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異世界料理道  作者: EDA
第七十一章 碧落の婚礼
1232/1695

婚礼の日④~交流~

2022.8/1 更新分 1/1

「おお! これはこれは、森辺の皆様方! ようやくご挨拶をできましたな!」


 俺たちがそんな風に呼びかけられたのは、みっつ目の料理の卓に到着したときであった。

 こちらの卓にも、バナームの宴料理がずらりと並べられている。そして俺たちに呼びかけてきたのは、ムドナの領主を務める壮年の男性に他ならなかった。


「まったくもって、盛況な祝宴でありますな! わたくしもバナームの祝宴にお招きされるのは初めてではないのですが、これほど盛況な祝宴は初めてであるかもしれません!」


 そのように熱弁する男性のかたわらでは、うら若き娘さんが熱っぽい眼差しでアイ=ファのことを見つめている。彼の伴侶は車での移動を苦手にしているそうで、この祝宴にはご息女を同伴させていたのだ。そしてこの娘さんはムドナにてご挨拶をさせてもらった際、ひときわの熱意でアイ=ファの凛々しさを褒めたたえていたのだった。


「ああ、アイ=ファ様。なんとお美しい姿でしょう。遠目でも輝かんばかりのお美しさでしたのに、それをこのように間近から拝見したら、目がつぶれてしまいそうです」


 アイ=ファは凛然とした表情を保ちつつ、ほんの少しだけ口もとをごにょごにょさせている。「だったら目をつぶっているがいい」とかいう言葉を、懸命に呑み下しているのだろう。決して社交的とは言い難い気性をしている我が最愛なる家長殿も、こういった場では失礼がないように強く自制しているのだった。


「ジェノスの貴き方々などは、まだ身動きが取れないようでありますな! 森辺の皆様方は、どうぞその分まで祝宴をお楽しみください! さあさあ、こちらの料理なども素晴らしい出来栄えでありましたぞ!」


 やはり祝宴の場とあって、こちらの男性もぞんぶんに昂揚している様子であった。

 それはそれでいっこうにかまわないのだが、彼の大きな声が呼び水になってしまったようで、卓のそばにいた人々がぞろぞろとこちらに集まってきてしまった。おそらくは、誰もが森辺の民とお近づきになる機会をうかがっていたのだ。


「失礼いたします。ムドナのご当主は、森辺の方々と面識をお持ちであられたのですな。それはお羨ましい限りです」


「はい! ムドナは、ジェノスとバナームの間に存在いたしますからな! 3日前の夜には、我が屋敷にお招きする栄誉を賜ることがかなったのです!」


「それは、ますますお羨ましい。どうか我々のこともご紹介いただけたら幸いです」


 その場に集まったのは、いずれも青い腕章をつけた人々であった。ムドナの領主と同じように、貴族ならぬ身で祝宴に招かれた人々であるのだ。ただし、いずれも身なりは上等であるし、腕章がなければ貴族と見分けがつかないぐらい場馴れている様子であった。


(自治領区の領主だとか、豪商だとか、城下町や宿場町で身分のある人だとか、とにかく普段から貴族とおつきあいのある上流階級の人たちなんだろうな。ジェノスで言えば、タパスやディアルみたいなもんか)


 ともあれ、それらの人々もムドナの領主やご息女と変わらないぐらいの熱意を帯びているようであった。しかも、次々とそういった人々が集まってしまい、気づけば四方を囲まれてしまっている。それでもって、人々の過半数は男女問わずアイ=ファに目を奪われてしまっていたのだった。


「こちらの御方は、本当に貴き身分ではあられないので? わたくしは南の姫君ばかりでなく、東の姫君までもがお招きされたのかと疑ってしまいました」


「本当に、息の詰まるようなお美しさですわね。それでいて、騎士のように凛然とされていて……どうしようもなく胸が高鳴ってしまいますわ」


「わたくしは、傀儡の劇を拝見しましたぞ! あちらでも宴衣装を身につけられる場面がありましたが、実物はこれほどの美しさであられたのですな!」


「あら、お父様。異性の容姿を褒めそやすのは習わしに反するというお話であったでしょう? ……ですから、わたしがその分まで賞賛させていただきますわ」


 きっとアイ=ファはジェノスの城下町の祝宴で貴婦人がたに取り囲まれた際も、このような仕打ちを受けているのだろう。なおかつこの場には老若の男性も居揃っていたので、俺はなかなかにやきもきすることになってしまった。


