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異世界料理道  作者: EDA
第七十二章 糾える道
1242/1695

城下町の晩餐会③~末席の腕前~

2022.8/21 更新分 1/2

「ほ、ほ、本日は、6種の料理を順番にお出しいたします。で、ですがこれはジェノスの流儀に則ったわけではなく、単に料理と食材のご説明をするための措置でありますため、な、何か物足りなさが生じてしまったなら、心よりのお詫びを申し上げますです」


 カルスが上ずった調子で語る中、小姓たちが最初の料理を配膳してくれた。

 その珍妙な見てくれに、ポルアースが「ほうほう」と声をあげる。ジェノスの貴族の代表として参じたポルアースは、最初から温和な笑みをたたえていた。


「これはいきなり、奇妙な料理であるようだね。いちおう、前菜ということになるのかな?」


「は、は、はい。バ、バナームにおいては、乾酪のお包みと呼ばれている料理になります。し、汁気のある具材をカロンの乾酪で包んだ料理でありますため、皿の上で切り分けながらお召し上がりください」


 森辺のかまど番は、すべての料理の調理手順を拝見している。こちらはその物珍しい仕上がりから注目されていたひと品であった。

 一見は、白い饅頭のような見てくれである。しかしさきほどカルスが説明した通り、これはカロンの乾酪であるのだ。モッツァレラチーズを思わせるカロンの乾酪を薄くのばして、煮込んだ具材を饅頭のように包み込んだ料理であった


「ぐ、ぐ、具材はカロンの足肉と、ネルッサとマ・プラが使われています。あ、味付けはカロンの乳と乳脂と塩と、あとはタウ油と花蜜も少しだけ使われています」


「ふむ? たしかバナームでは、ネルッサという食材を買いつけていないという話ではなかったかな?」


「は、は、はい! で、ですから本来は、ネルッサではなくチャムチャムが使われているのですが……ネ、ネルッサに置き換えても問題はないように思いましたので……な、何か不備がありましたら、まことに申し訳ございません!」


「不備があるかどうかは、まず食べてみないとね」


 そう言って、ポルアースはにっこりと微笑んだ。きっと気さくに振る舞うことで、カルスの緊張感をやわらげようとしているのだろう。その隣では、メリムも同じ表情で食器を取り上げていた。


 俺もそれなりの期待を込めて、突き匙と小さなナイフをつかみ取る。こちらの料理も味付けはヴァルカスの班が担当していたので、カルスの理想を十二分に体現できているはずであった。


 乾酪の包みにナイフをあてると、わずかな弾力ののちに、とろりと分断される。内側の具材がまだそれなりの熱を保っていたため、乾酪もずいぶんやわらかくなっていたのだ。

 カロンの乳が主体であるため、白い煮汁と具材が皿の上にこぼれ落ちる。具材はいずれも粗いみじん切りで、パプリカに似たマ・プラだけが真っ赤な色合いで強く主張していた。


 切り分けた乾酪とともに具材をすくって口に運ぶと、まずは乾酪と乳と乳脂の風味が広がっていく。こういう乳製品づくしの味付けというのは、バナームでもお馴染みのものであった。

 タウ油や花蜜は、隠し味ていどの扱いであるのだろう。しかし、塩気や甘みは十分であるし、タウ油や花蜜の風味も奥のほうにひっそりと控えている。

 カロンの足肉はほどよく煮込まれているので、硬すぎることはない。しかし、しっかりと噛みごたえを残しており、それがマ・プラやネルッサの食感ともきわめて調和しているようであった。


 こちらはタケノコのごときチャムチャムを、レンコンのごときネルッサに置き換えた料理であるとのことであったが――チャムチャムよりもしっかりとした食感であるネルッサは、むしろこの料理に相応しいのではないだろうか。もっちりとした乾酪の食感も相まって、とにかく噛みごたえの心地好さが際立っていた。


