表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第七十章 灰と黒の祝祭
1201/1683

ルウ家の晩餐②~新たな申し出~

2022.5/24 更新分 1/1

 夜である。

 その日のルウ本家の広間には、18名もの人間が寄り集まっていた。


 まずはこの家の住人で、ドンダ=ルウ、ミーア・レイ母さん、ジバ婆さん、ティト・ミン婆さん、ジザ=ルウ、サティ・レイ=ルウ、コタ=ルウ、ルディ=ルウ、ルド=ルウ、レイナ=ルウ、ララ=ルウ、リミ=ルウ――客人は、俺とアイ=ファに、ティカトラス、ヴィケッツォ、デギオン――それに、ギバ狩りの作法を伝授するために逗留していたサウティの血族の代表として、ヴェラの若き家長という顔ぶれだ。


「いやあ、実に立派な晩餐だね! 料理の内容もそれを取り囲む人間の数も、城下町の晩餐会に負けないぐらいじゃないか! このように立派な晩餐に招いていただけて、心より感謝しているよ!」


 ティカトラスはひとりではしゃいでいたが、デギオンとヴィケッツォは普段以上に気を張っているように感じられた。彼らは森辺の習わしに従って、すべての武具を手放しているのだ。俺もそのさまをこっそり盗み見していたが、ヴィケッツォなどは黒装束の下に得体の知れない武具をいくつも隠し持っていたのだった。


 しかしまあ、彼らはもともとふたりがかりでもアイ=ファにはかなわないという話であったし、この場にはアイ=ファにまさるとも劣らない力量を持つドンダ=ルウとジザ=ルウが控えている。さらに勇者の力を持つルド=ルウとヴェラの家長までそろっているのだから、武具の有無などはあまり関係ないのかもしれなかった。


 いっぽうドンダ=ルウたちは、鋭いながらも落ち着いた眼差しで客人たちの挙動をうかがっている。ティカトラスらは城下町の祝宴のお誘いをかけるためにルウの集落を訪れたことがあるので、初対面となるのはヴェラの家長のみであったのだ。そのヴェラの家長もダリ=サウティから前情報をもらっているはずであるので、今さらティカトラスの外見や物言いに驚いた顔を見せることはなかった。


「では、晩餐を開始する。客人らは、それぞれの流儀で始めてもらいたい」


 そうしてドンダ=ルウが食前の文言を唱えると、ティカトラスも一緒になってそれを復唱していた。


「それでは、いただくよ! まずはやっぱり、勉強会の成果からだね!」


 従者たちの手を借りることなく、ティカトラスは自分でその料理を取り分けた。俺たちが今日の勉強会で開発した、蜜漬けにしたギバ肉の揚げ焼きだ。かまど番の代表として、レイナ=ルウが家族らにその説明をした。


「これは蜜漬けにしたギバ肉の揚げ焼きです。森辺の民に相応しい料理であるかどうか、意見を聞かせてください」


 レイナ=ルウも客人の前では、ドンダ=ルウやジザ=ルウに対して丁寧な言葉づかいであるのだ。そしてそれに「へー」と応じたのは、男家族の末席であるルド=ルウであった。


「見た目はこれまでの揚げ焼きって料理と、そんなに変わらねーな。ちっとばっかり薄っぺらいけどよ」


「うん。でも、味はずいぶん違っているはずだよ」


 レイナ=ルウの言葉を聞きながら、まずは誰もがその料理に手をのばした。きっと新作の料理をお披露目するときは、最初に感想を述べあうのが通例になっているのだろう。


 俺たちは勉強会の時間をフルに使って、この料理の完成を目指した。最終的にもっとも望ましいと判断された部位は、ロースである。ギバ・カツでも定番のロースを数ミリていどの薄切りにして、片面を大葉に似たミャンで覆った上で卵にくぐらせ、フワノの粉をまぶしてから、上等なほうのホボイの油で揚げ焼きにしたものであった。


