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異世界料理道  作者: EDA
第七十二章 糾える道
1241/1695

城下町の晩餐会②~会の始まり~

2022.8/20 更新分 1/1

・明日は2話同時更新となります。読み飛ばしのないようにご注意ください。

 その日の調理の見学というものは、きわめて見ごたえのあるものであった。

 何せ、城下町でも指折りの料理人たちと、その補佐を務める人々の合同作業であるのだ。なおかつ、俺がこうまで見学に徹するというのも珍しい話であったので、それだけでもずいぶん新鮮な心持ちであったのだった。


 最近で言えば2ヶ月前の勉強会も似たような状況であったものの、あのときとは料理の質と量が異なっている。これは貴族の開催する晩餐会の料理であるため、いずれの料理人たちも真剣そのものであるのだ。料理長という座にあるのはヤンとヴァルカスとティマロの3名のみであったが、誰もが自分の属する店やお屋敷の矜持をかけているように見受けられた。


 もっとも、ヴァルカスだけはそんな気負いとも無縁であるのだろう。ただし、調理にかける情熱に関しては誰にも負けないヴァルカスであるので、その手際というものは余人の追随を許さない。ロイやシリィ=ロウとともに覆面をかぶり、黙々と作業を進めるその姿は、正確無比な調理マシーンを思わせてならなかった。


 いっぽう、ヤンとティマロもなかなかのリーダーシップを発揮している。彼らは彼らで料理長という立場であったため、多くの調理助手を指揮するのもお手のものなのであろう。また、どうやら副料理長という立場にあるらしいサトゥラス伯爵家の料理番も、それに対抗するように大声で指示を飛ばしていた。


 そんな中、監督役のカルスはというと――彼はあちこちの作業台をあたふたと移動しつつ、それでも何とか自らの役目を果たすことができていた。若年の彼は大局を見ることが不得手であるようであったが、ひとつひとつの作業に関してはきっちりと自分なりの道筋を立てていたのだ。そして、彼が意外なほど妥協を知らない人柄であるということが、その場で証明されたのだった。


「あ、も、申し訳ありませんが、こちらのネルッサは厚みが足りていません。こ、これでは食感が損なわれてしまいますので、新たに切り分けていただけますでしょうか? こ、こちらはさらに細かく切り分けて、汁物料理の具材に使っていただければと思います」


「あ、そ、そちらのかまどは、もう少し火を弱めで! せ、説明不足で申し訳ありません。あ、あまり強火にしてしまうと、せっかくの出汁が粗雑な仕上がりになってしまいますので……」


「こ、こちらのカロンの乳は、いくぶん鮮度が落ちているようですね。し、搾りたてではないので、それも致し方のないことですが……そちらの器で一杯分だけ、乳脂を増やしていただけますか? そ、それで何とか、好ましい風味を出せるかと思います」


 中にはうるさそうに顔をしかめる人間もいなくはなかったが、しかし文句の声があげられることはなかった。今日の料理長は、あくまでカルスであるのだ。この場に集められた人々は、カルスが思い描く味を完成させることが命題であったのだった。


「だから重要なのは、カルス様がどんな味を想定できてるかだよね。どんなに立派な軍勢でも、指揮官が無能だったら敗戦は免れないだろうからさ」


 一緒に見学をしていたデルシェア姫は、こっそりそんな感慨をこぼしていた。いつも通りの無邪気な笑顔だが、いくぶん悪戯小僧めいた表情も入り混じっているようである。


「カルスたちが城下町で料理人のもとを巡った際は、デルシェア姫も同行していたのでしょう? デルシェア姫は、カルスをどのように評価しているのですか?」


「評価は、保留中だよ。きっと今日の晩餐会で、はっきりするんじゃないかなぁ」


 そのように語るデルシェア姫の瞳は、期待にきらめいている。であれば、カルスのことを見くびっているわけでもないようであった。


「こ、こ、これは素晴らしいですね! ぼ、僕が理想に思い描いていた通りの味わいです!」


 と、厨にカルスの大きな声が響きわたった。

 何かと思えば、ヴァルカスの担当であった調味液の味見をしたところであるらしい。それと相対したヴァルカスは、覆面ごしにぼんやりとカルスの顔を見返していた。


「わたしはあなたの指示通りに調味料を配合したのですから、理想の味に仕上がるのが当然なのではないでしょうか?」


「で、でも、僕なんかの拙い説明で、こうまでしっかり味を再現できるだなんて……な、なんだか頭の中身を読まれてしまったような心地です!」


「そうですか。わたしであればもう何種かの香草を配合したいところなのですが、それではあなたの理想から外れてしまうのでしょうね。バナームの方々は、もっと多彩な香草を買いつけるべきかと思われます」


