表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第七十二章 糾える道
1239/1697

バナームからの客人④~ファの家の晩餐~

2022.8/18 更新分 1/1

 そして、その日の夜である。

 夕暮れ時にルウの集落を辞去した俺は、ファの家にアラウトたちをお招きすることに相成った。

 昨日の段階ではルウ家の晩餐に招待するという案もあげられていたのであるが、いざ蓋を開けてみると客人の数がそれなり以上の人数であったため、ファの家に変更されることになったのだ。


 ただしルウ家も族長筋として、すべてをファの家に任せきりにすることはできなかったのだろう。そこで見届け役として派遣されたのは、ジザ=ルウおよびルド=ルウであった。調理の手伝いとしてはレイナ=ルウとリミ=ルウが選ばれていたため、その護衛役という意味合いもあって、そちらの両名が選出されたのだ。ファの家の晩餐が賑やかになる代わりに、ルウ本家はずいぶん少人数で晩餐のひとときを過ごすことになったわけであった。


「ジザ=ルウ殿のお子たちは、いまだ年端もいかない幼子であられるのですよね? 大事な家族との語らいの場をお邪魔してしまい、心から申し訳なく思っています」


 アラウトが深く頭を垂れると、ジザ=ルウはいつも通りの柔和な面持ちで「大事ない」と応じていた。


「先日などはこれと同じ顔ぶれが7日ばかりも家を空けていたわけであるし、また、どちらもルウ家の人間として重要なつとめであるのだから、貴方が気に病む必要はない。ジェノスとバナームが正しく絆を深められるように、俺も力を尽くしたく思っている」


「ありがとうございます。ジザ=ルウ殿のご期待を裏切らないように、誠心誠意、僕も仕事を果たしたく思います」


 そんな仰々しい挨拶を経て、いざ晩餐である。

 客人の数は、総勢で11名。アラウト、カルス、サイ。カミュア=ヨシュ、レイト。プラティカ、ニコラ。そして、ルウ家の4名だ。ひさびさにファの家を訪れたカミュア=ヨシュは、誰よりもご機嫌な様子でのほほんとした笑みを振りまいていた。


「俺も森辺の方々とは懇意にさせてもらっておりますけれども、晩餐にまでお招きされる機会はそうそうありませんからねぇ。これだけでも、アラウト殿の護衛役をお引き受けした甲斐があったというものですよ」


「恐縮です。僕も森辺の方々のご厚意には、心より感謝しています」


 客人たちのやりとりを黙って見守っていたアイ=ファは、そこでしかつめらしく「うむ」と応じた。


「アラウトらを客人として招くことができて、私も光栄に思っている。まずはかまど番たちの心尽くしで腹を満たし、この夜の喜びを分かち合ってもらいたい」


 ということで、晩餐が開始された。

 本日は、もちろんアラウトたちに未知なる食材の活用法を知っていただくための献立になっている。なおかつ、最優先で買いつけられる予定になっている食材はいったん脇に置いて、それ以外の食材を中心に献立を組み立てていた。


 まず、主食は『炊き込みシャスカ』であるが、こちらは山椒のごときココリで強い風味をつけている。具材はギバのバラ肉と、ニンジンのごときネェノン、タケノコのごときチャムチャム、そしてブナシメジモドキだ。

 それとは別に、副菜という位置づけで、パスタの小皿を添えている。そちらはアンチョビのごときペルスラの油漬けを、ニンニクのごときミャームーと唐辛子のごときチットの実でシンプルに仕上げていた。現在のジェノスでミャームーはまだまだ品薄であるが、アラウトたちのために貴重な在庫を振る舞うことにしたのだ。


 主菜はさらにシンプルで、ギバのロースのソテーである。そちらではセージのごときミャンツを強めに使い、白ワインのごとき白い果実酒と乳脂で風味をつけている。付け合わせの野菜は、バナームでも多く使われているホウレンソウのごときナナールだ。


 さらに、汁物料理はコーンポタージュを意識したメレスのシチュー、生野菜サラダにはミャンと干しキキを使った梅ダレ風のドレッシング、食後のデザートにはリミ=ルウがアマンサソースのチャッチ餅を準備してくれたため、とりあえず該当の食材は網羅できているはずであった。