 後掛けの調味液は、梅干しに似た干しキキをほぐしてめんつゆを加えた特別仕立てのタレだ。森辺では相変わらずタラパ不足のためにウスターソースを作れないので、そちらに関しても試行錯誤が必要であったのだった。


「へー! なんだか、愉快な味だな! なんか、ギバの知らねー部分を食ってるような心地だよ!」


 と、真っ先に声を張り上げたのも、やはりルド=ルウだ。

 レイナ=ルウは真剣な面持ちで「どうかな?」と問うた。


「ギバ肉らしさは損なわれていないと思うんだけど、苦手な感じはしない?」


「全然しねーよ。噛み応えがいつもと違うから奇妙な心地だけど、初めて内臓を食ったときと比べれば大したこともねーしさ」


「ええ。わたしも美味だと思います」と、サティ・レイ=ルウも穏やかに声をあげた。


「こんなに薄いのに弾むような噛み応えで、本当に不思議な心地だけど……苦手な感じはまったくしません。あなたも、そう思うでしょう?」


「うむ。はんばーぐと比べても、それほど奇妙な料理ではなかろうな」


 ジザ=ルウもそのように言ってくれたので、レイナ=ルウばかりでなくララ=ルウも安堵の息をついた。本日は三姉妹と俺が晩餐の準備を受け持ったのである。


「ドンダ父さんはどうかなー? ちょっぴりやわらかく感じるかもしれないけど、それは薄く切ってあるからだからね!」


 リミ=ルウが期待に満ちた面持ちで問いかけると、ドンダ=ルウは「ふん」という鼻息でそれに応じた。


「べつだん、文句があるわけではない。しかしこいつには、ギバの脂が使われていないようだな」


「はい。ミャンや干しキキの味には、ホボイの油のほうが合っているように思ったのです。いずれタラパを買えるようになったら、らーどとうすたーそーすの組み合わせも試してみようかと考えています」


 レイナ=ルウが凛々しい面持ちで答えると、ドンダ=ルウはもういっぺん「ふん」と鼻を鳴らした。その後は無言であったので、「好きにしろ」ということなのだろう。


「これだけ薄く切ってもらえると、あたしにも何とか食べられるようだねぇ……とても美味しいと思うよ、レイナ、ララ、リミ……」


 ジバ婆さんがそのように声をあげて、三姉妹を笑顔にした。

 そうして家族間の協議が一段落したところで、ティカトラスが声を張り上げる。


「これは本当に素晴らしい味わいだね! それにやっぱり蜜漬けの肉というものは、愉快な仕上がりになるものだ! わたしはまだまだ食べ飽きるほどギバ料理を口にしていないけれども、それにしたって目新しい味わいであるように思えるよ!」


「お口に合ったのなら、幸いです」と、レイナ=ルウがお行儀よく返答をした。


「今日はなるべく屋台の料理と似通らないように配慮しましたので、率直なご意見をいただけたらありがたく思います」


「お気遣いありがとう! こんなに美しい人々に囲まれながら、こんなに素晴らしい料理を味わえるなんて、こちらこそありがたい限りだね!」


 すると、ジザ=ルウが糸のように細い目をティカトラスに突きつけた。


「ティカトラスよ。やはり異性の容姿をむやみに褒めそやさないという習わしを守ることは、難しいのだろうか?」


「うん! それは難しい! でもね、わたしは上手い言い訳を思いついたのだよ!」


「上手い言い訳?」


「うん! わたしは何も、女人の容姿だけを美しいと褒めそやしているわけでない! さっきの言葉にだって、男女の区別はなかったのだからね! それならば、多少は許される面も生じるのではなかろうか?」


