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異世界料理道  作者: EDA
第七十章 灰と黒の祝祭
1202/1686

六氏族の合同収穫祭①~下準備~

2022.5/25 更新分 1/1

 それから三族長の協議を経て、ティカトラスの持ち出したふたつの願い出は無事に了承されることになった。

 ティカトラスたちは森辺の無人の集落に逗留し、そして6氏族の合同収穫祭に招待されることになったのだ。


 もちろん合同収穫祭に関しては、それを行う6氏族の意向が重んじられることになった。アイ=ファたちは三族長の会議の場に招集されて、そこで納得いくまで論じ合うことになったのだった。


「このたびの収穫祭には、ユーミを始めとする宿場町の民を招く予定であったのだからな! たとえ貴族の願い出であろうと、そちらの予定を曲げることはできんぞ!」


「うむ。それに、貴族が祝宴に参ずるというのなら、これまで通り警備の兵士というものを配置させるべきであろう。町の客人や幼子らの集う祝宴に無法者などが押し寄せてきては、どのような危険が生じるかもわからんからな」


「ではいっそ、ジェノスの貴族も招いてみてはどうであろうか? あちらはあちらでティカトラスの動向を気にかけているようなので、きっと喜んで参席することだろう。さすれば、兵士を準備する名目も立てやすいはずだ」


 協議は、そんな風に進められたらしい。

 それで、そういった要望がティカトラスやジェノスの貴族たちに伝えられ、余すところなく了承されたのだという話であった。


 まあ俺としては、ルウ家の晩餐でその話を聞かされて以来、ずっと覚悟を固めていた。これまでさんざん貴き身分にある方々を祝宴にお招きしてきたのだから、ティカトラスだけを断ることはできないのだろうと、腹をくくっていたのである。


 よって、俺がより驚かされたのは、無人の集落に滞在したいという願い出のほうであった。

 それはただ滞在するというだけの話ではなく、朝から晩まで好きに森辺を徘徊したいという申し出であったのだから、そう簡単に許されることはないだろうと踏んでいたのだ。


「しかしそちらもまた、プラティカやリコたちに許していた行いであるからな。ティカトラスだけ拒むというのは、難しい話であったのだろう」


 ルウ家における協議から戻ってきたアイ=ファは、苦々しげな面持ちでそのように語らっていたものであった。

 ただもちろん、ティカトラスのような人間を野放しにすることはできない。彼の願い出を聞き届けるために、プラティカやリコたちにも申しつけていた約定を念入りに伝えることになったのだ。


 一、森辺の掟をすべて理解して、それに従う。

 一、集落を除く森の中には、決して足を踏み入れない。

 一、いずれかの集落を訪れた際には、本家の家長かそれに準ずる立場の人間にまず挨拶をして、集落の見物の許しを得る。


 大きく分けると、その3点である。

 森辺の掟というのは、罰をともなうものに関してだ。異性の容姿をむやみに褒めそやさないというのは、掟ではなく習わしの範疇であるために罰則も存在しないわけであるが。それ以外にも、森辺にはさまざまな厳しい掟が存在するのである。


「家人の許しもなく家に踏み入ったならば、足の指を切る。家族ならぬ異性の裸身を目にしたならば、目玉をくりぬく。森の恵みを口にしたならば、頭の皮を剥ぐ。そういった掟を知らぬままに森辺の集落をうろつけば、痛い目を見るのは客人のほうだからな」


 協議の場でそのように語らっていたのは、グラフ=ザザであったという。もちろんそれは、客人たちの無事を願っての言葉であったのだろうが――あのグラフ=ザザの口から語られると、迫力も倍増だったのではないかと思えてならなかった。


 ともあれ、ティカトラスはこちらの要望をすべて受け入れた上で、森辺の集落に滞在することに相成ったわけであった。

 ルウ家の晩餐の翌日には三族長の協議が行われて、その翌日にティカトラスへと返事が伝えられた。それでティカトラスはその場で快諾し、その夜にはもう森辺の集落に乗り込んできたのだった。