 しかしまた、他のメンバーもまったく他人事ではない。もっとも熱烈に賞賛を浴びていたのはアイ=ファであったが、俺やダリ=サウティやサウティの末妹にも、同じぐらい熱い視線と言葉が投げかけられていたのである。


「あなたがジャガルの王子殿下から勲章を授かったという、アスタ殿ですな? わたくしの治める領地におきましても、アスタ殿のご高名はかねてより鳴り響いておりましたぞ!」


「わたしは昨年の復活祭にて、ジェノスにお邪魔しましたぞ! アスタ殿のギバ料理というのは、お噂にたがわぬ素晴らしさでした! 本日もあの素晴らしい料理を味わえるのだと聞き及び、昨晩から胸を弾ませていたのです!」


「わたくしも、父からアスタ様のお噂を聞き及んでいましたわ。でも、想像よりずっと精悍でいらして……あら、こちらの言葉も習わしに反することになってしまうのでしょうか? でしたら、ごめんなさい。でも、本当に……料理人とは思えないたたずまいですわ」


 どうやら参席者の人々には森辺の習わしについて周知されていたようであるが、彼らはジェノスの人々よりも少しだけ遠慮がなかった。森辺の民を初めて目の当たりにした昂揚と、祝宴そのものの昂揚があわさって、誰もが浮かれきっているようなのだ。貴婦人と見まごう身なりをした女性に潤んだ目を向けられた俺は、内心でいささかならず閉口することになった。


(だけどまあ、本来は同じ平民同士で遠慮をするいわれはないもんな。ジェノスの城下町ではレイナ=ルウとリーハイムの一件があったから、男女の関係について厳しく規制する処置をしてくれたけど、ある意味ではこれが普通の反応ってことか)


 俺だって、屋台の商売中には外来のお客と気安く口をきいているのだ。ただそれと異なるのは、この場には若い女性も多いという一点であった。普通、若い女性は他の領地にほいほい出かけたりはしないものであるので、俺はこういった娘さんたちにあまり免疫がなかったのだった。


 そしてそれは、アイ=ファのほうも同様であった。この場には、若い男性も多かったのだ。貴族とはご縁があれども貴族ほどのつつしみを持たず、なおかつ自分の生まれ育ちに大きな自信を持つ若者というものは、一種独特の厄介さを持っているものであるのだろう。そういった若者たちは森辺の習わしも気にかけずに舞踏のお誘いなどを仕掛けてくるものだから、そのたびにアイ=ファは冷たく目を光らせることになってしまった。


「さあさあ! ひと通りのご挨拶は済みましたかな? 森辺の方々とて、祝宴を楽しみに来られているのです! 皆様方も、まずは森辺の方々がご準備されたギバ料理と菓子をお楽しみになるべきでありましょう!」


 と、この騒ぎの呼び水となったムドナの領主その人が、騒ぎを収める役割をも担ってくれた。

 人々は、いかにも名残惜しそうな様子で大広間に散っていく。そうして彼らが声の届かない場所まで遠ざかると、アイ=ファはめいっぱいの勢いで溜息をついたのだった。


「バナームの貴族は誰もがつつしみを持っているようであるのに、招かれた客たちはまったく違っているようだな。危ういところで、我慢が切れそうであったぞ」


「うん。アイ=ファはどこでも人気者だけど、あんなに堂々と舞踏の誘いをかけられるのはひさびさだったよな」


「……お前もまた、多くの娘の心を惑わしているようであったな」


「いやいや。男女問わずに魅了するアイ=ファに比べれば、ささやかなものさ」


 アイ=ファはふわりと俺に近づくと、余人には見えない角度で俺の腕をつねりあげてきた。しかしまあ、脂肪の少ない俺でもさほど痛みを覚えることのない、優しいつねり方だ。俺はむしろ、アイ=ファに触れられたことで心臓を騒がせるぐらいであった。


「森辺の皆様はこれだけ魅力的であるのですから、誰もが心をひかれて当然です。他の方々に先んじてご挨拶をすることのできた幸運を、西方神に感謝したく思います」


 と、いまだ熱っぽい目でアイ=ファを見つめながら、ムドナの娘さんがそのように言いたてた。こうしていつまでもアイ=ファのそばにいられる喜びを、全身で噛みしめているようである。