 ジザ=ルウは、逞しい首をわずかに傾げた。


「貴方は確かに、森辺の民は男女ともに美しいと語ることが多かったな。しかしそこに女衆の存在が含まれている限り、大きな違いはないのではないだろうか?」


「いやいや! それとて、容姿だけの話ではないのだよ! もちろんアイ=ファやレイナ=ルウたちは掛け値なしに容姿も美しいけれど、それだって魂の輝きがあってこその美しさなのだからね! たとえ容姿が美しくとも、内面が醜かったなら台無しだ! そんなものは、情念のこもらぬ歌や絵画と同列だよ! わたしが美しいと感動するとき、そこには内面の美しさに対する評価も含まれているのだと解釈してくれたまえ!」


「……しかしこの場には、まだまだ交流の薄い人間も多いはずだ。それでどうして、内面の美しさなどが知れるのであろうか?」


 内心を一切うかがわせないまま、ジザ=ルウはそのように言いつのった。

 ティカトラスはまったく怯んだ様子もなく、笑顔で言葉を重ねる。


「それはもう、感性としか言いようがないだろうね! 驚くべきことに、わたしは現時点で出会っている森辺の民のすべてを美しいと感じているのだよ! そして! ルウ家の君たちは美しさも際立っている! ご老人から赤子まで、こんなに誰も彼もが美しく感じられるだなんて、わたしにしてみても初めての体験さ!」


 そんな風に言ってから、ティカトラスはくりんとヴェラの家長のほうを振り返った。


「ただし! 君やアスタもまったく引けを取ってはいないので、誤解のないように! これほどの輝きに包まれて、わたしは目が眩んでしまいそうな心地なのだからね!」


 ヴェラの家長は厳しい面持ちのまま、無言で目礼をした。

 同じ客人としてその隣に並んだ俺は、ふっと想念にとらわれる。


(ヴェラの家長はともかくとして、俺もその中に加えてくれるのか。それは……ティカトラスの本音なんだろうか)


 俺は生粋の森辺の民ではないし、俺の魂は四大神の民とも異なる見てくれをしていると、ティカトラスはそんな風に言いたてていたはずだ。そんなティカトラスがどういった心情でさっきのような言葉を口にしたのか、俺としては気になるところである。


 すると、アイ=ファがこっそり俺の腕を肘でつついてきた。

 振り返ると、ちょっぴり不機嫌そうな目つきでにらまれてしまう。俺は反省して、そちらに笑顔を返すことになった。


(ああ。ティカトラスにどう思われようと、俺は俺だよな)


 そうして俺が気がそらしている間に、ティカトラスとジザ=ルウの問答は終結していた。ティカトラスの言い分にジザ=ルウが納得したのかどうかは判然としないが、とりあえずこれ以上言葉を重ねてもしかたがないという結論に至ったのだろう。あまり事情を知らない人間であれば、ティカトラスが適当な言葉で煙に巻いたような図であった。


「で、あんたたちはこれからどうするつもりなんだ? もう宿場町や城下町では好きに騒ぎまくったんだろ?」


 ルド=ルウがそのように問いかけると、ティカトラスは「いやいや!」と大声で応じた。


「ジェノスというのはいずれの区域も趣深いので、まだまだ遊び足りないね! それに、まだ始末のついていない商談もたくさんあるからさ!」


「商談か。あんたは色んな相手と商売の話を進めてるみたいだなー」


「うん! 何せジェノスというのは、王都に次ぐ豊かさを持つ領地であるわけだからね! それに! どの領地よりもたくさんの南と東の行商人が訪れている! これでは商売人としての観点においても、じっくり腰を据えずにはいられないよ!」


「じゃ、まだまだジェノスに居残ろうって魂胆か」


「もちろんさ! そもそもわたしはミソの行商について、ダカルマス殿下のお返事を待っている立場であるからね! そちらのお返事は、どんなに早くとも黒の月の中頃であろうよ!」


 俺の隣で、アイ=ファが溜息を噛み殺していた。そういえばティカトラスは、自分が買いつけるミソも南の王都まで持ち帰っていただけないかと、ダカルマス殿下に打診しているさなかであったのだ。