 それに、カロンの足肉というのは筋張っている分、噛めば噛むほど味わい深いものだ。

 乳製品づくしの味と風味もそう簡単に消えるものではないので、足肉と一緒に長らく口の中を楽しませてくれる。俺としては、まったく文句のない出来栄えであった。


「なるほどなるほど。香草などはひとつも使われていないのに、これは実に奥深い味わいだねぇ。やはりカロンにまつわる食材の扱いにかけて、バナームの方々の右に出るものはないようだ」


「ええ、本当に。とても優しい味わいであるのに、どこか力強さも感じられて……ジェノスではなかなかお目にかかれない料理のようですね」


 ダレイム伯爵家の夫妻も、実に満足そうな笑顔である。

 そしてこちらの卓では、デルシェア姫が瞳を輝かせていた。


「こちらの料理は、味の調和が完璧ですわ。調味料の種類をおさえているので、もっと退屈な味になっても不思議はないところでありますのに……タウ油や花蜜の加減が絶妙なのでしょう。そして何より、カロンにまつわる食材をすべて十全に活かしているのです」


「か、か、過分なお言葉、ありがとうございます。そ、それもすべて、実際に料理を手掛けてくれたジェノスの方々のおかげです」


「でもこれは、あなたの理想とする料理なのでしょう? ……こちらの料理は、とても美味です」


 デルシェア姫は、笑顔でそのように言いきった。

 本当に気に入った料理にしか「美味」という言葉を持ち出さないデルシェア姫が、前菜からそれを口にしたのだ。それがどれほど物凄いことか、カルスは理解していないはずであった。


 そして、ジザ=ルウをはさんだ隣の席では、レイナ=ルウも真剣な面持ちになっている。それに気づいたアラウトが、いくぶん気がかりそうに声を投げかけた。


「レイナ=ルウ殿は、如何でしょうか? 率直なご意見をお願いいたします」


「はい。とても美味だと思います。バナームの方々は、あまり多くの食材を手にすることができないというお話でしたが……そうであるからこそ、限られた食材で味を磨き抜く手腕を体得できたのではないでしょうか? カロンにまつわる食材の素晴らしさを、あらためて思い知らされた心地です」


 アラウトはほっとした様子で、俺に視線を向けてくる。


「それでは、アスタ殿は如何でしょう? ご満足いただけたでしょうか?」


「はい。みなさんの仰る通り、味の組み立ても食材の扱いも素晴らしいと思います。何か極端な主張があるわけではないのに、いつまでも忘れられない味わいであるようですね」


「では、他の料理人の方々は――」


「素晴らしい、思います。ゲルド、カロンが存在しないため、真似ること、難しいですが……ギャマでもって、新しい料理、生み出せるかどうか、想像力、かきたてられました」


「ええ。わたしもギバ肉で同じような料理を作れるのかどうか、そんな思いを抱くことになりました。もちろんそれは森辺の民であるわたしがギバ肉を好むために抱いてしまう思いであり、こちらの料理は文句なく美味だと思います」


「わ、わたしも同じ気持ちです。あと……乾酪で具材を包むという手法を菓子に活かせないかどうか、ついついそんな考えを抱いてしまいました」


 プラティカもユン=スドラもトゥール=ディンも、まったく文句はないようである。

 するとそこで、いつでも厳しい面持ちをしたオーグが声をあげた。


「しかしこちらは、メライアの食材を吟味するための料理であるわけですな? どなたもその一点に触れないのは、如何なるわけでありましょうか?」


「ああ、ネルッサの食感も重要であると思います。ただ、料理の素晴らしさが先に立って、ついつい二の次にしてしまいましたね」


 俺がすぐさまそのように答えると、オーグは「なるほど」と口を閉ざした。納得したのかどうか、その表情から内心をはかることは困難である。


「で、で、では、次に汁物料理をお出しします。メ、メライアの食材の素晴らしさをお伝えできたら幸いです」


 カルスの言葉に従って、新たな皿が届けられた。

 こちらも白みがかった色合いをしたスープである。ただし、タウ油やミソもしっかり使われているため、淡い褐色といったほうが正確かもしれなかった。


「そ、そ、そちらの料理には、メライアの4種の食材がすべて使われています。あ、味付けは、カロンの乳とミソとタウ油と花蜜で、カロンの骨を出汁にしていて……ぐ、具材はカロンの胸肉と、アールとネルッサとドーラで、あとはアリアだけ使っています」


