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異世界料理道  作者: EDA
第七十章 灰と黒の祝祭
1205/1695

六氏族の合同収穫祭④~宴の始まり~

2022.5/28 更新分 1/1

 狩人の力比べを終えて、数刻ののち――祝宴の開始となる、日没である。

 複数の女衆の手によって、広場の中央に儀式の火が灯される。そのすぐ近くには丸太と板を組んだ台座が置かれており、8名の狩人たちが立ち並んでいた。


「それでは、力比べにおいて勇者と勇士の座を授かることになった8名の狩人らに、祝福を捧げたく思う!」


 そのように声を張り上げたのは、司会進行の役目をディンの家長から肩代わりした、ディン分家の家長であった。


「まず、的当ての勇者は、ジョウ=ラン! 勇士は、チム=スドラとアイ=ファ!」


 ディンの若い女衆らが、ジョウ=ランの頭に草冠をかぶせ、チム=スドラとアイ=ファに草編みの首飾りを捧げる。森辺の同胞も余所からの客人たちも、変わりのない熱意で拍手と歓声を送ってくれた。


 荷運びの勇者はラッド=リッドであり、勇士はバードゥ=フォウとディンの家長だ。このために、分家の家長が司会役を務めているのだった。


 さらに、木登りの勇者はライエルファム=スドラ、勇士はアイ=ファとチム=スドラ。

 棒引きの勇者はゼイ=ディン、勇士はアイ=ファとバードゥ=フォウ。

 そして闘技の勇者はアイ=ファ、勇士はバードゥ=フォウとライエルファム=スドラだ。


 最高で15名に及ぶはずの狩人が、そこには8名しか並んでいない。それだけ同じ狩人が複数の栄誉を授かったわけであるが――勇者の草冠をかぶりつつ、3つもの首飾りを捧げられたアイ=ファは、やはり圧巻であった。


 総勢38名という人数で、時を重ねるごとに力量の上がってきた狩人たちの中で、アイ=ファはそれほどの結果を残すことができたのだ。

 周囲の人々の厚意で、俺はその輝かしい姿を人垣の最前列から見守ることがかなったのだった。


 本日、未婚の女衆はいずれも宴衣装を纏っている。

 しかし今日ばかりは、宴衣装ではなく勇者と勇士の証を授かったアイ=ファがもっとも輝かしく思えてならなかった。


「前回の収穫祭において、ランの家長はこれまでの力比べで力を示してきた7名の狩人たちこそが勇者の名に相応しいと述べていた! そうしてその7名は、今その全員がこの場に立ち並んでいる! そこにディンの家長を加えたこの8名こそが、我々の誇るべき勇者と勇士であるのだ! これらの8名を手本として、他なる狩人たちもいっそう力を尽くしてもらいたい!」


 ディン分家の家長の言葉に、人々はまた歓声を張り上げる。

 その8名には、6氏族の狩人がまんべんなく組み込まれているのだ。力比べに敗北することは恥にはならないが、それでも誰もがこの結果に満ち足りた思いを抱いているはずであった。


 勇士の首飾りをさげた、ディンの家長。

 ふたつの首飾りをさげた、チム=スドラ。

 3つの首飾りをさげた、バードゥ=フォウ。

 勇者の草冠をかぶった、ジョウ=ランとラッド=リッドとゼイ=ディン。

 草冠をかぶり、ひとつの首飾りをさげた、ライエルファム=スドラ。

 草冠をかぶり、3つの首飾りをさげた、アイ=ファ。


 儀式の火の前に立ち並んだその8名の姿は、ティカトラスでなくとも陶然とするぐらい神々しく、そして力強い生命力に満ちみちていた。


「それでは、収穫の宴を開始する! ファ、フォウ、ラン、スドラ、ディン、リッドの血族に、数多くの客人たちよ! 母なる森に感謝の念を捧げつつ、その恵みを己の力に!」


 ディン分家の家長の宣言に、人々は「母なる森に感謝を!」と復唱した。

 勇者や勇士たちに負けない力の波動が、熱気となって広場に吹き荒れる。その勢いに胸を揺さぶられつつ、俺はいったん簡易かまどに戻ることにした。


「アスタ、お疲れ様です。今こちらの料理を仕上げますので、アイ=ファたちに持っていってあげてください」


 そのように言ってくれたのは、同じ班で作業を進めていたランの女衆である。彼女も未婚であるために、きらびやかな宴衣装を纏っていた。


「ありがとう。でも本当に、全部おまかせしちゃっていいのかな?」


「はい! シャスカの取り分けにも慣れてきましたので、どうぞおまかせください!」


 今日は外来の客人も多いため、もっとも交流の広い俺は自由に動けたほうがよかろうという話に落ち着いたのだ。もちろん俺も森辺と外界の橋渡しをするために力を尽くす所存であるが――今は真っ先にアイ=ファへと宴料理をお届けできることが嬉しくてならなかった。