「どれも素晴らしい味わいです。このように見事な料理を味わってしまうと、すべての食材を買いつけたいという欲求にとらわれてしまいますね」


 アラウトがそのような感慨をこぼすと、カルスも「ど、同感です!」と大きな声を張り上げる。どうやら彼は少人数であれば、森辺の狩人が相手でも縮こまることはないようであった。


「こ、こ、こちらのシャスカ料理は言うに及ばず、肉料理も野菜料理も汁物料理も副菜も、すべてが美味でなりません! も、もちろんそれは森辺の方々の力量あってのことなのでしょうが、それにしても素晴らしい味わいです! こ、これらの食材に優先順位をつけるのは、きわめて難しいかと思われます!」


「それでも、すべての食材を買いつけることはできないからね。僕たちは厳しく自分を律して、優先順位をつけなければならないのだよ」


 そんな言葉で自分とカルスをたしなめてから、アラウトは無言で料理を食しているサイのほうに向きなおった。


「サイは日中に味見をしてもらうこともできなかったけど、どのような感想を抱いているかな? 率直な意見を聞かせてもらいたい」


「……これは、小官のような武官ふぜいが口を出せるような問題ではないかと存じます」


「であれば、友人として意見を聞かせておくれよ。僕には、バナームの人間の感想が重要であるんだ」


 アラウトがいくぶんくだけた態度を見せると、サイは「はあ」と眉を下げた。


「それでもやっぱり、小官には実のある言葉など吐けそうにありません。これらの料理は、いずれも宴料理と見まごう出来栄えでありますので……これに順番をつけることなど、誰にもかなわないのではないでしょうか?」


「あはは。やっぱりそうだよね。無理に聞いて、悪かったよ。これは僕とカルスの役割なので、君は心置きなく料理の素晴らしさを楽しんでくれ」


 アラウトが屈託のない笑みをこぼすと、ジザ=ルウが「ふむ」と声をあげた。


「アラウトよ。そちらのサイなる者は従者という身分に留まらず、貴方の友でもあるのだろうか?」


「はい。僕の父は騎士階級の下級貴族であり、このサイの父親はその副官を務める人物であったのです。サイは幼き頃から僕の面倒を見てくれましたので、友というよりは……もうひとりの兄のような存在であるかもしれません」


「侯爵家の血筋であられるアラウト様の兄などとは、とんでもない話です」


 生真面目そうな顔でそのように答えつつ、サイはとても穏やかな眼差しになっている。忠誠心か友愛かはわからないが、とにかく彼がアラウトに対してひとかたならぬ思いを抱いていることは明らかであった。


「では、そちらのカルスなる者も、貴方にとっては懇意にしていた相手であったのであろうか?」


「いえ。僕が食材について学び始めたのはみなさんをバナームにお迎えしてからですので、カルスと面識を得たのもつい最近です。でも、彼が優秀な料理番であると同時に信頼のできる人柄であるということは、この短い時間ではっきり理解することができました」


「と、と、とんでもありません。ぼ、僕なんて、本当にその、まだまだ見習いの身にすぎませんので……」


 カルスは盛大に目を泳がせつつ、俺たちの前で初めて笑顔を覗かせた。それもどこかマルフィラ=ナハムを思わせる、ふにゃんとした子供っぽい笑顔だ。


「なるほど」と応じるジザ=ルウとともに、アイ=ファもじっとアラウトたちの姿を注視している。それに気づいたアラウトは、いくぶん心配そうにアイ=ファとジザ=ルウの姿を見比べた。


「あの、何かご不審な点でもありましょうか? サイはいささか不愛想な人柄で、カルスは気弱な面がありますが、決して悪い人間ではないということを信じていただきたく思います」


「いや。何も不審に思っていたわけではない」


「うむ、私もだ。むしろ、そちらの両名を含めたアラウトたちの在りように、好ましいものを感じている」


 アイ=ファとしては珍しいぐらい、率直で友好的な物言いである。が、アラウトはまだ憂慮が晴れないようであった。


「そうなのですか? アイ=ファ殿は、ずいぶん真剣な眼差しで僕たちのことを検分しておられるように思えるのですが……」


「それはもちろん家に迎えた客人たちがどのような人柄であるかは、真剣な目で見定めようと心がけている。ただ……貴族というのは本当にさまざまであるのだなと、そんな感慨を噛みしめていたもので、そんな思いがこぼれてしまったのかもしれんな」