 アールは栗、ドーラはカブに似た食材である。それに、タマネギに似たアリアとレンコンに似たネルッサという組み合わせであるならば、気になるのはアールの扱いであった。


(厨で拝見した感じだと、けっこうアールを大量に使ってたみたいだもんな。あれだけ使えば、スープの味にも影響が出るはずだ)


 そんな期待を込めながら、俺はまずスープのみをいただいてみた。

 とたんに、豊かな甘みが口に広がる。そしてそこには予想通り、栗のごとき風味がぞんぶんに入り混じっていた。

 この甘さも、アールのほうが主体であるのだろう。花蜜はそれをそっと支えているような感じで、そちらの風味も特には感じられなかった。


 まあ、花蜜というのは独特の風味を持っているものだが、他の調味料とあわせれば簡単に隠されてしまう類いのものであるはずだ。ただ、バナームにおいては花蜜のほうが砂糖よりも古くから使われていたため、その作法が現在にも残されているのだろう。

 しかしまた、砂糖と花蜜の甘さというものには、それなりの違いが出るはずだ。このアールが主体となったまろやかな甘みには、砂糖よりも花蜜のほうが相応しいのかもしれなかった。


 なおかつこれは、ただ甘いだけの料理ではない。カロンの乳の風味と相まって甘さが際立っているように感じられるものの、それに負けないぐらいアールの風味というものが活かされていた。

 栗に似たアールの香ばしい風味が、タウ油やミソの風味に支えられている。それに、カロンの骨ガラの出汁と胸肉の脂分も十分に行き渡っており、きわめて深みのある味わいであった。


 カブに似たドーラはいちょう切りで、レンコンに似たネルッサはいったん薄切りにしてからのざく切りだ。そういえば、こちらのネルッサは他の料理で厚みが足りていなかったがゆえに転用されていたのだった。

 栗に似たアールは半分に切られた上で投入されていたが、長く煮込まれる内に半分がた溶け崩れてしまっている。それでこうしてスープに強い味を移しているのだろう。俺にはまったく馴染みのない汁物料理であったものの、それはいい意味での新鮮さに感じられてならなかった。


「こちらの料理は、アールが主体と言っても差し支えがない仕上がりであるようですね。その上で、とても素晴らしい味わいであるかと思います」


 俺の言葉に、森辺のかまど番たちは続々と賛同の声をあげてくれた。

 すると、デルシェア姫が「うーん」とうなる。


「基本的な出来栄えには、わたくしも文句はありません。ただ、先刻の料理に比べると……具材の物足りなさは否めないようですわね」


「ああ、これで葉物でも入っていたら、いっそうありがたいかもしれませんね」


「そう! 葉物! 大きめに切り分けた葉物が入っていたら、この素晴らしい汁の味わいをいっそう楽しめるように思いますの!」


 デルシェア姫が元気いっぱいの声をあげると、カルスはあたふたとしながら前掛けをいじくった。


「も、も、申し訳ありません。バ、バナームにおいてはドーラの葉を使ったりもするのですが……ド、ドーラの葉は収獲して数日が過ぎるとしおれてしまうため、ジェノスまで持ち運ぶこともかなわなかったのです」


「ああ、バナームの宴料理で使われていたのは、ドーラの葉であったのですわね。確かにあれを使っていたら、こちらの料理はいっそう素晴らしい出来栄えになっていたことでしょう」