 そうして俺が盛りつけの完成を待っていると、小さな人影がてけてけと駆けてくる。そちらもまた宴衣装を纏ったリミ=ルウと、焦げ茶色の髪にちょこんと花飾りをつけたターラだ。ルウの収穫祭では血族のみが宴衣装を纏っていたが、こちらの合同収穫祭では客人たちの任意ということにさせてもらったのだった。


「アスタはアイ=ファたちに料理を持っていってあげるんでしょー? リミも手伝ってあげるね!」


「ありがとう。でも、リミ=ルウとターラだって客人なんだから、もてなされる側なんだよ?」


「いーの! アイ=ファの喜ぶ顔を見たいから!」


「うん! アイ=ファおねえちゃん、かっこよかったねー!」


 俺は数十センチの高低差で、可愛らしい少女たちと笑顔を交わすことになった。

 盛りつけの終わった料理は、次々に盆へとのせられていく。こちらのかまどにも大勢の人々が殺到していたが、「まずは勇者や勇士から!」というひと言で、みんなそわそわしながら順番を待ってくれていた。


 そうして6名分ずつの食器がのせられた盆を手に、俺とリミ=ルウは広場の中央へと向かう。さすがにターラは自身なさげな面持ちであったため、手ぶらでついてきてもらうことにした。何せ140名ばかりの人間が集められているものだから、広場は川の激流を思わせるような人混みであったのだ。


「そういえば、ティカトラスたちはどうしてるかな?」


「うん! ララとガズラン=ルティムたちが案内してるよ! ジザ兄は、メルフリードたちとお話ししてるみたい!」


 族長筋の人々はもはや合同収穫祭を検分する段階ではなかったため、貴き身分にある客人たちの接待が主要の仕事となるのだろう。特に今回はティカトラスの要望を呑んだ形であったので、なるべく6氏族の人間に負担をかけないようにと配慮してくれている節があった。


「ガズラン=ルティムとジザ=ルウは前からだけど、最近はララ=ルウもこういう場で頼もしいよね」


「うん! ララはきっと、シン=ルウの伴侶に相応しい立派な人間になりたいって思ってるんじゃないのかなー! シン=ルウは、新しい眷族の家長に選ばれた狩人だからね!」


 本人がいたら髪の色に負けないぐらい顔を赤くして怒りそうなところであるが、幸いこの場には俺とターラしかいない。俺は鋭い洞察力と悪戯な気性をあわせもつルウの末妹に、「そうかもね」と笑顔を返すばかりであった。


 そうしてようやく、勇者たちの席が見えてくる。5名の勇者は木造りの台座に、3名の勇士は足もとの敷物に座し、さまざまな人々からお祝いの言葉を授かっているさなかであった。


「失礼します。宴料理をお持ちしました」


「おお! ようやく来たか! 悪いが、道を空けてくれ! 俺はもう、腹と背中がくっつきそうなのだ!」


 ラッド=リッドの要請に従って、人々が道を空けてくれた。

 俺はリミ=ルウと立ち並び、8名の狩人たちに頭を下げてみせる。


「あらためまして、おめでとうございます。みんなで心を尽くした宴料理ですので、どうぞお召し上がりください」


「うむ! 力比べは、ギバ狩りの仕事に負けないぐらい腹が減るからな! さあさあ、早く食わせてくれ!」


 俺たちは両手がふさがっているために、順番に木皿を取り上げてもらうことにした。

 そしてその料理を手にしたアイ=ファは、凛々しい面持ちで瞳だけを輝かせる。


「……祝宴の場ではんばーぐかれーが出されるのは、珍しいように思えるな」


「うん。なんか、試食会で勲章を授かった影響か、ハンバーグカレーはひときわ立派な料理だって認識が広まったみたいでさ。ちょっと手間はかかるけど、準備することになったんだよ」