 すると、隣の作業台で仕事に取り組んでいたティマロがねちっこい視線を突きつけた。


「ヴァルカス殿。そちらの班だけ作業が遅れておりますぞ。時間内に料理を作りあげることも、料理人として重要な役割なのではないでしょうかな?」


「わたしは自分に割り振られた仕事を過不足なく果たしているつもりです。あとのことを考えるのは、カルス殿のお役目でしょう」


「も、も、問題ありません! み、みなさんの手際が素晴らしいので、これでしたらずいぶんゆとりをもって作業を終えられるはずです!」


 ヴァルカスの手際に感銘を受けたせいか、いつしかカルスはふくよかな顔をつやつやと火照らせていた。彼が調理に夢中になったという合図である。こうなれば、彼もすべての気後れを忘れられるはずであった。


「作業は順調みたいだね。どんな料理が完成されるのか、楽しみ――」


 と、俺はそこで言葉を呑み込むことになった。一緒に作業を見守っていたレイナ=ルウが、炯々たる眼差しでカルスのほうを見やっていたのだ。


「ど、どうしたんだい、レイナ=ルウ? ずいぶん真剣そうな目つきだけど……」


「いえ。ヴァルカスがすでにカルスの名を覚えていることに、いささか驚かされただけです」


 俺はしばらく思案してから、ようやくレイナ=ルウの言葉の意味を悟ることができた。


「ああ、なるほど。ヴァルカスは、人の顔や名前を覚えることが苦手だっていう話だったよね」


「はい。わたしやシーラ=ルウも、ヴァルカスに名前を覚えられるまで、しばらくの時間がかけられることになりました」


 ヴァルカスはその相手の力量を認めることで、顔や名前が頭にインプットされるようであるのだ。マルフィラ=ナハムなどは、実にすみやかに名前を覚えられていたものであった。


「……アスタはカルスに、どのような印象を抱いていましたか?」


「俺かい? うーん、俺もそんなにカルスの手際は拝見してなかったからなぁ。ただ、今日の見学でずいぶん印象が変わったように思うよ」


「わたしもです。森辺では、これといって目をひかれるようなこともなかったのですが……今は、カルスの言葉を決して聞き逃せないという心境であるのです」


「うん。森辺では、味見用の食材を切ったり火にかけたりするだけだったからね。その手際も決して悪いものではなかったけど、人目をひくようなものではなかったように思うよ」


 端的に言って、そういう手際はニコラのほうが秀でているぐらいであろう。さらに言うならば、ファの家で下ごしらえを受け持ってくれている小さき氏族のかまど番たちのほうが、カルスよりも手際がいいという印象であったのだ。


 然して、現在のカルスは歴戦の料理人たちにきわめて細やかな指示を送っている。それで挙動はあたふたしているものだから、やっぱりマルフィラ=ナハムを連想させてやまないのだ。

 彼がマルフィラ=ナハムのように卓越した料理人であるのか、あるいは頭でっかちで口が回るだけの人間であるのか――その答えは、実食の場で証明されるはずであった。


                  ◇


 そうして、下りの五の刻――の、四半刻前、すべての料理は完成した。

 作業台にずらりと並べられた料理の山を前に、カルスはぺこぺこと頭を下げていた。


「み、み、みなさんのおかげで無事に料理を準備することができました。ぼ、僕のような若輩者に甚大な労力を割いてくださり、心より感謝しています」


「あなたの理想とする料理を作りあげることがかなったのでしたら、喜ばしい限りです。あとはそれらの料理の味わいが楽しみなばかりですな」


 のっぺりとした顔に浮かんだ汗をぬぐいながら、ティマロがそのように答えていた。

 3時間近い調理に励んで、誰もが同じような様相である。とりわけ覆面をかぶっていたヴァルカスたちは、ひと泳ぎしたかのように髪が濡れそぼってしまっていた。


「僕からも、感謝の言葉を伝えさせていただきます。そしてこの後は試食会という場で、これらの料理の出来栄えをご確認ください。僕とカルスは晩餐会に参席しなければなりませんので、のちほどご感想をいただけたらありがたく思います」


