バナームからの客人①~再会~
2022.8/15 更新分 1/1
・今回は全7話の予定です。
・2022.8/26 誤字を修正。
王都の貴族ティカトラスの滞在や冥神の鎮魂祭、およびバナームにおける婚儀の祝宴によって賑々しく彩られた黒の月が、終わりを迎え――藍の月がやってきた。
藍の月は、1年の始まりである銀の月から数えて11番目にあたる月となる。残すところは最終の月たる紫の月のみで、ここまで至れば太陽神の復活祭も残りひと月半という時節であった。
そして俺にとっては、これが3度目となる藍の月である。
一番初めの藍の月には、ドーラの親父さんの管理するダレイムの畑を見物させてもらったり、ザッシュマの故郷であるダバッグに旅立ったりすることになった。さらに、青空食堂を開設したのも、サウティの集落にて森の主の退治に励んだのもこの時期であったため、やはり俺にとっては他の月に負けないぐらい印象的な時節であった。
それに、昨年の藍の月も賑やかさでは負けていない。
昨年のこの時期には、シュミラル=リリンが一人前の狩人と認められてリリンの氏を授かり、そしてヴィナ・ルウ=リリンと婚儀を挙げることになったのだ。
また、リコたち傀儡使いの一行やアルヴァッハたちゲルドの貴人と巡りあったのも、この時期となる。それだけで、思い出としては十分以上であろう。
なおかつ本年の藍の月も、俺たちにとって忘れられない月になることが確定していた。
それは何故かと問うならば――ヴィナ・ルウ=リリンとシーラ=ルウの出産予定日が、この藍の月であったのである。
昨年のこの時期にシュミラル=リリンと婚儀を挙げたヴィナ・ルウ=リリンが、早くも母になろうとしているのだ。ヴィナ・ルウ=リリンもシーラ=ルウも、その伴侶であるシュミラル=リリンもダルム=ルウも、俺にとっては指折りで古くからつきあいのある大切な相手であったのだから、俺がどれだけ期待に打ち震えようとも不思議はないはずであった。
つい先月にはウェルハイドとコーフィアが婚儀を挙げ、その前にはレビとテリア=マスが婚儀を挙げている。ついでに言うなら、ファの家においてもブレイブとラムが結ばれることになったし、森辺で引き取られた他の雌犬たちも全員が黒の月の間に伴侶を授かったのだと聞いていた。
また、スドラ家の双子やルティム家の赤子もすでに1歳を迎えており――まったく月並みの言葉であるが、俺としては時の流れの早さを痛感することしきりであった。
思うに、かつて日本で暮らしていた頃の俺は、きわめて狭い世界の中で生きていたのだろう。
調理の上達に夢中であった俺は学校の生活を二の次にしており、そのおかげで親友と呼べるような存在のひとりもなく、むしろ食堂を訪れる常連客のほうが親しみを覚えるぐらいであった。よって、故郷に帰るすべを失った現在、胸が破れるほどに悲しいと思えるのは、たったひとりの肉親である父親と幼馴染の玲奈との別れぐらいであったのだ。
そんな生活に身を置いていた俺が、友人知人の結婚や出産に胸を高鳴らせる機会はなかった。まあそれは17歳の高校生であれば当たり前であったのかもしれないが、たとえ俺があのまま故郷で2年や3年を過ごしていたところで、これほど胸を揺さぶられる出来事に見舞われることはそうそうなかったはずであった。
そもそも俺は、そうまで人づきあいのいい人間ではなかったのだ。
むろん、大雑把に分類すれば社交的な人柄と見なされるのであろうが、俺の社交性というものはごく限定的な部分でしか発揮されていなかった。どんなに愛想よく振る舞って、数多くの相手と過不足のないコミュニケーションを取れていたとしても、クラスメートからの遊びの誘いをのきなみ断ってしまうような人間は、決して人づきあいがいいとは言えないはずだ。調理の修練と食堂の手伝いにすべての力を注いでいた俺は、学校でも至極偏狭な人間であると見なされていたことだろう。
おそらく、俺は――《つるみ屋》を守るという一点に執着していたのだ。
亡くなった母親が何よりも大切に思っていた《つるみ屋》を、親父の代で終わらせてなるものかと、そんな思いを原動力にしていたのである。
だから俺は、人づきあいを二の次にしてしまっていた。本当の意味で分かり合える相手などは親父と玲奈だけで十分だと、そんな風に世界を閉ざして、ひたすら食堂の手伝いに注力していたのだ。