 むろん、数ある宴料理のひと品であるため、半人前にも満たないささやかなサイズである。しかし、ハンバーグカレーをこよなく愛するアイ=ファは、とても幸福そうな眼差しでそれを口にしてくれた。


「他のみなさんも、どうぞ。4つほど余分がありますので」


「であれば、アスタたちも食するがよかろう。特にアスタは、家長のアイ=ファがこれほどの栄誉を授かった日であるのだからな。同じ喜びを分かち合うがいい」


 バードゥ=フォウのそんな言葉で、俺とリミ=ルウとターラも同じものを食することになった。

 間近で見ると、アイ=ファはいっそう輝かしく見える。ハンバーグカレーを食しながら、リミ=ルウもうっとりとした眼差しになっていた。


「やっぱりアイ=ファはすごいねー! ジバ婆やルドも、びっくりすると思うよー! ルウの力比べでも、こんなにいっぱい祝福を授かった狩人はいないもん!」


「逆に言うと、ルウの血族にはそれだけ力のある狩人が多いという証であろうな」


 と、台座の真ん中に座していたライエルファム=スドラが、そのように声をあげた。


「むろん、ルウは族長筋であるし、我々6氏族よりも血族の数が多いのだから、それも当然の話なのであろうが……それにしても、多くの若い狩人が勇者と勇士の座を授かったのだと聞いている」


「うむ! この場で若いと言えるのは、アイ=ファとジョウ=ランとチム=スドラぐらいであろうからな! 他の若い連中にも、もっと奮起してもらいたいものだ!」


 ラッド=リッドの豪快な発言に、ディンの家長が「いや」と声をあげる。


「俺たちは、美味なる料理と豊かな生活のおかげで、これまで以上の力をつけることがかなったのだ。ならば……今の若衆らが年を食えば、自ずと俺たち以上の力を身につけていることであろうよ」


「確かにな! しかしかなうことならば、俺たちの力が落ちる前にその力を見せつけてほしいものだ!」


 ラッド=リッドが、ガハハと高笑いを響かせる。

 やはり誰もが日中の激戦の余熱を抱きながら、満ち足りた気持ちであるのだろう。熱気に包まれた広場の中で、この場にはひときわ猛烈な生命力が渦を巻いているような心地であった。


 そこに、「失礼します」という声が響く。参上したのは、エウリフィアとオディフィアを引き連れたトゥール=ディンであった。


「オディフィアたちが勇者と勇士の方々にお祝いの言葉を届けたいとのことでしたので、ご案内しました」


「おお、そうか! そちらのオディフィアはトゥール=ディンばかりでなく、ゼイ=ディンとも絆を深めているそうだからな!」


 ラッド=リッドがそのように応じると、エウリフィアが「わたくしもですわ」と声をあげた。


「わたくしも伴侶のメルフリードも、トゥール=ディンとゼイ=ディンのお世話になっておりますの。でも伴侶には調停官という立場があってなかなか動けそうになかったので、わたくしとオディフィアで参じた次第ですわ」


 目上の人間が相手でない限りは砕けた口調であるエウリフィアが、今回はあらたまった口調だ。それはおそらく、勇者と勇士の人々に敬意を表しているのだろうと思われた。

 そしてオディフィアはフランス人形のような無表情のまま、おしとやかに一礼する。その姿に、ゼイ=ディンは目を細めて微笑した。


「オディフィアたちの応援も、俺に大きな力を与えてくれた。今日という日の喜びを分かち合うことができて、嬉しく思っている」


「うん。オディフィアもうれしい」


 面を上げたオディフィアは、灰色の瞳をきらきらと輝かせている。その小さな顔はやっぱり無表情のままであったが、白い頬には血の気がのぼっていた。


「オディフィアとエウリフィアを森辺にお招きするのも、ずいぶんひさびさですもんね。森辺の祝宴は、いかがですか?」


 俺がそのように問いかけると、エウリフィアはいつもの調子で「最高よ」と微笑んだ。


「もともと城下町では、しばらく大きな祝宴を控えていましたからね。それがティカトラス殿のおかげもあって、城下町と森辺の祝宴を立て続けに味わうことができて……心より、満ち足りた気持ちだわ」