 アラウトがそのような言葉を伝えると、料理人たちは恭しげに一礼した。

 その姿を見届けてから、アラウトは俺たちのほうに向きなおってくる。


「では、森辺の方々はお召し替えをお願いいたします。晩餐会の開始は五の刻の半ですので、それまではどうぞごゆるりとお過ごしください」


「承知しました。それでは、みなさんお疲れ様でした。俺たちも、みなさんの作りあげた料理の出来栄えを楽しみにしています」


 森辺の一行とプラティカとデルシェア姫は、アラウトの先導で厨を後にする。料理人たちは、これから別室で試食会だ。また、カルスは小姓たちに給仕の説明があるため、厨に居残っていた。


「アスタ殿のおかげもあって、無事に料理を完成させることがかないました。重ね重ね、ありがとうございます」


「いえいえ。俺なんて、お礼を言われるようなことはしておりませんよ。それに、カルスの料理がどのような出来栄えであるのか、楽しみでなりません」


「ありがとうございます。ただ、カルスはあくまで末席の料理番ですので、過度なご期待をかけられると失望させてしまうかもしれません」


 アラウトのそんな言葉に、レイナ=ルウが鋭く反応した。


「あの、末席というお言葉は、へりくだった物言いに留まらないのでしょうか? よほどの料理人でなければ、あれほど細やかな指示は出せないように思うのですが」


「はい。真情を語らせていただきますと、僕も意外の念に打たれているのです。カルスはきわめて将来有望な料理番であると言われていますが、現時点では本当に末席の立場でありますため……ジェノスの名だたる方々にああまで細かな指示を出すなどとは、僕もまったく考えていなかったのです」


 そう言って、アラウトはにこりと微笑んだ。


「ですが、ジェノスの方々の尽力あって、カルスの理想とする料理が完成したことに間違いはありません。たとえそれがみなさんのご期待に沿えるような出来栄えでなかったとしても、それは致し方のないことでしょう。ただ、メライアの食材の価値さえ正しくお伝えできれば、喜ばしく思います」


「そうですか。では、わたしも心してカルスの料理を食べさせていただきます」


 レイナ=ルウは、いよいよ凛々しい面持ちになっていく。

 そうして到着したのは、お召し替えの間だ。貴き身分にあるアラウトとデルシェア姫は別なる部屋に案内されていき、森辺の一行とプラティカは男女に分かれて入室することに相成った。


 そちらで準備されていたのは、かつてデルシェア姫があつらえてくれたジャガルの準礼装だ。開襟の胴衣にストレートタイプの脚衣で、胸もとにまで大きく広げられた襟にだけ豪奢な刺繍が施されているという、一点豪華主義の装束である。ジョウ=ランだけはその準備がなかったため、ゼイ=ディンの着回しであるとのことであった。


「んー、この装束は首もとがごちゃごちゃしてるから、狩人の首飾りもつけられねーよなー」


 ルド=ルウがそのような言葉をこぼしたのは、バナームで準備されていた準礼装を思い出してのことであろう。あちらでは自前の飾り物をつけることが許されたため、狩人たちは誰もが牙と角の首飾りをさげていたのだった。

 俺もそちらの首飾りは外しつつ、アイ=ファからプレゼントされた黒い石の首飾りだけを保持させていただく。そちらは瀟洒な銀の鎖であるために、森辺の装束でも城下町の装束でもマッチするのだ。アイ=ファはそこまで考えて、この首飾りを選んでくれたのだった。


 女衆のほうが少々準備に時間がかかるため、ひとまず男衆だけが控えの間へと案内される。そこの長椅子に腰を落ち着けたとき、ようやく五の刻の鐘が鳴り響いた。


「まだ半刻もの猶予があるのだな。いい加減に、あくびが出てしまいそうだ」


 長椅子の肘掛けに頬杖をつきながら、ゲオル=ザザがそのように言いたてた。まあ、文句は多いがべつだん不機嫌そうな様子はない。初めての準礼装に身を包んだジョウ=ランも、楽しそうににこにこと笑っていた。


「ただ今日は、ギバ肉を使わない料理だけで腹を満たすことになるのですね。みなさんがバナームへの道中で味わったという物足りなさを、俺も実感することができます」


「ふん。そのわりには、ずいぶん楽しげな面がまえだな」


「ええ。何事も自分で体験しなければ、確かなことは言えませんからね」


「賢しげなやつめ」とゲオル=ザザが肩をすくめたところで、早くも控えの間の扉が外からノックされた。

 が、姿を現したのは森辺の女衆ではなく、リフレイアとディアルである。俺たちに挨拶をするために、わざわざ早めに来訪したのだという話であった。


「晩餐会の場では、僕もお行儀よくしておかないといけないからさ! アスタたちと顔をあわせるのもちょっとひさびさだったから、その前に気安く言葉を交わしておきたかったんだよ!」