「はあ。ジェノスの貴族の方々との差異に、何か思うところがあったということでしょうか?」


「ジェノスではなく、王都の貴族だな。ファの家では、つい先日にティカトラスらを客人として迎えていたのだ」


 アイ=ファは唇がとがるのをこらえるように、きゅっと口もとを引き締めた。


「ティカトラスもまた護衛の兵士を引き連れていなかったし、また、そちらと同じく3名という人数であった。そういった点が似通っている分……まったく似通っていない部分が、いっそう際立ってしまうのやもしれんな」


「ティカトラス殿ですか。日中にジザ=ルウ殿らの母君からも、そのお名前をうかがうことになりました。……もしや森辺の方々は、ティカトラス殿に何か甚大なご迷惑でもかけられてしまったのでしょうか?」


「それは、難しい問いかけだな。ここは族長筋たるジザ=ルウに返答の役目を負ってもらいたく思う」


 アイ=ファにパスを受けたジザ=ルウは、よどみなくそれに応えた。


「ティカトラスを迷惑と称するならば、我々は多くの相手を迷惑と称することになろう。ティカトラスには小さからぬ苦労をかけられたが、それは外界の民と正しく絆を深めるための、ひとつの試練であったのだろうと思う。よって、ティカトラスとの出会いや交流を忌避するつもりはないが……あの人物はきわめて特異な人柄をしているために、そういった大義とは異なる部分で余計な気苦労を覚えてしまうのやもしれん」


「あはは。ティカトラス殿は、風のように自由なお人柄でありますからねぇ」


 カミュア=ヨシュが呑気な声をあげると、ジザ=ルウは糸のように細い目でそちらを見やった。


「貴方がティカトラスほどの高い身分であったならば、我々はティカトラスに対するのと同じぐらいの気苦労を抱えていたやもしれんな」


「ええ? 俺とティカトラス殿は、そうまで似通っておりますかねぇ」


「その目に見据えているものは、きっと大きく異なっているのであろう。ただ、何ものをも恐れぬ豪胆さと奔放な気性については、親子のように似通っているのではなかろうかな」


「うーん。そのように言われてしまうと、なかなか反論の言葉も思いつきませんね」


 そう言って、カミュア=ヨシュはチェシャ猫のように微笑んだ。

 いっぽうアラウトは、いくぶん困惑の表情になっている。


「ティカトラス殿というのは、カミュア=ヨシュ殿と似通った人柄をされているのですか? カミュア=ヨシュ殿は、きわめて公正かつ誠実な人柄であるように思えるのですが……」


「ティカトラスもまた、公正な人柄であるのだろうとは思う。あやつは相手が貴族であろうと町の人間であろうと森辺の民であろうと、まったく態度を変えようとしないしな。ただ、あまりに身分が高いために、周囲への影響というものが尋常でなくなってしまうのだ」


 そんな風に言ってから、アイ=ファはカミュア=ヨシュのことを静かに見据えた。


「そう考えると……貴族ならぬ身でそうまで公正かつ奔放に振る舞えるカミュア=ヨシュのほうが、よほど特異な存在であるのかもしれんな」


「やだなぁ。公正さにかけては、森辺の民の右に出るものはないだろう? 相手が誰でも態度を変えないなんて、それはまさしく森辺の民のためにあるような言葉じゃないか」


 と、カミュア=ヨシュはふいに透徹した眼差しになった。


「森辺の民ほど高潔で、揺るぎない信念を抱いている人間は、そうそう存在しないと思うよ。それでいて、君たちは外界の民との交流を恐れず、本来の高潔さを失わないまま、さまざまな変革を受け入れてきた。だったら俺やティカトラス殿よりも、森辺の民のほうがいっそう特異でかけがえのない存在なのじゃないかな」


「……カミュア=ヨシュのそういう部分は、ティカトラスよりもフェルメスに似通っているように思うぞ」


「あはは。それは光栄な話だね。まあ、あのお人こそ、俺とはまったく違う目線で世界を眺めているのだろうけどさ」


 カミュア=ヨシュはすべてを見透かすような眼差しを引っ込めて、またにんまりと微笑んだ。

 リミ=ルウと小声で語らいながら食事を楽しんでいたルド=ルウが、そこで「なー」と声をあげる。


「なんだかややこしい話で盛り上がってるみてーだけど、今はティカトラスじゃなく料理やら食材やらの話をするべきなんじゃねーの?」


「うむ、確かにな。アスタよ、バナームの客人たちのために、力を尽くすがいい」


 我が最愛なる家長殿のお言葉を受けて、俺は「了解」と笑顔を返すことになった。


「とりあえず、いずれの食材ももっと入念な吟味が必要なのですよね? 最優先で買いつける食材にしてみても、まずは扱い方を学ばなくてはなりませんし、何より重要なのはバナームに現存する食材との相性であるかと思われます」


