バナームからの客人③~新たな食材~
2022.8/17 更新分 1/1
南の王都の食材の吟味を終えたならば、お次はゲルドの食材である。
それらの食材が作業台に並べられると、カルスはいっそう頬を火照らせることになった。
「め、め、名簿でも確認していましたが、ゲルドからはこれだけの食材を買いつけているのですね。な、何だか未知なる財宝の山を目にしているような心地です」
その言葉に、プラティカがそわそわと身体を揺すった。きっと故郷の食材を財宝あつかいされたのが嬉しかったのだろう。この調子でいけば、カルスは数多くのかまど番と交流を深められるのではないかと思われた。
「ゲルドからはマヒュドラやドゥラからの食材も買いつけているので、これだけの種類に至りました。いちおう果実もその中に含めるべきでしょうか?」
「そうですね。菓子に使えそうな果実に関しては、吟味させていただきたく思います」
アラウトの要請に従って、そちらの果実も同じ場所に並べられた。
ココリ、ブケラ、ミャン、ミャンツという4種の香草。
夏みかんと似ている果実、ワッチ。
ドゥラの食材である、魚醤、マロマロのチット漬け、ペルスラの油漬け。
マヒュドラの食材である、ブルーベリーのごときアマンサと、トウモロコシのごときメレス。
野菜や酒類などを除いても、その品数であった。
「あと、ギャマの腸詰肉や乾酪などもありますが、そちらは必要ないのですよね?」
「はい。肉類と乾酪の優先度は、低く設定されています。そうでなければ、僕はまずギバ肉を買いつけたいところでした」
バナームはカロンの産地であるため、あらかじめそういう取り決めがされていたのだ。やはり、カロンの価値を脅かしかねない存在に関しては、慎重な姿勢となるのだろう。
「まずは、4種の香草ですね。ジギから買いつける香草とはなかなか趣が異なるように思うのですが、如何でしょう」
4種の香草のパウダーを味見したカルスは、「な、なるほど!」と瞳を輝かせた。
「コ、ココリとミャンという香草は、きわめて独特の風味を持っているようですね! な、なおかつ先刻のボナよりも、使い勝手がいいように思います! ブ、ブケラもまた好ましい風味であるように思いますが……こちらはジギではなく、セルヴァの香草と似た風味であるかもしれません。こ、こちらの2種と比較するなら、優先度はひとつ下げるべきでしょう」
ココリは山椒、ミャンは大葉、ブケラはヨモギに似た風味である。セルヴァには抹茶を思わせる風味の香草が出回っているようであるので、まずは妥当な判断であろうと思われた。
「そ、そ、それで、こちらのミャンツなのですが……こ、こちらもまた、きわめて独特の風味であるように思います」
「ミャンツか。これは確かに好ましい香りであるように思うけれど、わずかに苦みが感じられるていどだし、僕にはどのような料理に使うのかも見当がつかないな」
ミャンツは、セージに似た香草である。
アラウトの消極的な反応に、カルスは「うーん!」と悩ましげな声をあげた。
「じ、実は僕も、ミャンツに大きく関心をひかれつつ、いまひとつ明確な使い道を思いつきません。で、でも、肉料理にはきわめて調和するのではないかと……そ、そんな予感がしてならないのですが……」
「はい。森辺においても、ミャンツはさまざまな肉料理に使われています。ミャンツ自体に強い味があるわけではないのですが、こちらは肉の味を引き締めるのにきわめて有用であるようなのです。今では、香味焼きや腸詰肉などにも欠かせない香草になっています」
レイナ=ルウが真剣な面持ちで進言すると、アラウトのほうが「なるほど」と思案顔になった。
「では、ミャンツはより細かな吟味をさせていただくということで、いったん保留にさせていただきます。カルスも、それでいいね?」
「は、は、はい! ま、まずはひと通りの食材を吟味させていただかないと、優先度をつけることもできませんので!」
ということで、お次はドゥラの食材である。
が、魚醤とマロマロのチット漬けに関しては、すでに最優先で買いつける候補にあげられているとのことであった。
「宴料理で供されていたまーぼーチャンという料理は、素晴らしい出来栄えでありましたからね。それにこちらはタウ油やミソにもきわめて馴染みやすい食材だとうかがっていましたので、兄上たちも即断したようです」