 そんな風に語るディアルは、可愛らしい水色のドレス姿である。いつも色合いは似通っているが、彼女も何種かの宴衣装を使いわけているのだろう。祝宴などで見る装いよりは、少しだけシンプルなデザインであるようであった。

 なおかつディアルは髪をのばしている最中であるために、そういった装いがいっそう似合っているようだ。もともと顔立ちも整っているディアルであるので、貴族の令嬢もかくやという可愛らしさであったが、やっぱり彼女の魅力は元気いっぱいの言動にあるのだろうと思えてならなかった。


 いっぽうリフレイアも華美さを抑えた準礼装の姿で、こちらは黄色を基調としている。2年前に切り落とした髪もすっかり長くなり、あとふた月足らずで14歳になろうという彼女こそ、すっかり若き貴婦人という麗しさであった。


「ユン=スドラとジョウ=ランは、おひさしぶりね。さっそく森辺の方々と晩餐をともにすることができて、喜ばしい限りだわ」


「あー、リフレイアは森辺のみんなと一緒にバナームまで出向いてたんだもんね! できれば僕も同行したかったけど、7日もジェノスを離れたら父さんに叱られちゃうからさ! 我慢して、ジェノスに居残ることにしたんだよー」


 リフレイアとディアルが語らうだけで、その場がぱあっと華やいだような感覚であった。ラービスやサンジュラやシフォン=チェルは、それぞれの気性に見合った面持ちで主人の様子を見守っている。それも含めて、俺にはきわめて和やかに感じられた。


「アスタたちは、厨の見物をしていたのでしょう? 今日の料理は、期待できそうなのかしら?」


「結果がどうなるかはわからないけど、期待はかきたてられてるよ。何せ凄腕の料理人たちがカルスの手足になっていたんだから、それだけでも楽しみなところだね」


「そう。どうやらヴァルカスも参じたみたいだけど、あの偏屈者が素直に指示に従ったのかしら」


「うん。そこは問題なかったようだよ。相変わらず、ティマロとは相性が悪いみたいだったけどさ」


「ふふ。あれはもう、何かの宿業なのでしょうね」


 と、リフレイアがずいぶん短い時間で屈託のない微笑をこぼしてくれた。


「何か晴れやかな気分だと思ったら、アスタと気安く言葉を交わすのはずいぶんひさびさであったのよね。せっかくバナームまでご一緒できたのに、あちらではいつも誰かしらの目があったものね」


「俺たちは祝宴の参席者っていう立場だったんだから、それはしかたないさ。そういえば、物見の塔で痛めた足はもう大丈夫なのかな?」


「もちろんよ。ただ、無茶をするとまた同じ場所に血豆ができるだろうって、医術師に脅されているけれどね」


 すると、俺たちのやりとりを聞いていたディアルもにっこり微笑んだ。


「バナームから戻って以来、リフレイアは表情が明るいよね! よっぽど楽しい旅だったのかな?」


「ええ。だってわたしは、生まれて初めてジェノスの外に出たのだもの。なんだか、自分のちっぽけさを思い知らされたような心地で……それが何とも楽しい気分であったのよね」


