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異世界料理道  作者: EDA
第七十二章 糾える道
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バナームからの客人②~吟味の会~

2022.8/16 更新分 1/1

 アラウトたちがやってきてから一刻ほどが経過して、屋台の商売は無事に終了した。

 本日も、定刻である下りの二の刻よりも、ずいぶん早い終了である。これならば、本当に料理の数量を絞らなくても商売が成立してしまいそうだった。


「屋台を増やしても料理の総量は変わってないのに、不思議な話だよね。これで料理の数量をもとに戻したら屋台1台分の売り上げがまるまる上乗せされることになるんだけど、これはどういうことなんだろう?」


「うーん。宿屋の屋台のほうでも、売り上げが落ちたって話はないんでしょ? だったら、宿場町を訪れる人間の数そのものが増えたか……あるいは、ひとり当たりの食べる量が増えたのかもね」


 屋台の片付けにいそしみながら、ララ=ルウはそんな風に言っていた。


「玉焼きって料理を出して以来、ファの屋台ではかれーやぱすたを出す回数が減ってたでしょ? それを残念がる声ってのは、けっこう多かったみたいだしね。そういう人らが、喜び勇んで買いつけてるんじゃない?」


「うん。それで俺も屋台を増やす決断をしたわけだけど、こうまで売れ行きに反映されるってのはありがたい限りだね」


「うんうん。何にせよ、まずはファのほうで料理の数量を戻してみなよ。それで足りなきゃ、こっちもレイナ姉と相談するからさ」


 そう言って、ララ=ルウはにっと白い歯をこぼした。日を重ねるごとに、ララ=ルウの頼もしさは増していくようである。


 そうして俺たちは、客人たちとともに森辺を目指すことになった。

 プラティカとニコラ、アラウトとサイとカルス、カミュア=ヨシュとレイトで、客人の総勢は7名だ。

 アラウトたちは帰り道も自力で戻るという話であったので、カミュア=ヨシュがどこかから荷車をレンタルしていた。本日は晩餐までお招きする手はずになっていたのだが、なんとその後は《キミュスの尻尾亭》に逗留するのだそうだ。いかに身分を隠しているとはいえ、それはティカトラスにも匹敵する豪胆さであるはずであった。


「アラウトは、花蜜の他にも食材を持参してくれたのですよね? いったいどのような食材であるのか、楽しみでなりません」


 俺と同乗したユン=スドラは、期待にあふれかえった様子でそのように言っていた。もちろんすべてのかまど番が、同じ心持ちであったことだろう。未知なる食材というものは、何よりかまど番の胸を弾ませるものであるのだ。


 しばらくして、6台の荷車は無事にルウの集落へと到着する。

 広場で荷台から降りたアラウトは、また頬を火照らせながら集落の様相を見回していた。


「これが、モルガの森辺であるのですね。ジェノス城の方々から聞いていた通りの様相ですが……こうまで森の奥深くにまで足を踏み入れると、やはり圧倒されてしまいます」


「はい。町の方々は、誰もが感銘を受けるようですね」


「城で暮らす人間には、その感銘もひとしおでしょう。これだけでもう、兄上に自慢できそうです」


 ウェルハイドも、森辺の集落までは足を踏み入れていないのだ。武官のサイは緊張しきった面持ちで視線を走らせており、料理番のカルスはせわしなく目を泳がせていた。


「ルウの家にようこそ。カミュア=ヨシュとレイトは、半月ぶりぐらいかねぇ」


 ララ=ルウの案内で本家に向かった俺たちは、ミーア・レイ母さんの大らかな笑顔に出迎えられることになった。


「それで、そちらがアラウトってお人かい。あたしはルウ本家の家長ドンダ=ルウの伴侶で、ミーア・レイ=ルウと申しますよ」


「初めてお目にかかります。バナーム侯爵家の末席に名を連ねる、アラウトと申します。本日は突然の申し出にも拘わらず来訪をお許しいただき、心より感謝しています」


 アラウトが深々と一礼すると、ミーア・レイ母さんはいっそう温かい面持ちで微笑んだ。


「ご丁寧な挨拶、いたみいりますよ。……ところで、貴族様がいらっしゃるなら大勢の兵士さんを引き連れてくるものと思ってたんだけど、そいつはこっちの考え違いだったみたいですねぇ」


「はい。僕は宿場町でも素性を隠していますので、無法者につけ狙われる恐れはないかと思われます。決して森辺の方々のご迷惑にならないように取り計らいますので、ご容赦いただけたらと思います」