「はい。こちらの料理、ファーナ、調和する、思いましたが、差し出口、控えました」


 と、隣の卓からはプラティカがそのように言っていた。ファーナというのは小松菜に似た食材で、ゲルド産である。


「わたくしの故郷であれば、ネェノンの葉を使っていたところですわね。ともあれ、その一点を除けば不満のない味わいですし、ネルッサやドーラもこちらの料理にはしっかり調和しているように思いますわ。それにきっと、花蜜もこちらの料理をひそやかに支えているのでしょうね」


「きょ、きょ、恐縮です」と、カルスは目を泳がせる。けっきょくどのような言葉を授かっても、カルスの反応に変わりはないようだ。


「で、では続けて、フワノ料理をお出しいたします。し、汁物料理が残されている内に、ご一緒にお召し上がりいただけたら、いっそうご満足いただけるのではないかと……」


 小姓らが、新たな皿を配膳する。そこにのせられていたのは、黒フワノの料理だ。四角く平たい形に焼きあげられた暗灰色の生地の上に、2種の具材がのせられている。


「そ、そちらの具材には、ママリアの酢に漬け込んだドーラとカロンの背中の肉が使われています。し、至極簡素な仕上がりですが、もともと汁物料理の添え物として考案された料理ですので、ご容赦ください」


 カルスの語るママリアの酢というのは、ビネガーに似た白いママリアの酢だ。産地であるバナームにおいてはそちらこそが主流であり、赤いママリアの酢はほとんど使われていないのだという話であった。

 それでもって、こちらはカブのごときドーラを白いママリアの酢で漬け込んだものであるとのことであったが――その味わいは、どこか洋風の漬物を連想させた。長きの時間をかけて漬け込んだ、発酵食品であったのだ。


 発酵して独特の風味が生まれたドーラが、薄切りで焼かれたカロンの肉とともに、黒フワノの生地にのせられている。カロンの肉には塩しか振られていないが、牛で言えばサーロインにあたる部位であるのだろう。適度な脂身としっかりとした赤身の味が同居しており、きわめて好ましい。そしてそれが、意外なほど酢漬けのドーラと調和していた。


 黒フワノの生地は軽やかな食感で、それもまた好ましい。晩餐会の料理としては確かに簡素かもしれないが、添え物としては申し分なかった。

 それに、こちらの汁物料理の添え物としても、相応しい料理であるのだろう。いっぺんに食するのではなく、交互に食することで、おたがいの味を引き立て合う効果があるようだ。酢漬けのドーラの後味をひきずっていたら汁物料理の味を台無しにしてしまいそうなところであるが、それはカロンの肉の味わいに中和されて、事なきを得ているようであった。


「ふむふむ。酢漬けのドーラというのは、あまり馴染みのない味わいであるようだね。でも、とても新鮮で好ましく思うよ」


「ええ。それに、カロンの肉とはとてもよく合っているように思いますわ」


 ダレイム伯爵家の夫妻は、そんな言葉でこちらの料理を評していた。

 いっぽうデルシェア姫は、またもや「うーん」と難しげな声をあげている。


「これはこれで成立している料理ですし、なんの文句もないのですけれど……ただ、ドーラの酢漬けというものには、もっと数多くの活用法があるように思えますわ。アスタ様でしたら、こちらをどのように扱うのかしら?」


「そうですね。ドーラの酢漬けは単体でも美味しいと思いますので、このまま副菜として扱えるように思います。そうしたら、きっとさまざまな料理と調和するのではないでしょうか?」


「ああ、なるほど! それじゃあわたくしは、肉やフワノとともに食することを強要されているような心地を抱かされていたのかもしれませんわ! これはこれで調和しているのですから、何も文句をつける必要はないのでしょうね!」


 俺たちの会話をどのように受け止めたのか、カルスはひたすら目を泳がせている。

 そこで声をあげたのは、またオーグであった。


「ジェノスは赤いママリア酢の産地であるにも拘わらず、酢漬けの料理が少ないように思いますな。王都においては保存の意味も兼ねて、さまざまな食材が酢漬けにされておりますぞ」