「ええ、ごもっともです。まーぼーチャンという料理はきわめて美味でしたが、バナームにはギバ肉もチャンも存在しませんからね。本日の料理に関しましても、おおよそはギバ肉が使われているわけですから……これをカロン料理に転用することは可能であるのでしょうか?」


 アラウトも本来の熱意を取り戻して、身を乗り出してきた。

 俺は「そうですね」と応じてみせる。


「カロンはカロンで素晴らしい肉質ですから、転用することは可能であるはずです。もちろん細かな調整は必要でしょうけれど、大きな問題はないかと思われます」


「あとは、野菜についてもですね。こちらの野菜料理は非常に美味ですが、僕が見知っているのはティノとネェノンのみであるようです」


「あとはマ・ティノと、ギーゴにシィマですね。マ・ティノは南の王都、ギーゴはダレイム、シィマはジャガルの野菜となりますが、バナームにはまったく存在しないのでしょうか?」


「ギーゴは、名前のみうかがっています。バナームではマ・ギーゴのほうが安く買いつけられるため、ギーゴは捨て置かれることになったのでしょう。マ・ティノとシィマに関しては、このたび初めて名前をうかがうことになりました」


 すると、ルド=ルウが再び「なー」と声をあげた。


「なんかバナームって、何でもかんでも余所から買いつけてるような感じだよなー。自分たちで野菜を作ったりしねーのか?」


「バナームは太陽神の境界線ときわめて近い位置に存在するためか、土の質が特異であるとされています。黒いフワノと白いママリア、それにカロンの牧草だけは他に類を見ないぐらいよく育つのですが、その代わりに他の野菜が育てにくい土壌であるようなのです」


「ふーん。ずいぶん不便なところに城を建てたんだなー」


「黒いフワノには、白いフワノとアリアの滋養が詰まっているとされていますからね。もっと貧しき時代には、黒いフワノとカロンの肉や乳だけで生命を繋いでいたのだと聞き及びます。ですが、やはりそれだけの食材だけで生命を繋ぐというのは、人間にとって正しい行いではなかったのでしょう。当時のバナームの民は、余所の領地よりもずいぶん短命であったのだと聞き及びます」


 真剣そのものの表情で、アラウトはそのように言いつのった。


「それでもやはり、バナームで他の野菜を育てることは難しかったのでしょう。それで我々の祖は黒いフワノと白いママリアの畑およびカロンの牧場を可能な限り拡張し、それらの恵みでもって余所の領地との交易に着手したのです。そうした先人たちの尽力あって、我々は健やかな生を獲得することがかなったというわけです」


「あー、森辺の民がアリアとポイタンとギバ肉だけで食いつないでたようなもんかー。小さき氏族だと他の食材を買うゆとりもねーから、寿命が短いって話だったもんなー」


 そう言って、ルド=ルウは俺に無邪気な笑顔を届けてきた。


「だったら、小さき氏族の連中も、アスタのおかげで長生きできるようになるんじゃねーの? ルウ家だって、もともとはダレイムで育てられた野菜ぐらいしか買ってなかったんだから、今とは比べ物にならねーしよ」


「うん。そうなったらいいなと願っているよ。ただそのためには、正しい食生活が必須だからね。油と糖分のとりすぎには、くれぐれも気をつけて」


「へん。そうじゃなかったら、毎日ぎばかつを食おうとする人間が出てくるかもしれねーしな。俺だって、もっところっけを食いてーよ」


 そんな風に言いながら、ルド=ルウは何の不満もなさそうな笑顔でロースのソテーにかぶりついた。


「僕もジェノスとの交易を始めてから、多彩な食材の重要さというものを痛感させられました。タウ油や砂糖やミソ、それにシムの香草といった食材は、我々の食生活を一変させましたからね。かつて先人たちが切り開いてくれた道を、さらに大きく切り開いているような心持ちであるのです」


