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異世界料理道  作者: EDA
第七十章 灰と黒の祝祭
1203/1686

六氏族の合同収穫祭②~開会~

2022.5/26 更新分 1/1

 やがて中天に至ったところで、合同収穫祭の開始が告げられた。

 まずは、客人たちの紹介である。今回の取り仕切り役であるディンの家長によって、さまざまな身分にある客人たちの素性が紹介された。


 まずは、南の王族たるデルシェア姫。

 そして、王都の貴族であるティカトラスと、従者のデギオンとヴィケッツォ。

 同じく、王都の貴族であるフェルメスと、従者のジェムド。こうして名前まで紹介される従者は、宴料理を口にできる客人と認定されていた。


 続いて、ジェノス侯爵家のメルフリード、エウリフィア、オディフィア。ダレイム伯爵家の、ポルアース、メリム。トゥラン伯爵家の、リフレイア、ムスル、サンジュラ、シフォン=チェル。前回の収穫祭でお招きした面々に、メリムとシフォン=チェルが追加された格好であった。


 貴き身分にある客人は以上で、次なるは城下町からの客人たちだ。

 まずは、ゲルドの料理番であるプラティカと、ダレイム伯爵家の料理番であるニコラ。そして、城下町の料理人である、ボズル、シリィ=ロウ、ロイ。

 さらに今回はどさくさにまぎれて、ディアルとラービスも追加されていた。ディアルも何度か森辺の祝宴に招待されていたが、友たるユーミと同席した経験はなかったし、収穫祭を目にした経験もなかったので、是非にと頼み込んだのだそうだ。

 そして宿場町の民は、ユーミとビア、レビとテリア=マス、ベンとカーゴ。ダレイムの民としてはただひとりの参席者となる、ターラ。

 森辺の外からの客人は、以上である。


 いっぽう森辺の客人は、一部において少々変則的な形が取られていた。ティカトラスの要望で招集された傀儡の劇の関係者は1名ずつ血族を連れることが許されたのであるが、ダン=ルティムとシュミラル=リリンはファの家とゆかりの深いルウ家の女衆をパートナーとすることに相成ったのだ。

 そんなわけで、傀儡の劇の関係者として参じたのは、ダン=ルティムとララ=ルウ、シュミラル=リリンとリミ=ルウ、ラウ=レイとヤミル=レイ、ディガとドッドという顔ぶれに決定された。


 それとは別枠で、族長筋からはジザ=ルウとレイナ=ルウ、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ、ダリ=サウティとサウティ分家の末妹というお馴染みの顔ぶれが参じている。また、三族長の協議によって、そこに単身のガズラン=ルティムが加えられていた。


 そしてさらに本日は、血族たるディンやリッドの収穫祭を見届けるという名目で、ザザの眷族もお招きされている。そちらは家長と男女1名ずつという配分になっていたが、親筋たるザザがひとつの席を譲る格好で、ドム家からはディック=ドムとモルン・ルティム=ドムとレム=ドムに、さらにドム分家の家長が参席することになった。


 以上――客人の総数は、57名である。

 それを迎える6氏族の家人は80名以上に及ぶため、フォウの集落の広場には140名ていどの人間がひしめいているわけであった。


「客人の数そのものは、前回の収穫祭のほうがまさっているやもしれん。しかしその代わりに、このたびは森辺の外から招いた客人の割合が増えていよう。どうかおたがいに礼節をもって、諍いのないように収穫祭の喜びを分かち合ってもらいたい」


 厳格な気性をしたディンの家長は、そんな言葉で開会の挨拶を締めくくった。


「では、狩人の力比べを開始する。客人たちはこちらの案内に従って、危険のないように過ごしてもらいたい」


 ディンの家長を先頭にして、人々は広場の外側に向かっていく。まずはこれまでと同じように、弓矢を使った的当ての力比べが始められるのだ。


「いやあ、ものすごい熱気だね! みんな静かにしているけれども、力比べというものに臨む狩人たちの間から、闘志が噴きこぼれているかのようだ!」


 と、俺のかたわらではティカトラスが陽気な声を張り上げている。今回、貴き身分にある客人たちの案内役は族長筋の人間が務めることになっていたが、俺もその中に割り込ませていただいたのだ。

 そんな俺に同行してくれているのは、ダン=ルティムとガズラン=ルティムという頼もしき父子である。こちらの両名は三族長からじきじきに、ティカトラスのお目付け役に指名されていたのだった。