今にして思えば、親父はそんな俺の危うさを感じ取っていたのかもしれない。だから俺を高校に進学させて、視野を広げさせようとしたのかもしれない。いつまで経っても《つるみ屋》と玲奈の他に大切なものを作ろうとしない俺に、親父は一抹以上の不安を抱いていたのではないか――俺がそんな考えに至ったのは、恥ずかしながらつい最近になってからのことであった。森辺にやってきて2年と5ヶ月ほどが経過して、我が身を振り返ることで、俺はようやくそんな想念に至ったわけである。
現在の俺は、たった2年と5ヶ月ていどで、驚くほど大勢の人々と交流を深めている。名前を知っている相手だけでも、きっと100名は下らないことだろう。その全員が親父や玲奈と同じぐらい大切なのかと問われれば――「人の大切さを比べることなんてできるか!」と怒鳴り返したくなるぐらいには、俺はそれらの人々に強い思い入れを抱いていた。
ただ俺は、そうまで自分が変質したとは考えていなかった。
故郷においても、こちらの大陸アムスホルンにおいても、俺はただ自分にとって大切なもののために尽力しているだけであるのだ。
《つるみ屋》を守るためにはごく限られた範囲で尽力するだけで事足りたが、こちらの世界ではそうではなかった。ただそれだけのことなのだと、俺はそのように考えている。
しかしもちろん、俺みたいにちっぽけな人間がただ努力するだけで、今の生活を築けたとは思えない。俺はアイ=ファを筆頭とするさまざまな人々と出会うことで、それだけの力を振り絞ることがかなったのだった。
突き詰めれば、環境が人を作るということなのだろう。
俺はまったく正体の知れない世界で納得のいく人生をつかみ取るために、限界を超えた力を振り絞ることになった。それは決して自分ひとりの功績ではなく、アイ=ファたちが一緒になってぎゅうぎゅうと俺の身を絞ってくれた結果であったのだ。
多くの人たちに支えられて、俺は幸福な生を歩むことができている。
そして、そんな人たちが婚儀や出産を迎えることに、俺はかけがえのない喜びを噛みしめることがかなったのだった。
◇
そうしてやってきた、藍の月の1日――
今日も今日とて、俺は屋台の商売に励んでいた。
ヴィナ・ルウ=リリンとシーラ=ルウの容態は気にかかってならないが、出産予定日はもう少し先の話であるし、そもそも血族ならぬ俺は具体的な力になることもかなわず、ただ母なる森と父なる西方神に無事な出産を願うしかなかったのだ。
バナームにおける婚儀の祝宴から、この時点で10日の日が過ぎている。この期間内にブレイブとラムは結ばれて、あとはダン=ルティムが生誕の日を迎えていた。俺が森辺にやってきて3度目となるその日も、俺とアイ=ファはルティムの家に招かれることになったのである。
それから1度の休業日をはさんで、本日は営業2日目となる。
そうして昨日の営業日から、俺はついに屋台を3台から4台に増設していた。バナームへの招待によって延期を余儀なくされていた計画を、ようやく実行に移すことがかなったのだ。
たこ焼きを模した『ギバの玉焼き』が予想以上の人気を博し、屋台のメニューから外すことができなくなったがゆえの、増設計画である。『ギバの玉焼き』の販売を継続しながら、以前のように3種のメニューを販売できるように、俺はこうして屋台の増設に踏み切ったわけであった。
それにともない、ファの家においては人員を補強することになった。
このたびめでたく、フォウとランの女衆を店番として雇用することになったのである。
そもそもフォウとランは女手が不足気味であることを理由に、屋台の手伝いを辞退していた。その代わりに、かまど小屋で行う下ごしらえのほうに力を割いてくれていたのだ。
しかし、屋台を開いてから2年と数ヶ月。森辺における生活というものも、その間にずいぶん様変わりしていた。豊かな生活で力をつけた人々はこれまで以上に効率よく仕事を果たせるようになっていたし、また、トトスや荷車の導入によって買い出しの苦労も格段に減ずることになったのだ。
「そもそもあたしらは、下ごしらえのほうでずいぶん人手を割くことになってたからね。それを屋台に回すと考えれば、べつだん労力に変わりはないだろうさ。……実のところ、アスタの屋台を手伝いたいって話はずうっと前からあがってたんで、お誘いの言葉はありがたくてならないんだよ」