「承知しました。では、ペルスラの油漬けは如何でしょう? かなり香りが強いですが、こちらも魚介の食材となります」
レイナ=ルウが容器の蓋を開くと、アラウトが「うわ」と驚きの声をあげた。ペルスラの油漬けは、アンチョビをさらに強烈にしたような香りであるのだ。
「こ、これは確かに、ものすごい香りですね。こうまで香りのきつい食材を求める人間は、多くないかもしれません」
「で、でも、魚介の食材は貴重です! あ、味見をお許し願えるでしょうか?」
「もちろんです」と、レイナ=ルウが小皿にペルスラの油漬けを取り分けた。
アラウトは懸命に自分を律している様子で、それを咀嚼する。いっぽうカルスは、歓喜の表情になっていた。
「こ、これは素晴らしい味わいです! こ、こちらの食材を使えば、きっとこれまでにない料理を作りあげることがかなうでしょう!」
「そ、そうなんだね。ただ、バナームの料理人たちに、この食材を使いこなせるだろうか?」
「ぼ、ぼ、僕ですら光明を見いだせたのですから、少なくともお城の料理長たちであれば問題なく使いこなせることでしょう!」
カルスが熱っぽく言いたてると、またプラティカが身体を揺すった。ジェノスにおいてもペルスラの油漬けは他の食材ほど出番がないので、きっと嬉しく思っているのだろう。
とりあえず、ペルスラの油漬けも細かな吟味を要するということで、保留にされる。
残るは、菓子の材料になりえる果実およびメレスである。まずは罪のない味わいをしたアマンサとワッチを味わっていただくことにした。
「このアマンサというのは、アロウと同系統の果実であるようだね。そうすると、優先度はいくぶん下がるかな?」
「は、は、はい。で、ですが、この青い色合いは希少であるかと思われます。か、菓子は見た目の華やかさも重んじられますので、そういう意味ではさきほどのリッケよりは求める人間も多いのではないでしょうか?」
「なるほど。こちらのワッチは……他に似たもののない味わいであるようだね。あえて言うなら、シールの風味に通ずるものがあるようだけど……似ているというほではないみたいだ」
「は、は、はい。リ、リッケ以上、アマンサ未満の優先度といったところでしょうか」
そんなふたりのやりとりに、レイ=マトゥアがこらえかねた様子で口をはさんだ。
「あの、かまど番であるカルスはもちろんですが、アラウトもずいぶん食材にお詳しいのですね。ワッチとシールに少しだけ似たところがあるなんて、普通はなかなか思いつかないように思います」
「ええ。ジェノスへのお誘いを受けてから、僕も大急ぎで食材について学ぶことになったのです。兄上の代理人としておもむくからには、決して恥ずかしい姿はお見せできませんので」
そんな風に言ってから、アラウトははにかむように微笑んだ。
「でも、しょせんは付け焼刃に過ぎません。にわか知識の人間が偉そうな口を叩いていると思われていなければ幸いです」
「誰もそんな風には思っていませんよ! アラウトは、ご立派だと思います!」
にこにこと笑うレイ=マトゥアのかたわらでは、マルフィラ=ナハムもふにゃふにゃと笑っている。そしてレイナ=ルウやユン=スドラはとても温かな目でアラウトたちの様子を見守っており、その場にはきわめて和やかな空気が生まれていた。
(アラウトは、もともと森辺の民と相性のいい人柄だと思うけど……なんか、ティカトラスの反動でいっそう好感度が上がってるのかもな)
俺がこっそりそんな風に考えていると、リミ=ルウが笑顔でアラウトたちに木皿を差し出した。
「それじゃあ最後は、メレスだね! 煮込んだメレスとふれーくにしたメレスを準備したから、どーぞ!」
「ふれーく? この奇妙な形をしたものも、メレスでできているのですか?」
「うん! アスタが思いついて、トゥール=ディンが作りあげたの! 今ではみーんな、トゥール=ディンから作り方を教えてもらってるよー!」
トウモロコシに似たメレスは煮込むと甘くなるし、フレークのように加工することも可能である。それらを食したカルスは、これまで以上に瞳を輝かせていた。
「こ、こ、これはどちらも美味ですね! ふ、ふれーくというものに甘い味をつけるだけで、立派な菓子に仕上げられそうです!」
「でしょー? オディフィアなんかも、大好きだもんねー?」