「いやあ、本当にありがたい話だよ! いずれファの家にもお邪魔したく思っているから、その節はどうぞよろしくね!」


 屋台にやってきたティカトラスは、満面の笑みでそのように語らっていたものであった。

 それでティカトラスは合同収穫祭が行われるまでの数日間を、森辺で過ごしていたわけであるが――意外という何というか、その期間はファの家を訪れることもなかった。ティカトラスはまずもっとも北寄りにある無人の集落を寝床に定めて、ザザの集落から検分を開始したのである。


「森辺の民は氏族によって、生活ぶりに大きな違いがあるという話であったからね! せっかくだから、そのすべてを見届けさせてもらいたく思っているよ!」


 そうしてティカトラスが森辺に乗り込んできたのは灰の月の25日で、その翌朝にはもうザザの集落の検分を開始したわけであった。

 朝一番でザザの集落を訪れたティカトラスは、ついに三族長の最後のひとりであるグラフ=ザザと対面を果たし、その勇壮なる容姿と魂の輝きをひとしきり賞賛してから、集落の隅々まで検分していったそうだ。


 それで中天に至って男衆らが森に入ったならば、トトスを駆けさせて宿場町に舞い戻り、俺たちの屋台で腹ごしらえをしてから宿場町や城下町の巡回、そして日が暮れる前にまた森辺へとおもむいて、晩餐をご馳走になってから無人の集落を目指す――というのが、彼らのスケジュールの基本であった。


「やっぱり森辺の家長たちにしてみると、自分たちのいない時間に居座られるのは落ち着かないようだからさ! わたしもまだまだ商談を抱えている身だし、しばらくはこんな感じで日々を過ごそうかと思うよ!」


 ティカトラスのバイタリティーというものは、ダカルマス殿下やアルヴァッハをも凌駕しているのではないかと思われてならなかった。まあ、ひょっとしたらそれはバイタリティーの問題ではなく、貴族としての節度にまつわる問題であったのかもしれないが――何にせよ、ティカトラスは文字通り朝から晩まで駆けずり回って、森辺のみならずジェノス全域での生活を味わい尽くそうと目論んでいるようであった。


 そんなさなか、我が屋台に珍客を迎えたのは、ティカトラスの滞在3日目のことだ。フェルメスとジェムドが旅人用のフードつきマントで人相を隠しつつ、こっそりと来訪したのである。


「ついにティカトラス殿は、森辺の集落をも自由に行き来できる資格を得られたのですね。僕にはとうてい成し得ない所業です」


 そんな風に語るフェルメスは襟巻きで口もとを隠していたために表情も判然としなかったが、ただそのヘーゼルアイにはとても切なげな光がたたえられていた。


「それはまあ、フェルメスは外交官という立場でジェノスに滞在されているのですからね。物見遊山で出向いてきたティカトラスに比べたら、どうしたって行動の自由は制限されてしまうのでしょう」


「ええ。それに僕は、ティカトラス殿ほどの体力も持ち合わせておりませんからね。……ティカトラス殿は、すでにファの家も訪れておられるのでしょうか?」


「いえ。最初にフェルメスたちとご一緒に来られた日以来、ファの家にはお招きしていません。ティカトラスは、北側から順番に検分を進めているようですからね」


「そうですか。……であれば僕も、そうまで嫉妬心に苛まれずに済みますね」


 フェルメスに恋する乙女のような眼差しを向けられた俺は、「あはは」と笑ってごまかすことしかできなかった。


「しかし、そうすると……やはりティカトラス殿は、アスタ個人に強い関心は持っていないということですね。僕にはそれが、不思議でなりません」


「まあ俺なんかは、屋台で毎日のように顔をあわせていますからね。俺の料理さえ口にできれば、ひとまずご満足なのではないでしょうか」


「アスタの特別な出自を看破しながら、料理の腕にしかご興味がないということですか。やっぱり僕には、理解の外です」


 フェルメスはそのように語らっていたが、俺は大して気にしていなかった。フェルメスが俺に強い興味を抱いているのは、その大部分が知的好奇心であろうと思うのだ。学者的な素養の強いフェルメスと芸術家的な素養の強いティカトラスでは求めるものが異なっているのだろうと、俺はそんな風に解釈していた。