「こっちにしてみても兵士さんらに集落を取り囲まれるってのはなかなか落ち着かないもんだから、むしろありがたいぐらいですよ。つい先日も、兵士を引き連れない貴族様ってもんをお迎えしたばかりですしねぇ」


「……ああ、それはティカトラス殿という御方のことですね。お噂は、かねがねおうかがいしています」


 と、アラウトは反感がこぼれるのをこらえるように、きゅっと顔を引き締めていた。風聞だけで、ティカトラスに対する苦手意識が生じてしまったのだろうか。まあ、貴族としては正反対のタイプであろうから、それもむべなるかなといったところであった。


「それじゃあ客人らは、自由におくつろぎくださいな。ちょっとこっちは立て込んでるんで、案内のほうはララがよろしくね」


「うん。かまど小屋は、こっちだよ」


 ミーア・レイ母さんは母屋に引っ込み、ララ=ルウは意気揚々と歩きだす。その真っ赤なポニーテールに向かって、アラウトが申し訳なさそうに語りかけた。


「ルウ家は何かご多忙の折であったのですね。重ね重ね、感謝とお詫びの言葉をお伝えさせていただきたく思います」


「んー? 別に多忙ってほどじゃないさ。ミーア・レイ母さんは、ただ赤ん坊の面倒を見てるだけだよ」


 その件については、俺も聞き及んでいた。ヴィナ・ルウ=リリンのお産に備えて、ティト・ミン婆さんがリリンの家に出向いているそうなのだ。それでルウ本家にはルディ=ルウという赤子が控えているため、ミーア・レイ母さんもなるべく母屋で仕事を果たしているとのことであった。


「ところで、そっちのあんたは大丈夫? なんか、ずいぶん心を乱してるみたいだけど」


 ララ=ルウがそのように呼びかけた相手は、カルスである。ふくよかな身体を小さくして歩いていたカルスは、「いえいえ!」とひっくり返った声で答えた。


「ぼ、ぼ、僕のことなどは、どうぞお捨て置きください。み、みなさんがお気にかける必要など、これっぽっちもありませんので」


「こっちにとっては全員が大事な客人なんだから、そういうわけにはいかないよ。何か不安なことでもあるの?」


 ララ=ルウが足を止めて、カルスのほうを振り返る。それでもカルスがへどもどしていると、アラウトもいぶかしげに眉をひそめた。


「確かにカルスは、様子が普通ではないようだね。何がそんなに不安であるのかな?」


「い、いえ、僕はその、本当に性根が据わっていないだけですので……ど、どうか、お捨て置きください」


「ふむ。ではまだ、モルガの森の威容に恐れおののいているということなのかな? それなら僕も、理解できなくはないけれど」


「い、いえ、決して森を恐れているわけでは……」


 と、カルスは気弱げな眼差しで左右をちらちらと見る。屋台の商売に参加した24名がのきなみ同行していたため、その場には数多くの女衆が居揃っていたのだ。


「……もしかして、森辺の女衆がおっかないとか?」


 ララ=ルウがそのように問いかけると、カルスはいっそう小さくなってしまった。


「も、も、申し訳ありません。ぼ、僕はその、異国の民というものに慣れていなくて……あ、いえ、森辺の方々は異国の民ではないのでしょうけれど……」


「なるほど。森辺の民は女衆でも、野生の風格や生命力というものをたぎらせているからねぇ。石の都の住人であれば、それに圧倒されても不思議はないように思うよ」


 カミュア=ヨシュがのんびりとした面持ちで口をはさむと、ララ=ルウが呆れたように目を丸くした。


「そっか。町のお人がいきなりこれだけ大勢の女衆に取り囲まれるってのは、そうそうないことなのかもね。そっちのおふたりは、平気な顔をしてるみたいだけどさ」


「剣をたしなむ人間と料理番では、心持ちが異なるのだろうと思うよ。まあ、こちらのカルスはそれだけ繊細な気性をしているということなんじゃないのかな」


「うーん。あたしらは、別にどうでもかまわないけど……男衆が戻ってきたら、大丈夫かなぁ。ドンダ父さんやディグド=ルウなんかと出くわしたら、ひっくり返っちゃうんじゃない?」


「そういった際には、僕が失礼のないように取り計らいますので」


 アラウトがそのように応じつつ、優しさと厳しさの入り混じった眼差しでカルスを見た。


「カルス。繰り言になるけれど、森辺の方々に決して失礼のないようにね。それに君はバナーム城の料理番の代表としてこの場に立っているのだから、どうかその責務を忘れないように」