「しかし! 客人の身であるという君たちは、その戦いに加わらないのだね? どちらもひとかたならぬ力量であるように感じられるから、残念な限りだよ!」


「ええ。これはあくまで、ファ、フォウ、ラン、スドラ、ディン、リッドによる収穫祭ですので」


 ガズラン=ルティムが穏やかな面持ちで応じると、ティカトラスはにんまり微笑んだ。予想通りというか何というか、ティカトラスはひと目でガズラン=ルティムのことがお気に召した様子である。

 いっぽうダン=ルティムは、ティカトラスではなくその従者たちに興味をそそられているようだ。そしてついに狩人の群れの中で過ごすことになったデギオンとヴィケッツォは、これ以上もなく気を張っている様子であった。


「ではまず、的当ての力比べだが……このたびは我々も他の氏族にならって、勇者の他に勇士というものを定めることに相成った。もっとも力のある狩人が勇者で、それに次ぐ力を持つ2名の狩人が勇士となる。この取り決めを次回以降も続けるか否かはのちのち協議することになるので、6氏族の家人は厳しい目で見定めてもらいたい」


 そんな言葉とともに、ディンの家長は外来の客人たちのために力比べのルールを解説し始めた。

 枝に吊るされた木札を、若衆が棒で揺らす。10秒の間に3本の矢を放ち、木札に記された丸い的にもっとも多くの矢を当てた狩人が、勝者だ。


「勝負は、4名ずつ執り行う。狩人の総数は38名であるので、最後の勝負だけが2名となる。最初の勝負は、なるべく異なる氏族の人間同士で行うように」


 ディンの家長がそのように説明すると、ティカトラスが「ふむふむ!」と身を乗り出した。


「6氏族の家人の総数は80余名という話であったのに、狩人の総数は38名にも及ぶのだね! 半数近い人間が狩人として働いているというのは、なかなかの割合なのではないだろうか?」


 これはルティム家の両名には答えようのない問いかけであったので、俺が応じることにした。


「森辺において、男衆は13歳になった時点で見習いの狩人として扱われます。また、5歳未満の幼子は家人の数に入れない習わしですし、小さき氏族においては年老いた人間が少ないため、狩人の比率が高いように感じられるかもしれませんね」


「ほうほう! 確かにこちらでは、ルウの集落よりもご老人が少ないように見受けられるね! それには何か、理由でもあるのかな?」


「……こちらの6氏族は数年前まで貧しい生活に苦しんでいたため、長く生きるのが難しかったのだと聞いています」


「なるほど! つまりはアスタが、彼らをその苦しみから救ってみせたというわけだね!」


 フェルメスやドレッグの調書を確認しているのならば、そういった事情もわきまえているのだろう。ティカトラスは納得した様子でにこにこと笑いながら、勝負の場へと視線を戻した。


 今回は9ヶ月も期間が空いたため、その間にまた2名の少年が13歳となって、狩人の総数は38名となったのだ。なおかつ、この期間に魂を返した男衆はひとりもいないのだと聞いている。それは何より喜ばしい話であったが、俺に対する賞賛の言葉などは必要なかった。


 勝負の場に進み出た4名は、いずれも幼さの残る顔立ちをした若衆だ。ファとスドラを除く4氏族の中から、見習い狩人たちが参じたのだろう。

 それよりもさらに年若い少年たちが、棒を使って木札を揺らす。その少年たちが安全な場まで退いたならば、幼子たちによる可愛らしいカウントダウンだ。


 やはり見習い狩人であるために、矢の多くは木札をかすめて樹林の向こうに消えていく。

 しかしその時点で、デギオンが重々しいうなり声をあげていた。


「いやあ、矢を射る立ち姿というのは、やはり美しいものだよね! ……ところでデギオンは、何をうなっているのかな?」


「失礼いたしました……彼らの技量に、感服してしまった次第です」


「ふむ? ヴィケッツォであれば、もっと巧みに弓を扱えそうなものだけれども……でもまあ確かに、彼らも若年の割には大した技量であるのだろうね!」


 これはデギオンのほうが、正しい反応であったことだろう。揺れる木札に矢を命中させることなど、そう簡単にいくわけがないのだ。他なる外来の客人たちは、若衆の健闘に素直な歓声をあげていた。