 白い頬を火照らせて、茶色い瞳に意欲の炎を燃やしながら、アラウトはそのように言葉を重ねた。


「そして僕たちは今、また数々の目新しい食材を眼前に迎えています。ただ滋養の問題だけでなく、美味なる食事からもたらされる喜びというものも、決して二の次にはできないでしょう。そういう意味では、バナームも森辺やジェノスと変わりありません。バナームの民が心身ともに豊かな生活を送れるように、僕は身命をそそぐつもりでいます。アスタ殿を筆頭に、森辺の方々には色々とお手数をおかけしてしまいますが、どうかご助力をお願いいたします」


「もちろんです。アラウトを始めとするバナームの方々のお力になれるなら、光栄な限りですよ」


 アラウトの熱い眼差しを受け止めて、俺は大きくうなずいてみせた。


「さしあたっては、食材の扱い方に関してですね。それは城下町でも学ぶ予定であるのでしょう?」


「はい。ですが、ジェノスの城下町においては複雑な味付けというものが流行しているため、基本を学ぶにはアスタ殿にお願いするのが最適ではないかと、ポルアース殿にはそのような助言をいただくことになりました」


「そうですね。でもそのポルアースのお屋敷で料理長を担っているヤンという御方も、複雑な味付けに固執することなく、さまざまな食材を使いこなしているはずですよ」


 地蔵のように静かにしていたニコラが、その言葉にぴんと背筋をのばす。それは居眠りをしていたサチが食事の香りを嗅ぎつけたときの仕草によく似ていて、俺の心を和ませてくれた。


「ダレイム伯爵家の料理長、ヤン殿ですか。僕はまだその御方とお会いしていないのですが……お弟子のニコラ殿がこれほどの熱意をもって料理番としての仕事に励んでおられるのですから、さぞかしご立派な御方であられるのでしょう」


「……アラウト様。わたしのような侍女風情が敬称を賜るのは不相応かと思われますが」


 ニコラが不愛想な顔で口をはさむと、アラウトは「いえ」と口もとをほころばせた。


「確かに一介の侍女であれば不相応でありましょうが、プラティカ殿だけを敬ってあなたを粗略に扱うというのは、何か公正さを欠いているように感じられるのです。よってこの際は、あなたもバナームのために尽力してくださる料理人のひとりとして扱わさせていただきたく思います」


「……恐れ多い限りです」と、ニコラは仏頂面のまま一礼する。いっぽう、彼女の隣に座したプラティカはどこか満足げな眼差しであった。


「ともあれ、ヤン殿という御方に関しては、明日さっそくポルアース殿に打診させていただきます。それとは別に、アスタ殿に手ほどきを願うことは可能でしょうか?」


「もちろんです。今日みたいに屋台の商売の後でよろしければ、いくらでも」


「ありがとうございます。日取りに関しては、追ってご連絡をさしあげます。……そしてこちらからも、メライアの食材の扱い方をお伝えする場を作らなくてはなりませんね」


 そこでアラウトは、ふっとあどけない表情を取り戻した。


「その一環として、森辺の方々を城下町の晩餐会にお招きしたいのですが、いかがでしょうか? そこでカルスがメライアの食材を扱う姿を見学していただき、晩餐の場でそれらを食していただくという形を取ろうかと思っているのですが」


「はい。族長や家長らのお許しが出れば、喜んで」


 そのように答えつつ、俺はアイ=ファとジザ=ルウのほうをうかがってみる。アイ=ファは凛然としており、ジザ=ルウは柔和な面持ちで、どちらも内心を見透かすことは難しかったが――とりあえず、不満を抱いている様子はなかった。


「では、ジザ=ルウ殿にドンダ=ルウ殿へのご伝言をお頼みしてよろしいでしょうか? そちらはなるべく早い日取りで予定を立てたく思っています」


「ふむ。何か急ぐ理由でもあるのであろうか?」


「ええまあ……これは僕の個人的な考えでありますので、なるべく内密にしていただけますでしょうか?」


 と、アラウトは子供っぽい一面を覗かせて、少しもじもじとした。


「藍の月の半ばには、ティカトラス殿がジェノスに戻ってくるものと聞き及んでおりますので……晩餐会は、それよりも早く済ませたいと願っているのです」


「なるほど、そういうことか。ティカトラスがジェノスに戻ってくるのは……たしか、10日後ていどの見込みであったかな」


「はい。ですから、何としてでも、その前に」


 アラウトの必死な面持ちに、ジザ=ルウは珍しくも微笑をこぼしたようだった。いつも微笑んでいるような面持ちであるジザ=ルウだが、本当に笑うことは稀であるのだ。


「相分かった。族長らも貴方との交流を無下には扱わぬだろうから、明後日には返事をすることができよう。より迅速に話を進めるには、この場で細かな部分を取り決めておくべきではなかろうかな?」