「ああ、ジェノスではあまり発酵の食文化が進んでいないようですね。まあ、酢そのものも発酵食品であるはずなのですが……酪や乾酪を作りあげるダバッグや、タウ油やミソを作りあげているジャガルに比べると、一歩おくれているような印象でした」


 俺がそのように答えると、光の強いオーグの目が真っ直ぐに見据えてきた。


「それでも其方は、酢漬けの料理に着手しなかったのですな。……あるいはわたしが存じあげぬだけで、森辺には酢漬けの料理が存在するのでしょうかな?」


「いえ。自分たちは肉を酢漬けにする作法を城下町の方々から習いましたが、それはあくまで肉質の変化を求めてのことで、発酵まではさせておりません。発酵というのはひとつ間違うと食材を腐らせてしまうため、森辺ではあまり試す気持ちになれなかったのですよね」


「なるほど」と言ったのは、オーグではなくポルアースであった。


「ではそれは、城下町の料理人の出番であるかもしれないね。カルス殿から酢漬けの作法を学ぶことができれば、さまざまな野菜で試せるかもしれないよ」


「は、は、はい。バ、バナームにおいては外来の野菜を長く保存しようという観点から、酢漬けについてあれこれ研究することになったのだと聞き及びます。ド、ドーラばかりでなく、ティノやネェノンやチャムチャムなども酢漬けにして料理に使うことは少なくありませんので……お、お望みであれば、いくらでも調理手順をお伝えいたします」


「うんうん。お手数をかけるけど、よろしくお願いするよ」


 そんな感じで、酢漬けに関しても一段落した。問題提起をしたオーグも厳しい表情を保持したまま、それ以上は言葉を重ねようとしない。すると、オーグの挙動を検分していたらしいアイ=ファが、俺の耳もとにこっそり口を寄せてきた。


「これはあくまで想像に過ぎないが……オーグは酢漬けの料理というものを好んでいるのやもしれんな」


 果たして、それが真実であるのだろうか。俺にはやっぱり、オーグの内心を見透かすことは難しかった。


 そんな中、新たな料理が運ばれてくる。このたびは、肉料理と野菜料理が同時に出されていた。


「こ、こ、こちらの野菜料理も添え物として考案されたものですので、肉料理とご一緒に召しあがっていただきたく思います。や、野菜料理にはアールとドーラ、肉料理には花蜜とネルッサが使われております」


 野菜料理は温野菜のサラダで、茹でられたドーラとマ・プラとネェノンに、アールを主体にしたドレッシングが掛けられている。煮込んでほぐしたアールをホボイの油で溶き、白ママリア酢とわずかなタウ油を加えたドレッシングで、これもヴァルカスの班が仕上げたものだ。さらにその上から、細かく砕かれたラマンパが振りかけられていた。


 肉料理は、ごろごろとしたカロンの肩肉と輪切りのネルッサを、白い果実酒と花蜜と乳脂とシールの果汁の調味液で煮込んだものとなる。これを仕上げたのはティマロの班で、肩肉をじっくりと煮込んだ上で、表面を軽く炙ったネルッサが後から投入されていた。


「に、に、肉料理のネルッサも、やはり本来はチャムチャムが使われています。こ、この数日の急場しのぎでネルッサを使うことになりましたが、ジェノスの方々の尽力あって、それほど恥ずかしい出来栄えではないものと思っているのですが……つ、拙い仕上がりであったなら、それはすべて僕の責任となります」


 カルスのそんな言葉を聞きながら、俺たちはそれらの料理をいただいた。

 真っ先に声をあげたのは、これまで静かにしていたディアルである。


「これは、素晴らしい味わいですね! 何より味付けが素晴らしいですけれど、ネルッサという野菜の噛みごたえもとても好ましく思います!」


 俺も、まったくの同意見である。ほんのり焼き色のついたネルッサの香ばしさと食感がきわめて美味であり、なおかつ肉や煮汁の味付けとこよなく調和していたのだ。

 煮汁は糖度の高い果実酒と花蜜の効果で、ぞんぶんに甘い。しかし、白ワインに似た果実酒とレモンに似たシールの果汁が上品かつ清涼感のある風味を加えており、豪奢さと繊細さの不可思議なバランスを構築していた。