                  ◇


 そうしてやってきた、灰の月の29日――

 ティカトラスが森辺に滞在してから5日目となるその日が、6氏族の合同収穫祭であった。


 本来は灰の月の半ばに予定されていた収穫祭が、ギバ狩りの新たな作法の影響で、ここまでずれこむことになったのだ。前回の収穫祭からは、実に9ヶ月以上ぶりの開催である。フォウの集落に集結したかまど番たちは、誰もが喜びの念にわきかえっていた。


「しかも今回は、トゥール=ディンの取り仕切りですからね! いったいどれだけ見事な料理が出されるのかと、うちの家族たちも大きく期待してしまっています!」


 そのように語らっていたのは、トゥール=ディンの相棒として古くから屋台を手伝っているリッドの女衆である。

 合同収穫祭は、6氏族が持ち回りで取り仕切り役を果たすことになっている。記念すべき最初の開催ではフォウ、2度目がリッド、3度目がランと来て、このたびはディンの家に順番が回ってきたわけであった。


「で、ですが、料理を準備する顔ぶれに変わりはありませんし、献立の内容もアスタを中心に決めたのですから、誰が取り仕切り役でも変わるところはないかと思うのですが……」


 トゥール=ディンが恐縮しきった様子でそのように答えると、リッドの女衆は元気いっぱいに「いえ!」と応じた。


「それはわたしも同じように思っていますけど、でもこれは9ヶ月ぶりの収穫祭ですし、ここ最近は大きな祝宴もありませんでしたからね! わたしもべつだん、家族の期待をなだめる気持ちにはなれませんでした!」


 にこやかに語らうリッドの女衆の周囲では、他の人々も同じような表情を浮かべている。ティカトラスが参席するという一件も、彼女たちに影を落としている様子はなかった。


(まあ、収穫祭に客人を招くのも、すっかり慣れっこになっちゃったもんな。その中に素っ頓狂なお人がひとり混じっていても、そんなには気にならないか)


 およそ9ヶ月前に行われた収穫祭においても、実に大勢の客人が招かれていた。あのときは合同収穫祭の手本を示すという名目が存在したため、森辺のほとんどの氏族を招待することになったのだ。さらに城下町や宿場町からも客人を招いて、総勢は50名以上に及んだはずであった。


 それでけっきょく今回も、前回と変わらぬ大人数になってしまっている。もともと今回はユーミを筆頭とする宿場町の若衆ばかりでなく、調理の見学を願う城下町の料理人たちに、血族の収穫祭を見届けたいと願うザザの血族も招待する予定であったのだ。そこに、ティカトラスの一行とジェノスの貴族たちまでもが加えられ――さらに、ティカトラス個人の要望も受け入れることに相成ったのだった。


「これは本当に可能であればでかまわないのだけれども、傀儡の劇に登場していた面々と顔をあわせてみたいのだよね! 無理のない範囲で、よろしくお願いするよ!」


 ティカトラスは、そのようにおねだりしていたのだった。

 傀儡の劇に登場していて、なおかつ存命である森辺の民は、8名。俺、アイ=ファ、ドンダ=ルウ、ダン=ルティム、ダリ=サウティ、ヤミル=レイ、ディガ――そして、東の民として登場していたシュミラル=リリンである。この中で、ティカトラスがいまだ対面していないのは、ダン=ルティムとディガとシュミラル=リリンの3名のみであった。が――


「ティカトラスがそのように言いたてているのならば、俺とヤミルも参席してやろう! ちょうど前回の収穫祭では族長筋の眷族ばかりがないがしろにされて、ほぞを噛むことになっていたのだからな!」


 そんな風に主張するラウ=レイの影響で、ヤミル=レイも招待されることになってしまった。前回の合同収穫祭では族長筋の眷族だけが招待されないという結果になってしまったため、ラウ=レイはずっと不服を申し立てていたのである。


 その他にも、ディガが自分だけ出向くのは忍びないと言い張って、ドッドも一緒に招かれることになったり、これを機会にガズラン=ルティムもティカトラスと対面させておこうという意見が持ち上がったりして、客人の数がじわじわと加算されたわけであった。