 するとそこに新たな一団がやってきて、アイ=ファに溜息をつかせたのだった。


「やあやあ、アイ=ファ殿にアスタ殿! 先刻はなかなかの騒ぎであったな! ご挨拶をするのに、ずいぶん待たされることに相成ったぞ!」


 そのように語るのはジェノスの騎士デヴィアスで、同行しているのは《守護人》の3名であった。デヴィアスもまた武官の礼服であったため、最初から同じグループであったかのような様相だ。


「……そちらは行動の自由を得たのだな。しかし私はいささか疲弊を覚えているので、軽口はつつしんでもらいたく思う」


「うわははは! 俺から軽口を奪ったら、ずいぶん無口になってしまおうな! まあ、アイ=ファ殿の心労とならぬように固く自分を律するので、どうかその美しき姿を堪能させていただきたく存ずるぞ!」


 アイ=ファが再び嘆息をこぼすと、カミュア=ヨシュがにまにまと笑いながら進み出た。


「アイ=ファたちは、こちらのデヴィアス殿ともずいぶん交流を深めていたようだねぇ。1000名の部下を従える護民兵団の大隊長と懇意にするだなんて、なかなか隅に置けないじゃないか」


「……果たして正しく絆を深められているのか、はなはだ心もとないところだがな」


 アイ=ファがぷいっとそっぽを向いてしまったので、俺がその隙間を埋めることになった。


「そういえば、みなさんがご一緒にいる姿を拝見するのは初めてのような気がします。カミュアたちは、邪神教団の騒ぎの際にデヴィアスと面識を得たのですか?」


「いや。俺はその前にもご挨拶をさせていただいていたよ。シルエルが森辺から逃げ出したとき、ともにあちこちを捜索した仲だからねぇ」


 カミュア=ヨシュがそのように答えると、ムドナの領主が身を乗り出した。


「シルエルとは、例のトゥラン伯爵家の大罪人でありますな? おふたりは、そちらの討伐でご尽力されていたのですか?」


「ええまあ、シルエルにとどめを刺したのは、こちらのデヴィアス殿の部下でありますけれどね。俺はその前に、森辺の狩人らとともに《颶風党》の面々を相手取ることになりましたよ」


「なるほど! それだけのご縁があって、おふたりもこちらの祝宴にお招きされたわけですな!」


 そんな風に言ってから、ムドナの領主はしみじみと息をついた。


「本当に、森辺とトゥラン伯爵家の大罪人が討伐されたのは何よりのことでありました。そうして今日などは、森辺とトゥラン伯爵家の方々がウェルハイド殿の婚儀にお招きされているのですから……部外者たるわたくしでも、何やら感慨深くなってしまいますな」


「ええ、まったくです」と、カミュア=ヨシュは大広間の奥部へと視線を転じた。

 壇上では、いまだウェルハイドとコーフィアがふたりきりで座している。それもまた、ルウ家の婚儀を思わせる様相だ。彼らは宴料理を口にすることもなく、祝宴のありさまを見守りながら、ふたりだけの大事な時間を過ごしているのだった。


(祝宴の騒ぎをしばらく見守らなきゃいけないっていうのは、ずいぶん不自由な習わしだと思ってたけど……きっとこれも、当人たちにとっては忘れられない思い出になるんだろうな)


 しばらく宴料理と賓客のお相手に没頭していた俺は、またバナーム城における祝宴の様相に心をとらわれることになった。

 重厚なる石造りの大広間で、巨大なかがり火が焚かれている。森辺の祝宴と似て異なる、これもまた神話の1ページを思わせる光景だ。赤い炎に照らし出される参席者たちの姿までもが、その壮麗なるワンシーンを演出する舞台装置のように思えてしまった。


「さて。そろそろギバの料理を口にしたいところなのだが……その前に、まずはこちらの宴料理を味わわねばな」


 と、ダリ=サウティが仕切り直すように、そう言った。俺たちは押し寄せてきた賓客たちへの相手にかまけて、いまだこちらの卓の料理に手をつけていなかったのだ。

 そちらの卓にも、3種の料理が並べられている。カロン肉を蒸した料理に、饅頭を思わせる黒フワノの料理、それに黒フワノを細長い麺の形に仕上げた料理である。


「ほう。こちらはアスタの考案した、黒いフワノのそばという料理であるようだな」


 ダリ=サウティの興味深げなつぶやきに、俺は「はい」と応じてみせた。


「これはウェルハイドに、黒いフワノの扱い方をジェノスに普及させてほしいと頼まれたときに考案した料理ですからね。ウェルハイドも、その作り方をバナームまで持ち帰ったようです」