 その次の4名も初々しい見習い狩人であったため、結果は変わらない。そして3組目に登場したのが、ランの家のマサ・フォウ=ランであった。

 マサ・フォウ=ランも、年齢は20歳そこそこであろう。しかし彼は的当ての力比べを何より得意にしているのだ。そんな彼が3本の矢を木札に当て、しかも2本を小さな印に的中させたものだから、見物人たちはいっそうわきかえった。


「2本を的中……? あのように小さな印に、2本も矢を当てたというのでしょうか……?」


「うんうん! 素晴らしい力量だね! 彼なら、ヴィケッツォといい勝負ができそうだ!」


 ティカトラスがそのように言いたてると、ヴィケッツォがちらりと不満げな目つきを覗かせた。自分なら3本すべてを的中させてみせるとでも言いたげな目つきである。


 そして勝負の場においては、5組目に登場したライエルファム=スドラが初めて3本の矢をすべて的中させた。

 スドラの狩人は、誰もが弓を得意にしているのだ。その次に進み出たスドラの若い狩人も、マサ・フォウ=ランと同じ結果を残していた。


 勝負を行う順番は特に決められていないものの、どうやら手練れの狩人たちは意識的に順番をずらしているようである。

 そうして順番に登場したアイ=ファとチム=スドラ、ゼイ=ディンとジョウ=ランの4名は、全員が3本の矢を的中させてみせたのだった。


「素晴らしい! やはりひときわ美しき立ち姿で矢を射る人間こそが、その美しさに相応しい結果を残しているようだね!」


 勝負が進むごとにティカトラスは昂揚していき、デギオンは落ちくぼんだ目に真剣な光を宿らせる。そんな中、ヴィケッツォだけは平常通りのたたずまいだ。

 ヴィケッツォの様子に変化が生じたのは、1回戦目の勝者である10名によって2回戦目が開始されてからであった。

 最初の勝負では、マサ・フォウ=ランが順当に勝ち上がる。そして次の勝負では、ライエルファム=スドラとアイ=ファとチム=スドラが対戦することになり――その3名が、2回連続ですべての矢を的中させてみせたのだった。


「それまで! 力の消耗を避けるために、この3名は全員を勝ち残りとする!」


 勝負に挑んだ3名全員が勝ち残りというのは、なかなかの事態であろう。ティカトラスばかりでなく、ダン=ルティムやガズラン=ルティムも感心した面持ちになっていた。


「アイ=ファはもちろん、スドラの狩人たちも大したものだな! 全員が、ルド=ルウやジーダに匹敵するぐらいなのではないだろうか?」


「ええ。スドラというのは、弓の腕と身軽さで知られる氏族でありますからね。それにしても、見事な力量です」


 古くからの友人であるルティムの父子にそのように評されて、俺も誇らしい限りであった。

 しかし、驚くのはまだ早い。次の勝負では、ゼイ=ディンとジョウ=ランが同じ結果を出してみせたのだった。


「それまで! ……勝ち残った人間が、6名になってしまったな。ここは公平を期すために、くじ引きで3名ずつに分かれてもらおう」


 小枝で即席のくじが作られて、準決勝戦の対戦内容が決定された。

 最初の勝負は、ジョウ=ランとマサ・フォウ=ランとチム=スドラ。

 次の勝負が、アイ=ファとゼイ=ディンとライエルファム=スドラだ。


 1回戦目で強者同士の対戦を避けたため、至極順当な顔ぶれである。誰が勝ち進むにせよ、この6名は6氏族の誇る的当ての強者であるはずだった。


(前回の勇者はジョウ=ランで、その前は……たしか、2回連続でチム=スドラだったよな。でも、アイ=ファだってたびたび決勝戦まで残ってたんだから、望みはあるはずだ)