バードゥ=フォウの伴侶たる女衆は、力強い面持ちで笑いながらそんな風に言ってくれていた。それで俺は、心置きなくフォウとランの女衆を借り受けることがかなったわけである。
そちらで人手を借りる代わりに、下ごしらえのほうでは他の氏族を頼ることになった。要するに、小さき氏族に依頼する仕事の内容を、均一にならした格好となる。森辺においては公平性が重んじられているため、これも当然の帰結であったのかもしれなかった。
ちなみにランから屋台の商売に派遣されたのは、かつて《西風亭》の屋台を手伝っていた本家の末妹となる。黒の月にもラン家と《西風亭》は彼女とユーミをおたがいの家に預け合っていたが、そちらの仕事も無事に一段落したため、こちらの任務に割り振られたわけであった。
「もう家人を預け合うのは十分だろうと、サムスや家長はそんな風に言っていましたので! あとは、ユーミとジョウ=ランの気持ちが固まるのを待つばかりかと思います!」
ランの末妹は、笑顔でそんな風に言っていた。彼女は《西風亭》の手伝いをこよなく楽しんでいたようであるので、ファの屋台の手伝いを任命されたことにも大きな喜びを抱いてくれているようであった。
そのいっぽうで、ルウの屋台においても人員の強化が為されていた。
なんとそちらでは、血族ならぬダイとレェンの女衆を雇用することになったのだ。
そのきっかけとなったのは、ヴィナ・ルウ=リリンの出産である。
ヴィナ・ルウ=リリンの出産が間近であるため、リリンの女衆がしばらく屋台の手伝いを休ませてもらいたいと申し出てきたのだ。
リリンは家人が少ないために、それも当然の申し出であったことだろう。ただし、もともとリリンの女衆は5日に1度の出勤という条件であったため、すぐさま人員を補強する必要はなかったのだが――そこでララ=ルウが、見識の深さを発揮したのだった。
「レイナ姉たちがバナームに行ってる間も、けっこうぎりぎりの人数だったからね。まあ、あんな風にジェノスの外まで呼び出されることは、今後も滅多にないんだろうけど……でも、屋台で働いてるのは、みんなこれから婚儀を挙げる若い女衆ばっかりだからさ。いつ誰が働けなくなっても慌てないで済むように、なるべく多くの人間に仕事を覚えてもらったほうがいいんじゃないかなぁ?」
ルウ本家の家族会議によって、ララ=ルウのそんな言葉が認められることになったのだ。
そこで血族ならぬダイとレェンに話が持ちかけられたのは、ファの家の行いの余波であった。フォウとランが屋台の商売に参加するとなると、森辺の小さき氏族においてその役目を果たしていないのはダイとレェンのみということになってしまうのだ。
「ダイとレェンってのは、ただでさえルウとサウティの血族にはさまれて、身動きの取りにくい氏族だからねぇ。他の氏族と差が出ちまわないように、族長筋の人間が気を回してやるべきだと思うよ」
そのように提案したのは、頼もしきミーア・レイ母さんであるという。
それでめでたく、ダイとレェンの女衆はルウの屋台で雇用されることに相成ったわけであった。
そうして新たな人員が迎えられたのは、休み明けとなる昨日からである。フォウとラン、ダイとレェンの女衆は、誰もが真剣そのものの面持ちで業務に取り組んでいた。
「屋台をひとつ増やしただけなのに、何だか大層な賑わいだな。この一画だけ、森辺の集落になったような気分だよ」
楽しそうな面持ちでそのように語っていたのは、俺たちのすぐ脇で屋台を開いている《キミュスの尻尾亭》のレビであった。
ファとルウとディンで屋台の数は8台、働く人間は20名、さらに現在は見習いの人間が4名加わっているのだ。これだけの規模にふくれあがれば、レビの感慨も無理からぬところであるのかもしれなかった。
「それに最近は、宿場町も賑わういっぽうだしな。アスタは屋台を増やすぶん料理の数を絞るつもりだとか言ってたけど、そんな必要もないぐらいなんじゃないか?」
「うん。昨日も定時より早く売り切れることになったしね。ちょっと怖いぐらい、順調だと思うよ」
「何も怖がることはねえさ。ジェノスがこんなに賑わってるのも、アスタたちのおかげなんだろうしさ」