 ただしこちらは、俺が考案したつけそばともかけそばとも趣が違っていた。茹であがった麺の上に具材入りのソースを掛けて食する、パスタのごとき料理に仕上げられていたのだ。

 具材は細かく刻まれたカロンの肉に、パプリカのごときマ・プラとホウレンソウのごときナナールで、ソースは白みががっている。またカロン乳を主体にしているのかと思いきや、それはサトイモのごときマ・ギーゴのすりおろしをカロンの骨ガラの出汁で溶いたものであり、塩と砂糖と酒精を飛ばした白ママリアの果実酒でほどよい味付けが施されていた。


 おそらくバナームでは、ヤマイモのごときギーゴよりもマ・ギーゴのほうが手に入りやすいのだろう。それをすりおろしにするというのは、なかなか斬新な発想だ。ギーゴほどではないものの、マ・ギーゴのすりおろしもとろとろとした質感であったため、それが黒フワノの麺によく絡み、とても好ましい味わいを生み出していた。


「そちらは、アスタ殿が考案された料理であったのですね! どうりで素晴らしい出来栄えであったわけです!」


 ムドナの領主が勢い込んで身を乗り出してきたので、俺は「いえいえ」と答えてみせた。


「俺が考案したのは、黒いフワノの扱い方だけです。それをこのように素晴らしい料理に仕上げたのは、バナームの方々ですよ」


「なるほど! アスタ殿とバナームの方々の力があわさって、これほどの料理が生み出されたのですな! それもまた、感慨深く思います!」


 それは俺も同じ気持ちであったので、「はい」と笑顔を返すことになった。

 その間に、デヴィアスが「ふむ!」と大きな声をあげている。


「こちらの黒いフワノの料理も、なかなか愉快な味わいであるようだ! さすがバナームの方々は、黒いフワノの扱いに長けているようだな!」


 好奇心をそそられた俺は、サウティの末妹とともにもう片方のフワノ料理に手をのばすことになった。黒フワノらしく暗灰色をした、饅頭のごとき料理だ。


「へえ。この料理は何だか物珍しいし、とても美味しいね」


 俺がそのように声をあげると、サウティの末妹が「はい!」と元気に応じてくれた。


「何だか、不思議な食べ心地です! まったく甘くはないですけれど、どこか菓子のようですね!」


 そのように思えるのは、こちらの黒フワノの生地に濃厚なるカロン乳と乳脂の風味が詰め込まれていたためであろう。黒フワノというのは普通のフワノやポイタンよりも軽やかな食感をしているので、それも菓子めいた印象を生む一因になっているのかもしれない。そしてその香り高い生地の内には、とろりとしたカロンの乾酪が隠されていたのだった。


 カロンの乾酪はモッツァレラチーズに似ているので、風味は豊かだがすっきりした味わいである。それがさらにカロンの乳で溶かされて、塩やラマンパの実を練り込まれているのだ。珍しい食材などはひとつも使われていないのに、それはきわめて魅力的な味わいであった。


「ああ。そういえば、バナームでは黒いフワノとカロンの乳製品を使った郷土料理が有名だって、フェルメスがそんな風に言ってたんだよね。これもそのひとつであるのかな」


「なるほど! 確かにバナームのかまど番は、カロンの乳や乾酪などの扱いが巧みであるようですね!」


 俺とサウティの末妹がそのように語らっていると、蒸した肉料理を食していたカミュア=ヨシュが「外交官殿か」と薄笑いをたたえた。


「アスタたちも、外交官殿とずいぶん絆を深められたようだね。道中で車の同乗を求められても、まったく苦にしている様子はなかったみたいだしさ」


「ええまあ、フェルメスには色々とお世話になっていますからね。……カミュアはその後、あまりフェルメスと交流を深める機会もなかったのですか?」


「うん。何せ、顔をあわせるのも1年以上ぶりかもしれないからねぇ」


 カミュア=ヨシュはしょちゅうジェノスを離れていたので、それも致し方のないことであろう。それにカミュア=ヨシュは、ごく早い段階からフェルメスのことを相容れない存在であると見なしていたようであったのだ。両者はとてもよく似た部分とまったく似ていない部分を兼ね備えているために、そういった判断になったようであるのだが――俺としては、いささかならず複雑な心境であった。