「まあ、ジェノスにいる限りは無聊をかこつこともないだろうからね! これからは城下町や宿場町だけでなく、森辺やダレイムやトゥランの様子なども拝見させてもらいたく思っているよ!」


「ダレイムやトゥランに関しては、俺たちの関与するところではない。しかし森辺の集落に関しては、どのように検分しようという心づもりであるのだ?」


 ドンダ=ルウが重々しい声音で尋ねると、ティカトラスは「そうだねえ」と首をひねった。


「森辺の集落というのは、いわゆる特別自治区というやつなのだよね。確たる理由もなく足を踏み入れることは許されないという話だけれども……その定義が今ひとつ定まっていないようだから、わたしも頭を悩ませているのだよ」


「定義、とは?」


「だから、確たる理由という一文に関してさ。わたしは森辺の民の生活を拝見したいと望んでいるのだけれども、それは確たる理由というものに含まれるのだろうかな?」


「そちらはすでに半日ばかりも、ルウの集落で過ごしている。この上、何を検分しようというのだ?」


「だから、生活のすべてだよ! たとえばわたしたちが自由開拓地などを訪れた際は、その暮らしぶりをじっくり拝見するために、数日ばかりも滞在させていただいていたんだ!」


「何故?」と、ジザ=ルウが短く問うた。

 ティカトラスは、笑顔でそちらを振り返る。


「何故かと言えば、それが楽しいからだね! そもそもわたしは自然の息吹というものも愛しているから、大自然の中で過ごすだけで心が浮き立ってしまうしさ! そうして自然の中で過ごす人々と、わずかばかりでも同じ時間を生きることで、わたしはいっそう豊かな心持ちになれるのだ! これはもう先史の時代に刻みつけられた、ひとつの本能なのかもしれないね!」


「……先史の時代?」


「うん! 君たちだって、聖域の民と触れ合うことになったのだろう? かつては我々も彼らと同じように、大自然の中で生きていたはずなのだ! ……まあその頃は魔術を行使していたのだから、まったく趣が異なるのだろうけどさ! しかし何にせよ、我々が石の都を築いたのは、せいぜい600年ていどの昔のことだ! 我々の身に自然の息吹に対する郷愁の念が残されていても、何もおかしなことはあるまいよ!」


 ジザ=ルウは口をつぐみ、バトンタッチする形でドンダ=ルウが口を開いた。


「それは……まるで自らも、聖域の民と出くわしたことがあるかのような口ぶりだな」


「うん! 実はそうなのだよ! ちょっとこれは王国の法すれすれの行いであるので、公言は控えているのだけれどね!」


 ティカトラスのあっけらかんとした返答に、俺は思わず木皿を落としそうになってしまった。

 そうしてアイ=ファが眼光を鋭くすると、ヴィケッツォがぴくりと反応して眉間に皺を刻み込む。


「……アイ=ファ。むやみに気迫をこぼさないでいただけるとありがたいのですが」


「失礼した。我々も、聖域の民とはひとかたならぬ関わりを持っていたのでな」


「ああ、聖域の迷い子を預かっていたのは、ファの家だったのだよね! しかものちには、聖域に踏み込むことすら許されたというのだろう? まったくもって、羨ましい限りだよ!」


 ティカトラスは朗らかに笑いながら、ヴィケッツォをなだめるように肩を叩いた。

 アイ=ファは何とか気迫を引っ込めつつ、その笑顔を見据える。


「では、そちらは聖域に踏み込んだわけではないのだな?」


「もちろんさ! 聖域たる山の境目まで近づいて、夜通し騒いでみたのだよ! そうしたら、様子を探りに来た聖域の民と、わずかばかりに言葉を交わすことがかなったのさ!」


 それは本当に、王国の法すれすれの行いなのであろうと思われた。というか、意図的に聖域の民と接触しようというのは――ほとんど法に背いているのではないだろうか。


「このモルガの山に住まっているのは、赤の民であるそうだね! わたしが出くわしたのは、黄の民であったよ! 全身を黄色く染めあげて、その目は金色に輝いていた! きっとシャーリのグレン族というのは、600年まで黄の民であったのではないのかな! あのジーダなる少年なんかも、そこはかとなく雰囲気が似通っているようだしね!」