 ほどよい脂身としっかりした肉の味わいを備え持つカロンの肩肉が、この味付けにまたとなく調和している。そこに加えられたネルッサの食感が、名脇役といった風情であるのだ。これもまた、タケノコに似たチャムチャムよりもいっそう調和しているのではないかという印象であった。


「それに、野菜料理も素晴らしい味わいですわね。こちらを単体で出されても、そうそう文句をつける人間はいないように思いますわ」


 屈託のない微笑をたたえつつ、メリムはそんな風に言っていた。

 確かに野菜料理のほうも、素晴らしい出来栄えである。栗に似たアールを主体にしたドレッシングというのは、ゴマだれドレッシングと似て異なる魅力を備え持っていた。ゴマに似たホボイの油がそういう印象に拍車をかけているのかもしれないが、何にせよ美味しいことに間違いはない。しんなりと茹であがったカブのごときドーラも、この味付けにはとても相応しいように思えた。


「これは、どちらも美味ですわね! 肉料理も野菜料理も、もっと他なる具材を加えたくなってしまいたくなるところですけれど……ともあれ、味付けは完璧です! わたくしは花蜜ばかりでなく、白いママリアの酢と果実酒も買いつけなければという思いを新たにしましたわ!」


 デルシェア姫も、勢い込んでそのように語っていた。前菜から控えられていた「美味」という言葉が、ここで再来だ。具材の物足りなさを補って余りある完成度を感じ取ったのだろう。俺としても、まったく異存はなかった。


 アラウトからの要請に応えて、俺たち森辺のかまど番も料理の素晴らしさを語らせていただく。それを耳にしたアラウトは、安堵と喜びの笑みを顔いっぱいに広げていた。


「森辺の方々にそうまで賞賛していただけるというのは、僕としても誇らしい限りです。でも、何かご不満な点がありましたら、そちらもご遠慮なくお聞かせ願いたく思います」


「わたしが不満に思うのは、デルシェアと同じく具材の種類のみとなります。あるいはこれは、礼を失した物言いになってしまうかもしれませんが……バナームの祝宴にて口にした数々の宴料理よりも、こちらの料理のほうが美味に感じられるぐらいであるのです」


 レイナ=ルウは真剣そのものの表情で、そのように発言した。

 アラウトもまた、「ああ……」と思案深げな顔をする。


「それは確かに、その通りかもしれません。本音で語らせていただくと、僕もレイナ=ルウ殿と同じ気持ちであったのです。これはもう、ジェノスの料理人の方々の手腕が反映されたのだと考える他ないでしょう」


「はい。もちろんこれは、ヴァルカスたちの手腕があっての完成度であるのでしょう。ですが、ヴァルカスたちはカルスの思い描いた通りの料理を作りあげたに過ぎません。であれば、カルスの手腕こそがもっとも大きな要因なのではないでしょうか?」


「と、と、とんでもありません! ぼ、僕などは、あくまで末席の身に過ぎませんので!」


 カルスが慌てて声をあげると、レイナ=ルウよりも早くデルシェア姫が笑顔で答えた。


「ならばこれは、あなたがバナーム城で学んだ数々の作法の結実に他ならないのでしょう。そちらの料理長の教えがあったからこそ、これだけの料理がこの世に生まれ落ちたのです。レイナ=ルウ様はあなたのみならず、あなたの師匠たる料理長を含めてその手腕を賞賛されているのですから、何も慌てる必要はないように思いますわ」


「うむ。先刻は、妹のレイナが祝宴の心尽くしを貶めるような言葉を口にしてしまい、申し訳なく思っている。決して悪意があってのことではないので、どうか容赦してもらいたい」