「ありがとうございます! 僕としては、6名から8名ていどの方々をお招きしたく思っているのですが、如何でしょうか? 刻限は――カルス、15名から17名ていどの晩餐を仕上げるには、どのていどの時間が必要だろう?」


「は、はい! な、何名か手伝いの方々をお頼みできるなら、三刻ていどでご準備できるかと思いますが……」


「では、五の刻の半に晩餐を始めるとして、調理の開始は二の刻の半――あ、いえ、お召し替えの時間などを考えると、半刻ていどの猶予が必要となりますね。城下町の貴賓館という場所に、下りの二の刻までにおいでいただければと思います」


「ふむ。やはり装束をあらためる必要があるのだな」


 ジザ=ルウの言葉に、アラウトは「はい」と申し訳なさそうな顔をする。


「僕だけの裁量にお任せいただければ、何も格式張る必要はないのですが……このたびはデルシェア姫を招待しなければならないため、少なくとも準礼装にお召し替えをいただく必要が出てきてしまうのです」


「何も不満を抱いているわけではないので、心配には及ばない。ただ、そちらの顔ぶれが決まっているのなら、それを事前に教えてもらいたく思う」


「はい。バナームからは、僕と使節団の人間がもう1名。以前の歓迎の晩餐会で、ザザの方々と同席していた御仁です。それに、ジェノスの貴族からはポルアース殿、メリム夫人、リフレイア姫の3名。あとは、南の王族たるデルシェア姫に、王都の外交官補佐のオーグ殿、鉄具屋のディアル嬢――そしてもちろん、プラティカ殿もご招待させていただきたく思います」


「感謝します」と、プラティカは鋭い面持ちで一礼した。

 いっぽうジザ=ルウは、「ふむ」と小首を傾げている。


「外交官は、フェルメスではなくオーグであるのか。こういう際には常にフェルメスが参席していたはずだが、何か事情でもあるのであろうか?」


「ええ、ご存じありませんでしたか。フェルメス殿は旅の疲れが出てしまい、少々体調を崩されているそうです。何も危ういことはないというお話でしたが、このたびは大事を取ってオーグ殿にお役目を譲られたそうです」


 それは、俺も初耳の話であった。道中では普段以上に元気そうな様子であったのに、気の毒な限りである。


「鉄具屋のディアル嬢は僕たちも交易をしているお相手でありますし、リフレイア姫やポルアース殿ともゆかりが深いとのことで、招待することになりました。森辺の方々もディアル嬢とは懇意にされているというお話であったので、問題はないかと思ったのですが、如何でしょう?」


「取り立てて、問題はないように思う。あと、リフレイアが含まれているのは、やはりトゥラン伯爵家とは入念に交流を深めるべきという判断であろうか?」


「あ、は、はい。リフレイア姫も、強く参席を希望されていましたので……」


 と、アラウトは頬を赤らめた。そういえば、バナームに滞在していた時分から、リフレイアはそのように主張していたのだ。俺と一緒にその姿を見届けていたジザ=ルウは、「ふむ」と下顎を撫でさすった。


「そもそも貴方にジェノス来訪を示唆したのは、リフレイアだったな。であれば、これも自然な成り行きか。……相分かった。おそらくこちらは、男衆と女衆が4名ずつ参ずることになろうかと思う。そういった取り決めで、族長ドンダに伝えさせていただこう」


「は、はい。よろしくお願いいたします」


 これにて、次なるイベントの予定が立てられた。

 ドンダ=ルウたちも、決してアラウトの願いを跳ねのけようとはしないだろう。俺としても、アラウトと交流を深められるならばありがたい限りであった。


(それに、ティカトラスが戻ってきたら、すぐに主導権を握られちゃいそうだもんな。あっちはあっちできちんと交流を深めたいところだけど、まずはじっくりアラウトたちと交流させていただこう)


 そうしてその日の晩餐は、とても和やかな空気の中で終わりを迎えることに相成ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >デルシェア姫を招待しなければならないため~ 今回の件はバナームとジェノスの交流だけど、やっぱり食品関係だと問答無用でデルシェアも加わるんだね 食の勉強と言いつつ他国の情報集めてるの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