(カミュアとフェルメスが仲良くなれれば、それに越したことはないけど……ふたりが本格的に対立したら、なんだか恐ろしいことになりそうだもんな。カミュアがフェルメスと距離を取ろうとするのは、正しい判断なのかもしれない)


 俺がそのように思案していると、のびあがって人垣の向こうを覗き込んでいたザッシュマが「ふむ」と声をあげた。


「そのジェノスから出向いてきた貴族様たちも、ようやく挨拶責めから解放されたようだぞ。まったく、半刻やそこらもひたすら挨拶の応酬だなんて、想像しただけでうんざりだな」


「貴族には貴族の苦労というものがあるからねぇ。それじゃあ俺たちも、お待ちかねのギバ料理をいただくとしようか」


 というわけで、俺たちは《守護人》の一行とともにギバ料理の卓を目指すことになった。なおかつ、ムドナの領主と息女までひっついてきたので、なかなかの大人数である。


「カミュアたちは、ギバ料理の卓の場所をわきまえていたのですね。それなのに、これまで口にしていなかったのですか?」


「うん。だって、あちらはものすごい人混みであったからねぇ。さすがアスタたちのギバ料理は、参席者のすべてから注目されているようだよ」


 それは、光栄な限りである。どちらかといえば質実な料理が多いように見受けられるこの祝宴において、俺たちの準備したギバ料理がうまい具合に調和していれば幸いであった。


 そうしてカミュア=ヨシュの先導のもと、そちらの卓に近づいてみると――そこには、まだ多くの人が密集していた。

 なおかつ、先行していた森辺の同胞が、それらの人々に取り囲まれてしまっている。人垣の上からちらちらとジザ=ルウやゲオル=ザザの頭が覗いているので、どうやらルウとザザの血族がその被害にあっているようであった。


「おやおや、これは大変な騒ぎだな! お楽しみのところ申し訳ないが、我々にもギバ料理を賞味させていただけるかな?」


 と、皮肉っぽい笑いを含んだ若者の声が、その喧噪を押しのけるようにして響きわたる。とたんに、人垣を形成していた人間の何割かは脇のほうに退いていった。

 その向こう側から現れたのは、誰あろうサトゥラス伯爵家のリーハイムである。その場に集まっていたのはいずれも貴族ならぬ身分の人々であったため、ジェノスから招待された貴族の登場にいくぶん気圧された様子であった。


「おお、そこにいるのはレイナ=ルウか。さすが森辺のギバ料理は、このバナームでもたいそうな評判を呼んでいるようだな」


 リーハイムがずかずかと人垣の内に割り込んでいったので、残っていた人々もそれで綺麗に離散することになった。

 どさくさまぎれで、俺たちもそちらに近づくことにする。リーハイムのかたわらには彼が同行させた若き貴婦人もたたずんでおり、そちらは何事もなかったようにつつましやかな微笑みをたたえていた。


「そちらも身動きを取れるようになったのだな。レイナに何か用向きであろうか?」


 ジザ=ルウがいくぶん抑え気味の声で問いかけると、リーハイムも同じていどの声量で「いや」と応じた。


「べつだん、そういうわけじゃなかったんだけどな。ただ、そっちこそ身動きが取れないようだったから、割り込むことにしたんだよ。余計なお世話だったんならすぐに身を引くから、また思うぞんぶんおしゃべりを楽しめばいいさ」


「いや。どうもこの場には遠慮を知らない人間も多いようであったので、こちらとしては助かった面もあったのだが……しかしそのように振る舞っては、貴方が無遠慮と誹られてしまうのではないだろうか?」


「俺が無遠慮なのは本当のことなんだから、べつだんかまいはしねえさ。他の連中がつつましく振る舞ってれば、ジェノスの貴族の名が落ちることもないだろうしさ」


 そんな風に言ってから、リーハイムはレイナ=ルウに笑いかけた。


「ウェルハイドってのは色々な土地との通商を任されてるようだから、今日の祝宴も豪商や自治領区の領主なんかの関係者が多いみたいだ。しかし、そういう類いの坊ちゃん嬢ちゃんなんてのは、貴族よりも遠慮がねえだろう? レイナ=ルウも、さぞかし面食らっちまったんじゃねえか?」


「はい。誰もが森辺の習わしをわきまえているようなのに、舞踏の誘いをかけてくる人間が後を絶たないので、いったいどういった心づもりなのかと困惑させられていました。……リーハイムの親切に、感謝しています」