「うんうん! 僕も初めて故郷を出たときは、ずーっと浮かれっぱなしだったなー! 今はもう、ジェノスで暮らすのが当たり前になっちゃったけどさ!」


 そこでようやく会話が途切れると、ジザ=ルウがするりと言葉を差し込んだ。


「ところで、ディアルもすでにアラウトと絆を結べたのであろうかな?」


「んー? 僕は何日か前に、ダレイム伯爵家の晩餐にお招きされて、そこで挨拶をしたきりだよ! でもまあバナームのお人らとは、ずーっと前からおつきあいがあるからね!」


「うむ。それで今日の晩餐会に招かれたのだという話であったな。では、貴女自身はまだアラウトの人柄を見定めてはいないということか」


 ジザ=ルウの言葉に目を丸くしたのは、ディアルではなくリフレイアのほうであった。


「あなたこそ、バナームの滞在中にはアラウト殿と長きの時間を過ごしていたのでしょう? それなのに、まだあのお人の人柄を探っておられるのかしら?」


「いや。南の民の目にアラウトはどのように映るのかと、それが気になったに過ぎない。俺自身は、アラウトを好ましい人柄だと思っている」


「それなら、よかったわ。あのように誠実なお人は、なかなかいないでしょうからね」


 と、今度はディアルがリフレイアの言葉に目を丸くすることになった。


「リフレイアがそんな風に人をほめるのは珍しいね! よっぽどアラウトってお人のことが気に入ったのかな?」


「あら、ずいぶんな言い草ね。あなたのずけずけとした人柄にだって、わたしは常々感服しているわよ」


「ほーら、そうやって皮肉を吐くのが、リフレイアでしょ? ああいう真っ直ぐそうなお人を素直にほめるっていうのは、ずいぶん珍しいんじゃない?」


「そうなのかしら?」と、リフレイアは小首を傾げた。


「まあ、わたしはアラウト殿の兄君にだって、同じような印象を抱いていたけれど……あの頃のわたしは気が張っていたし、今以上に性根がひねくれていたから、あんまり誠実そうなお人は鼻についたかもしれないわね。自分のひねくれ加減を思い知らされるようで、憎たらしいぐらいだったもの」


「あはは。だったらアラウト殿とは、いい時期にお会いできたってことだね。もう過去のいざこざなんて気にしないで、思うさま仲良くしてあげなよ!」


「ええ。アラウト殿の誠実さに甘えない範疇でね」


 リフレイアは、すました顔で肩をすくめた。

 そのタイミングで、再び扉がノックされる。今度こそ、森辺の女衆の登場であった。


「ふむ。貴族の客人とは、リフレイアのことであったか。それに、ディアルとラービスはひさかたぶりだな」


 先頭を切って入室したアイ=ファが、凛然とした面持ちでそのように言いたてる。その姿に、ディアルが「うわあ」と目を輝かせた。


「やっぱりアイ=ファは準礼装でも、すっごく綺麗だね! こりゃあ王都の貴族に見初められるわけだ!」


「……余計な言葉で再会の喜びをさまたげないでほしく思うぞ」


 アイ=ファは横目でディアルをにらみつけてから、しずしずと俺のほうに近づいてきた。

 アイ=ファたちもまた、デルシェア姫から贈られたジャガルの準礼装である。基本的には瀟洒でシンプルなデザインであるのに、胸もとの上半分から肩までが半透明の生地であつらえられて、褐色の肌が透けて見えるという、一種独特の艶めかしさを有する装束だ。


「うーん。南の民の白い肌だったら、そんなに透けることもないのになー。女の僕でも、ちょっと目のやり場に困っちゃうよ!」


「ど、どうぞお捨て置きください」と、レイナ=ルウは顔を赤くする。それに迫るぐらいのプロポーションを持つユン=スドラも、いささか恥ずかしそうな面持ちだ。

 いっぽうアイ=ファは凛々しい面持ちのまま、俺の首もとに輝く黒い石に満足げな眼差しを向けている。玉虫色に輝くアイ=ファの胸もとにも、俺の贈った青い石の首飾りが燦然ときらめいていた。


「アイ=ファたちともゆっくり言葉を交わしたいところだけど、部屋がずいぶん窮屈になってしまったし、晩餐会の刻限も近づいているようね。名残惜しいけど、これで失礼することにしましょう」


「うん! また森辺にも招待してよね! 楽しみにしてるから!」


 そうしてリフレイアたちは退室し、そこには森辺の同胞とプラティカだけが残された。プラティカはさすがにジャガルの準礼装ではなく、普段よりも少し上等そうな胴衣と脚衣にたっぷりの飾り物といういでたちだ。

 ひとまずはそれぞれ血族同士で寄り集まり、言葉を交わし合う。アイ=ファも真剣な面持ちで、俺に顔を寄せてきた。


「リフレイアたちは、何用があってこの場を訪れたのだ? 不穏な内容ではなかろうが、いちおう確認しておこう」


「うん。再会の挨拶をしただけだよ。リフレイアもディアルも上機嫌で、不穏なことなんてこれっぽっちもなかったさ」


「そうか。きっとアラウトに邪心がないため、悪い余波が生まれることもないのであろうな」


 アイ=ファもすぐにやわらかい表情を取り戻して、そう言った。

 そうすると、また新たな魅力が上乗せされてしまう。髪をほどいて俺の贈った髪飾りをつけたアイ=ファは、ただでさえ途方もない魅力の権化であるのだ。もちろんアイ=ファは普段から魅力の塊であるのだが、やっぱり華やかな装いをすればそれ相応の魅力が加算されてしまうのだった。