「は、は、はい。み、見苦しい姿をお見せしてしまい、まことに申し訳ありません」


 カルスがぺこぺこと頭を下げると、アラウトは優しさの比率が上がった面持ちでその丸っこい肩に手を置いた。


「君には大役を担ってもらったけれど、責任者はあくまで僕だ。何が起きようとも僕が責任を取るので、君は心置きなく自らの役目を果たしてもらいたい。兄上も料理長も君を信頼して送り出したのだから、何も心配はいらないよ」


 それでもカルスは力なく目を伏せていたが、アラウトはその肩を力づけるように何度か叩いてから、ララ=ルウのほうに向きなおった。


「お時間を取らせてしまって、申し訳ありません。ご案内をお願いできますでしょうか?」


「うん。あんたたちに悪さをするような人間はいないから、それだけは心に留めておいてね」


 ララ=ルウは最後にカルスの弱々しげな顔をじっと見つめてから、歩を再開させた。

 母屋の横手を通過すれば、かまど小屋はもう目の前である。そしてそこには、すでにリャダ=ルウとバルシャが待機していた。


「いらっしゃいな、お客人。今日の内にやってくるかは五分五分だって聞いてたけど、さっそくいらしたようだねぇ」


「はい。もしや、あなたがバルシャ殿でしょうか?」


 アラウトが引き締まった面持ちで進み出ると、バルシャは「うん?」と逞しい首を傾げた。


「仰せの通り、あたしがバルシャだけどね。誰かがあたしの噂でもしていたのかい?」


「あなたがルウ家に迎えられたというお話は、兄上からお聞きしていました。古きの話となりますが、トゥラン伯爵家の大罪人を糾弾するために尽力してくださったこと、心より感謝しています」


 アラウトが深々と頭を垂れると、バルシャは苦笑まじりに「ちょっとちょっと」と言いたてた。


「どうか頭を上げておくんなさいな。そうまで事情に通じているなら、あたしが盗賊団の一味だったこともわきまえてるんでしょうに」


「ですがその罪は、ジェノスの審問によって許されたのだと聞いています。それにあなたは過去の罪で裁かれることも恐れずに、対決の場に臨んだというのでしょう? その気高き行いにも、僕は敬意を表したく思います」


 バルシャは頭をひっかき回しながら、カミュア=ヨシュのほうをにらみつけた。


「にやにや笑ってないで、何とかおしよ。あたしはあんたの口車に乗って、のこのこジェノスまで出向くことになったんだからね」


「いやいや。君は伴侶たる赤髭ゴラムの仇を討つのと、息子たるジーダの行く末を守るために、ジェノスまで乗り込んできたのだろう? 俺なんかは、その道案内を務めただけさ」


 チェシャ猫のように笑いながら、カミュア=ヨシュは骨ばった肩をすくめた。


「それで君が我が身の危険も顧みずにシルエルたちとの対決の場に臨んだというのも、アラウト殿のお言葉の通りじゃないか。そんな君の気高き行いは、賞賛に値するだろうと思うよ」


「ああもう、憎たらしい野郎だね! レイト、あたしの代わりにそいつの尻を蹴り飛ばしておくれよ」


 かつてバルシャは追手の目をくらますため、レイトとふたりきりで秘密裡にルウの集落を訪れることになったのだ。いきなりそのような思い出を引っ張り出された俺は、どっぷりと懐かしさにひたることになった。


「とにかくね、あんたたちは大事な用向きでやってきたんだろう? あたしなんかにかまってないで、さっさと仕事を始めなさいな。……おーい、レイナ=ルウ! 客人たちがお見えだよ!」