リミ=ルウの呼びかけに、トゥール=ディンがちょっぴり気恥ずかしそうに「はい」と応じる。その間に、アラウトはずいぶん真剣な面持ちになっていた。
「これは確かに、独特の食感です。でも……僕たちがその作り方を学ぶことは可能なのでしょうか?」
「はい。それはジェノスでも公開されている技術ですので、問題ありませんよ。フレークの作り方は書面に残されていますので、必要であれば書き写してください」
「……アスタ殿はそうして異国の食材の扱い方をジェノスに広く知らしめて、通商の一助となっておられるのですね。アスタ殿のような御方を領民にお迎えすることができて、ジェノス侯も心から喜ばしく思っておられることでしょう」
アラウトがたいそう感服しきった面持ちであったので、俺はつい笑ってしまった。
「マルスタインは俺みたいに得体の知れない人間を領民として迎えてくれたのですから、こちらのほうこそ感謝しています。それに、バナームとの通商の一助になれれば、いっそう光栄なお話ですよ」
「ありがとうございます。謝礼は不要と言い渡されていますが、この御恩は必ず何らかの形でお返しいたしますので」
アラウトの気持ちを無下にはしたくなかったので、俺は「恐縮です」と笑顔を返すことになった。
ともあれ、ひと通りの吟味はこれにて終了である。
最優先で買いつける候補とされたのは、ジョラの油煮漬け、魚醤、マロマロのチット漬け、マトラ、シャスカ。それに次ぐのが、ココリ、ミャン、メレス。ほぼ圏外が、ボナ、青乾酪、ブケラ、ワッチ。いったん保留とされたのが、ミャンツ、アマンサ、ペルスラの油漬けという結果になったようだ。
「思ったほど、数を絞ることができませんでした。これだけ素晴らしい食材がそろっていれば、それも無理からぬ話であるのですが……こちらは限られた品目しか通商をすることができませんので、今後さらに吟味を重ねていきたく思います」
アラウトがそのように発言すると、ずっと無言でいたプラティカが音もなく進み出た。
「アラウト。その計画、ゲルドとの通商、考慮されていますか? ゲルド、バナームの食材、買いつける可能性、高い、思います」
「ええ。デルシェア姫からも、そのようにご提案をいただきました。ですが、まだそちらの使節団の方々と確かな約定を交わしたわけでもありませんので、現段階では計画に組み込むこともかなわないのです」
「はい。理解、できます。ただし、ゲルドの責任者、アルヴァッハ様、すでに、バナームの食材、素晴らしさ、ご存じです。また、通商、発展、遂げること、意欲的です。そちらも、ゲルドとの通商、締結する事態、想定しておくべき、思います」
「そうですね」と、アラウトは力強く微笑んだ。
「現段階では、おそらく最優先とされた5種の食材を買いつけるだけで精一杯でしょう。その後、ゲルドや南の王都の方々がバナームの食材を買ってくださるという事態に至ったならば、こちらはいずれの食材を追加させていただくか。そこまで念頭に置いて、吟味させていただきたく思います」
「はい。通商の発展、心より祈っています。私もまた、故郷にて、バナームの食材、扱えること、願っています」
「ええ。遥かなるゲルドの地でバナームの食材を扱っていただけたら、僕も誇らしく思います」
「はい」と身を引きかけたプラティカが、ふいに森辺の狩人さながらの眼光を閃かせた。
「もう一点、確認、必要でした。バナームの食材、マヒュドラ、売り渡すこと、許されますか?」
「マヒュドラに?」と、アラウトも眼光を鋭くした。
「なるほど……こちらのメレスやアマンサなどは、マヒュドラの食材であるのでしたね。僕たちがゲルドの方々にバナームの食材を売り渡せば、それがマヒュドラにも流通する可能性が生じるというわけですか」
「はい。ギバの腸詰肉、すでに別の道筋から、マヒュドラ、流通している、聞いています。ただし、ジェノスとバナーム、事情、違っているはずです。古都たるバナーム、マヒュドラ、食材、売り渡すこと、許されますか?」
俺はふたりの真剣な様子に恐縮しつつ、口をはさませていただくことにした。
「参考までに、西の王都はジギの商団を通じてマヒュドラの食材を買いつけているそうです。また、ジェノス以外の領地からも、同じ道筋でマヒュドラに食材が受け渡されているはずですね」
「西の王都が、マヒュドラの食材を? それは、確かなお話でしょうか?」