「ふむ。城下町では、いまだ贅沢をつつしむ気風が残されているのであろうか?」


 ライエルファム=スドラの問いかけに、エウリフィアは「いえ」と首を振る。


「そういった気風も、ずいぶん薄らいできたように思えますわ。邪神教団の討伐を終えてから、もうふた月以上も過ぎたことだし……ティカトラス殿の騒ぎをきっかけに、こちらももとの活気を取り戻せるのじゃないかしらね」


「なるほど。良くも悪くも、あのティカトラスという貴族には場を動かす力が備わっているということか」


「それはもう、ダカルマス殿下に負けないぐらいお元気な御方ですもの」


 ライエルファム=スドラが「ふむ」とうなったところで、新たな人影が近づいてきた。宴衣装を纏ったユン=スドラとささやかな飾り物だけを身につけたイーア・フォウ=スドラのコンビだ。


「お待たせいたしました。勇者と勇士のために盛りつけた、祝いの料理となります」


 ユン=スドラは豪奢な木彫りの大皿を両手で抱えており、イーア・フォウ=スドラは取り分け用の小皿や木匙を携えている。それは前回の収穫祭でも活用された、お祝い用の大皿であった。


「おお、その皿も懐かしく思えるな! やはり9ヶ月というのは、間が空きすぎであるのだ!」


 そんな風に騒ぎながら、ラッド=リッドはうきうきと大きな身体を揺すっている。その大皿には、実にさまざまな宴料理が盛りつけられていたのだ。


 森辺の民の愛するギバ・カツに、以前の勉強会で開発した蜜漬け肉の揚げ焼き、豆板醤に似たマロマロのチット漬けでピリ辛に仕上げたギバの角煮に、ギバの半身の炙り焼き――そういった肉料理の仕切りとして、乾酪入りの焼きフワノや生鮮野菜のサラダやチャッチサラダなども盛りつけられている。城下町で購入した大皿の外観にも負けない豪奢さであった。


 さらには、新たな果実酒やギバ骨ラーメンなども届けられてくる。そのタイミングで、俺はこちらの席を離れることにした。


「それじゃあ俺は、他の客人たちの様子を見てくるよ。リミ=ルウたちはよかったら、アイ=ファのそばにいてあげてね」


「えー? リミたちばっかり、いいのかなあ?」


 リミ=ルウが可愛らしく身をよじらせたので、俺は「いいんだよ」と笑いかけてみせた。


「リミ=ルウとターラだって、客人なんだからね。遠慮なく、好きなように振る舞っておくれよ」


「わかったー!」と、リミ=ルウはアイ=ファの左腕にしがみついた。ターラもそれに負けないぐらい、嬉しそうな笑顔だ。そもそもターラは酔っぱらったドッドに踏み潰されそうだったところをアイ=ファに救われたことによって森辺の民とご縁を持つことになったので、アイ=ファ個人に強い思い入れを抱いているのである。


 アイ=ファは幼き少女たちに優しげな視線を向けてから、俺のほうをじっと見つめてくる。俺をそれを安心させるために、「大丈夫だよ」と笑ってみせた。


「外からの客人には、森辺の誰かが案内人として付き添ってるはずだからな。そうでなくても、俺が危ない目にあう理由はないさ」


「うむ……しかし、密談などを申し込んでくる人間には、用心するのだぞ」


「了解です、家長殿」


 そうして俺はアイ=ファの輝かしい姿をもういっぺん目に焼きつけてから、その場を離れることになった。

 祝宴の場で単独行動というのは、なかなかないことだ。だからアイ=ファも心配してしまうのだろうが、この場に集まった人間のほとんどは気心の知れた相手なのである。そしてティカトラスのもとにはガズラン=ルティムたちが同伴しているはずなのだから、なおさら警戒の必要はないはずだった。


(合同収穫祭も、もう4回目か……最初の収穫祭から1年半以上も経ってるんだから、むしろ少ないぐらいなんだけど……それにしても、感慨深いよなあ)


 最初の合同収穫祭は、昨年の金の月。森辺の民が初めて貴族の主催する闘技会に参戦した直後ぐらいであっただろう。つまりは、ようやくサトゥラス伯爵家との和解が果たされた頃合いであるということだ。


 2度目の収穫祭は、昨年の緑の月。これはティアと出会ってすぐの頃であったため、強烈に印象に残されていた。あのときはティアも祝宴に加わることを許されて、一緒に広場を巡っていたのである。