それは過分なお言葉という他なかったが、しかし、俺たちの存在がひとつの要因になっていることは事実であるのだろう。バナームまで出向いたことによって、俺はその事実を体感することになったのだった。
(自治領区や豪商の人たちなんかがギバ料理を求めてジェノスまで足をのばしてるって、あの日だけで何べんもそんな話を聞かされたもんな。バナームとゆかりのある人たちだけであの人数だったんだから……実際には、もっとたくさんの人たちがジェノスに来てくれてるんだろう)
以前から、そういう声は宿場町でもたびたび聞かされていた。それがダカルマス殿下の試食会を経ることで、いっそうの勢いをつけたようなのである。
「あとひと月半もすりゃあ、お待ちかねの復活祭だもんな。いったいどれだけの騒ぎになるのか、今から楽しみでならないよ」
そのように語るレビは心から楽しそうな面持ちであったので、俺も自然に笑顔を返すことができた。
そうして中天のピークが過ぎて、客足がいくぶん落ち着いてきた頃――「やあやあ」と屋台の裏からやってきたのは、カミュア=ヨシュであった。
「ちょうど屋台の賑わいも一段落したところかな? アスタに話があるのだけれども、ちょっと時間を作ってもらえるかい?」
「はい。こちらはかまいませんよ」
俺はひとつの予感を抱えていたため、そのように応じることにした。カミュア=ヨシュは弟子のレイトばかりでなく、フードつきマントで人相を隠した3名の男性を引き連れていたのである。
俺の屋台ではフォウの女衆の面倒を見ていたので、そちらを相方のフェイ=ベイムに任せてから、俺はカミュア=ヨシュたちのほうに向きなおる。すると、お連れのひとりがフードを外して、にこりと笑いかけてきた。
「おひさしぶりです、アスタ殿。……とはいえ、まだお別れしてから10日ていどですけれども」
「はい。無事にご到着できて何よりでした、アラウト。お会いできるのを楽しみにしておりましたよ」
それはバナーム侯爵家のウェルハイドの弟である、アラウトに他ならなかった。
兄とよく似た黒い髪をした、誠実で熱情的な15歳ぐらいの若き貴公子である。
アラウトはゲルドや南の王都の食材を検分するために、ジェノスを訪れたいと願っていたのだ。それが通商の責任者たるウェルハイドやバナーム侯爵の許しを得て、昨日の夜に到着するものと、俺たちにも連絡が回されていたのだった。
「森辺の方々の屋台というのは、噂に違わぬ賑わいですね。街道のほうからこちらの賑わいを拝見しただけで、何やら胸が高鳴ってしまいました」
そんな風に語りながら、アラウトは白い頬をわずかに火照らせている。その眼差しは真っ直ぐで、口もとに浮かぶ微笑には屈託がない。俺はバナームにおける3日間の滞在で、この少年のことをこよなく好ましく思うようになっていた。
「さっそく屋台においでいただけて、光栄な限りです。でも、ずいぶん身軽なお姿であるようですね」
「はい。僕の存在などはジェノスでまったく知れわたっていませんので、身分を隠して自由に動くことにしました。ただ、ジェノス侯が心配されて、カミュア=ヨシュ殿を案内役としてご準備くださったのです」
そんな風に言いながら、アラウトは申し訳なさそうに眉を下げた。
「でも、《守護人》として名高いカミュア=ヨシュ殿に護衛役を依頼するならば、相応の報酬が必要になるはずですよね。ジェノス侯がそれをお支払いしているならジェノス侯に申し訳ないですし、もしも報酬が発生していないならば、カミュア=ヨシュ殿に申し訳なく思います」
「いえいえ。アラウト殿のおそばにあれば、きっと退屈するいとまもないでしょうからね。これは役得と考えておりますよ」
のほほんと笑うカミュア=ヨシュに、アラウトは「いたみいります」と深く頭を垂れた。とにかくどのような場にあっても、礼節を忘れない少年であるのだ。
「ではまず、こちらの両名をご紹介させていただきます。こちらはいちおうの護衛役として同行した武官のサイで、こちらはバナーム城の料理番であるカルスと申します」
アラウトの言葉とともに、残りの2名もフードを外した。
サイというのは実直そうな面立ちをした栗色の髪の青年で、アラウトと同じように質素な身なりをしていたが、腰に長剣をさげている。いっぽうカルスというのは小柄でふくよかな体形をした若者で、やたらと恐縮しきっているように縮こまっていた。
「初めまして。ファの家のアスタと申します。カルスは、バナーム城の料理番なのですね」