「はい。森辺の民であるシュミラル=リリンも、その商団に所属しているのです。また、他の商団や王都の方々――外交官フェルメスやダーム公爵家のティカトラスなどからも、同じような話を耳にした覚えがあります」
「そうなのですね。バナームは近在の領地としか通商していないため、そういった話もまったくわきまえていませんでした」
アラウトはひとつ大きく息をついてから、また力強く微笑んだ。
「僕は自分がどれだけ狭い世界の中で生きてきたか、思い知らされたような心地です。ありがとうございます、アスタ殿、プラティカ殿」
「いえ。ゲルド、セルヴァとの通商、ジェノス、初めてですので、大差ありません。私、ジェノスに滞在し、たくさんのこと、学びました」
「ええ。さまざまな地と取り引きを行っているジェノスであるからこそ、そのような話を学ぶことがかなうのでしょうね。僕も大いに学ばせていただきたく思います」
そう言って、アラウトはプラティカに一礼した。
「では、マヒュドラの一件に関してはフェルメス殿のお話を拝聴したのちに兄上やバナーム侯の確認を取らなければなりませんので、ゲルドとの通商に関してはそれまでお待ちください」
「はい。よき返事、お待ちしています」
ということで、そちらの話も一段落することになった。
そこで「なるほどねー」と声をあげたのは、入り口のあたりから様子をうかがっていたララ=ルウだ。
「敵対国のマヒュドラに食材を渡していいのかどうかとか、そんなことまで考える必要があるんだね! そんな話、あたしもまったく頭になかったよ!」
「はい。たとえ間接的な通商であっても、それは利敵行為に価する危険性が生じますからね。西の王都の意向を考えずに、話を進めることはできません」
「ま、王都の連中もマヒュドラの食材を買ってるっていうんなら、文句をつけられる筋合いはないんだろうけどさ。それにしたって、確認ってのは大事だもんね」
ララ=ルウは、心から納得している様子である。それもまた、彼女の成長を示しているに違いなかった。
ともあれ、今度こそ話題は一段落である。
ゲルドと南の王都の食材の吟味がひとまず終了し、残るはシャスカとギギであるが、そちらは調理したものを味見してもらう他ないので、その前にまずバナームから持ち込まれた食材を吟味させてもらうことになった。
「こちらが持参したのは、いずれもメライアという領地から買いつけている食材です。どうか厳正なるご判断をお願いいたします」
アラウトのかしこまった言葉を聞きながら、俺たちは宿場町で受け渡された荷袋の中身を開陳させていただいた。
ユン=スドラたちが瞳を輝かせて見守る中、見知らぬ食材が作業台に並べられていく。その数は、4種であった。
「まず、こちらが今回のお話のきっかけとなった、花蜜です。花蜜はさまざまな花から作られますが、メライアで作られているのはアールという花の花蜜です」
アラウトがそのように解説しながら、容器の蓋を取りさった。
その下から現れたのは、とろりとした黄金色のきらめきだ。俺たちの知るパナムの蜜よりは、いくぶん淡い色合いであるようであった。
「アスタ殿たちもバナームの祝宴では、こちらの花蜜を使った菓子を口にされているはずですね。まずは、花蜜本来の味をお確かめください」
アラウトの指示で、カルスが木皿に花蜜を取り分けた。香草の味見をするときと同じように、俺たちは木匙でひとすくいずつ頂戴していく。森辺において同じ皿から料理を食して許されるのは家族のみであるが、こういった味見の際だけは特別に許されるのだった。
そうして花蜜を口にした俺は――懐かしい蜂蜜に似た味わいをそこに見出すことになった。
パナムの蜜はどちらかというとメイプルシロップに似た味わいであるので、同じ蜜ではあれども明らかに風味が違っている。よって、トゥール=ディンが心から嬉しそうな顔をしていた。
「調理された菓子だけでは判断がつきませんでしたが、やはり花蜜そのものがパナムの蜜とまったく異なる風味をしているのですね! これは素晴らしく美味であると思います!」
「そうですか。パナムの蜜とは別に買いつける意義を見出していただくことは可能でしょうか?」
「はい、もちろんです! ……あ、それはあくまで、わたしの意見なのですけれど……」
トゥール=ディンはたちまち顔を赤くして、俺のほうをおずおずと見やってきた。そんなトゥール=ディンを安心させるために、俺は笑顔を返してみせる。