「……あなたは黄の民と、どのような言葉を交わしたのだ?」


「言葉を交わしたというよりは、ただ追い払われたというだけのことかな! さっさと立ち去らなければ矢を射かけると脅されて、這う這うの体で逃げ出すことになったのさ!」


 そう言って、ティカトラスは悪戯小僧のように白い歯をこぼした。


「そういえば、黄の民が聖域の同胞としていたのも、狼であったよ! 赤の民は、狼と大蛇を同胞にしているのだろう? やっぱり西の地というのは、狼にとって過ごしやすい気候であるのかな!」


「……あんたは本当に、さまざまな土地を巡っているんだねえ……」


 と――ジバ婆さんが、初めて発言した。

 ティカトラスは同じ表情のまま、そちらに向きなおる。


「もちろんさ! でも、こうまで自由がきくようになったのは、ここ10年ぐらいかな! だからまだまだ、行ってみたい土地が山積みだね!」


「そうかい……それで、森辺ではどんな風に過ごしたいと願っているのかねえ……?」


「ああ、そうか! すっかり話がそれてしまっていたね! ……うーん、わたしとしては、やっぱり森辺の集落に滞在させていただきたいのだけれどね! いちいち町に戻るのは手間だし、町に戻るとついつい夜ふかしをしてしまって、朝方にお邪魔することも難しくなってしまうからさ!」


「朝方? 朝っぱらから、森辺に何の用事があるんだよ?」


 ルド=ルウがうろんげに問い質すと、ティカトラスはそちらに向きなおった。くるくるとよく回る首である。


「だって、男性陣は中天からギバ狩りの仕事があるのだろう? それじゃあ交流を深められるのは、朝と夜だけじゃないか! こうして晩餐をともにできるのはありがたい話だけれども、君たちが集落でどのように過ごしているのかを検分するには、朝方にお邪魔するしかないわけさ!」


「朝方なんざ、寝てるか子供の面倒を見てるかのどっちかだけどなー」


「だから! そういった姿を、自分の目で見届けたいのだよ!」


 すると、ルド=ルウを制してドンダ=ルウが口を開いた。


「しかし俺たちは、貴族に宿泊を許したことはない。そこまでの責任を負うことはできんのでな」


「責任? わたしの身に何があろうとも、誰かに責任が及ぶことはないよ! そのために誓約書を準備していることは、もちろんご存じなのだろう?」


「しかし俺たちは、客人から鋼を預かっている。それでそちらが無法者に害されたならば、それは森辺の習わしが客人らを害したことになろう」


「うーむ?」と、ティカトラスが細長い首を傾げた。


「ちょっと話がよくわからないのだけれども……デギオンとヴィケッツォは、今もすべての武具をお預けしているよね。今この瞬間に無法者が襲ってきたならば、どういう事態に至るのだろうかな?」


「それはもちろん鋼を預かった身として、俺たちが死力を尽くして客人らを守ることになる。また、こちらの判断ですぐさま鋼を返すこともできよう。しかし、夜半に寝入っていては、それもままならぬということだ。なおかつ、他者の富を狙う無法者というのは夜にこそ襲ってくるものだと聞いているし……俺たちにもギバ狩りの仕事があるのだから、寝ずの番まで受け持つことはできん。よって、貴族の逗留を許すことはできんということだ」


「なるほど! 実に森辺の民らしい論法だ! それじゃあもしかして、傀儡使いの面々やプラティカのように荷車で夜を明かすことにすれば、広場の片隅に滞在することも許されるのかな?」


「いや。そちらは大きな富を有していることを喧伝しているようだから、それらの者たちよりも無法者につけ狙われる恐れは高かろう。俺は血族の安全を守るためにも、そちらの滞在を許すつもりはないし……すべての家長が、そのように考えることだろう」