 また、それはレイナ=ルウたちも同様であったのだが、本日はルド=ルウのように冷やかす人間がいないため、すぐさま落ち着きを取り戻したようだ。ただひとり、オディフィアとおそろいの首飾りをゲオル=ザザに褒められたトゥール=ディンが、可愛らしく頬を染めていた。


 そうしてゆったりと待機の時間を過ごしていると、ようやく迎えの侍女がやってくる。俺たちは、列を為して晩餐会の場に向かうことになった。

 会場は、これまでにも何度かお世話になったことのある食堂だ。太陽神アリルの石像が飾られたその場には、すでに貴き人々が着席していた。


「あらためまして、本日はご来場ありがとうございます。どうぞ席にお着きください」


 そのように語るアラウトは、バナーム城でも拝見した真紅の装束だ。こちらは武官の礼装を思わせるデザインであるため、彼の凛々しさも上乗せされていた。

 合計で17名という人数であるため、卓はふたつに分けられている。俺とアイ=ファはルウ家の兄妹と同じ組で、アラウト、デルシェア姫、オーグ、リフレイア、ディアルという顔ぶれと席を同じくすることになった。


 もう片方の卓には、ふくよかな体格をした使節団のメンバーと、ポルアースとメリムの夫妻が座しており、ゲオル=ザザとトゥール=ディン、ユン=スドラとジョウ=ランとともに、プラティカもそちらに招かれた。プラティカは本来、森辺の民と別枠の招待客であるのだ。


「今日はあくまでメライアの食材を使った料理をお披露目する晩餐会ですので、格式ばった挨拶は省略させていただきます。みなさんもどうぞおくつろぎいただきながら、料理の味をお楽しみください」


 アラウトはそのように説明していたが、彼自身がいくぶん固い面持ちになってしまっている。彼の若さを考えれば、このような晩餐会を取り仕切るのも大仕事なのであろう。王族たるデルシェア姫や外交官補佐たるオーグまで同席していれば、それも致し方のない話であった。


(でも、デルシェア姫は今後の通商に深く関わる重要人物だし、オーグはジェノスの情勢を検分する立場だから、招待せざるを得なかったんだろうな。……頑張ってください、アラウト)


 俺は心の中で、そのようにエールを送ることにした。

 アラウトは白い頬を火照らせつつ、誰にともなく一礼する。


「では、本日の料理の責任者である、カルスをご紹介します。彼はバナーム城の料理番として末席に名を連ねる身でありますが、ジェノスの方々のご助力をいただいて、本日の料理を作りあげてくれました」


 俺たちのくぐった扉が開かれて、カルスが入室してきた。こちらこそガチガチに緊張しており、まるでロボットのようにギクシャクとした歩き方だ。

 そして、料理のワゴンを押す小姓たちがそれに続き、芳しい香りがたちこめる。つい先刻まで、厨で嗅がされていた香りだ。嬌声をあげるような人間はいなかったが、メリムやディアルは瞳を輝かせていた。


「ど、ど、どうも。ほ、本日、厨を取り仕切らせていただいた、カルスと申します。ぼ、僕のような若輩者がこのような大役を担うのは、あまりに恐れ多いことなのですが……た、多少なりともメライアの食材の素晴らしさをお伝えできたら、心より光栄に存じまふ」


 最後の最後で、噛んでしまった。

 あたふたと目を泳がせるカルスに、アラウトは力強い笑みを向ける。


「挨拶は、そこまでで十分だよ。あとは料理と食材の説明に注力してもらいたい」


「ひゃ、ひゃい! で、では、料理を配膳いたします!」


 そうしてその日の晩餐会は、粛然と――とは言いがたい出だしであったが、とにもかくにも幕が開かれたのだった。

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― 新着の感想 ―
数年同僚だったとはいえティマロの顔と名前を記憶しているということは、なんだかんだでティマロを認めてはいるんだなヴァルカス そういや過去に菓子だけは認められると言ってたか
[気になる点] 今回の、晩餐会の調理の手伝いをしながら同時にメライアの食材の扱い方を学ぶって展開がよく分からない。 いつも通り後日に人集めて、メライアの食材の扱い方を学ぶ場を設ければいいだけの話では…
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