「はい。ジェノスにおいて見知らぬ食材を吟味するには料理番の舌が必要であろうと思い、彼にも同行していただきました。カルスは若年で、バナーム城の料理番としては文字通り末席となりますが、舌の鋭敏さにかけては右に出る者がいないという将来有望な人物であるそうです」
「と、と、とんでもありません。ぼ、僕なんて、まだまだ下ごしらえしか任せられていない下っ端の料理番に過ぎませんので……」
と、カルスは盛大に目を泳がせてしまう。体形などは真逆であったが、それはマルフィラ=ナハムを連想させる微笑ましさであった。
「料理でもっとも重要なのは、下ごしらえでしょうからね。どうぞよろしくお願いいたします、カルス」
「よ、よ、よろしくお願いいたします」
そうして挨拶が終了すると、カミュア=ヨシュが「さて!」と話を進行した。
「さしあたって、今日の予定はどうなっているのかな? なるべくアラウト殿のご要望に沿うようにと、アスタもジェノス侯から言いつけられているんだろう?」
「はい。もしも城下町まで出向く必要があるのなら、こちらも護衛役を手配しないといけないので、明日以降にお願いしようと思っていました。もしも森辺の集落までおいでいただけるのなら、屋台の商売が終わるのをお待ちいただきたく思います」
「今日、さっそく森辺に招いていただけるのですか?」
アラウトが瞳を輝かせたので、俺は「はい」と笑顔を返してみせた。
「族長筋であるルウ家の方々からも、昨日の内に了承を取りつけておきました。もともと今日はルウ家で勉強会をする日取りであったので、そちらでご希望の食材の扱い方を披露したく思います」
「ありがとうございます! 森辺の方々には、どれだけ感謝しても足りません!」
そのように語るアラウトの顔に、熱っぽい喜びの表情が広げられる。彼はウェルハイドよりも年少であるがゆえに、いっそう素直に感情がこぼれるようであるのだ。実直さを好む森辺の面々も、アラウトに対しては誰もが好感を抱いているはずであった。
「あ、そうだ。よろしければ、プラティカとニコラも同席させていただけますか?」
「え? ニコラというのは……たしか、プラティカ殿やデルシェア姫とともに調理の見学をしていた、ダレイム伯爵家の侍女ですよね? そのおふたかたも、森辺に向かう予定だったのですか?」
「はい。ふたりはちょくちょく、森辺の勉強会に参加しているのですよ。昨日も森辺に宿泊して、今はあちらの食堂で屋台の料理を食しているはずです」
「彼女たちは、それほどの熱意で調理を学んでおられるのですね。心より感服しました」
アラウトは、きりりと表情を引き締める。そんな面持ちは、どこかレイナ=ルウに似通っていた。
「では、僕たちも屋台の料理をいただきながら、あちらで待たせていただきます。……その前に、まずはこちらをお納めください」
と、アラウトたち3名が背中のほうから大きな荷袋をおろした。マントで隠れていたが、彼らはそのようなものを背負っていたのだ。
「何でしょう? お礼の品などは、不要ですよ?」
「これは謝礼の品ではなく、メライアの食材となります。森辺の方々に吟味していただくため、持参いたしました」
メライアとは、バナームよりもさらに北方に位置するという領地である。そこにはまだジェノスに流通していない食材がいくつか存在するという話であったので、ウェルハイドはそれを交易の材料にしようと計画していたのだった。
「森辺や城下町の料理人の方々がこちらの食材に価値を見いだせなければ、交易で持ち出されることもないでしょう。どうか公正な目で、ご判断をお願いいたします」
「承知しました。……それにしても、アラウトまでそのような荷物を運んでこられたのですね」
「ええ。それなりにかさばる荷物でしたので」
アラウトは、何でもない風にそう言っていた。
これだから、俺はこの若き貴公子に好意をかきたてられてならないのである。
そんな中、サイは実直そのものの面持ちでたたずんでおり、カルスはまだおどおどと目を泳がせている。
この地で100名以上の人々と面識を得た俺が、また新たな顔ぶれと出会うことになったのだ。彼らとの交流は、いったい俺にどのような思いをもたらしてくれるのか。俺はきわめて清々しい心地で、新たな交流に取り組むことに相成ったのだった。