 ジザ=ルウがそのように言葉を重ねると、レイナ=ルウはカルスよりも慌てた顔になってしまった。


「も、申し訳ありません! わたしは決してバナームの方々を貶めようというつもりではなかったのです!」


「何も謝罪には及びません。率直なご意見を求めたのはこちらのほうですし、何より僕自身が同じ気持ちであったのですからね」


 アラウトは、純真そのものの笑顔をレイナ=ルウに届けてくれた。


「何にせよ、カルスとジェノスの方々が僕の期待を上回る料理を準備してくれたことに間違いはありません。これでメライアの食材の素晴らしさをお伝えできたなら、何より喜ばしく思います」


「ええ。それはもうこの上なく思い知ることがかないましたよ。メライアの食材はすでにジェノスで買いつけることが決定していますが、これでいっそうの売れ行きが見込めることでしょう」


 ポルアースがそのように応じると、アラウトは「ありがとうございます」と深く一礼した。


「では最後に、菓子を召しあがっていただきたく思います。その前に、新しい茶を準備していただきましょう」


 小姓たちが、空になった皿と杯を片付けていく。

 その間に、アラウトがいくぶん心配げな視線をリフレイアに送った。


「ところで……リフレイア姫は、ほとんど何も語られていないように思います。本日の料理がお気に召さなかったでしょうか?」


「とんでもない。ただ、わたしのような素人が口をはさんでも益は少ないと考えて、懸命に言葉を呑み下していたのですわ」


 リフレイアは、すましたお顔でそのように答えた。ただ、アラウトを見つめ返す眼差しは、とても穏やかだ。


「特にわたしは幼い頃から複雑な味付けの料理ばかりをたしなんでいたもので、他の方々よりもいっそうひねくれた舌をしておりますの。これもまた、親の因果という他ないのでしょうね」


「そ、そうですか。ではやはり、バナームの作法で作られた料理はお口に合わないのでしょうか?」


「いえ。わたしはひとつまみの塩でも美味なる料理を作れるということを、他ならぬアスタから教わることができましたから……今日の料理も祝宴の料理も、心から美味だと思っていましたわ」


 リフレイアがふいにあどけない微笑をこぼすと、アラウトは眩しいものでも見るように目を細めた。


「きっとバナームの作法というのは、ジェノスの城下町よりも森辺の作法に近いのでしょう。ですから、わたしにはとても好ましく思えましたし……きっと宿場町の民にも、きわめて好ましく思えることでしょう。それでしたら、きっと数多くの領民がメライアの食材を買い求めることになるかと思いますわ」


「……ありがとうございます。リフレイア姫にそのように言っていただけたことを、心より喜ばしく思います」


 アラウトは自分の胸もとに手をやって、恭しく一礼した。

 アイ=ファがぴくりと肩を震わせたのは、その瞬間である。


 それと同時に、ジザ=ルウも視線を巡らせている。隣の卓でも、ゲオル=ザザとジョウ=ランがうろんげに身を揺すっていた。


「どうしたんだ? まさか、城下町で荒事の気配とかはないよな?」


 俺がこっそり尋ねてみると、アイ=ファは無言のまま鋭い眼光を扉のほうに突きつける。

 それと時を同じくして、扉の向こうから聞き覚えのある高笑いが響きわたったのだった。


「うんうん! これが大事な晩餐会だということは、わたしもしっかりわきまえているよ! ただ晩餐会に参じたお歴々にご挨拶を申し上げたいだけなので、なんとかそこを通してはもらえないかな?」


 アラウトやカルスは、きょとんと目を丸くしていた。彼らだけは、その声の主といまだ相対したことがなかったのだ。

 それは、5日後あたりに舞い戻ってくるものとされていた、ティカトラスの声に他ならなかったのだった。

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[気になる点] >長きの時間をかけて漬け込んだ、発酵食品であったのだ。 野菜を塩水に漬け込んだピクルスは発酵食品ですが、 野菜を酢に漬け込んだピクルスは発酵食品ではありません。 作中にあるように酢自体…
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