 バルシャが大声でがなりたてると、レイナ=ルウがかまど小屋から姿を現した。そして、今日の当番でなかったリミ=ルウも、ぴょこんとその後に続く。


「ルウの家にようこそ。さっそくこちらで食材の吟味を行うことになったのですね」


 レイナ=ルウは、きりりとした面持ちで一礼する。そちらに向きなおったアラウトは、たちまち眉を下げてしまった。


「レイナ=ルウ殿もご壮健のようで、何よりです。……ですが、やはり僕などが押しかけるのはご迷惑であったでしょうか?」


「え? 決してそのようなことはありませんけれど……どうしてそのように仰るのですか?」


「いえ。レイナ=ルウ殿には、義姉たるコーフィアが大きなご迷惑をおかけしてしまいましたし……僕などを家に迎えるのは気が進まないのではないかと……」


「と、とんでもありません! わたしのほうこそ、その節には何のお役にも立てなくて……」


 と、レイナ=ルウのほうまで眉を下げてしまうと、リミ=ルウが「あはは」と笑い声をあげた。


「レイナ姉は新しい食材が楽しみで、はりきってただけだよー! レイナ姉ははりきると、眉がきゅーって上がっちゃうの!」


「も、もう! 余計なことを言わなくていいってば!」


 レイナ=ルウは顔を赤くして、リミ=ルウの赤茶けた髪を引っかき回した。リミ=ルウは「きゃー」とはしゃいだ声をあげ、ララ=ルウはしなやかな肩をすくめる。


「ウェルハイドがらみの騒ぎは、もう丸く収まったんでしょ? それに、誰が悪いって話でもないんだろうからさ。あたしらは、心置きなく絆を深めるべきだろうと思うよ」


 俺も、まったくの同感である。ただし今のは、アラウトとレイナ=ルウの生真面目さがすれ違っただけのことだろう。婚儀の翌日にじっくり語り合った現在、誰の胸にもわだかまりは残されていないはずであった。


「とにかく、食材の吟味を始めたら? 最初はこっちが教えるの? それとも、こっちが教わる側? そういう話は、アスタとレイナ姉で決めてよね」


「うん。まずはこっちが、ゲルドや南の王都の食材について説明をしたいかな」


「それじゃあ、アスタとレイナ姉とトゥール=ディンは確定として、他は誰を残していく? あと、アラウトたちは何人がかまど小屋に入るの?」


「こちらは僕とカルスがお邪魔して、サイは表で待機してもらおうかと思います」


「じゃ、あとは5人ぐらいかな。プラティカとニコラも一緒に見てもらうべきだろうから、残りの3人をアスタたちが決めてよ」


 ララ=ルウの取り仕切りに背中を押されて、本家のかまど小屋に居残る面々が決定された。ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアの3名で、あとはおまけのリミ=ルウだ。本家のかまど小屋は広いので、11名ぐらいは難なく収容できるのだった。


 他のメンバーは分家のかまど小屋に散って、通常通りの勉強会である。そちらはそちらでミケルやマイムといった心強いメンバーが控えているため、小さき氏族のかまど番たちも毎回積極的に参加しているのだ。


「俺とレイトはアラウト殿の護衛役という立場だから、表で待たせていただくよ。バルシャと語らうのもひさびさだしね」


「ふん。レイトはともかく、あんたと語らう話なんていくらも思いつきゃしないね」


 ということで、表に待機するのはカミュア=ヨシュとレイト、バルシャとリャダ=ルウ、そしてサイという顔ぶれだ。

 アラウトはサイに自分の長剣を渡して、かまど小屋に踏み入る。そうして全員が入室すると、最後にララ=ルウが入り口のそばにたたずんだ。


「あれー? ララもけっきょく、こっちに残るの?」


「うん。あたしは客人らの案内役だし、どんな調子で話が進められるかをドンダ父さんに報告しないといけないからね」


 最近のララ=ルウはかまど番としての修練よりも、貴族を相手にした外交などに力を入れているようであるのだ。まだ15歳になって間もない少女の身であるというのに、心強い限りであった。


「さしあたって、ゲルドと南の王都の食材はこちらに準備しておきました。他に何か、必要な品はありますでしょうか?」


 レイナ=ルウがそのように問いかけると、アラウトは「そうですね……」と思案した。


「それはむしろ、こちらからおうかがいしたいぐらいなのですが……バナームがこれまでジェノスからどういった食材を買いつけていたかは、以前にお伝えしましたよね。それ以外に、こちらの料理番が使いこなせそうな食材というものは存在するのでしょうか?」


「バナームがジェノスを通じて買いつけていたのは、砂糖、タウ油、ミソ、ホボイの油、ミンミ、それにいくつかのシムの香草というお話でしたね。やはり、野菜まで買いつけるゆとりはなかったのでしょうか?」


「そうですね。どうしても、調味料や香草を優先することになりました。ただ、シャスカだけは買いつけさせていただきたく考えています」


「では、シャスカも準備しましょう。あと、野菜以外の食材というと、西の王都から届けられる乾物などですが……あちらは届けられる量に限りがあるので、そうそう交易に持ち出すことはできないという話であるのですよね」


