柄を聞き及んで、ぜひ挨拶をさせてもらいたいと仰っているそうですね。でも、こちらの事情をお伝えすれば、不興を買うことにはならないと思いますよ」


 俺がそのように伝えると、シュミラル=リリンは同じ表情のまま「はい」とうなずいた。


「ですが、ヴィナ・ルウ、気持ち、変わりませんでした。強い決意、感じたので、私、反対、できなかったのです」


「たぶんヴィナ姉は、自分のことでシュミラル=リリンの行動を制限したくないんじゃないのかな。あたしだったら、同じ気持ちになると思うもん」


「ララ=ルウ、ヴィナ・ルウの気持ち、わかりますか?」


「ヴィナ姉の気持ちは、ヴィナ姉にしかわかんないよ。あたしがヴィナ姉の立場だったら、そう思うだろうなってだけのことさ」


 そう言って、ララ=ルウは力強く微笑んだ。


「だってヴィナ姉は、シュミラル=リリンと離ればなれで過ごすことを覚悟して婚儀を挙げたんでしょ? 今回は商団としての仕事じゃないけど、きっとヴィナ姉にとっては同じことなんだよ。自分のせいでシュミラル=リリンが仕事を果たせなくなるっていうのは、自分の覚悟を踏みにじられるような心地なんじゃないのかな」


「ふん。ルウ本家の女衆は、誰も彼もが強情であるからな」


 ダルム=ルウがそのように口をはさむと、ララ=ルウは愉快そうに「あはは」と笑った。


「そんなの、男衆も一緒でしょ! とにかくさ、シュミラル=リリンはヴィナ姉の強情さもひっくるめて、大事にしてあげてよ。それが一番、ヴィナ姉にとっても嬉しいはずだよ」


「……わかりました。ヴィナ・ルウの強さ、信じたい、思います」


 シュミラル=リリンはようやく下がっていた眉を普段の角度に戻して、静かに微笑んだ。

 そこに、喧噪の気配が接近してくる。それは、ヤミル=レイを引き連れたラウ=レイに他ならなかった。


「おお! 何を集まっているのかと思ったら、シーラ=ルウか! これは見事な腹になったものだな! これならさぞかし立派な赤子が産まれることだろう!」


「おい。戸板の内には足を踏み入れるなよ」


 ダルム=ルウがその身でもってラウ=レイの前進を阻止すると、ラウ=レイは笑いながらその胸もとを拳で小突いた。


「そんな風に伴侶を守ろうとする姿は、猟犬さながらだな! 心配せずとも、腹の大きくなった女衆に近づいたりはせん! 俺は力の加減が苦手であるのでな!」


「それがわかっているなら、幸いだ。もう3歩ほど、下がってもらおう」


「ああもう、見た目に寄らず心配性なやつだな! まあきっと、俺も愛する伴侶が子を宿したのなら、同じぐらい心を乱すのだろうな!」


 そんな風に言いながら、ラウ=レイはにこーっとヤミル=レイに笑いかける。ヤミル=レイは当然のようにクールな面持ちで、それを黙殺した。

 特別枠のもう2名が、このラウ=レイとヤミル=レイである。彼らは礼賛の祝宴に参じていなかったので今回のメンバーからも外されていたのだが、ジェノス城からの要請によって参席することに相成ったのだ。


 まあ、要請したのはジェノス城であるが、そもそもの希望を出したのはティカトラスだ。ラウ=レイとヤミル=レイに目をかけているティカトラスはこのたびも両名を招待したいと、本人たちに直談判していたのだった。


「昨日、レイの集落を見物していたあの貴族が、晩餐の場でそのように言い出してきたのよ。いっそ地震いでも起きて、祝宴の会場を木っ端微塵にしてしまえばいいのにね」


 俺はつい先日、ヤミル=レイからそのような報告を受けていた。ティカトラスは北から順番に集落の見物を進めていき、ついにこの数日でルウ、ダイ、サウティの血族までコンプリートしてみせたのだった。


「ヤミル=レイも、お疲れ様です。今日は大変なお役目ですけど、どうか頑張ってくださいね」


 俺がそのようにねぎらいの言葉をかけると、切れ長の目でじっとりとにらまれてしまった。


「わたしに何をどう頑張れというのよ。あなたは厄介払いをできて清々しているのでしょうね」


「そ、そんなことはないですよ。俺だって、できればヤミル=レイにかまど仕事を手伝ってもらいたいと思っていました」


 俺がそのように抗弁しても、ヤミル=レイのすねた眼差しに変化はなかった。

 なんと本日、ヤミル=レイはかまど仕事に参加せず、朝から夕暮れ時まで接待の役目を担うことになってしまったのである。


 まあ、接待というのは大げさかもしれないが、とにかくヤミル=レイの役割は、本日の参席者たる人々と語らうことであった。ティカトラスばかりでなく、アラウトや使節団やジェノスの貴族の人々とも交流をして1日を過ごすのである。