 しかしまあ何にせよ、森辺の客人が増えるのは心強いことである。それでアイ=ファや他の家長らも、その申し出を快く受け入れていたのだった。


 そんなこんなで、まず力比べが開始される中天までは、宴料理の下準備だ。

 リッドの女衆の発言には恐縮していたトゥール=ディンであるが、祝宴の取り仕切りに関しては北の集落において実績を積んでいるため、誰よりも手馴れている。そんなトゥール=ディンの指示に従って、俺たちはてきぱきと作業を進めることになった。


 このたび班長に任命されたのは、俺、ユン=スドラ、ディンの家長の伴侶の3名だ。もちろんトゥール=ディン自身もその役を負うため、6氏族のかまど番が4班に分かれて作業を進めている。俺の班にはさまざまな氏族の女衆が混在しており、その中にはアイ=ファの親友たるサリス・ラン=フォウも含まれていた。


「ティカトラスという貴族が描いたアイ=ファの肖像画というものは、素晴らしい出来栄えであったそうですね。子を持つわたしは城下町での仕事を受け持つことがかないませんが……このたびばかりは、その肖像画を目にできないことを無念に思うことになりました」


 サリス・ラン=フォウがそのように告げると、壁際に立ち尽くしていたアイ=ファ自身が「何を言っているのだ」と顔をしかめた。


「どのような出来栄えであっても、絵は絵に過ぎん。あのようなものを目にして喜ぶのは、ジョウ=ランのような変わり種だけであろう」


「そうなの? ユン=スドラやトゥール=ディンたちも、それは見事な出来栄えであったと言っていたけれど……アスタは、どう思いました?」


「ええ。あまりに見事で、胸が詰まるほどでした。……なんだよ、虚言は罪だろ?」


「やかましい」と、アイ=ファはじっとりとした目を向けてくる。その姿に、サリス・ラン=フォウはくすくすと笑った。


「アイ=ファは自分の姿を目にすることを好んでいないようだものね。母親にそっくりの美しい姿であるのに、どうしてなのかしら」


「サリス・ラン=フォウも、やかましいぞ。私は母メイのようにたおやかな人間ではないし、狩人にはたおやかさなど必要ないのだ」


「アイ=ファはメイ=ファの優しさとギル=ファの勇敢さをあわせもっているから、それほどに美しいのよ。それは誇るべきことだと思うわ」


 幼馴染の気安さに、アイ=ファは金褐色の頭をがりがりとかきむしった。


「そのようなことよりも、ティカトラスという貴族には十分に注意するのだぞ。やたらと警戒心の強い従者たちにもな」


「でももうその貴族たちがジェノスにやってきてから、ひと月近く経つのよね。それで何も騒ぎは起きていないのだから、危険はないのじゃないかしら」


「……肖像画にまつわる騒ぎなどは、サリス・ラン=フォウにとって些末なことということだな」


「あら、そんなつもりではなかったのよ。アイ=ファを嫌な気持ちにさせてしまったのなら、ごめんなさい」


 サリス・ラン=フォウが心から申し訳なさそうな顔をすると、アイ=ファはまた無言で頭をかき回した。

 アイ=ファには申し訳ないが、俺にとっては心の和むやりとりだ。他の女衆らもつつましく口をつぐみつつ、ふたりの交流のさまを温かい目で見守ってくれていた。


 そこで騒擾の気配がたちのぼったのは、前準備が終了していよいよ本格的な調理を開始しようとした頃であった。


「やあやあ! こんな朝方から、ご苦労なことだね! いったいどれほど立派な宴料理が準備されるのか、今から期待がふくらんでしまうよ!」


 やがてバードゥ=フォウの案内で、騒ぎの元凶がこちらのかまどの間にやってきた。


「おお、アイ=ファもすでに参じていたのか! 相変わらずの美しさだね! 君がどれだけの技量を持っているのか、狩人の力比べというやつも楽しみにしているよ!」


 アイ=ファは口を開く手間をはぶいて、目礼だけを返した。

 初めてティカトラスを目にする他の女衆らは、みんな折り目正しく一礼している。このひと月ばかりでティカトラスの風聞はさんざん聞き及んでいるために、その頓狂な身なりや言動に心を乱されることもないのだろう。ただやっぱり、誰もが油断のない目つきでティカトラスの挙動をうかがっている様子であった。