 期待と興奮のあふれかえった大歓声の中、まずは最初の勝負が開始される。

 遠くのほうでは、ユーミも声を張り上げていた。ジョウ=ランはやわらかい面持ちであったが、その眼差しは真剣そのものであった。


 1度目は、当然のように全員が3本を的中させる。

 2度目も、それは同様であった。

 そして、3度目の勝負で――マサ・フォウ=ランだけが、1本の矢を的から外してしまった。


「それまで! ジョウ=ランとチム=スドラは、次の勝負を待つがよい」


 やはりかつての勇者であるこの両名は、実力が飛びぬけているのだろう。敗北してしまったマサ・フォウ=ランにも、惜しみない拍手が送られていた。

 そして次なるは、アイ=ファとゼイ=ディンとライエルファム=スドラの勝負である。


 1度目は、やはり全員がすべて的中だ。

 2度目もまた、同様である。

 そして、3度目は――やっぱり全員が、すべての矢を的中させていた。


「……猟犬を扱うようになって以来、弓の技量はいっそう重要になりました。きっとそれでアイ=ファたちも、いっそう腕を磨くようになったのでしょう」


「それでも、凄まじい技量だな! 本当に、ルド=ルウたちに見せてやりたかったものだ!」


 ルティムの父子はそのように語らっており、ヴィケッツォは爛々と目を燃やしていた。

 ティカトラスはうっとりと目を細めており、デギオンは小さく息をついている。反応は人それぞれであるが、とにかく誰もが感服しているのは確かであった。


 そんな中、4度目の勝負でもすべてが的中である。

 そして、5度目の勝負も引き分けに終わったところで、ディンの家長が声をあげた。


「よもや、最後の勝負の前にここまで長引くとは考えていなかった。これでは先に勝ち抜いた2名よりも、力を削がれることになってしまうのではないだろうか?」


「しかし、そこで公平を期すために、わざわざくじを引かせたのであろう? これで力が削がれるならば、母なる森のはからいであろうよ」


 ライエルファム=スドラがそのように応じると、アイ=ファとゼイ=ディンも無言でうなずいた。

 そして、1回戦目で敗退していたラッド=リッドがガハハと笑い声を響かせる。


「たとえ勇者や勇士の称号を得られなくとも、この3名の力はすべての人間が見届けた! ここはともかく、勝負を進めるべきではなかろうかな!」


 バードゥ=フォウとランの家長もその意見に賛同し、勝負が再開された。

 しかし、6度目の勝負も全員がすべての矢を的中である。

 さらに、7度目、8度目、9度目と勝負が進められても、結果は変わらない。


 アイ=ファもゼイ=ディンもライエルファム=スドラも的当ての強者であることは事実であったが、この時点で全員が自己の最高記録を塗り替えていた。俺の記憶では、過去の力比べで9回連続すべての矢を的中させることができたのは、ジョウ=ランとチム=スドラのみであったのである。


 だからやっぱりガズラン=ルティムの言う通り、アイ=ファたちはこの9ヶ月ばかりでさらなる修練を重ねることになったのだろう。それはもちろん力比べで勝ち進むためではなく、猟犬を使ったギバ狩りの作法に適応するための尽力であるはずであった。


 そうして、10度目の勝負も引き分けに終わり、11度目の勝負で――ついに1本の矢が、的を外した。

 敗北したのは、ライエルファム=スドラだ。

 人々は、まるで勇者が決せられたかのような勢いで歓声をほとばしらせることになった。


「静粛に! アイ=ファとゼイ=ディンの回復を待つため、多少ばかりの休息をはさむこととする!」


 アイ=ファは軽く肩を上下させながら、俺のほうに近づいてきた。

 得たりと、俺は腰にさげていた水筒を差し出してみせる。アイ=ファは「うむ」と水筒を受け取り、冷たいチャッチ茶をひと口だけ咽喉に流し込んだ。


「アイ=ファ! 君は素晴らしい弓の使い手だ! わたしは新しい肖像画を手掛けたくなってきてしまったよ!」


 ティカトラスは、満面の笑みでそのように言いたてた。

 ヴィケッツォは、射るような目でアイ=ファを見据えている。


「しかし! ジョウ=ランや他の2名も、アイ=ファに負けない美しい立ち姿をしている! いったい誰が勝利するものか、わたしには見当もつかないね! どうか最後まで、その美しさで戦い抜いてくれたまえ!」


 アイ=ファは文句を言う手間をはぶいて目礼だけを返し、早々に立ち去ってしまった。

 その凛々しい後ろ姿を見送ってから、ティカトラスはヴィケッツォの肩をぽんと叩く。


「ヴィケッツォの毒矢は相手にかすめるだけで十分なのだから、あれほどの精度は必要なかろうよ! 何もそのように悔しがることはない!」


「……べつだん、悔しがってはおりません」と、ヴィケッツォは悔しそうに唇を噛む。まあ彼女は森辺の民ではないのだから、虚言も罪とはならないのだ。なおかつ、ティカトラスに慰められるだけで、彼女はおおよそ心を静められるようだった。