 その次は、やはり昨年の紫の月。太陽神の復活祭の、少し前ぐらいだ。それで6氏族の人々は休息の期間となり、思うさま復活祭を楽しむことがかなったのだった。

 ティアはその頃にもまだファの家に滞在していたが、収穫祭には参加できなかった。そちらでは町の人々を複数お招きすることになったため、聖域の民たるティアは同席させるべきではないという話になってしまったのだ。


(それから9ヶ月以上も経って、ようやく今回の開催になったわけだから……どうあがいても、次の開催は来年だよな。本当に、収穫祭ってのは年に1度のお祭りになっちゃったわけだ)


 なおかつ、灰の月はあと数日で終わってしまうのだから、本年は残り3ヶ月ていどということになってしまう。もう2ヶ月半もしたら、太陽神の復活祭が開始されるのである。それもまた、俺にとってはひとかたならぬことであった。


(復活祭が終わって2ヶ月ちょいもしたら、アイ=ファの誕生日で……それから2ヶ月ちょいで、俺の誕生日で……ああ、その間には雨季もやってくるんだ。本当に、すごい話だなあ)


 珍しく単独行動になった俺がそんな感慨を噛みしめていると、「おーい!」と呼びかけてくる者があった。

 そちらに足を向けた俺は、思わず「これはこれは」と芝居がかった台詞を口にしてしまう。そちらの簡易かまどの周囲には、実に雑多な身分の人々が寄り集まっていたのである。


 声をかけてきたのは、ユーミだ。ただし宿場町の他なる人間は、ビアしか見当たらない。同席しているのは、ディアルとラービス、ロイとシリィ=ロウ、リフレイアと3名の従者たち、そしてランの若い男女という顔ぶれであったのだった。


「みなさん、おそろいで。……なるほど、ユーミを中心に集まった顔ぶれということなのかな」


「いやー、別にそういうわけじゃないんだけどね!」


 ユーミはそのように言っていたが、ディアルとシリィ=ロウはユーミとそれなりに深い仲であるはずだし、リフレイアとも数々の祝宴で交流を深められたはずであるのだ。ただ別の見方をすると、リフレイアとディアルはさらに深い仲であり、シリィ=ロウたちはかつてトゥラン伯爵家の料理番であったのだった。


「さっきはオディフィアたちとお会いしましたけど、リフレイアたちももう敷物を離れていたのですね」


 俺がそのように呼びかけると、リフレイアはつんと顎をそびやかした。


「その問いかけに答える前に、そのかしこまった言葉づかいはどうしたことかしら? この場にわたし以外の貴族は見当たらないようだけど?」


「ああ、うん。そうやって環境によって口調を変える相手って他にいないから、俺もつい対応が遅れちゃうんだけど……」


「だったら、統一してしまえばいいのに。もちろん、わたしが気分を害さないほうの口調にね」


 そうして俺をやりこめてから、リフレイアはシフォン=チェルのほうを指し示した。


「それでさきほどの質問についてだけど、シフォン=チェルはようやく森辺の祝宴にお招きされることがかなったから、敷物で大人しくさせておくのが惜しく思えたというわけよ。サンジュラやムスルだって、なるべくたくさんの方々と言葉を交わすべきでしょうしね」


 前回の収穫祭でムスルやサンジュラが招待されたのは、リフレイアともども森辺の民と絆を結びなおすため、という名目であったのだ。今回はそのような名目も存在しなかったが、何にせよ森辺の民と絆を深めるのに越したことはないはずであった。

 そしてシフォン=チェルは若き主人のそばにひっそりと控えながら、とても満ち足りた面持ちで微笑んでいる。かろうじて、ファの家の晩餐にはひとたびだけお招きすることがかなったものの、森辺の祝宴に招待するのはこれが初めてであったのだ。


「シフォン=チェルがあんまり綺麗なもんだから、ベンやカーゴはへどもどしちゃってさー! 鬱陶しいから、追い払っちゃった! 今頃は、ラウ=レイたちと騒いでるはずだよー!」


「そっか。まあ、あまり大人数だと動きにくいしね。……ディアルも、祝宴を楽しめてるかな?」


「うん、もちろん! ユーミの許嫁とも、あらためてご挨拶できたしねー!」


「う、うるさいよ!」と、ユーミはディアルのほっそりとした肩を揺さぶった。ディアルは前々からジョウ=ランとはニアミスの関係で、先日の城下町の祝宴でようやく正式に挨拶をできた間柄であったのだった。