 なおかつそれは、ヤミル=レイだけの役割ではない。もともとは、男衆の半数ていどにそういった役割を担ってもらえないかと、これまたジェノス城から打診されていたのだった。

 本日は特別枠の人間も含めて、22名もの狩人が城下町に向かうことになる。が、かまど番の護衛役として、それはあまりにオーバースペックであろう。礼賛の祝宴においても、50名のかまど番に対して10名の狩人が護衛役を果たしていたのだ。それで参席者たる残りの10名は、祝宴の開始時刻に合わせて城下町に向かっていたのだった。


 よって、今回も同じように取り計らうつもりだと、族長たちはそのように告げていた。すると、調停官たるメルフリードから、意外な提案を持ち出されることになったのだ。


「ティカトラス殿も使節団の面々も、現在ではすべての商談を終えて、無聊をかこっている。そこでティカトラス殿から、手空きである森辺の民と交流を深めたいという要望が出されたのだが……それならいっそ、他なる使節団やアラウト殿とも交流を深めてみてはどうであろうか?」


 メルフリードとしてはティカトラスからの要望をはねつけることも難しいので、それならばいっそ他の面々も巻き込んで交流の規模を広げてしまおうという考えに至ったのであろうか。

 何にせよ、メルフリードはそのように提案して、三族長がそれに応じた。祝宴の場というのはずいぶん騒々しくて交流を深めるのにも限度があるため、静かな場で語らえるならばそれもまた貴重な体験ではないか――と、ダリ=サウティやガズラン=ルティムがそのように進言したのだそうだ。


 よって、22名の狩人たちはかまど番たちと同じ刻限に城下町まで出向き、その半数ほどは別行動でさまざまな相手と交流を深めることになる。

 それでもって、ヤミル=レイはただひとりの女衆として、そちらのグループに組み込まれてしまったわけであった。


「……どうせあなたは護衛の役目を譲らなかったのでしょうね、アイ=ファ?」


 と、ヤミル=レイの視線が俺からアイ=ファへと移動する。

 アイ=ファは凛然とした面持ちのまま、「うむ」とうなずいた。


「私は他者との語らいを不得手にしているからな。もちろん自ら護衛役を担うことを願ったし、族長らもそれを認めてくれた」


「わたしなんて罪人としての審問の場を除けば、先日の祝宴ぐらいでしか城下町に出向いたことがないのよ? それに比べたら、何度も祝宴に参じているあなたのほうが、まだしも適任なのではないかしらね」


「いや。きっと族長らは、ヤミル=レイの明敏さと眼力に期待しているのではないかな。それにお前は、狩人にも負けぬほどの強き心を持っているはずだ」


「うむ! ヤミルであれば、どのような貴族が相手でも後れを取ることはなかろうよ!」


 ラウ=レイは豪快に笑いながら、明るく輝く水色の瞳でヤミル=レイの横顔を覗き込んだ。


「それにその場では、アラウトなる貴族とも語らえるという話だった。そやつの父親を害したのはスン家の誰かであるのだろうから、お前は正しく絆を結びなおす必要があるはずだ。きっとあのリフレイアという娘も、そのように取り計らったのであろうからな」


「……それがたとえザッツ=スンやテイ=スンの仕業であったとしても、血の縁を絶たれたわたしには関係のない話であるはずよ」


 ヤミル=レイはきゅっと口もとを引き結び、ラウ=レイの顔を手の甲で押しのけた。

 そんな邪険に扱われながら、ラウ=レイは満足そうににやりと笑う。


「いい面がまえになったではないか。その調子で、貴族どもを相手取るがいい。俺がかたわらにあるのだから、何も臆することはないぞ」


「やかましいわね。あなたのほうこそ、貴族の怒りを買わないように身をつつしみなさい。誰も彼もがティカトラスのように無礼を許す貴族だとは限らないわよ」


 ヤミル=レイがそのように応じたところで、新たな荷車が広場に到着した。その手綱を握っているのは、モラ=ナハムだ。


「これで、すべての顔ぶれが結集した! 各自、荷車に乗って出立の準備を始めてもらいたい!」


 ジザ=ルウの言葉に従って、広場に散っていた面々がそれぞれの荷車に足を向ける。

 そしてこちらでは、見送りのシーラ=ルウたちと別れの挨拶を交わすことになった。


「みなさん、どうぞお気をつけて。無事なお帰りをお待ちしています」


 限りなく柔和で優しげなシーラ=ルウの微笑みに見送られて、俺たちもギルルの荷車を目指す。

 そうして今日という長い1日は、ついに幕を開くことになったわけであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] あの堅物なメルフリードが随分柔軟な発想をするようになって・(つД`)・゜。 まあ、それだけ千客万来のフルコースで苦労したんだろうな(^_^;)。
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