「俺も同じ意見だよ。きっとリミ=ルウもそうなんじゃないのかな」
「うん! 見た目とか、とろーっとしてるところは似てるけど、風味はぜんぜん違うよね! これをお菓子に使ったら、おいしそー!」
「そうだね。もしかしたら、料理のほうでも花蜜のほうが調和するかもしれないよ」
すると、レイナ=ルウが「そうなのですか?」と身を乗り出してきた。
「ルウ家においても、パナムの蜜をかれーや煮込みの料理に使うことは少なくありません。そういった料理にも、パナムの蜜より花蜜のほうが調和するのでしょうか?」
「あくまで可能性の問題だけどね。俺が故郷で使っていた蜜は、パナムの蜜より花蜜のほうが風味が似ているんだよ」
というか、俺は故郷においてメイプルシロップを料理に使ったことはなかった。この地においては蜂蜜の代用品としてパナムの蜜を使っていたのだから、花蜜のほうがより理想に近づくはずであるのだ。
「ただし、俺の故郷の味に近づけることが絶対の正解ってわけじゃないからね。俺たちの作る料理に花蜜とパナムの蜜のどちらがより調和するのか、それは自分たちで確かめるしかないんじゃないのかな」
「はい。結果が楽しみでなりませんね」
そんな風に言ってから、レイナ=ルウはふっとマルフィラ=ナハムのほうを振り返った。
「マルフィラ=ナハムは、どのようにお考えでしょうか? マルフィラ=ナハムほど鋭敏な舌をお持ちでしたら、いっそう味の違いも感じ取れるのでしょう?」
「い、い、いえ、わたしなどは、そんな大したアレではないのですが……た、ただ、なんとなく……パ、パナムの蜜と花蜜では、滋養の内容が違っているんじゃないかと……そ、そんな風に感じました」
「そ、そ、その通りです!」と、カルスが大きな声で応じた。
「セ、セ、セルヴァにおいて花蜜は、滋養の塊とされています! ち、地域によっては食材というよりも、薬のような扱いであるのですね! い、いっぽうパナムの蜜も滋養は豊かであるとされていますが、病魔の人間に相応しいものではないとされています! い、一説によると、花蜜の滋養は野菜に近く、パナムの蜜の滋養はカロンの乳に近いとされているようですね!」
「カ、カ、カロンの乳も、滋養は豊かとされていますよね。そ、それでも病魔の人間には相応しくないのでしょうか?」
「も、も、もちろん毒にはならないのでしょうが、病魔の人間により必要なのは、花蜜や野菜の持つ滋養なのかなと、僕はそんな風に解釈しています!」
ふたりしてたどたどしく熱意をあらわにしているのが、何やらとても微笑ましかった。
それはともかくとして、蜂蜜とメイプルシロップの栄養素の違いに関しては、俺も小耳にはさんだことがある。たしか、蜂蜜はビタミン類が豊富であり、メイプルシロップは鉄やカルシウムなどのミネラルが豊富であるそうなのだ。
ただし、花蜜は蜂蜜ではないし、パナムの蜜はメイプルシロップではない。俺の豆知識は横に置いておいて、今はカルスの情報を重んじるべきであるのだろう。
「ともあれ、パナムの蜜との違いを感じていただけたのなら何よりです。では、次は……やはり、アールの実をご紹介するべきでしょうね」
アラウトの言葉に、カルスが慌てて別なる食材をつまみあげた。大きな包みにどっさりと封じられていた、小さな木の実と思しき食材である。形はまん丸で、直系は3センチほど、いかにも硬そうな薄茶色の表皮に包まれている。
「蜜を採取されたアールの花は、やがてこちらの実をつけます。こちらを食するには熱を通す必要がありますので、味見はのちのちということにさせていただきたく思いますが……こちらも先日の祝宴においては、菓子に使われていたはずですね」
「あっ! あの不思議な風味をした菓子のことですね! あれはまったく見知らぬ味わいであったので、ずっと気になっていたのです!」
トゥール=ディンは昂揚を隠しきれない様子で声をあげてから、また顔を赤くした。その可愛らしい姿に、アラウトも微笑をこぼす。
「ジェノスで一番の菓子の作り手と名高いトゥール=ディン殿のご興味をひけたのなら、バナーム城の料理番たちも感無量でありましょう。……続いてこちらの食材は、ドーラと呼ばれる野菜です」
「え? ドーラ?」と、リミ=ルウを筆頭に多くのかまど番が目を丸くした。
アラウトはきょとんとした顔で、「はい」と応じる。