「それに、ロイとシリィ=ロウもお疲れ様です。今日はなかなかお相手をできずに申し訳ありませんでした。……シリィ=ロウは、大丈夫ですか?」


「わたしはもう、収穫祭というものに招待されるのも3度目なのですよ? お気遣いは、不要です」


「よく言うぜ。闘技の力比べでは、真っ青になってたくせによ」


 今度はシリィ=ロウが顔を赤くして、ロイの背中をひっぱたく。

 外来の客人たちも、ぞんぶんに森辺の祝宴を楽しめているようであった。


 ビアの隣でにこにこと微笑んでいるのは、かつて屋台でご一緒したランの末妹である。俺の視線に気づくと、ランの末妹は笑顔のまま声をあげた。


「ティカトラスという貴族も宿場町に悪い影響を与えている様子はないので、また近い内にわたしとユーミがおたがいの家に預けられることになりました。アスタにお世話をかけることはないかと思いますが、よろしくお願いいたします」


「ああ、そうなんだね。こちらこそ、どうぞよろしく」


「よ、よろしくお願いいたします!」と、ビアのほうが大きく頭を下げてくる。森辺の祝宴の熱気にあてられて、なかなか心が落ち着かないのだろう。その姿に、リフレイアが肩をすくめた。


「あなたも屋台の銅貨を盗むという罪を働いたそうだけど、わたしたちの犯した大罪に比べればささやかなものでしょうよ。反省の心だけは決して忘れずに、今は思うさま祝宴を楽しめばいいと思うわよ」


「は、はい! も、もったいないお言葉でございます!」


「だから、そんなにかしこまらなくってもいいってば。森辺に乗り込んできた貴族なんて、雑に扱うぐらいでちょうどいいのよ」


 なんだか今日は、リフレイアが饒舌なようだ。もしかしたら、ようやくシフォン=チェルと一緒に森辺の祝宴に参席できて、リフレイアも浮かれているのだろうか。どんなに取りすました顔をしていても、彼女は14歳の少女であるのだった。


 まあ何にせよ、これだけ雑多な身分の人々が集まりながら、とても和やかな様相である。それを嬉しく思いながら、俺はようよう簡易かまどの料理をいただくことにした。

 こちらで配られていたのは、さきほどの大皿にも盛りつけられていたピリ辛の角煮だ。俺がそれを頬張っていると、真剣な面持ちになったシリィ=ロウが詰め寄ってきた。


「そちらの料理も、きわめて美味でした。古くから存在したかくにという料理にマロマロのチット漬けを加えたのみと聞いていましたが、もちろんこれだけの味を練り上げるにはさまざまな調整が必要であったのでしょうね」


「はい。タウ油やミソや砂糖の分量を、微調整することになりました。でも、マロマロのチット漬けはもともと相性のいい調味料ですので、それほど苦労はしませんでしたよ。熱の入れ方とかそういう面は、これまでと変わりありませんしね」


「……それで苦労をしないのは、森辺の方々がそれだけの腕をお持ちであるがゆえなのでしょう」


 対抗心を燃やしつつ、シリィ=ロウが間近から俺を見据えてくる。

 すると、横から腕をのばしたユーミがシリィ=ロウの首を抱え込んだ。


「熱心なのはいいけど、そんなおっかない目つきは必要ないでしょー? あんたも少しは祝宴を楽しみなってば!」


「き、気安くさわらないでくださいと、なんべん言えば気が済むのですか? ああもう、邪魔しないでください!」


 そのように騒ぐシリィ=ロウたちも、いつも以上にテンションが高いように感じられる。多かれ少なかれ、誰もが祝宴の熱気にあてられているのだろう。

 多くの人々は、森辺の祝宴に招かれるのも数ヶ月ぶりであるのだ。ディアルとラービスだけは先月に行われた建築屋の送別会に招かれていたものの、それ以外の面々は――おおよそルウの収穫祭までさかのぼることになるのだろう。あとは一部の貴族がダカルマス殿下をお招きした祝宴に参じていたが、それだって3ヶ月以上も前の話であったのだ。


(まあ、ユーミたちはもともと招待する予定だったけど……今回の収穫祭がこんなに大がかりになったのは、ティカトラスの影響だもんな。ダカルマス殿下の振る舞いがジェノスを活性化させたのと、同じようなものか)


 そんな風に考えながら、俺はたくさんの人々と収穫祭の喜びを分かち合うことがかなったのだった。

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