「どうもお疲れ様です、ティカトラス。昨晩は、ダナの集落で晩餐にお招きされたそうですね」


「うん! 4日がかりで、ようやくザザの血族たる5氏族を制覇できたよ! 37もあるという氏族を網羅するには、いったい何日かかるのだろうね!」


 トトスのくちばしみたいにとんがった鼻をそらせながら、ティカトラスは呵々大笑した。刀を預けて入室したデギオンは、相変わらず陰気なたたずまいだ。


「では、もういいだろうか? かまど番らには仕事があるため、中天までは俺たちがお相手をしたく思う」


 バードゥ=フォウのはからいによって、ティカトラスは早々に退室していった。

 とたんに女衆らは取りつくろうのをやめて、いっせいに語らい始める。


「本当にあの貴族は、宴衣装のようななりで出歩いているのですね! 噂には聞いていましたが、あれほどまでとは思っていませんでした!」

「あのようにきらびやかな織物は、目にしたこともありません! 銀や宝石の飾り物も、わたしたちには縁のない見事さでしたね!」

「それに、ふたりの従者たちも! あれは確かに、森辺の狩人に劣らない力を持っているように感じられます!」


 この場には、城下町に出向いたことのない女衆も多い。ジェノスの貴族たちも森辺を訪れる際はひかえめな装束を纏っているので、あれだけ豪奢な身なりをした人間を見るのは初めてとなるのだろう。


「でも……確かにあの貴族は、幼子のように奔放でしたが……きっとそれだけの人間ではないのでしょうね」


 サリス・ラン=フォウは、考え深げな面持ちでそのように語らっていた。


「べつだん、悪い人間とは思わなかったけれど……注意を怠るなというアイ=ファの言葉が、理解できたような気がするわ。さっきは軽々しく言葉を返してしまってごめんなさい、アイ=ファ」


「いちいち詫びることはない。しかし、サリス・ラン=フォウもそのように思ってくれたのなら、得難く思う」


 アイ=ファは低い声で答えつつ、ティカトラスたちの出ていった戸板のほうをじっとにらみ据えていた。


 それからほどなくして、今度は調理の見物を希望していた城下町の面々が到着する。その顔ぶれは、デルシェア姫、プラティカ、ニコラ、ロイ、シリィ=ロウ、ボズルというものであった。


「やあ、今日はお招きありがとうね! 初対面の人も多いだろうけど、絶対に調理の邪魔はしないので、どうぞよろしく!」


 そのように語るデルシェア姫は、おひさまのごとき笑顔であった。ジェノスに留学することが決定するなり邪神教団の騒動に見舞われてしまったデルシェア姫は、実に3ヶ月半ぶりの来訪であったのだった。


「ティカトラス様も、もう来てるみたいだね! 毎日森辺で夜を明かしてるなんて、羨ましい限りだよ! それじゃあわたしたちは邪魔にならないようにふたりずつで見学させてもらうことになったから、また後でねー!」


 と、デルシェア姫は弾むような足取りでかまどの間を出ていく。それを追いかけるのは武官たるロデと、ボズルであった。同じ南の民のよしみで、ボズルがデルシェア姫の面倒を見る役目を負ってくれたのだそうだ。


 しかしまあ何にせよ、こういった面々に調理の見学をされるのは毎度のことである。ティカトラスも最初の挨拶以降はこちらに近づいてくる気配もなかったので、俺たちは心置きなく作業に集中することができた。


 そうして時間が過ぎるにつれて、表はどんどん賑やかになっていく。ティカトラスが朝早くから来訪することは知れ渡っていたために、余所の氏族の客人たちも早めに集まってくれたのだろう。それでも俺たちが粛々と作業を進めていると、次に挨拶に出向いてきたのはユーミを筆頭とする宿場町の面々であった。