「うん。ジェノスだけでも、ずいぶん取り引きの量が増えちゃったからね。でも、バルドと取り引きしているアネイラの乾物だったら、何とかなるんじゃないかな」


 俺がそのように口をはさむと、アラウトは「バルドですか」と考え深げな顔をした。


「バルドであれば、ジェノスもバナームもそれほど差のない距離であるのですよね。いずれはこちらでもバルドと通商をする話が持ち上がるかもしれませんので……このたびは、除外していただきたく思います」


「承知しました。では、そちらから何かご希望の食材などはありませんか? 先日の祝宴で使われていた食材で、何かご興味を引かれたものでもあれば――」


 俺の言葉に、カルスがおもいきり目を泳がせた。

 それに気づいたアラウトが、カルスに力強く笑いかける。


「カルスも祝宴の後、残った料理を口にしたはずだね。その際に、何か興味を引かれた食材はあったかな?」


「あ、あ、あれらの宴料理はいずれも素晴らしい出来栄えでしたので、そこに使われていた食材にはすべて興味を引かれてしまうのですが……ただ……」


「ただ、何かな?」


「は、はい。りょ、料理に使われていた調味料に関しては、いずれも検分させていただけるのですよね? そ、その中に、菓子で使われていた食材は含まれるのかと、ずっと気になっていたのですが……」


「ああ、菓子のほうも料理に負けない出来栄えであったからね。そこで使われていた見知らぬ食材というと――」


「ひ、ひ、平たい饅頭のような菓子に使われていた具材と、ふわふわとした白いフワノの焼き菓子に使われていた具材です。ま、饅頭のほうは何かの豆が主体で、焼き菓子のほうはカロン乳に何か香草めいたものが練り込まれていたように思うのですが、どちらも黒い色をしていました。あ、あのように黒い食材は、これまでバナームに存在しなかったかと思われます」


 たどたどしく口ごもりつつ、その声音に非常な熱意が込められる。そんなさまが、ますますマルフィラ=ナハムに似通っていた。


「平べったいまんじゅうって、きっとげっぺいのことだよね! あれに使われてたのは、ブレの実のあんこだよ! ろーるけーきに使われてた黒いのは、ギギの葉だね!」


 リミ=ルウが元気いっぱいに答えてくれたので、俺がさらに補足することにした。


「ブレの実はバルド、ギギの葉はジギの食材です。ご希望であれば準備しますが、ブレの実はどうしましょう?」


「バルドの食材は、ひとまず保留でお願いします」


 アラウトがそのように答えると、カルスはがっくりと肩を落としてしまった。

 が、すぐさま目を泳がせつつ、再び熱っぽい言葉を発する。


「あ、あ、あと、あのラマンパの菓子も素晴らしい出来栄えでした。た、ただ、ラマンパだけであのような味を作りあげることができるのか、どうしてもわからなくて……ラ、ラマンパそのものの風味が異なっているように感じられてならないのですが……」


「あちらの菓子はすり潰したラマンパの他に、ラマンパの油も使っています。ラマンパの油は、南の王都の食材となりますね」


 トゥール=ディンがそのように応じると、カルスは「ああっ!」と大声を張り上げた。


「ラ、ラ、ラマンパの油ですか! そ、そういえば、南の王都の食材の一覧に、その名がありましたね! ラ、ラマンパから絞り取った油を使っているから、あのように豊かな風味が生み出せるわけですか! ぼ、僕にもようやく理解できました! あ、あ、ありがとうございます!」


「い、いえ。お役に立てたのなら、何よりです」


 カルスの勢いに、今度はトゥール=ディンのほうがへどもどしてしまう。

 女衆の人数が減ったためなのか、それとも食材の吟味が始められたためなのか、明らかにカルスは様子が変わっていた。おどおどと目を泳がせる気弱そうな様子はそのままに、明らかにテンションが上がっているのだ。アラウトはその変化に驚きつつ、どこか満足そうな面持ちであった。


「ではとりあえず、ゲルドと南の王都の食材に、シャスカとギギを加えていただけますでしょうか? それだけでも、けっこうな数にのぼってしまうのでしょうしね」


「はい。それでは、南の王都の食材から始めましょうか」


 南の王都の食材は野菜や果実を除外しても、ツナフレークに似たジョラの油煮漬け、ワサビに似たボナ、ピーナッツオイルに似たラマンパの油、クセが少なく上品な風味であるホボイの油、ブルーチーズに似た青乾酪と、これだけの数にのぼる。バナームでいずれの品を買い求めるべきか、よくよく吟味していただく必要があるはずであった。