 決して荒ぶることなく、ただ何にも屈しない力強さでもって、ドンダ=ルウはそのように答えた。

 しかしティカトラスは、何故だか子供のように瞳を輝かせている。


「では、空き家であればどうだろうか?」


「……空き家?」


「うん! 森辺には、いくつも空き家があるのだろう? 傀儡使いのリコたちは日中にそういった場所を借り受けて、劇の修練や傀儡衣装の作製に勤しんでいたのだと、わたしはそのように聞いているよ!」


「それは、滅んでしまった氏族の集落のことだな。しかし、そういった場所の空き家は朽ち果てて、寝泊まりすることもかなわずはずだ」


「寝泊りは、荷車で十分さ! 辺境の地におもむいた際は、いつもそうして荷車で夜を明かしているのだからね! 滅んでしまった氏族の無人の集落であれば、わたしたちが荷車で夜を明かすことも許されるのかな?」


 さしものドンダ=ルウもしばし沈思してから、返答した。


「それを許すかどうか決めるには、三族長で協議をする必要がある。しかし……そちらは本当に、そのような場で夜を明かそうという心づもりであるのか?」


「うん! そういった環境であれば、わたしも夜ふかしをせずに済むからね! そうしたら、朝一番で他の集落を巡ることもかなおう! わたしとしては、申し分のないところだよ!」


 ティカトラスは満面の笑みであるし、デギオンたちは無反応だ。ヴィケッツォなどは、無人の集落のほうがよほど気楽だとでも言いたげな目つきであった。


(どうもこれは、ティカトラスの粘り勝ちみたいだな)


 アイ=ファの様子をうかがってみると、やっぱり溜息を噛み殺しているようである。

 そしてティカトラスは、さらにたたみかけてきたのだった。


「では、その件に関しては協議の結果次第ということで! それじゃあついでにもう一件の願い出に関しても、協議をお願いできるかな?」


「うむ? これ以上、何を願おうというのだ?」


「わたしは、森辺の祝宴というものを味わってみたいのだよ! 話に聞く限り、それは城下町の祝宴に負けない華やかさであるようだからね!」


 これは想定済みであったのか、ドンダ=ルウは「ああ」とぶっきらぼうに応じた。


「かつてはゲルドの貴人やジャガルの王族というものも、祝宴に招くことになった。もちろん協議にかけさせてもらうが、このたびだけ拒むことはできなかろうな」


「ありがとう! それでゲルドの貴人たちは、婚儀の祝宴や収穫祭などにお招きされたそうだね! できればわたしもそういった祝宴を拝見したいのだけれども、どうだろうか?」


 俺の肩に、アイ=ファの肩がこつんと触れてきた。

 振り返ると、アイ=ファは額に手をあてて表情を隠している。アイ=ファが何に気落ちしているのか、もちろん俺も理解していた。


「婚儀の祝宴などは、そうそう都合よく開かれるとは思えんが……収穫祭に関しては、それを行う氏族の者たちと協議するしかあるまいな」


 ドンダ=ルウは重々しい声音に内心を隠していたが、レイナ=ルウたちは心配そうにアイ=ファや俺の様子をうかがっている。言うまでもなく、現在の森辺でもっとも間近に収穫祭を控えているのは、ファと近在の氏族であるのだった。


(アルヴァッハたちをザザの収穫祭にお招きしちゃったから、これも断りづらいんだろうなぁ。……これも運命神か何かのお導きなんだろうか)


 俺としては、あまりアイ=ファの気苦労がつのらないようにと祈るばかりである。

 そうしてティカトラスたちを迎えた最初の夜は、それなりの騒がしさで過ぎ去っていったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] フェルメスが京極堂のように書籍から広範な知識を得た人間なら、 ティカトラスは実地で知識とか経験を蓄えている多々良先生タイプっすね…(変なオッサンと言う点も含めて)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