「みんな、お疲れさまー! 今日はお招きありがとう! こいつらにも悪さはさせないから、どうぞよろしくね!」


 前回はユーミとテリア=マスがふたりきりで招かれていたが、このたびはレビとターラ、ベンとカーゴも加えられていた。厳密に言うと、ターラは宿場町ではなくダレイムの民であったが、ルウの収穫祭ではこの全員が招かれていたのにターラだけ除外するのは忍びないということで、特別につけ加えさせてもらったのだ。

 そしてもう1名、もじもじとしながら立ち尽くしていたのは――ルイアの代わりに《西風亭》の屋台で働くことになった、ビアであった。


「このコは、ランのお人らに迷惑をかけることになっちゃったからさ! それはもうけじめのついた話だけど、わだかまりが残らないようにと思って、今日の祝宴に来てもらったのさ!」


 彼女は屋台の売り上げである銅貨を盗んで、ランの女衆にぬれぎぬをかけることになってしまったのだ。それでもランの女衆自身の願い出によって、屋台の手伝いを継続することになったのだから、確かにしっかりと絆を結んでおく必要があるはずであった。


「わ、わたしのような罪人が参席することを許してくださり、ありがとうございます! け、決してご迷惑をおかけしないように、身をつつしみますので!」


 ころんとした体格をしたビアは、頭が膝につきそうな勢いで深々と一礼した。

 もちろん森辺に、反省した人間を白眼視するような者はいなかったが――それでもビアが森辺の集落にまで参じるのは、相当に勇気が必要であったことだろう。しかも彼女はユーミの母親であるシルの縁者であり、ベンやカーゴたちともつきあいはなかったのだから、なおさらであった。


「あんた、行く先々で頭を下げるつもり? 律儀なのはけっこうだけど、ここにはランの血族じゃないお人らもいるんだろうから、挨拶に困るところだろうね」


 ユーミが苦笑しつつたしなめると、ビアは「いえ!」と声を張り上げた。


「そ、それでもこの場に参じることを許してくださった方々なのですから、頭を下げずにはいられません!」


「それを許したのは、6氏族の家長たちです。わたしたちにまで頭を下げる必要はありません」


 と、サリス・ラン=フォウが穏やかな声でそのように応じた。


「ですが、誰もがあなたと正しき絆を結びたいと願っていることでしょう。どうぞよろしくお願いいたしますね、ビア」


「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」


 サリス・ラン=フォウは張り詰めた面持ちのビアに微笑みかけてから、他の面々に視線を巡らせていった。


「他の方々も、フォウの家にようこそ。今日はけっきょく森辺や城下町の客人のほうが大人数になってしまい、申し訳ありません」


「そんなの、俺たちが詫びられる筋合いじゃねえさ!」


「そうそう! 俺たちなんて、ユーミのおまけでお招きされただけのことだしさ!」


 ベンとカーゴが陽気に応じると、サリス・ラン=フォウはまたにこりと微笑んだ。


「わたしは宿場町に下りる機会も少ないので、みなさんをお招きできてとても嬉しく思っています。どうか収穫祭を楽しんでいってください」


「ああ! 俺なんか、昨日の夜からわくわくしっぱなしさ!」


「ユーミの未来の旦那がどれだけ立派な狩人か、きっちり見届けてやらないとな!」


「う、うるさいよ! あんたたちも、ちっとはつつしみってもんを覚えな!」


 顔を赤くしたユーミに引きずり出されるようにして、ベンたちも退室していった。彼らはひさびさの森辺であったので、ずいぶん昂揚してしまっているのだろう。しかしティカトラスを筆頭とする貴族たちの同席にも動揺していないのなら、幸いであった。


(まあ、宿場町ではティカトラスの評判も悪くないからな)