「青乾酪はものすごく風味が強くて、一部の好事家には人気のようですが、なかなか使いこなすのが難しいのですよね。バナームの方々には、魅力を感じられますか?」


「うわ、これは確かにものすごい香りですね。……バナームでも乾酪は好まれていますが、その反面、自分たちでいくらでも手掛けることができますので、こういった品の優先度は低くなるかと思われます」


「なるほど。では、ジョラの油煮漬けは如何でしょう? ジェノスでも川魚が食用にできないため、こういった魚介の食材は大変重用されています」


「ああ、こちらはそのままでも好ましい味わいですね。バナームにおいても、買い求めたいと願う人間は多いように思います」


 まずはアラウトが通商の責任者の代理人という観点から、感想を述べていく。アラウトのつけた優先順位に、カルスが料理人としての観点から調整を施すという手順であるようだ。

 ワサビに似たボナは素材の味と、タウ油に溶いた味を確認していただく。また、こちらはもう少し手の込んだソースをバナームの祝宴で披露していたので、そちらも参考にしてもらえた。

 ひと通りの吟味を終えたアラウトは、「うーん……」と難しげな面持ちで思案する。


「僕としては、最優先で買いつけたく思うのはジョラの油煮漬けで……ゆとりがあれば、ボナとラマンパの油といったところでしょうか。ホボイの油も、確かに通常のものとは異なる風味のようですが……それよりも、通常のホボイの油をもっと活用できるように尽力するのが先決であるように思います」


「ぼ、ぼ、僕も異存はありません。た、ただ……お、同じ理由で、ボナも優先度が低いかもしれません。そ、それよりもまず、これまでに買いつけているシムの香草をもっと使いこなせるように力を尽くすべきではないかと……あ、あと、ラマンパの油は菓子で活用しやすいはずですので、ジョラの油煮漬けに迫る優先度ではないかと思うのですが……」


 すると、リミ=ルウが「あっ!」と大きな声をあげて、カルスの身をびくりとすくませた。


「菓子だったら、マトラとかリッケもじゅーよーじゃない? そっちの味は確かめなくていいの?」


「マトラにリッケというのは、果実でしたね。バナームにはジェノスと同じだけの果実が流通しているかと思いますが、それらはまったく異なる味わいの果実であるのでしょうか?」


「うん! 特にマトラは、どの果実にも似てないと思うよー!」


 そんなわけで、急遽マトラとリッケも準備されることになった。

 マトラは干し柿、リッケは干しブドウに似た食材である。それを口にして昂揚したのは、カルスであった。


「こ、こ、これは確かに目新しい味わいであるかと思われます! リッケはいくぶんママリアと似た風味であるようですが、このマトラというのは……い、いかなる果実にも似ていません! そ、それにこれは、砂糖をも上回る甘さなのではないでしょうか?」


「うん! 祝宴で出したげっぺーも、砂糖じゃなくってマトラを使ってるんだよー! マトラは砂糖より甘いのに、しつこくなくって食べやすいの!」


「で、であれば、既存の菓子のすべてに応用できるかもしれません! こ、これは最優先で買いつけるべき食材ではないでしょうか?」


「なるほど。カルスは料理番として、そのように思うんだね?」


 アラウトが真剣な面持ちで確認すると、カルスはふくよか頬を紅潮させながら、「は、はい!」と力強く断言した。


「……よし。それなら、マトラはジョラの油煮漬けと同じ優先度ということにさせてもらうよ。では、リッケのほうはどうかな?」


「リ、リッケは……す、素晴らしい味わいであるかとは思いますが、こちらを使う前にママリアの実を菓子に転用するすべを探るべきかもしれません」


「承知した。その調子で、ゲルドの食材に関してもよろしく頼むよ」


 カルスはつやつやと頬を火照らせながら、「は、はい!」と首肯した。

 もう完全に、ここが見知らぬ森辺の集落であるということも頭から吹き飛んでいる様子だ。ずっと無言で彼らのやりとりをうかがっていたユン=スドラたちも、とても温かい眼差しになっている。そして、他の女衆よりも鋭い眼差しをしていたララ=ルウも、ここでようやくカルスに対する警戒心を解除したようであった。


 もちろん俺たちは、まだまだカルスのことを何もわかっていない。しかし、料理番としての彼がどれだけの熱意を持っているかは一目瞭然であったし――俺たちにとって、そういう人間はすこぶる馴染み深かったのだった。

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[良い点] カルスとマルフィラ=ナハムの会話を読んでみたいw キョドりながらも料理や食材に関してなら話が弾みそう。
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