 レイナ=ルウが屈託のない笑みを届けると、リーハイムは照れ隠しのように「ははん」と鼻を鳴らした。


「俺なんざ、そいつらよりも大きな迷惑をレイナ=ルウたちにかけてたんだからな。これぐらいじゃあ、まだまだ釣り合いが取れねえさ。……それじゃあ俺たちも、ギバ料理をいただくとするか」


「はい。リーハイムたちは、まだ宴料理を口にしていなかったのでしょう? どうぞ心ゆくまで味わいください」


 そうして俺たちも一緒になって、ギバ料理の並べられた卓を目指すことになった。

 その道行きで、俺は少し離れた場所からレイナ=ルウたちを見つめているスフィラ=ザザの姿に気づいた。リーハイムのおかげで、ザザとディンの一行も解放されることになったのだ。そして、スフィラ=ザザの眼差しにはとても満足そうな光がたたえられているような気がした。


 レイナ=ルウとリーハイムの間にかつて健やかならぬ関係が生じてしまったことは、もちろん森辺の民であれば誰もがわきまえている。そうしてそちらの悪縁が清算されるなり、今度はスフィラ=ザザとレイリスの間でまったく別種の問題が生じることになったのだ。


 リーハイムに一方的に執着されていたレイナ=ルウと、おたがいに見初めてしまったスフィラ=ザザとレイリスでは、まったく立場が異なるだろう。しかし、色恋に起因するという点は共通していたし、しかもリーハイムとレイリスは従兄弟の間柄であったのだ。そうしてレイナ=ルウとスフィラ=ザザは、それぞれの相手と友としての関係を結びなおすことがかなったのであるから――それでスフィラ=ザザは、あんな風に満足そうな眼差しでレイナ=ルウたちの姿を見守っているのだろうと思われた。


「……あえて傲慢に振る舞うことで、レイナ=ルウらの窮地を救ったということか。それは確かに、メルフリードやポルアースには成し得ぬ所業であるのやもしれんな」


 と、アイ=ファがふいにそんな言葉を俺に囁きかけてきた。

 きっと、俺と同じような心境に至ったのだろう。それを嬉しく思いながら、俺は「うん」と応じてみせた。


「ちょっと荒っぽいやり口だったけど、俺たちにしてみればありがたい限りだよな。アイ=ファも腹を立てたりはしてないみたいで、よかったよ」


「リーハイムは我が身の評判も顧みずに救いの手をのばしたのだから、私が腹を立てる理由はない。リーハイムには、リーハイムならではの美点というものが存在するのであろう」


「うん。デヴィアスだって、それは同様だもんな」


「……そこであやつの名を出す必然性があるか?」


 今度は人目を忍びつつ、俺の脇腹を肘でつついてくるアイ=ファであった。

 そしてそこに、笑顔のリミ=ルウが突進してくる。リミ=ルウはようやく大事な友と再会できた喜びを全身で表しながら、アイ=ファの左腕を抱きすくめた。


「レイナ姉たちは大変だったけど、バナームの祝宴って楽しいね! ジェノスのお城でも、儀式の火を焚いたらいいのに!」


「それは色々と難しい面があるのであろうな。しかし、リミ=ルウがこの祝宴を楽しめているなら、何よりだ」


 アイ=ファは優しく微笑みながら、幼き友の赤茶けた髪を撫でた。

 ジザ=ルウもレイナ=ルウも人々の無遠慮な振る舞いには少なからず辟易しているようだが、そうまで気分を害している様子はない。ルド=ルウやゲオル=ザザなどは心から楽しげな様子であるし、トゥール=ディンやゼイ=ディンも穏やかな笑顔だ。トータルとしては、誰もがこの祝宴を楽しめているようだった。


(さっきの人たちだって、この祝宴が楽しいからこそ浮き立ってるんだろうしな。それならこれも、同じ喜びを分かち合ってるってことになるんだろう)


 そしてまた、森辺の習わしを軽視する人々に囲まれても、そうまで深刻な不快感をかきたてられないというのは、森辺の民も成長しているという証なのではないだろうか。

 そんな思いを心中に抱きつつ、俺は自分たちで作りあげたギバ料理の卓と向かい合うことに相成ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱデヴィアス嫌いだなぁ。 相手を慮れない、学ばない、理解しない奴は見ててイライラするね。
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