(ティカトラスに対しては、すごく素直なお人なんだよな。親子関係が良好なようで、何よりだ)


 俺がそんな感慨を抱いている間に、休憩時間の終了が告げられた。

 アイ=ファ、ゼイ=ディン、ジョウ=ラン、チム=スドラの4名が、勝負の場に進み出る。この段階から、人々は盛大に声援を張り上げていた。


「では、最後の勝負を開始する! 悔いの残らぬよう、力を尽くしてもらいたい!」


 木札が棒で揺らされて、幼子たちのカウントダウンが開始される。そして競技の邪魔になることをはばかってか、見物人の多くも歓声をカウントダウンに切り替えた。


 大の大人が唱和すると、カウントダウンもなかなかの迫力である。

 そんな中、4名の手から矢が放たれて――そのすべてが、木札の中心の印を射抜いた。

 2度目、3度目、4度目と――すでに11連続で的を外していないアイ=ファとゼイ=ディンも、ジョウ=ランとチム=スドラにくらいついていく。森辺の狩人の身体能力であれば弓を射ることに体力はそうまで削られないだろうから、驚くべきはその精神力であった。


 5度目、6度目、7度目の勝負でも、結果は変わらない。

 そして8度目の勝負で、結果の確認におもむいた少年が「あっ!」と大きな声をあげた。


「ゼ、ゼイ=ディンは、2本の的中です!」


 木札はしっかり射抜いていたが、1本だけが的を外してしまったのだ。

 そして残る3名がすべて的中と報告されると、あちこちから悲嘆の声があげられた。本日はザザの血族が数多く集まっていたため、ゼイ=ディンの勝利を願う人間がひときわ多かったのだ。


 しかし嘆きの声は、すぐさま祝福の声に転じる。たとえ勇者や勇士の座を逃しても、これほどの技量を持つ狩人など森辺でもそうそう存在しないはずであるのだ。

 そうしてゼイ=ディンは大きな歓声と拍手をあびながら、大事な娘とその友たる姫君の待つ場へと戻っていった。


(でも、これでアイ=ファは少なくとも勇士の称号を得られるんだ)


 ゼイ=ディンの敗退を残念に思いつつ、俺はやっぱりそちらの事実を喜ばずにはいられなかった。人垣のどこかにまぎれてしまっているリミ=ルウやサリス・ラン=フォウも、それは同様であっただろう。


 そうして、勝負が再開される。

 9度目、10度目、11度目と、記録はどんどん更新されていき――それが20に達したとき、ついに広場が静まりかえった。

 アイ=ファなどは1回戦目から数えると、すでに32度も連続で、すべての矢を的中させているのだ。

 たとえどのような身分の人間であっても、それが規格外の記録であることは理解できるはずであった。


 そうして広場の様相が変容しても、アイ=ファたちは変わらぬ美しさと雄々しさで矢を放っていく。

 そして、25度目の勝負によって――ついに、アイ=ファの矢が1本だけ的を外してしまったのだった。


 人々は、緊張の糸が切れたように歓声をほとばしらせる。

 それで次なる勝負においては、チム=スドラが1本だけ的を外す結果になった。


「それまで! 的当ての勇者は、ジョウ=ラン! 勇士は、チム=スドラとアイ=ファとする!」


 怒涛の歓声に負けぬようにと、ディンの家長が声を張り上げる。するとまた、その結果を祝福するための歓声が広場を揺るがしたのだった。


「なるほど! もっとも数多くの矢を的中させたのはアイ=ファであるのに、残念なことだね! しかし! 誰もが美しかった! チム=スドラやゼイ=ディンの名も、わたしの胸に刻みつけておくことにしよう!」