 そうして広場が騒がしくなっていくにつれ、俺たちの作業も目処がついてきた。


「中天までは、あと四半刻か。キリがいいので、今はここまでにしておきましょう。この調子なら、ゆとりをもって完成できるでしょうしね」


「はい。やっぱりアスタが取り仕切ってくださると、ひときわ順調に進められますね」


 サリス・ラン=フォウのそんなありがたい言葉とともに、俺たちはかまどの間を出ることにした。

 広場はもう、さまざまな身分の人々で埋め尽くされている。また、デルシェア姫が到着した時点で、集落の周囲には護衛の兵士たちが配備されているはずであった。


「おお、アスタも仕事を終えたのだね! ちょうどいいから、アイ=ファとともに来てくれたまえ!」


 と、遠い場所からティカトラスがぶんぶんと手を振ってきたので、俺は面を引き締めたアイ=ファとともに歩を進めることになった。

 広場の片隅で、複数の森辺の民たちがティカトラスの一行と向かい合っている。その顔ぶれで、俺は納得がいった。それらはすべて、傀儡の劇に登場していた人々であったのだ。


「これにて、『森辺のかまど番アスタ』の登場人物が勢ぞろいだね! いやあ、なんとも感慨深いよ!」


「ふふん。けっきょくドンダ=ルウは参じなかったが、まあジザ=ルウに出番を譲るためなのだから、そればかりは仕方あるまいな」


 と、ラウ=レイが気安く相槌を打つ。彼は傀儡の劇に登場していないが、大事な相方のために付き添っているのだろう。

 ドンダ=ルウを除く、7名の登場人物――俺、アイ=ファ、ダン=ルティム、ダリ=サウティ、ヤミル=レイ、ディガという顔ぶれである。ドッドは心配げな面持ちで、ディガの陰にこっそり控えていた。


「それにしても、まさかヤミル=レイがスンの長姉であったとはね! 確かにリコの操る傀儡には妖艶な気配が感じられたけれど、これには驚かされてしまったよ!」


「うむ。罪を贖った者たちの名をむやみに広めるべきではないとされ、ヤミルやディガの名は伏せられることになったのだ」


「うんうん! そちらのディガも、ドムの集落で見かけた顔だけれどさ! まさか君が、アイ=ファに不埒な真似をしようとしたスンの長兄だったとはね!」


「あ、ああ。あの頃の俺は、本当に救いようのない下衆だったからな」


 ディガは痛みをこらえるように眉をひそめつつ、そのように答えた。

 ダン=ルティムはどんぐりまなこをくりくりと瞬かせながら、そのやりとりを見守っている。


「それで? お前さんの好奇心というやつは、満たされたのであろうかな?」


「うむ! ぞんぶんに満たされたよ! 君などは、傀儡の劇そのままの姿だね! ヴィケッツォたちがこれほどまでに張り詰めているということは、よほどの力を持つ狩人であるのだろう!」


「そちらの者たちこそ、たいそうな力量であるようだな。俺やアイ=ファには及ぶまいが、ラウ=レイとはいい勝負ができそうだ」


「なに、そうなのか? では、余興の力比べで相手を願いたいものだな!」


 ラウ=レイが瞳を輝かせて身を乗り出すと、ヴィケッツォが爛々と燃える眼差しでそれを見返した。


「我々は、ティカトラス様をお守りするのが任務です。任務のさなかに力を削がれるような真似はいたしません」


「今日はこれだけの兵士が参じているのだから、ヴィケッツォたちも羽根をのばすがいいさ! そもそもこれだけの狩人が居揃っていれば、無法者など近づけはしないのだろうし――森辺の狩人が敵に回ったなら、我々の生命など風前の灯火なのだろう?」


 そう言って、ティカトラスは愉快そうに笑い声を張り上げた。


「ヴィケッツォたちには申し訳ないが、あらがいようのない力の前にさらされるというのは、なかなか心が躍るものだね! 嵐に見舞われた船の上というのは、このような心持ちになるものであるのかな! いやまったく、森辺というのは退屈するいとまもない! 収穫祭というものが始められる前から、わたしの心臓は暴れっぱなしだよ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] 習わしを守ると言う条件だったのにいまだに美しさを誉めるのか
[一言] 異性の容姿をむやみに褒めそやさないとか 習わし蔑ろにされまくってるのになんで招待するのかよくわからん 最低限の注意もしないし 掟とか習わしとか文化どーでもいいんだろうな
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