「こちらは、ドーラです。ジェノスには流通していないと聞いていますが……何かご不審な点でもありましょうか?」
「ううん! リミたちが仲良くしてる野菜売りの人が、ドーラっていう名前なの! 人と野菜の名前が一緒になることもあるんだねー!」
「そうですか。ドーラというのは土にまつわる名前であるようですので、畑を耕す野菜売りには相応しい名であるのかもしれませんね」
そのドーラなる野菜は、ころんと丸っこい形をした白い根菜であった。見るからに、カブとよく似た形状である。
「ふーん。形は、ドルーに似てるね! ドルーとドーラは、ちょっぴり名前も似てるみたい!」
「ドルーですか。それは、僕の知らない野菜……あ、いえ、たしかゲルドから買いつけている野菜の名であったでしょうか?」
「はい。産地は、マヒュドラのはずですね。確かに色を除けば、ドルーによく似ていると思います」
「マヒュドラですか。まあ、西と北では言葉も違いますが……同じ由来を持つ名が、それぞれの地で語り継がれたという可能性はあるのかもしれませんね」
そうして最後に登場したのは、これまたどっしりとした形状の根菜であった。俺の前腕ぐらいありそうな太さと長さで、ペパーミントグリーンの表皮に包まれている。
「こちらは、ネルッサと申します。実は、バナームでは買いつけていない野菜なのですが……それは、バナームに資産が足りていないゆえとなります。多少ながらチャムチャムと似た野菜であるため、あえて買いつける必要はないと見なされたようですね」
「は、は、はい。で、でも、僕もこのたび初めて味見をさせていただきましたが、チャムチャムとは味も食感もまったく異なっているように思います」
そうして俺たちも味を確かめさせていただくべく、3種の食材を火にかけることになった。
その際に、ドーラとネルッサは輪切りにされていたのだが――カルスがネルッサを切り分けるなり、レイ=マトゥアが「うわあ」と声をあげた。
「野菜の中身に、穴が空いています! どうしてこのように不思議な形状をしているのでしょう?」
「そ、そ、それは僕にもわかりません。な、何かきっと、ネルッサなりの事情があるのでしょう」
「あはは。ネルッサなりの事情ですか。いったいどのような事情なのでしょうね」
レイ=マトゥアは無邪気に笑っていたが、カルスはあたふたと目を泳がせている。ただし、その手はよどみなくネルッサを切り分けていた。
ネルッサには、楕円形の穴がいくつも空いている。その形状は、俺にレンコンを連想させてやまなかった。
そうして実際に食してみると、実にシャキシャキとした食感で、これまたレンコンを思い出させる。お味のほうはいかにも根菜らしい土の風味とほのかな甘みが感じられて、使い勝手はよさそうであった。
いっぽうドーラは煮込むとしんなりとした食感で、外見通りカブに似ている。似たような野菜であるドルーよりも土臭さは感じられず、実に罪のない味わいだ。
そして、固い表皮ごと煮込まれたアールの実は――間違いようもなく、栗に似ていた。この味わいが、バナームにおける祝宴でトゥール=ディンやオディフィアを喜ばせていたのだ。
「如何でしょう? 森辺の方々は、これらの食材に価値を見いだせましたでしょうか?」
真剣きわまりない面持ちで問うてくるアラウトに、俺は笑顔で「はい」と応じてみせた。
「値段がそれほど高額でなければ、決して他の食材に見劣りすることはないでしょう。あくまで、俺個人の意見ですけれども」
「ジェノスには力ある料理人が多数存在するのでしょうが、僕がもっとも信頼を置いているのはアスタ殿に他なりません。そのアスタ殿にそのように言っていただけたら、心強い限りです」
そんな風に語るアラウトは熱意や責任感を色濃く残しつつ、どこかあどけなくも見える笑顔であった。
「それではこちらも、ギギとシャスカの基本的な調理方法をお伝えしますね。それらも書面に書き残していますが、ご自分の目で見るに越したことはないでしょうから、カルスはじっくりご覧ください」
「は、は、はい! ギ、ギギやシャスカがどのように調理されるのか、ずっと心待ちにしていました!」
カルスはきょときょとと目を泳がせつつ、強い意欲をあらわにしている。そちらもまた、どこか子供っぽい好奇心がちらちらと垣間見えているようで――それがいっそう、彼を好ましい人柄に見せていたのだった。