 ティカトラスは、そんな風に述べたてていた。

 そしてまた、アイ=ファと一緒にひっついてきたジョウ=ランも同じような言葉を口にしていたのだった。


「組み合わせの結果で俺が勇者とされましたが、アイ=ファに力の差を見せつけられた心持ちです! 次の収穫祭では、自分でも納得のいく勝利を目指したく思います!」


「……次の収穫祭など、おそらくは9ヶ月以上も先の話であろう。そんな遠い行く末のことよりも、お前は気にかけるべき話があるのではないか?」


「そうですね! ユーミのもとに向かいます!」


 と、ジョウ=ランは朗らかな笑顔を残して駆け去っていった。

 まだまだ歓声の鳴りやまない中、俺はアイ=ファに「おめでとう」と告げてみせる。


「アイ=ファは他の人たちより弓の修練を始めるのが遅かったのに、すごい結果だな。心から誇らしく思うよ」


 アイ=ファは俺の横手に回り込み、ティカトラスたちから表情を隠せるポジションを確保してから、「うむ」と微笑をこぼした。

 さすがのアイ=ファも勇者の座を逃した悔しさよりも、とてつもない記録を打ち立てた誇らしさが上回ったのだろう。36回連続ですべての矢を的中させられる狩人が、果たして森辺にどれだけ存在するか――アイ=ファは森辺で屈指の精神力を持つ狩人であると証明したに等しかったのであった。


「では、荷運びの力比べを開始する! 広場の中央に移動を願いたい!」


 興奮さめやらぬ人々は、ディンの家長の号令に従って移動する。

 次は的当てと正反対の資質が求められる、荷運びの力比べだ。的当てではアイ=ファやスドラの狩人を始めとする小柄な狩人が活躍し、荷運びではディンやリッドの大柄な狩人が活躍する。たまたまの結果であるが、こうしてさまざまな狩人に順序よく脚光が当てられるのは幸いな話であった。


 この場で無類の力を発揮するのは、リッドにおいてももっとも体格のいいラッド=リッドである。

 また、リッドとディンは他の4氏族よりも多少豊かな生活を送ってきたため、体格に恵まれた狩人が多い。それで彼らは的当てで活躍できなかった鬱憤を晴らすかのごとく、凄まじい馬力を発揮するのだった。


 見物におもむいていたザザの血族たちも、ここぞとばかりに歓声を張り上げている。また、ルウの収穫祭で荷運びの勇者となったダン=ルティムも、瞳を輝かせていた。


「リッドの家長は、なかなかの駆け足だな! 俺も身体がうずいてきそうだ!」


「うむ! 俺も同じ気持ちだぞ!」と、どこからともなく、ラウ=レイがわいて出た。もちろんヤミル=レイも連れ回されているため、ティカトラスが「おお!」と笑みくずれる。


「会いたかったよ、ヤミル=レイにラウ=レイ! その口ぶりだと、ラウ=レイもこの競技を得意にしているのかな?」


「うむ! ダン=ルティムにはかなわなかったが、俺も勇士の座は授かれたからな!」


「ほほう! そのようにすらりとした体格であるのに、たいそうな怪力だね! このような競技でも、体格がすべてではないというわけか!」


 ティカトラスは感心しきっていたが、それはラウ=レイが規格外であるのだ。この競技では70キロ相当の幼子たちを引き板で引いて走るのだから、脚力よりも腕力のほうが重要であるぐらいのはずであった。


 アイ=ファやスドラの家長たちは、やっぱりいずれも初戦か2回戦目で敗退してしまう。勝ち残る人間のほとんどは、リッドやディンの狩人たちだ。

 そんな中、健闘していたのはバードゥ=フォウであった。

 バードゥ=フォウはもともと長身痩躯という体形であったが、ここ数年の豊かな生活で力強さが増してきたのである。骨格の細さはどうしようもないものの、その身には明らかに以前よりも頑健な筋肉が備わり、リッドやディンの狩人たちにも決して引けは取らなかった。


 そうしてこの勝負では引き分けも生じにくいため、2回戦目が終了した時点で勝者は3名に絞られる。その顔ぶれは、ラッド=リッド、バードゥ=フォウ、ディンの家長というものであった。俺の記憶では、たしか前回も決勝戦に残ったのはこの3名であったはずだ。


 的当てでは活躍できなかった3氏族の家長たちに、大きな声援が集められる。

 それで優勝を果たしたのは、やはり圧倒的な腕力と脚力を持つラッド=リッドであるが、バードゥ=フォウは僅差でディンの家長に勝利することができた。バードゥ=フォウの長い足が駆け比べにおいては有利に働き、それが勝負を分けたようである。


「うーん、素晴らしい! やはり躍動する筋肉というのは、美しいものだね! 弓の勝負とは対極的な美しさだ!」


 ティカトラスも、ご満悦の様子である。

 そうして9ヶ月ぶりに行われる狩人の力比べは、いよいよ熱狂しながら中盤戦へと突入したのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ジェノス侯爵家のメルフリード、エウリフィア、オディフィア。 妹がいたと思うけど、まだ幼いから出番はないのかな。
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